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ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
白い色 1
2010-10-18-Mon  CATEGORY: 白い色
事務所の中にはスチールデスクが整然と並べられていた。
向かい合わせになるように、8席の塊が4列ある。
しかし、間隔は非常に広い。
半分ほどのデスクの上にはノートパソコンが置かれていて、空席が目立つ中、バラバラと人が座っていた。
手前は受付を兼ねた女子社員が2人、雑務をこなしている。
朝の事務所はやりとりをする会話や鳴る電話などで何かと騒がしかった。
射水美祢(いみず みね)が務める会社では、事務所はこの一室だけだった。
営業や総務、経理までもが同じ場所にあるために話の通りが非情に良い。

美祢は『営業事務』という仕事についていた。
男にしては細い線で、身長もそれほど高くない。
課は違うが、同期の谷口桃子(たにぐち ももこ)がピンヒールでも履けば並ぶか越えられるか…といった具合だ。
さらさらとしたストレートの髪が、俯いた時に顔にかかってくれば、パッと見た時の横顔は女の子のようではっきりいって気に入ってはいなかった。
「髪を短く切りたい」と、行きつけの美容師に相談しても「似合わないからやめておけ」と実行されたことはなかった。
だからいつも美容師の『おまかせ』で髪形が決まっている。
普通、「それならば他の店へ…」と思うものなのだが、美祢には、それを実行した中学時代に自分の希望するようにカットしてもらって、級友に酷く笑われたことがある。
想像するものと、実際に出来上がったものは似ても似つかわなく、あの時に自分のセンスのなさを知りトラウマともなった。
臆病風がふいて、つい、『行きつけ』へと足が向いてしまうのだ。
そして困ったことに、その美容師は、どうやっても美祢を『可愛い系』へと持って行きたがる。
おかげで、28歳になった今でも社員から「女の子」扱いされていた。

この会社には事務所と併設して、二つの大きな工場をもっていた。
製造しているものは豆腐や油揚げ、おからなどといった大豆加工食品で、その昔、町の豆腐屋から始まったという。
今では中堅の企業にまで上り詰めていて、たった数年の間に、従業員は倍になっていた。
美祢が就職した時は、2つ目の工場とこの事務所が増築されていた時だった。
ベテラン事務員にとっても、『新たなスタート』の時だったのだ。

美祢はこの工場の近所で生まれ育ったから、小さい頃から会社を見ていた。
ここに就職できたのは、父と社長が同窓生であり、また社長の息子国分寺大翔(こくぶんじ ひろと)と美祢も同級生だったから、という、裏方事情大アリのコネのおかげだった。
社長と聞けば、一線を画しそうなのに、元々商売堅気の強かった人だから従業員に対しても横柄な態度を見せることはない。
社長室というものを持ちながら、普段いるのはこの事務所だったし、みんなともざっくばらんな会話を愉しむ。
特に美祢は幼い頃から知っていた、ということもあって、しょっちゅう「あの頃はあーだった」などと話題に出されて赤面する。
そのたびに「社長…」と言いかけるところを、「おじさん…」などと呼んでしまって、従業員の中でも少し特殊な扱いだった。

営業事務といっても、一人の営業社員に対して事務員が一人付けられているようなもので、美祢の今の担当は目梨辰乃(めなし たつの)という、35歳の男性社員だった。
髪は短めに切りそろえられ、それでも後ろに撫でつけている姿には爽やかさがあった。
顔のパーツが揃っているせいか、優しげな印象を持たせているが、仕事に関しては厳しい。
目梨が担当する顧客に関しては美祢に全てといっていいくらい回されてくるし、迅速に対応できる能力を求められている。
当然目梨のスケジュールも先まで把握していたから、社員から聞かれることもしばしばだ。

「美祢ちゃん、F店に持って行く見積書の原案、作っておいて。商品名、これね。金額は入れなくていいから。あと、S社のバイヤーにアポ取れないか聞いておいて。連絡はメールで。再来週の日曜日、新規オープン店のヘルプに呼ばれたから1日だめね。それから…」
矢継ぎ早に連絡事項を告げられて慌ててメモを取り、確認をする。
言うことを言えば慌てたように事務所を後にしていった。
今日は朝から数軒の打ち合わせがあったから、ゆっくりもしていられないらしい。

ちょうど美祢の隣に席を置く菊間貴宏(きくま たかひろ)が、朝のコーヒーを淹れて戻ってきた。
「あれ?目梨さん、もう行っちゃったの?はい、美祢の分」
「ありがと」
菊間は美祢とは全く正反対の男くさいタイプだった。
180センチはあるだろう長身を持ち機敏な動きを見せる。
粗野な振る舞いを見せる時もあるが、顔の造作の良さにはぐらかされ、だが根本的には人情味があって人に気を回すのがうまい。
基本的に社員に対しての『お茶係』はいないので、個人的に好きなように淹れている。
朝、菊間が美祢の分までコーヒーを淹れてくるのは日課と言って良かった。

菊間は30歳になるが、中途入社での採用だったため、美祢から見ると後輩にあたった。
しかし、ご丁寧な敬語をお互い使っていたのは最初の1週間だけだった。
美祢が持っていた仕事を半分以上振り分けるということもあって、また営業部の中で男性事務員は自分たちだけだったからとりわけ仲が良い。
美祢は受け取ったカップを手にしながら、大きな溜め息を一つついた。

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説明だけで長くなってしまいました…。
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白い色 2
2010-10-20-Wed  CATEGORY: 白い色
美祢が溜め息をついたことを菊間は見逃していなかった。
「ちょっとさぁ。朝から、その辛気臭い顔は何?ヤル気失せるからやめてくんない?」
まるで嫌なものでも見るかのように、横流しの視線が美祢を睨んでくる。
だが、それも表向きのことであって、本心では心配されているのが手に取るように分かった。
年上だからなのか、何かと気に掛けてくれる。
そんな先回りをするような態度は、営業という人間を支えている強さを感じ、美祢もこんな人間になりたいと、目標にする部分を見せられる気分だった。

「べつに…」
そっけなく答えたものの、美祢には溜め息をつきたい理由があった。
もう3年も付き合っている北野秀樹(きたの ひでき)から、ぷっつりと何か切れたように連絡が途絶えた。
すでに2週間が過ぎている。
いや、1週間前に「忙しくなったからしばらく連絡ができない」というメールが入ってはいた。
電話をかけても留守番電話に変わるだけだし、メールを送っても返信はない。
3つ年上の北野が、30歳を越えてから何かと忙しくなったのは知っていた。
初めは同級生であった国分寺の紹介で知りあった人物だ。
北野にも、それなりの地位がある人間だとは、出会った時から耳にしている。
誘われるたび、まさか自分が…と思ったことも何度もあった。
美祢は物心ついた頃から女に興味のない自分を分かっていた。
公言してはいなかったが、気付く者はいるのだ。
男同士の出会いなど限られている。
北野に声をかけられ、戸惑いながら夢のような世界に美祢は堕ちていった。

育った世界が違うからだろうか。
美祢は幾度も『映画の中』のような雰囲気を味わった。
北野のリードは巧みだったし、話題も豊富で美祢を飽きさせなかった。
そこに加えて、身体の相性も良かった…と美祢は思っている。
仕事場が実家からも近いため、一人暮らしをする理由も見つけられず、結婚相手もいなければ当然のように実家から出られない美祢だった。
北野との逢瀬はほとんどがホテルだ。
北野が持つマンションは自己管理の不動産だと教えられたが、連れられて行かれたのは生活感のない部屋で、本当のところ、そこに住んでいるのか美祢は疑問に思ったくらいだ。

でも美祢は信じ続けていた。
過去に聞いた睦言やもらったプレゼントの数々を偽物や遊びと思いたくなかった。
掌を返したようなこの2週間が、とてつもなく重い。

「べつに…っていう態度かよ…。最近、ずっと悩んでいる雰囲気はあったけどさ。今日は一段と酷いぞ」
「そんなこと、ないもん…」
実際、眠れていない。
夜中に、枕元に置いた携帯電話が鳴ったようで幾度も眼が覚める。
だがそれは自分の願望が生んだ呼び出し音で、現実には何の反応もなかった。
寝不足と疲れと…、色々なものが溜まっているのだろうか。
美祢は知らずにもう一度溜め息を零した。
…もう、愛想を尽かされ、捨てられるのだろう…。
なんとなく分かっていた将来のような気がする。
けど、それならそれで、はっきりと伝えてもらった方がすっきりとしたし、思いっきり泣けたような気もした…。
今、『待たされている』状態が、何ともキツイ。

「たまには呑みに行くか?明日は休みだしさ」
菊間に誘われ、その時になって、ずっと心配をかけていたのだと美祢は悟った。
次の日の業務があるから、声をかけるのを控えていたのだろう。
少しでも愚痴を聞いて、何かの相談、アドバイス、もしくははけ口となってやろうという態度に思わず目頭が熱くなる。
振り返れば、目梨のこなす顧客の数に追いつけず、横からフォローを入れてくれたのはいつも菊間だった。
菊間にも東御麻央(とうみ まお)という、まだ若い担当の営業社員がいるのに、いつの間にか目梨の行動まで追っていた。
確かに東御と目梨の扱う顧客数は倍ほどの差がある。
まるで年齢差に引っかけたようだ。

『後輩のくせに…』とちょっと自棄を起こしそうになったことはあったかもしれないけれど、そこはやっぱり『年上』なのだ…と感心した。
教えているようで教えられる。

「言いたければ言えばいいし、言いたくなきゃ黙ればいい。けど、どんなことだって美祢が口にしたことを俺の口から洩れることはないから」
顧客情報を扱う強みにも似ている。
こんな業界、一つの商品を売るのだって、取引相手に価格は変わるし、そんな裏事情をホイホイ晒さない。
一つの糸のほつれがとんでもないことになると分かっているからだ。

「たまには呑んでぐっすり眠りたいかも…」
ぽつりと呟いた台詞で、菊間には美祢が寝不足であることが知れた。
秀麗な顔が少し笑った。
「ああ、眠ればいいさ…」

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まだ説明部分が続いているかもしれません…。
思い立ったものから書いちゃってすみません。
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白い色 3
2010-10-21-Thu  CATEGORY: 白い色
そっけなくされていた美祢には、甘えたい気持ちがあった。
それとなく美祢の性癖を感づいているらしい菊間だったが、嫌悪を示さないから美祢も安心していた。
頼れると思うのはそんな部分もあるからなのだろう。
「こんなところでいい?」と連れて行かれた大手チェーンの大衆居酒屋。
表立ってはいないが、自社の商品も取り扱ってくれていて、どんなふうに提供されるのか興味があるところは、仕事人間なのだろうか。

そういうことには、菊間もそそられるらしい。
だから話題にも事欠かない。
のれんごとに仕切られる席は、若干でもプライベート空間が保たれる。
意識しなくても、自社製品を絡めた食品が目に付くのは職業病だな…なんて笑いながら注文した。

大豆食品のオンパレードは、はっきりいって『健康食』だ。
「呑みにきながら仕事だなぁ」なんてふたりで頬を弛めた。
たった一つの豆腐が、油揚げが、こんな風に調理されるのか…という関心も寄せられる。
ここしばらくの間、溜め息混じりだった美祢にとって、くだらない会話なのに楽しいと感じた。
もちろん、菊間が気遣ってくれているからのことであるが…。

完全に仕切られた空間ではないから、聞こえてくる声のトーンは嫌でも耳に入った。
特技といっていいのか、嫌な癖と言っていいのか…。
営業事務という仕事柄、電話での応対が多かった美祢の耳は、一つの声を聞けばそれが誰であるのか聞き分けられるほどになっていた。
ふと聞こえたはしゃぐ音質は聞いたことがある。
それにビクンッと跳ね、菊間もその態度を見逃していなかった。
「美祢?」
不可思議に問われるものの、平静を保ち何でもないと言い渋る。
だが、その声がすぐ近くで聞こえるものだと感じた時、美祢は、昂る気持ちを抑えながら暖簾を分け、隣の席の暖簾を開けた。
そこにいたのは、美祢がいくら連絡をしても返してこない相手で、向かいあいながら慣れたように片手をテーブルの上で重ね合わせている北野と見知らぬ男の子の姿だった。
北野の品の良さに見合うくらいの、上品ないでたちの子のように感じた。
何故このような店に出入りしているのかと思わせるくらいだ。

改めて突き付けられた事実に「はぁ…っ」と息を漏らすのがやっとだ。
全身から力が抜けていく。
分かっていた…、こんな事実。
信じてはいたけれど、頭の隅ではもう受け入れていたのだ…。
北野を想って考えることに疲れた…と心底思った瞬間だった。

突然現れた美祢の存在に北野は手を離したものの、その手を離されたことに不満があったのか、向かい合った男は辛辣な言葉を美祢に浴びせた。
「『別れたい』って言っているのにしつこいって、あなたのことだったんだ。こんなところまで追ってくるなんて」
胸の中に鉛が落ちてくる。
どんな男をどんな手でつかまえたかったのかは知らない。
だけど、自分を蔑まされ、ストーカーのように扱われたことは美祢の中でも許せなかった。
自分のことを説明するのに、そんな酷い言葉があるだろうか。
彼の言葉を聞かなければ黙ってこの場から消えただろう。
酔いが回っていたこともあるのかもしれない。
思わず、目の前のグラスが、それごと北野に向かって飛んだ。
液体は北野にかかり、落ちたグラスがガシャンッという嫌な音を立てて割れた。
『悔しさ』だけだった。

「美祢っ!!」
背後から聞こえてくる言葉も曖昧だ。
殴りたい衝動を背中から押さえこまれる。
飛びかかろうとする美祢の身体が、逞しい腕の中に引き寄せられた。
「美祢っ、こんな奴に自分の手を汚すな。今は帰るんだっ!!」
菊間の言葉の意味さえ理解できない。
北野の性格を見抜けなかった情けなさで涙が流れる一方だった。
いつか別れることになる、と分かっていたことだが、この3年間の思い出が脳裏を流れて行き、ただ『弄ばれていた』のだと改めて伝えた。
その事実が、尖った氷河のように突き刺さってくる。
この出来事によって、美祢がずっと悩み苦しんでいた理由を菊間は知ったのだった。

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コメントについて

これまでにもたくさんのコメントをいただいておりましたが、秘コメ様についても、お名前だけ伏せて内容を移し、それに対してのレス、という形をとってきました。
でももしかして、書いたことを載せられるのって嫌!っていう方もいましたかね。
お話の通りがいいかな、と思って勝手にそういうスタイルを取らせてもらっておりましたが、もし、『他の人に読まれたくないよ~』という方がいらっしゃったら、御面倒でも『ナイショ』とか『転写しないで』とか『レス不要』とか入れてもらえるとありがたいです。
『レス不要』に関してはコメ欄でのお返事はしない予定です。
私一人、静かに読ませていただきます。
それ以外はイニシャルと私からのお返事を載せたいと思います。
何もなければ今まで通り転写して、『このコメに対してこんなレス』的に進められたらいいです。
(↑秘コメの意味があるんか?!って感じですよね…(-_-;))
コメントは全て目を通しております。
いつもご訪問、ありがとうございます。
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白い色 4
2010-10-22-Fri  CATEGORY: 白い色
グラスが割れた音に反応した店員が駆け寄ってきた。
菊間が取り繕ったような言い訳を口にした。
「すみません、連れが酔ってこちらの席になだれ込んじゃって…。このお客さんとはクリーニング代を払うことで話がついていますから。すみませんけど、タクシー、呼んでもらえますか?」
北野にも店員にも何一つ言わせない雰囲気がありありと伺えた。
美祢をぎゅっと抱きこんだ腕によって、美祢の表情は店員にも見られることはなかった。
相当酔っていると思われたのだろう。
だいいち、もう二度と北野の姿など視界に入れたくない。
その場を立ち去ろうとする美祢と菊間に「ちょっとぉっ!!」と甲高い声が追いかけてくる。
一方的な言い草が気に入らないのはすぐに分かる。
「サトッ!!」
その声を押し留めたのは北野だった。
続いて自分たちに問う声が静かに響いた。
「少し、話をさせてもらえないか?」
「秀樹さんってば何考えてんのっ?!今更っ、この人に何の話があるって…っ…、っ!!」
軽くおしぼりで拭いただけの濡れた姿で立ち上がった北野は、止めようとする『サト』と呼んだ男を無言で黙らせた。
だが、北野も菊間に一睨みされ続く言葉を飲み込む。
「もう充分でしょ?」
「俺は美祢と話が…っ」
「話って言い訳?そんなの、聞かせて、これ以上美祢に期待を持たせるのも傷つけるのも、俺は嫌だね」
「君は美祢の…?」
「ただの同僚です。後ろで目くじら立てて待っている人がいますよ」

菊間の声はあまりにも静かだった。そして冷たかった。
それ以上、何も言わせず、美祢は菊間にもたれかかるように抱き締められて店を出た。
男を相手にしかできない美祢の性を改めて突き付けられても、菊間の態度は変わらず、それが美祢には酷く嬉しいものだった。
連れて行かれたのは菊間が暮らす、一人暮らしの2階建てのアパートで、1階の一番奥にあった。
タクシーの中で美祢はすでに泣きやみ、現実に意識を戻していた。
泣いたって今更なにが解決するわけではない。
北野には新しい恋人ができていた…。自分は振られた…。それだけのことだ。

あまり物がないせいか片付いているように見える。
玄関を入って正面の扉を開ければキッチンと小さなテーブルがあり、ソファの上には読みっぱなしの雑誌が転がっていた。
その奥に続く引き戸があった。
ここに寝具がないところをみれば奥が寝室になっているのだろう。
泣きはらした目の美祢を、小さなテーブルの前に座らせる。
「まだ全然呑んでないんだろ?呑みたくないか?それとも呑みたいか?」
冷蔵庫を開けながら、つまみになりそうなものと自分用の缶ビールを取り出している。
『呑みに出よう』と言ったものの、美祢の騒ぎで喉もお腹も満足していない様子だった。
しかし、責めるわけでもなく、突っ込んで聞いてこないところが、また菊間らしい。
何もなかったように、今から飲み始めようとする姿勢は、菊間の良いところのような気がする。
美祢は「飲みたい」とぼそり呟いた。
「おうっ!」
元気よく返事をされれば思わず笑いが漏れる。
「大して食うものがねぇなぁ…。ピザでも頼むか。ついでにビールも運んでくれねーかなぁ」
ちらっと振り返って見えた冷蔵庫の中には、ぎっしりと缶ビールが詰め込まれているようにしか見えなかった。
一体どれだけ飲むつもりなのか…。

思わず笑う美祢の隣に座り込み、ビールを渡しデリバリーのピザのメニューを見せながら「どれがいい?」と問う。
泣いていたことなど、まったく気にせず…だ。
「これ。チョリソー。辛いの食べたい」
美祢が言えば「マジで?!酒、進みそうだな…」と口にしながらもオーダーしてくれる。
半分にメニューを変えられるシステムを利用して、大きなサイズのピザのもう半分はトマトとチーズがふんだんに乗せられているものだった。
ついでに唐揚げとポテトまで頼んでいる。
「たべきんないよ~」と美祢が呆れれば、「朝飯でいいじゃん」とあっさり返された。
酔い潰れた翌日に食べたいメニューではない…と美祢は思っていたが…。

気分を変えたいことに変わりはなかった。
菊間は忌々しい態度を取った二人を忘れたく、美祢は過去をふっきってしまいたい思いが重なって、ほとんどやけ酒に近い二人だった。
正確には、飲んでいるのは美祢のような気がしなくもないが…。

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白い色 5
2010-10-23-Sat  CATEGORY: 白い色
人の前では滅多に口にされることがない愚痴。
それは仕事のことであったり、”元”恋人のことであったり…。
菊間は頷いて「そうか…」と応えてくれるだけに留まっていた。
その全てが公にされないと分かるから、安心して美祢も口を滑らせた。
酔いが回って何を話しているのかも分かったものではない。

「秀樹さんとはさぁ、3年も付き合ったんだよ~。大翔(ひろと)の紹介ってこともあったしぃ、一緒にいて生活も全然違ってたの、感じてたしぃ、生きていく世界が自分とは合わないのは最初からわかってたけどぉ…」
菊間の人間性のおかげか、話し続けていた美祢の中から悔しさや恨みが消えて、ただの思い出と変わりつつある。
「大翔…って国分寺大翔…?!副工場長の紹介ぃぃぃ?!」
ソファにもたれ込みながら、おなかいっぱいになった身体を丸めて美祢はすでに眠りの体勢だった。
改めて知らされた事実に菊間は驚きを隠さない。
社長と副工場長との親子関係、また同級生であった美祢と大翔のあれこれを知るとはいっても、深いプライベートまでは晒したこともなかった。
つまりは国分寺も同類と言っているようなものだ。
平気で口にできたのは酔いのためか、安心感からか…。

国分寺は色々な経験をしろと社長に言われているらしく、美祢と一緒に入社してから幾度か部署が変わっている。
現場を把握するのは当然のことで、現在は現場監督として工場内を一巡している。
「副工場長?…へへっ、笑っちゃう。あのやんちゃ坊主が」
美祢は過去を思い返しながらくすくすと可愛らしい笑みを浮かべた。

菊間に『やんちゃはおまえだろ』などと思われていることはいざ知らず。
菊間は眉間を寄せた。
国分寺の紹介ともなれば、北野が平社員ではないだろうし、それなりの地位が確立されている人間なのだとは理解できる。
実際、美祢も彼との生活感の違いを体験してきたと口にしているわけだし。
そんな人間に対して美祢はドリンクをぶっかけ、菊間は返答のしようもないほどのキツイ言葉を投げつけてきた。
まぁ、全ては美祢の為だったのだが…。
少しだけ恐ろしいものを感じる。
尤も自社の社長の性格を考えれば、そんなことくらいで社員をどうにかしようなどとは思わないだろう…。たぶん。
北野という男がどれほどの存在なのかは分からないが。

「もう、忘れろよ、あんな男」
「うん。とっくの昔に忘れてる。分かってたんだ…。こうなるの。…あの子、可愛かった…」
「美祢の方がずっと可愛い」
眠りにつく寸前の美祢の髪をそっと梳いてくれる。
こんな優しさを浴びるのはいつぶりだろうか…。
菊間の手の温かさが気持ちいい。

菊間の思いも少し感じた。
菊間は辛辣な言葉を吐いた男を到底『可愛い』などとは思えなかった。
人を傷つける暴言を吐く人間を嫌っていたのだ。
何より普段大人しい美祢が、衝動的にあれだけの行動を起こした。
その怒り具合は計り知れない。
あの店に連れて行かなければ、こんなことにはならずにいただろうか。
だが、美祢がまだ悩み苦しみ続ける時間が延びていたことも確かだ。

美祢の身体がふわりと浮いた。
菊間に抱きあげられてとんとんと歩く振動に合わせて揺れる。
だけど意識はすでに夢の中で…。
温かな羽毛布団にくるまれた途端、安らかな吐息を纏った。
つまり、眠りについたのだ。


それから2週間ほどがたった。

酔い潰れた次の朝、後ろめたさを感じる美祢だったが、菊間はまったく気にしていない。
むしろ、そんな時も人には必要だ、とでも言いたげで、昨夜の出来事については何も言われないことに安堵感を募らせていた。
北野からは何度も携帯電話が鳴っていたが無視を決め込んだ。
一度だけ開いてしまったメールには、「話を聞いてくれ」と入っていた。
今更何が言いたいのか、改めて別れ話を聞かされるような辛いことを体験などしたくない。
それからは届いたメールも見ずに全て削除した。
言い訳じみた言葉を残され終わりにされるのは嫌だった。
北野ならきっと、巧みな言葉遣いで美祢を納得させるだろう。
『振られた』という事実だけで充分だった。

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