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BLの丘
ただそこにいて 1
2011-08-26-Fri  CATEGORY: ただそこにいて
半導体の製造工場で働く宍道俊輔(しんじ しゅんすけ)は突然工場内で倒れた。
間もなく終業時間という頃、顔を赤くした俊輔がボーッとした様子で、床にしゃがみこんだ。
それを近くで見ていた同僚の仁多吉賀(にた よしか)に支えられる。
「俊輔?!」
「あ、ごめ…。なんか熱くて…」
俊輔に触れた吉賀が驚いて声を荒げた。
「ばかっ!おまえ、すげー熱じゃんっ」
しゃがみこんで朦朧とした様子の俊輔の回りに、わらわらと人が集まってきた。
「班長!俊輔、風邪みたいっ。熱、すげーのっ」
「医務室に運んでやれ。ここはいいから」
さすがに現場に病人を放っておくほど無情な職場でもない。
小柄な俊輔は、部品の箱でも担がれるかのように、ひょいっと吉賀の肩にあげられた。文句を言いたくてもその気力すらなかった。
同じ年でありながら、吉賀はなにかと人の面倒を見てくれる温かみがあった。力仕事で頼りにする部分も大きい。
精神的な面でも体からにじみ出るようなおおらかさを兼ね備えている。
幾つかに分かれる労働班内で、班長も一目置く信頼がある。
誰でも分け隔てなく構ってくれる性格は、上司に対しても打ち解けた言葉使いであり、また嫌悪されない不思議な魅力を発している。
その優しさに触れるたび、俊輔の恋心は大きくなっていった。包み込んでくれるような人の良さに惹かれてどれくらいだろう。
こんなふうに心配されるのも、悪いと思いながら心地良く感じていたのだ。

広大な工場の敷地内に医務室はある。
ちょっとした怪我からメンタル面も見てくれるのは、社員にとってありがたいことだった。
工場で働くほとんどの独身人間は社員寮で暮らしていた。
そんな人間にとって気分転換にもなる場所で、俊輔も何度か来たことがある。
雑談にまで付き合ってくれる医師の津和野知名(つわの ちな)は、癒し(というか、友人並み?の気安さを持つ)の存在として人気を集めていた。
体力勝負、と良く冗談で口にするが、それを裏付けるように鍛えられた体躯をしている。下ネタまで平然と口にする姿は赤面することもあるが教えられることも多かった。
30代も半ばの世間慣れしているところも親しみやすい理由なのか。変に隠さないところが良い…という話だ…。
少しばかり髪の色を抜き、茶色く染めているのも若々しさといい加減さ(?)を醸し出していた。

高校を卒業してすぐに働き出した俊輔にとって、津和野は良き兄貴といった感じだった。
勤め始めて5年。入社した時にはすでに津和野は勤務医としてここにいた。
社員数が多い、工場の人間なんて全部なんか覚えていないのだろうが、華奢な体つきが印象に残っているのか、俊輔の名前は知られている。
「津和野センセー、俊輔、熱出してるんだけど~」
医務室のドアを盛大に開けた吉賀は狭い室内のベッドがある場所に俊輔を下ろす。
すでに見知った部屋内だけに、躊躇いも何もない。

「熱?いつから?」
「分かんない。さっき、いきなり倒れてさ~」
答えるのも億劫な俊輔の代わりに吉賀が津和野と会話を進めていた。
燃えさかるような体が熱くて喉がカラカラだ。
吉賀に寝かされたベッドの脇に津和野が立ってくる。触診だけでも状況は理解できる津和野は一瞬にして眉間を寄せた。
「だいぶ熱があるね」
「俊輔のやつ、何もいわね―んだもん。体調悪いなら悪いって一言いえばいいのに」
「この子も頑張り屋さんだからね」
吉賀が愚痴るのを宥めるように津和野は苦笑いを浮かべる。
どんな状況であれ、責めないのは彼の優しさと言うべきなのだろうか。
制服でもあるユニフォームは前ファスナーの上下分かれたタイプのものだ。
津和野は胸元のファスナーを一気に下ろすと、アンダーシャツに染みる汗の具合を確かめる。
「このままじゃ体が冷えるだけだな」
「着替え?俺、寮行って持ってこようか?」
社員寮は8畳一間の全て同じ作りではあるが、住人がいないのに勝手に入るわけにもいかない。
この場合、吉賀の衣類を持ってこようという話なのだろう。
そこまでされることの親切心に余計に胸が熱くなっていく。
「だいじょ…、俺、帰るから…」
だからって甘えるわけにもいかない。ない気力を振り絞って声をあげると、目の前の二人が揃って溜め息と声を上げる。
「もう少し様子を診させて」
「この状態で一人でどうするつもりだよ」
優しいのが嬉しくて、気弱な心にスーと染み込んでくる。じんわりと眦が涙で濡れた。
誰にでも同じように振舞われる態度を知るから、特別じゃないと自分に言い聞かせるのに、浸食してくるものがある。
一人淋しく暮らす日々だから余計…。
吉賀と同じ班になれたことは、最大の幸せであり、最大の不幸でもあった。

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いつものように見切り発車…。
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ただそこにいて 2
2011-08-27-Sat  CATEGORY: ただそこにいて
同じ社員とはいえ、班が違うと面識はあってもなかなか話す機会がない。
上司同士は色々な機会で話すこともあるようだが、単純作業を続ける俊輔たちには、早々交流の場もなかった。
たまに行われる飲みの席などで、違う班の人間を知ったり、人事異動で人が入れ変わって、新しい人物を紹介される。
あとは社内報などで、写真だけの人を知った。
身近にいる班の中の人間とはいやでも親しくなるし、そんな中で吉賀の存在は特質だった。俊輔が勝手に思っていることも過分にあるけれど…。
職場と寮の往復。それがここで働く人間のほとんどの生活パターン。
人のことなんて気にしなくていいはずなのに、吉賀は色々な人とマメに会話をする。
そこも彼の人間性が表れていた。
突き放されていたら、感情もない淡々とした日常と諦められたのかもしれない。でも、それをさせてくれない吉賀がいる。
放っておいてほしい時ですら、こうして何かと手をかけてくれようとする。
吉賀の人の良さは、こんなときほど良く見えて、気付かされた。
同じ班で、理解しているからこそ、嬉しくも悲しくもなることにもなる。
決して上辺だけではない。本心から心配されていること。

「座薬が一番早いかな」
津和野はぐったりとした俊輔を見下ろしてくる。
何やら薬を考えているらしいが、その詳しい内容までは今の俊輔に把握などできない。
「ん…」
とにかく楽になりたい気持ちがあった。だから曖昧な返事になってしまったのだろうか。
認めたともいえる台詞を吐いた後では否定のしようもなかったのだけれど…。
いきなりユニフォームの下衣を引き下ろされては拒絶の言葉が室内に響き渡る。
「な――っっっ?!」
横向きに寝転がされて臀部は剥き出しだ。
おおっぴろげに晒されているわけではないが、自分でも見えない場所が他人の目に触れるのは問題だ。
熱も吹き飛ぶ。
ましてや…、吉賀がそこにいる…。
せめて治療行為に第三者を遠ざけてほしいと思うのは我が儘なのだろうか…。
性急な行為には、早く直してやりたい気持ちも伝わってくる。休むほど給料は減る。無理をして立ち尽くした俊輔の意思まで汲み取っているかのようだ。

高卒で働きだした俊輔には、仕送りをしている母と妹がいた。
母はパートで働いてはいるものの、安定した収入があるわけでもない。妹はまだ中学生だ。せめて自分が出たように、高校だけは出してやりたかった。
父は…、行方が知れなくなって何年も過ぎる。暴力団関係の借金を残していかなかったことだけ、感謝した。
同じように働く人の中に、自分の身柄も何もかもを拘束された人がいることを知って身震いをした。
逃げ出すこともできない人がこの工場にはいる。自由も給料も本人には与えられない。彼らよりはずっと幸せだと感じさせられた。
家庭環境を言いふらしているわけではないが、自然と吉賀と津和野は知っている。
だからこそ、一日でも無駄にできないことも…。
そして、こんな身で吉賀に思いなど言えないと、俊輔は根底から諦めていた。

「大人しくしてっ!薬を入れたら終わるからっ!!」
はっきりとした津和野の物言いに返す言葉も見当たらない。津和野にとってはただの医療行為にしか値しない。
双丘を指で割られる感触と、小さな異物が入り込んでくる痛みに体が硬直する。
異物を吐き出そうとする力に、指が食い込んできた。
「あぁぁぁぁっ」
「少し我慢。今出したら、意味がないからね」
俊輔が痛みに喘ぐのも、全く気にした様子もなく、体の奥に馴染ませるようにと指は抜けず、座薬が埋もれていく。
こんな場所に、平気で指を突っ込めることに逆に感心したくらいだ。
痛みがあったけれど、つるっと潜り込んできた存在に深い吐息が漏れていく。
「…っんぅんっ…ん」
「はい、終了。あと二日位は安静だね。まだ熱が高いようだったら座薬、入れて。水分、こまめにとることと…、あ…、会社に来ないとご飯もないかな?」
津和野は用意してあった布で指を拭きながら今後のことを話してくる。
剥き出しにされた尻が下着などの布で覆われた。羞恥心はあるが、呆気ない幕引きと意識の朦朧さで、どうでもいいことに思えてくる。
独身寮の一人暮らしなんてだいたい想像ができるといった感じだ。
休憩時間の昼食はもちろんのこと、朝から食堂は開いていたし、勤務終了後も夕食を提供してくれる。
それこそ、身ひとつで就職できる環境だった。
働いている限り、制服の支給もあり、食事も給料天引きで衣食住は保証されている…とでもいえた。
日々の食べるものに困った俊輔にとっては贅沢過ぎて、呼べるものなら母と妹を連れてきたかったくらいだ。
「メシ、届けてやるよ。今はゆっくり休めって」
吉賀からあまりにも意外な言葉が漏れて、口がぽっかりと開く。
親切な人間だとは以前から知っていたが、まさか、こんなことまで言われるとは思ってもいなかった。
「な…、…、俺、平気…」
「これのどこが平気だよ。一人で動けもしないくせにさっ」
吉賀はどことなく悔しそうに言葉を発する。
その悔しさは、同じ班にいながら異変に気付けなかった後悔なんだろうか…。
勝手な勘違いが生まれそうになって、必死で押し留めた。

津和野の手が、布をまとった薄っぺらい尻を静かに撫でた。
薬を馴染ませるおまじないみたいだった。
「津和野センセーっ!いい加減にしろってっ!!」
一連の行動を見ていた吉賀が途端に奇声をあげるが、全く意に介していない津和野だ。
「俊くんを連れてきたのはキミ。診察しているのは俺。触診は大事」
津和野は平然と言い返しながら、抵抗できないでいる(するきもない)俊輔の体をさすった。
「つか、触りてーだけじゃんよ―――っ」
なんとなくやけっぱちになって反論する吉賀の姿が可愛い。
いつでも感情を剥き出しにする吉賀だが、こんな風に機嫌を悪くした姿を晒すのは珍しかった。
どちらかといえば場を和ませる雰囲気のほうが強い。
慣れた医師に触れられて嫌と言うものはないけれど…。
強い口調で異議申し立てをされていることが、余計に心配されているようで単純に嬉しいことと感じた。
熱でぼーっとしているというのに、「おまえもなんか言えよーっ!!」と吉賀の悔しそうな言葉が振り下りてくる。

何か言え、と言われて、何をどう言えばいいのかすら分からないでいる俊輔である。

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不幸物語じゃないと思うんですけど…。身売り…とか考えたらきりがなくなってきた…。どうしよう。
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ただそこにいて 3
2011-08-28-Sun  CATEGORY: ただそこにいて
再び担がれるようにして寮に戻った。
ロッカーから取り出した私物の中から、吉賀は部屋の鍵を見つけ出す。
狭い部屋で、寝る場所なんてすぐに知れる。シングルサイズの小さなベッドの上に下ろされて、勝手に弄った先から濡れタオルを持って来られた。
額に触れたそのひんやり感が気持ち良かった。

「ありがと…」
「気にすんなって。ちょっとコンビニに行っておかゆでも買ってくるからさ」
「あ、い、ぃよ…そんな…」
「食うもん、食わなきゃ倒れるだけだって」
俊輔の意見なんて聞かない素振りで、吉賀はくるりと部屋を見渡す。
会社から支給…ともいえるべき、小さな家具類があるだけだ。壁に沿うように置かれたテレビと衣類をかけるためのパイプハンガー。申し訳程度につけられた二口のガステーブルの上に一つの鍋が乗っている。
身を折らなければ入れない浴槽のあるバスルームには、一本のロープが引かれていて、共同の洗濯機で洗われた洗濯ものが干されていた。
生活の全てを見られた気がして、今更ながらに情けない思いが胸の中に湧きおこる。
単調な労働を同じようにこなしているはずなのに、吉賀が見せる雰囲気は明らかに俊輔とは違っている。
上司にすらため口をきく堂々とした振舞いか…。
クビにされたくないという思いが強くて、俊輔はいつも控え目でいたことにふと気付いた。
だから余計に、吉賀の態度に羨望の眼差しと憧れが混じった。
仕事に誇りを持って働いている人は山ほどいる。卑屈に考えてしまうのは自分が『支払う』ものを抱えているからなのだろうか…。

パタリと玄関ドアが閉まると、吉賀がいた緊張から解き放たれたのを感じた。
同僚として、友人として見てくれるだけでもありがたい存在の人だ。
ふぅっと大きな溜め息が零れる。
…みっともないところを見せちゃったな…。
すでに知られていることとはいえ、部屋の中まで入られると、恥ずかしさのほうが込み上げてくる。
気持ちを寄せた相手だから余計に、もっと人間らしいところを見てほしかった。

薬がきいたのか、布団の中で俊輔は眠気を覚えた。
ボゥとする体が鉛のように重たい。
のどが渇いたな…。そう思うのに動く気力もなく、瞼を閉じれば闇に吸い込まれる。
吉賀が戻ってくるかもしれない…。
待っていなければ、と気遣うが、閉ざされる視界と弱った精神は世の全てを投げ捨てていた。

ピチャリ…と音がした。
乾いた喉の奥が潤う感覚に、必死で求めるように注がれるものを嚥下した。
自分の体に熱があるからか、触れてくる唇にひんやりとしたものが当たる。
それが唇だと理解できたのは、瞼を上げたあとのことだった。
目の前にある顔が、様子を確かめるように凝視している。

俊輔の前にいたのは、自分を診てくれた津和野だった。

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すいません。とりあえず、今日ここでup…。
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ただそこにいて 4
2011-08-29-Mon  CATEGORY: ただそこにいて
明らかに今、俊輔の唇に触れていたものは、津和野の唇だった。
気安く語りかけてくるし、ボディタッチも平然と繰り返す津和野だったけれど、さすがに今の行為は過剰ではないかと疑問が湧く。
「せ、…んせ…?」
僅かばかり潤った喉の奥から掠れた声が漏れた。
眠りにつく前より、いくらか体が軽くなった感じがしたが、体を気遣うより状況の方に神経が向く。
よくよく考えれば…、いや、考えなくても、俊輔が誰かと唇を触れ合わせるのは初めてのことだ。
そのことに俊輔自身が気付かなかったけれど…。

「水分を摂ってって言ったのに、何も飲んでいなかったの?もっと欲しいでしょ」
確かに喉は乾いている。
水気がある場所に舌が伸びてしまったことから、津和野は判断出来たようだ。
津和野からの質問に素直に頷いてしまうのは、熱のために思考能力が低下しているからか…。
考えるよりも先にとられる行動に、俊輔はただ流されていた。
津和野はペットボトルのスポーツ飲料を口に含み、仰向けで寝転がったままの俊輔の上に、再び覆いかぶさってきた。
少しずつ流れ込んでくる液体は俊輔が飲み下せるように、なのか、溢れることもない。
この行為が”おかしい”と気付くべき所なのに、俊輔はあたりまえのごとく受け入れていた。
熱のせい、と言ってしまえばそれまで。世間知らず、という言葉も当てはまるかもしれない。
少なくとも、座薬を入れるために、指まで突っ込まれる必要がないことを、俊輔は知らなかった。

「なーにしてんだっ!!このエロジジィっ!!」
3度目の”吸水”の最中、突然部屋に響き渡った声。
誰かが部屋に入ってくる物音すら気付かなかったのは、津和野とのやりとりに夢中になっていたせいだろうか。
吉賀の登場で夢見心地だったような世界から引きずり出された気分になった。
ここでようやく、俊輔は”医療行為”としてはおかしいことに気付いたのだ。
「んっ…」
吉賀に見られたことも俊輔を慌てされた。抵抗する仕草など、ひとつも起こしていない。
津和野との仲、という誤解を与えたと思った。
給水作業を途中で中断した津和野の喉がコクッと鳴る。
残った分は津和野が飲みほしたらしい。
「よくここに入ってこられたじゃない」
大股で歩み寄ってきた吉賀に、何も変わることのない態度で津和野が語りかける。
「俊輔から鍵預かってたからな。俊輔、まだ眠ってると思ったのにっ」
鍵を預けた覚えはないが、俊輔が眠りに落ちる前に、コンビニに行ってくると出ていった時に、戸締りをしていってくれたのだろう。
『まだ眠っている』とは、眠っている最中にも一度来たことを意味していた。
それを言われると、どうして津和野がここにいるのかの方が不思議になる。

ベッドの端に腰かけた姿勢で、津和野の掌が俊輔の髪を梳いた。
「寮の鍵を勝手に増やしたり他人に渡すことは禁止のはずだけど?」
こちらはこちらで、俊輔と吉賀の間柄をしっかりと咎めてくる。合い鍵を作ったわけではないが、そう捉えられてもおかしくない吉賀の発言だった。
「ちが…」
「俊輔を責めんなよ。俺が勝手に持って行っただけだし」
ふくれっ面の吉賀も同じように俊輔の額を撫でる。熱を計っているといった感じの手の伸ばし方だ。
さりげなく庇ってくれる優しさに、またジンときていた。

「せ、せんせ…は、どうやって…?」
吉賀に対して、自分が入れたのではないという誤解を晴らしたかった。今の状況では、完全に津和野とのことを疑われている。
口移しで水分を与えられていた現場を見られているのだから、言い訳も何もあったものではないが…。
「俺は管理人に開けてもらったから。患者を診るのが仕事ですからね」
「どうせ中から返事がないのを理由にしたんだろ。『意識がないかもしれない』とか言ってそうだよな」
「犯罪者みたいに言わないでくれるかな」
「つか俊輔っ!意識あるくせにキスまでされてるって、なんだそりゃっ?!」
「あ…、と、え…と…」
「俊くんは大人しく身を任せてくれる。本当に可愛くていい子だよ」
「体調不良に付け込んでるだけだろーがっ。そんな簡単に体明け渡すような奴じゃないんだよ、こいつはっ」
「さすが『同僚』。よくご存知で。という君も、夜遅くにやってくるなんて夜這の練習?」
「一緒にするなっ」
二人が交わしていく会話に入り込めず、俊輔は布団の中で余計に体が火照っていく気分だった。
恋愛ごとに関わっていられる余裕がなかった俊輔の知識は同年代の人間に比べて少ない。
吉賀に気持ちを伝えられないのは生活の苦しさもあったけれど、未熟すぎて呆れられるのが怖かったこともある。
こうしてやってきてくれたのも、単なる親切心なのだと思っている。
分かっていたけど、『夜這』という言葉のあと、その気がないと告げられるような『一緒にするな』発言は、俊輔の中に小さな影を落とした。
毎日吉賀の姿を見られることが幸せなのだ。
勘違いしそうになる弱った心に、俊輔は再び喝を入れた。

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ただそこにいて 5
2011-08-30-Tue  CATEGORY: ただそこにいて
津和野は水分をくれた。吉賀はおかゆを用意してくれた。二人の人間に同時に面倒を見られたことなどない俊輔は大きな戸惑いを見せる。
「あ…、だ、大丈夫…。もう、遅いし…」
誰かが部屋にいることは嬉しいことなのに落ち着かない。
質素過ぎる部屋を見られている、と思うからか…。
津和野の「体を拭いてあげよう」という申し出を丁重にお断りする。
それこそ、貧弱な体を吉賀の前で晒したくなどない。
「先生、単に俊輔に触りてーだけだろっ」
吉賀に睨まれても「今後の為にも俊くんの体は隅々まで知っておかないとね」と平然と答えている。
今後?…今後ってなんだろうと、俊輔はボーと思ったが聞くまでには至らなかった。
津和野が言うと、どうにも”からかい”が含まれているようにしか聞こえない。
真面目に答えてはいけないと思う時が多々あり、今もその時ではないかと漠然と思えた。

俊輔の体調が良くなりつつあることは二人とも理解しているようだ。
薬の効きが良いのだろう。津和野の判断は的確である。
人がいることで休めないとは傍らに立つ人たちも分かっているのか、最後に翌日飲む薬を部屋の小さなテーブルの上に置かれて去ろうとしていた。
「俊輔、鍵、明日の朝返しに来るからな」
「なんで仁多くんが持つの?何かあった時にすぐ入れる準備をしておくのは俺の方でしょう」
「管理人に開けてもらえばいいじゃん」
「夜中に起こすのは忍びないって思わないのかな」
「さっきみたいに襲われている時に入れないほうが問題だろ」
「"介護”です」
二人は気があった仲のように、言い合いながら部屋を出ていった。
その会話も励まされているようで心が元気になった。こうして誰とでも馴染んでしまう吉賀の性格を羨ましいとも思う。
同時にみんなと同じ”一人”にしか見てもらえない悲しさも浮かんだ。
突然入ってこられることは喜ばしいことではないが、吉賀が鍵を持っていてくれるというのはくすぐったくなるような嬉しさがあった。
何かあったときには守ってくれる…という感覚だろうか。

津和野に”口移し”されている現場を見られたことは、すでに俊輔の脳内から消えていた。
初めてのことだったのに、熱に浮かされて、”医療行為”の一つにすり替わっていた。
翌日も仕事を休める…。その安堵感が再び俊輔を眠りの世界へと誘っていく。

『二日は安静』と診断した津和野の言葉は正しかったのか。
翌日も俊輔の熱は下がらなかった。
多少良くなったと自分で思えたのは、最初の辛さがあり過ぎたせいだ。
出勤前に吉賀が部屋に寄ってくれた。
関節が痛い状況で、起き上がることもままならない。
掌で熱を計った吉賀が心配げに俊輔を覗きこんでくる。
「下がんねぇな…。もう一回座薬、入れとく?」
部屋には津和野からもらってある薬が数種類あった。
昨日の医務室でどの薬が早いのかは、一緒にいた吉賀も聞いている。
先日は勢いよく津和野にひん剥かれて手早い処置をされてしまったが、それを自分でできるかと問われたら些かの疑問が浮かぶ。
しかもこのぐったり感だ。
そのことを理解しているのか、吉賀の問いかけは『やってやるぜ』というものである。
いやいやいや…、いくらなんでも素人と医師の違いがあるだろう…。
何より、恥ずかしい場所を自ら曝け出すなんて、できっこない…。

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俊輔、遊ばれているな~。(いや、心配されているな~)
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