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ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
契りをかわして 1
2012-03-06-Tue  CATEGORY: 契り
土木作業員が出入りする会社の事務所内、多賀伊吹(たが いぶき)は配布資料を持って渡り歩いた。
生命保険の外交員になって数年。入社した時の研修ではあまりの女性の多さに圧倒されたが、指導してくれる男性社員に励まされて、女性陣に混じってここまで乗り越えてきた。
小柄で人懐っこい伊吹は、気後れなく女性たちと交流を持つこともできたので、それも幸いした。
訪れていた会社は以前いた社員から引き継ぎを受けた場所である。
雨の日は外での作業が減ることもあるせいか、普段はいない顔が見られたりする。もちろん全社員が出入りしているわけではないが…。
休みになってしまう社員もいれば、こうして事務所に顔を出す人間もいる。
なかなか名前と顔が一致しない中、どうにかこうにか人の良い笑顔を向けて営業に回る。
常日頃、体を鍛えるような仕事を持つ彼らとは雲泥の差、というか、筋肉など彼らの半分しかないのではないかと思われるくらい華奢な伊吹だった。
黒髪はサラサラとしていて俯けば額にかかる。どうやっても流れ落ちてくるそれは、今では諦めて撫でつけることもしていない。同じくはっきりとした二重の大きな瞳も漆黒。
丸みのある顔つきもあるのか、伊吹は実際の歳よりも若く見られがちだった。35歳になった今も、見た目は20代である。
そのどこか幼く見えるところが幸いしているのか…、嫌がられずお情けでもそれとなく話を聞いてくれるみんなだったりする。
こんな時、『可愛い』と称される部類に生んでくれた母親に感謝した。
保険会社の中で、『顔で売ってこい』などと陰口を叩く人も居はしたけれど…。
ノルマがあるのは大変なことでもあったが、以前の仕事も営業職だったため、人との会話は難なくこなせる。
以前勤めていた会社は30歳の誕生日を迎える直前に倒産してしまった。
おかげで記念すべき(?)大台の歳になる時も、無職という情けなさだった。

「お久しぶりです。石部(いしべ)さん、そろそろ保険の見直しをしましょうよ」
仕事中の人間に話しかけるのは少々抵抗があるが、事務所の机に座り、缶コーヒーを飲み煙草をふかしながら他の社員と明らかに分かる雑談をしているところには気軽に入っていける。
ちょうど十時のお茶の時間だというのも都合がいい。もちろん、そこを狙って訪問しているのだが。
石部と呼んだ男は紺色のニッカポッカを着ていた。短い長さに切られた髪はツンツンと上を向いている。
細面の顔形は印象をすっきりと見せていたし、肩幅があるせいか余計に顔が小さく感じる。
晴れた日に来てもなかなか出会える顔ではない。
29歳になる彼はある現場に出向いていると聞いた。
目の前に座っているのは50代の現場監督を務める強面の男だ。
今日は事務処理のやり方を教えに来ているらしい。
全員と話をしたいところだが、そんな時間があるわけもなく、ある程度狙いを定めて動く。
石部甲賀(いしべ こうが)は咥え煙草のまま伊吹に顔を向けてくれた。
適当な態度であしらわれることもあるというのに、甲賀はニコニコとしていて機嫌が良さそうだ。こんな風に出迎えられれば伊吹の気分も上がる。
「保険~?…っていうか、俺、そういうの、全然分かんねーし」
少し掠れる感じの声は低いほうだ。
たぶん今現在だって、どんなプランのものに入っているのか分かっていないのだろう。
『まぁ、話くらいきいてやってもいいよ』といった態度に伊吹はサクサクと話を進めた。そこはやはり、限られた時間という周りへの配慮もある。
それでもこの会社は皆の気も緩く、かなり自由がきくほうで助かっていた。
仕事中でも五分や十分ならすぐに時間を作ってくれたりする。
「もうすぐ30歳になられるじゃないですか。30代になると体調の心配とかも増えてくるでしょうし、見直していただくのにいい機会だと思いますけど。今日はね、お勧めのものを持ってきたんです」
伊吹の営業スマイルは絶好調なくらいに働く。
素早く甲賀用に用意しておいた資料をデスクの上に広げて見せた。
伊吹のカバンの中には、まだ他にも何人か分の資料が詰め込まれていた。誰かに出会えるだろうと準備したものだ。
「30ってあのさぁ。もうそんな歳か、って気にしてるっていうのに、はっきり言ってくれるよな」
「あ~、すみませ~ん、失礼しました。それでね、こちらは万が一の時に保障がしっかりしたもので……」
軽口を明るくかわしながら本題へと入っていく。
どこまで本気で聞いてくれるかは分からないが、興味を持ってもらうだけでももうけものだ。
現在入ってもらっている保険との違いを分かりやすいように説明して、「いかがですか?」と少々強引に話を持っていくと、「いーんじゃね?」とあまりにもあっさりと返事がきた。
甲賀は難しく考えることを嫌うタイプのようだ。
そう意思表示されれば話は早い。
「そうですか。ではこちらの契約書に……」
こちらもまた順に書き方を教えて、甲賀は素直に従ってくれた。
話を終えて全開の笑顔を向けると、「あ…」と甲賀が何かを言いかける。
何か不明な点でもあったかと、伊吹は内心で不安を覚えながら小首を傾げて見せた。
「多賀さん、今夜暇?」
「今夜?」
「合コンやるんだけどメンツに加わんない?」
予想外の問いに伊吹は一瞬面食らってしまった。色々な場所で付き合いは多くありはするが…。
契約が取れた矢先に口にされるのは一番辛いところでもあったけれど…。
この場合、どうしたって甲賀分の料金は支払ってやるべきだろう。
ありとあらゆる要素を脳内に巡らせて、新しい出会いがあることに思考が負けた。
伊吹の場合、まったくもって、『営業活動』以外に興味がなかったのだが…。
「楽しそうですね。えぇ、お時間によってですが、大丈夫ですよ」
「本当に?じゃあさ、店は……」
甲賀に待ち合わせ場所と時間を教えてもらって、伊吹はまた配布物を手に事務所内を回る。
一件の契約が取れたことで伊吹の心は、ホッとした気持ちが溢れていた。

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新連載スタートです。
タイトルを決めるだけで時間がかかってしまった…。
さぁ、おねだりなのか結果なのか(´∀`;)
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契りをかわして 2
2012-03-07-Wed  CATEGORY: 契り
誰が主催しているのか分からないが、男女ともに15名ほど、計30名前後の人間が小洒落たレストランに集まっていた。
合コンというか、ちょっとしたパーティーは、並べられた料理を好きに取り、気に入った相手とテーブルに座る形で行われている。
しかも名札付き。
気軽な格好で…と言われて、横着にも伊吹は仕事帰りのままだった。人前に出て恥ずかしい格好ではない…、それが伊吹の持論でもある。
『もしかしてお見合いパーティー?!』と伊吹の心を過るものがあったが、今更引き返せるわけもなく、まぁ適当に流せばいいやとお気楽な考えが浮かんだ。
こんな時、培ってきた社交的な面は、効力を発揮してくれる。
テーブルについて話をして、気が合えばそのまま先に進むのだろうし、ダメならまた違う人間を探すのだろう。
男性側としては、真っ先に職業を聞かれるようなもので、正直に答えれば勧誘を恐れるのか、さり気なく逃げていく人間もいる。
それとなく雰囲気作りだけはして、あらかたの人間と顔を合わせたところで、伊吹はそっと会場を抜け出していた。
正直なところ、伊吹の好みは女性にはない。
昔から惹かれるのは同等な精神をもってくれる男性だった。物事の考え方が同じだったり、夢見るものが似ていたり…。
委ねてくるような女性より、ずっと寛げたし、自由に生きられる感覚があった。
女性に対してトキメキもしないし、何より『抱く』というより『抱かれる』方がホッとする。
たぶん、包まれることで社会の責任感から逃れられるような錯覚に陥られるからだろう。
営業という職業だったからもあって、付き合った男性は何人かいた。
あたりまえのように、伊吹の好みは体躯の良い男だ。その付き合った人たちに恋愛感情があったのか、肉体関係を求めたのかは微妙だが…。

合コンと聞いて女性がいることは承知の上で引き受けた話だったのに、迎え来るものが『結婚』となれば、どれだけ人の良い伊吹でも気が滅入ってくるところだ。
営業活動をできそうな場所であればまだしも、将来を見据える相手に、親しくなるような話はできなかった。
「はぁ…」
トイレでかなり長くの時間を過ごし、だが、甲賀のことを考えても中途半端にできないと脳裏を過る。
適当な言い訳をつけて逃げたいところだ。
顔を水でジャバジャバと洗って気分を切り替えた。
トイレを出るドアをあけると、ちょうどあった隅の喫煙コーナーで、甲賀が煙草の煙を吸い込んでいた。
咄嗟に、何やら気まずさがあるのは甲賀も同じだったのではないかと脳内でチカチカと点滅するものがあった。
見知った顔に落ち込んだ内面が晒されそうになる。
しかし本音を告げるのはマズイことだろう。
仕事帰りのままで来てしまった伊吹とは違って、甲賀は昼間見た姿と違っている。当たり前か…。あの作業着で来るはずがない。
スーツなどという畏まった格好ではないが、体格の良さをはっきりと映し出す見装は印象を変えた。
いや、以前から甲賀がしっかりとした筋肉の持ち主だとは、それとなく気付いてはいたけれど…。
「あ…。いかがですか?良い人、見つかりました?」
すぐに軽やかに話しかける声が出るのは普段の生活の賜物としか言いようがない。
それと、会場に戻るよりここで甲賀と話をしているほうが気が休まる。
甲賀はフッと口端を上げて笑い、肩を竦める。その態度はどこか、この合コンに興味がなさそうにも見えて、勘が当たったと思った。
誘ってきたのは甲賀なのに、ふと疑問が掠めた。…それとも気のせいだろうか…。
「さぁ。俺も友達に同行を頼まれて来たクチでさぁ。どうでも良かったんだ。『一人じゃあ…』なんて言ってた奴が今じゃ積極的に動いてるよ。…多賀さん誘っちゃったのはこういうことに興味があるのか知りたかったからなんだけど」
「?」
相手の言うことを咄嗟に理解できる能力はあるはずだと自負していたが、甲賀の後半の言葉の意味は伊吹の思考を止めてしまった。
営業用のニッコリとしたスマイルのままで固まってしまうと、甲賀の手が伸びてくる。
「髪、濡れてる」
「あ…。さっき顔洗って…」
「何で?」
まだ残っていたらしい水滴を指先がはじいた。伊吹の髪はすぐに揺れるから多少濡れた事は知っていた。
会話はスイスイ進めていけるほうだと思っていたが、答えることに躊躇いを持ったのは久し振りだ。
触れた骨張った指に視線が吸い寄せられてしまったから…だろうか。
伊吹の容姿と人懐っこさで、人に気軽に触れられることは多々あることだが、心を揺さぶられるようなことはまずない。
それなのに、甲賀には珍しくドキンとするものを感じてしまった。
躊躇する感情を持つと、人は動揺するのだと思い出した気分だった。
「え…と…」
伊吹からは言葉が漏れない。その態度は、普段物事をテキパキと進めてしまう印象の強かった甲賀にとっても、不思議なものに映ったようだった。

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契りをかわして 3
2012-03-08-Thu  CATEGORY: 契り
問われたことに何と答えようか言葉を探した。会話をスムーズに繋げないなど久し振り過ぎる。伊吹は焦りすら感じた。
束の間の沈黙が流れ、先に声を発したのは甲賀だった。
「気合でも入れてたの?」
誰か狙いをつけた人物が見つかったのか、という意味を含ませた発言に、咄嗟に首を振る。
真逆の行動だ。
「まさかっ。相手なんか探してもいなかったしっ」
「え?」
次に動きを止めたのは当然甲賀のほうである。彼の目が見開かれる。
焦りとは、余計なことを、本音を口走らせてしまうものなのか…。
「ぁ…」と小さく呟きながら、伊吹はあからさまに視線を足元に落とした。
視界の隅で甲賀が煙草を揉み消す動きを取っているのが見える。それから大きく息を吐き出す…、溜め息が聞こえた。
「俺、多賀さんに悪いことしちゃったかな。本当は迷惑だったんじゃない?誘ったこと…。義理で返事してくれたんだ…」

言い当てられて返す言葉もない。普段であればもっとうまく立ち回れているはずなのに、今は何一つ、言葉が浮かびすらしない。
伊吹が黙るのは相手の言う内容を肯定していることになる。
気分を害しているのは確かなことだった。最初の段階で断ったところで甲賀が機嫌を悪くするような人物ではないとすでに知っている。
そうすればこんな気まずさを味わうこともなかった。
今までの砕けた、親しくしていた雰囲気が粉々になっていくのを肌で感じた。こんな失敗はここ最近したことがなかった。
「途中退場したって誰も気付かないから、もう帰る?相手を探していないっていうことは、すでに特定の誰かがいるってことなんだろ。こんなところにいたらマズイんじゃないの?」
何かを言わなければ…と必死に脳裏を巡らせていたときに耳に届いたのは冷たく言い放たれる声。そして間違った情報。
伊吹を気遣ってくれる台詞を吐きながらも、その口調は苛立ちを含んでいた。
性格もあるのだろうが、甲賀は不機嫌さを隠すようなことはしない。営業の伊吹と大きく異なる。
せめて間違った思いくらいは訂正したい焦燥にかられる。
「ちが…っ。お見合いだとは思わなかったから…っ。石部さんに合コンって聞いて、ホント軽い気持ちだったんだ。気楽におしゃべりするくらいのものかと思ってて…」
お見合いパーティーなどに行ったこともないからどんなものかも知らないが、見聞きする情報を寄せ集めるともっと堅苦しいものが浮かぶ。確かに今日のコレはそれらに比べたら”気軽”なものの部類に入るのだろう。
人によって捉え方はそれぞれだ。
甲賀も伊吹の言いたい”違い”に気付いたらしい。感情任せにならず察してくれることは嬉しい。
「そりゃ、俺の言い方が悪かったけどさぁ。誰とも真剣に付き合う気はないってこと?」
声に混じっていた鋭さが抜けたように聞こえる。
自分でもまた墓穴を掘っているのが分かった。遊び感覚で相手をコロコロと変えていく軽薄な人間に捉えられる。
「そんなことないよ。合う人がいれば…とは思うし…」
「じゃあ何で今…」
伊吹自身、口にしていることが矛盾だらけだと頭を抱えたくなる。
ここまで誤魔化しきれないのは珍しい。どうしてこうなってしまったのか…。

ふと甲賀の下ろされた指先に視線が向いた。
本音ついでに甲賀の仕草に気を取られるような人間なのだ…などと発言してしまったら、この先どうなってしまうのか…。
甲賀は勘が働くのだろうか。
口を閉ざしてしまった伊吹に臆することなく質問を続けてくる。
「人には言えない事情があるとか?」
あまりにも広範囲を示す発言に頷いたらどう捉えられるのだろう。伊吹は相変わらず返事に窮したままでいた。
「それって、たとえば、こういうこと?」
見下ろしていた先で、甲賀の足が伊吹に近づいてくるのが見えて、また、続いた問いかけに「え?」と顔を上げた。
真正面に立たれて、改めて甲賀の背の高さを認めた。170センチにも満たない伊吹に比べ、彼は190センチを越えているはずだ。
小柄な伊吹の顔に影ができる。
甲賀の動きは止まらず、瞬き一つできないでいる伊吹の体に触れることもないまま、唇同士を重ねてきた。
煙の味のする舌はすぐに伊吹の口腔内に入り込んできた。
舌上を舐め、歯列を探り、上顎をくすぐる。
伊吹の体を押さえないのは、逃げたかったら逃げろという意味だろう。
だけど絶妙に動き回る深いくちづけはあまりにも気持ち良くて、伊吹は甲賀をはね飛ばすことなどできなかった。
それどころか、不安定に揺れる体を支えてほしくて自ら手を伸ばし、甲賀の太い二の腕を掴む。
伊吹の行動を知った甲賀の口端が上がった気がして…。直後には逞しい胸板に密着し背中に腕が回された。
唇は離れない。
夢中で追いかけたのは伊吹だったのか…。
先程までとは違う荒々しいくちづけに酔いしれた。
…こんなキスは知らない…。キスが、こんなに気持ち良く興奮するものなのだと、35年間生きてきた人生で初めて経験した。

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契りをかわして 4
2012-03-09-Fri  CATEGORY: 契り
まるでほろ酔いの気分だった。
頭がボウっとして、唇が離れた途端に硬い胸板に額が当たる。
耳元に寄った甲賀の湿った唇が耳朶の上を撫でる。
「なぁ、この後、ホテル行かねぇ?」
囁かれる掠れる声まで腰に響いてくる。
今まで男にこうして触れられることも抱かれることもありはしたが、それらとは全く違う”何か”を感じた。
抱きしめられることは好きだったが、どこかおざなりなセックスを繰り返してきたからか、セックスそのものが好きと言うわけではない。
見せかけの安心感を求めて、その時々順応してきた…そんな性行為のような気がする。『空気』を求めるためのセックスだった。
感情もなくその場の雰囲気で流されて体を重ねたことも幾度か。
軽率な行動に取られるかもしれないが、この短い間に誘ってくる甲賀も似たようなものだろう。
上気した顔を上げることもできず、小さくコクリと頷くと腰に巻きついたままの甲賀の腕に力がこもって、移動するよう促された。

会場には戻らず店を出て、裏通りにあるラブホテルに飛び込んだ。
モノトーンの色でまとめられたシックな部屋には、中央にドでかいベッドが鎮座している。こういった場所を利用するのも初めてではないし、今更羞恥心も湧かない。
甲賀も堂々としているから、そんなところも伊吹を落ち着かせた。
腕を引かれるままベッドに並んで座り、素早く唇にくちづけられる。
この後の流れなど嫌でも頭を過って、伊吹は一旦甲賀の動きを止めた。
「ちょ…っ、待って…っ」
硬い胸板に両手を押し当てて、くちづけの隙間から声を発した。
強引に物事を進めていく性質ではないのか、大人しく顔を離してくれる。だけどくちづけは止められても首筋に鼻先を押し当てられた。
…動きが早すぎる…っ!
焦りを感じたのも久し振りだ。どうもこの男は調子を狂わせてくれる。
「石部さんっ、待って…っ!待って!!」
「何?ここまで来て『帰る』とか言わないだろう?」
「言わないけどさ…。俺、仕事帰りのままなんだよ。シャワー浴びてくるくらいの時間、待っててくれない?」
気持ちを吐露すれば、少しムッとしたような表情を見せる。
今度は何が不機嫌にさせる理由になったのか…と一瞬脳裏を巡らせたが、甲賀は大人しく伊吹の体を解放した。
「なんか、ズルイ言い方。そんなふうに言われたら待ってるしかないだろ…」
「ありがと」
不機嫌、というより拗ねた感じだった。大人げない態度、がっつきすぎていると本人は解釈して咎められた気分になっているらしい。
フッと笑顔を向け、立ち上がりかけた時、もう一度腕を引かれて、軽くチュッと音のするくちづけをしてきた。
唇も手もすぐに離れて、行ってらっしゃいという仕草を見せられる。
心底拗ねた様子でもなかった。体は大きいのに素直に感情を表すし、もちろん年下ということもあるのだが、見た目以上に可愛い奴…などと伊吹は内心で微笑んでいた。

二人でも余裕で入れそうな広々としたバスルームでいつも通り、性行為前の、後孔の準備を含めたシャワーを浴びて、安っぽいバスローブを羽織り戻ると、甲賀はベッドヘッドに体を預けて、缶ビール片手に煙草を吸っていた。
すでに上半身の衣類は脱がれており、盛り上がった胸筋や割れた腹筋が見てとれる。
伊吹がこれまで目にしたことのない、生の逞しさに一瞬ドキリとさせられたが、平静を装ってベッドの上に上がり込んだ。
甲賀と間をとったことで、動揺を見せない余裕を持つことができたのかもしれない。
同じように隣に並んで座って甲賀を見上げる。
「俺にも一服させて」
伊吹が煙草を求めると、あからさまに驚いた顔をされた。
「吸うの?」
「時々ほしくなるくらい。やめた、ってほうかな」
「いつ?」
「二年くらい前。…そんなに驚くこと?」
「健康第一、みたいなことを言ってる保険屋が害になることをするとは思えなかった…」
そう言いながらも甲賀は指の間に挟んだ煙草のフィルターを伊吹の口元に持ってきて吸わせてくれた。
骨張った指が伊吹の唇に触れて、指の硬さを感じる。
ふぅーっと息を吐き出した後、会話を続ける。同じものを甲賀も吸っていた。
「そうかな。結構吸ってる人、多いよ。外回りなんて人に会うのが仕事だからさ。色々なところでストレス抱えるんでしょ」
どこか素っ気なく、伊吹の発言はまるで他人事のようだ。ストレスのない仕事があるのなら聞いてみたい。同じく生活も…。
甲賀はそれ以上詳しくは聞いてこない。そんなサッパリしたところも良い。
甲賀が缶ビールも差し出してくる。
「飲む?」
「うん」
手のひらに受け取り、ぐびぐびっと勢いよく喉に流し込むと、甲賀に口角を上げられ、彼は咥え煙草で立ち上がって新しい缶を取りだしに行った。
仕事上がり、風呂上がりのビールは美味いものだ。

不思議な感覚だ。
つい数時間前まで顧客だった相手と友達感覚で過ごしている。自分自身を曝け出せるところが非常に心地良い。
取引相手とのプライベートな関係が過去になかったわけではないが、言葉使いから態度までガラリと変わってしまったことなどない。
自然と受け止めてくれる甲賀の存在も大きいのだろう。何より年下だからか…。
もともと、甲賀とは緊張感の一つもなかったような気がしなくもない。堅苦しさを見せなかった甲賀の態度。
甲賀が動くたびに連動して盛り上がったり引き締まったりする体を何気なく追いながら、自分たちはどんな位置付けになるのだろうと、ぼんやり将来のことを考えた。
甲賀の性格なら、今夜の一回で終わることも可能だろう。何より割り切れる自分。


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契りをかわして 5
2012-03-10-Sat  CATEGORY: 契り
半分欲求を失ったような態度が、余計に伊吹の気持ちを落ち着かせた。
セックスにばかり走られるのは明らかに体目当てと思われて、気が滅入る部分もある。
ここまで来たらそれも勝手な言い分でしかないのは分かっているが。
単純な会話だけでも、自分を知ってもらえるような気分を味わえた。同様に相手を知れる。『心』を触れあえる…といった感じだ。これを望んでしまうのは伊吹だけなのだろうが。
それが営業活動に結び付くかどうかはともかく…。親しくしておいて困ることはない。綺麗に別れる方法くらい身につけている。
その後も後腐れなくうまく付き合っていく方法も…。
甲賀の性格を考えても、似たような経験を積んでいると思われた。
でなければ、こんな簡単にホテルまで来はしないだろう。自分もついてこない…。そこは人を見る目…か…。

今がひと息をつく時間のようだ。
今までと変わらない、それどころか知らない面を晒し、親しみを含んだ会話や態度は、堅苦しい空間ではない。
販売側と顧客の立場をこれっぽっちも思わせない態度が余計にありがたいし気を落ち着かせる。
取引相手と付き合っても今までなかった雰囲気だと、ふと脳裏を過っていった。

甲賀は戻ってくると、先程と同じように伊吹の隣に足を伸ばして座りこむ。
煙草を挟んだままの指でプルタブを起こして、顔を上へと傾けながら飲み込んでいく様を、単に見ていると視線が合う。
瞳が疑問と自惚れを同時に表し、いつものように口端を上げて見せる。
甲賀の造りの良さを、本人自身が自覚しているのだ。きっと、見つめられることなど過去に何度も経験済みなのだろう。
そのあたりは伊吹と変わらないな…と思わず笑ってしまったが。
「多賀さん、なんて名前だっけ?」
「何、突然聞くの?」
「なんか、堅苦しい気がするから」
ムード作りまでしてくれることに違和感は沸かない。
伊吹も認めて素直に名前を述べた。仕事上、伊吹はフルネームを覚えることはあるが、先方は営業マンとしての名字しか知らなくて当然だった。
「伊吹」
「『伊吹』?…女の子に間違われない?」
「失礼なっ」
「いやいや、見た目も、さ。初めて見た時から思ってたけど、ハキハキしてるし、ちょこちょこ動くし」
「それ、何?口やかましい女と比べてるの?」
営業上、口が真っ先に動くのは否めない。人に与えた印象とはどんなものなのか…。
「可愛いって褒めてるんだけど…」
「『可愛い』って、あのさぁ。年上に向かって言うことかよ…」
見た目の表現は過去にもいくらでも聞いた。今更本気で怒るわけでもなく、会話を繋いでいく上でのコミュニケーションの一つでしかない。
伊吹自身、今となっては嫌う言葉でもなくなっている。
甲賀が言うように『褒め言葉』と受け止めて前向きに生きているわけだ。
だが、伊吹の返答を聞いて甲賀は今日何度目かの動きを止める。
「は?」
見開かれた目に何が疑問だったのかと伊吹は逆に問いかける瞳を向けた。
「何が?」
冷静さを取り戻す意味もあったのか、甲賀は手にしていた煙草を灰皿に押し付けて消した。
束の間の沈黙が流れる。伊吹にしてみたら、年齢以下に見られることに慣れていた。年齢を告げての営業活動でもない。
だけど会社に出入りしてから、どこかで伝えたか、見聞きしていてもいいくらいの期間はあったのではないか…。
甲賀が改めて向き直ってくる。
「多賀さん、今、いくつ?」
「35」
即答だった。
ここで歳の差を気にされて萎えられるのならそれも仕方ないか…といった感じだ。
契約をとっている以上、甲賀の歳など、その他の情報まで手に入れているのは伊吹のほうで…。もちろん口外することなどありはしないが。
「うそだろーっっっ?!」
明らかな驚かれ方には伊吹から溜め息がこぼれそうだった。何も知らなかったのだと…、それこそ"勢い"だったのだと改めて感じさせてくれる反応。
空しさが今まで以上に心に広がった。いや、分かっていたけど…。甲賀に期待したものは何だったのか…。
その隣で、頭を抱えたいのか溜め息を吐きたいのか、まぁいずれにせよ、現実を知った男が固まっている。
開き直った感情でいたのは伊吹の方かと思わせるくらい、素直な反応だった。
「ホント、に。何?ヤる気無くした?別に俺、このまま帰ってもいいけど」
いかにもソレが目的かというような発言をすれば、固まっていた男の眉間に皺が寄る。
今のところ、冷めた発言をしているのは伊吹のほうで…。
バスルームから出てきてからの余裕のあり方も、レストランでキスをした時の印象とは変わっていたはずだった。

『体で売っている営業』…。
そう捉えられても、…悔しくても仕方ない行動を起こしたのかもしれない。

「年齢にこだわるわけじゃないけど…。その歳、ぜってぇ、サギ…」
「悪かったな…」
呆然としながら呟く甲賀からフンと顔を反らせば、「そうじゃない…」と苦笑いを浮かべられる。
「ヤれる、ヤれない、はまた別の話だから」
何とも率直に物事を語ってくれた。
まぁ、一夜限りなら、素直な相手でいてくれても困りはしなかったが…。

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Rはいつ…?な展開になってきました…(;一_一)
先にお知らせいたします。11日の更新はありません。12日は昼頃…までにupできたらいいかな。
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