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ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
乱反射 1
2012-10-07-Sun  CATEGORY: 乱反射
小洒落た和風の居酒屋は、数年前に改装された店だった。
先代から引き継いだ息子が、女性にも入りやすいようにと趣向を凝らしたらしい。
会社の人たちの行きつけでもあり、また、社員の顔を知っていることもあるのか、サービスはとにかく良かった。
そんなおかげで行く回数も増えるが、いかんせん、利用社員が多いために、秘密ごとにしたい時に利用したくない店にも変わる。
個室になっているから直接顔を合わせることはないとしても、全くそこから動かないで過ごせるわけでもなく、どこで鉢合わせしてもおかしくない状況。

その店で仕事帰りに待ち合わせをしていた湯田川あつみ(ゆだがわ あつみ)は、隠れている相手に連絡をして居場所を聞いた。
店の造りは知り過ぎるくらい知っているので、すぐに理解することができる。
襖を開けて入り、「お待たせ~」とすでに飲んでいる人に声をかけた。
掘り炬燵式の座敷に一人、ガタイの良い男がビールジョッキを傾けている。
とはいえ、あつみともあまり変わらないだろう。二人揃っただけでこの場がむさくるしくなるのはいただけないが…。
「お疲れ。企画室は忙しいの?」
新庄瀬見(しんじょう せみ)とは、会社が同じで同期だが、配属が異なるため、普段顔を合わせることはなかった。
それが一変して親しくなったのは、あつみの同僚であった本荘由利(ほんじょう ゆり)が関係したおかげだ。
由利の双子の兄弟である由良(ゆら)の同僚が、瀬見だったというわけで、いつの間にか昼食を共に摂るようになった。
向かいに腰を下ろし、「うーん、微妙なとこ」と曖昧な返事をする。
あつみの勤務する企画開発室には秘密事項がありすぎて、同じ社員でも漏らせる内容は少ない。
外部に漏れるのは絶対に避けたいことだったため、仕事の話は同僚の内に限られていた。
それを知る瀬見も、それ以上の追及はしなかった。

同じ時間に待ち合わせたのだが、残業をこうむっては、瀬見に「先に行っていて」と促してあった。
あまり遅くなるようであればキャンセルもしたのだが、多少のズレであれば待っていてほしい気持ちがある。
見慣れたメニューから数点をチョイスし、先に届けられたビールジョッキを合わせて乾杯の音頭を取る。
「ユーリがいなくなって、ようやく新入社員が入ったしなぁ…」
企画室にここ数年『新入社員』というものは存在しなかった。
それが由利が退社したことで新しい人材が入って、新鮮な空気が漂っていたりする。そんなところから少しずつ勤務時間が伸びているのかもしれない。
会社にとっての”残業”は喜べる出来事ではないが…。
「本荘君ね…。退社、最初聞いた時はびっくりしたけれど。由良がもっと淋しがるかな、と思ったけれど、高畠君のおかげで落ち着いているみたいで良かったよ」
「萩生なんて、万々歳なんじゃない?由良、とにかくユーリに構っていたから。『金魚のフン』がいなくなった~状態で」
「それ、由良が聞いたら激怒するよ」
「そこはオフレコで…」
クスクスと笑いあいながら穏やかな時間が過ぎていく。

恋人の転勤に合わせて、由利は退社してしまった。
うまく由良の恋人の位置にありつけた高畠萩生(たかはた はぎお)は、由利がいなくなると同時に引っ越しを終えて、現在新婚生活の真っ最中である。
双子の絆の強さに、なかなか踏み込めなかった人も幸せの切符を掴んだ、ということで、週末の夜、付き合いの悪くなった同僚を白い目で睨みながら、飲み相手を探すのが恒例となった昨今である。
「年下には甘い高畠君が、新人君…なんだっけ?」
「東根真室(ひがしね まむろ)」
「そうそう、東根君と距離を置いているのって、やっぱり由良のせい?」
「置いている…つーか、室内では良く面倒見てるよ。ただ、休憩時間ってプライベート時間みたいなもんじゃん。そこまでは…ってとこじゃねぇ」
真室はまだ学生っぽさを残した、幼い印象がある。着慣れないスーツに着られているといった感じで、ウェーブのかかった茶色の髪や片方の耳に三つあるピアスなどは学生そのままだった。
大きな目のせいか、また、丸顔のせいか、大人っぽくしたいのだろうが逆に働いているように感じるのは歳をとった証拠か…。
瀬見にしてみたら、由利が入社した時から、あれこれ、それこそ食事の時まで付き添っていたことを思い返せば、一人放っておいていることが不思議に思えても仕方ないのかもしれない。
あつみは別段、一緒に連れても良かったが、他の連中が誘っているのを見ては、親しんだ顔ぶれでの昼食時間に違和感を持たせるようなことを進んでしなくてもいいか、と流れに任せている。
もちろん、萩生から誘えば由良が良い顔をしないのも承知しているからだろうが。
いざとなれば助け舟くらい出してやる気持ちは、あつみの中にもある。

揚げ出し豆腐に箸を入れながら、「?」とあつみは首を傾げた。
「瀬見ちゃーん。もしかして真室狙いですか?」
「はぁ?大して顔を見たこともないのに、何言ってんの」
ジョッキを持った瀬見はキョトンとした表情を浮かべた。
「だってさ、なんか、真室、呼んでほしいみたいな言い方じゃない?」
あつみが思い浮かべたことが理解できたのか、瀬見は「あー」と一声あげてから、誤解だと明言した。
「いや、そうじゃなくてさ。由良と高畠君、ふたりにさせてやるのもいいかな、と思って。でもあぶれる俺とおまえだけっていうのも嫌じゃん」
長い月日の中で、ランチタイムの過ごし方というのもあらかた決まってきている。
男ふたり。そう、今の、この雰囲気同様、むさくるしい。
今は由良が紅一点役を成してくれているから救われているけれど。
嫌、とはっきり言われるのも問題だが、決して本音ではないのだろう。
現にここにこうしているのだから。
そしてあとは、由良たちに配慮した、逃げる口実か…。
気の使い方には感心させられることが多い。
あつみは、『今度声をかけてみようか…』と脳裏を巡らせた。

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またスピンオフになってしまうのですが…。新しい人物設定ができませんでした…。
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乱反射 2
2012-10-08-Mon  CATEGORY: 乱反射
ふたりにしてやりたい…と瀬見はいうけれど、帰ればベッタベッタしているのだろうからいいのではないかとあつみは思ってしまう。
だけど仕事の最中の”息抜き”と考えれば納得もできた。
落ち込んでいた時、嬉しい時、分かち合ってくれる人がいたなら、気分転換にもなるだろう。
特に由良に関しては、我慢強く耐えてしまおうとするクセがある。
瀬見を頼ったとしても、丸ごと甘えてくることなどしないのだから、そこを萩生に任せたいのかもしれない。
そういったことはふたりきりのほうが察しやすいし、話しやすい。
後輩思いの気配りの良さには頭が下がるというものだ。

「瀬見んとこの新人は?」
そちらの現場はどうなっているのかと尋ねると、あっさりと「別の人間が見ている」と答えが返ってきた。
「もっとも、『教える』なんてもっと上の人間がやってるよ。由良の時だって、直接的な指導なんてあまりしなかったんだから」
「えっ?そうなの?」
お互いの部署内がどうなっているのかなどは知る由もないが…。
いつもひっついていたイメージがあったあつみにとって、意外な答えだった。
「考えてもみろよ。由良が一年生の時、俺二年生だよ。そんな、エラぶれないって」
むしろ、自分の方がまだまだ教えられる立場にある、と付け足されてしまった。
確かにそう言われればそうなのだが…。
瀬見の配属先は在庫管理室で、日々膨大な数字に追われているらしい。
直接商品を手にすることはなくても、数字だけで取引が成り立っていく。
新商品だ、モデルチェンジだと、常に移り変わる世界で、それらを掌握するのは一朝一夕にはいかないだろう。
要するに歳が近く、似たような立場もあって、ささやかなアドバイスをするくらいの存在でいたというわけか…。
その控え目さにも脱帽だ。
あとは観察力か…。早くに由良の性格に気付いて気にかけていたのだと推測がつく。

「瀬見っていいやつだよなぁ」
思わず本音が漏れて心底褒め称えれば、ニヤッと滅多に見せない意地悪い笑みを浮かべた。
「だろ?惚れ直すだろ」
悪魔的な微笑にあつみはガックリとしそうになる。
どんな自信過剰な奴か、二重人格か…。
真面目に褒めてジョークで返され、しかもあつみには通用しない誘惑的な微笑み付きときたものだ。
こういった変化が、お相手となった人物にしてみたらたまらない魅力に化けるのだろうな…などと内心で悪態をついていた。
なんとなく由良と性格が似ているような気がして、それで気があったのか…とまで脳裏を過った。
外見と内面が違うことを心に刻む。

話題はもっぱら共通の同僚のことだった。
由良と萩生がくっついてしまったのだから、仕方ないとしても…。
半分は本人たちに聞かせられないようなことばかり。
もちろん、お互いを信用しているから零せる内容だったりする。
「萩生ってば由良と一緒になったとたんに、デレデレで、今までの『先輩ぶり』はどこに消えたんだか…」
「由良も気が強い割に弱いところ、持ってるからね。そのギャップがいいんじゃない?」
「瀬見って由良とユーリだったらどっちがタイプなの?」
「えー、どっちぃ?…由良は絶対あり得ないし…、かといって本荘君っていうのもねぇ…。極端すぎるんだよ、あの二人は。…で、湯田川はどうなの?」
「あー、まぁ…。かろうじてユーリかなぁ…。でも事あるごとに由良に泣きつかれたらキレそうだな…」
あくまでも参考に出してみた人物だったが、結局のところ、共にタイプではないことが判明してしまった。
やはり自分を頼ってほしいという願望がある。
由良は簡単に蔑ろにするし、由利は逃げ道を絶対に確保しておくタイプだ。
性格が分かっているからこそ、対象にならなかったということだろう。
アスパラの肉巻きを焼き鳥の串で刺した瀬見が、「湯田川って今まで何人と付き合ったの?」と突っ込んだ質問をしてきた。
そこはアルコールを含んだ、どこかネジが一本飛んだ状況なのだろうか。
お互いを感じられる、親しくなれる空間は嫌いではない。
現在フリーだとはすでに知られた話でもある。
「たぶん新庄サンの半分以下だと思います」
詳しい数を言うのも癪というか、瀬見の過去も分からないだけに本音で答える気がないと誤魔化せば、「ふーん。ってことはゼロだねぇ」とやっぱり冗談だと分かる返答がある。
この瀬見に対して、それはないだろうっと、思わず内心でツッコミが入った。
「うそつけ、うそを~っ」
「いや、なんつーか…。頼まれて付き合った奴は、『付き合った』数に入れないことにした」
「はぁ?なんだそれ?」
「好きになった人は一人だけだったってコトです」
意外にも真面目な答えで返されて、一瞬、どうリアクションを取ったらいいのかと考えてしまう。
しかし直後には、「モテ男の自慢か~っ」と嫌味が吐き出された。
“頼まれて付き合った奴”は一体何人に上るのだろう…。
まあ、あつみも、決してゼロではないことは確かだけれど…。

「あーあ…。俺も相手ほしいなぁ…」
ポツリと呟かれたあつみの台詞には、瀬見にフッと笑われて流された。
切実な…というか、淋しい心の表れである。
同僚などの知れた人間と過ごす時間も好きだったが、なんとなく取り残されたような侘しさが胸の内にこみ上がってきた時の本音だった。
たぶん、萩生の存在が大きいのだろう。そして退社していった由利のことも…。

一頻り話しこんで飲んで、瀬見とは店の前で別れた。

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乱反射 3
2012-10-09-Tue  CATEGORY: 乱反射
あつみは一人暮らししているマンションに戻ると、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取りだしてリビングに入った。
縦に長い1Kの部屋は、玄関を入って壁側に小さなキッチンと反対側にトイレとバスルームがある。奥に8畳弱の一室。
帰って寝るだけ…というような部屋は、ベッドとテーブルとAV機器しかない質素なものだった。
すぐに捨てる癖を持っては、無駄なものがたまらない利点にもなっているのだが…。
後で後悔することも多い。
再び必要だ…と思った時には捨てられた後で、再購入したことは何度あったか…。
壁側に寄せたベッドに座り、ミネラルウォーターをゴクゴクと飲んだ。
「ふぅ…」
ボトルをテーブルに置き、上着とネクタイ、スラックスを脱いで、ベッドの足もと部分に出っ張って取り付けられているクローゼットにしまった。
間取りの関係上、部屋にデコボコ部分があるのは仕方なく、しかし、造り付けの収納場所があるのはありがたいことでもある。
パンツ一枚でも気兼ねなくうろつけるのが一人暮らしの良いところだ。
実際、狭い脱衣所(洗濯機と物置用の棚があるため、一段と狭く感じる)で、187センチの体を縮めて脱ぎ着するのは苦しい。
浴槽も体育座りをして入るようなものだったから、ここではほとんどシャワーしか利用していなかった。
近所に銭湯があるため、時間のある時はそちらを利用することもある。
環境の良さはあつみも気に入っていた。

そういえば萩生の新居(この場合、新居と呼べるのか…)は2LDKだとか言っていたっけ…とふと思い出す。
元々兄弟の住処だったわけだから、それくらいのスペースがあっても良いのか、広すぎないか?などと、他人の家のことを考えてしまう。
自分にもし相手ができた時、やはり必要とされる空間になるのだろうか。
まぁ、その場になってしまえば、相手が相手だけに、パンツ一枚も許されるだろう、と呑気な考えも過っていく。

あつみはシャワーを浴びると、先程残したミネラルウォーターを飲み干した。
それから着衣を身につけてベッドの前に座って寄りかかると、テレビをつけて適当にチャンネルを回す。特に見たい番組があるわけでもなく、人の声として耳に入れたかっただけだった。
そんなところにも一人身の淋しさが垣間見えるのか…。
瀬見が言っていたことが脳裏を掠めた。
…真室かぁ…。
仕事に集中しているせいか、あまり冗談も言ったりしないが、由利よりは明るい性格をしているのは確かだった。
比較するのは悪いが、全体にオドオドとしたところは見受けられない。
由利は無理しそうになる時ほど、気が強いフリを見せたけれど、今まで見てきた全てが真室のありのままだろうと思われる。
それこそ、昼食の時間を共にしているわけではないので、プライベートらしい、詳しい事情などというのもこれといって聞いてはいなかった。
故意的に避けてしまったわけではないが、瀬見が言うように、時には萩生たちから離れてみるのもいいかもしれない。
ある意味、親交を深められるというものだろう。
真室にとっても、他部署の人間と触れあうのは、損にならないはずだ。
休み明け、朝一で約束を取り付けてしまおうかと頭を巡らせる。
ある程度決まってしまったランチタイムとはいっても、完璧決められた環境ではないし、ましてや新入社員の真室に対して決めつける人はいない。
萩生と由良がふたりきりにされて、どんな過ごし方をするのかを垣間見るのもいいような、少しイジワルな気持ちも浮かんだ。
そんな楽しそうな出来事を思い浮かべながら、あつみは眠りに落ちた。

仕事中の真室の評判はそれなりに良い。
由利が『双子』というだけで、入社当時から好奇の目を向けられて集中できなかったことを思えば、真室にしてみたら良い環境でもあるのだと思う。
週明け、企画室の上役は営業の人間と会議があるということで、課長クラス以上が不在になっていた。
そのおかげもあっていつもよりも、のほほんとした空気が流れている。

あつみは早速資料整理に追われている真室に近付いた。
「真室、今日、昼飯、誰と食うとか決めてんの?」
一応、周りへの配慮もあって小声で聞いてみる。
席に着いていた真室は振り返り気味に顔を上げて、不思議そうな表情を見せた。
入社してからの生活を見ていれば、当然の反応でもある。
「え…?…いえ、まだ…」
パチパチと瞬きしながら見上げてくる姿は、子供が無邪気に「どうして?」と聞いている様に似ていると思って笑ってしまいそうだった。
たぶん今までも、その時間になってから誰かが声をかける感じだったのだろう。
こんなに早くのアポはなかったということなのだろうか。

「たまには一緒にしねぇ?」
「え…、でも高畠さん…」
咄嗟に脳が活発化する。
「萩生、実はいつも恋人と一緒なの。ちょっと協力してくれない?」
萩生と由良の関係がどこまで知られているかは疑問だが、今更バレたところで部署も違うのだから問題はないだろう。
同室だと移動などといった措置も取られたりするが…。
どういうことかと、意味が飲み込めないでいるらしい真室だったが、『協力してほしい』との願い出に、大人しく頷いてくれた。
要請は素直に受けておくべき…とでも思ったのか。
あつみはニコリと笑って、「じゃ、よろしく」と真室の頭上に手を置いた。
ウェーブのかかった髪が、想像以上に柔らかくて、ちょっと驚いたけれど…。
自分の席に戻り、携帯と向き合っては瀬見に、「OK」と短いメールを送る。
萩生と由良がどんなイチャつき具合を見せてくれるのか、それも興味の対象だったりしたあつみだ。

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あつみの私生活紹介で終わったような…(汗)
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乱反射 4
2012-10-10-Wed  CATEGORY: 乱反射
昼休みになるとあつみは、「萩生、今日は真室と一緒に行くから」と告げた。
珍しい出来事に萩生が不思議そうに振り返る。
「え?新庄は?」
由良がやってくることも頭にあるのだろう。あつみが居たから瀬見も堂々と居られたこと。
その雰囲気が読めないような男ではない。
「安心しろ。ちゃんと引き取ってやるから」
『由良とふたりで』と暗に含ませれば、苦笑を浮かべた。その奥に『まいったなぁ…』という照れが見事に表れているのだから…。
鼻の下が伸びている姿には声を無くして真室に近付いた。
その手には両手のひらで持ち上げるくらいの布製の巾着ポーチがあって、あつみは「ん?」と見下ろしてしまった。
真室は照れくさげに「僕、お弁当なんです…」と俯いた。
社員食堂はあくまでも”食事をする場所”であって、注文するのも持ち込むのも自由である。
持参していることが新鮮で(既婚者や女子社員には多かったが)驚いてしまった。
他の連中はすでに知ったことなのだろう。改めてあつみが反応してしまったことは、真室の中で困惑を生んだのだろうか。
それを払拭するように笑みを浮かべる。
「すげぇ。ま、早く行こうぜ」
真室の隣に並ぶと頭一つ分は違う小柄さを感じる。
背中に手を当てて促すと、照れた顔は弾けるような笑顔に変わった。
もともと人懐っこい性格のせいもあるのか、確かに室内でも人に馴染むのは早い。
嫌味がない素直な態度で接してくるから、受け入れる方も微笑んでしまう。

食堂に行くと先に着いていた由良と瀬見が並んで座っていた。
テーブルの上に何もないのは、自分たちを待っていた証拠だ。
気付いたふたりにスッと手を上げて、あつみは真室を連れて別の席に向かう。
話を聞いていなかったのか、由良は目を見開いている。更に瀬見が立ち上がってしまったのだから、ますます何事かといった感じだった。
後ろを続いてきた萩生が寄って、由良に事情を説明したのか、やはり怒ったような剥れたような、でも嬉しそうな笑みを見せた。

あつみに近付いてきた瀬見の存在に、真室が明らかな戸惑いを見せた。
「あの…」
「あぁ、こいつ、在庫管理室の瀬見」
四人掛けのテーブル席に、あつみの隣に真室を案内しながら、目の前に来た瀬見を紹介すれば、瀬見も心得たように「新庄瀬見です」とネックストラップをかざしながら自己紹介をした。
状況が全くつかめていない真室もぺこりと頭を下げて名乗る。
「真室、ちょっと待ってて。俺たち、買ってきちゃうから」
詳しいことは食べながら話すからと、真室に席を取らせておいて、あつみは瀬見と連れだった。
ふと視線を真室に戻せば、その原因となっている萩生の姿を追っているようだった。

「彼、お弁当なの?」
「そうなんだって。若いのに感心だよな…」
新入社員の頃の給料なんて高が知れていて、食費も馬鹿にならない、とは、経験上知ったことでもある。
だからといって、そこまで詮索するのは失礼な話だとも思った。
ふたりして、日替りの焼肉定食を手にして戻ると、真室は巾着の袋を開けないまま、テーブルの上に置いてチョコンと待っていた。
「お待たせ~」
「あ、いえ…」
瀬見がいるせいか、緊張しているのだと思えるぎこちなさが見える。
あつみの前に瀬見が座り、やはり戸惑った態度で、瀬見を見ようかどうしようかと俯き加減になっていた。
「こいつ、瀬見さぁ。由良の同僚の奴なのよ」
雰囲気を和ませるようにまずは紹介から入ると、「由良?」と疑問の声が上がる。
「あぁ、萩生の前にいる奴。まぁ、話すと長い話になるんだ~」
萩生を恋人とふたりきりにする…とはすでに伝えた話で、なんとなく理解してくれているのだろうか。
軽口をたたくあつみに、フッと口角を上げた瀬見が、「東根君も、ほら、食べよう」と弁当を広げるよう顎をしゃくった。
気さくに話しかける態度は、これまでも後輩を見てきたことで培われている。
瀬見の親しみのある口調に真室も少しばかり力を抜いたようだった。

真室がサッと取り出す弁当に、あつみも瀬見も視線を奪われた。
真っ先に見えたのが長方形の、可愛いキャラクターの描かれた三方をファスナーで開閉するバッグで、その下から二段重ねの弁当箱が飛び出す。
更にバッグの中から正方形の掌サイズのタッパーが二つ。保冷材で冷やされたサラダと果物が入っていた。
二段重ねの弁当箱が開かれれば、炊き込みご飯と分かるものと、おかずがバランス良く盛られたものが登場する。
煮物、焼き魚、からあげ…と、どこの幕の内弁当だ?!と思わず言ってしまいそうな品数の多さ。
「えぇっ?!すげっ、チョー美味そうっ!!」
圧倒されるあつみに、困ったような苦笑いが真室から漏れた。
きっとこれまでにもされた反応なのだろう。
小さく肩を竦める。
「うち、おに…、兄が調理師をやっているんで…」
「真室って実家暮らし?」
「実家…っていうか…。お姉ちゃん、結婚して出ていっちゃったし、両親は好きな陶芸をやるんだって引っ越していって…。だから今はお兄ちゃんと二人なんです」
先程言い直した言葉づかいも、すっかり普段のものに戻っている。
まぁ、それはいいとして、ついつい彼の生活に踏み込んだ質問が次々と続いてしまった。
気後れすることもなく答えてくれるものだから、あつみの図々しさはもちろん、瀬見も止まることがない。
そして知れた真相は…。

真室は三人兄弟の末っ子で、長兄とは9歳の歳の差があるそうだ。姉とは7歳差で、数年前結婚したらしい。
真室の就職を機に隠居生活になっていた両親は、趣味の陶芸に励むと、現在住んでいるマンションから郊外(正確には他県らしい)に引っ越して行ったとの事。
つまり、今は兄との二人暮らしなのだそうだ。
「ふたり分作るのも三人分作るのも手間は変わらないから、『真室はお弁当にしなさい』って言われて、持たされているんです。だから残り物…」
職人ともなれば、一人前、二人前とみみっちく作る方が、確かに手間だろう…。
しかし”残り物”の意味が分からないほどの見栄えの良さだった。
「持たされている…って…。手料理なんてとーんと離れている俺からすれば、羨ましいかぎりだけどな…」
あつみがボソッと呟くと、目の前でクスクスと肩を揺らしている人間がいる。
一人暮らしの”淋しい”発言を聞いた後だけに、何かツボにハマるものがあるのか…。
「せみ~ぃ」
苦々しい声を上げた隣で、まさかと思われる発言には、さすがにあつみも瀬見も絶句した。

「え~。じゃあ、お兄ちゃんに言って、お弁当作ってもらいましょうか?お弁当箱、用意してもらえれば、材料費のみでってことで」
ニコニコと語る可愛い存在は、兄に甘やかされ、我が儘が言える存在なのだと悟ることができた。

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キリ番が間もなくですね。
あっという間にやってきたようで驚いておりますが…。
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乱反射 5
2012-10-11-Thu  CATEGORY: 乱反射
他人の兄に弁当を作ってもらう…って、世間ではありえない話だ。
無邪気に言い放ってくれた”弟”に、「いやいやいや…」と手が振られてしまう。
しかも真室と9歳ちがうということは、あつみよりも確実に年上ではないか…。
会社でどんな先輩だと、恨まれることにもなりかねない。
私生活が知れれば、やはり馴染むのが早いのは真室の性格なのか、一気に親近感をもって近寄ってくる。
「大丈夫ですよ。今更一人分増えたところで」
「そういう問題じゃなくてさ…」
「お小遣い稼ぎに協力してくださいよ~。この定食だっていくらですか?」
「350円」
明るく話を振られ、お小遣い稼ぎの意味が分からなくても、素直に答えてしまえば、早くも頭の中で計算していた真室がいる。
「じゃあ一食300円、てとこで」
メニューによってそれぞれ価格が異なる。日替りは定食の中では一番安いものといえるため、それを鵜呑みにして定価にする考えはどこからくるのだろう。
麺類に関してはもっと安い価格だが、あつみや萩生ともなれば、それだけではとても足りない。
それぞれに箸を持ち、話は食べながらに持ち込まれる。
「東根君の言う”お小遣い稼ぎ”って?」
すかさず質問していく瀬見にも、もう慣れたようだ。切り替えの早さにも感心させられた。
一瞬考え込んだようだが、本音が漏れたことは今更撤回もできない状況だと分かるのだろう。
「一日300円で週5日、4週間で6000円でしょ。お兄ちゃんには月3000円渡せばいいし。…あっ、新庄さんもいかがですか?」
「ぶほっ」
あつみは飲みかけた味噌汁を吹きかけた。
それをなにも悪びれずに言い放ってくれる根性とは…。
『材料費』とは、真室は何を基準に発したのだろう。
「東根君、それはお兄さんの意見を聞いてからのことであって、君がここで契約を取ろうとするのは違うんじゃない?」
「瀬見っ、そこじゃないだろっ。人に作らせておいて収める金額は半額って…っ」
「湯田川さん、でもふたり揃ったら6000円ですよ。お兄ちゃん、絶対喜ぶ」
「一番喜んでいるのはおまえだろーっ」
「へへへ(^^ゞ」

短時間でもすっかり打ち解けてしまった真室は隠し事なんかしなかった。
弁当箱に入っていた三個あるうちのからあげを一つずつあつみと瀬見に配ろうとして、そこから焼肉を奪おうとする。
抵抗がない態度は図々しいとも言えるのに、嫌でないのはなんでなのだろう。
幼い子供が「交換こしよっ」と行動しているかのようで憎めないものがある。
これには瀬見も苦笑するしかなかったようだ。
「東根君、他の人にもそう提案してたの?」
まるで”弁当工場”になりそうな展開に、一人分、二人分とは違ってくるだろう…と脳裏を過った。
過去、真室が誰とどんな話をしていたのかは知らない世界。
すると真室はパチッと目を見開いて、「まさか」と否定した。
それから自分の言動を振り返ったのか、少しばかりの居た堪れなさを表した。
「そんなんじゃなくて…。湯田川さん、なんか他の人とは違う雰囲気がして…。それに食べたそうだったし…。他の人にお兄ちゃんのご飯、こんなふうに見てもらったことなかったし…」
…それは…、物欲しそうな子供に映られた…ということだろうか…。
初めて食事を共にした新鮮な空気もあったのだろうか。
思えば室内で一番歳が近いのがあつみと萩生だった。
あつみと瀬見が醸し出す気さくな雰囲気は、年下を見てきたこれまでにある。そんなところに居やすさを覚えたらしい。
真室自信、褒められたような感覚で気持ちが昂って、そこに咄嗟に商売根性が発生したのはさすがというか、関心と呆れが混じるところだったが…。
真室の発言に瀬見は爆笑し、一層”手作り”から離れた生活を浮き彫りにされた気分だった。
「いーんじゃない?後輩のためにも一食500円くらい払ってやれば。枯れて飢えた生活に潤いができるよ」
「瀬見~っ、テメー、楽しんでるだろ~っ!!」
決して嫌がっているわけではないと感じ取れれば、束の間落ち込んだ真室も調子に乗ってくる。
でもそれは正直な意見なのかもしれない。
これだけの手料理が食べられるのであれば、払う価値はあるだろう。人の手を煩わせていることを考えても…。
「新庄さんは?お兄ちゃんの味、嫌ですか?」
渡されたからあげは、この場での強引な試食だった。
…まったくこいつは…。
初めて知ったとはいえ、憎たらしさが生じないことが、まだ幼さを残す態度でもあるのか…。
躊躇うあつみを無視して、瀬見は「ちゃんとお兄さんと話をさせてくれたら、俺は注文してもいい」とぬかした。
「はぁっ?!マジかよっ?!」
あつみが目を見開けば、肩を竦める仕草で返してきた。
「いいじゃん。由良たちに近付かない最大の理由ができる。俺、ここで弁当受け取るし」
図々しい奴はここにもいた…。
…というより、どこまで由良に気遣う先輩なのか…。
隣ではしゃぐ声を上げた人物がいた。
「本当ですか~っ。もう、すぐにお兄ちゃんに言いますっ。料理するの、好きだから絶対に嫌がらないですっ」
思わずあつみと瀬見の視線が絡まってしまった。
たぶんそれは、弟の我が儘を単に受け入れる兄…でしかないだろう…。
渡される金額を素直に受け取り…。袖の下に入れられていることに気付いたとしても、暗黙の了解で流せる度量の良さが、真室の背景から滲んでくる気がした。
後悔はすでに遅し…と気付くのは、絶対に瀬見のほうだと思ったあつみだ。

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