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BLの丘
誘われたその先に 1
2013-03-17-Sun  CATEGORY: 誘われたその先に
茨木和泉(いばらき いずみ)は大学四年生になり、GW明けになんとか就職先が内定した。
早くに決まった人から見れば大分遅れたことは仕方がないが、これで最後の夏休みは謳歌できると喜んでいた。
親からの仕送りはもらっているものの、アパート代と水道光熱費でほとんど消えてしまう学生生活だった。
入学してすぐに見つけた雑貨店のバイトは、ズルズルとこれまで続いていた。
雑貨店と言っても、文具用品を多く扱う店で、他にインテリア用品やちょっとしたキッチン雑貨があるくらいだ。
有名店のような大型店舗ではないが、そこそこ賑わっているのは、近くに小学校と中学校、住宅団地があるおかげだった。
二階建ての店舗は一階に文具用品と週刊誌、二階にインテリア用品等が並べられていた。

最近は可愛いステーショナリーグッズも多く、また機能も充実してきていて、品ぞろえも増えていた。
以前と大きく変わったのは、カラフルなものが増えたことだろう。
『色違い』で出している雑貨も多く、それらの在庫を管理するのも一苦労である。

明るい茶色に染めた髪は少し長めのストレート。それが少々軽めの雰囲気を人に与えてしまうが、人見知りなわけではないが人付き合いが得意とも言えない和泉にとって、華やかな印象を与えて、相手から近寄りたいと思わせてくれるものになっていた。
バイト先でも客に対しての印象は悪くなく、むしろ長いことこの店にいたことで、客とも気さくな会話ができている。

開店してから間もなくの午前中の時間は比較的暇でもあった。
混雑するのは午後、それも夕方のほうが客足は多い。

この日は特に大学にも用はなかったので、和泉は開店時間から勤務していた。
開店時間になっても全ての品の確認が終わっているわけでもなく、接客をしながら、乱れた棚を整えたり品出しをしたりする。
チラホラと店内にいる客は、商品を選ぶ人が多く、またレジには店長がいるから、『応援コール』が響かない限り、現在の仕事に没頭すればいいだけだ。
他にパートの女性が、一階には二人がいた。

新客の登場に、一斉に「いらっしゃいませ~」と元気な声が響き渡る。
入ってきたのは家族だろうか。
一目で『高そうなスーツだなぁ』とぼやくことができそうな、背の高い、肩幅もある男性と、グレーのパンツスーツの女性。両手を握られてピンクのワンピースを着た、四、五歳くらいの女の子。
たぶん二人とも三十歳前後と見受けられた。
男性は髪を後ろに流していて、硬質なイメージがある。同じく女性も白黒ははっきりと付けそうな堂々としたたち振る舞いで、一応胸上まで伸びた髪を内巻きにしているところが穏やかさを見せた。女の子は耳の上の上で結んでもらったツインテールで笑顔を振りまいていた。
男性が入口にあったカゴを手にして三人はノートや鉛筆が並んでいるコーナーへと向かっていった。
和泉が立っていたところと、入口を挟んで反対側になる。

お絵描き帳か何かを買うのだろうか。
そんなことを漠然と思いながら作業をしていると、いつの間にか三人連れは和泉の方に向かってきていた。
気付いたのは携帯の着信音が聞こえたからだ。
ちょうど中央の通路のところで、女性は電話に出ると、店外へと速足で歩いて行った。
別にここで話しても、大した迷惑にならないのに・・・などと思ってしまうのだが。
残された二人はレターセットがある方へと向かおうとして、ふと、男性の足が止まった。
入口を見た人は、入店してくる人間に気を取られたようだ。
また「いらっしゃいませ~」の声が出迎える。
あちらはやはり三十歳くらいの男性で、片手に女の子と同じ年くらいの男の子を連れていた。

「よぉ」
「なんだ、生野(いくの)も来ていたのか」
入ってきた男は店内にいた男を名前で呼んでいた。
それだけで親しい仲なのだと分かる。
二人が話を始めてしまうと、女の子はふらふらと歩きだした。
ようやく、手を繋いでいなかったのだと分かった。きっと母親とだったのだろう。
和泉がいるところは、最近流行りの、機能性の高いグッズが多く、上下三段の棚に、可愛く見えるようにと籐のかごに入っていた。
危険なものはやたらと子供が触らないようにと上段に展示してあったのだが・・・
『子供から目を離さないでください』の張り紙は、時々無視される。
女の子は見えない中身に興味を示したようで、背伸びをして、籐のかごに手をかけようとした。
・・・あれは・・・
和泉の背中に冷たいものが走る。
切れ味が良くなったというハサミの展示棚で、パッケージに包まれているからといっても、顔にでも落ちれば柔肌に傷がつくのは必至だ。
「あぶないっ!!」
叫び声と同時に、和泉は走り出していた。

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あまり長い話にはならないと思いますけれど。
あと1000文字くらい書けたら、サクサクいけるんだろうけれど・・・
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誘われたその先に 2
2013-03-18-Mon  CATEGORY: 誘われたその先に
店内にいた全員が、和泉の怒鳴るような声に振り返った。
次の瞬間、「がしゃーんっ!!」と商品が落ちたことを表す衝撃音が響いた。
「羽衣(うい)っ?!」
複数の駆け寄ってくる足音は、店内にいた全員だろう。

和泉は咄嗟に片手を伸ばして、棚に戻すより、子供の頭の上に向かったかごを弾き飛ばしていたのだ。
いたるところにカラフルな持ち手のハサミが散らばっていく。
透明の四角いパッケージに包まれていた商品は、幸いにも女の子の体に当たることはなかった。

しかし、音の大きさにすぐにも泣きだしてしまった。
「茨木くんっ、どうしたのっ、何があったのっ?!」
惨状に店長の声が上がる。
女の子は連れだった男性の足に、「いーちゃーんっ」と縋っては抱きあげられていた。
「羽衣が?この子が何かしたんですか?」
「あー・・・」
どう説明しようかと悩んでしまった和泉だった。
放っておけば間違いなく怪我の一つもしていたはずだ。
だからといって、子供の手が届く範囲に陳列している店舗側にも責任はあるはずだろう。

「正直に言ってくださって結構ですよ。あなたがどこからか叫んだ声で、ここにはいなかったことは私が聞いていますから」
実に紳士的な人だなと感心してしまう。
店長も説明を求めていて、和泉は正直に口を開いた。

「実は・・・この上の棚の籠の中身が見たかったようで、下ろそうとしていたんです。下の台に上がって背伸びをすれば縁に手が届いてしまって。でも中に入っている商品は籠ごと子供が持てるような重さではないし・・・。最初は両脇抱えて下ろそうとしていたんですけれど、動かなかったようでのぼったみたいです。第一、商品がこれでしょう?身体の上に落ちたら・・・と思ったら・・・。走り寄った時にはもう傾きかけていて、それで勢いに任せて弾き飛ばしたんです」
和泉の説明を聞いては、男性は「なんてことを・・・」と驚いていた。
それから「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げてきた。

これには店長も安全性の問題に気づいたらしい。
籐のかごでは確かに中身が見えない。せめてプラスチックケースだったなら、中に何が入っているか知ることができた。
小学校低学年の平均身長を対象に設置された展示台は、こういった子供には危険になるのだと改めて教えられた。
『可愛く おしゃれに』は、完全に裏目に出た形だ。

「こちらこそ、配慮が足りずにご迷惑をおかけ致しまして申し訳ございません。今後はこのようなことが無いように努めてまいりますので・・・」
「何があったの?」
店長の言葉の途中で、さほど慌てた様子もなさそうな女性の声が聞こえた。
電話のために中座していた女性だった。
「ママ~っ」
男性の腕の中から、両手を伸ばして抱っこをせがむ女の子は、そのまま移動してあやされた。
「羽衣が商品をひっくり返したんだ」
「まあ・・・」
「いえいえっ、そうではなくて・・・」
慌てて両手を胸の前で振った和泉と店長だったが、男性は「いえ、こちらの不注意ですよ。私が目を離したことにも責任がある」ときっぱり言い切ってくれた。

パートの女性がかき集めてくれた商品を見ては、パッケージに傷がついているものがあるのは、すぐにでも見分けることができた。
「姉貴、弁償として全部買ってやれよ。どうせ会社で使うだろう」
更なる発言にはこちらのほうが絶句させられる。
傷があるのはパッケージだけだ。これくらいなら少しの値引きで処分することができる。
中身に問題がないのであれば・・・と購入する客は少なくない。
しかも七色のハサミは30本近く入っていたはずだ。
怪訝な顔の一つも浮かべるかと思いきや、女性は呑気に商品を確認し、「あら、これ、この前の情報番組でやっていたものじゃない」と一つを手に取っていた。
「子供の力でも、厚紙でもなんでも切れるってやつでしょ?羽衣に使わせるのにもいいわね」
・・・なんでも・・・はさすがに無理だけど・・・という和泉の心のつぶやきは当然漏れることはない。

そして和泉が驚いていたもう一つは『姉貴』と呼んだことだった。
夫婦ではなかったのか・・・と思いながら二人を見比べると、言われてみればどことなく似たところがあるかな、と感じられる。
誰も声が発せない中で、女性だけがテキパキと物事を進めていた。
「全部買うのはいいけれど、この量じゃ持ち運ぶのが大変だから、そのかごごとくださる?生野、あなた、車まで運んでおいて」
長兄長女とは権力差があるとはきいたことがあるけれど、ここのうちも例外ではないらしい雰囲気だった。
「それで?買うもの、全部買ったの?」
「その前にこの事態だったんだ。でも今日はもう羽衣に選ばせるのは無理だな」
そんな姉弟の会話を聞きながら、泣きやまない少女を見つめた。
男性はどこかに置きっぱなしにしたカゴを取りに行く。
「とりあえずこれだけ」
「何よ、ぬりえと色鉛筆だけじゃない。まったくもう。あぁ、社員さん、そのかごの中に全部放りこんでくれればいいですから」
・・・親はどっちだ・・・という突っ込みも飲みこんだ和泉だった。

「じゃあ、羽衣も泣きやまないし、先に戻っているわ。ハサミは領収もらっておいてね。・・・みなさん、大変お騒がせいたしました」
どこまでもキビキビ動く人だ。
集まっていた全員に一礼したところで、生野と呼ばれた人と知り合いの人に気づいたらしく、「あら、藤井寺(ふじいでら)くんもいらっしゃっていたのね。みっともないところ、お見せして悪かったわね」とニコリと微笑んでから、来た道を戻って行った。
毒気を抜かれるとはこのことか・・・。

「社長、相変わらずだな・・・」
「とんだ疫病神だよ。門真(かどま)、悪いけど、またな」
「あぁ」
返事を聞く頃には男性はレジへと向かっていく。
騒動を起こした場所に長居するのは気分も良くないといった感じだ。

レジでは店長が対応していたが、和泉も最後のあいさつをする意味もあって並んでいた。
領収書の宛名のために取り出された名刺には 「高槻セレクトショップ」とある。
そこに印刷されていた肩書は「副社長」で彼の名前が「高槻 生野(たかつき いくの)」とあった。
失礼と分かりながら、和泉は目を見開いて見つめてしまった。
名刺と彼を・・・。

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誘われたその先に 3
2013-03-18-Mon  CATEGORY: 誘われたその先に
こちらこそ申し訳なく思いながら商品代を提示すると、「籠代は?」と聞かれる始末。
どこまで律儀な人なんだ・・・と半ばあきれてもくる。
店長は平身低頭な姿勢で「そんなものは・・・」と、騒動を作る原因を作った迷惑料だとサービスしていた。
全部買い取りというだけで、店は救われているのだ。

一応綺麗に並べ直された"それ"に、ラッピング用のリボンもサービスしてやりたいくらいだった。
籠を両手で持ち上げた高槻は、和泉に視線を合わせてくる。
「君の素早い機転で助かりました。自分で持っても分かるけれど、これが羽衣の上に落ちていたらと思うとゾッとするよ。ありがとうございました」
初めて笑顔を見せた高槻の姿に、一瞬ドキリとした。
大人の色香を纏った、男でも見とれる人だと思った。女性ならこれだけで堕ちていくだろう。
その話し方や仕草にドギマギさせられながらも、「いえいえ・・・」と言葉にならない返事しかできなくなる。
仕事もあるのだろうか。貫録を漂わせる雰囲気を崩さない姿は、"大人の男"で、憧れる人に近い。

自分も就職して、いつかあんなふうになって、女性の目に止まれる存在になれるだろうか。

毅然とした背中を見送った後、店長と一緒に盛大なため息をついた。
どちらも緊張続きだったのだ。
「あの人が良い人で良かったよ・・・」
「すみませんでした、店長」
「茨木くんのせいじゃないさ。むしろ的確な判断だったと言うべきか。・・・しかし、まさか、こんなことになるとは。・・・とりあえず上段の品は下ろそう。ポップに置き換えて、後はまた考えるか・・・」
今日は応急処置で済ませるしかない。
朝の早い時間帯のことで、他の客がほとんどいなかったことも救いだった。
近くに人がいたなら、和泉が投げ飛ばした商品が誰かに当たっていてもおかしくなかったのだから。

トラブルは日常起こるが、こんな惨事は和泉が関わった限り、初めてのことといって良かった。
『客のためを思う』・・・
この接客業について、教えられたことでもあった。


午後から出勤してきた阿倍野東成(あべの とうせい)が、休憩から戻った和泉に声をかけてくる。
東成とは大学は違っていたが、この雑貨店のバイトで知り合った同い年の男だった。
お洒落な格好をすることが多く、整った顔のパーツもあって見た目は良い男である。
和泉より10センチほど身長が高く、180センチほどあって、近寄られれば視線をあげることになった。
人懐っこい性格ではあったが、和泉の外見とは違った意味で、本当の"軽さ"を持っていた。
「和泉~、週末、暇じゃねぇ?」
「週末?なに、また合コン?」
「そう。岬がセッティングしたのが悪いんだか、女ばっか集まってさぁ」
八尾岬(やお みさき)とは東成の友人で、どこぞかの資産家の息子だと聞いている。
和泉も何度か会ったことがあって、薄い友人関係はできあがっていた。
程よい筋肉のついた体格と甘いマスクは、モデルをやっていてもおかしくないと思っていた。
東成の親切心・・・というか、自分も興味アリの場所であるため、行きたいのだろうが、明らかに『おこぼれ』をもらうような状況はいかがなものだろう。

「え~。八尾が来るんじゃ、俺なんか飾り立てる葉っぱじゃん」
「まぁまぁ、そんなこと言わないでさ。女の子とも会えるんだし。岬なんかどうせ雰囲気を楽しみたいだけで、本気で付き合う気なんかないんだから。その性格を知れば、こっちになびいてくるかもよ」
・・・だからそれが『おこぼれ』なんじゃないか・・・

だけど就職も決まって、気の緩んでいる和泉は、友達としてでも遊べる人ができたら嬉しいものだ。
夏には他のグループとバーベキューをする予定も組まれている。
『特定の彼女』でなかったとしても、異性と付き合うのは嫌いではない。
時々何様だと言うような図々しい態度に、嫌な思いをさせられることもあったけれど、そんな相手とはもう近づかなかったし、人付き合いの方法も身に着けていた自負はある。

「それって八尾のおごり?」
いたずらっぽく和泉が問いかけると、苦笑いを向けられた。
「しっかりしてんな~。いいよ、聞いておいてやるよ。あいつも人数多い方がいいだろうからな」
これは俺たちだけのナイショだぞ、と釘をさされて、それぞれの職場に戻った。
同じように呼ばれた男からたかられるのも大変だ。

裕福な生活ではなかったけれど、良い友人にも囲まれて、それなりに学生生活を楽しんでいた和泉だった。

「いらっしゃいませ~」
今日も明るい声が店内に響き渡る。
客足も増えてきて、笑顔で商品を選ぶ客を見ると、自分までも嬉しくなって、知らずと笑顔になれるのだった。


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リクエストもらったので、一話 早めておきます。また深夜0時にお会いしましょう。
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誘われたその先に 4
2013-03-19-Tue  CATEGORY: 誘われたその先に
土曜日の夜、招待(?)された場所は、イタリアンレストランの一角を貸し切ったものだった。
相変わらず八尾の演出はお洒落で派手なものだ・・・と感心する。
女性7名と男性6名がすでにテーブル席についていた。
手前の隅っこが空いているとは、そこに座れということだろう。
隣には東成がいて、手招きで呼ばれる。

「ごめん、遅くなっちゃった?」
時間通りに来たつもりだったがすでに揃っていたとは、心苦しいものが生まれる。
それを東成が笑顔で振り払ってくれた。
「いいって。好き好き集まってただけだし。俺も遅れたクチ」
追加のオーダーを頼むのと一緒に自分用のジントニックもお願いした。
長テーブルの上には大皿に盛られた料理が所狭しと並べられていて、甲斐甲斐しい女の子が取り分けてくれたりする。
そこはアピールポイントにもなっているのだろうが。
背後にはソフトドリンクのサーバーが配置されていて、そちらはセルフサービスで取りにいくようだ。

以前出会ったことがある子もいれば、初対面の子もいる。男性についても同様で、東成と親しく話すことに、「どんな知り合い?」と聞かれたり。
席を移動しながら色々な人間と会話を楽しんで、もちろん連絡先の交換も忘れていない。
二次会のカラオケに行くという話にも乗って、そちらでは益々盛り上がる人たちだった。
この時点になると、誰かのそばにいようとする人と、中立的な立場にたつ人間に分かれてくる。
和泉はいつものごとく、後者だった。

深夜も遅くになって、お開きになる。
「送っていってあげる」なんて声をかけていた男は、きっと合意の上でお持ち帰りだろうと判断できた。
和泉はなかなかそういう機会には巡り合えていなくて、時々羨ましく思うものの、酔いの上での一時的なものとなるのもどうだろうと、慎重になってしまっていた。
即物的に物事を捉えてはいけないのは分かっている。
そこから親睦をはかって、最終的にちゃんとした『恋人』になる人もいるだろうし、ただ、これまで和泉は、心底気が合いそう、という人に出会えていなかったから、踏み込んだ関係を持てないでいたのだ。

東成も今日は一人らしく、一緒に駅まで歩いた。
通り過ぎていく風が火照った体に気持ちいい。
バイト先のこともあったが、東成とは帰る方向が同じだった。
「あそこの店の料理って結構美味かったよな」
話しかけられて頷く。
みんなで食べているから数種類も楽しめたが、個人では一品二品が精一杯だろう。
ある意味、『試食』できたのかもしれない、と頬が緩んだ。
「東成、今度のデートとかで使えるんじゃない?」
「デートってなぁ・・・。俺、今、フリーだって知ってるだろ」
「だから、『今度』だよ、こんど」
フリーと言うよりも、遊び的感覚で付き合っていることを相手の女子も知っているために、本気になどなってこないのだ。
和泉が言いたいのは、『女の子を連れていける場所のひとつ』という意味でしかない。

くだらない話をしながら信号待ちをしていると、突然、「失礼。君は・・・」と、仕事帰りなのか、スーツ姿の男性に声をかけられた。
何事だ?と二人の視線が同時に声の主のほうを向いた。
真正面から顔を合わせたせいか、彼には確信を得たようなホッとした表情が浮かんだ。
眼差しが和泉に向けられているのだから、用があるのは和泉なのだと、二人とも理解できることだった。
和泉は訳が分からずに首を傾げてしまう。
「あのー・・・」
和泉の疑問を感じとったのか、「突然すまない」と、名刺を取り出しながら、「雑貨店の社員さんだよね?この前、うちの姪が迷惑をかけて・・・」と、面識があることを教えてきた。
改めて名刺に視線を落として、『高槻生野』という名前よりも、『副社長』という肩書のほうで記憶がよみがえった。
「あー、あの時の・・・」
「知り合いなの?」
すかさず東成の疑問が和泉に降りかかる。
「知り合いっていうか・・・うちの店のお客さんだった人」
「『だった』はヒドイな」
高槻は和泉の反応に苦笑が生まれる。
一瞬考えてしまった和泉だったが、もう来店しない、というような表現は正しくなかったな、と酔った頭が言葉を振り返った。
「あ、す、すみません。そういう意味じゃなくて・・・」
「いいよ。きっと君の性格だと悪気がないのがわかるから」
苦笑は穏やかな笑みに変わった。
魅惑的な男だな、と改めて思わされる。
以前見た時もそうだが、すべての仕草がサマになっているのだ。
人を惹きつける魅力というものを充分なほど備えている。
ここで、今更なんの用だ、と突っぱねてもいいはずなのに、その雰囲気すら持たせない神々しいものを纏わせていた。
「あの時は本当に助けられたよ。あの後、店の中でトラブルになっていなければいいと思っていたんだ。なかなか行くこともできなくて・・・」
自分はさっさと退散してしまったから、その後のことが気になっていたのだと言われて驚いた。
一連の出来事で全てチャラになっていたと思っていたのに、高槻にとっては違っていたようだ。
だからこそ思い出すこともなかった出来事・・・。

「あの、べつに、そんな・・・。心配していただくようなことは何もありませんので。こちらこそ全部処理してもらって・・・」
「和泉、何の話だよ?」
「もし君さえ良ければきちんとお礼をさせてもらえないかな?」
同時に発される不貞腐れる疑問と穏やかな提案には、すぐに答えることができない和泉だった。

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誘われたその先に 5
2013-03-20-Wed  CATEGORY: 誘われたその先に
右と左と・・・とキョロキョロしているうちに信号は青に変わっていた。
しかし誰も動こうとはしない。

とりあえず優先すべきは、高槻のほうだろうと、そちらに向いた。
「そんな大げさなことをしてもらう必要ないです。俺がはじいた品物だったのに、全額支払ってもらっただけでもありがたかったのに・・・」
「物と人間は違うよ。商品は羽衣が手を出したものだったのだから責任を負うのは当然だ。君には、羽衣を救ってもらって本当に感謝しているんだ。人命救助としてのお礼だよ」
「だからそんな大げさなことじゃ・・・」
「では、羽衣の上に落ちていたら、どうなっていたと思う?」

紙一重の瞬間だったことをこの男性は良く分かっているようだった。
和泉が考えていたことよりもずっと重く捉えられている。
それが分かっても、個人的な謝礼を受け取る気にはなれなかった。

「そうですけど・・・。でも本当に俺、お咎めもらったわけじゃないし、あの後、うちの店も安全管理のこと、すごく考えさせられたし・・・」
「言っている意味が伝わらないかな。羽衣を守ってもらったことに対して、私の方からの気持ちなんだ」
「・・・・・・」
どうにも食い下がりそうにない高槻に対してどう接したらいいのだろう。

酔った頭は余計に思考が弱くなっていく。
困り果てたことが分かったのか、東成が口をはさんで来る前に、高槻は思いを変えたようだ。
「突然、話しだして悪かったね。君の気持ちを汲むことにするよ。また改めて伺うから」
強引な割にはすんなりと引き下がっていく。
高槻は和泉の手に名刺を握らせたまま、スッと身をひるがえしていった。
交差点から少し離れたところに、ハザードを出して停められていた車に乗り込んでいる。
助手席に乗ったということは、誰かを待たせていたのか。だからすんなり引き下がったのかもしれないなと漠然と脳裏をかすめた。

嵐のような登場のあと、広がる静けさ。
ふたりして黙ったまま、その後ろ姿を見続けた後で、東成が口を開く。
「何?あの人」
同じ日に勤務したような記憶があったが、その場にいなければ、伝わらない事件になってしまっていたのだろうか。
「うーん、ちょっとさ・・・」
あの時の事件の詳細を、また歩き出しながら話しだすと、やはり、「確かに大げさだな」と同調してくれる。
更に続いたのは、驚くべきセリフだった。
「和泉もあまり無茶するなよ。それこそ一緒に巻き込まれていたら、和泉だって怪我するんだぞ」

たかがアルバイト・・・。そういってしまえばそれまでだが、働く以上、どこかで責任感を背負うものだと思っている。
東成はそれでも和泉の肩に腕をかけて褒めてくれた。
「和泉みたいに真剣に取り組んでくれるやつがいるから、俺も安心して働ける。俺からもお礼、言っとく」
最後はクスクス笑っているのだから、どこまで本気なのだか・・・
ただ、以前よりもずっと展示方法は変わってきているのは確かだった。
働く側も客も、安心して行ける店であってほしいとは、誰もが望むことだろう。

電車に乗り、先に降りる和泉に東成が最後の声をかけてくる。
先ほど一瞬浮かんでしまった、真剣みのなさに人間性を疑ってしまったことも、今では吹っ切れている。
「和泉、おやすみ~。今日は来てくれてありがとうな」
「こちらこそ、おごらせちゃったっていうのに」
「だからそれはナイショだって言っただろう。気を付けて帰れよ」
「東成もね」
深夜でも週末の今日はそれなりに人通りがある。
小学校、中学校、住宅街がある、この地域は比較的安全な場所だとも言われている。
広い範囲で言えば、東成とは『近所』でもあった。

三階建ての単身者用に作られたワンルームのマンションには、エレベーターがない。それもあって家賃も安かったのだが。
普段は何も感じない登りが、こんな日は体が重くなる。
シャワーは明日でいいや・・・なんて思いながら、和泉は狭い部屋の奥にあるベッドにダイブした。
寝転がりながら、邪魔な服を脱ぎ捨ててベッド脇に落としていく。
その時、クシャという聞き慣れない音を聞いた気がしたが、重い瞼は確認しようとはしなかった。

翌日の昼近くになって起きて、散らばった衣類をかき集める。
特に出した覚えのない財布や携帯を確認しているときに、ハラリと一枚の名刺が床に舞い降りていった。
なんだっけ?と、咄嗟に考える。生活上、名刺をもらうような立場にはいない。
拾い上げてから、昨夜の一幕が鮮明に蘇ってきた。
あそこで出会ってしまったのは単なる偶然なのだろうが・・・。
随分と真剣に話してくれてきたっけ・・・。
あの態度も人の良さを醸し出しているものだと思われる。
どこをとっても完璧な大人のようにしか感じられない。
「どうしたらあんな人間になれるのかなぁ・・・」
ボソッとつぶやかれた言葉は、誰もいない空間に消えていった。
どこを思い出しても、和泉には、『理想』とする人間として映っていたのだ。

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