偶然と言っていい再会は、一葉が勤める店だった。
食事まで提供してくれるという店は休日の虎太郎にとって寄り添いたくなる空間になっている。
一人暮らしだと、どうしても自炊は限界があったし、孤独感を生む。
ここに来れば迎えてくれる人の温かさがあって、いつしか、心の許せる場所へと変わっていた。
一葉のはからいなのか、遠慮したくなるくらいの破格の値段で食事が用意された。
だけど他の客を見ても、聞かれる金額はほとんど変わらないようだ。
提供される数々を専門店で食したなら桁が変わっているのではないかとまで思わせてくれる料理だというのに。
オーナーが良心的なのだろうか。
『リーズナブル』…その言葉はこの店の為にあるようだった。
メニューに表記されたものだけではなく、栄養バランスを考えた配膳には頭が下がる。
押し付けることなく好みまで聞いてくれる心遣いは感心させられるだけだ。
休日の昼前、遅い朝食というか早い昼食というか、つまりブランチを食べ尽して一葉が淹れてくれたコーヒーをすすっていると、見たことのある男が入ってきた。
ブラウンの細いストライプ模様の入ったシャツの上に、軽くジャケットを羽織った姿は、以前見かけた時よりもずっと若そうだった。
入ってきた男も虎太郎の姿を認めた。
「あ…」
カウンターに座った虎太郎に気付いた彼から、小さな驚きが漏れる。
恵亮のようにあからさまな反応を見せないのは、歳からの落ち着きなのだろうか。
「以前、お会いしましたね」
にこやかにほほ笑んだ男は、「お隣いいですか?」と虎太郎の隣のスツールを指差した。
一人での来店なのだとさりげなく告げられた。
顔を覚えていてくれたことは虎太郎にとっても嬉しいことだった。
営業という職業だったら、『覚えよう』という意識が働くのかもしれないが…。
ともなると、相手の男もそんな職業なのだろうか。
「今日はおやすみなんですか?」
私服姿でこんな時間にのんびりとしていれば、聞かれて当然のことである。
他愛のない話題に「えぇ」と小さく声が漏れる。
「花園さんは?」
変わりに聞き返すと驚いたと目をぱちくりされた。
「名前、覚えていてくれたんですか?…えーと、すみません…」
「あ、竹島です」
驚きの後の戸惑いに、彼が何を聞きたがっているのかすぐに判断出来た。
「竹島さん…。失礼しました」
「いえ、サービスの人間の名前なんて知らなくて当然ですから」
軽く頭を下げた彼に恐縮して両手をぶんぶん振った。
ニコニコと愛想の良い笑みを浮かべた彼には、人当たりの良さをまた感じてしまう。
『兄』という立場がそう形成するんだろうか…。
「私も今日は休みなんです。恵亮がこのお店を教えてくれて、良く来るんですよ」
「そうなんですか。じゃあ一葉君つながり…なんだぁ」
カウンターの中にいる一葉にチラリと視線を投げるとすでに知った人間のようで、一葉も軽く会釈をしていた。
まぁ、販売で恵亮と会っているのだから、その家族と面識があってもなんら不思議はない。
「竹島さん、何を飲まれているんですか?」
食後のコーヒーと言って出されたものは一葉のお薦めで、尋ねられたところで答えられる知識もない。
「えと…」
頭をポリポリかきながら一葉に救いの手を求めると、「キリマンジャロです」とあっさり返ってきた。
「じゃあ俺もそれ貰おう。一葉君、ちょっと濃い目に淹れてくれるかな?」
「はい」
親しさの違いは当然なのだが、虎太郎に向けられる畏まった態度と、一葉に語りかける口調は異なる。
もともと堅苦しい語り口調に慣れていないだけに、自分にも気を抜いてほしいと願うものがあった。
年上の磯部に対してだって謙虚な姿勢など滅多に見せなくなった昨今である。
「竹島さんの『お休み』って交代制になるんですか?」
他人行儀な会話に戻ってしまった彼を残念に思いながら、小さく頷く。
立場上尊大な態度に出られるわけもない。
「一応定休日はあるんですけれど、その他は交代で。でも希望日を休みにしてくれたりするので融通が利く方だと思ってますよ」
「そうですね。決められていないところはいい。…失礼ですけれど、竹島さんっておいくつなんですか?」
「え?」
「あ、と…、すみません。なんだか、同じ年くらいかな…と思ったから…。でもこの前見た時と雰囲気が違うし」
「あっ!!俺も思いましたよ~」
突然の問いに戸惑いはしたが、率直に告げられることに虎太郎も同意を示した。
感じていたことが同じことだったのだと知れば尚のこと、親近感がわく。
「花園さん、すごくしっかりしてそうなのに、でも見た目若いし」
「若くは…。自分から言うべきですよね。29歳になります」
「やっぱり年下だったのか…。あー、俺30歳。もう大台」
畏まった態度はどこへ…と消えてしまった虎太郎だった。
それ以上にプライベートに触れられることが心地よくもある。
「上?!…見えなかった…」
「え?それって…」
再び目を見開いた花園に、虎太郎はどう思われていたのかと疑問が浮かぶ。
頼りないと見受けられるのだろうか…。
「ふたりして若く見られるっていいじゃないですか~。ショウちゃんなんて俺と同い年なのに、すっかり貫禄付いてるし」
目の前で花園のコーヒーを淹れていた一葉が話に加わってくる。
『ショウちゃん』と呼ばれた男が一葉の隣で苦笑していた。
…ゲッ、この男こそ自分と変わらないと思っていたのに、一葉君と同い年とは…。
『ふたりして若く見られる』ことがいいことなのかどうかは別として。
お互いを年下と思いこんでいたことは笑いのネタになった。
そしてすっかり打ち解けてしまったのである。
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食事まで提供してくれるという店は休日の虎太郎にとって寄り添いたくなる空間になっている。
一人暮らしだと、どうしても自炊は限界があったし、孤独感を生む。
ここに来れば迎えてくれる人の温かさがあって、いつしか、心の許せる場所へと変わっていた。
一葉のはからいなのか、遠慮したくなるくらいの破格の値段で食事が用意された。
だけど他の客を見ても、聞かれる金額はほとんど変わらないようだ。
提供される数々を専門店で食したなら桁が変わっているのではないかとまで思わせてくれる料理だというのに。
オーナーが良心的なのだろうか。
『リーズナブル』…その言葉はこの店の為にあるようだった。
メニューに表記されたものだけではなく、栄養バランスを考えた配膳には頭が下がる。
押し付けることなく好みまで聞いてくれる心遣いは感心させられるだけだ。
休日の昼前、遅い朝食というか早い昼食というか、つまりブランチを食べ尽して一葉が淹れてくれたコーヒーをすすっていると、見たことのある男が入ってきた。
ブラウンの細いストライプ模様の入ったシャツの上に、軽くジャケットを羽織った姿は、以前見かけた時よりもずっと若そうだった。
入ってきた男も虎太郎の姿を認めた。
「あ…」
カウンターに座った虎太郎に気付いた彼から、小さな驚きが漏れる。
恵亮のようにあからさまな反応を見せないのは、歳からの落ち着きなのだろうか。
「以前、お会いしましたね」
にこやかにほほ笑んだ男は、「お隣いいですか?」と虎太郎の隣のスツールを指差した。
一人での来店なのだとさりげなく告げられた。
顔を覚えていてくれたことは虎太郎にとっても嬉しいことだった。
営業という職業だったら、『覚えよう』という意識が働くのかもしれないが…。
ともなると、相手の男もそんな職業なのだろうか。
「今日はおやすみなんですか?」
私服姿でこんな時間にのんびりとしていれば、聞かれて当然のことである。
他愛のない話題に「えぇ」と小さく声が漏れる。
「花園さんは?」
変わりに聞き返すと驚いたと目をぱちくりされた。
「名前、覚えていてくれたんですか?…えーと、すみません…」
「あ、竹島です」
驚きの後の戸惑いに、彼が何を聞きたがっているのかすぐに判断出来た。
「竹島さん…。失礼しました」
「いえ、サービスの人間の名前なんて知らなくて当然ですから」
軽く頭を下げた彼に恐縮して両手をぶんぶん振った。
ニコニコと愛想の良い笑みを浮かべた彼には、人当たりの良さをまた感じてしまう。
『兄』という立場がそう形成するんだろうか…。
「私も今日は休みなんです。恵亮がこのお店を教えてくれて、良く来るんですよ」
「そうなんですか。じゃあ一葉君つながり…なんだぁ」
カウンターの中にいる一葉にチラリと視線を投げるとすでに知った人間のようで、一葉も軽く会釈をしていた。
まぁ、販売で恵亮と会っているのだから、その家族と面識があってもなんら不思議はない。
「竹島さん、何を飲まれているんですか?」
食後のコーヒーと言って出されたものは一葉のお薦めで、尋ねられたところで答えられる知識もない。
「えと…」
頭をポリポリかきながら一葉に救いの手を求めると、「キリマンジャロです」とあっさり返ってきた。
「じゃあ俺もそれ貰おう。一葉君、ちょっと濃い目に淹れてくれるかな?」
「はい」
親しさの違いは当然なのだが、虎太郎に向けられる畏まった態度と、一葉に語りかける口調は異なる。
もともと堅苦しい語り口調に慣れていないだけに、自分にも気を抜いてほしいと願うものがあった。
年上の磯部に対してだって謙虚な姿勢など滅多に見せなくなった昨今である。
「竹島さんの『お休み』って交代制になるんですか?」
他人行儀な会話に戻ってしまった彼を残念に思いながら、小さく頷く。
立場上尊大な態度に出られるわけもない。
「一応定休日はあるんですけれど、その他は交代で。でも希望日を休みにしてくれたりするので融通が利く方だと思ってますよ」
「そうですね。決められていないところはいい。…失礼ですけれど、竹島さんっておいくつなんですか?」
「え?」
「あ、と…、すみません。なんだか、同じ年くらいかな…と思ったから…。でもこの前見た時と雰囲気が違うし」
「あっ!!俺も思いましたよ~」
突然の問いに戸惑いはしたが、率直に告げられることに虎太郎も同意を示した。
感じていたことが同じことだったのだと知れば尚のこと、親近感がわく。
「花園さん、すごくしっかりしてそうなのに、でも見た目若いし」
「若くは…。自分から言うべきですよね。29歳になります」
「やっぱり年下だったのか…。あー、俺30歳。もう大台」
畏まった態度はどこへ…と消えてしまった虎太郎だった。
それ以上にプライベートに触れられることが心地よくもある。
「上?!…見えなかった…」
「え?それって…」
再び目を見開いた花園に、虎太郎はどう思われていたのかと疑問が浮かぶ。
頼りないと見受けられるのだろうか…。
「ふたりして若く見られるっていいじゃないですか~。ショウちゃんなんて俺と同い年なのに、すっかり貫禄付いてるし」
目の前で花園のコーヒーを淹れていた一葉が話に加わってくる。
『ショウちゃん』と呼ばれた男が一葉の隣で苦笑していた。
…ゲッ、この男こそ自分と変わらないと思っていたのに、一葉君と同い年とは…。
『ふたりして若く見られる』ことがいいことなのかどうかは別として。
お互いを年下と思いこんでいたことは笑いのネタになった。
そしてすっかり打ち解けてしまったのである。
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虎太郎の相手が 花園兄弟のどっちか?と、悩んでましたが、どうやら・・・
私が 落ち込んでいる間にも 時は進んでますもんね!
今出来ることが 少しでも やって行こうと 思い直しました!
きえ様、更新をありがとう♪(^^)ゞbyebye☆
私が 落ち込んでいる間にも 時は進んでますもんね!
今出来ることが 少しでも やって行こうと 思い直しました!
きえ様、更新をありがとう♪(^^)ゞbyebye☆
s様
こんにちは~。
>お兄さんとの再会ですね。お互いが年下と思っていたなんて、気にしている?気になっているってことかな(^^ゞ。一葉の反応も気になるな~
二人とも見た目は若いってことですな。
再会したことで余計に気になったんでしょう。
人見知りするような性格の虎太郎でもないし。
一葉は今回は脇役です(いつも脇役か?!)
でも二人が出会うきっかけくらいにはなったということで…。
コメントありがとうございました。
こんにちは~。
>お兄さんとの再会ですね。お互いが年下と思っていたなんて、気にしている?気になっているってことかな(^^ゞ。一葉の反応も気になるな~
二人とも見た目は若いってことですな。
再会したことで余計に気になったんでしょう。
人見知りするような性格の虎太郎でもないし。
一葉は今回は脇役です(いつも脇役か?!)
でも二人が出会うきっかけくらいにはなったということで…。
コメントありがとうございました。
けいったん様
こんにちは。
> 虎太郎の相手が 花園兄弟のどっちか?と、悩んでましたが、どうやら・・・
恵亮だと歳が離れすぎかな―と思ってました。
それに虎太郎の性格では振り回されるだけのような気がして…。
> 私が 落ち込んでいる間にも 時は進んでますもんね!
> 今出来ることが 少しでも やって行こうと 思い直しました!
> きえ様、更新をありがとう♪(^^)ゞbyebye☆
いまできることから…。
そうなんですよ。
うなだれていても仕方がないんです。
ゆっくりではありますが、更新を続けて行こうと思います。
コメントありがとうございました。
こんにちは。
> 虎太郎の相手が 花園兄弟のどっちか?と、悩んでましたが、どうやら・・・
恵亮だと歳が離れすぎかな―と思ってました。
それに虎太郎の性格では振り回されるだけのような気がして…。
> 私が 落ち込んでいる間にも 時は進んでますもんね!
> 今出来ることが 少しでも やって行こうと 思い直しました!
> きえ様、更新をありがとう♪(^^)ゞbyebye☆
いまできることから…。
そうなんですよ。
うなだれていても仕方がないんです。
ゆっくりではありますが、更新を続けて行こうと思います。
コメントありがとうございました。
虎太ちゃん、頼りなく見られてたんだ(´゚艸゚)∴ブッ
でも、年も近いって分かってから いい感じになってきたかな?( ´艸`)ムププ
一葉。。。
日野っちに子守りして貰えなくなるよ( *´ノェ`)コチョーリ
(・艸・`; ぁ…そんな事したら保護者に怒られるか(爆)
でも、年も近いって分かってから いい感じになってきたかな?( ´艸`)ムププ
一葉。。。
日野っちに子守りして貰えなくなるよ( *´ノェ`)コチョーリ
(・艸・`; ぁ…そんな事したら保護者に怒られるか(爆)
らぅら様
おはようございます。
> 虎太ちゃん、頼りなく見られてたんだ(´゚艸゚)∴ブッ
> でも、年も近いって分かってから いい感じになってきたかな?( ´艸`)ムププ
頼りなく…というか、可愛い系というか…、なイメージだったんでしょうか。
詳しい描写を書かずに来たので、イメージぶっ壊れていないかなと不安です(汗)
二人の仲が近づいてきましたかね。
> 一葉。。。
> 日野っちに子守りして貰えなくなるよ( *´ノェ`)コチョーリ
> (・艸・`; ぁ…そんな事したら保護者に怒られるか(爆)
一葉も昔のオドオドとは変わってきましたか。
充実した日々の賜物なのでしょう。
日野っち、なに言われても大きな懐で…。(たぶん本人も認めている…)
コメントありがとうございました。
おはようございます。
> 虎太ちゃん、頼りなく見られてたんだ(´゚艸゚)∴ブッ
> でも、年も近いって分かってから いい感じになってきたかな?( ´艸`)ムププ
頼りなく…というか、可愛い系というか…、なイメージだったんでしょうか。
詳しい描写を書かずに来たので、イメージぶっ壊れていないかなと不安です(汗)
二人の仲が近づいてきましたかね。
> 一葉。。。
> 日野っちに子守りして貰えなくなるよ( *´ノェ`)コチョーリ
> (・艸・`; ぁ…そんな事したら保護者に怒られるか(爆)
一葉も昔のオドオドとは変わってきましたか。
充実した日々の賜物なのでしょう。
日野っち、なに言われても大きな懐で…。(たぶん本人も認めている…)
コメントありがとうございました。
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