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ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
ふたり 1
2012-04-09-Mon  CATEGORY: ふたり
生命保険会社からすぐ近くのカフェで、高島旭(たかしま あさひ)は多賀伊吹(たが いぶき)と待ち合わせていた。
旭は不動産会社で物件を紹介する営業職に就いている。また伊吹は生命保険を売る営業社員だった。
旭は伊吹と同じ年くらいかと思っていたのだが、実は30代の半ばだと聞いた時には耳を疑った。
見た目は20代の後半で充分通じる若さを見せていた。
旭と伊吹は外見が良く似ている。そのため、これまでも友達のような感覚で接触があって、改めてお互いの年齢を知っても、今更ご丁寧な言葉遣いなどできなかった。
伊吹自身、気さくな性格で、突然の変わりばえを好んでいない。そのことに旭は救われてもいた。

しばらく待つと伊吹が入ってきて、ニコニコとした営業スマイルを浮かべながら、旭のそばに近寄ってくる。
ふたりして小柄な体格だが、表情に浮かぶ華やかさは、人を惹きつける魅力を持っていたりする。
伊吹が流れる黒髪と黒い瞳を持つのに対して、旭はウェーブのかかった焦げ茶色の髪と光に当たると茶色さを増す瞳。
ふたりが並ぶと余計に目立つものがあったが、いずれも表現される形容詞は『可愛い』で、旭はあまり納得がいっていない。
「お待たせ~」
「俺も今来たとこです~。…住み心地いかがですか?」
旭が座るテーブル席の前の椅子に腰を下ろした伊吹に早速現状を聞いてみる。今日の旭の目的だった。
伊吹はつい先日、旭の会社で物件契約を結んでくれて、引っ越して1カ月ほどたったばかりだ。顧客の満足度を聞くのは重要である。
旭も伊吹ご推薦の保険契約を持っていたりして、ちょくちょく会社に訪れてくれる伊吹と自然と親しくなっていた。
「うん。いい感じ。家賃、もっと下げてくれると嬉しいけど」
「そんなの無理ですよ~っ。うちだって家主とのやりとりがあるんだから~っ」
「ははは。そうだね」
「相手の人は?何か言ってます?」
「べつに。アイツ、あまりこだわらない性格だから」
伊吹が一緒に住む人物とは一度だけ顔を合わせたことがある。引っ越しをするという日、朝一番にお邪魔した時に、やたらと体躯の良い男がいてびっくりしたものだ。
重そうな荷物ですら、ひょいひょいと持ち上げ、伊吹の指示を受け入れていた。
生活に関しての主導権を握っているのが伊吹なのだとは、なんとなくその時に知れてしまったけれど…。
ふたりの関係まで突っ込んで聞くのは躊躇われたが、漂う雰囲気に甘いものが混じっていて、羨ましく思えた。
伊吹が見せる雰囲気も、以前とは違って変な”膜”がない。
数多くの同居人となる組み合わせを見てきたが、あまりにも自然体でそこに存在していたふたりだった。

「へぇ。でもそんな雰囲気、ありましたね。スーツ着ているサラリーマンとはちょっと違うような…」
「スーツっ!見たことない~っ」
旭が素直な意見を述べれば、あからさまに伊吹が驚いて、直後にはケラケラと笑いだした。
「え?そうなんですか?」
「そうっ。だって現場勤務だもん。いっつもきったない作業着、着てるよ」
「随分な言い分…」
世の人間が自分たちと同じような格好で仕事をしていないのは承知しているが、伊吹が選ぶからには…という思考も働いた。
何より伊吹の見た目の良さからつり合う人物が好みではないだろうか…と勝手な思いが巡っていた。
確かに仕事中と私服は変わるだろうが…。事実、旭も拝んだ時には、作業着ではなかったし、薄汚い格好でもなかった。

旭も伊吹も基本的に外回りという仕事柄、予定がなければそれほど時間を制限されることもない。
時にはこんな雑談で情報のやりとりがあったりもする。
一杯目のコーヒーを飲み終わり、「ケーキでも食べちゃおう」と伊吹の提案を受けて、追加注文をする。
ふたりして「経費で落とせちゃうから~」という言い争いがこの後やってくるのが常で…。
そのケーキも平らげられようかという頃、旭はふと入口に気を取られた。
客の出入りを気にかける店員ではあるまいし…。しかし、引き寄せられるというのはこのことを言うのだろうと痛感する。
今しがた入店してきた二人連れの男性客を、女性店員が案内しようと自分たちの方へと向かってきた。
共にビシッとスーツを着こなした年上の男性だが、この二人にも年齢差が見てとれるところ、友人といった感じではなさそうだ。
旭の視線は後から大人しくついてくる人物に釘づけだった。
少し長めのまっすぐな髪が自然な姿で揺れる。暖かそうな印象が前面に出ている。店員の身長を見ても、背は高い方だろう。
意識せずとも旭は完全に見惚れていた。
不自然に固まった旭に気付いて、伊吹も同方向に首を巡らせた。
次の瞬間、動揺に動きを止めて、黒い瞳を見開いたのは伊吹のほうだった。
「え…?」
あからさまに向けられる驚愕の態度に気付かない客でもなかったようだ。
「伊吹…」
同様に驚いた表情を浮かべたが、どこか儚げに笑っただけで離れた席へと進んでいった。
彼が見つけたのは明らかに伊吹のほうで、しかしそこに漂うぎこちなさはふたりの不穏な関係を伺わせる。
いつも明るい雰囲気しか見せない伊吹が、傍目にもわかる戸惑いを浮かべたのを見るのが初めての出来事だと、旭は改めて思った。

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新連載、スタートです。
まだ出てくる伊吹…。いや、もう営業しないから(笑)
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ふたり 2
2012-04-10-Tue  CATEGORY: ふたり
伊吹は彼の後ろ姿を視線でも追わなかった。彼も再び伊吹を見ることはなかった。
「ごめん。ちょっと出ていいかな…」
伊吹に提案…というより気まずさを浮かべられて話しかけられては旭に逆らうことなどできない。
冷めかけたコーヒーを一気に飲み干して、会計へと向かう。突然の出来事に伊吹は会計票を手放そうとしなかった。
明るい話題で進んでいた会話が一転して暗雲をもたらしてくる。
ここで別れるべきだろうか…。
そう思うのに、旭には何があったのか聞きたい好奇心…、焦燥のようなものが浮かんだ。
「多賀さん…」
旭の反応に気付くのだろう。伊吹は「店を変えよう」とだけ伝えてくる。
それほどまで、同じ空間に居たくない人物だったのだろうか…。

大人しくついていく旭に、伊吹は近くの喫茶店を案内してくれる。会社の近くの場所なだけに、腰掛けられる店は伊吹の方が詳しい。
向かいあって席についてから、状況を伊吹も理解しているのか、いつもの営業スマイルを見せた。
「なんか、変なところ、見られちゃった…」
明るく振舞っているが、陰があるのは、多くの人間を見てきた旭にも容易に気付けることだった。
「さっきの人…」
「あ~。高島くん、信楽(しいら)さんに見惚れてたんだろぅ。あの人、外じゃ三割増しくらいにいい男だからな~」
ここまで連れてきてくれたのは旭のことを思ってなのだとも気付かされる。
「知り合い?」
無駄に明るく話しかける姿が痛々しいとまで思ってしまった。更に旭の好みまで見抜いてしまうこと…。
「知り合い…っていうか、…まぁ…」
「今、”外で”って言ったよね?普段は違うの?」
何もかもに興味が湧く。
見惚れていた、とバレた今、変に隠すこともできなかった。
それに、どことなく伊吹には、旭の一瞬でも湧いた想いを救ってくれそうな雰囲気が漂っている。

しばらくの沈黙のあと、伊吹が観念したように盛大な溜め息を吐いて、「今の家に引っ越す前、あの人の家にいたんだ…」と衝撃の事実を語ってくれた。
束の間、意味が理解できなくて黙ったのは旭のほうだ。
「家…って…?」
「一緒に住んでいた…。…フリーライターの人で、仕事はほとんど家の中でしているし…。あんなふうに出掛けるのは稀かも…。だから外に出ると、印象もだいぶ変わるんだよね」
旭の頭はますますこんがらがっていく。
伊吹が引っ越しを決めたのは遠い昔ではない。
しかも今は一緒に住もうと決めた人間までいる。その相手を知っている。
“一緒に住んでいた”意味が分からない旭でもない。
そんな短い期間に何があったのか…。
伊吹の発言は、旭に”信楽”と呼ばれた人を諦めさせたいからなのか。まさかとは思うが、今でも彼と伊吹に繋がりがあるとは思えない態度だった。
真実が見えなくて旭は動揺し、だが持ち前の原因を曖昧にしない根性で切り込んでいく。
ほんの僅かでも伊吹から醸し出された”救ってくれそう”はどちらに傾くのだろう。

伊吹は今更ながら、旭の性格を理解していた。
伊吹の性格はどことなく読めないところがあったけれど、本音でぶつかって、本心を晒していたのは旭のほうだ。
いつだって宥められるような雰囲気があったのは、やはり年上だったからなのだろうか…。
伊吹はいつものように出来上がった笑顔を旭に向けてきた。
「正直に言うよ。あの人と付き合っていた。一目惚れしたのは…たぶん俺も同じだと思う。だから高島くんの気持ちはなんとなく分かるんだ…。改めて見ても、いい男だよね。うぬぼれかもしれないけど、信楽さんも少なからずそんなところがあったのかもしれなくて…。でも…今は感情が離れちゃったんだ…」
「それで別れたの?」
「ぅん…。…最後、俺の感情のままに突っ走って信楽さんを傷つけたのは俺だけどね…」

そこにあの体格の良い男が関わってくるのは旭でも知れること。
人の想いとは変わることがあるのも理解できること。
きっと悲惨な別れ方をしたから、今でも歩み寄れないでいること。
だけど本当の意味で嫌いになどなっていないこと。
複雑な思いが絡み合う中、自分が目を惹かれたこと…。

まるで勝ち目のないゲームの中に足を踏み入れてしまった錯覚に陥った。
伊吹には新しい人がいる…。
では彼には…?
誰にでも親切に、優しそうな印象を与える彼を、どうして伊吹は振ることになったのか…。
旭の瞼に焼きついた”第一印象”は全く色あせることなく、消えていかない…。

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ブログ1300話目、切りよく『ふたり』から始まりました~♪
…つか、そんなに何書いているんだろう…。
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ふたり 3
2012-04-11-Wed  CATEGORY: ふたり
何故伊吹と彼が別れたのか、その理由まで聞くのは失礼だろう。
今更蒸し返したくない内容であるのは、彼の元から逃げ出した伊吹の態度で知れてくる。
誤魔化してしまっても良かったことなのに、それでも旭に話してくれたのは、旭が興味を持ったことを感じてしまったからだ。
いつまでも探られるくらいなら、最初からさっさと打ち明けてしまった方がいいと判断したのだろう。
あとは、それを聞いて旭がどう思うか…。
確かなことは、ふたりは別れてしまっているということだけ。

伊吹は彼について悪く言うことは一つもなかった。それだけ責任を感じているのだろうか。
伊吹には新しい恋人ができたが、今でも伊吹に対して想いを残しているのは彼のほうで、だからこそ心変わりしてしまったから後ろめたさがある。それ故に真正面から出会うことができない。
話を終えて伊吹は苦笑を浮かべた。
複雑な気持ちで聞いていた旭は、その態度にどう反応したらいいのかと戸惑ってしまう。
伊吹の苦笑には、現状を変えていけないもどかしさが含まれているようだった。
こんな話を聞いてしまっては、伊吹に彼への紹介を頼むのは無理なものである。

時間もそろそろ、ということで喫茶店を後にする。
途中まで一緒に歩くふたりの雰囲気はいつもと変わらないくらいまで戻っている。互いに避けている話題があり、あとは感情を隠すことのできる営業魂だろうか。
「何かあったらいつでも言ってくださいね。また新しい物件、紹介しますから」
「そんなに引っ越しばっかりやってられないよ~。それより保険の見直しは?」
「そうしょっちゅう見直しなんてしてられませんっ」
冗談半分本気半分、小突きながら歩き進む姿は、七つの歳の差を全く感じさせない。
すれ違う人間に注目されるのもすでに慣れたもの。
一人でいても視線が注がれることは多いが、ふたり揃うと倍増する。さりげなく営業スマイルでかわしていたりもする。
その最中、ふいに背後から「伊吹」と声がかかった。
嫌でも会話は途絶え、足も止まる。
ふたり揃ってクルッと振り返ると、先程まで話題の的だった人物がふわりとした笑みをたたえて立っていた。
旭は咄嗟に伊吹の顔色を伺ってしまう。
一瞬驚きはしたものの、慣れたように伊吹も笑みを浮かべた。
「こんにちは。信楽さん、仕事?」
「うん。ちょっと打ち合わせがあったからね。…そちらは同僚の方?」
カフェで見かけたときは二人連れだったが、今は一人でいるとは、仕事の話が終わったと意味するのだろうか。
あの場で旭たちに近付いてこなかったのは、連れがいたからだと思われる。
旭に視線を向けられて、あらためて近くで見る姿にドキンと胸が鳴った。
おかげで自己紹介をすることを忘れた旭だ。
「違うよ。お客さん…かな」
伊吹に小突かれて、ようやく旭は名刺を取り出した慌てぶりだった。
「あっ、あっ、高島ですっ。賃貸物件を扱っていまして…」
「不動産会社…。……あぁ…」
旭から名刺を受取った信楽が、少しの間逡巡する仕草を見せ、それから納得したように頷いていた。
マズッた…と思ったのはその直後だ。
言うなれば、伊吹が信楽の元から立ち去るための協力をしたようなもので…。と、旭は不安を覚えたが、信楽は嫌な顔ひとつ見せなかった。
「伊吹、引っ越したって言ってたものね…」
伊吹と信楽の会話が見えない旭の脳裏にはクエスチョンマークが咲きほこっていた。
信楽の家から今のマンションに越したとばかり思っていたが違うようだ。
それに話もしていない仲かと思っていたが、その後の交流はあったのか…。

あまりにも良いタイミングで伊吹の携帯が鳴った。これ幸いとばかりに伊吹は断りを入れて旭たちに背を向け、数歩進む。
残された旭は、この間をどうしようかと思わず背の高い男を見上げてしまった。
信楽の視線は伊吹の背中を追っていたが、旭に気付いたのか見下ろしてくる。
「え、と、…あの…。…あっ、フリーライターをされているとか?」
いくら咄嗟とはいえ、また先に口が開いてしまう性格を恨めしく思う。
僅かに瞬きをされたが、またふわりと笑ってくれた。その態度に旭にあった緊張が少し抜けた。
「伊吹に聞いたのかな。…そうだ、名刺をもらいっぱなしだね」
信楽はまだ手にしていた旭の名刺をしまいながら、新しく取り出しては旭に手渡してきた。
『浅井信楽(あさい しいら)』。
視線を落としてはマジマジと眺めてしまう。こんな簡単に(?)相手の情報が手に入れられるとは考えてもいなかった。
「フリーライターなんていっても、ほとんど出版社と契約をとってあるから。あまりフリーとは言えないな」
「へぇ…。さっきもそれで?」
「そう。たまにこうして出てくるくらい」
「動きまくっている多賀さんと正反対ですね」
旭の台詞に信楽の眉がピクリと動いた。
一瞬の間があってから、「君はどこまで聞いているのかな」と逆に質問が投げかけられる。
これもまた、この時になって旭は、伊吹と信楽を関連付けた発言をしたのだと気付いた。
「あ…」
旭が焦りを隠さず黙ってしまうと、信楽から溜め息がひとつ零れた。
「まぁ、いいけどね…。伊吹が外回りで家にいない分、家の中のことはほとんど俺がやっていたけれど…。…今の生活、大丈夫なのかな」
最後は完全な信楽の独り言だった。
『家の中のことは』…と聞いて、すかさず旭が反応する。
「えっ?それって、掃除とか洗濯とかってことですかっ?」
旭の態度の何がおもしろかったのか、信楽は苦笑した。
「そうだね。料理も作って食べさせていたし」
「うらやましぃぃぃっ。えーっ、多賀さんってば何考えてるんだろーっ」
もちろんそれは別れたことを表していたのだが…。
信楽がふっとため息にも似た諦めの吐息を漏らした。
「『何を』…か…」
そしてまたしても旭は、素直に気持ちを表してしまう自分を呪うはめになった。

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ふたり 4
2012-04-12-Thu  CATEGORY: ふたり
完全な失言に旭はまた「あ…」と黙りこむ。
あからさまにワタワタとする姿に、信楽は自分の気持ちをどこかに押し避けたように、旭に向き合ってきた。
一瞬見せた暗い表情がなくなり、またふわりとした笑みを見せる。少しだけ苦々しそうでもあったけれど…。
「君は正直な子だね」
「あ…、ぃゃ…」
この場合、『正直な子』は褒め言葉ととっていいのだろうか…。
「俺は伊吹の”嘘”を見抜けなかったから…」
信楽の発言に旭は驚かされる。
付き合う、とは本音を晒して気を許し合うものではないのだろうかと思っていたから、嘘をついて過ごすことが信じられなかった。

「嘘?!えっ、どうして?なんでそんなこと、する必要が?」
「君だったら相手に隠し事なんてしないんだろうね」
「隠したら疑われるだけじゃないですか」
「…そうだね…」
『正直な子』は率直に自分の意見を告げる。
信楽は笑みを浮かべていたけれど、過去を振り返っているのは確かだった。
『伊吹の嘘』と言ってはいたが、それは信楽にも思い当たるものがあるのだろう。
ふたりして騙し合った生活があったのかと、なんとなく見えてくる。どうしてそうなってしまったのかの疑問も浮かぶ。
「浅井さんも?我慢してたの?家事全部していたこととか」
伊吹は自ら語ってくれることはあったが、信楽は自分から言いそうにない雰囲気がある。
あとは旭が信楽に興味を持ちすぎていて、知りたいことがたくさんあったから口が止まらない。
伊吹を間に挟んだ関係だからか、そして柔らかな雰囲気の信楽の態度に親近感が生まれていた。

初対面で図々しいことを尋ねている感覚が旭から消えた。
信楽がどう受け止めたのか、無邪気な質問に困ったように口を開いた。
「そう…なのかな。あまり意識していなかったけど」
「無意識にできるってホントすごいですね~。俺なんかもう、やるの、嫌で嫌で~ぇ」
旭は信楽が答えてくれたことが嬉しくてはしゃいで、俯き加減だった表情が明るくなった。
人懐っこい性格を嫌うわけではないのか、単にこの場の会話としての大人の対応なのかは判断できないが、自分に視線を向けてくれることは喜ばしいことに違いない。
「高島君は一人暮らし?」
「そうなんですよ~。ワンルームなんですけどね。片付けがヘタなのか物が散らかりまくりで~。ベッドの上が生活拠点か?っていうくらい~」
信楽から尋ねられたことに、喜々として旭からは言葉が紡がれる。
何がおもしろかったのか、初めて信楽がククッと笑い声を上げた。
旭の過去の暴言(?)は、この瞬間にも旭の頭の中から抜け落ちた現金さだった。
「やりなれないと大変かもね」
「うーん。俺の場合、物を持ちこんでそのままにしちゃうから増え続ける一方なんです」
「あぁ、それはいけないな」
「やっぱ、そうですよね…。…なんか、浅井さんちってすごーく綺麗なイメージがあるんですけど」
「そんなことないよ」
「だって、浅井さんだってこんなにお洒落でカッコイイじゃないですか」
旭がずっと思っていたことをポロッと口にしてしまえば、信楽は、自身も認めているのか、ニコリと笑顔で「ありがとう」と返すにとどまった。
そこに自惚れが含まれていないのは、さりげなく返された一言と信楽の醸し出す雰囲気で感じてしまう。
驕らない態度にますます旭は惹かれた。

「俺、全然大きくならなかったし、何かあるとみんなに『可愛い、可愛い』って言われて…」
旭がぷぅと頬を膨らませて口を尖らせると、信楽が不思議そうに首を傾げた。
「嫌なの?不満みたいだね」
「嫌ですよ~。男なのに『可愛い』ってなんですか~っ」
「伊吹は喜んでいたけどね。タイプが似ているな、とは思ったけど、感想までは違ったか…」
「え?」
「まぁ、当然だよね」
旭の浮ついていた心が一瞬凍る。
『可愛い』と言われて喜んだ伊吹に惚れた信楽だったら、『可愛い』と言われて喜ぶ相手を求めるのだろうか…。
お互いにほとんど一目惚れに近い出会いで始まった関係だったとは、すでに伊吹から聞いた話。
もしかして自分は、一つの可能性を潰したのではないだろうか…。
「あ、でも…」
「ごめーん。急に社に戻らなきゃならなくなっちゃった」
旭が言いかけた言葉を遮るように、戻ってきた伊吹が急ぐ仕草を見せる。
それが信楽に対しての口実なのか、本当のことなのかの判断はできない。
「そう…。久し振りに話でもできるかな、と思ったんだけど…」
「本当だね。こんなところで会えるとも思わなかったし」
伊吹の完璧な営業スマイルが炸裂している。
普段の伊吹の人当たりの良さは旭も散々なほど見てきたが、このわざとらしさは不自然さを生んでいるくらいだった。
「高島くんも。わざわざ来てくれてありがとうね」
「あ、いえ…」
「じゃあ」
風のごとく、走り去っていく伊吹の背中を、旭と信楽、ふたりで無言で見送った。
残された空間のぎこちなさ。
旭が再び信楽と視線を合わせると、「それじゃあ俺もこれで…」と歩き出そうとする。
この時間は、あくまでも伊吹を待つ間の世間話でしかなかったのだと気付かされる。
焦りが旭を襲った。

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ふたり 5
2012-04-13-Fri  CATEGORY: ふたり
「あ、あっ、浅井さんっ」
咄嗟に声をかけてしまったのは何故なのか…。
手を伸ばして彼の上着の裾を掴んでしまったくらい引き止めたかったらしい。
驚いたような顔が振り返る。
「うん?」
まさか旭から声をかけられるとは思っていなかったといった感じで、でも話を聞いてくれようとする姿勢が見える。
「あ、あのっ、お時間あるんですか?良かったらもう少しお話を…っ」
「話?」
目をぱちくりさせながら見下ろしてくる視線に、旭ですら何の話がしたいのかと考えてしまうが…。
だけどここでこのまま、一時の暇つぶしで終わるのは嫌だった。
「え、と、…あの…、…その…、そうっ!部屋の綺麗な片付け方とかっ」
ますます疑問に思うのか、信楽の眉間が寄ってくる。
「あっ、じゃあ、俺でも簡単にできる料理レシピとかっ」
必死で縋る旭に、何か思い当たる点でも浮かんだのか、またふわりとした笑みを見せてくれた。
「高島君こそ、時間は大丈夫なの?仕事中なんじゃない?」
「大丈夫ですっ。多賀さんちの御用伺いの時間、ちゃんと取ってあるしっ」
「伊吹の代役か…。…うん、いいよ。会社に戻って無用な仕事を押し付けられても可哀想だからね」
信楽は一瞬複雑な表情を浮かべたが、突然逃げるようにして去ってしまった伊吹のことを思うのか、営業としての仕事を理解するところがあるのか、旭の声掛けに応じてくれた。
会社に戻りたくなくて一人で淋しく時間つぶしをするとでも思われたか…。
どう誤解されたとしても、その返事が聞けただけで、焦った旭の心がふわりと上昇気流に乗っていく。
無碍にしない信楽の優しさに触れた。

「さっきのカフェでいいかな?俺、あまりお店については詳しくないんだ」
「はいっ、どこでもっ」
信楽に誘われて(?)断る理由などあるわけもなく、元気いっぱいににこにこと笑う旭に、また優しそうな微笑みが舞い降りてくる。
見つめてくれる瞳が自分に向けられていると分かるだけで、心が弾んだ。
隣に並んで歩けるというだけで優越感に浸れた。振り返る人の多さにも感心した。
確実に視線を集めているのは信楽のほうだ。
「浅井さんって身長高いですよね。いくつくらいあるんですか?」
「うーん。180くらいじゃないかな」
「高いっ。どうりで見上げなきゃならないはずだ…」
「見上げる…って…。それほど変わらないでしょ」
「10センチ違えば変わりますよ~っ」
「コンプレックスをかかえちゃっているのかな」
「そ、そんなこと、ないですけど…」
先程の『可愛い』発言を引きずられていると感じて、途端に口籠ってしまう。
確かに気に入らない言葉ではあるが、信楽に言われれば受け止め方が違ってくると改めて思っていたりする。
旭の心情を理解するのか、クスリと笑われる。だけど決して馬鹿にするような笑みではなかった。
「ありのままの自分を受け入れられるようになれればいいんだよ」
励まされているのだろうか。宥められているのだろうか。
どちらにしても”重い”言葉のように感じられた。

「自分に自信を持て…ってことですか?」
「うん。まぁ、そうだね。…って、エラそうなことは俺も言えないけど」
「えーっ?!浅井さんが自信ないって、じゃあ、俺なんかどうしたら~…」
「高島君には高島君なりの魅力があると思うよ。気付かないだけじゃない?」
「是非教えてほしいものです」
旭の誘いは通じるだろうか。
しかし信楽はふふふと微笑んだだけだった。

旭は拗ねたい気分になる。
伊吹の魅力は旭だって知るし、それ以上に長年の付き合いで信楽は感じたものがあるのだろう。
まだ出会ったばかりで比べられても仕方がないが、比べられていると分かる雰囲気はいただけない。
それほど、信楽にとって眼中にない”魅力”なのだろうか…。

同じ店に入ってみれば、店員は顔を覚えていたらしく、少し驚き、だけど嬉しそうに(絶対に来店の喜びではないと旭は内心で呟く)出迎えてくれた。
それだけ見惚れる男なのだとしみじみ感じさせてくれる。
通された席で改めて真正面に整った顔を見れば、その華麗さに、満足になれそうな気分になった。
仕草の一つ一つが美しい。
信楽が注文するものと同じコーヒーを頼み、「ケーキは?」と問われて、「あ、さっき食べちゃった…」と伝えると、「あぁ、伊吹も好きだものね」と進められたらしい原因を辿ってくる。
今は、どうしたって行動の全てが伊吹に重ねられているらしい。
そのことが悔しいが責めることもできない。
だからといって伊吹のことを話題に出す気にもなれなかった。
今更…というのだろうか。信楽の口から『伊吹』という名前を聞きたくなかった。
別に、伊吹を嫌っているわけではないが…。
単に信楽に比較されているようで、自分に興味を持ってもらえるようなものがないようで、情けなくなるのだ。

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