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ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
待っているよ 1
2012-05-30-Wed  CATEGORY: 待っているよ
「兄貴~っ、飯食ってる時間、ねぇっ」
住宅街にある一戸建ての家の中、築二十年を過ぎた”台所”と呼ぶにふさわしい場所に、詰襟の学生服を腕に抱えた野太い声が響いた。
二階からドタバタと駆け下りてきた足音は、そのまま洗面所に向かい、身支度だけを整えて出ていく気だ。
すでに台所からの続き間である、居間にある座卓に朝ご飯のおかずを並べていた津屋崎筑穂(つやざき ちくほ)は、「あぁぁ?!」と唸り声をあげた。
長男である筑穂がこの家の家事を担うようになったのは、両親を三年前に事故で亡くしてからだ。
筑穂は起きたままの恰好でまだ着替えてもいなく、ボサボサの髪の毛は、癖もあって絡まったままだ。
当時24歳だった筑穂は、大学を卒業してから働き始めて、まだ若造と括られていた時代だった。
いや、働き出して5年しか経っていなければ、今でも周りから見たらまだまだ…と言われてもおかしくない立場である。
津屋崎家は男三人兄弟の家族だった。長男の筑穂、次男で高校三年生の穂波(ほなみ)、中学一年の嘉穂(かほ)と続く。
27歳、17歳、12歳と齢が離れていたため、弟たちの面倒は昔から見てきた方だ。
筑穂自身が母親に似て、面倒見が良かった性格もあった。成長過程で、本当に兄弟か?と違いを見せられたのは大学に入った頃だ。
背の順に並んだ時、常に一番前にいた小学校中学校時代だった筑穂だったのに、穂波は一番後ろに立つ。
嘉穂にいたっては、中学校に上がったばかりだというのに、すでに筑穂に並ぼうとしている。
特に弟たちの相手をしたかったわけではないが、これといって真剣に部活動に励むこともなく、また運動を得意としなかった筑穂は体を鍛える、ということから遠ざかっていた。
汗水流すより、よちよちとした弟たちの成長を見ている方が楽しかった。
それに比べて、穂波はバスケ部で活躍し、嘉穂もサッカー部で走りまわっている。
学業や部活動に励むことを悪いとは言わないが…。何故ここまで差が出る体格なのか疑問も浮かぶくらいだ。

両親が亡くなった時、まだ幼い弟たちを抱えて、集まった親戚は保険金を目当てに引きとると言ってきた。
だが、独り立ちした筑穂がそこに含まれることはない。家族がバラバラになることを何よりも嫌がって、筑穂は「自分で育てる」と言い張った。
幸いにも両親が残してくれた家もあって、住む場所に困りはしない。
穂波も嘉穂も、住み慣れた家を離れたくないと泣き喚いた。
兄弟愛を小さい頃から見ていたからなのか、「何かあったら頼ってきなさい」と言うに留めて、遠くから見守ってくれている。
その気持ちに感謝し、だけど迷惑はかけたくないと筑穂なりに頑張ってきた。
兄の頑張りを知るからなのか、穂波も嘉穂も手を煩わせるような態度に出てくることはなくて助かっている。

「穂波~っ、朝練行くのに、すきっ腹じゃ動けないだろ~っ」
「ほわっれ、いはん~っ」
時間がないと言いたい声は、歯ブラシを咥えているらしい。
「ちょっと待ってろっ。詰め込んでやるからっ」
この際、温かいご飯だ、おかずの見栄えが悪いだとかも気にせず、弁当箱を取り出すと、無造作に突っ込んだ。
今朝のおかずは焼き鮭だったからちょうど良かった。
朝練の前に食べる時間があるかどうかは疑問だが、お腹を空かしてひもじい思いはさせたくない。朝練が終わったあとに食べる時間くらいあるだろう。
家でもものすごい勢いで胃の中に収めていくのだから…。
これでもかとぎゅうぎゅうに白米を押し込み、その上に鮭と梅干を乗せ、ひじきの煮物もそのまま突っ込んだ。お弁当用の仕切りカップなどこの家にはない。
汁がご飯と混じるだろうが、それもいい味だろう。
コンビニでもらった袋に、やはりコンビニの弁当についていたプラスチック製のスプーンを放り込み、玄関まで持っていく。
「悪い、兄貴」
ビニール製のスポーツバッグを肩にかけ、カバンを手にして今にも出て行こうとしている穂波は、顔を洗った時に濡れたのだろう。伸びてきた前髪がまだ濡れたままでいる。
急いでいるのに、筑穂を待って、大人しく受け取ってくれた。
物や食べ物など、無駄にせず大事にしろとは、亡くなった両親の教えだ。仕事をしながら好きなことをさせてくれて、嫌な顔一つ見せない兄に、穂波は身勝手さを感じるのかもしれない。
「気をつけて行けよ。事故にはあうなよ」
出て行く前に、必ずかける言葉だった。
当たり前だと思っていた生活が元に戻らないと痛感したのが両親の死だった。
あの時と同じ辛い思いはしたくないし、ささやかな一言の重みをいつも思う。
筑穂は最後に両親に何と言ったのか、どんな会話があってどんな態度を取ったのか、全く思い出せなかった。
夫婦で旅行にでも行って来い、と貯めた給料で送り出したのは筑穂だった。
一泊だというのに、大量に作られたおかずが鍋の中に残っていた。
そのことを、「そんなことしなくてもいい」と迷惑そうに言ったかもしれない。出掛ける直前まで、家族のことを思ってくれた人だったのに…。
「兄貴も。残業とかだったらちゃんと連絡、ちょうだい」

この歳にして、家族に言い合う人たちがどれだけいるだろうか。
家で待つ存在。
周りの人間に呆れられることも多いが、津屋崎家の連絡の取り方はかなり頻繁だった。
飛び出していく穂波を見送り、フッと笑みを浮かべた後で、「あーっ、嘉穂のやつ~っっ」と、穂波が立てた騒音にもめげずに眠っている末っ子を起こしに、筑穂は階段を駆け上がった。

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新連載始まりました~。
兄弟、もう一匹、紹介までたどりつかなかった…(汗)
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待っているよ 2
2012-05-31-Thu  CATEGORY: 待っているよ
階段を駆け上がり廊下を走れば家中に足音が響く。
もっとも体育会系が動きまわれるほどの大きな家ではない。距離はあっという間だ。
「嘉穂~っ。起きろ―っ」
三男坊の嘉穂の部屋に、許可もなく入り込んだ筑穂は大の字で寝ている弟からズレ落ちている布団をはいだ。
さらによだれのあとがある頬を叩く。
短く刈り上げた髪はツンツンとしており、スポーツ少年をすぐに浮かばせてくれる。
「…ん…ん…」
転がっている姿に、”中学生”の可愛さが見られないのは、筑穂に母親譲りの容姿があるからだろうか。
Tシャツに、派手だと思う赤い色のトランクスを履いただけの格好で眠り、見えるあちこちは筋肉だらけだ。
寝顔に”一応”あどけなさはありはするものの…。
『体が痛い』と言うくらい、激しい勢いで成長を続ける弟は、筋肉質だった父の遺伝子を確実に受け継いでいた。
球技が好きだった趣味も弟二人に影響を与えているのか…。
「嘉穂~~~っっっ」
怒鳴りながら、更に床に散らばった教科書や携帯電話を通学用のカバンにまとめていく。
カバンには学校の指定がないため、自由に選べたものは、リュックにもショルダーにもなり、両手を空かせられたので嘉穂は喜んでいた。
とにかく動き回ることが好きな人間だった。
いたるところに反射板を取りつけたのは、安全面を心配した筑穂の気遣いである。
一向に起きる気配のない嘉穂に、再び筑穂の手が伸びる。
「嘉穂~っ、遅刻する気かっ」
「ん…、…なんかモゾモゾする…」
「”もぞもぞ”…?……テメーっ、朝起ちなんかしてんじゃねーよっ」
丸まろうとする体を一瞥しては、すぐに体の変化を見つけて、逆に恥ずかしくなったのは筑穂のほうだった。
明らかに盛り上がるモノ…。
弟たちの世話はしてきたが、ここまであからさまに見せつけられたことは初めてである。
“まだ子供”と思っていたものは確実に大人に成長していた。

「あ~…、なんだろ。香春(かわら)の夢、見てたはずなのに…」
ボソボソと呟き、徐にトランクスの中に手を突っ込む様を見ては、いくら家族の前でも”恥”を持てっ!と声が出かかる。
ほとんど無意識に動いている嘉穂は、まだ夢の中なのか…。
更に驚いたのは『香春』という存在だ。
この住宅街にある生活用道路を一つ越えた先に住む鞍手香春(くらて かわら)は、嘉穂と同学年で、保育園から一緒だった幼馴染の男の子である。
象牙色の肌に黒そうなのに光に当たると茶色く輝く髪を持った子は、嘉穂と違って成長が遅かった。
クリクリとした大きな瞳が印象的で、近所でも可愛がられる、主婦層のアイドル的存在になっている。
言うなれば、嘉穂がすでに中学生以上の見た目なのに、香春は小学生で通用した。
一番身近にいた同学年生が香春しかいなかったこともあって、通学の往復を含め、親しい仲であるのは知るが…。この家にも何度も遊びに来ていて筑穂も知り過ぎるくらい知っている子だが…。
何故彼の出た夢と、現在の嘉穂の状況が生まれるのか理解ができなかった。
それよりも”朝起ち”の意味をすでに知っている弟に何と声をかけるべきなのか…。

嘉穂の手はシコシコと宥め始める動きを見せている。
恥も外聞もない寝ぼけた姿に、ボンッと顔に火がついた筑穂は、近所迷惑になりかねない大声を上げるはめになった。
「嘉穂っっっっ!!!!」
持っていたはずのカバンが、見事蠢く腕へと振り下ろされる。
振動は股間まで伝わったようだ。
「うげっっ」
更に体を丸めた嘉穂に向かって、「起きろっ、バカヤローッ」と悪態がつかれた。

…こんな弟を持ったとは…っ。こんな風に育ててしまったとは…っ。

ダンダンダンと勢いよく階段を下りる筑穂の脳内は羞恥と動揺と興奮が渦巻いた。
ある程度成長した人間の直接的な映像(?)が、こんなに刺激的なものだったとは…。
しかも”弟”なのに…っ。
刺激を受けてしまったことに対して屈辱的な気持ちが自分に向けて、苛立ちとなって浮かぶ。
自分は、浅ましい人間ではない…。

昔は裸でウロウロしていて、パンツをはかせようとして、「にに、ちんちんかゆ~」などと可愛いことを言っていたのだが…。
面影はまったく消えている。
今は間違いなく、体毛もあり光景を変えていることだろう。

朝からぐったりすることは過去にも何度もあったが、体力以上に精神的にやり込められたのは久し振りだ。
絶対に懲りてもいない、動揺もしない、間違ったことはしていないと言い切ってくる嘉穂を想像しては、余計に気疲れした。
堂々と何事もこなしていく精神力は、やはりこれも父親譲りなのだろうか…。

しばらくしてタンタンと階段を下りてくる音が聞こえて、案の定、「にぃちゃん、ひでーっ」と喚いた。
そこには羞恥も照れ隠しも何も見えない。
穂波に倣うのか、外では『兄貴』と呼ぶが、家では昔の名残がある。唯一の可愛さだ。
「人前であんなことすることの恥ずかしさを自覚しろ~っ」
「えー、なんかしたっけー。…あれ、ほらくん、もう行ったの?」
無自覚が人前で出ることの恐ろしさに声も出ない。更に気にもしていないこの態度はいかがなものなのだろう…。
いつもはあるはすの一人前が綺麗に片付けられていることに気付いた嘉穂は、早さに驚いている。
歳が近いせいか、穂波に対しての呼び名も、嘉穂は”兄”と分かる言葉使いをしなかった。『穂波』が”ほら”になっているのも、うまく呼べなかった昔の名残である。
そこのところに少しだけ疎外感を覚えている筑穂なのだが…。
『にぃちゃん』と呼んでもらえる、兄としての優越感に浸るべきところなのだろうか…。

食べ残しもなく綺麗に片付けられた座卓に視線を落としては、時間を確認している。
筑穂でも今日の早さは意外だった出来事だ。
「穂波には弁当を持たせたんだよ」
丸ごと詰め込んだために残骸もないのが当然だった。
「弁当?いーなー。俺も二時間目が終わった後に食べられるものがほしい~」
嘉穂の学校は給食制だ。あたりまえだが途中で買える購買もない。
育ち盛りの食欲の旺盛さを改めて感じてしまう。
周りの人たちがどうなのかは知らないが、おにぎりの一つも持たせてやったほうがいいのかと、弟思いの兄は考えるのだった。

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兄弟の紹介で2話使った.....(;__)/|

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待っているよ 3
2012-06-01-Fri  CATEGORY: 待っているよ
ガツガツと食事を済ませて着替えに行く嘉穂を見送り、筑穂が洗いものを片付けていると玄関のチャイムが鳴る。
「嘉穂~っ」
この時間にやってくる人物を知っているだけに、筑穂は玄関に出る前に声を上げた。
「今行く~っ」
いつものやり取りをしながら、濡れた手を拭いて、玄関扉を開けた。
そこには筑穂の胸元に身長が届かない、チョコンとした存在がある。
紺色のブレザーにえんじ色のネクタイ、グレーのチノパンの制服に包まれた姿は、制服に着られているといった感じのぶかぶかさが明らかに見てとれた。
これから成長することを見込めば、一年生の今、大きなサイズを選ぶのはどこの家庭も同じだろう。
「おはようございます」
きっちりと腰を折って挨拶をしてくるところに育ちの良さを感じる。
自分の弟が人前でこのような態度をとっているのか、日頃の生活態度を見ていると心配にもなってくる。
教育は大事だ。
香春が来てくれなければ間違いなく嘉穂はダラダラして遅刻の毎日である。人を待たせる申し訳なさの気持ちは持っているらしい。
「おはよう。香春くん、いつもありがとうね。まったく嘉穂のやつ…」
「いいんです。僕が早く出てきちゃってるだけだから。それに僕、歩くの遅いし…」
ニコニコと無邪気な笑顔を浮かべる姿は、やはり中学生に見えるものではなかった。
香春の歩幅に合わせて歩いてくれるのだと喜ばれては、優しさを持つ弟を知って気分も良くなる。
集団登校もなくなった現在、一人で歩かせることに不安を持つ親の気持ちが理解できる。入学式の時に、改めて丁寧に親から頭を下げられた筑穂だった。
どちらかといえば、こちらから迎えに行ってやる立場ではないだろうか。その気遣いを持っているのか、行動が追いつかないのか、嘉穂にやはり頭を抱えたくなる。
ちなみに小学校と中学校は隣同士で建っているため、歩いていける距離にあった。

一言二言の会話をしているうちにバタバタと嘉穂が階段を降りてきた。
「おまたせ~っ、かわらぁ。俺、今日、香春の夢見たんだよ~」
目の前のきちんと着られた制服姿とは全く違って、嘉穂のチノパンはズリ落ちそうだし、シャツのボタンもブレザーのボタンも留められていない。赤いトランクスはチラ見え状態、もちろんネクタイはブレザーのポケットの中だ。大人が巻くものとは違って、出来上がった形のものをパチンと襟元に留めれば済むものだというのに…。
「嘉穂っ、身支度くらいきちんとしろっ。その格好で近所をうろつく気かっ!」
眉をつり上げる筑穂とは対照的に、元気よく幼馴染に話しかけ、また香春も相変わらずの笑顔を振りまいている。
「夢?どんなの?」
「香春が池に落ちてびしょびしょに濡れちゃったやつ~。香春、コロンコロンて転がっていっちゃうの」
「僕、そんなドジじゃないよ」
「でも濡れ濡れ香春、可愛かったよ」
筑穂の脳内には、今朝の、嘉穂の布団の中での光景が思い出されて、全ての言葉が卑猥にしか聞こえてこなかった。
無意識に口にしているのだとは理解できるのだが…。
どんな夢を見て、何に発情したんだか…。ますます頭を抱えたくなる。
成長していく上での通過点とは分かっていても、小学生のような香春を視界に入れては、まったくもって早すぎる話題だろうと脳裏を掠めた。
いや、具体的に『性』の話題をしているわけではない。筑穂が一人勝手に繋げているだけだ。

「いいから、ちゃんと着ろっ。ほら、シャツ、入れて」
「兄貴、うるせーよ」
人前に出れば態度は硬化する。
反抗期とは違い、プライドが生むものだと分かるから、安心して酸っぱい口がきけた。
「人間、身だしなみは大事なのっ。いつまでも手がかかる子供でいるな~っ」
「もう、子供じゃねぇっつーのっ」
「充分子供だーっ!!」
香春はニコニコとやりとりを見つめてくる。
筑穂が声を荒げるものの、兄弟喧嘩にもなっていないと知るから安心しているといった感じだ。

日常の、いつもの光景。賑やかな時間を過ごし終えて、次は筑穂自身の身支度だった。
筑穂の勤める会社はホームページの制作や運営を手掛けており、基本的にはフレックスタイム制の勤務体系が導入されていたが、筑穂はほぼ同じ時間には出社している。
しかし時間に多少でも融通がきくところは、扶養家族がいる身にとってありがたいものだった。
両親が亡くなったばかりの頃、慣れない家事に在宅勤務に変えてもらったこともあった。
給料は落ちたものの、きちんと帰ってくる弟たちの姿を確認できるのは精神的に落ち着きもした。
嘉穂が高学年になりある程度しっかりしたところを見極めて、元の職場に戻った。嘉穂にも携帯電話を持たせたのはその頃だ。
筑穂も着替えを済ませて、家中の戸締りと火の元の確認を終えて、最後両親の写真に手を合わせて家を出る。
正確には随分昔、家族で旅行に行った時の、五人で写っている写真だったが。
嘉穂が歩き出した頃のものだろうか。大きくなってくれたものだ…。

『また今夜、三人が顔をあわせられますように見守ってください』
心の声はきっと天に届いていると信じて。

会社に入り、パソコンばかりが並ぶフロアの自分の席に座ると、思わず盛大な溜め息が零れてしまった。
ここに来ては、ようやく自分の時間がやってきた…という気分になる。仕事が自分の時間…というのも悲しいかな、とふと思ってしまったのだ。
その溜め息を聞き逃すことのなかった、同僚の飯塚福智(いいづか ふくち)が、目の前のディスプレイ越しに覗きこんでくる。
同期で入社しており、同い年ということもあって、仕事をしながら無駄話にも花を咲かせる仲の良い奴だった。
すでにスーツの上着を脱ぎ、ワイシャツの袖も二折りほどされている。
この男も体格が良い。ワイシャツ一枚になっているから、余計にはっきりと浮かび上がらせている。
デスクワークに従事していながら衰えはないようだ。細面の顔は肩幅もあって小さく見えた。ふわっとしたボリュームのあるような髪型も顔を小さく見せているのだろうか
表情は明るい性格を表している。
「筑穂ってば、朝から何、辛気臭い溜め息ついてんの~。痴漢にでもあったか~?」
「な…っ?!」
目を見開いた筑穂は、とうとうここで頭をデスクに落とした。返す言葉すら浮かばなかった。
どうして今日は、朝からこんな話題ばかりなのだろう。

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待っているよ 4
2012-06-02-Sat  CATEGORY: 待っているよ
福智の明るい声は周りの人間にも響く。
ふたつ隣の席に座っていた三歳年上の甘木多久(あまぎ たく)が話に入り込んでくる。
三十歳になった彼は知識も豊富、面倒見も良く、年上の人間からも頼りにされ、年下からも慕われている。
裏を返したら”ただのオタク”にもなりかねないが…。
きりりとした眉と少々ボサボサの髪が妙な男臭さを生みだしていた。
「え、津屋崎ってば痴漢にあったの?」
「あってませんよ~っ」
倒した頭もすぐに持ち上がる。
どうして自分がそんな対象にされなければならないのか…。
確かに周りにいる人間を見ていれば、誰よりも背は低いし、筋肉もないし、『逞しい』とは縁遠いかもしれないが。
いくらなんでも痴漢の標的にはならないだろう。
「津屋崎、ラッシュ時、避けてくるからいいかもしれないけど、満員電車になんか乗ったらあっという間に餌食だよな」
「そうそう。筑穂、”癒されたい”オーラ、バンバン振りまいてるもん」
「なんだ、それ~っ」
甘木に同意した福智に、思わず反論の言葉が発される。
“癒されたい”オーラ、ってどんなものだ?! それがどうして痴漢に繋がるんだ?!
「『お兄さんが慰めてあげよう、可愛がってあげよう、癒してあげよう』っていう雰囲気」
「甘木さんっ、そうそうそうっ。つい手を出したくなる」
「"つい”で出されてたまるかっつーのっ」
なんだか良く分からないが、二人して意気投合している内容は筑穂にとって嬉しいものではない。
穂波と嘉穂を送り出し、家のことも片付けてくる筑穂はラッシュ時間の電車とは少しズレる。その昔は満員電車に乗ったこともあったが痴漢などに出会ったことはない。
それは今でも変わらないだろうと思っているのだが、ふたりの見識は違っているらしい。
香春が狙われるというのなら話も分からなくはないが…。

「実際は筑穂のほうが癒し系なんだけどさ。パッと見た目ときにね~」
「津屋崎って下の奴ら、良く気にかけるし、甘えさせてくれる雰囲気ありなんだけど、その反面で”自分も”を醸し出してんの。そこに引き寄せられるっていうかさ~」
一緒に働く自分たちの様子を観察してくれている甘木にも感心するが。
自分が誰かに甘えたいなどと思ったことがあっただろうか。
今は目まぐるしく過ぎていく日々に対応することに精一杯だ。筑穂がやらなければ誰がやる、という気合に埋もれている。
「俺、癒されたいなんて思ってないもん…」
筑穂の台詞に、目の前から盛大な溜め息が聞こえた。
「その無意識さがさぁ~。めっちゃタダ漏れしてんのに~」
「飯塚~。よーく教えてやれ。自覚がないっていつか痛い目にあうぞ」
「俺っすか~?」
「"つい”、手、出してやれよ。そんでもって”癒し系”に癒されて来い」
「なんか、俺まで”お疲れモード”っぽい言い方じゃないですか」
「だってそうだろ。締切に追われて、この二週間、まともな休みも取ってないじゃないか」
何やら腑に落ちないと甘木に向かう福智なのだが、最終的に甘木の意見は、筑穂も福智も似たもんだと判断を下した。
自分の仕事以外、本当にマメに気を使ってくれる甘木である。
でもなんだか間違った方向に括られている気がした筑穂だ。
疲れていない…。自分は疲れてなんかいない、と筑穂自身に言い聞かせる。
そりゃ、今朝は穂波の突発的な出来事に翻弄され、嘉穂の妙に早すぎる成長ぶりに動揺したが…。

「うーん。今日、筑穂に甘えられたら嬉しいけど。でもどっちかというと今の筑穂のほうが何かを求めている感じでしょ」
「そんなことない~っ」
「そんなことあるよ~。だから”癒されたい”オーラ撒いているんだろうが」
「ま、津屋崎も家のことでいろいろあるからな。溜め込むだけじゃなくて吐き出せる場所、持ったほうがいいよ。そのままじゃ満員電車でなくても痴漢にあえるぞ」
「甘木さ~んっっっ」
口々に言いたいことを言われて、結局福智との関係を薦められて、どうしてそっちに話が流れるのかと思う。
福智とは仲良くしている方だとは実感があるが、今の関係で充分であり、手を出される存在にはならなくてもいい。
それよりも何故今日に限ってこんなに構われて言われるのかが理解できなかった。
『痴漢にあったのか?』の質問から随分と方向違いの話に展開しているような気がする。
「もう…」
筑穂が、くだらないと話を切り上げようとすると、からかわれていたのか、二人も口を閉じてくれた。
結局、どう、いつもと雰囲気が違っているのかの原因は分からずじまいで話が終了する。

仕事を始めようとしたそのタイミングのとき、穂波の学校から電話が入った。
時間にすればもう一時限目の授業が終わっている頃だろう。
この三年間、不思議と担任が変わることがなく、またバスケ部の顧問まで兼任してくれているおかげで、筑穂も親しみがあった。
学校の教師陣の中で唯一知っている人、といっても過言ではないくらい。
声を聞けば彼の容姿が脳裏に浮かんでくる。
三十代の半ばくらいだっただろうか。運動部の顧問をしているせいもあるのだろう、頑丈だし精神の強さを感じさせてくれる人だった。
鼓膜に響く音声は結構な低音だ。
『大野城(おおのじょう)です。津屋崎君、まだ登校していないんですけれど、何かありましたか?』
「はぁっ?!」
機械音が流れるオフィス内。たまに人の話し声もありはするが、突如上がる筑穂の大声に周りの人間は何事かと一斉に振り返る。
「ちょっ、なっ?!えっ?!行ってないっっ?!」
『ええ、遅刻かなと思って待っていたのですが…』
今朝の行動を思い出す。朝練に行くのだと、弁当まで持たせた。筑穂の脳裏を過るのは最悪なパターンだけだ。
一気に血の気が引いた。

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待っているよ 5
2012-06-03-Sun  CATEGORY: 待っているよ
確認を求めた筑穂に聞こえたのは、この時間まで報告を待ってくれた心遣い。
すぐに連絡して行き違いになることを避けたかったのか…。
しかし今はそれが恨めしく思える時間になった。
「朝練は?」
『今日は参加しませんでしたよ。基本的に自由参加なので。この一週間ほど来ていなかったので今日も不思議に思わなかったんです』
「なに~~~っっ?!」
穂波はいつもの時間に家を出ていた。登校時間よりも早い時間だと分かれば、当然部活のためだと思っていた。
穂波が通う高校は、嘉穂が通う中学校よりも家に近いため、嘉穂たちが歩く速度を考えても、朝練に参加しないのであれば早くに出ていく必要はないだろう。
しかも一週間とは…。その間、何をしていたのか。
『朝練に出ると?』
「えぇ。もう毎日。今日はいつもより早く出たくらいで…」
『え? ここのところ授業にも遅れてくるくらいだったのですが…。あぁ、ここまで遅くなることはなかったですけれどね』
ますます筑穂の顔が引きつっていく。
だからこそ一時限目が終わるまで様子を見てくれていたのも納得できた。
筑穂の動揺を感じ取るのだろう。束の間の沈黙の後、大野城が今後の行動を伝えてきた。
『確認のために警察に問い合わせてみます』
「あのっ」
『落ち着いてください。無意味に動き回ったりしないでくださいよ。この後登校するかもしれませんし』
津屋崎家の事情を、知り過ぎるくらい知ってくれている大野城である。
家族間、連絡を密にとっていることも理解しているから、筑穂から伝えられたことは大野城にとっても意外だったのか。
筑穂が一番心配していることを口に出さないだけで、悟ってくれている雰囲気はある。
「でも…」
『津屋崎君に電話をしてみてもらえませんか。お兄さんからなら出るかもしれないですから』
すでに学校側からも本人に入れたのだろう。
生徒の携帯電話の番号は、本人の意思、家族の確認が得られなければ学校側に報告されない。そこはプライベートを重視してくれている。
穂波の場合、筑穂がほぼ強制的に連絡先として教えてあった。万が一の場合に、嘉穂の連絡先から親戚まで、幅広いデータを提供してある。
それは嘉穂の学校に対しても同様だ。

冷静に判断してくれる人は少しだけ筑穂に落ち着きを取り戻させた。
周りの視線も気にせず、筑穂はすぐにリダイヤルから穂波を選び出した。
硬い顔の筑穂に話しかけたい人たちの口も閉じて見守られた。ほぼ、誰もが動きを止めて緊張感漂う筑穂の行動を見つめていた。
何度かの呼び出し音が鳴り響き、しかし繋がった先は留守番電話だった。
「穂波~~~っっっ、電話に出ろっ、バカヤローっ!!!」
筑穂の絶叫がオフィス内に響き渡っていた。
何度同じ行動を繰り返しても、期待する声は聞こえてこない。
不安だけが全身を襲ってくる。
「ほなみ―――ぃぃぃっ」
「筑穂。何があったのよ?」
ずっと見つめていた目の前の福智が時間と状況を見計らって声をかけてきた。蒼白になる筑穂に、ただ事ではないと悟ることができる。
家族の名前を知る福智は、家族に関わることに敏感になる筑穂を理解している。
デスクを回りこんできた福智が、焦り震える筑穂をオフィスから連れ出そうとした。ここにいては、他の人に迷惑がかかると促してくれる。
そっと背を抱かれて、ようやく周りを見渡せる余裕ができた気がした。

不安が駆け巡り崩れそうになる。
穂波の名前を繰り返していたことで、弟に関することなのだとは、福智もすでに承知している。
ちょっと一休みできる(でも禁煙だが)自販機とテーブル席や長椅子が設けられた場所に連れて行かれ、落ち着くようにと座らせられた。
すぐ隣に座った福智がもう一度「どうした?」とさりげなくうかがってくる。
縋れるものが見えない時、思わず目の前にある全てに頼ってしまう精神状態に陥った。
「…穂波が、学校に行ってなかった…」
「穂波?…上だっけ、下だっけ?」
「上…。アイツ、朝練、全然行ってなかった…」
その昔、部活動に励んだことがある福智は、”朝練”というものが何時くらいに行われるものかおおよその判断がつく。
今の時間を考えて、また、また聞きした内容を振り返っても、兄の知らないところで何やら悪さをしているのだと、思い込みたかった。
それかもっと別の、安全な理由…。

「えー…とさ…。自宅は?ほら、途中で気分悪くなって、でも筑穂に迷惑かけたくないって、そっと帰ってたりとか…」
福智の言葉には、このまま会社にいても仕事にならない筑穂を気遣うものが含まれる。
共に働く人間は皆、筑穂の家庭環境を理解してくれている。同時に我が身に降りかかったなら…と思う部分も強いから、他社に比べたらずっと融通がきいているほうだろう。
皆の知識の高さ、常に報告される会議なども繰り返され、仕事を共有できる強みになっていた。
家族が無事帰ってくる場所。そこは何があっても『自宅』であってほしい。
今の筑穂にも言えることだった。
両親を失って、兄が待つ家が、兄弟の安らぎだったはずだ。
「あ…」
「筑穂、送っていってやるから。今のおまえを一人にするほうが怖ぇよ」
大野城の台詞ではないが、探そうとして闇雲に動きまわり、逆に自分が思いもよらぬ事故などに巻き込まれてしまうことを懸念される。
「でも…」
「とにかく家で待っててやれ」
励ましなのか、慰めなのか…。帰ってくると信じる気持ちを持てというかのように、安心させるように笑みを見せた。
一刻も早く、確かな実情が知りたい。
どうにも動けない自分が歯痒かった。

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