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BLの丘
待っているよ 11
2012-06-08-Fri  CATEGORY: 待っているよ
新記事にあがったってことで…。このまま記事、上げときます。
って…今、気付いたんだけど。
何度足踏みさせた方には本当に申し訳ありませんでした。




「俺、出る」
立ち上がった穂波には、兄を気遣うのか、それともこの空気から逃げる意味もあったのだろうか。
ピンポンの音に、食べている最中でありながら穂波が席をたった。
筑穂も不安を抱えて視線を背中に投げ続けたが。
玄関を開けた途端に叫ばれた穂波の声に、どうしたのかと慌てて玄関口に走り寄った。
「てめーっ、何してんだよ―っっ」
「お兄さんと話をするためにな」
「あ、せんせ…」
穂波の後ろから寄ってしまった。
昼間、別れたはずの大野城がコンビニの袋を手にして立っていた。
わざわざ現れた存在そのものを怪しく思ってしまいたくなるのは確かだが…。

「話~っっっ?!」
訝しがる穂波を通り越して「こんばんは」と人付き合いの良い笑みが筑穂に届いた。
穂波の考える進路などは、大野城を介して筑穂を説得するとは聞いた話であったけれど…。
今日とは、筑穂も穂波も意外だったと言うしかない。善は急げ…なのかもしれないけれど…。
「はい…」
何とも味気ない答えが返されてしまったが、嫌うわけではない。
せっかく来てくれたのだとは充分なほど知れた。
いつまでも玄関に立たせるのはいかがなものかと思わず上がることを進めてしまう。
「あの…散らかっていますけど…どうぞ」
「いい匂いがしてますね。夕ご飯でしたか?」
突然現れた存在に、家庭訪問となってしまった今、納得がいかない穂波であったが、玄関先で済まされる内容ではないと了承している所もあるらしい。
筑穂が招き入れる態度に、続かれる文句はなかった。
突然の来客に驚くこともなく、嘉穂はマイペースでチキンを頬張っていた。
「ほらくんのおにぃちゃん?」
「ばかっ、先生だっ。挨拶しろっ」
先輩、という単語も知らないのか、言葉数の少なさに、そしてのんびりとした態度に筑穂が慌てて訂正の言葉を促すのだが、大野城は慣れた態度で「かまいませんよ」と全てを受け入れてくれた。
そのあたりは、いかようにも生徒を扱ったおおらかさなのか…。
何故、突然の家庭訪問なのかは、この際、胃袋を満たされた嘉穂にはどうでもいい件らしい。自分は関係ないことも多分にある。
大野城の持ってきてくれたコンビニの袋の中身は、ビールのパックだった。
さすがにそれを弟たちの前で出す気にもなれず、またそれは大野城も理解することのようである。
冷蔵庫の中にしまうよう、そっと促されて、食事風景を前に筑穂は尋ねていた。

もともと座卓は家族5人が座れる大きさがあるものだった。両親が亡くなって3人が使うスペースは真ん中だけで、広げたとしても充分足りている。
今は嘉穂と穂波が並んで、向かいに筑穂が座っている。
空いた筑穂の隣に大野城を進めた。
「先生、ご飯は…?」
「あぁ、実はまだでして…」
「タダメシ食いに来てんなよっ」
筑穂の問いかけに素直に答えられ、邪魔だと言わんばかりの最近の子らしい穂波の態度に、筑穂は咎める仕草を見せながら「今日は作り過ぎちゃったから」とそっと穂波を制する。
穂波も嫌味を言いつつ信頼があるのは会話の端々で感じられることだった。昼間見せたような、キツイ態度には出られなかったことでホッとしてもいた。
大野城に対して息をつくのがなんとなくしれてしまった。
素直に文句が言えるのも親しみがあるからだろう。
担任としても顧問としても、筑穂とは違った意味で、気を許せている存在なのだろう。
筑穂は何も気付かないふりをして、「たいしたものはありませんけれど、一緒にどうですか」と晩餐に誘った。
大皿によそった料理はそのまま。新しく用意したご飯と汁物を準備し、座卓を囲む。
「手料理なんていいなぁ」と素直に喜びを表してくれる態度に、筑穂も胸を撫で下ろしていた。

何か言いたい雰囲気はずっとあるけれど、やはり嘉穂の手前なのか、筑穂と穂波の合図があるまで世間話で誤魔化してくれた大野城だった。
話題の豊富さはさすが教師である。
バクバクと茶碗の中身を平らげていく姿に感心しつつ、まだ衰えていない肉体に目を見張った。
育ち盛りの弟だけでなく、気持ちいいほどに空っぽにしてくれる姿は、ある種の喜びである。
今日は手の込んだ料理だったからかもしれないが。
「センコーっ食い過ぎっ」
「あぁ、美味すぎてな…」
「ほなっ、先生にむかってっ」
「でも今日のにぃちゃん、なんでこんなうまいの?」
「おにぃちゃんだってやるときはやるんだよなぁ」
咎める筑穂は無視され。また今更気にしないといった受け答えで嘉穂とやりとりをする。
しっかり生徒との距離感を掴んで馴染んでいる人間関係には感服する。嫌味もなく溶け込んでくれていることに筑穂の冷や冷やした心も和んでいた。
全ての人間に対して褒め言葉を忘れないことも、聞いている方としては安らぎを持ってしまう。たとえどのような言葉でも自分の存在を認めてもらえる台詞は喜びになる。
硬かった家の中の緊張感が解けていった。

その時、嘉穂の携帯電話が鳴って、皆の会話が一時中断された。
「あ、かわらぁ。…え?問題5?…やってないからちょっとまってて。にぃちゃんに聞いて後で電話する~ぅ」
その内容は相変わらず宿題の確認のようだった。
周りを全く気にせず、バタバタと階段を駆け上がっていった存在は、その勢いで飛び降りてきた。
「にぃちゃん、問い5~ぉ」
どう見ても白紙の宿題プリントは宿題をやったようには見えない。
夕食の前に宿題をするように促しても、寝癖のあとから、ひと眠りしていたのは明らかな事実。
何より、自分で考えようという努力はないのか…。
「嘉穂っ、にぃちゃん、洗いものするから穂波に聞けっ」
「うるせーっ、自分の勉強くらい自力でやれよっ」
勉強嫌いな穂波が万が一間違えた時のプライドをかけて、大人しく教えるはずもなかったが…。
兄弟のみみっちい言い合いに、口を挟んできてくれた人物がいた。
「どこがわからないのかな」
現役教師に中学一年生の問題はひらがなを書くようなものだろう。

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堀を固める教師…( ゚ ▽ ゚ ;)エッ!?

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待っているよ 12
2012-06-09-Sat  CATEGORY: 待っているよ
あっという間である。
あっという間に嘉穂の宿題全問が解決した。
指導して本人に解かせたのか、大野城が説明するだけで解決に至ったのかは疑わしくはあるけれど…。
「すっげーっ、こんな早く宿題終わったことない~っ」
自分で考えてはいないのだが…。それはそれで問題だと思う筑穂に、喜び勇んだ姿は、咄嗟に家を出ようとしていた。
「かわらっんとこ行ってくる~」
「嘉穂っ、もう遅いからっ」
「大丈夫っ」
筑穂が家を出る時間としては遅いと咎めても、勢いは止まってくれない。
電話で済ませるはずの話は、全問の答え合わせ、直接会うことに繋がったらしい。
筑穂の制止は全く聞こえず、宿題のプリントを手にして、玄関を後にしていった。
何が『大丈夫』なのかはこちらが聞きたいくらいだ。
筑穂はすぐさま、鞍手家の電話番号を押す。
状況をすぐさま悟ってくれる親子にまたもや感謝の念が湧いた。
歩く時間、やってくる存在。なにもかも受け止めてくれる地域社会があった。
嘉穂が行ってしまったのだと伝えても、それがなにか?と逆に兄弟間の触れ合いがあるような信頼に喜ばれる。
香春が一人っ子だったから、嘉穂一人でなく、津屋崎家全部が兄弟として見られていた。
鞍手の母親は、宿題の件に、『直接おしえてもらえるのねぇ』とかなり喜んでいる始末で…。
確かに押しかけて入るけれど…。
『帰りは主人に見送らせます』と、夜遅くの訪問も嫌がられていない。
香春のお母さんがいつものように嘉穂を見守ってくれる発言をしてくれて安堵する。
その隅に少しだけ甘えが出た。
「あの…、えと…、穂波の今後に、ちょっと今、先生が来てくれて…」
嘉穂の存在を邪魔するわけではないが…。
聞かせたくない事情など、電話口でも察してくれるらしい。
状況を聞いて母親はすぐさま、話を進めろと電話を切ろうとした。
『嘉穂くん、うちに、泊めてもいいのよ。ちくちゃんもいっぱい、先生と話して。妥協したらだめだから』
兄弟の歳が離れているだけに…、香春の両親ともそれほど離れているとは言えない筑穂だ。
親子…そして、兄弟と…も、どちらに位置付けされてもおかしくない立場にある。
白い目で見られても不思議ではないのに、香春の両親は決してそんな視線を向けて来なかった。
もちろん、幼いころからの付き合い、筑穂の頑張りを知っているからこそ。

「ありがとうございます。でもすぐ…」
『嘉穂くんがいてくれると、香春もぐずらずねてくれるのよねぇ』
筑穂がすぐにでも迎えに行くと言う台詞に、さりげなくその存在を拒否される。
寝静まるまで居てほしいとは、遠まわしな気の使い方なのだろう。
穂波の人生を決める時、悩める場所に、少しでも手を煩わせるものがないほうがいい。
わかっては、「すみません」と声が漏れた。
『ちくちゃん、…おばさん、こんなこと言うのはなんだけどね。…紙に書かれた学歴とか職歴が絶対にいいものじゃないのよ』
…先生が来た…というだけで、状況は知れたのだろうか。
筑穂が掲げる見栄えというのも、親しい人は知っていたのだろうか。
大野城が言ったように、学歴だけが全てではない。だけどそれを期待してしまったことは、嘉穂を通して鞍手家にも知られた本音だったのだろうか。
同じように穂波にも望んだ世界…。
“先生が来た”ことに、悩める家族を気遣ってくれる。弟の思いは、家族より、他人の方が知っていたのか…。虚しさも混ぜ合い筑穂の心は揺れ動いた。
『うちの主人、高卒なのよぉ』
『いちいち言ってんなぁ』
電話口の向こうに聞こえる和やかな声。
明るい弾みのある声音には学歴など気にしていない言葉。
やはり、自分のこだわりが間違いなのかと思わされる。
充分に”生きている”感動があった。

その背景に『ピンポーン』と電話口の奥に響いたいつものおと。
『あら、もう来たのね。じゃあね』
あっさりと切られた電話だった。
宿題を持った嘉穂は無事に親友の家に辿り着いたらしい。

嘉穂の行方は知れている。
分かっているから安心もした。
電話を置く間を待って、穂波と大野城が居住まいを正した。
先程までの、和やかな食風景はすでになくなっている。
三人にとって、何を話したいのかなど、知れたことだった。

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待っているよ 13
2012-06-10-Sun  CATEGORY: 待っているよ
改めて向かいあった先に穂波の俯く姿勢があった。
筑穂は雰囲気を取り繕う為にも、お茶を淹れて回る。
「ありがとう」と大野城に素直に喜ばれて、感謝される意味を今更ながらに知った。
パソコンを相手にしてはかけられることのない人付き合いだ。
筑穂の隣で大野城が座卓に肘をついた。
「今日も言ったが、嘘をついてまで物事をやるとは信頼に欠ける。本当にその気があるのなら、正面からぶつかるべきだろう」
穂波と大野城の間では、筑穂を越えて語られた何かがあったとは、推測できること。
隠れてこそこそと動いていた穂波をたしなめていた。
すでに話された内容なのだろうが、ここで口にしたとは筑穂に聞かせる意味もあるのだろう。
「でも兄貴は…」
「俺?」
言いかけた言葉が止まれば、追及もしたくなる。
筑穂の問い詰めようとする発言を大野城が制した。
「進学のことに悩んでいたんですよ。お兄さんは絶対に”大学”を希望していたでしょう。そのこだわりは何?」
自分が希望する通りの人生なんてないのだとは分かってはいても…。
自分が過ごしてきた時と同じ空間を与えてやりたかった思いはある。
筑穂が単純に”大卒”だったから、だけだ。同じ道を…と思っていた。
穂波が、今まで抱えていた悩みを、大野城がいるという安心感からか口を開いた。
「俺、別に大学に行ってもいいと思ってた。兄貴がそれで満足するなら…って。…でも、目の前で働く人の姿見て、一生懸命になる人を見て、学歴ってなんだろうって思った。やることも分からなくて、無駄に金掛けて…。うち、そんな、裕福じゃねぇだろ」
「だから、そのお金はっ」
「じゃあ、その金、嘉穂にまわせよっ。恩着せがましく払ってもらって、わけわかんねぇ大学とか行きたくねぇしっ。だったらやりてぇことに自分で働いてでも金、つかうよっ」
「穂波…」
未来を見据えた姿は、自分が想像していたよりもずっと逞しく育っていたのかもしれない。
何よりも変えたのは、『一生懸命働く人』だったのだろう。
筑穂の背中も見ていて、行く末の違いを、穂波自身感じていたのだろうと思う。
デスクワークよりも体を動かすほうがいいとは、すでに聞いた話だ。
自分とは違っている。同じようにはならない。
はっきりと分かってしまったから、今の決断がある。

大野城が「オフレコで」と口を開いた。
「中には、本人の能力を過信した親もいるんです。絶対に無理だという進学先とか希望されてね。それは、お兄さんがいうような『見栄』なんでしょうけど。津屋崎は目標を持っている。大学にこだわらなく、応援してもらうことはできませんか?」
「でも、まだ、こいつ、高校生でっ」
「高校生だって、意思はあるんですよ」
一人で決断するには早すぎると危惧する筑穂に、考える力はこうやって育つのだと諭された。
いつまでも親離れできない子供ではない。

筑穂は腹を括るしかなかった。言われている全ては理解できる。
いつか、巣立っていく弟たちだとは、もうずっと前に気付いていたことだったけれど…。
穂波の成績もそれとなく知れていたけれど…。
「専門学校はいいよっ、わかったよっ。でも『浮羽』っていうやつはまた別問題っ。てめー、高校生の分際で何、考えてやがるっ」
まだ出会ったことはないけれど、特別な意味があるとは、昼間聞いた『浮羽のため』で知ることができた。
胃袋を鷲掴みにされたのなら、取り返してやろうとは、今日の夕食にも表れていたのだが…。
筑穂の考えと行動は虚しい結果に終わるはめになる。
掴んだのはどうやら大野城だったらしい。
「何…って、卒業したら一緒に住むけど…」
「ってことで、津屋崎の出ていった後、保安員として移り住んできますので」
「はぁぁぁっ?!」
影ながら交わされた約束かと思うものは、筑穂にとって全くもって寝耳に水…。
そして穂波にとっても聞いた台詞ではなかったらしい。
「あぁぁぁっっ?!」
叫び声が家中に響いた。
「なんでテメーがここに来るんだよっ」
「だってお兄さん一人、不安だし。すぐ泣くし。ご飯美味しいし。弟君の教育もあるし」
「いらねー心配してんなーっっ」
激昂する弟と平然と答える教師。筑穂の意見は(述べる隙もなかったけど)無視されている。
それこそ頼りないと公然と言われた筑穂は情けなさに目が潤みかけた。
兄としての尊厳はどこにあるのだろう。

「ほら」
隣にいた大野城の手が、今日二度目の眦を撫でる仕草を見せる。
弟の前の恥ずかしさを通り越し…。
年上という頼りがいのある安心感に、弟を失った空白が満たされていくような錯覚に陥った。
頑張ってきたその全てを汲んでくれるような人に、また家族のみんなを受け入れてくれる温かさに、出会った喜びが湧いた。
「じゃれついてんじゃねーよっ」
もれなく、座布団も飛んで来たけど…。

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待っているよ 14
2012-06-11-Mon  CATEGORY: 待っているよ
突然湧いた、穂波の「同居します」宣言に、筑穂は断固反対の異を唱えた。
「学生身分で何言っているんだ。専門学校、無事卒業してから考えることだろ。家から通えないわけじゃないし」
ましてや筑穂の知らない相手である。そう簡単に、ハイどうぞなどと返事ができるわけがない。
穂波は少し膨れたように「だってさ…」と言うにとどまり、言葉は濁された。
もちろん考えがあっての発言なのだろうが、あまりにも今日一日であり過ぎた筑穂にはまだ早い話としてしか捉えられなかった。
大野城がすべてをまとめてくれる。
「おいおい話合っていけばいい。今日は朝から振りまわされて、お兄さんも疲労困憊だろう」
…本当だ…。
嘘がバレたことは穂波の中でも後ろめたさがあるのか、それ以上声を荒げることもなかった。
一つの問題が解決しては気も抜けてくる。
とはいえ、大野城のいる前で、大の字になって転がることもできなかった。
筑穂は一呼吸おいては、大野城に頭を下げた。
「先生も…。わざわざすみませんでした…」
「いえいえ。これも仕事ですからね。お兄さんの美味しいご飯が食べられたのは、役得でしたよ」
「媚び、売ってんなよっ」
「穂波っ」
どこまで本気かはともかく、努力したものを褒められるのは嬉しいものだ。
戦場のような食卓に、褒め言葉などほとんどない日常だった。
もちろん感謝はされていたのだろうが。

筑穂は「嘉穂、迎えに行かなきゃ…」と立ち上がりかける。
続いて大野城も腰を上げた。
「じゃあそこまで」
大野城の帰る方向が鞍手家のあるほうとは限らない。だけど雰囲気には、穂波を除いて筑穂と話をしたいというのが表れていた。
筑穂と大野城が連れだって玄関を出ていくのを、進路が決まって安堵したような穂波が見送っていた。
冗談を交え、明るかった空気が、ふたりきりになった途端、少し重く感じられた。
街灯が照らす中、歩むはずだった脚はふたりとも止まった。
「筑穂くん…」
初めて呼ばれた名前に、筑穂はどうしたのかと、ドキンとする。
並んで立ち、顔を上げて背の高い教師を見上げると、優しい眼差しが浮かべられていた。
「何でも溜め込むのは良くない。弟のために、と必死になる努力は結構だけれど、無理しすぎていない?自分で全て抱え込もうとしなくても、津屋崎のようにきちんと自分の考えを持って成長している子はいる。兄弟にも甘えて見せるのは悪いことじゃない。それがまた、あいつらを成長させるんだ」
「せんせ…」
「昼間の泣いているあなたは子供みたいで可愛かったけどね」
「そんな…」
あまり思い出したくない出来事を振り返られて、筑穂は顔から火が出るくらい照れくさかった。
『子供みたい』と言われたことも、未熟者と評価されているように捉えてしまう。
大野城の手のひらがさりげなく伸びてきて、額から髪を梳いた。
大きな手のひらだ…。
「誰かを可愛いと思うのは久しぶりだった。小憎らしい連中ばかり見ているからね」
真剣に話をしているかと思えば、口角をあげたりもする。でもやはり真面目な態度であるのも確か…。
「それに、支えになってやりたいと思ったのも、ね。どこまでも無茶をしそうで心配になる」
注がれる眼差しは、強靭な精神を持った者を語っていた。
気にかけられるのは、単なる、生徒の保護者だからなのだろうか。穂波の延長でしかないのだろうか。
穂波が卒業してしまえば接点などなくなる。それまでの間だけでも、ぐずぐずに崩れたら、その先の自分はどうなってしまうのだろう。
親を失ってから気丈に振舞うことが筑穂を支えた全てだ。
確かにあの泣いていた時間、何もかもを晒してホッとしてしまったけれど…。あの安堵感はこの体と抱擁力からくるものなのだろう。
溺れてしまいそうな恐怖感が湧いた。
「それって…?」

手に力がこめられて、コツンと筑穂の額が大野城の胸に当たった。
誰かに寄り添うなんて、いつぶりだろうか。
一人で頑張ってきた努力を、この人は全て認めてくれる…。
「もちろん、そのままの意味。弟の世話に自分の幸せを犠牲にするんじゃなくて、俺と一緒に育てていく道を考えてもいいんじゃないかな。今の気持ちのまま、嘉穂君の成長を待って、同じように大学卒業させるんだって思って過ごした時、筑穂くん、幾つになるの?」
「でも、せんせ…」
生徒を見守るのとはまた違った話になる。
順調にいっても、あと10年。個人的な苦労を大野城に委ねるのは心苦しさも浮かんでくる。
そのことを大野城は悟ってしまったらしい。
「そういうところが心配になるっていうの。一人で抱え過ぎるから」
「でも、せんせ…」
同じ言葉を繰り返すだけの筑穂に、クスリと笑みが届けられる。
「ふたりきりでいる時に、『先生』はやめよう」
額に温かな唇が触れ、決して勢いや冗談で軽口をたたいているのではなく、真剣な気持ちが伝わってくる。
あまりにも急展開な話だったけれど、このまま縋っていたい思いは筑穂の中に芽生えていた。

「高良(たから)っていう名前、知ってた?」
知らないと分かっていながら悪戯をしかける少年のような表情を見せる。
弱みをまた一つ握った、といったところだろうか。
小さく首を横に振った筑穂に、それでも嫌味を投げかけるような態度には出なかった。
傾きかけた気持ちを引き戻す力が筑穂にはなかった。
一日で疲れ切ってしまって、その隙間にうまく入り込んできた人…。
「ついでに歳は34歳です。脂のり過ぎ?一応日々運動は欠かさず、鍛えているつもりなんだけどなぁ。同い年の他のサラリーマンに比べたら、見た目だけでもお買い得だと思うよ」
しっかり自分を売り込むことを忘れないのは自信の表れでもあるのだろう。
自分より年上の、人を見守ることに長けた人は筑穂の心をしっかりと掴んでいた。

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待っているよ 15
2012-06-12-Tue  CATEGORY: 待っているよ
筑穂が嘉穂を迎えに行く家の前まで、大野城は送ってくれた。
津屋崎家の内情を少しでも知っていこうとする態度は、彼の真面目さを改めて伝えてくる。
流されるように収まってしまったから、本当に良かったのかと心配するところもあるが、頼れる存在を得られたという心のゆとりが生まれているのも確かだった。
もともとの大野城を信頼していた過程もあるのだろう。
穂波を通じてだったが、教師陣の中では一番接触があった人物だったから…。
だからこそ、穂波の進路の件についても、大人しく聞くことができたのかもしれない。
「明日、店に行ってみようか。でも7時には閉店しちゃうから、筑穂くんの仕事が終われば…だけど」
今日も仕事などせずに退社してきてしまった筑穂だったから、翌日の仕事量の多さを気遣われる。
それでも、早目に相手と話をしたいであろう筑穂の心理状態を考慮してくれた誘いだった。
「はい。どうしても無理だったら連絡します」
二人の関係がどんなものであるのか想像でしかないが、穂波からの一方的な話だけでなく、状況を詳しく知りたい。
たぶんそれは大野城も同じなのだと思う。
遅刻をするほどまでに嵌ってしまったもの…。

香春の親に簡単に出来事を伝えると、やはり筑穂の教育方針を心配されていたらしい。
型にはまった人生を送らせようとする考え方だったのではないかと。
人から後ろ指をさされないようにと思うあまり、自分の考えを押し付けていた。
「やりたいことをやらせてあげるのがいいのよ。そのほうが最終的に自分で責任をとる意思を持たせるんだから」
香春の母親がおおらかに笑ってくれる。
言いたいことの意味も分かるけれど、やはりまだ未成年である穂波に目的の分からない同居はさせられないと思った。
もちろんそれは伏せた話だったが…。

シュークリームのお土産までもらい、嘉穂を連れて帰ると、穂波が驚いた顔で袋の店名を見た。
「え?それ、どうしたの?」
「香春くんちでもらったんだよ」
「にぃちゃん、食べてい~ぃ?」
テーブルの上に乗せるやいなや、嘉穂が袋の中身を漁りはじめた。
聞くまでもなく、止まる気配はない。
香春の家から何かをもらうことは多い。何故穂波が驚くのか理由が分からず、筑穂は束の間キョトンとした。
「それ、浮羽さんの店のだ…。え、袋だけ?」
とりあえずその場にあった袋に詰めてくれたのだろう。
嘉穂が取りだした商品に見覚えがないのか、脱力した感じはあったが、筑穂は咄嗟に店名の印刷された袋を掴み上げた。
結局のところ、筑穂はまだ店名も場所も聞いていなかった。
大野城に託してしまったことも過分にある。
「この店?!これって学校の近くのだろ?!そんなところにいながら遅刻してたのかっ」
店の名前には筑穂も覚えがあった。あったが買いに寄ったことはなかった。
高校から近いということもあって、終日学生でにぎわっているとは誰に聞いた話だっただろう。
遅刻の件を再び出されて、バツが悪そうに穂波が眉をしかめる。
「明日っからちゃんと行くよ。浮羽さんに迷惑もかけたくないし…」
店が知られれば居場所もつかめるというもの。大野城からでも、一本の連絡が行けば浮羽とやらに責任問題も被さっていく。
穂波は店にはおらず、うろついていた、と言ったがどこまでが真実なのだろう。
「ちゃんと…って、あたりまえだろーっ。それと朝練も行けっ」
「えー、なんでー?」
「専門学校のことは認めたんだ。学ぶのはそれからでもいいだろ。今しかできないことをするんだよっ」
「部活なんてもうすぐ引退じゃん…」
「だからこそっ。中途半端に投げ出す奴は、何をやらせても中途半端なんだよ。そんな考えでいるんじゃ、パン屋やりたいっていう思いもどんなもんなんだか…」
気持ちが途中で変わるのは仕方のないことでもあったが、一度やると決めた根性くらい見せてもらいたいものだ。
中学、高校と続けてきたバスケットを良い形で終わりにさせてやりたい。やり遂げた時の感動というものもあるはずだ。
穂波はそれ以上何も言わず、嘉穂と並んでシュークリームを口に運んだ。
筑穂の言い分は理解してもらえたようだ。
二人に飲み物を…と台所から野菜ジュースを持ってくると、すでに食べ終わった嘉穂が残った一つに狙いを定めていた。
こいつらの胃袋に限界はあるのだろうか…。
「にぃちゃん…」
「あぁっ、もういいよっ、食えっ」
ひもじい思いはさせたくない。食べ物に穂波を奪われたような後悔も少し混じるのかもしれない。
いつもはダメだと言われるのに、筑穂の返事を聞いては超速攻で飛びついた。気が変わられないうちに、と思うのか、穂波に奪われることを懸念するのか…。
弾けるような笑顔が無邪気なのだが小憎らしくも見える。
その後に筑穂を襲ったのは激しい脱力感と、盛大な溜め息だった。

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