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BLの丘
意外な展開 5
2013-07-27-Sat  CATEGORY: 珍客
湯沢と顔を合わせたのは、個展が開かれているホテルの、高層階にあるラウンジでだった。
都会の夜景が見渡せる場所で、人々はそれぞれの会話を楽しんでいる。
カウンター席に座る者、ゆったりとしたスペースのボックス席に背を預ける者など、誰もが騒ぐことなく落ち付いた雰囲気を守っている。
観葉植物で仕切られた奥の席は、楕円形のテーブルに千城と英人、向かいに神戸と湯沢が腰かけていた。
先程みんなでの食事も終え、神戸は「一杯だけ付き合う」と、ここまで足を伸ばしてきた。
親子での積もり積もった話もあるだろうと気遣われ、それより今後の個展の話を進めなくていいのかと焦る英人をよそに、世間話だけが進んでいく。
食事を取った席が個室だったことを思えば、この場で話題にしたい内容ではなかっただけだ。
それに、湯沢は英人と同じように、神戸に一任してしまっている。
日の目など見ることがないと思っていた数々であったとしても、第三者の目で選択されることにこだわりはないのか…。
そこは湯沢すら神戸の腕に掛けた話だった。
逆を言えば、神戸を試しているのだろう。
自分が認めないものをお世辞で人に薦めることなどしないのだと。
異国の地で力になれる存在になるかどうか、カードは湯沢が握ることになる。

「あんまり長居すると千城に睨まれちゃうからさぁ」
そんな冗談を飛ばしながら、神戸は席を立とうとした。
千城が嫌味を交えて返すかと思いきや、珍しく神戸に同調して英人は面食らった。
「あぁ。それを言えば、俺も邪魔な存在か。…英人、先に部屋に戻っている」
「えっ?」
「千城ってば散々、英人君のこと、一人占めしたもんね」
神戸はニヤリと笑ってくれて、ここ数日の"特別休暇"に顔が熱くなった。
離れて暮らしているとはいえ、親に聞かせたい話ではない。
それに、今更親とはいえ、父とどんな話をすればいいのか、思い浮かびもしなかった。
これまで社交性に優れた千城がいてくれたからこそ、どんな場合も難なくこなせてきただけなのだ。
もともと会話というものが得意ではない。
物事を語るよりも、『絵』に依存して生きてきた過去がある。

「じゃあ僕は手持無沙汰な千城に付き合ってあげようか」
「余計なお世話だ」
互いに、あれやこれやと言い続ける二人の背中を黙って見送るしかなかった。
湯沢を見ればすっかり諦めた様子だ。そしてやはり、突然のことに動揺を隠そうともしていた。
子供の手前…と何かが働くのだろう。
千城と神戸が去った後、束の間沈黙が流れる。
正面に座った湯沢に視線を向けることもできず、両手でくるんだグラスは空っぽになっていて、掌の温度で残っていた氷を融かしていた。
「なにか…飲むか?」
最初に口を開いたのは湯沢だった。
湯沢も一つの緊張をほぐすように、ボーイを呼んだ。
「焼酎のお湯割り…なんて頼んでもいいかな。できたら梅干しも入れて」
気取ったカクテルでもなければ、名の知れた銘柄も出てこない。
それこそメニューにない、だけど世間一般では広く知られているであろう注文を口に乗せると、相手は「承知いたしました」と恭しく頭を下げた。
視線だけを向けられた英人は、咄嗟のことに、「あ…、同じもの…」とグラスを差し出す。
ボーイは素早い動きで空いたグラスを片し、湯沢がそっと「二人は帰ったから…」と今後の行方を示唆した。
目立ちはしない席だが、他の誰も足を踏み入れさせたくない雰囲気は、確実にボーイには伝わっていた。

たぶん、どこの注文よりも優先されたのだろう。
あっという間に届いたグラスと、「お口にあえば」と置いていかれた"野沢菜の漬物"に、緊張していた湯沢からプッと笑みが噴いた。
どうしたって似合わない光景だと、放っておけば腹を抱えそうだった。
英人の前には子供が好んで食べそうな"タマゴボーロ"の小鉢が置かれて、こちらも眉間に皺が寄ってしまう。
どういう基準で、何が元になって選択された品であるのか、さっぱり理解できない。
だけどそんな光景に、湯沢は目を細めた。

「懐かしいな…。英人はおやつにそれが無いと泣いたんだ。俺は…、一杯やりながら、『漬物をくれ』って言ったっけ…」
そこにあったのは、丸いちゃぶ台の光景だった。
裕福とはとても言えなかった。
駆け落ち同然で飛び出した妻には、想像もできない気苦労を掛けただろうとは、口にされず閉ざされる。
このホテルで出されるような食事もなければ、刻んだ漬物の塩気が最高のつまみだった。
もちろん、その時代を、英人は覚えていなかった。
「と…さん…?」
何かを振り返る姿に思わず声が漏れてしまえば、その雰囲気を払拭するかのように、湯沢はカラカラと笑みを見せて手を振った。
そのまま梅干しの入った焼酎のグラスを口にする。
「あぁ…」
深い吐息をつくように、湯沢は味を噛みしめていた。
英人は一連の動きをまるでカメラのシャッターでも切るかのように追っていた。
口元にグラスを寄せるさま、最初は舌舐めずりでもしているのか、舌先で濃さを確認する。続けて口に含み、すぐには飲み込まずに芳醇な香りと味で口内で潤す。押し込めるように喉奥に注いで、至福の時を味わう。
そして吐き出されるのは…、…『安堵』。

「千城君といるとさぁ、なんというか、やっぱり何か"違う"んだなって思わされるんだよ」
ボソッと漏れた本音は英人に緊張も運んできた。
なにもかも赦したつもりでも、たった一人の息子を前にしたら、巣食った心というのはこぼれるのだろうか。
湯沢は視線を上げないまま、マドラーを掴んで、液体の底に沈む梅干しをつついた。
あまりにも柔らかいそれは、果肉を少しずつ刻まれて浮遊した。
「俺だってこの歳だ。その場に適した対応っていうのだってそれなりに身につけている。たとえば、こういった場でも、周りの目を気にして、焼酎割りなんて注文はしないだろうよ」
だけど何故してしまったのか…。
英人という個人と向き合えたからなのかもしれない。
ずっと避け続けていた。影ながら見守るなどと綺麗事をほざきながら、本当は脅えていた心情が吐露される。
英人はもう、自分では手の届かない場所で輝き始めており、そこに向けられた光りを遮断してしまうのではないかと危惧する恐怖感。
周囲に気遣いながら、いざ二人きりになった時、たった一瞬でもいいから、隠すことのない自身を晒して、『親子』になりたかった思いが、きっと『焼酎割り』という、飲み慣れたものに辿りついたのだろう。
英人だって数多く戸惑う『榛名』の世界。
そこに呼びこまれた父が、緊張感を拭えないのは当然のことだとも思う。
気を許してくれたのは『息子』だからこそ。
更に気遣われたのは、英人が堅苦しさの中で苦しんでいないかと心配する声。
わざと湯沢は自分の生活を晒すことで、英人の、絶対に表には出されない"心"を導こうとしていた。
それらは当然、千城の耳はもちろんのこと、誰にも聞かされることのないオフレコの世界だ。

遠ざけたボーイすら、今なら理解できる。

訪れた客のナニカを口外しないのは、犯罪に巻き込まれない限り、暗黙の了解だ。

気を許して、英人も口を開いた。
「千城が連れて行ってくれるレストランとか割烹とか、確かに難しいけど、家の中じゃ、箸でつかみ損ねた豆を床に落としても何も言わないよ」
今が"幸せ"なのだと伝えた。
形ばかりを要求するのは、世に対しての配慮であり、目が届かないところであれば好きに過ごして肩の力を抜かせてくれる。
わざと千城は、先にこの席を立ったのだと、今更ながらに知った。
千城の前で、『焼酎割り』なんて頼まないだろう、ことを承知の上で、湯沢に長旅の疲れも癒させそうとした心遣いだ。

一度ほぐれた会話は、それぞれが感じた世界に流れた。
日本で見かける伝統工芸だったり、新しく作られた街並みだったり。
制作者のコンセプトなどを深く詠み込んだ話題は新たな知識として、また見方を変えさせるものとして脳裏に焼き付いていく。
「このまえ、英人が描いたやつさ。あ、コーナーの端っこにあっただろう。公園のベンチに座って、飼い犬かな。寄って来た犬を大事そうに首とか頭とか撫でているの。…あの人、目が見えないんだな…」
話の途中に意見されたことに瞠目した。
描いているその場まで見られた気がする。

そんな単純な描き方だったろうか。
英人は何気なく描いてしまったが、公表するにあたって、モデルとなる人に一言伝えたかった。
その時、初めて彼が盲目だと知ったのだ。
動きのなにもかも、健常者と変わらなかったから、気付くことすらできなかった。
彼は快く受けてくれた。
「生きているだけで人の役に立てることがあるのですね…」と。

世間の見世物にしたのではないかと焦った英人に、英人が描くものは現実ではないとそっとほのめかされた。
「ばーか。俺が撮ったら、今在るものだけなんだよ。嫌な言い方をしたら、現実を突きつける。『夢』はその先さ…」
そこが絵画と写真の違いなのだと。
比べるものなど、根本的なものが違っている。
暗に含まれた言葉は、英人は英人の赴くままの世界で生きればいいと、激励でもあるのだろうか。

何杯かのおかわりがお腹の中に消えた。
「そろそろ英人を帰さないと、帰国便を明日に変えられていそうだ」
クスクスと笑って、まだ残る『休暇』に名残りがある、とつぶやきながら、ラウンジを後にした。
突然のことながら、湯沢は一週間の日本滞在を計画していた。
もちろん、神戸と共にする時間が大半を占めていた。
神戸は…夏休みの予定…なんて言っていたけど、自分で自分の首を絞めたんじゃん…。
その多忙さを英人が口を出すことはない。

ラウンジを出て、更に高層階にある客室に繋がるエレベータに二人の身が流れた時。
背後から光るものと、連続して響くシャッター音を耳にした。
「っ?!」
「クソッ!!英人っ、向くなっ!!」
咄嗟に湯沢は英人を胸の中に囲っていた。
改めて感じる父の胸板の厚さと、包まれる腕っ節の強さに抗うことの全てを忘れる。
だけど光りのごとく甦った。
"過去を暴く"フラッシュ。

異国の地で、出会った人は、思いがけず、英人の過去をえぐってくれた。
生き別れた父であり、闇に葬られた真実。

「な…っ」
つぶやいたころには、静けさが漂っていた。
一瞬の出来事に頭が付いていかない。
「今はいい…。とにかく千城君のところへ…」
促されたエレベーターは上昇し、何よりも安全なところに届けてくれた。

話を聞いた千城はすぐさま、エントランスに出入りした人物の判定に力を注がせたが、裏目に出たのは、湯沢の滞在だった。
英人の存在記事は潰せても、湯沢は単なる一個人でしかない。
榛名との血縁を遮っていたのだから当然だった。

『ジャーナリスト 噂か本当か 確認の淫行調査』
一緒に載ったのは顔を晒した湯沢と、かくまわれた英人の後ろ姿だった。
飾ったタイトルは人を侮蔑している。
そんな人間がいてもおかしくない世界を容認していても、ぶつけられた現実は甘くなかった。

あの時つぶやいた湯沢の英語での叱責は聞こえなかった。
それは、守ろうとして出来ずにいた親としての不甲斐なさだったのだろうか。
だけどその写真を見た時、何よりも息子を晒しものにせず護った父が逞しく見えた。
湯沢は自分を出すことで、隠した息子を世間には知らせなかったのだ。

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パハラッチ登場。
(゚∇゚ ;)エッ!? 腐部隊は邪推しませんので違う組織かと…。
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コメント

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集合です!
コメントさえ | URL | 2013-07-28-Sun 00:28 [編集]
腐レンジャーのみなさん集合ですよ~!
ひーちゃんにカメラを向けた不届き者撃退しますわよ!
らじゃー!
コメントすぎもと | URL | 2013-07-28-Sun 13:05 [編集]
す 「ぽぽぽぽぽん!」

ni 「ひと~つ、人世の生血を啜り」

さ 「ふた~つ、不埒な悪行三昧」

ち 「みっつ、醜い浮世の鬼を」

け 「退治てくれよ、腐レンジャー!」

全 「「「「「 見参!」」」」」

ラジャー!
コメントnichika | URL | 2013-07-28-Sun 13:25 [編集]
つぶさに出版社から足取りを追います(怒) せっかくのくつろぎに
茶々を入れてさ、お仕置きです
キャン さえさんが頼もしい~~
作戦会議!
コメントけいったん | URL | 2013-07-28-Sun 15:39 [編集]
ち「ひーちゃんのパパを 苛めるなんて 酷い!(怒)」

さ「そうよねー、絶対に 許せないわ!」

す「そうですよ!すぐに 犯人を見つけなくては!」

ni「さっさと 行動開始しなきゃ 逃げられますって!」

け「では、そんな卑劣な パパラッチを退治しなくちゃ!」

「「「「「Σ(;。`゜ω゜。)お゙----ッ!」」」」」

腐レンジャーを怒らせたら どれだけ怖いか 目にもの見せてやるわぁ~
ヾ(  ̄▽)ゞオホホホホホ

すーさん、腐レンジャー登場の口上に 笑ったよ!
そして 素晴らしい♪ キャーゞ(^o^ゝ)≡(/^ー^)/"""パチパチ







腐レンジャーのみなさま
コメントたつみきえ | URL | 2013-07-29-Mon 08:38 [編集]
おはようございます
お天気ぐずついていますね…。
梅雨だ、酷暑だ、水不足だ、と何かとこちらも大騒ぎなニュースを運んでくれますが。
そんな意外な展開にならなくてもいいんだよ…とちょっと思ってます。

なんとも連帯感の強い皆様で安心です。
はたから見ている私もドキドキワクワクヾ(〃^∇^)ノ♪
口上まで用意されたとは~ヽ(゚∀゚)ノ なんとも頼もしい。

犯人はきっと逃れられませんね。
皆さんコメントありがとうございました。
みんなサイコ~!
コメントさえ | URL | 2013-07-29-Mon 19:20 [編集]
すーちゃんナイスです♪
口上いいね~♪
腐レンジャーが立ち上がると怖いって分からせてやるわ~Ψ(`◇´)Ψ
あとは傷ついたひーちゃんにプリンでも持っていってヨシヨシしてあげよう♪(‥、)ヾ(^^ )
みんな頼もしいわ~(*^^*)
え、えーっと。。。
コメントすぎもと | URL | 2013-07-29-Mon 23:30 [編集]
古すぎましたね。。。orz
ネタ元は桃太●侍でして。。。
す、すみません。
あ!
コメントnichika | URL | 2013-07-30-Tue 02:44 [編集]
すーさん ご一緒してたみたいです  凄い想うことが同じでよかった
お片づけがすみましたら さえさんのプリンのおこぼれ貰えるといいよね~

やっと用事が終わりハメを外したら~日付変わってるよん 
夜回り行ってきます~~~
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