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BLの丘
待っていたから 1
2013-10-21-Mon  CATEGORY: 待っていたから
 目覚まし時計が鳴り響く音で鞍手香春(くらて かわら)は目を覚ました。中学校に上がってから一年も経てば、母親に起こされることも減った。
 まだ小学生だった時は、なかなかすんなりとは起きられなくて、母親の手を煩わせたものだが、もう中学生になったのだからと、気分を一新させた。変わらないことは、香春が近所のとある家に迎えに行くという日課。
 そのことがあったから、香春は寝坊だけはしたくなかった。
 香春が行かなくても、幼馴染の津屋崎嘉穂(つやざき かほ)は遅刻することはないとは思うが、いつ誰にこの立場を乗っ取られるかと思うといてもたってもいられない。嘉穂の隣には絶対に自分がいるのだと、無言で皆に教えている意味がある。
 嘉穂は小さい頃から成長が早かった。保育園の時は小学生に間違えられたし、小学生の時は集団登校の中でも背の高い部類に入った。もちろん、中学校に上がった今でも同じことで、しょっちゅう高校生に間違えられている。
 あくまでも"外見"は…なのだが。
 それに比べて香春はいつまでたっても小学生のようだ。クリクリとした大きな目が余計に幼さを強調してしまう。元気に走り回る嘉穂は動いた分だけ筋肉も成長していると言わんばかりだが、その動きについていけない香春は細っこいままだった。
 比例したように嘉穂の人気も高い。
 中学校に上がったばかりの頃は嘉穂の兄、筑穂(ちくほ)と背が並ぶか、というくらいだったが、一年でグンと伸びた。平均身長より頭一つは違うのでどこにいても目立つ。どこからでも見える顔立ちがまた整っているもので、嫌でも目を惹く。頭が良い筑穂の影響か、勉強もできたし、誰に対しても優しい気持ちをもっているから、人受けがとても良い。人気度は上がる一方だ。
 運が良いことに、香春が住んでいる住宅団地の中には、同学年の子供が他にいなかったので、言葉が話せないうちから仲良くさせてもらえていた。
 そのおかげで、誰よりも嘉穂に近い存在だったし、嘉穂も香春のことを気にかけてくれるところがある。もちろん香春にとって何よりも優越感を与えてくれる。
 二人の間に隙間を作って他人に入りこまれるのはいただけない。そのために香春は自分の存在をアピールし、周りの人に"近づくな"オーラを撒き散らしていた。
 
"朝のお迎え"もそのひとつ。
 中学校に上がってから集団登校はなくなってしまったので、また部活をする生徒もいて、通学時間はマチマチになる。
 嘉穂は小さい頃からサッカーをしていたこともあって当然のごとく、サッカー部に入部した。香春は自分に向いていないことが分かっているから、そちらは追いかけることはしなかった。週に二回、調べた結果を報告しあう『地域歴史クラブ』に入っている。たまに"校外調査"に出かけることもあったが、サッカー部の練習が終わるまでには戻ってこられるので選んだ…とは内緒の話だ。
 サッカー部の朝練は毎日ではないし、あったとしてもすごく早い時間ではないので、香春も一緒に通学することができた。朝から元気に走り回る嘉穂の姿が見られるのも嬉しい出来事だ。
 
 香春は時間に余裕をもって家を出る。住宅団地内にある生活道路を一本挟んだ向こうに嘉穂の家があって、玄関のチャイムを鳴らすと、長男である筑穂が出迎えてくれた。
 少し前までは嘉穂の母親が姿を見せていたが、突然の交通事故で、父と母をいっぺんに天国に見送ってしまった。その日から、親代わりをつとめる筑穂が、一家の大黒柱となって頑張っている。筑穂と嘉穂は15歳も離れているため、どちらかというと香春の両親と歳が近い。5歳上の二番目の兄、穂波(ほなみ)もいたが、やっぱり部活が忙しかった彼と顔を合わせることは最近あまりなくなっていた。
 どちらかといえば、筑穂よりも穂波のほうが年が近いために香春も昔はよく一緒に遊んだものだ。その穂波は、今年高校を卒業して、調理師学校に通い出している。

穂波・香春・嘉穂
イラストの版権はくるみ様にあります。お持ち帰りはお断りいたします。

 今では兄弟の中で一番背が小さくなってしまった筑穂だが、大人にしては可愛い部類に入る外見の割に、意外と性格がキツイのは、暴れん坊の弟ふたりがいたからだとか。
「おはようございます」
 香春がちょこんと頭を下げて挨拶をすると、筑穂がニッコリと笑いつつも、困った表情を浮かべた。
「いつもありがとう。まったく、嘉穂ってば毎日毎日…ブツブツ…」
 困った顔は呆れでもあり、なかなか支度が整わない嘉穂に向かっての愚痴も含まれていた。
 でも香春と筑穂が玄関先で束の間の雑談をしているうちに、階段を数段飛ばしで降りてくる嘉穂がいて、少しでも早く、という気持ちが伝わってくるようで、それがまた香春には嬉しい行動でもあった。
「よぉっ」
「嘉穂っ。きちんと挨拶しろっていっつも言っているだろっ」
 筑穂の怒鳴り声が響くのもいつものことで、咎められた嘉穂は「うっせ~ぇ」と文句をぶつけている。
 けど、本気で言っているわけではないのも香春はすでに知るところ。香春はその光景だけでもほのぼのした印象を感じて笑顔になってしまうのだ。
 制服のワイシャツの裾は飛び出したまま。ブレザーも鞄と一緒に片手で持たれている格好は、まだすぐに外には行けないことを表していた。それを見て、やっぱり筑穂が「身だしなみっ」と声を荒げる。
 一人っ子の香春はこうした日常がないので、少しだけ羨ましくなることがあった。でも普段から穂波と筑穂は香春を温かく見守ってくれているのを知っているから、兄弟が欲しいと思ったことはない。

 靴を履く前に鞄とブレザーを筑穂に持たせた嘉穂はその場で身支度を整える。整える、と言ってもボタンをきちんと留めていなかったり、ネクタイもポケットの中だったりで、また筑穂の小言を食らうのだが…。着崩した格好すら嘉穂なら似合ってしまうのだから不思議だ。
「行ってきます」と二人で玄関を出ると、筑穂も道路まで出てきて周りを確認して見送ってくれる。
 自分たちの両親が交通事故にあった出来事は、とても深く胸に刻まれているようだった。きっとそれは嘉穂にとっても同じだと思う。
 香春はいつも嘉穂を守ってあげようと思っている。身体の大きさからいったら逆の立場なのかもしれないが、周りに目を光らせることくらい、誰にだってできることだ。こうやって並んで歩いていれば、車の動きを確認できる。
 嘉穂はいつだって道路側を歩いてくれるから…。

 学校までは歩いて20分ほど。二年生になってクラスは分かれてしまったけれど、行きも帰りも共に過ごしているところから他の友達も何かと気付いているものはあるのだろう。不穏な動きは見当たらない。
 それもまた香春の一つの安堵だった。
 先に香春の教室を通る。教室の前で嘉穂が片手を上げる。
「じゃ、またな」
「うん」
 帰りの約束を毎日残してくれることに安心する。
 去っていく嘉穂の背中を見送りながら、次々と声をかける友人たちを羨ましく思う。同時にカッコイイな、と頬を緩めた。
 最近嘉穂の態度が変わったと色々なところで感じる。香春に対しての変化はほとんど見受けられないが、友達に対しては昔からのあどけなさが薄れていった。
 そのことも嘉穂を大人っぽく見せる点で、密かに憧れの対象にされている。自分たちとは違う"大人っぽさ"はどうしたって格好良く映る。
 誰からも注目される人は、一日の最初と最後、必ず自分がいると自惚れていた。
 香春にも声をかけてくる友達はいる。そんな香春を見て、嘉穂も同じ気持ちを持ってくれているのだと信じたい。
 香春は去年のクリスマスにお揃いの携帯のストラップを渡されたことと、触れるだけだったけれど、嘉穂からキスをされたことを、大事に胸にしまって毎日を過ごしていた。



筑穂と福智のお話はこちら→『待っているよ』
穂波と浮羽のお話はこちら→『待たせるけれど』

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またもやスピンオフ…。
リクエストをいただいて、すんなりと浮かんだのがこちらでした。
『待っているよ』から少し時間が経っている時期になりますね。
中学二年生になった春…ってところでしょうか。
学生物は書いたことがほとんどないので先行きが不安ですが…。
行き詰ったらSSにでも逃げて繋いでいこうと思います(←)
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待っていたから 2
2013-10-22-Tue  CATEGORY: 待っていたから
 香春が教室に入るとクラスメイトの柳川門司(やながわ もじ)が寄ってくる。この男も嘉穂までとはいかなくても大きい部類に入る。
「おはよ。鞍手、数学のプリント問題、全部解けた?」
 一時限目にいきなりやってくる数学の時間。周りを見渡せば机を囲んでプリント用紙を取り出している人たちがいる。
 回答を写している者、確認し合っている者と様々だ。テストではないからあまり身構える必要はなくても、みんなの前で恥をかきたくない精神は予防策を講じる。大半の人間が間違えてくれたら、それだけで安堵してしまうものだ。
「一応…」
 そういう香春も実は嘉穂に教えてもらったところがある。正確には嘉穂の家族にだが。クラスが同じだったときは出される宿題も一緒だったから分かりやすかったのだが、クラスが離れてからは授業の進み具合が前後する部分が出てくる。授業が終わったところを復習として出されたプリント内容は首を傾げることも多くなった。
 だけどそこは嘉穂の予習も兼ねて、筑穂と、津屋崎家の居候飯塚福智(いいづか ふくち)が面倒みてくれたりする。福智は最近、筑穂の恋人として引っ越ししてきた人物で、筑穂の同僚として働き、香春のこともやっぱり弟と同じように見てくれていた。

 「なになに、見せろよ~」
 柳川は早速答えを求めてきた。無い物ねだりをする子供のように見えて、香春は内心でため息をついていた。こんなとき、どうしても嘉穂と比べてしまう自分がいる。
 しかし、香春は回答用紙を取り出すのを躊躇った。昨日の問題は応用編だったようで、教えてくれた福智も「ひねってあるなぁ」とため息をこぼしていた。それだけ難しいということなのだろう。今現在答え合わせをしているクラスメイトの姿も納得できるものがあった。
 香春は発した言葉通り、一応全部解いてある。正解かどうかは分からないが、細かく解説しながら進めてくれた答えが間違っているとは思えない。香春が一人で解けないことは周知の事実だろうし、もし間違えていた時、津屋崎家の恥を晒すような気がしてしまった。
 公然と『間違えていた』とは言われたくない。
「えー、でも、難しかったから…」
「また津屋崎んちの兄貴に教えてもらったんじゃないの?てっきり泣きついたんだと思っていたけど…」
 泣きついた…とは酷い言い方だと思う。確かに当たっているのだから返す言葉もない。香春が無言でいることで、状況は見破られたのか、柳川は「ねぇねぇ」としつこい。…本当にしつこい。嘉穂だったらここまで食い下がるようなことはせず、スマートに引くのに…。
 香春は今更でも、「一生懸命考えたもん」と付け加えてみたが、全く信じられていないのは一目瞭然だった。
 ほとんど奪われる形で、プリントは柳川だけでなく、クラス内を巡ってしまった。感嘆の声を上げる者、あからさまにため息をついて自身の誤答を確認する者、意味も分からなく丸写しするものと様々だ。
 この行為が先生の目に止まらなければいいのに…と願ったところで、結果はすぐに皆の知れることとなる。回答と解説の書かれたプリントを渡され、自己で採点し、解答用紙のほうは一度教師に回収された。
 即座に書き直す人もいるようだが、その辺は教師も大目に見ているようだし、だいいち動きでバレている。あとはもらった解説プリントで再復習しろということなのだろう。
 もちろん、正解者は香春だけではなく、きちんと自力で解いた人だっているのだから、何もおかしな話ではない。ただ、現実問題として、香春には『宿題はできてもテストはイマイチ』という評価がすっかり根付いている。
 この日も、本当の意味で全問正解した人はクラスの半分にも満たなかったようだ。正解者はどれも成績上位の人間で誰しも納得している。
 教師の視点から見たら、写したのは香春と捉えられていてもおかしくなかった。

 昔からどこか要領が悪い香春だった。
 嘉穂が筑穂と穂波の間をひょいひょいっとかわしてしまうところも、香春はいつもつまずいた。そのたびに嘉穂が手を差し伸べてくれて、同じ時間を過ごすことができた。お菓子の奪い合いから、先生の話を良く聞いていなくて揃って忘れ物をした時の言い訳にいたるまで…。
 別に教師に直接言われたわけではないし、級友も責めてはこないけれど、はびこっていく空気というのは感じてしまう。嘉穂が隣にいた時は感じることがなかったもので、それだけいつまでも頼りっぱなしと言っているようなものだ。
 香春と嘉穂の持つ雰囲気が徐々に変わり始めたことも、周りの人にこれまでと同じではない印象を与える。
 大人の階段を昇り始めた人と、変わり映えのしない香春。置いていかれる不安は常に襲ってきた。
 嘉穂のそばにいる存在と皆に知られて、また態度で教えるのはいいが、金魚のフンとは違うのだと言いたい。嘉穂は優しいから、断われないだけだ、とは思われたくない。そんなふうに捉えられたら嘉穂との間に隙間ができて、誰かが潜り込んできそうだから…。

 嘉穂の部活終了の時間を待って、香春と肩を並べて帰路につく。空は夜の帳を落とし始めた。暗くなり始めても、隣に嘉穂がいてくれると思うと不思議と安心感が漂う。
 この日の帰り、嘉穂も同じプリントの問題が出されたと話し出した。この話はすでに学年内では交わされている話題で、早速香春のクラスの生徒に駈けよった生徒もいる。嘉穂は香春と一緒にプリント用紙を眺めていたのだから当然知っていた。
「昨日福智さんの説明、聞いたけど、もう頭から消えてるよ~」
 嘉穂も難しさに嘆いている。でも嘉穂のことだから、なんだかんだ言いながら理解しているのだろうと微笑んだ。
「嘉穂くんなら大丈夫だよ。それにもう一回、教えてくれるって」
 面倒見が良いのは筑穂だけではなく、同居人も然り。これまでだって、見捨てることなく理解できるまで何度も丁寧に繰り返してくれた。だから香春も授業に置いていかれることなく付いていけている。
 そんな話をしながら歩き進めていると嘉穂の携帯電話が鳴った。最近では携帯する人も増えてきていたが、嘉穂は小学生の時から、…正確には親が亡くなってから持たされていたものだ。ついこの前、香春も親に買ってもらったものがある。同じ機種の先には、やはりお揃いの、指先よりも小さな球がついたストラップがぶる下がっている。クリスマスに嘉穂がプレゼントしてくれたものだ。

ストラップ

 メールが入ったらしく、携帯電話を眺めた嘉穂は「ふーん」とすぐに閉じた。
 香春が「どうしたの?」と首を傾げると、いつもと変わらない返事がきた。でもその表情はどこか憂いを含んでいるように見えた。少し強がっているような声も…。
「にぃちゃんたち、残業だって」
 嘉穂はたまに筑穂のことを『にぃちゃん』と呼ぶ。昔の呼び名だ。意識せずに出るのは、話相手が香春だからだとは承知していた。気を許している証拠で、そんなところでも香春は喜んでしまう。
 だからこの時、香春は嘉穂の僅かな表情の変化よりも、嘉穂が一番身近にいてくれていると思える態度が嬉しくて不思議がらなかった。

 筑穂と福智は同じ会社に勤めているので、揃って残業になることはしょっちゅうだった。嘉穂も大きくなったし、穂波もいるから、と香春の家で過ごす時間は減ってきているが、いつの頃からか穂波は香春の家に寄り付かなくなった。香春の家どころか自宅にもあまり居つかないようだ。
 香春は嘉穂が遊びに来てくれるのが嬉しかったから穂波のことはあまり気にかけず、そしていないからこそ、ずっと家にいるよう頼み込んでしまう。最近は香春の母親も、近所なのに「泊まっていけばいい」と嘉穂を促すようになっていて、特に週末の日は先に筑穂に連絡を取っているほどだった。暗くなってから歩かせるのは危険だ、とは、交通事故に敏感になっている筑穂の心情を気遣っているものでもある。夜道を歩くのは大人だって危ない。ましてや今は、穂波もいない…とは、とってつけたような理由だった。
 週末の今日、もしかしたら予想できていたことかもしれない。
「そうなの?じゃあ、今日はうちでごはんだね」
 香春も決まりきったことのように声をあげる。若干嬉しさが込められたのは否めない。働いてくれている筑穂たちには申し訳ないけれど、少しでも帰ってくる時間が遅かったらいいのに、とは単純な思考の行く末だ。
 筑穂から嘉穂に連絡が入る時は同時に香春の母親にも詫びの連絡が行っているので晩ご飯の用意はされているはず。これは昔から変わらない。年を重ねるごとに、生活環境は変わっていくのかもしれないが、いつまでも続いたらいいのにと願わずにいられない。
 まず津屋崎家から離れていった穂波を見ているから、少しの心配事として香春の中に巣食い始めていた。

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待っていたから 3
2013-10-23-Wed  CATEGORY: 待っていたから
 嘉穂は一度自宅に帰って着替えてくる。
 香春の家の前で「じゃあ、またね」と見送った。走って帰る後ろ姿を見ていると、慌てているようで心配にもなるが、逆にすぐに戻ってきてくれると思えて心が躍った。
 玄関を入り、母親に嘉穂の家の状況を伝えると、やはりすでに連絡は届いていたようだ。
「香春、今日の夕ご飯、お好み焼きでもする?」
「いいけど…。嘉穂くん、それだけじゃ足りないと思うよ」
 体格が違えば食欲も違う。香春は比較的小食なほうだが、嘉穂はといえば底なしの胃袋を持っているような旺盛さがある。少なからず食費がかかってくることに、筑穂はいくらかの食費を母親に渡していたようだが、母親は「塾代」だと言って受け取りを渋っていた。筑穂と福智が家庭教師さながらに勉強を教えてくれるので、これまで香春と嘉穂は塾通いはしていない。だけど、それもこの夏までだと、どちらの家庭も思っているところがある。
 受験を前にして、教えるにも限界がある、のと、筑穂たちだって仕事があるのだから、いつまでも頼ってはいられない。
 現実問題は如実に香春たちに降り注いでくる。進学する学校は、一緒になれるのだろうか…。

 母親の提案に香春が首を傾げると、承知済みの母親は「焼きそばもあるし。あ、冷凍ご飯がたまってきちゃったからそばめしでも作っちゃうか」と色々と思考を巡らせ始めた。この家は、バクバクと気持ち良く消化してくれる人間がいないので、母親もやりがいがないらしい。嘉穂と穂波がやってきた頃は、いろんな意味で腕をふるってくれたものだ。
 最近は…、香春がやりたがるのが分かるのか、香春でもできる料理に挑戦させてくれるようになった。
 お好み焼きや焼きそばだったら、テーブルの上にホットプレートを出してきて、嘉穂と一緒に作れるところも利点だ。
 香春が作ったものを、「美味しい」と言って食べてくれることは何よりも嬉しい。
 嘉穂が兄たちだけではなく、香春にも目を向けてほしい願いもあって、嘉穂のためにと花嫁修業(?)を今から始めていた。レパートリーも随分増えた。
 鞍手家と津屋崎家で一緒に食事をすることもあって、そのたびに香春は嘉穂の好きな味を知っていく。母親と筑穂が密に連絡を取ってくれて、香春でも作りやすいように母親がアレンジしてくれたりもしていた。知らずのうちに香春は、津屋崎家の味を受け継ぐのだと息巻いていた。

 香春が母親の提案に頷くと、「じゃあ下準備だけしてしまいましょうかね」と野菜やら肉やらと材料の確認に向かっていった。
 嘉穂が着替えたり、宿泊の準備をしたりしても、30分もかからずに戻ってくるのは知れている。
 香春も制服を脱いで部屋着になってくると、すかさず「香春~。お風呂沸かしちゃってぇ」と声がかかった。
 部活後、埃まみれになっているだろうし、夕飯までの時間を有意義に使わせようとは母親なりの気遣いでもある。少しでもやることができたなら、空腹も気がまぎれるだろう。
 香春が浴室の準備をし、キッチンに戻っては母親の横に並ぶ。母親は香春が何をしたいのか、すでに理解していたからスッと場所を空けてくれる。
「まずキャベツ、千切りにしちゃって」
 四分の一に切ったキャベツの塊と『簡単千切り器』を渡されて、香春も慣れたようにスライスし始めた。
 こうして母親から色々と料理を教えてもらっている。嘉穂が食べてくれると思えるから、香春も俄然やる気になれた。

 そうこうするうちに玄関のチャイムが鳴って、嘉穂が来たことを知らせてくれる。
 調理道具を放って、真っ先に香春は出迎えた。
「おじゃましまーす」
 筑穂は嘉穂のことを、挨拶ができない、と良く嘆くが、いつも見ている香春は、そんなことはないと声を大にして言いたい。
 今日も家中に響くような大きな声を上げて、奥から母親が「いらっしゃーい」と返事をした。
「嘉穂くん、今日はお好み焼きなんだって」
「わーぁ。香春んちのお好み焼きって、ふわふわしてて、俺、好きっ」
 ご飯の話をすれば途端に輝きだす嘉穂の顔があって、香春も思わず嬉しくなった。
「今ね、キャベツ切っていたところなの」
「香春が?指、切るんじゃね?」
「もうっ。そんなドジなことしないよっ」
 からかわれては不貞腐れて、また宥めるように嘉穂の大きな手が香春の頭上を撫でた。昔からのさりげない仕草も、今の香春では一つ一つが大事に思える。嘉穂は決してスキンシップが激しいほうではない。友達を小突いたりはするが、敏感な部分には触れてこようとはしない。頬や髪に手を伸ばすのは、知る限り香春だけのはずだ。
 嘉穂が持ったいつものバッグを目にしては、詰まっているであろう着替えなどがあることに安堵する。

 リビングに顔を出し、キッチンにいる母親とも挨拶を交わす。母親は腰を落ちつける前にバスルームを促した。
「嘉穂くん、お風呂沸いているから入ってきちゃって。まだごはんは準備段階なのよ」
「え、でも…。…香春は?」
 声に答えてから隣に立つ香春を見下ろしてくる。来た早々、人の家の風呂場を使うのは抵抗があるのだろうか。もう何度も繰り返されてきた"日常"であるのに…。
「僕、…まだだけど…」
「じゃあ、俺、香春の後でいいよ。先になんて…」
 見渡せば一番風呂になってしまうことになるのは嫌でも知れること。いつの頃からか、嘉穂はこうして周りを気遣うようにもなっていた。ちょっと前なら意識することもなく飛び込んでいたというのに…。
 些細なことで、少しずつ開いていく距離感を感じてしまい、昔のままではいられないと現実として教えられているようだ。それはチクチクと香春を苛んでくるものになった。
 嘉穂が遠慮するのを母親が口を挟んでくる。
「一緒に入っちゃいなさい、って言いたいところだけど、さすがにもう狭いわよね。嘉穂くん、うちのパパより大きいもの…」
 母親の何気ない『一緒に』という言葉にドキリとしたのは香春だけだろうか。
 小さい頃から一緒の入浴も何度も繰り返されてきた。母親にとっても嘉穂の体は見慣れたものになるのかもしれないくらい。
 もちろん小学の高学年になってからは、親の前で平気で裸になるようなことはなくなっていたけれど。男兄弟の嘉穂はちょっとだけ"恥らい"というものが鈍いらしい。
 香春も意識し始めたのは中学校に上がってからだ。色々な意味でどんどんと成長していく。意識するということも改めて知り始める。
「別に俺は構わないけど…」
 嘉穂のあっけらかんとした言葉に心臓を跳ねあがらせたのはもちろん香春だった。
 幼い頃から繰り返された行動に、嘉穂には羞恥心というものは存在しないのだろうか。香春一人が、特別な目で、またいやらしさも混じらせて嘉穂を見ているようで、それが知られたら軽蔑されそうな危機感も襲ってくる。
 少しずつ何かが変わり始めている自分たち…。
「ぼ、僕…」
 やっぱり狭いよ、とか、ご飯の支度が途中で…とか、いろいろと言い訳が脳内を巡るが声になるには至らない。
「嘉穂くんがいいなら香春も入っちゃいなさい」
 すかさず母親は嘉穂の同意が得られたのなら躊躇することもなく香春にたたみかけた。男同士、母親にしてみたら、いつまでも変わらない二人なのだろうが…。
 キッチンでは香春がどいた分のスペースを悠々と動き回っている母親がいて、香春が戻っても邪魔になるだけだと悟れる。母親にしてみれば、嘉穂と一緒にバスルームへ追い出せる都合の良い展開となっていた。
 決定事項となってしまい、また嘉穂からも「じゃ、行こ」と腕を掴まれて廊下に出るよう視線を向けられたら抗うことなど出来るはずがなかった。
 香春は着替えを取るために、嘉穂は香春の部屋に荷物を置くために、揃って階段を昇りだす。
 意識したら余計に気になりだす。それこそ、この前まで普通に接していられたはずなのに…。
 香春は必死で心臓のバクバク音を鎮めようと努力していた。

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待っていたから 4
2013-10-24-Thu  CATEGORY: 待っていたから
 脱衣所で嘉穂は躊躇いもなく衣類を脱ぎすてていく。決して広くはないこの空間では、手を広げたらぶつかってしまう。香春は嘉穂が脱ぎ終わるのを待ってしまった。
 嘉穂が下着一枚になってからようやく動かない香春に気付いて、「香春? 先入ってるけど…」と動かない香春を気にする。
「あ、うん…」
 ようやく服に手をかけた香春を見ては、嘉穂も最後の一枚を堂々と脱いで浴室のドアを開けた。
 チラリと見えてしまった嘉穂の下半身に、落ちつけたはずの心臓がまた高鳴った。自分のモノとは比較にならないくらい大きなイチモツが黒い茂みの中からぶら下がっていた。香春といえば産毛が生えたような状態だったし、ちんちくりんな性器がちょこんとおじぎをしている。
 こんなのを見たら嘉穂は、より一層子供だと思って呆れてしまうだろうか…。
 体格が違うのだから、ソコだって違ってあたりまえなのだが、同い年とは思えない差がある。他の人の成長具合なんて見たこともないが、香春は小さい頃から何も変化がない気がしてくる。
 数年前まで、それほど大きさなども変わらなかったはずなのに…。あまり意識して見ていたわけでも成長記録をつけていたわけでもないけれど…。
 嘉穂がシャワーを頭からかぶっている水音が響いてきた。続いて「香春?」と呼ぶ声も。
 モタモタしていたことを思い出しては、抵抗があっても今更逃げられない状況に大きなため息がこぼれてしまった。
「あ、うん…」
 それでもなかなか脱ぎ切らない香春に、バッと浴室のドアが開けられる。髪から滴を垂らし、引き締まった筋肉の上を水滴が流れ落ちた姿で嘉穂が不思議そうにこちらを見ていた。
「なにしてんの?」
「べ、べつに…。あの、狭いかな…と思って…」
 どこに視線を向けたらいいのか分からなくなって足元に落とせば、嘉穂はさも何もないように「交代で沈めばいいじゃん」と言い放ってくれた。
 浴室のドアをいつまでも開けっ放しにするわけにもいかず、香春も戸惑いつつ、衣類を脱いだ。
…どんなふうに見られているのだろう…。
 顔を上げられず、そばにあったタオルを掴んでは体の前に当てて一歩を踏み出した。香春が入ってくるスペースを空けてくれながら、嘉穂は自宅から持ってきたボディタオルを勢いよく泡立てて体を洗い始めてしまう。
 香春が全身を濡らし、ようやく洗おうかという頃、豪快に洗っていた嘉穂はもう泡を洗い流そうという段階に入っていた。
 嘉穂にシャワーを渡して、香春は壁を向いて肌にスポンジを這わせた。
 自分のことに夢中になるこの無言の時間が、なんとも居辛さを漂わせてくれる。だがそれもきっと香春だけのことで、嘉穂は何とも思っていないのだろう。

「香春ぁ、そんなちっこいスポンジで洗えるの? 背中洗ってやろうか?」
 突然の申し出にはビクンと体が跳ねあがった。
 香春は泡立ちが良いのでスポンジを愛用していた。嘉穂から見たら手が届きにくいと捉えられたのだろうか。
 親切心はありがたいが、この状況下では素直に喜べるものではない。途端に緊張が全身を包む。
「え、い、いいよ…。嘉穂くん、もうお風呂、入ったら…?」
 香春が振り返っても嘉穂は一歩も動かず、それどころか「いいから」とスポンジを奪われてしまった。
「あっ」
「香春って小さいよな…。やっぱ、親の遺伝なのかな」
 香春の抵抗など全く意に介していない。香春は心もとなく、置いておいたタオルを咄嗟に掴んで前身を覆い隠した。
 嘉穂は項から背中を円を描くように洗っていく。動きはかなりダイナミックで、手が大きくスライドする。
 嘉穂が言う"小さい"はもちろん体格のことなのだが、大事な部分のことまで言われているようでシュンと俯いた。父親のソレをはっきりと見た記憶はないが、『遺伝』と言われたら、父は今現在でも嘉穂と変わらないのではないかと思えてくる。香春の母親が言ったように、身長ならすでに嘉穂のほうが高い。たぶん筋肉量も…。
 嘉穂の父親も生前は年齢の割にかなりしっかりしていたと脳裏に浮かんだ。確か、香春の両親より一回りほど年上だったはずだ。小さい頃は、あのがっしり感が羨ましく思えたものだ。
「か、嘉穂くんのお父さんも大きかったよね…」
「…あぁ…、……デカかったのかな…」
 嘉穂の口調がしんみりした気がして、ハッとする。今では思い出の中の人でしかない…。
 小さかった頃の自分たちから見たら確かに大きかった。成長した今、それは比べることができない。嘉穂が筑穂の身長を抜いたように、いつか父親も追い越し…、…その時『大きい』と言えただろうか…。
 親がいなくて嬉しいはずなんかないんだ…。迂闊なことを口にしてしまったと、香春は余計に動揺した。
 普段は明るくて元気な嘉穂だって、心に傷を負っていないはずがない。その傷を抉ってしまった…。
「ご、ごめん、嘉穂くん…」
「なに、謝ってんの?」
 香春がすぐに詫びれば、嘉穂は何のこと?とはぐらかしてしまう。それに香春は何も答えられず、手早く洗う嘉穂の動きを大人しく受け入れるしかなくなる。
 本当に僅かな時間だったはずなのに、互いに言葉を発しない時間がとても長く感じられた。 

 結局、膝を抱えるようにして二人一緒に浴槽に浸かったために、ざばーんっと勢いよくお湯が溢れてしまった。
 そんなくだらないことでも、気分を払拭するかのように笑いあった。笑えたことで、重苦しい空気がお湯と一緒に流れていってくれたようだ。
「なんか、温泉に行ったみたい。香春のお母さんに『お湯がない』って怒られちゃうかな」
「足し湯機能にしておけばママにばれないよ」
 嘉穂を安心させたくて香春も微笑む。
「昔、良く水、足し過ぎて『水風呂じゃないっ』って呆れられたよな」
「しょうがないよ。あの頃は熱かったんだもん」
 普通に会話ができるようになって良かったと思う。
 そして香春はつい『ママ』と呼んでしまったことを恥ずかしく感じた。
 嘉穂が筑穂のことを『にぃちゃん』から『兄貴』というようになったのと同じように、香春も親の呼び方を変えようとしていた。だけどそう簡単に変えられるはずもなく、特に嘉穂が相手だと意識することも減る。
 嘉穂が気付かないでいてくれることにホッともする。お互い様で、すんなりと聞き流せる雰囲気が変な恥ずかしさを吹き飛ばしてくれた。
…こうしてずっと、同じ思い出を共有していけたらいいのに…。

 だけど会話がどこかよそよそしい感じもする。無理に明るく振る舞っているような印象がそこはかとなくある。
 話している内容も、香春に向けてくれる態度も何一つおかしなところはないはずなのに、微妙なぎこちなさが空気を震わせていた。戸惑いがあるような、少し控え目になっているような…。 
 やはり、嘉穂の親の話をしてしまったのが悪かったのだろうか…。表には出さず、胸の中で泣いていてもおかしくなかった。
 どれだけしっかりしているとは言っても、香春と歳は変わらないのだから。

 他愛のない会話が続いて少しすると、嘉穂が「先に出る」と言いだした。
「う、うん…」
 嘉穂はまたもやどこも隠さずに立ち上がってしまった。視界に入れてしまう恥ずかしさと、後ろめたい気分も相まって香春は膝を抱えたまま俯き続けた。
 ザバーンとまた大きく波ができた。嘉穂がいなくなった分、水量も減っている。
 流れたお湯は、もしかしたら泣くことができなくなった嘉穂の涙なのだろうかと、香春は自分の軽率な発言を後悔していた。

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待っていたから 5
2013-10-25-Fri  CATEGORY: 待っていたから
 気まずさを抱えたのは自分だけだったのか、香春がリビングに戻っても嘉穂の態度は、香春にも母親への接し方も変わらない。
 ダイニングテーブルの上にはすでにホットプレートが用意されていて、あとは流して焼けばいいだけになっている。
 香春が入っていくとリビングに座っていた嘉穂が早速立ち上がってくる。それを見て母親も香春に声をかけた。
「香春、焼きそば、こっちで作っちゃうからね。あとで乗せるなり混ぜるなりすればいいでしょ」
「混ぜる…って、粉に混ぜるの?」
 母親の提案が分からずキョトンと問い返せば、「馬鹿言っているんじゃないわよ」と呆れらた。焼き上がったお好み焼きと一緒に…ということらしい。
 狭いホットプレートでいっぺんに作業をするのは無理がある。しかし胃袋は待ってくれない。特に食べっぷりの良い嘉穂を前にしたら、作っている時間よりも明らかに消化時間のほうが早い。
 ダイニングテーブルに嘉穂と並んで座る。
「香春が焼いてくれるって言うから待ってたんだ」
 嘉穂がにっこりと笑ってくれれば、それだけで先程までの鬱々とした気分が吹っ飛んでいく。
 香春にとって、嘉穂のためにできることがある、というのが何よりもやる気にさせてくれた。
 その心境も読んでくる母親だから、何事にも協力してくれて、料理に関しても次々と教えてくれるところがある。

 ワイワイと言いながら香春と嘉穂、ふたりで楽しい夕食時間を送っている時、リビングテーブルに置きっぱなしだった嘉穂の携帯電話が鳴った。流れるメロディから筑穂でも穂波でもないようで、嘉穂は首を傾げる。(パパはまだ帰宅していません。)
 一度席を立った嘉穂は相手を確かめた上で、そこで話し始めた。その姿を香春は黙ったままじっと見つめてしまう。口調と相手の呼び名から嘉穂のクラスメイトだと判断することができる。
「あぁ、ジョウ?……えー、今、香春んちにいるんだけど…」
 嘉穂が呼んだ相手は、昨年香春とも同級生だった人物だ。今年は香春は離れてしまったが、八女上陽(やめ じょうよう)は今年も嘉穂と同じクラスになっている。
 彼は入学したころは香春より少し大きいくらいだったが、さすがに成長期というのか、徐々に香春とは違った体格を纏い始めた。それでも童顔は相変わらずだったし、学年全体から見たら小柄な部類に入る。
『可愛い』ともてはやす人もいるくらいで、何かあればすぐに嘉穂を頼る光景はちょくちょく目にした。
 学校も終わったこんな時間に何の用だろうか…。嘉穂の人付き合いの良さを考慮すれば、別段不思議がることでもないのだが、香春としてはおもしろい出来事のはずがない。
 聞き洩らさないようにと耳はダンボになるし、視線は嘉穂の仕草をひとつも見逃さないように凝視してしまう。
「香春の家にいる」と堂々と発言してくれるところにささやかな安堵を覚え、また逆に邪魔をするなと嫉妬心も湧いてくる。
 嘉穂が困ったように言葉を濁らせるのが余計に気になるところだった。
「……わかんない…。……、そうだけど…。……無理だってぇ」
 途切れ途切れに聞こえてくる会話は何を話しているのだろう。八女の声が聞こえないので断片的な嘉穂の返事から想像するしかないのだが、どうにも嘉穂にとって歓迎できない内容に聞こえた。嘉穂の手が頭をポリポリとかく。この動きをする時は、本当に困っている時だ。堂々とした立ち振る舞いが多い分、目につく仕草でもある。
「嘉穂くん?」
 思わず香春が声をあげてしまえば、嘉穂がこちらを向いて、ちょっと待っててと言うように片手を上げて見せた。
「とにかく、明日でいいだろ?」
 その答え方にまた香春は目を大きく開けてしまう。
 明日、とは休日だ。今夜、香春の家に泊まっていくことになれば、当然のように明日も嘉穂と一緒に過ごせる淡い期待がはびこっていた。一週間、学校の、教室という厚い壁に阻まれた香春は、ろくに嘉穂と接触していない。休みの日くらい、溜まっていたアレコレの会話をしたい。公園に一緒に遊びに行くのだっていい。ボール蹴りはすぐにバテちゃうかもしれないが、元気に走り回る嘉穂を見ているだけだっていい。
 そうやってようやくやってきた休日に夢を抱いていたのに、たった一言で膨らんでいた風船は破られていく心境だった。
「か…」
 もう一度呼びかけようとした声は、「ああ、分かったよっ」と投げやりになる嘉穂の声にかき消された。
 もちろんそれが香春に向けられたものではないことぐらい判断はつくが、どういう形であれ、八女の要求に応える結果となったことだけは確かだ。

 嘉穂は携帯電話を切り、ふぅぅと大きな息を吐き出してから、香春の隣に戻ってくる。
「どうしたの?」
 疑問を胸にしまうことに耐えられず、即座に聞いてしまえば、嘉穂は肩を竦めた。
「今日のプリント。ジョウのやつ、やり始めたのはいいけど全然分からないから教えろって言ってきたの。俺だって分かんねーっつぅの」
 嘉穂が断っていながら食い下がるのは何故なのだろう。一抹の不安が駆け抜けていく。
 香春のクラスが先にプリントをもらっているのは周知の事実で、聞くのなら自分たちのクラス以外の人間ではないか? 確かに嘉穂の成績を考えれば、理解していると思われてもおかしくないが、確実性を狙ったら答えプリントをもらっている別クラスに頼るべきだろう。
 投げやりになる嘉穂は残っていたお好み焼きをパクリと咀嚼し、追加でテーブルにやってきていたボウルに視線を送っては、「もう一個、焼く?」と香春に聞いてきた。
 いわゆる"おかわり"だ。
 宿題のことは頭から追い払いたいのか、単に先に食欲を満たしたいのか、話題を反らされてはそれ以上の深追いもできなくなる。
 香春は頷いてボウルをたぐりよせ、空いたホットプレートの上に生地を流した。

 楽しかった雰囲気がまたもや陰りを帯びたように感じてしまった。
 嘉穂は八女との話がどんなことになったのか語ろうとはしない。『明日』に何があるというのだろう。またそれを聞いてもいいのだろうか…。
 不安とムッとする思いと、口うるさく尋ねまくって嘉穂にうっとおしがられたくない葛藤が胸の内で燻った。そのため、自然と口が閉じられてしまった。
 空気の微妙な変化に嘉穂だけでなくキッチンにいた母親も気付くのか、香春の代わりに「嘉穂くん、次は明太子入りでもいいかな?」と様子を伺ってきた。
 香春と嘉穂の間には焼きそばが半分になって残っているが、全てを嘉穂にあげたとしても、きっと足りないだろう。母親も心得たもので、二枚目を焼いている今でも『まだ食べる?』とは聞かない。
「あ、っと…、なんでもいいけど…」
 一瞬"遠慮"の文字が脳裏に走ったらしいが、結局は食欲に負けている嘉穂だった。嘉穂の返事を受け取っては、「ほーんと、嘉穂くんが来てくれると冷凍庫が片付いていいわぁ」と呑気な声を上げる。
 何でも混ぜてしまえ、とは主婦の創作意欲の行く末か…。
 母親が空いたボウルを引き取っては、また次の材料を入れてくる。それから「ちょっとお布団の用意、してくるわね」とその場を立ち去ろうとした。
 お風呂にも入った、ご飯も食べた、あとは寝るだけ…と、嘉穂が鞍手家に来れば特に変わることのない"日常"の会話だ。大概は食事を終えた後は、香春の部屋でマンガ本を読んだりして時間を潰す。
 母親も"泊まる"というからには、すでに筑穂の了解済みだと、誰もが思った。
 香春も嘉穂が泊まっていくのだと再確認できた瞬間だった。
 しかし嘉穂はすぐに、「あっ」と声を上げた。
「いや…、俺、やっぱ、今日は帰る…」
 少々言いだしづらそうであるものは母親を制止させる。同時に香春も「えっ?」と嘉穂の横顔を振り返ってしまった。
…帰る…?…どこに…?
 帰る場所なんて一つだけだと、あたりまえのことなのに、それすら疑問に感じてしまうのは、先程の電話で会話していた相手がいたから…。
 香春の隣で嘉穂はまた頭をポリポリとかいていた。

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