「望(のぞむ)?」
夕方のまだ早い時間。
病院を経営する栗本佳史(くりもとよしふみ)の自宅に明りが灯ったことで、誰が来たのかと確認の意味を込めて玄関ドアが開かれた。
望に自由に出入りする権限を与えてくれた人は、分かっていてもその存在を自分の目でみたいのだろうか。
白衣を着たまま、まだ仕事中なのだと伺わせる格好で、キッチンに立つ譲原望(ゆずはらのぞむ)の脇に寄ってくる。
今年のクリスマスイブは祝日もあって連休だったのだが、急患が入ったため、佳史は医院の方に詰めていた。
その連絡を受けて、共に過ごせないと分かっていても、何故か来てしまった望だったのだ。
顔を見るだけでもいい…。
キッチンでチキンの煮込みと温野菜のサラダを用意していた時だった。
消毒の匂いがついたままの姿では、佳史は寄りたがらないけれど…。
現れてくれた人には喜びも生まれるのだろう。
「患者さん、入院まではならないから。もう少し様子見て帰せるよ」
「咳き込んでいるとか?」
もともと外科医なのだが、佳史の分野はいつかしか変わって、何でも診られる地元の医者になっていた。
子供の風邪から年寄りの腰痛まで。
頼りがいがある、といえるもの。
望を見守ってきてくれた精神の強さも、ここにあるのだろうか。
そっと寄った佳史は軽く唇を合わせるに留めて離れていった。
38歳というこの歳になって、ベタベタといちゃつきたい思いもない。
ただ、空気のように、自然と隣にいてくれることが温かみを増してくる。
その”存在”が、単純に嬉しいものになるのだった。
「佳史、お風呂、沸かしておくよ…」
自分にできることは何だろう。
過去のことを振り返っても、できるだけのことをしてあげたくて気持ちが溢れた。
「あぁ、ありがとう。…明日は休みにしているんだけれど…」
『振替休日』の看板を飾っていたとしても…。
突然の患者を決して見放しはしない優しさを持っていた。
その人情味にも惹かれるものがあるのだろう。
人の幸せというものを考えてくれる人…。
望も『離婚』という人生の節目に付き合うところは多々ある。
新しい人生を見る点では、お互いに似た状況なのだろうか。
ただ、佳史が抱えるものは”命”という、あまりにも大きいものなのだけれど。
生と死を常に見つめる存在だからこそ、僅かな時間でもそばにいられることに悦びが増していく。
一緒に過ごせることを、大事さを教えられたのかもしれない。
望の我が儘をずっと許してくれた。
佳史が診る全てを、自分も容認していきたいと思う。
クリスマスというこの季節を、一緒に過ごせるか過ごせないかなんて、ちっぽけでどうでもいい話のような気がした。
そばにいる。温もりが感じられる。
この近さがあればいい。
温かなチキンとシチューを前に、他愛もない話で笑った。
「望…」と語りかけられて幸せを感じて…。
「佳史…」と返して、呼べる相手がいることにホッと吐息が混じる。
ふたりで一緒に食器を洗って…。
ふたりで一緒にベッドに入って…。
肌を重ね合わせて、年輪のようなものを感じた。
深く深く刻み込まれるもの。
長くて苦しい時があったかもしれないが、今は与えられた皺までも嬉しい。
決して醜くはならない、綺麗なものだった。
一緒に時を重ねていこう。
“サンタクロース”はここにいるよ…。
囁きが現実のものとなって、二人を覆ってくれた。
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300000hit様 間もなくですね。
リク、募集しますよ~。
夕方のまだ早い時間。
病院を経営する栗本佳史(くりもとよしふみ)の自宅に明りが灯ったことで、誰が来たのかと確認の意味を込めて玄関ドアが開かれた。
望に自由に出入りする権限を与えてくれた人は、分かっていてもその存在を自分の目でみたいのだろうか。
白衣を着たまま、まだ仕事中なのだと伺わせる格好で、キッチンに立つ譲原望(ゆずはらのぞむ)の脇に寄ってくる。
今年のクリスマスイブは祝日もあって連休だったのだが、急患が入ったため、佳史は医院の方に詰めていた。
その連絡を受けて、共に過ごせないと分かっていても、何故か来てしまった望だったのだ。
顔を見るだけでもいい…。
キッチンでチキンの煮込みと温野菜のサラダを用意していた時だった。
消毒の匂いがついたままの姿では、佳史は寄りたがらないけれど…。
現れてくれた人には喜びも生まれるのだろう。
「患者さん、入院まではならないから。もう少し様子見て帰せるよ」
「咳き込んでいるとか?」
もともと外科医なのだが、佳史の分野はいつかしか変わって、何でも診られる地元の医者になっていた。
子供の風邪から年寄りの腰痛まで。
頼りがいがある、といえるもの。
望を見守ってきてくれた精神の強さも、ここにあるのだろうか。
そっと寄った佳史は軽く唇を合わせるに留めて離れていった。
38歳というこの歳になって、ベタベタといちゃつきたい思いもない。
ただ、空気のように、自然と隣にいてくれることが温かみを増してくる。
その”存在”が、単純に嬉しいものになるのだった。
「佳史、お風呂、沸かしておくよ…」
自分にできることは何だろう。
過去のことを振り返っても、できるだけのことをしてあげたくて気持ちが溢れた。
「あぁ、ありがとう。…明日は休みにしているんだけれど…」
『振替休日』の看板を飾っていたとしても…。
突然の患者を決して見放しはしない優しさを持っていた。
その人情味にも惹かれるものがあるのだろう。
人の幸せというものを考えてくれる人…。
望も『離婚』という人生の節目に付き合うところは多々ある。
新しい人生を見る点では、お互いに似た状況なのだろうか。
ただ、佳史が抱えるものは”命”という、あまりにも大きいものなのだけれど。
生と死を常に見つめる存在だからこそ、僅かな時間でもそばにいられることに悦びが増していく。
一緒に過ごせることを、大事さを教えられたのかもしれない。
望の我が儘をずっと許してくれた。
佳史が診る全てを、自分も容認していきたいと思う。
クリスマスというこの季節を、一緒に過ごせるか過ごせないかなんて、ちっぽけでどうでもいい話のような気がした。
そばにいる。温もりが感じられる。
この近さがあればいい。
温かなチキンとシチューを前に、他愛もない話で笑った。
「望…」と語りかけられて幸せを感じて…。
「佳史…」と返して、呼べる相手がいることにホッと吐息が混じる。
ふたりで一緒に食器を洗って…。
ふたりで一緒にベッドに入って…。
肌を重ね合わせて、年輪のようなものを感じた。
深く深く刻み込まれるもの。
長くて苦しい時があったかもしれないが、今は与えられた皺までも嬉しい。
決して醜くはならない、綺麗なものだった。
一緒に時を重ねていこう。
“サンタクロース”はここにいるよ…。
囁きが現実のものとなって、二人を覆ってくれた。
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忙しい合間をぬって、温泉旅行に出かけた。
地元ではすでに葉桜になり始めていたが、温泉地の方は今が見頃だ。
旅館の人が、夕食の後に、希望者を募って、近場のライトアップされた桜の名所に連れていってくれるという。
マイクロバスに乗れる人は先着順ではあったが、人数が多ければ、時間ごとに区切って往復してくれるらしい。
チェックインの時にその話を聞いては、今日が穏やかな天気だったこともあったし、佳史と望は目配せだけで気持ちを汲み取っていた。
『せっかくだから 行こうよ』
特にこれといって予定もない一夜。
夕食前に一風呂浴びて、客室まで運ばれるたくさんの料理をたいらげた。
全てを整えて料理の説明をして、それ以降は呼ばれない限り部屋に来ない、ふたりきりの時間は、いつもと違ってまた居心地がいい。
望「ちょっと食べ過ぎちゃったかな」
佳史「このあと、散歩に行くんだからいいじゃない」
望「どんなところかな。パンフレットはもらったけれど」
テーブルの端に置きっぱなしにしておいた一枚の紙をぴらっと取り上げる。
城跡なのだとは聞いていたが、ピンとはこなかった。
佳史「百聞は一見にしかず。行ってみればいいよ」
あれこれ想像しても仕方がないと、佳史は望の思考を止めた。
間もなく集合時間になるだろう。
「望、外は冷えるから温かい恰好していくんだよ。風邪ひかないように」
「散策時間、一時間くらいだっけ?」
「そう広くないから先にバスに戻ってもいいとも言ってたね」
今日は一台のバスで済む参加者だと、先ほど教えてもらったので、バスはずっと待機しているそうだ。
浴衣の上にコートを羽織るという、チグハグな格好になっていたが、家族連れのお父さんも同じような姿で笑みがこぼれてしまった。
辿りついた場所は一つの櫓を残しただけのところで、堀がぐるりと囲っている。
その周りをずっと桜の木が連なっていた。
昼間とは違う風景。
しっとりとした雰囲気に、思わず『引き込まれる』という表現がぴったりだろう。
夜で、人は少ないのだろうが、見学に来る人はそれなりにいる。
それでも、自然と寄りそって歩いていておかしくない空間に出会う。
普段、こんなふうに、外で歩くことなんてないからなのか・・・。
さえちゃんが写真を撮ってきてくれました。お持ち帰り厳禁です。
「綺麗だね・・・」
見上げては、どちらからともなく吐き出されたつぶやきに、指先が触れあった。
誰もが桜に見惚れている。
スッとかすめるように、佳史は望の唇に自分のものを当てていた。
『樹の年輪のように、年を重ねよう』・・・
部屋に戻ると、敷かれた布団と、テーブルには食後のデザートが用意されていた。
帰ってくる時間に合わせて、持ってきてくれたのだろう。
プレートは、充分なほど冷たい。
これもさえちゃんが撮ってきてくれました。美味しそうだけど持って帰ってはいけません。
「なんだか、"甘い夜"だな」
クスリと佳史が笑って、望も連れられて頬を緩ませた。
「また、お風呂、入りに行こう」
望はそっと誘う。
そして今度は、望から佳史の唇を奪っていた。
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地元ではすでに葉桜になり始めていたが、温泉地の方は今が見頃だ。
旅館の人が、夕食の後に、希望者を募って、近場のライトアップされた桜の名所に連れていってくれるという。
マイクロバスに乗れる人は先着順ではあったが、人数が多ければ、時間ごとに区切って往復してくれるらしい。
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特にこれといって予定もない一夜。
夕食前に一風呂浴びて、客室まで運ばれるたくさんの料理をたいらげた。
全てを整えて料理の説明をして、それ以降は呼ばれない限り部屋に来ない、ふたりきりの時間は、いつもと違ってまた居心地がいい。
望「ちょっと食べ過ぎちゃったかな」
佳史「このあと、散歩に行くんだからいいじゃない」
望「どんなところかな。パンフレットはもらったけれど」
テーブルの端に置きっぱなしにしておいた一枚の紙をぴらっと取り上げる。
城跡なのだとは聞いていたが、ピンとはこなかった。
佳史「百聞は一見にしかず。行ってみればいいよ」
あれこれ想像しても仕方がないと、佳史は望の思考を止めた。
間もなく集合時間になるだろう。
「望、外は冷えるから温かい恰好していくんだよ。風邪ひかないように」
「散策時間、一時間くらいだっけ?」
「そう広くないから先にバスに戻ってもいいとも言ってたね」
今日は一台のバスで済む参加者だと、先ほど教えてもらったので、バスはずっと待機しているそうだ。
浴衣の上にコートを羽織るという、チグハグな格好になっていたが、家族連れのお父さんも同じような姿で笑みがこぼれてしまった。
辿りついた場所は一つの櫓を残しただけのところで、堀がぐるりと囲っている。
その周りをずっと桜の木が連なっていた。
昼間とは違う風景。
しっとりとした雰囲気に、思わず『引き込まれる』という表現がぴったりだろう。
夜で、人は少ないのだろうが、見学に来る人はそれなりにいる。
それでも、自然と寄りそって歩いていておかしくない空間に出会う。
普段、こんなふうに、外で歩くことなんてないからなのか・・・。
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「綺麗だね・・・」
見上げては、どちらからともなく吐き出されたつぶやきに、指先が触れあった。
誰もが桜に見惚れている。
スッとかすめるように、佳史は望の唇に自分のものを当てていた。
『樹の年輪のように、年を重ねよう』・・・
部屋に戻ると、敷かれた布団と、テーブルには食後のデザートが用意されていた。
帰ってくる時間に合わせて、持ってきてくれたのだろう。
プレートは、充分なほど冷たい。
これもさえちゃんが撮ってきてくれました。美味しそうだけど持って帰ってはいけません。
「なんだか、"甘い夜"だな」
クスリと佳史が笑って、望も連れられて頬を緩ませた。
「また、お風呂、入りに行こう」
望はそっと誘う。
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