強く抱きしめてくれる腕は、まるで和紀の不安を示しているようだ。
日生は迂闊にも興味を持ってしまったことを悪かったと反省しているのだが、溢れてくる疑問に勝てなかった。
以前の自分は、こんなにも和紀を苦しめたり悲しませることはしなかったはずだ。それを避けてきたから、和紀が「忘れろ」と言ったなら従ってきたはずなのに、今はどうしてだろう。それができない。
こんな我が儘を言う人間ではなかった…。全ては和紀が日生を甘やかしまくって、言いたいことは口にして、と教えてきたからだろうか。
何もこんなところで実践されなくてもいいのに…と、日生自身が思ってしまう。
「わ、きく…、ごめんね…。ごめんね…」
日生も和紀の胸に顔をうずめながら、どうして良いのか分からずに呟くだけだった。
和紀が傷ついたり、もしくはここで全てが終了してしまうくらいなら、知らなくていいことのはずだった。
和紀は幾度も頭を横に振りながら、掻き抱く腕の力を緩めようとしない。
「ひなが謝ることじゃない…。きちんと言わなかった俺たちが悪いんだ…」
『俺たち』とは、やはり自分以外の人間は、真実を知っていた、ということなのだろう。
しかし、まだ躊躇いを持つ和紀を肌越しに感じる。
初めて母親の存在を聞いた時も、和紀は躊躇していた。それから『いない』とだけ教えてくれた。
あの時は納得したはずなのに…。
「……俺は、ひなが親の存在を知ったら、離れていくんじゃないかって脅えてた…」
和紀がポツリと吐き出す。
心の葛藤が和紀の中で渦巻いていたことを知らされる。
親を追い掛けたことで、見捨てられるのではないかと不安になっていたのは日生も同じだった。
日生は和紀にしがみつきながら、大きくかぶりを振った。
「ないよ…っ、やだよっ、和紀くんっ」
「あぁ…」
日生がどれほど生みの親をあてにしていないかなど、長年過ごしてきた日々で承知しているだろうに。
それでも気が引かれてしまうのは、見えない血の濃さなのだろうか。
いや、自分の生い立ちをはっきりと知りたかっただけの"興味"だ。それ以上でもそれ以下でもない。
今の生活に亀裂が生じるくらいなら、闇に葬ってもらった方が良いのは決まっている。
日生がそれを伝えようとするタイミングを待たずに、和紀のほうが口を開いた。
きっと、日生の心情を汲み取ってくれたのだ。
また、日生が離れていかないことに賭けた結果か…。
「ひなの母親は生きているよ…。嘘をついて、ごめん…」
和紀の嘘は、日生を守るためだったと、はっきりと分かる。日生が必要以上に心に傷を負わないように、予防線を張った結果だった。
存在しないと知れば、追求することもないと考えたのは、考えが甘かったのかもしれない。
日生は「どこで?」とは聞けなかった。それこそが親を追いかけることに繋がってしまう。
和紀は日生が口を噤んだことで、また耐えて我慢する気持ちを感受するのか、一度額に唇を寄せた後、やはり宥めるように背を指先で叩いた。
「新しい家庭を持っている…」
胸の中に、大きな鉛が落ちてきたような衝撃が日生を襲った。
ガクガクと体が震えるのが止められない。
一目の記憶もない、自分を捨てた女性は、どこかで幸せに暮らしている、というのだろうか…。
日生を捨てたのに…。
視線の先が何を捉えて良いのか分からない愕然とした状態の日生に、和紀が力強く飛び込んでくる。
「ひなっ、ひなっ、俺がいるだろうっ!! 考えるなっ。ひなは三隅の子なんだっ。俺と一緒に幸せになるんだよっ」
鉛を融かすように心に沁みてくる和紀の言葉に、現実に向き直る。
母親が捨ててくれたから、日生は和紀と出会えて結ばれた。そう考えるべきなのだろう。
和紀が何故に脅えたのかが良く分かる。こうして日生の気が、他人の家族にそれることを危惧していた。もし逆の立場で、日生だけを見てくれた和紀が、他のことに気を取られるのは耐えられない。
今があればいいと望んだのは日生自身だ。
日生が潤んだ瞳を和紀の胸に押し付け、幾度も頷いて同意を表す。
和紀は日生に覆いかぶさるようにギュッと抱きしめてきた。
「ひな…、頼むから…」
先程の力強い口調とは裏腹に、和紀の声がどこか震えているように聞こえるのは、気のせいだろうか…。
和紀を不安にさせてはいけない…。
自分がどれほどの恩恵を受けて育てられたかを思い返せば、自分が取った行動は、恩を仇で返しているようなものだった。
「和紀くん…、ごめんね…、ごめんなさい…」
それから、「絶対に離れないから…」と誓った。
もうこれ以上、振り返ることも考えることもしないから、と、全てを洗いざらい話してくれるよう希望した。
きっと、胸につかえたままでは和紀だって苦しみ続ける。それなら、ふたりして過去を知り合い、すっきりと水に流してしまえる気がしたのだ。
和紀の真剣な眼差しを見たら、不安定だった心がひどく落ちついていった。
ただの話を聞くだけ…。
自分に降りかかった災難を聞くのではなく、他人の人生を又聞きするだけのこと…。
日生の母親が日生を生んだのは15歳の時だったそうだ。簡単にできてしまった子供は簡単に捨てることができた。
遊び盛りの女の子にとって、至極当然の行動だったようにも思えてくる。
同棲していた男、日生の父親がいたから、それも彼女に後ろめたさを持たせなかったのかもしれない。
たぶん彼女は日生を生んだ記憶すら曖昧なのかもしれない。それもまた、闇に葬った件で、思い出しもしなかったのだろう。
そして月日を経て、やっと安心できる住処を見つけることができたのだろうか。
…今が幸せなら…。
日生は自分が極上の幸せの中にいることを胸にいだき、また和紀にしがみついた。
逆に言い寄られる方が恐ろしい。
幼い頃、淋しがる日生をこうしていつも抱きしめてくれた時期があった。
でもあの頃とは違う。愛しい人とそばにいられる安堵感が漂う。
断ち切る、ことが全てだと悟ったのは一瞬だ。もし、何かの間違いで、あの女が日生を縋ってきても、日生は応じない。
和紀を守るためにも…。
そこの強みは、弁護士が引き継いでくれた。
日生に知らせられなかったように、女も日生など知らないだろう。それでいいと思う。
もしかしたら、どこかで死体として上がらなかったから、安心して忘れられたのだろうか。
もう一つ気になったのは『養父』と記された父親のことだった。
だがこちらは、尋ねた途端、和紀だけではない、部屋全体の空気が重くなるのが感じられた。抱きついた和紀の体が強張る。
息を飲んだ三良坂の息遣いまで、沈黙していた空間ではっきりと聞こえたと思った。
もしかしたら重要性があったのはこちらだったのではないか…。
血のつながりがある、と先程言葉にされたが、書類面は違っている。
日生は恐る恐る顔を上げて和紀を見やった。
苦渋に歪んだ和紀の唇は硬く結ばれたままで、苦しそうに首を振られた。
「ひな…。だめだ…。……それだけは、…答えられない……」
途切れ途切れの言葉が、殊更、重く圧し掛かってきた。
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日生は迂闊にも興味を持ってしまったことを悪かったと反省しているのだが、溢れてくる疑問に勝てなかった。
以前の自分は、こんなにも和紀を苦しめたり悲しませることはしなかったはずだ。それを避けてきたから、和紀が「忘れろ」と言ったなら従ってきたはずなのに、今はどうしてだろう。それができない。
こんな我が儘を言う人間ではなかった…。全ては和紀が日生を甘やかしまくって、言いたいことは口にして、と教えてきたからだろうか。
何もこんなところで実践されなくてもいいのに…と、日生自身が思ってしまう。
「わ、きく…、ごめんね…。ごめんね…」
日生も和紀の胸に顔をうずめながら、どうして良いのか分からずに呟くだけだった。
和紀が傷ついたり、もしくはここで全てが終了してしまうくらいなら、知らなくていいことのはずだった。
和紀は幾度も頭を横に振りながら、掻き抱く腕の力を緩めようとしない。
「ひなが謝ることじゃない…。きちんと言わなかった俺たちが悪いんだ…」
『俺たち』とは、やはり自分以外の人間は、真実を知っていた、ということなのだろう。
しかし、まだ躊躇いを持つ和紀を肌越しに感じる。
初めて母親の存在を聞いた時も、和紀は躊躇していた。それから『いない』とだけ教えてくれた。
あの時は納得したはずなのに…。
「……俺は、ひなが親の存在を知ったら、離れていくんじゃないかって脅えてた…」
和紀がポツリと吐き出す。
心の葛藤が和紀の中で渦巻いていたことを知らされる。
親を追い掛けたことで、見捨てられるのではないかと不安になっていたのは日生も同じだった。
日生は和紀にしがみつきながら、大きくかぶりを振った。
「ないよ…っ、やだよっ、和紀くんっ」
「あぁ…」
日生がどれほど生みの親をあてにしていないかなど、長年過ごしてきた日々で承知しているだろうに。
それでも気が引かれてしまうのは、見えない血の濃さなのだろうか。
いや、自分の生い立ちをはっきりと知りたかっただけの"興味"だ。それ以上でもそれ以下でもない。
今の生活に亀裂が生じるくらいなら、闇に葬ってもらった方が良いのは決まっている。
日生がそれを伝えようとするタイミングを待たずに、和紀のほうが口を開いた。
きっと、日生の心情を汲み取ってくれたのだ。
また、日生が離れていかないことに賭けた結果か…。
「ひなの母親は生きているよ…。嘘をついて、ごめん…」
和紀の嘘は、日生を守るためだったと、はっきりと分かる。日生が必要以上に心に傷を負わないように、予防線を張った結果だった。
存在しないと知れば、追求することもないと考えたのは、考えが甘かったのかもしれない。
日生は「どこで?」とは聞けなかった。それこそが親を追いかけることに繋がってしまう。
和紀は日生が口を噤んだことで、また耐えて我慢する気持ちを感受するのか、一度額に唇を寄せた後、やはり宥めるように背を指先で叩いた。
「新しい家庭を持っている…」
胸の中に、大きな鉛が落ちてきたような衝撃が日生を襲った。
ガクガクと体が震えるのが止められない。
一目の記憶もない、自分を捨てた女性は、どこかで幸せに暮らしている、というのだろうか…。
日生を捨てたのに…。
視線の先が何を捉えて良いのか分からない愕然とした状態の日生に、和紀が力強く飛び込んでくる。
「ひなっ、ひなっ、俺がいるだろうっ!! 考えるなっ。ひなは三隅の子なんだっ。俺と一緒に幸せになるんだよっ」
鉛を融かすように心に沁みてくる和紀の言葉に、現実に向き直る。
母親が捨ててくれたから、日生は和紀と出会えて結ばれた。そう考えるべきなのだろう。
和紀が何故に脅えたのかが良く分かる。こうして日生の気が、他人の家族にそれることを危惧していた。もし逆の立場で、日生だけを見てくれた和紀が、他のことに気を取られるのは耐えられない。
今があればいいと望んだのは日生自身だ。
日生が潤んだ瞳を和紀の胸に押し付け、幾度も頷いて同意を表す。
和紀は日生に覆いかぶさるようにギュッと抱きしめてきた。
「ひな…、頼むから…」
先程の力強い口調とは裏腹に、和紀の声がどこか震えているように聞こえるのは、気のせいだろうか…。
和紀を不安にさせてはいけない…。
自分がどれほどの恩恵を受けて育てられたかを思い返せば、自分が取った行動は、恩を仇で返しているようなものだった。
「和紀くん…、ごめんね…、ごめんなさい…」
それから、「絶対に離れないから…」と誓った。
もうこれ以上、振り返ることも考えることもしないから、と、全てを洗いざらい話してくれるよう希望した。
きっと、胸につかえたままでは和紀だって苦しみ続ける。それなら、ふたりして過去を知り合い、すっきりと水に流してしまえる気がしたのだ。
和紀の真剣な眼差しを見たら、不安定だった心がひどく落ちついていった。
ただの話を聞くだけ…。
自分に降りかかった災難を聞くのではなく、他人の人生を又聞きするだけのこと…。
日生の母親が日生を生んだのは15歳の時だったそうだ。簡単にできてしまった子供は簡単に捨てることができた。
遊び盛りの女の子にとって、至極当然の行動だったようにも思えてくる。
同棲していた男、日生の父親がいたから、それも彼女に後ろめたさを持たせなかったのかもしれない。
たぶん彼女は日生を生んだ記憶すら曖昧なのかもしれない。それもまた、闇に葬った件で、思い出しもしなかったのだろう。
そして月日を経て、やっと安心できる住処を見つけることができたのだろうか。
…今が幸せなら…。
日生は自分が極上の幸せの中にいることを胸にいだき、また和紀にしがみついた。
逆に言い寄られる方が恐ろしい。
幼い頃、淋しがる日生をこうしていつも抱きしめてくれた時期があった。
でもあの頃とは違う。愛しい人とそばにいられる安堵感が漂う。
断ち切る、ことが全てだと悟ったのは一瞬だ。もし、何かの間違いで、あの女が日生を縋ってきても、日生は応じない。
和紀を守るためにも…。
そこの強みは、弁護士が引き継いでくれた。
日生に知らせられなかったように、女も日生など知らないだろう。それでいいと思う。
もしかしたら、どこかで死体として上がらなかったから、安心して忘れられたのだろうか。
もう一つ気になったのは『養父』と記された父親のことだった。
だがこちらは、尋ねた途端、和紀だけではない、部屋全体の空気が重くなるのが感じられた。抱きついた和紀の体が強張る。
息を飲んだ三良坂の息遣いまで、沈黙していた空間ではっきりと聞こえたと思った。
もしかしたら重要性があったのはこちらだったのではないか…。
血のつながりがある、と先程言葉にされたが、書類面は違っている。
日生は恐る恐る顔を上げて和紀を見やった。
苦渋に歪んだ和紀の唇は硬く結ばれたままで、苦しそうに首を振られた。
「ひな…。だめだ…。……それだけは、…答えられない……」
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子供が子供を産んじゃった訳か。
じゃ、母親なんて自覚もないわね。
産んだまま捨てないだけマシか?
お父さん、本当の父親じゃなかったの?
それでも、あんなんでも育ててくれてたのか。
いや、本当の父親自体わからないのかもね。
ひなちゃんには、お兄ちゃんがずっといるよ。
清音さんも周防さんも。
だから、一人じゃないよ。ひなちゃん。
わかってるとは思うけど・・・
じゃ、母親なんて自覚もないわね。
産んだまま捨てないだけマシか?
お父さん、本当の父親じゃなかったの?
それでも、あんなんでも育ててくれてたのか。
いや、本当の父親自体わからないのかもね。
ひなちゃんには、お兄ちゃんがずっといるよ。
清音さんも周防さんも。
だから、一人じゃないよ。ひなちゃん。
わかってるとは思うけど・・・
王子の父様
こんにちは。
> 素敵なブログですね。
> また読ませて頂こうと思います。
お褒めに預かり光栄です(#^.^#)
ゆっくりのんびりしていってください。
> もし宜しければ一度だけ
> 私のブログにもお越し下さい。
>
> http://ojipapa1997.blog.fc2.com/
伺わせていただこうと思います。
コメントありがとうございました。
こんにちは。
> 素敵なブログですね。
> また読ませて頂こうと思います。
お褒めに預かり光栄です(#^.^#)
ゆっくりのんびりしていってください。
> もし宜しければ一度だけ
> 私のブログにもお越し下さい。
>
> http://ojipapa1997.blog.fc2.com/
伺わせていただこうと思います。
コメントありがとうございました。
ちー様
こんにちは。
> 子供が子供を産んじゃった訳か。
> じゃ、母親なんて自覚もないわね。
> 産んだまま捨てないだけマシか?
これで母親の謎は解けました。
男がいたから置いて行けましたね。
でなければ、公園にでも捨てていそうな人だったかも。
(犬猫じゃないんだからさ…。
そういえば和紀が、日生を初めて見た時にそんなこと言ってたっけ…)
> お父さん、本当の父親じゃなかったの?
> それでも、あんなんでも育ててくれてたのか。
> いや、本当の父親自体わからないのかもね。
本当のところはどうなんでしょうね。
でも同棲してて「あなたの子だ」って言われたらそう思っちゃうかも。
だから育てていたのだろうね。
周防のことだからDNA鑑定でもしたかな。
> ひなちゃんには、お兄ちゃんがずっといるよ。
> 清音さんも周防さんも。
> だから、一人じゃないよ。ひなちゃん。
> わかってるとは思うけど・・・
そうです。日生には日生を大事にしてくれる人が周りにいますよ~。
和紀はずーっとずーっと一緒にいてくれることでしょう。
もう、ウザったいくらいに(笑)
コメントありがとうございました。
こんにちは。
> 子供が子供を産んじゃった訳か。
> じゃ、母親なんて自覚もないわね。
> 産んだまま捨てないだけマシか?
これで母親の謎は解けました。
男がいたから置いて行けましたね。
でなければ、公園にでも捨てていそうな人だったかも。
(犬猫じゃないんだからさ…。
そういえば和紀が、日生を初めて見た時にそんなこと言ってたっけ…)
> お父さん、本当の父親じゃなかったの?
> それでも、あんなんでも育ててくれてたのか。
> いや、本当の父親自体わからないのかもね。
本当のところはどうなんでしょうね。
でも同棲してて「あなたの子だ」って言われたらそう思っちゃうかも。
だから育てていたのだろうね。
周防のことだからDNA鑑定でもしたかな。
> ひなちゃんには、お兄ちゃんがずっといるよ。
> 清音さんも周防さんも。
> だから、一人じゃないよ。ひなちゃん。
> わかってるとは思うけど・・・
そうです。日生には日生を大事にしてくれる人が周りにいますよ~。
和紀はずーっとずーっと一緒にいてくれることでしょう。
もう、ウザったいくらいに(笑)
コメントありがとうございました。
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