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BLの丘
珍客の訪れ 6
2013-07-07-Sun  CATEGORY: 珍客
今日二度目のバツの悪そうな顔を浮かべた久志は、栗本に見下ろされている視線から逃れるように、大きな体を小さくした。
ふぅぅと栗本も困り顔で、また苦笑いだ。
那智は呆れと情けなさを漂わせつつ、また、どこまで体を痛めたのかとより一層の不安にかられる。
栗本は久志を奥に繋がるドアへと促した。
「全身診た方が良さそうだね」
ここまで来たら、一つの誤魔化しもきかないと久志も諦めがついただろう。
那智はついていった方がいいのかと逡巡したが、栗本に「後で呼ぶからここで待っていて」と止められて頷いた。
同じように中條と磯部にも視線を走らせる。
「誠たちは?どうするの?」
帰るなら帰っていいし、待っているのも構わないと、自由にさせている。
「そんなに、何時間もかかるわけじゃないんでしょ?」
「そりゃ、まぁね」
栗本にはおおよその判断はついているのか。
それ以上何も言わずに、久志を連れて中へと消えていった。

中條たちは今更10分や20分、時間が伸びたことは気にしないといった風情でいる。
顧客の勝手で時間にロスができることなどしょっちゅうで、不慮の事態には慣れ過ぎている。
やはり久志の具合が気になるところもあるのだろうし、那智を一人にさせたくない配慮もあった。
どうせ乗りかかった船である。
「強引にでも連れてきて正解だったね」
那智が座ったとなりに中條が腰を下ろし、ひとつ間を開けて磯部も並んだ。
中條の声に那智は「えぇ…」と素直に頷く。
「もう…ヒサってば、ホント、バカなんだから…」
あんな体でよく「一人で帰る」などと口にできたものだ。
愚痴にも似た言葉が発されると、中條が「まぁまぁ」と那智の頭上を叩いた。
「高柳君もさくらちゃんには心配かけたくなかったんでしょ」
「それが変な心配になるっていうのっ」
「あとは佳史にまかせておこう」
宥められて、またコクンと首を縦に動かしてから、二人が向かったドアを見つめた。
何を言ったところで、無事でいてくれればいいと願ってやまない。

真っ先にレントゲン室に案内した栗本は、手早くレントゲンを撮り終え、診察室に移った。
レントゲンフィルムを机の前に貼り久志を迎える。
診察台のベッドに座らせて、リラックスするように伝え、少しばかり辛口になる。
「さて。"強がり"は結構だけれど、今回は歓迎できないね」
チクリチクリと久志の内心を突いてきた。
痛みを我慢する = カッコイイ ではないのだとさりげなく諭された。
ここに那智がいなかったことにホッとしてもいたが、栗本が久志に告げるためにわざと退けたのだと知る。
それは久志のプライドを守ってくれるものでもあった。
「すみません…」
珍しくシュンとした久志がうなだれるとクスクスと笑みがこぼれた。
分かっている人間にそれ以上言葉を重ねてくることもしない。
栗本は自分も専用の椅子に座り、レントゲンフィルムに向き直った。
「まず肩ね。こちらは軽い脱臼。心配するほどのことはないから。問題は右足だね。骨折している箇所…」
「『こっせつぅ』?!」
ほとんど栗本の言葉を遮るように久志が絶叫した。
そんな激痛はなかったと診断結果を疑いたくなる態度にも栗本は落ちついた態度を崩さない。
フィルムの右足小指の位置を指し示し、「これ、わかる?」と傷があることを伝えた。
「基部に近い方だからこっちも重症化することはないけれど、しばらくは安静に、ってとこだね」
「いやいやいや、俺、歩けるし」
ここまで歩いてくるときだって、栗本は特に手を差し伸べてくることもしなかった。
骨折 = 重傷患者というイメージしかない久志には、自分には当てはまらないと言い張りたい。
そんな久志の気持ちも理解したように、相変わらずクスクスと笑ってくれる。
「よく挫いたときに受傷するから捻挫と勘違いする人もいるけどね。そのまま無理して歩いている人は結構な数になるんじゃないかな。受診しないのは、余計に痛みが増すようで決定的な診断を下されたくないか…」
心理状態まで言い当てられたようで、また久志は黙った。
的を射ているだけに反論の言葉がない。
続けて栗本は相違点などを説明してくれた。
剥離骨折というものだとか。
おまけに、話しただけで、状況を想像できてしまったようだ。
「君の場合、"挫く"面が、地面でなく、壁…と言っていいかな、側面になったわけだ」
変なふうに捻った記憶はないが、それだけの衝撃があったということなのだろう。
体を突っぱねたぶん、肩にも影響が出たとのことだ。

「はぁぁぁぁ…」
大きくため息がこぼれたのは、ここまで事を重く考えていなかった反動でもあった。
黒川が言ったことは、年齢を重ねているだけに間違っていなかった。
栗本は立ち上がると「お連れ様を呼ぼうか」と、反論させない口調でドアに向かう。
説明をすることで不安を解消させてあげたい思いを持つ人は、状況に対して、先に何をすべきか組み立てられているようだった。
振り向きざま、ふとこぼした。
「君が弱音を吐いたってあの子は嫌うような人じゃないだろう」
何もかもを見透かした人格は、優しさと慈愛が溢れている。
久志が曖昧にしたがったことを咎められてもいた。

※このお話はフィクションです。背景その他モロモロ、勝手に作っているものなので深く突っ込まないでくださいね。
また医療関係については詳しくないので用語や表現が間違っている点があるかもしれません。
あまりに『おかしい』ところがあったらお知らせくださいm(__)m
そして鵜呑みにしないでください(←うそつききえちんなので…)

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珍客の訪れ 7
2013-07-08-Mon  CATEGORY: 珍客
診察室に続く扉が奥から開かれると、待合室にいた全員が一斉にその方向を見やる。
咄嗟に立ちあがった那智を宥めるように栗本の手がかざされる。
硬い表情の那智に、事態を重くとらえない、穏やかな笑みを湛えた姿が届けられて、無言で安堵させられた。
「一緒に説明を聞いてもらった方がいいと思ってね。君に聞いてもらうことは彼も嫌ではないようだから」
そう言われて当然のごとく乗りこんでいく那智だった。
もちろん今の那智には、栗本が那智に対して不安な時間を一分と持たせたくなかったなどとは気付けない。
正しい見解を久志が独断で捻じ曲げる危惧も、少なからず栗本は持っていたが、その回避策だとは、尚更気が回るはずもなかった。

診察室に入ると、がっくりとうなだれる久志の姿が視界に入って、那智は一瞬、どう声をかけようかと戸惑ってしまった。
もうここ最近、自信にあふれた(半ば)傲慢な姿しか見ていなかっただけに、その光景が、いつしか目撃した"試合に負けた時"と重なっていた。
弱弱しい久志を見ることは滅多にないだけに、那智を動揺させるには充分だった。
「ヒサ…」
さっきまで、なんと罵ってやろうかと息まいていた心は瞬時にしぼんでいた。
ふざけていい時と真面目に向き合わなければならない時の違いくらい心得ている。
那智の視線はすぐに栗本を振り返る。
栗本は那智の心情を読みとるのか、やはり落ち着いた笑みを浮かべて、隣に座るよう促した。
「そんなに悲愴的にならなくても平気だよ。さっき高柳君にも言ったんだけれどね…」
宥めながら栗本は怪我の様子を那智に聞かせた。
その内容にはもちろん那智も目を見開いていたが、大げさに告げることで、その後の処置をあまりにも軽く感じさせてくれた。
逆に、一歩間違えば、寝たきりの重体になっていてもおかしくないと、そこまで紙一重だったことも言い忘れない。
一瞬のことで、判断が誤れば命を落としかねない現状は、過去の事例も見聞きした経験が語らせるのだろうか。
さらに、残された人の苦悩もどれだけ悲惨なものか漂う。

栗本は朗らかに、明るい口調を崩さなかった。
真面目な話なのに、冗談も交えてくれて、緊張する中でもホッと息抜きをさせてくれる。
「骨折しているって診断したら全治3カ月絶対安静、って言ってあげたいところだけれどね」
「えぇぇ?!3か月ぅぅ?!」
「ヒサッ!!」
いかにも不満だと言いたげな反論に、大人しく聞けと那智が止めに入る。
多少の脅しはこの際、突然の訪問に対しての謝礼でもいいのではないかという栗本の本心はチラリとも晒されることはなかった。
ポーカーフェイスは医師としての得意技かもしれない。
真に受けてくれることに笑みが浮かんでしまったのは、無垢でいる人を前にしたからだろう。
「『って言いたいところだけど』だよ。ここら辺は靭帯や腱もあるし激しくズレることはないから、別にギプスもしなくていいんだけど。そうだね、とりあえず1週間も様子見ようか」
「そんなに短くっ?!」
明らかな疑問を持ったのは那智のほうで、詰め寄るに近い質問が飛び出す。
適当な診断を下されているのではないかと疑われても仕方がないのは栗本の方が熟知しているのかもしれない。
「部位がね。もう少しズレていたら治りも悪いんだ。その点、運が良かったとしか言いようがない」
レントゲン写真を再度見せられて、傷があるところを示される。
どこがどうなったら悪くなるのか良いと判断できるのかの知識などもちろんない那智たちは、栗本の説明に耳を傾けるしかなかった。
「本当はギプスを付けているのが一番良いんだよ。ただ、高柳君が言うように、普通に歩く"フリ"ができる人もいるくらい、大げさにする必要もない。動きづらいのもあるだろうし、松葉杖だけでも生活は送れる。この季節問題も加わって、ギプスが嫌なら簡易的なのもあるからそちらでも」
「つけてくださいっ」
またもや栗本の解説は那智の一言で閉ざされた。
もうこの際、気候だ、見た目だ、久志のプライドなどどうでも良くなっている。
何より、一刻も早く完治してほしい願いが那智にはあった。
あくまでも『本人の意思で』と気遣った栗本の配慮も那智には全く通用していなかった。
ギプスを付けての生活には何かと不便が出てくる。その一端を担うことになるのだとさりげなく伝え、一緒に住む人は手を差し伸べてやれるのだろうか。
遠回しの心理テストのようなものだったのだが。
全く逆の意識がそこにあると悟れれば、栗本も双方の意見を聞く。
那智が望んでの不便さには、那智からの苦情もとげとげしくはないだろう。

肩にも意識させるための固定する包帯が巻かれて、足首には厳重な装備がなされて、その格好で待合室に戻れば、中條と磯部も目を剥いていた。
これまでの久志の元気さから、ここまでの重傷とは思えなかったようだ。
見た目だけは充分に人の気を向けることができる。
これを理由に、現場作業から解放される(←忙しいのでいつもかりだされていた)とほくそ笑んだのは久志くらいだ。
知ったように栗本も太鼓判を押してくれた。
「どうあれ、医学的用語では『骨折』だからね」
診断書にも当然記載される内容を強調される。
どこまでその診断を正しく受け止めてくれる人がいるだろうか。
久志だって、骨折 = 重傷患者 のイメージなのだ。

(お主も悪よのぉ…)と久志の内心でぼやかれていたかどうかは誰も知らない。
当分那智は久志のために尽力をつくしてくれる…。そう思っていた心も誰も知らない。

「車は…。一度整備点検しておきますね」
磯部の提案にも快く頷いた。
車が無ければ、外に出かけることもできない。(←いえ、できますので)
磯部は久志の車に乗り込んで営業所に向かう。
中條は那智と久志を送り届けて営業所に向かう。
メンテナンスとはいえ、一つの売り上げをとってきた磯部に誰も午後の"外出"に文句はないだろう。

帰り際、栗本は久志の"筋肉生活"を褒めてくれた。
「筋力を鍛えるとは怪我防止にもいいんだよ」
運動は欠かさずに行いたい。

那智は一人、全身ギプスというのはないのだろうか…とほんの一瞬だけ思った。
絶対に間違った筋肉の使い方だけを提案されそうな今後が予想される。
人間とは不思議なもので、不安や心配事がなくなると妙に自信をつけて、元気になる。
もちろんそれは悪いことではないし、明日に向けてのチャレンジ精神を呼びこんでくれるのだから、活力といえるだろう。
だが、この場合…。
久志がどんな行動に出るのか、手に取るように分かる那智だったのだ。
けしかけてくれた医師を咎めたかったのは那智かもしれなく、『ギブスっ』と言い張った那智の内心まで読みとって「ハイハイ」と頷かれ、大人の余裕さを見せつけられた。
久志の思惑も那智のあらがいも、この医師にはいけすの中の魚同然だった。

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佳史にとっては『まな板の上の鯉』のオンパレード?!
次最終話…とか思っているけれど、不安なので、10話くらい?!と予言してみる。
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珍客の訪れ 8
2013-07-09-Tue  CATEGORY: 珍客
中條にマンションまで送ってもらい、部屋に入るなり、もわぁんとした空気に出迎えられた。
こんな真昼間に帰ってくることは滅多にあることではない。
留守にしていた部屋の中とは、こんなに不快なものかと眉根が寄ってしまう。
「あち~っ」
どちらからも同じセリフが漏れ、エアコンのリモコンを手にして電源を入れる。
久志はドカッとソファに座り、那智は暑苦しいスーツを脱ぐために寝室へと向かった。
思い出したように久志が那智を呼ぶ。
「那智~、那智、俺、シャワー浴びたい」
荷物の仕分けなんていう作業では、全身から汗が噴き上がってくる。
事務所に引き上げた時に、拭ったり着替えたりしたが、この季節、それだけではスッキリしない。
「勝手に浴びやがれっ」
廊下の向こうから怒鳴り声が響いてきて、那智が普段と変わりない態度でいてくれることに、久志は少々安心した。
那智が自分の感情を素直に言葉にしないのはいつものことだが、それとは違って久志を気遣い無言になられたりあからさまに様子を伺われるのは避けたかった。
自分の失態と分かるだけに余計な気を使わせたくない。
今更遅い話だが…。
会社に顔を出した時の那智の一瞬の表情は脳裏にこびりついている。
どれだけの不安を与えたのか、後悔することの一つだった。
好奇心で集まってくれた同僚たちのおかげで、那智の気が紛れたのは確かだ。久志の状態は悪くないと黙ったまま語ってくれた。
そういう意味では、見世物にしてしまったが少しばかりの感謝もしている。

「勝手に…って俺、ギブスまではめられちゃって動きづらいんだけど…」
別に強制はされなかったところ、率先して付けろと言い張ったのは那智だと甘えた文句が久志からこぼれる。
早く治してほしいのだろうに、無理をすれば完治も遅くなるのだと暗に含めればバタバタとリビングに戻ってきた。
その声はしっかり那智まで届いていたようだ。
それとも『シャワー』と言った時点で、久志の感情など察しがついているというところか。
「自業自得だろっ。ほらっ、着替えくらい持ってきてやったよっ」
Tシャツに短パンの軽装になった那智は、手にしていた久志の衣類を放り投げてきた。
無駄に動かないようにしてくれたらしい。
それだけでは物足りないと言いたげに久志の視線が向くと、堂々と無視された。
「ヒサが手間取っている間に、昼飯くらい作っておいてやるよっ」
逃げ口上なのだろうが、どちらも必要とされることを口に出されては強くも言えなくなる。
しかし勝手な言い分だが、納得がいかない。
「那智~ぃ」
「俺をどこまで動かす気だよっ」
「今日は最初だし、また風呂場でひっくり返ったりしたら大変なことになるし、昼飯は店屋物でも取ればいいじゃん。那智には今日、いっぱい心配かけたから、豪華なもの、奢ってやるよ」
那智に全てをやらせる気はないと妥協案を持ちかけたら、束の間考えたようだが、応じてくれた。
この素直さには逆に久志の方が驚かされていた。
「しょうがない。特上寿司と大吟醸のセットで勘弁してやる」
「へっ?」
「なんだよ。体洗ってほしいんだろ」
裏返った久志の確認に、平然と言い返してくれることには恐ろしさすら過った。
久志が呆然と見返す中、那智は足を覆うためのビニール袋を引っ張り出してきたり、栗本が持たせてくれた肩用の新しいシップを用意したりと妙に甲斐甲斐しいところが余計に謎と不安を生む。
特上寿司くらいまでは想像の範疇だったが『大吟醸』とは、もうこの時間から呑む気なのだろうか。
仕事上がり…と捉え、またもう家から出る必要もなくなれば、解放されたい気持ちも理解はできたが…。
「那智?」
再度問えば、怒ったように唇を尖らせた。
「もうっ。入るの?入らないのっ?!」
自分から甘えたのに、矛盾する往生際の悪さを露呈して、久志は慌てて「入るっ、行くっ、浴びるっ」と立ち上がる。
咄嗟のことに自力で立ってしまい、ズキッと足に痛みが広がったが、しっかり固定されているおかげで不安定さはなかった。
所詮、歩けるくらいの怪我なのだ。

一緒にシャワー浴びて、二人してさっぱりして、美味しいご飯を食べた後は、腹ごなしに軽く運動して(栗本にも鍛えることを推奨されたし)、痛みを言い訳にダラダラとベッドの中で過ごすのも悪くない、たまには怪我もいいものだ、などと邪な考えを持っていた久志の思考は、数分後には打ち砕かれた。
慣れた様子で真っ裸になった久志の前で、那智は一枚も衣類を脱ごうとしない。唯一、まだ履きっぱなしだった靴下を脱いだことくらいだろうか。
「那智?」
またもや疑問を含めて名前を呼べば、さっさと中に入って椅子に座れとけしかけられた。
「何?なんで那智、脱がないの?」
「俺が脱ぐ必要がどこにあるんだっつーの。洗うの、ヒサだろうがっ」
機嫌が良さそうでいて悪い。
安堵したようでいながらイラついてもいる。
那智の分からない感情を前に、まくしたてられる剣幕も相俟って、久志はとりあえず大人しくした。
頭上から勢いよくシャワーが当てられ、「うわっ」という声と共に目を閉じてしまう。
「どうせ腕、上がんないんだろ。頭から順番に洗っていってやるから目ぇつぶっていろよ」
普段は見下ろすことばかりの那智も、こんなふうに背後に立たれたら、久志の頭皮も簡単にさらされる。
顔にかかろうがお構いなしにシャワーを当て続けられて少し強めの握力で頭髪をかきまわされ…。
久志は一度閉じた瞼をなかなか上げることができなかった。
ザァーッとお湯が流れる音が耳に響き渡る。
水流の音にまぎれて、那智が鼻をすすったような気がした。
もう充分に久志の全身は濡れただろうと思うのに、シャワーを一旦止める気配もなく、異様な空気が久志の肌を掠めた。
顔面に浴びるだろうことも覚悟して振り返ると、顔をゆがめた那智が、静かに涙を流していた。

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珍客の訪れ 9
2013-07-10-Wed  CATEGORY: 珍客
一緒に同じ家の中に帰れたことは、那智に酷く安堵をもたらしたようだった。
出先で耳にした「事故にあった」という連絡は、那智を苛み続けていた。
どれだけ説明されて保障されても、実際に久志に触れるまで、本当の安心感には出会えなかった。
体当たりをしても余裕で受け止めてくれる頑丈さがなくなるかもしれないと、一瞬でも思ってしまった時の心許なさは言葉にすることができず、述べようがない。
同じ空間にいられることが、一つの奇跡であると深く刻まれる…。

バスルームまで大人しく付いていったのは、不安定な体でまた次の傷を作ってもらいたくなかったのもある。
自分がついていながら、新たな局面を迎えるなど、絶対に避けたいことだった。
だけど本当のところはなんだったのだろう…。
いつものようにお互い憎まれ口を挟みながら、それでも希望する方向へと動いていく。
久志の手で那智の体を洗ってもらうことはたびたびあることだが、逆のパターンには出会ったことがない。
こんなことでもなければ激しく抵抗しているだろうが、どこかネジが吹っ飛んでいたのは、強張っていた感情から解放された事情も絡んでいるのだろうか。
自分の目で確かめること。
身に纏うものが何もなくなる場所は、無防備な所でもあった。
そして信じられる証拠がある気がした。
久志の大きな体を前にして、完全に気が緩んだのは、手荒く扱っても動じなかったからだ。
今までと同じものが存在している、変わらないもの。
シャワーを勢いよくかけても、頭をぐしゃぐしゃとかき回しても、平然としているし、どこかしら”構ってくれて嬉しい”雰囲気が伝わってくる。
人があれほど心配していたのに…っ!
胸に湧いたのは翻弄された悔しさか、落ち着いたことに対しての嬉しさか。
言いようのない熱いものが心臓を鷲掴みにしてくれて声が出なくなった。
久志のことなんかどうでもいいのだと言ってやりたいのに…っ。
視界が潤んで霞んでしまう。
こんな姿は見せたくないと、久志が振り向かないように、今まで以上に乱暴にシャワーの湯を当てれば、那智の動揺に勘だけで気付くのか、巨体がこちらを向いた。

「那智?」
「バカっ!!こっち向くなっ!!」
「那智っ」
驚いた久志の表情が那智を捕らえて、逃れようと体は反抗するのに、あっさりと腕を掴まれる。
見られたくないものを見られた気分で背けた顔も晒して、体ごと引き寄せられ久志の膝の上に転がった。
いとも簡単に抱きすくめてしまう力は、本当に怪我人なのだろうか。
シャワーヘッドが床の上を転がって跳ねた。
那智が濡れることなんて、それこそどうでもいいように、硬い胸板から久志の濡れた体の水滴を那智の服が吸い込んだ。
「那智…」
体のどこかに負担をかけてしまうかもしれない。そう脳裏が警鐘を鳴らすのに、今は久志の腕の中に居られることが喜びになっていた。
何も変わらない…。
那智の太腿と同じくらいの二の腕も硬い胸板も、見慣れて触り慣れた感触を那智に届けてくる。
強がりたい言葉が渦巻くのに、一つも喉を通ってこない。
一度崩壊してしまった堤防は早々修復されず、那智は押し寄せる感情のまま、「ヒサのばかっ!」と一言発するのが精一杯になっている。
次々と溢れてくる涙をぬぐうことも忘れて、久志の肌の温かさを実感した。
何を言おうとするのか分かっているのだろう、久志の腕の力は緩まなかった。
「あぁ、悪かったよ…」
小さな子供をあやすかのように頬をくっつけて背中を撫でてくれる。
久志がここにいるのだと、強く分からせてくれた。

「こんな大げさなことになると思っていなかったんだ。那智には言う気じゃなかったんだけど…」
「もっと悪いっ!!」
隠し事をされて、後で知らされた時の虚しさとはどれほどのものになるというのだろう。
そんなことも教えてもらえない、頼りにならない存在なのだろうか。
「悪かったよ…」
久志はもう一度同じ言葉を繰り返して、自分の浅はかな考えを改めていた。
心配をかけたと思っていても、ここまで那智が感情を高ぶらせるとは予想外だったようだ。
自分から連絡をせず、黒川経由で耳に入れたことも、不安を増殖させた理由の一つだった。

グズグズと泣く那智は、今更にして恥ずかしさもあったが顔をあげた。
いつまでもこうしているわけにはいかない状況も理解している。
久志が真っ赤になった目を覗きこみ、「もう心配かけないようにするから」とつぶやいた。
決して確実な約束にならないのは、聞いてしまった会社の話から納得もしている。
だけどそれは、この世に生を持っている者の全てに当てはまる。
那智はまた鼻をすすってから、「信じられるか…」と反論した。
言葉の裏の意味を、やっぱり久志は汲み取って、「信じてくれるまで那智から離れないよ」と囁いた。
ずっとそばにいるからと。
濡れてしまった耳朶を食み、低音の声を送りこんでくる。
那智の後頭部を手のひらで押さえられ唇を塞がれた。
啄ばむ優しいくちづけを落とされる。
こればかりは、逃げる気も逆らう気も起きずに素直に従う那智だった。

「那智も濡れちゃったから、一緒に浴びていっちゃおう」
しんみりとした雰囲気は、強引に脱がせようとする久志の手のひらの力によって、あっという間に蹴散らされた。
那智が涙をこぼすという珍しい光景の中、那智の居心地の悪さをさりげなくはぐらかしてくれるものでもあったけれど。
久志の有り余った体力と健康体であることを脱いだ体で証明しなくてもいいんだけど…、と那智は内心でごちる。
特上寿司はまだお預けになるらしい…。
疲れた精神は久志の行動を止める気が起きなかった。
…いや、このまま甘えてしまいたかったのは那智のほうだったのかもしれない。
那智はコツンと額を肩に乗せた。
久志の肩の荷が下りる日はやってこないだろう…。

…ざまぁみろ。
今日一番の悪態は久志の耳に届くことはなかった。

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珍客の訪れ 10(最終話)
2013-07-11-Thu  CATEGORY: 珍客
久志の体に身を委ねてはいけないと思いながら、心地よさに酔いしれた。
久志が床に転がったシャワーヘッドを手にするのを目で追いかけ、不調を思い出す。
全ての衣類を、那智も協力することで体から剥がされて、久志の膝の上に対面で座りなおしたあとだけに、羞恥心がムクムクと湧いたが、繰り返される啄ばむキスに誤魔化された。
「ヒサ、足痛くないの?」
自分がその足の上に乗っていながらする質問でもないだろうと思う。
椅子に座っても久志の両脚は投げ出すように伸ばされている。
「歩くとかしなければ全然」
重力がかかるからなのだろうか。
平然と返答されて、「でも肩はダメなんでしょ?」と聞くと苦笑いを浮かべられた。
那智はひとまず冷静になって、自分で濡らした久志の髪をかきあげるように梳いた。
那智の中心部に当たる、硬くなりつつあるものの存在は、このまま放置することを拒否されるだろう。
ゲンキなことはいいことなのか…。

「どうする?」と那智の眼差しが疑問を乗せると、分かったのかまた困ったように笑われた。
「不謹慎?でも那智のこんな姿見せられて我慢できるほど人間できてないんだよ」
裸で抱き合えば自然と反応し、相手を求めてしまう。
…何も変わらない…。
胸の中を軽くして、また那智は思って心の中で微笑んだ。
「じゃあヒサは洗ってあげるから」
久志の欲求を受け入れる発言に、またもや久志は一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに口角を上げた。
「ふたりで洗いっこでもするか」
半分ふざけた口調ではあったけれど、それも那智を安らかにしてくれるものになった。

シャンプーを手で泡立てて、少し視線の下にある頭を洗っている隙に、那智の背中に回された手は、背中を洗っていたはずなのに双丘を割って潜り込んできた。
跨っている以上膝を閉じることもできない。
「あっ、ヒサっ」
「ほぐれるまでまだ時間あるから、急がなくていいよ」
そういう問題ではない。
徐々に昂らされていく過程が分かるだけに、那智の動きも散漫になってしまう。
浅い呼吸を繰り返しながら洗い流して、久志の肉体にも手を這わせる。
時々那智の胸の尖りを弄られてはその手を弾き飛ばし、ふたりして泡まみれになったころには腹の間で二本の雄がしっかりと芯を持って重なっていた。
「ヒサ…ぁ…、ん…」
「那智、腰、上げて…。ゆっくり落とせばいいから…」
どうすればいいのかは、過去のことがあるだけに分からないわけではない。
怪我をした肩を気遣うから、もう片方の肩に力が片寄ってしまうけれど、どうにか全てを収めることができる。
体内が脈打つものでビッチリと埋め尽くされる。いっぱいにされる充足感は下腹部だけでなく、計れない心まで満たした。
那智の体は久志のもので、久志の体も那智のために存在する。
ピッタリと嵌り合った体はたった一つのパズルのピースのように揺るがない。
真正面から見つめあって、強く優しい眼差しを浴びてフッと微笑むと、ドクンと質量を増した剛直が暴れそうになる。
「ぅんっ、あぁ…っ」
「無理っ、煽るなよ」
馴染むのを待つ間もなく、久志の腰が揺れた。
「ヒサっ、怪我…っ」
「固定してもらって良かったかも…」
懸念しても安堵した答えが吐き出されて、また、無傷の片足が器用に那智を乱してくれた。
こんな動きをとらせるために願ったギプスじゃないのに…。
それでも久志が痛い思いをしなくて済む結果になったなら、良しとしようか…。
久志に翻弄された心は、どこか麻痺してしまったこの時間なのかもしれなかった。


「あー、スッキリしたぁ」
「その『スッキリ』はどっちのスッキリだよっ?!」
シャワーを浴びたいと言ったのは久志だ。
リビングのソファに座った久志と、その足元のラグに転がった那智は、どちらも動くことを億劫に感じていた。
バスルームの湯気に当たった時のセックスは、倦怠感だけを残してくれる。
いつもであれば甲斐甲斐しく動いてくれる久志がいるのだが、今度ばかりは手足を投げ出したままでもいられないだろう。
だから余計に、"スッキリ"した姿を見せつけられてイライラとしてくるのだ。
「ヒサっ、元気なのは分かったから、自分のことは自分でしろよっ。俺のことは放っておいていいからっ」
せめて那智自身のことは自分でするしかないと諦める。
「え~、那智ぃ~ぃ」
「うるさいっ。できなきゃ、会社に泊まり込んで、責任もって手伝ってもらえっ」
家から追い出す仕草を見せると、「そんなぁ」と情けない声を上げる。
だけどそんなやりとりも日常のこと。

さりげなく手を伸ばして、ギプスのはめられた足を撫でてみた。
石膏の上からでは、那智の温度や感触は伝わらないだろう。
早くはずれたらいいのに…。
那智が久志の温度を感じたいように、久志にも那智を忘れてほしくない。
もちろん、その言葉が発されることもなかったけれど。

怪我をした久志か…。
それもまた、『珍客』であってほしいと願う。
こんなことの繰り返しは嫌だと心底思っていた。

―完―

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お付き合いありがとうございました~。
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