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BLの丘
真っ赤なトマト 1
2011-04-11-Mon  CATEGORY: 真っ赤なトマト
24時間営業のファミリーレストランは、社員のシフトを交代制で組んでいた。
副店長である熊谷孝朗(くまがい たかあき)は、早番遅番と割り振られた中で遅番にあたることのほうが多い。
退勤できるのは深夜か明け方。とはいえ、夜から朝までは専属である、契約社員のリーダーと呼ばれる責任者に店を任せられるのだが…。
その時々の混み具合などで、きっちりと決まった勤務時間もなく、バイトの突然の休みなどで休日返上させられることも多々あった。
こちらのレストランは、厨房内の責任は料理長にあり、店全体の責任を店長が担っている。
店の全てを任されているはずなのに、よほどのことがない限り店長でも料理長に口応え出来ない意味深なムードもあった。
料理についての云々は、専門である料理長のほうが詳しいから…ということらしい。
料理長も滅多に深夜にいることなどなく、代わりに2人の社員が交代で入っていた。

今日は深夜のリーダーが休日だったために孝朗は夜の9時から朝の9時までの勤務時間の予定だ。
大学に通っていた頃からアルバイトをしていて、そのまま社員になったという経歴で、入社からわずか4年で副店長という地位にあがっていた。
人の出入りが激しい業界で、転勤などを繰り返すうちにいつの間にかなってしまった…といった感じだった。
今の店に勤務するようになってからすでに2年の時が経ち、そろそろ異動かな、と思うこともある。
店舗はいくつもあったから、同じ店にずっといる、ということもない。
社員はアルバイトとは異なる制服を持っていた。
アルバイトがユニフォームである白のシャツに蝶タイ、腰に膝上までの黒のエプロンを身につけているのに対して、社員はネクタイとジャケットの着用が義務付けられていた。
ジャケットの存在は孝朗には有り難かった。
細腰であるため、どうしても頼りなさだけが強調されてしまう。おまけに実年齢にはみられない童顔だ。
良く動く黒い瞳とぽってりとした唇が丸顔の中に収められている。
バイト時代から、「そんな華奢な体で料理が運べるのか?」とよくからかわれたものだ。
最初、厨房のバイトを希望したのだが、人手が足りていたことと、水が入れば30キロの重さを越す寸胴鍋を持てないだろうと判断されたことがホールに入ったきっかけだった。
実際、空っぽの鍋でさえ「うっ」と呻いた過去があった。(厨房にいるパートの女性に笑われたのは言うまでもない)

孝朗よりも遅れて出社した厨房社員の本庄圭吾(ほんじょう けいご)が正面入り口から入店してくる。
基本的に裏口からの入退出は認められていない規則だった。
孝朗の姿を見つけると笑顔を向けてきた。
孝朗とは対照的に、日々の労働で鍛えられた筋肉隆々の男だ。
厨房にいるから余計に、なのだろうが、髪は短めに切りそろえられ、清潔感が漂っている。
自分と同じ年ということもあって、店の中でも随分と親しくしていた。
「タカ、今日、夜?」
客の手前もあってあまり無駄な会話はできないが、これくらいは挨拶のようなものだ。
「そう。9時までだって」
「おっ。上がり一緒じゃん。じゃあ終わったら寮で飲もうよ」
二人とも、会社側が用意してくれるアパートに住んでいた。
『寮』と呼ぶのは社員の癖のようなものだ。自分自身で住居を探して、他の社員と距離を持つ人間もいるが、孝朗も圭吾もそういったところに頓着はしていない。
というより、二人とも自分で探すのが面倒なだけだったが…。
「あぁ、いいよ。まぁ、上がれたらね」
客の流れは予測不可能だ。
もっとも忙しくなれば圭吾も店から出られる状況ではなくなるのだろうが。

深夜は昼間ほど客の出入りがあるわけでもなく、孝朗も常に客席の前にいなくて済んでいた。
アルバイトだけでも充分事たりる。忙しくなれば呼びにくるし、その前に厨房から声を掛けられて、表の状況を告げられることもある。
厨房からも客席の一部は見渡せたから、店の奥にある事務所にいる孝朗よりも把握しやすかった。
深夜勤務の場合、ほとんどが事務処理に費やされる時間となった。
来客数や出数などデータをしらべ、一日の売上金を確認するなど、やることはてんこ盛りとある。
その合間に食事をとったり、アルバイトの休憩をはさんだりとして、慌ただしく朝を迎えるのが常だった。

深夜0時を過ぎた頃、パソコン画面と向かいあっていた時にコンコンと事務所のドアが叩かれる音がした。
「ハイ?」
「タカ、忙しい?」
真っ白のコックコートに身を包んだ圭吾がひょっこりと顔を出す。
腰にはふくらはぎまである黒のロングエプロンを巻かなければいけないはずなのに、取り去られてラフな格好だった。
「んー。今発注のデータ送ってるとこだけど」
「あとどれくらい?メシ、一緒に食わない?」
お誘いが来るということは、圭吾が休憩に入ったのだろう。
まぁ、社員の休憩時間なんて、あるんだかないんだかのもので、特に0時以降の厨房は圭吾一人しかいない状態だったから、何をしていても分からなかった。
「もう送信、終わるよ」
「ホント?何食いたい?」
「うーん、なんか、軽いものがいいな。パスタとか…」
「もっとちゃんと力の付くもん、食えよー。こんなほっせー腰してさー」
近付いてきた圭吾がふいに背後から両手で孝朗の腰を掴んだ。
「わっ!!」
圭吾の体が飛び上がるように跳ねる。
「また痩せたんじゃねー?」
「変わってないよっ!!もうっ!いきなり触んないで!!」
「タカ、脇腹弱いよな」
孝朗の反応にクスクスと笑みを浮かべながら、圭吾は注文を聞いて事務所を出て行った。
圭吾は時々こうして孝朗に触れてくる。単なるスキンシップだとは理解できても、その度に敏感に反応する自分に、孝朗はいつも心臓をドキドキと鳴らしてしまった。
余裕綽々とした態度がより自分との差を突き付けてくるようで、少々の情けなさも浮かぶ。
この歳になるまで孝朗は誰かと付き合ったという経験がなかったから、人に気軽に触れるのも触れられるのも少しだけ抵抗があった。
未熟者のような気がして、差をつくづく感じさせられるのだった。

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真っ赤なトマト 2
2011-04-12-Tue  CATEGORY: 真っ赤なトマト
アルバイトや社員の休憩場所でもあるところは、厨房から脇にそれた場所にあった。
洗い場も近かったし四方を壁が作られたようなつくりでもなかった。
休憩時間中でも事が見られると言えばそれまでだが…。
テーブルや椅子が並べられてはいるものの、剥き出しの空間は店内の雑踏が聞こえてきて、あまり落ちつけた場所ではない。
しかし事務所も見渡せる場所にあるから、誰かの目で見守られている感じはある。
そしていつも誰とも会話がもてるような空間で交流の場でもある。
事務所に入れる人間は決まっている。
常に鍵をかけているわけでもない、無防備な場所であった。
休憩室のすぐ隣に事務所があったから、アルバイト同士の視線を交わさせ犯罪行為を防ぐにも役立っていた。
アルバイトの休憩をはさんでいない今、その休憩場所で、孝朗は圭吾が作ってくれたシーフードスパゲティーを食していた。
普段であれば事務所内でそっと食事をすることばかりだったが、圭吾がいると、事務所にこもる理由もなかった。
塩味が良くきいてスープの絡み具合もよく、喉をするりと通っていく。
作る人によっては火加減から水分が飛んでしまうこともあったが、圭吾が作るものは常に安定した味を保っていた。
そんな失敗がないようにと見守るのが厨房社員の存在であり、ホールとは違って厨房は絶えず社員が存在する。
契約社員に任せて店を開けられるホールよりも過酷な労働条件が敷かれている厨房だった。
だが、そんなことに文句の一つも聞かれたことはない。
まぁ、時折、シフトの組み方などの愚痴は耳にするものの…。何せ料理長の好き勝手にされている世界だ。
目の前には頼んでもいない照り焼きチキンを乗せたサラダの皿が置かれている。
メニューにもない、完全な圭吾のオリジナル作品だった。
基本的に従業員の食事(従食と言ったが)は、低価格での給料天引きとなる。
もちろん、短い労働時間のパート社員などにも適用されるシステムだった。
社員価格というべきか、ほとんどのメニューが定価の40パーセントほどで食せた。
外食するよりもずっと安上がりの価格だったから中途半端な食事時間でも利用する人間は多い。
「経費、狂うっ!!!」
出されたサラダに対して文句を言う孝朗に、圭吾はしれっとして、「不要食材であげちゃえばいいじゃん」といつもながらの答えが返ってくる。
時に、オーダーの取り間違いだとか、賞味時間が切れたとかで捨てられていく準備された食材は1日にすると結構な量だった。
即座に提供できる準備も一つ間違えたらただの無駄遣いになってしまう。
味を変えられないほとんどのものはレトルトとして本社工場から送られていたが、店で仕込まなければならないものもたくさんあった。
生ものの野菜などまさにその部類だ。

「不要…ねぇ…。仕込みの量、考えた方がいいんじゃないの?」
「決めてるの料理長だし。俺は言われたこと、やってるだけです」
確かに権限は料理長にある。レトルト食材とはいってもその解凍も準備数も料理長が過去のデータから導き出すものだ。
その過去データには、店長や孝朗が出したものも関わってくる。
予想来客数などを割り出すのは店長と孝朗の作業で、それをもとに料理長は食材を準備させていた。
それらを見ながら圭吾のようなものも現状を把握して成長していく。
「じゃぁ、このチキン、なに?」
「それ、俺のおごり。タカ、もっと肉つけろって」
「いらないっ!!こんな夜中に肉食ってどうするってのーっ?」
「もっと肉増やせって」
太れと言われているようで嬉しくなかった。
逆に胸やけでもしそうだと思ってしまう。
昼夜逆転したような今の生活に、深夜の食事も何もあまり苦になってなどいなかったが…。
一口大に切られた照り焼きチキンを、圭吾のフォークが差すと孝朗の口の前に差し出された。
「俺の愛情だって。ほら、あーんして」
「ふざけんなっ」
口を閉じようとしたところに押し込まれてくる温かい肉。
「んっむっ」
「うまいだろ?俺様の味」
この店にはない香ばしい味だった。
圭吾は専門の調理学校を卒業して、孝朗よりも1年早くこの業界の社員として入社している。
同じ年でも過ごしてきた過程が1年も違えば立場も変わっていいはずなのに、そこは、副店長としてなる孝朗と、ただの厨房社員としている立ち位置の違いで傍目には歴然とした違いがありどうしても孝朗の方が上の立場になっていた。
時折申し訳なくなってしまうのだが、圭吾はそういったことを気にしない。
「ちゃんと食えよ~。明日のつまみ、もっといいもの用意してやるからさ」
「勝手に店の食材っ…っ」
使うなと言いたいのだが、さすがに社員としてのわきまえは圭吾も持っていた。
むやみやたらに使いこむような奴でもない。
心配する孝朗の心をよそに「大丈夫。ちゃんとばれないようにしているから」と、聞きなれた台詞が返ってくる。
二人で飲み明かせる時がある時、必ず圭吾は自分で作った食品を孝朗の前に出してくれた。
外食ばかりだという孝朗の健康を気遣ってくれている。
普段から店の食事にあるメニューに任せてしまうし、一人暮らしで自炊などまずしない。
そんなところの健康管理を常に危惧されていた。
でも年に一回の健康診断では特に異常は見受けられない。
次々と放り込まれる野菜の数々をなんとなしに受け止めながら、「こんなに食わされたら眠くなる~」と嫌味がもれる。
腹八分目で押さえているのは深夜の眠気と戦うためもあった。
「終わったらゆっくり眠らせてやるよ」
目の前でニコリと笑った顔がある。
そこには、万が一の時には自分が店の責任を負ってやるという自負が見えた。
ただの厨房の社員…。だけど時には全てを負う覚悟のできた人…。

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真っ赤なトマト 3
2011-04-13-Wed  CATEGORY: 真っ赤なトマト
厨房社員でもホールに立てるくらいの知識と教養は身につけさせられている。
緊急時には接客もできるのが厨房社員だった。ホールの人間よりずっと優秀だ。
いざとなれば孝朗の補佐くらいしてくれるという意味なのだろうが、本当に眠ってしまうわけにはいかない。
昼間でも事務所の机に突っ伏して眠っている店長はいくらでも見かけたが…。
それくらい不規則な業務に追われていて、今更暗黙の了解でもある。
圭吾も時々休憩室で転寝をしていて、オーダーが入るたびに起こしに行く、ということもあった。

夜中を過ぎてから一人、また一人、とアルバイトを退店させて、朝の3時からは孝朗と一人のアルバイトになった。
厨房はすでに圭吾一人しかいないので、店の従業員は3人だけだ。
そのアルバイトを休憩にいかせて、孝朗はレジ回りで雑用を片付けながら接客をしていた。
今日の客の入りはいつもよりも少なく、ドリンクバーで時間を潰す学生が数人いるだけだ。
手がかからないのは良いことだったけど…。
厨房と客席の間にある空間、パントリーに圭吾が姿を現した。
「暇?」
「暇だね~。売り上げにならないよ」
「ま、たまにはこんなのもいいでしょ」
圭吾からはお気楽な発言が飛び出す。
確かにバタバタと動きたいものでもない気持ちは理解できたが、店の存続を思うとそうのんきなことも言っていられない。
「タカ、コーヒーちょうだい」
休憩時にはドリンクバーの飲み物を飲むことができたから、それを取りに来たんだろう。
本人が直接行けばいいのだが、孝朗がいる時は何故か必ず取りに行かせられた。
客席に出るのが嫌なのか、と思っていたから素直に従い続けていたが、単に孝朗にかまってもらいたいだけらしい。
孝朗は自分も…と思い、2つのコーヒーカップを手にパントリー内に戻る。ここからでも客の様子は伺うことができた。
隠れて飲み食いするのは本来禁止だったが、誰もいないのだから気も緩む。
戻ると圭吾は天板に開閉扉のついたアイスストッカーを開けて、スプーンでアイスを掬い取っている最中だった。
デザートを作るのはホールの仕事だったので、必要なものはパントリーの中の冷蔵庫などに収められている。
「おーい。つまみ食いしてるなよ」
「味見です。品質確かめてるの」
「まったく…」
つまみ食いと味見の違いは微妙だ。
孝朗もアルバイト時代は良く隠れてあれこれと口にしたものだったが、今の立場でそんなことができるはずもない。
アイスストッカーの隣にある、腰高の冷蔵庫の上にコーヒーカップを置くと、圭吾がもうひとすくいして孝朗の前に差し出してきた。
「タカも」
「俺はいいよ」
「あーん」
ほとんど無理矢理のように口に突っ込まれる。甘いバニラの香りと冷たい感触が口腔に広がった。
束の間の休息を味わうようなふんわり感だ。
さきほどまで圭吾の口の中に入っていたものと同じスプーンであることに気付くだけでドキドキとしてしまう。
こんなふうに誰かと物を共用することもなく、そういった行動にも慣れていない。
気にしてしまうのがおかしいのか、だが恥ずかしさが浮かんで、誤魔化すようにコーヒーカップを口にした。
「疲れてくるとさ、甘いものが食べたくなんない?」
圭吾はさらにホイップクリームまで出して来た。
目の前に積まれている皿を引き寄せ、パフェに使う一口大に切られて準備されているスポンジケーキを手早くカットして、アイスやホイップで飾る。
「おまえね…」
咎める声を聞いても止める気はないらしく、淡々と”味見”の作業を続けている。
二つ作られているのは孝朗を共犯者にしようという魂胆なのだろう。
全てがほんのちょっとずつの寄せ集めだが、見た目可愛くできるのは食にまつわる腕の違い所だった。
「まぁ、いいじゃん、たまにはさ」
アルバイトには決して見せられない光景だ。
圭吾の強引さに呆れつつ、それでもどこか嬉しく感じてしまう気持ちもあった。
圭吾は人当たりは良かったが、誰かれ構わず親しく付き合うという行動は取らない。
こんな風に少年っぽさを曝け出すようなことはまずしない。
圭吾と親しくなればなるほど、内側の面を垣間見て、他の人間と自分に対する態度の違いを知らされる。
店の中では何かと上下関係もあったから、同い年で気を許されているのだと思う。
責任感に追われる中、圭吾といるとどこか解き放たれるような感覚が湧いた。
そう思わせてくれる空間は嫌いではない。

太陽が高くなり始めた頃の9時に出勤してきた店長と孝朗は、圭吾は料理長と引き継ぎを終えた。

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真っ赤なトマト 4
2011-04-14-Thu  CATEGORY: 真っ赤なトマト
アパートの隣り合った3部屋がレストランの本社が借り上げていた物件だった。
孝朗と圭吾、もう一人の厨房社員深谷到(ふかや いたる)22歳が現在入居している。
8畳のワンルームにユニットバスが備え付けられただけの狭い場所は単身者用でこれと言った設備もない。
度重なる異動でそれほど荷物も多くなく、忙しい日々に、寝に帰るだけの場所だった。
店までも徒歩15分という好立地であり、高い家賃を払わなくて済んでいるので、それぞれに違う物件を探そうという考えは持ち合わせていなかった。
現在の店長と料理長はすでに家庭をもっている為に、寮(アパート)に入ることなく、持ち家を持っている。
遠くても片道、車や電車で1時間の通勤圏内にある店舗に必ずといっていいほど配属されるのは社の配慮なのだろう。
だから何年かして戻ってくるというケースも多々あった。
それは孝朗や圭吾も似たようなところがあって、基本的にエリアマネージャーが仕切る一定のエリアから出ることはないが、幾つもの都県を跨ぐ。

そばに住まない上司はある意味気を使わなくてよかった。
孝朗と圭吾が揃って勤務時間を終了し、並んで帰宅するとちょうど到がドアを開けて出てきた。
到もバイトからそのまま社員になってしまった人間だった。
とはいえ、高校生の時から働き、卒業と同時に就職してしまった為に孝朗と同期という皮肉な面がついて回っている。
到は高校時代から調理科という専門分野を学んでいたから、知識は豊富にあった。
専門学校を出た圭吾もそうだが、身につけた料理に関するものは、孝朗の知識では追いつかない。
それなのに到は年齢からなのか、孝朗を小馬鹿にするようなことはなかった。
料理長がけちょんけちょんに貶し、圭吾がからかいながら孝朗をたしなめるのに、到は実に温かい雰囲気で見守ってくれている。
年下なのかと分からなくなるくらい、見た目も精神もしっかりしていた。

到はジーパンにボーダー柄のシャツを着こんだラフな格好だった。店内ではユニフォームもあったし、特に通勤服が決められているわけでもない。
孝朗は意識的にスーツを着用していたが、それは客と同じ出入り口を利用するからという見た目のことと立場を考えてであり、厨房に入ってしまえば特に客と対面することのない到や圭吾は堅苦しい服装をしなかった。
「あ、おはようございます」
「おはよう。え?おまえ、今日11時からじゃねぇ?こんな早く行くの?」
厨房内のシフトを把握する圭吾が驚いたように声を上げた。圭吾の引き継ぎで料理長が入り、そのサブとして到が昼からの出勤のようだ。今日の夜にまた圭吾が出勤する。
「そうなんですけど、たぶん、料理長、仕込み全然やらないと思うんで…」
パート社員で全てまかない切れるかと言われれば本日の人の少なさから無理なのだろう。ピークタイム中に煽られるのは自分だとでも言いたげに到は苦笑いを浮かべる。
そんな料理長の性格は孝朗も圭吾も知れるところがあった。思えば圭吾もピークタイムを控えた時の出勤は早い。
時間どおりの出勤など、昨夜のように余裕が見える時くらいだ。
アルバイトのように時給制ではない現在、タダ働きも多くある。
それでも嫌がらないのは、人の良さと好きな仕事につけているから…なのだろうか。

「おうっ!俺、行った時に仕事残しとくなよ」
けしかける言葉に聞こえるが、圭吾の台詞には親しみも浮かんでくる。
残された仕事があっても、圭吾は文句もなくやり遂げてしまうと思う。手際の良さは常々仕事を共にしていた孝朗には容易に知れることだった。経験値と実力の差でもある。
部下を可愛がるところは、孝朗が見ていても清々しく格好良かった。
自分も人を指導することは多い。人の教え方などを見ては参考にさせられる。
「じゃあ、シャワー浴びたらそっち行くよ」
孝朗がこの後の行動を圭吾に告げると、圭吾も頷いた。
途中のコンビニで買ってきたビールの入った袋を預ける。
圭吾の手にはすでに厨房で作った『酒の肴』がテイクアウト用のパックに入れられて、袋の中に収まっている。
到と朝の挨拶を終えて、孝朗と圭吾が別れようとするのを訝しそうに見られる。
「え?熊谷さんっ、今から『飲み』ですか?」
生活習慣は何となく知られていた。そういった話は仕事中の世間話の一つとしていつも繰り広げられていることだ。
家事と言えるようなものは大してしていないのも、お互いの生活から感じ取れる。
それは3人とも変わらないから、パート社員などとも何かと話題に上っている。
「あぁ、まぁ、そうだけど…」
「ずるいです!!俺言っても全然受けてくれないのにっ!!!何で本庄さんときばっかっ」
あっさりと答えた言葉に納得いかないと文句に似た返事が零れた。
確かに「たまには飲みましょう」と誘われた事は何度かありながら、シフトの時間や疲れでなかなか都合が付けられなかったのは事実だ。こうまで言われると申し訳なさが募る。
孝朗は明日の昼まで休みだから少しはゆっくりできるが、圭吾は今夜の出勤が待っている。
あまり長居できるものではないが、寝酒として何かを飲むのは互いに知ったことで、だったら一緒に過ごした方が楽しい。
「タカと飲み交わそうなんて100年早い」
圭吾がいつものごとく、からかうように到を遠ざけようとする。
その台詞を聞いてあからさまに頬を膨らませた到がいた。
こんな仕草はまだ幼さを含んでいて可愛らしくも思える。
「もぅ!!今度絶対俺とも付き合ってくださいよ~」
「はいはい」
「いいから、おまえはもう行けよ」
まだ絡みたそうな到を、圭吾は足で蹴る真似をして追い払った。
ニヤニヤと笑っているのだから悪気もないのだろう。
こういった会話はほぼ常に店内でもされていて、店全体がアットホームな雰囲気になるのは人間関係を持つ場所だけに心地よく働ける。
到は「絶対ですよ」と念を押した後、むくれたまま寮を後にしていった。

もう昼を迎えるという時間だが、深夜勤務を終えた自分たちにはこれからが就寝時間だった。
圭吾の部屋のカーテンは閉じられていて、昼間なのに薄暗かった。まぁ、今から寝ようというのに太陽の光を浴びたいものでもない。
差し出された缶ビールをそのまま口に含みながら、一日の労働の終わりを感じた。
時にはこの数時間後、睡眠をとる間もなく呼び出される時がある。
あまり安心はできなかったが、今の店長は極力自分でなんとかしようとする性格が伺えたからそれほど心配もしていない。
今の店はパートもアルバイトもしっかりしているおかげで、不用意な呼び出しは特になく済んでいる。
景気の悪さもあるのだろうか。従業員の意識も高い。

圭吾が作った数々の品は胃に優しくすんなりと入っていく。ファミレスにある濃い味付けのものとは異なる。
話題はもっぱら店のことばかりが続いた。
人間関係の愚痴から多店舗の噂話まで多種多様におよぶが、共通点がそこなのでどうしても続いてしまう。
そして充実している自分も感じる。
辛いこともいっぱいあるけれど、やりがいを感じていることは確かだった。

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真っ赤なトマト 5
2011-04-15-Fri  CATEGORY: 真っ赤なトマト
2本の缶ビールを空けたところで孝朗は眠気を覚えた。
お腹もいっぱいになり、寝不足の日々にアルコールが入れば自然と体が萎えてくる。
うつらうつらと船をこぐ姿に斜め横に座っていた圭吾が隣に寄った。
カーペットが敷かれた床の上に、小さなテーブルとクッションがあるくらいの質素な部屋は自分の部屋とも変わらない。
部屋の奥に良いマットレスの置かれたベッドがあった。圭吾のこだわりなのだと思えるようなものだ。
「タカ?」
ふと肩を抱かれて引き寄せられ、そのまま沈み込むように圭吾の胸にしなだれかかる。
「ごめん、眠くなった…」
「みたいだな」
「帰るよ…」
玄関扉2枚を越えれば自分の部屋がある。分かっているのに、酔った体はその僅かな距離を移動するのが億劫だ。
目を閉じたまま圭吾にもたれかかると、「泊まっていけばいいじゃん」と安心させる声が聞こえた。
たった2つの扉。すぐ隣の部屋なのに…。
たぶん他の人間だったら、なけなしの意識を総動員させて自室に戻っているのだと思う。何故そう思うのかは分からないが…。
ただ、今一緒にいるのが圭吾だったから…。
孝朗は完全に気を許していた。
「でも…」
ゴニョゴニョという口元も怪しい。
目を閉じたら最後。あっという間に睡魔が襲ってきた。
「けい…ご…」
「タカ、寝ろって。神経張り詰め過ぎ…」
最後の方の言葉はなんだかも聞き取れないくらいに、勢いよく孝朗は闇の中に落ちていく。
人の前ですんなりと眠れるとは自分でも思わなかった。

「ばか…」
圭吾が最後に呟いた言葉が、現実のものなのか夢の中のものなのか判別もつかなかった。


目覚めた時、孝朗は背後から抱えられている立場を知った。
横向きになって寝ていた体勢。
そこは確かに自分の寝具とは違って寝心地がよかった。
体を支えてくれるマットレスも、普段では感じられない知らぬ温かさも…。優しく体を包んでくれている。
薄く目を見開くと、壁が見える。寝返りを打とうにも背後を抱えられていて身動きができない。
腰の前に回った手と背中に張り付く温もり。
僅かなすきまで顔だけ振り返らせると、圭吾の整った鼻梁が飛び込んできた。
触れそうな唇を感じて咄嗟に正面に向き直る。
ドキドキとする孝朗の心臓の音と、圭吾の静かな寝息が聞こえてくる。
夕焼けを思わせる紅い日差しがカーテンの隙間から部屋に届いていた。
見える世界は自分の心の中のようで燃えている錯覚が生まれる。
「け…」
言いかけて孝朗は言葉を飲みこんだ。
今夜休みである孝朗と、出勤しなければならない圭吾の立場は違っている。
少しでも寝かせてやりたいと思うのは、同じような生活を送っているからかもしれない。

できることなら再び眠りにつきたいと思いつつ、それは叶わなかった。
緊張に体が震え、項にかかる寝息の一つも孝朗を蝕んでくる。
圭吾が起きるまでじっとしているしかないと何故か思ってしまった。
それで圭吾が休まれるのであれば…。
自分はこの後、また眠ればいいと…。

目を閉じているのに眠りの世界に誘われることはなく、ただ圭吾の寝息と温もりだけを感じてしまう。
緊張で硬くなるだけの体に、ふと、圭吾の掌が部屋着ともいえるシャツを着こんだ孝朗の中に潜り込んできた。
どこかの女と間違えているのか…。
そんな手付きだ。
無意識に動くのか、さすがに孝朗は、その手を掴んで止めさせる。
「けっ…いっ…」
「タカ、起きてたんだ…」
手の動きはすぐに止まった。だが、孝朗が考えていたような”無意識”ではなかったのだとすぐに知らされる。
明らかに目的をもって蠢いていた手だった。
そしてはっきりとした声。
驚きながら振り返ると、間近に迫った顔は眠そうでありながら、安堵と驚愕を同時に浮かべていた。
「なっ…にして…っ…っ」
「ごめん、つい…」
「『つい』っ?!」
聞き捨てならない台詞に噛みつきそうになるのを、ククッと笑われて、自分の経験の無さを知らされた思いだった。
こんな状況に陥ったことなどなく、ひたすら焦りだけが生まれる。
圭吾の余裕な態度は、孝朗をからかっているようにしか思えない。
「なにっ…っ?!」
恥ずかしさと余裕の無さに動じてバタバタと手足がうごめく。
つい先ほどまで大人しく寝かせてやろうと気遣った心はどこに飛んだのかという暴れ方だった。
「ごめん、ごめんっ」
クスクスと笑いながら圭吾がそっと孝朗の体を解放した。
身を剥がそうとしたが、壁際に追いやられていた孝朗は逃げ場がない。
それでも上半身を起こすと、安心したような圭吾の視線が自分を見上げていて、何やら分からずに動きを止める。
「タカのそういうとこ、好き」
何を言われているのか、孝朗は理解できなかった。

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