「テメーッ、このクソ忙しい時に、風邪なんかひいてんじゃねーよっ」
朝、まだ事務員が出社しない家の中に哲多美星(てった びせい)の声が響き渡る。
マンションの一室。広々とした室内は当初とは違って改装をしてあるが、住居と事務所が同居していることは変わらない。
5LDKの一般住宅に事務所を移すことになった最大の原因は三良坂世羅(みらさか せら)の離婚問題が起因だった。
なんとなーく結婚した夫婦は、数か月で別居状態に陥り、一年たらずで離婚協議に入った。
今更顔を合わせたくもないのか、世羅は面倒事を避けようとする。他人の事なら何でも突っ込んでいける精神があっても、自身のことは後ろめたさしかないと本人が分かるのだろう。
ボロが出るくらいなら、他人に任せたほうがいい、と的確(?)に判断しては、後輩の離婚を専門に扱う弁護士に全てを委ねてしまった。
結果、誰がどうみても世羅にしか非がない状況は覆ることもなく、ほぼ全額の相手希望の慰謝料が認められる。
さすがにこればかりは、弁護にあたった譲原望(ゆずはら のぞむ)も手を焼いたことだろう。
同じ"弁護士"という立場から、美星は同情したくらいだ。
だからといって、上手く事を運べる内容は微塵もなく、逆に相手側を有利にさせる事項だけが美星には浮かんでくるのみだ。
デートの約束は平気で反故にするし、休日にふたりで出かけたという話も聞かない。
仕事が終われば飲み歩いて、せっかく用意してくれた夕食に労いの言葉もかけず、「外で食ってきたからいらない」と寝室を共にしないベッドにそそくさと潜り込まれたら、『妻』という人はどんな気分なのだろう。
そもそも、なんで結婚なんかしたのか。
お互い、出世意欲が勝ったのだと、今なら振りかえられる。
もっとも、彼女の場合、出世は友人よりもステイタスの高い位に自身を置くことであり、サラリーマンとは違う職種を選んでの結果だったのだろうが。
旦那の職業を自慢できても、中身がなければ何の意味も満たさない。
世羅も親に背っ突かれて『適当に』決めた程度の相手だったのだ。
だから、何もかもが"気が進まなかった"と言う。
"努力"という言葉が皆無なのは、美星が中学二年の時に転校してきてから知り尽くしていることで…。
血筋なのか、子守唄が法学だったのか、揉め事には敏感に反応しても、感情はどこか置いてきぼりだった。
他人を思いやる、というよりは、形にはまった思考力を持つ…とでもいうのか。
飄々と普通に過ごしている様子ばかりを見せるから、でも、やたらと成績が良かったせいで、憧憬と嫉妬は同時に向けられていた。
その容姿の良さで、努力しなくても女は近づいてきていた。
転校生だという理由だけで、昔からのクラスメイトの輪に入れてもらえなかった美星を真っ先に気にかけてくれたのも世羅だった。
移動教室の時も「一緒に行こう」と迷子にさせなかったし、考えこむ仕草を見せただけで「何か聞きたいことがある?」と常に表情を見てくれる。
美星にはうっとおしいくらいでもそれが嬉しくて…。
だけど、世羅にとってそれらは、『義務』のようなものでしかなかったのだな…。
歳を追うごとに分かっていても、離れていけなかったのは、雛が最初に見たものを親と思う習性に似ていたのかも。
同じ高校に進学して、同じ大学、同じ学部に進んだ。
一緒に勉強していたから、かどうかは分からないが、司法試験の合格も一緒だった。
世羅の父親が司法界にいたことも大きい。世羅にくっついてまわる美星は、「勉強熱心だ」と、適当にやり過ごす息子より温かい目で見られていた。
一番美星が驚いていたのは、他人にほとんど無関心といっていい世羅が、美星だけは心の内に入れてくれること。
型にはまったやり方とは違うのを、いつのころか気付いていたが、あえて比較する問いは出来ずにいた。
就職活動の段階で、世羅が父親の弁護室に収まるように、美星も誘いこまれた。それはもちろん、色々な目で見られることになったが、将来を考えたら損なことではない。
だから、安堵していたところがあった。何が?と問われたら、世羅のことだったのか、将来のことだったのか、曖昧だ。
世羅が「結婚することにした」と言いだした時はさすがに目を見開いたが、事情があってもおかしくない家庭だと、問いただしたりもせず、御祝儀をくれてやったものだ。
…が、気付けば、目の前でアザラシのように転がっている大人がいる。
熊だ、熊!! いや、熊は意外と動きが素早いから、やっぱりこれは、トドかアザラシだ。
ナマケモノでもいい。
請け負っている企業顧問は、世羅の父から受け継いだものだ。
現社長はハネムーンに出かけていて、社長及び秘書がその行程の真っ最中であり、指揮官は副社長に任せられている。
信用がないわけではないが、手腕の度合いが違うのは育ちの違いでもあった。
同時に美星は世羅を越えられない何かを悟っている。
まさに"育ちの違い"。
「社長がいなくなった途端にテメーッまで、休みがあるかぁぁぁっ」
残された仕事を"適当"にしたい世羅の仮病を美星は見抜いた。これも長年の付き合い。
要するに頼れるのは世羅しかいないという言葉の裏返しなのだが。
片付けなければいけない要項は年内中、山ほど残っている。
…あぁ、気付けば、30年来の付き合い…。
自慢したいのか落ち込みたいのか、悩まされたくもなる。
世羅のさばき方の巧さは、今に感心させられることではなくても…。
美星は決して、膝の上に乗るタイプではないけれど。
現社長の恋人、伴侶を、『羨ましい』と思ってしまうのは、ささくれた精神のせいだろうか…。
可愛いのに憎たらしく思えてくる時もある。無邪気で無垢で、純粋(水)培養された人。
自分はあんなふうに、素直にはなれないから。
歳を追うごとにそれを感じる。
甘えられる時はすでに過ぎた…。今更、だ。
キングサイズのベッドを置いた、この家、唯一の個室。
世羅の頭下から気持ちよさそうに眠るための寝具、枕を勢いよく引っこ抜いては、羽根枕を世羅の顔面に叩き落としていた。
「起きやがれっ。本当の風邪なら、粥くらい作ってやるっ。ただの二度寝なら社長が帰ってくるまで安静にして、俺に指一本触れるなっ」
ピクッと起きあがった奴に何と言ってやったらいいのだろう…。
和紀社長のご帰還は2週間後だ。
―完― (←そう。これ、入れとかないとね)
にほんブログ村
ポチっとしていただけると嬉しいです(〃▽〃)
別宅に旅日記書いておきました~。
読んでもつまらないと思うので、興味のある方だけ行ってください。→2泊4日
朝、まだ事務員が出社しない家の中に哲多美星(てった びせい)の声が響き渡る。
マンションの一室。広々とした室内は当初とは違って改装をしてあるが、住居と事務所が同居していることは変わらない。
5LDKの一般住宅に事務所を移すことになった最大の原因は三良坂世羅(みらさか せら)の離婚問題が起因だった。
なんとなーく結婚した夫婦は、数か月で別居状態に陥り、一年たらずで離婚協議に入った。
今更顔を合わせたくもないのか、世羅は面倒事を避けようとする。他人の事なら何でも突っ込んでいける精神があっても、自身のことは後ろめたさしかないと本人が分かるのだろう。
ボロが出るくらいなら、他人に任せたほうがいい、と的確(?)に判断しては、後輩の離婚を専門に扱う弁護士に全てを委ねてしまった。
結果、誰がどうみても世羅にしか非がない状況は覆ることもなく、ほぼ全額の相手希望の慰謝料が認められる。
さすがにこればかりは、弁護にあたった譲原望(ゆずはら のぞむ)も手を焼いたことだろう。
同じ"弁護士"という立場から、美星は同情したくらいだ。
だからといって、上手く事を運べる内容は微塵もなく、逆に相手側を有利にさせる事項だけが美星には浮かんでくるのみだ。
デートの約束は平気で反故にするし、休日にふたりで出かけたという話も聞かない。
仕事が終われば飲み歩いて、せっかく用意してくれた夕食に労いの言葉もかけず、「外で食ってきたからいらない」と寝室を共にしないベッドにそそくさと潜り込まれたら、『妻』という人はどんな気分なのだろう。
そもそも、なんで結婚なんかしたのか。
お互い、出世意欲が勝ったのだと、今なら振りかえられる。
もっとも、彼女の場合、出世は友人よりもステイタスの高い位に自身を置くことであり、サラリーマンとは違う職種を選んでの結果だったのだろうが。
旦那の職業を自慢できても、中身がなければ何の意味も満たさない。
世羅も親に背っ突かれて『適当に』決めた程度の相手だったのだ。
だから、何もかもが"気が進まなかった"と言う。
"努力"という言葉が皆無なのは、美星が中学二年の時に転校してきてから知り尽くしていることで…。
血筋なのか、子守唄が法学だったのか、揉め事には敏感に反応しても、感情はどこか置いてきぼりだった。
他人を思いやる、というよりは、形にはまった思考力を持つ…とでもいうのか。
飄々と普通に過ごしている様子ばかりを見せるから、でも、やたらと成績が良かったせいで、憧憬と嫉妬は同時に向けられていた。
その容姿の良さで、努力しなくても女は近づいてきていた。
転校生だという理由だけで、昔からのクラスメイトの輪に入れてもらえなかった美星を真っ先に気にかけてくれたのも世羅だった。
移動教室の時も「一緒に行こう」と迷子にさせなかったし、考えこむ仕草を見せただけで「何か聞きたいことがある?」と常に表情を見てくれる。
美星にはうっとおしいくらいでもそれが嬉しくて…。
だけど、世羅にとってそれらは、『義務』のようなものでしかなかったのだな…。
歳を追うごとに分かっていても、離れていけなかったのは、雛が最初に見たものを親と思う習性に似ていたのかも。
同じ高校に進学して、同じ大学、同じ学部に進んだ。
一緒に勉強していたから、かどうかは分からないが、司法試験の合格も一緒だった。
世羅の父親が司法界にいたことも大きい。世羅にくっついてまわる美星は、「勉強熱心だ」と、適当にやり過ごす息子より温かい目で見られていた。
一番美星が驚いていたのは、他人にほとんど無関心といっていい世羅が、美星だけは心の内に入れてくれること。
型にはまったやり方とは違うのを、いつのころか気付いていたが、あえて比較する問いは出来ずにいた。
就職活動の段階で、世羅が父親の弁護室に収まるように、美星も誘いこまれた。それはもちろん、色々な目で見られることになったが、将来を考えたら損なことではない。
だから、安堵していたところがあった。何が?と問われたら、世羅のことだったのか、将来のことだったのか、曖昧だ。
世羅が「結婚することにした」と言いだした時はさすがに目を見開いたが、事情があってもおかしくない家庭だと、問いただしたりもせず、御祝儀をくれてやったものだ。
…が、気付けば、目の前でアザラシのように転がっている大人がいる。
熊だ、熊!! いや、熊は意外と動きが素早いから、やっぱりこれは、トドかアザラシだ。
ナマケモノでもいい。
請け負っている企業顧問は、世羅の父から受け継いだものだ。
現社長はハネムーンに出かけていて、社長及び秘書がその行程の真っ最中であり、指揮官は副社長に任せられている。
信用がないわけではないが、手腕の度合いが違うのは育ちの違いでもあった。
同時に美星は世羅を越えられない何かを悟っている。
まさに"育ちの違い"。
「社長がいなくなった途端にテメーッまで、休みがあるかぁぁぁっ」
残された仕事を"適当"にしたい世羅の仮病を美星は見抜いた。これも長年の付き合い。
要するに頼れるのは世羅しかいないという言葉の裏返しなのだが。
片付けなければいけない要項は年内中、山ほど残っている。
…あぁ、気付けば、30年来の付き合い…。
自慢したいのか落ち込みたいのか、悩まされたくもなる。
世羅のさばき方の巧さは、今に感心させられることではなくても…。
美星は決して、膝の上に乗るタイプではないけれど。
現社長の恋人、伴侶を、『羨ましい』と思ってしまうのは、ささくれた精神のせいだろうか…。
可愛いのに憎たらしく思えてくる時もある。無邪気で無垢で、純粋(水)培養された人。
自分はあんなふうに、素直にはなれないから。
歳を追うごとにそれを感じる。
甘えられる時はすでに過ぎた…。今更、だ。
キングサイズのベッドを置いた、この家、唯一の個室。
世羅の頭下から気持ちよさそうに眠るための寝具、枕を勢いよく引っこ抜いては、羽根枕を世羅の顔面に叩き落としていた。
「起きやがれっ。本当の風邪なら、粥くらい作ってやるっ。ただの二度寝なら社長が帰ってくるまで安静にして、俺に指一本触れるなっ」
ピクッと起きあがった奴に何と言ってやったらいいのだろう…。
和紀社長のご帰還は2週間後だ。
―完― (←そう。これ、入れとかないとね)
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別宅に旅日記書いておきました~。
読んでもつまらないと思うので、興味のある方だけ行ってください。→2泊4日
そうこなくっちゃね!
きえちん、ちゃ~んと 脇役2人さんを拾って 書いて下さってありがとう♪
世羅と美星の知り合った切欠や、過去の出来事、今の日常生活が知れて 嬉しかった~!v(⌒o⌒)vイエーイ
そして 日生と和紀の新婚旅行
漁港で 思わぬ人の登場に 思わず 色々言いたくなったのを お口チャックして良かったε= (´∞` ) ハァー
前半から最終話まで 目線を 耳穴を 何所に向けていいか分からなる程の 日生と和紀の いつもより増しての甘い空気に 酔っぱらってしまいましたよ~(笑)゙ヨッパライヘ(~~*ヘ))...((ノ*~~)ノヨイヨイ
きえちん、ちゃ~んと 脇役2人さんを拾って 書いて下さってありがとう♪
世羅と美星の知り合った切欠や、過去の出来事、今の日常生活が知れて 嬉しかった~!v(⌒o⌒)vイエーイ
そして 日生と和紀の新婚旅行
漁港で 思わぬ人の登場に 思わず 色々言いたくなったのを お口チャックして良かったε= (´∞` ) ハァー
前半から最終話まで 目線を 耳穴を 何所に向けていいか分からなる程の 日生と和紀の いつもより増しての甘い空気に 酔っぱらってしまいましたよ~(笑)゙ヨッパライヘ(~~*ヘ))...((ノ*~~)ノヨイヨイ
けいったん様
おはようございます。
> そうこなくっちゃね!
> きえちん、ちゃ~んと 脇役2人さんを拾って 書いて下さってありがとう♪
> 世羅と美星の知り合った切欠や、過去の出来事、今の日常生活が知れて 嬉しかった~!v(⌒o⌒)vイエーイ
書かない、書くもんか…と思っていながら、どんどんと頭に浮かんでくる…。
大きな文章にはできませんが。
こんなものでも喜んでいただいて私も嬉しいです。
腐れ縁のような二人でした。
> そして 日生と和紀の新婚旅行
> 漁港で 思わぬ人の登場に 思わず 色々言いたくなったのを お口チャックして良かったε= (´∞` ) ハァー
>
> 前半から最終話まで 目線を 耳穴を 何所に向けていいか分からなる程の 日生と和紀の いつもより増しての甘い空気に 酔っぱらってしまいましたよ~(笑)゙ヨッパライヘ(~~*ヘ))...((ノ*~~)ノヨイヨイ
読者様から質問をいただいたのが一番大きかったですかね。
私も曖昧にしまくったところがあったので、はっきり知りたかったことでしょう。
良い機会でした。
色々言いたくなっちゃいますよね~。
お口開いてくれても良かったのですが。
どこまでもピンク一色の和紀と日生です。
これが延々と続くことでしょう ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~
こちらは寒風の中なので、熱燗でも飲もうかなぁ。
飲みすぎちゃいそうだけど。
コメントありがとうございました。
おはようございます。
> そうこなくっちゃね!
> きえちん、ちゃ~んと 脇役2人さんを拾って 書いて下さってありがとう♪
> 世羅と美星の知り合った切欠や、過去の出来事、今の日常生活が知れて 嬉しかった~!v(⌒o⌒)vイエーイ
書かない、書くもんか…と思っていながら、どんどんと頭に浮かんでくる…。
大きな文章にはできませんが。
こんなものでも喜んでいただいて私も嬉しいです。
腐れ縁のような二人でした。
> そして 日生と和紀の新婚旅行
> 漁港で 思わぬ人の登場に 思わず 色々言いたくなったのを お口チャックして良かったε= (´∞` ) ハァー
>
> 前半から最終話まで 目線を 耳穴を 何所に向けていいか分からなる程の 日生と和紀の いつもより増しての甘い空気に 酔っぱらってしまいましたよ~(笑)゙ヨッパライヘ(~~*ヘ))...((ノ*~~)ノヨイヨイ
読者様から質問をいただいたのが一番大きかったですかね。
私も曖昧にしまくったところがあったので、はっきり知りたかったことでしょう。
良い機会でした。
色々言いたくなっちゃいますよね~。
お口開いてくれても良かったのですが。
どこまでもピンク一色の和紀と日生です。
これが延々と続くことでしょう ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~
こちらは寒風の中なので、熱燗でも飲もうかなぁ。
飲みすぎちゃいそうだけど。
コメントありがとうございました。
おはようございます。
> えー「完」なんだ(笑) 今までに 無いタイプのCPだと思ったのに…(^ .^)y-~~~
完 なのです(笑)
今までにないCPですか~?
まぁ、年取っていますからね。
幾つなんだろう。40代の半ば…か後半か…。
あとは読者様に妄想していただく、ということで(←)
コメントありがとうございました。
> えー「完」なんだ(笑) 今までに 無いタイプのCPだと思ったのに…(^ .^)y-~~~
完 なのです(笑)
今までにないCPですか~?
まぁ、年取っていますからね。
幾つなんだろう。40代の半ば…か後半か…。
あとは読者様に妄想していただく、ということで(←)
コメントありがとうございました。
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