2ntブログ
ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
珍客の訪れ 番外編
2013-07-12-Fri  CATEGORY: 珍客
栗本佳史(くりもと よしふみ)は、診療の終えた患者を送り出して一息ついた。
本日、午後は休診日なので、雇っている人間は帰してしまっている。
時間外にやってきた患者のために開けたので、使用した器具の後片付けは全て自分の仕事になる。
だからといって、それらが手間だと思うことも、雑に扱うようなこともなかった。
こういっては失礼だが、自分の目で確かめることができる分、安心感も増した。
自宅の敷地内にある医院は、良く時間外診療を頼まれる。
診療科目以外の診察を求めて来院してくる患者も少なくなく、身近な”かかりつけ”として存在しているようだ。
父の代から受け継いだ患者も多いため、自然と人との繋がりも強くなった。

医院の戸締りをして外に出れば、焼けつくような暑さに襲われた。
空調が整えられている室内にいるだけに、外気との差を激しく感じる。
「暑いな…」
思わず零れるのは、言葉ばかりか汗も、だ。

自宅のキッチンに入り、遅い昼食の内容を冷蔵庫の中身と相談している時、自宅の電話が鳴った。
家の電話が鳴るのは珍しい。…というより、知っている人間がどれほどいるのかといった昨今だ。
佳史は何事かと眉をひそめた。
呼び出し音が途切れて『ピー』という後、留守番電話に切り替わる。
機械の向こうの相手は、ここに佳史がいると分かっているのか、尋ねる口調をした。
『三隅(みすみ)だが、留守かな。ちょうど近くにいたから…と思ってかけてみたんだが…』
落ち着いた話し方をする年上の男の声は聞き覚えがあった。
きちんと名乗っていることも判断を早くする。
『近くに来たから』という理由だけで立ち寄ることを目的に電話などしてくる相手ではない。
追い打ちをかけたのは、背後から聞こえた若い男の焦る声だった。
『親父っ、救急車のほうが早いよっ。ひな、こんなにぐったりしちゃって…っ』
慌てて受話器を取ると、明らかに安堵した父親の雰囲気が、受話器越しに伝わってきた。
「もしもし?どうしたんですか?」
『あ、あぁ、佳史くん、いてくれたか…。実は…』
話を聞いてみれば、最近引き取ったばかりの幼い子供と一緒に出掛けた先で、子供が元気をなくしてきたそうだ。
オフィス街の一角に作られた噴水広場で水遊びをしていたらしく、しかし移動しようと歩きだしてから様子が変わったらしい。
佳史の父と親しい間柄にあったから、咄嗟に”近くの病院”ということで脳裏に浮かんだのだろう。
そう遠くない距離だ。その場でうだうだと説明を受けるより、直接診たほうが早い、とタクシーで乗り付けるよう促し、走りながら話し続けてもらった。
すぐに救急隊員を呼ばなかったのは、色々な人に対しての配慮も含まれている人柄が滲み出ているのを感じた。
佳史自身、かつての職場が大きな病院だっただけに、関わる人間の多さは熟知しているほうだ。
病院を移動する事態になったとしても、佳史の人脈から、信頼できる他の医師と直接話をすることが可能でもある。
三隅と名乗った男からみたら、自分など未熟者でしかないはずなのに、大事な人のために真っ先に自分を頼ってくれたことは、自信に繋がっていくものになった。

タクシーから降りてくるのを、ドアを開けて出迎えた。
20歳くらいの『兄』に抱かれた子供は、腕の中で力なく目を閉じ、微動だにしなかった。
診察室のベッドに寝かせて検診するのを心配そうに覗きこまれる。
水遊びをしていたとは言っても炎天下にいたことに変わりはなく、熱中症にかかったのだと診断できた。
ずっとついている人がいて、早い段階で変化に気付いたことが幸いしていた。
「脱水症を起こしていますね。入院の必要はないですからこちらで少し休まれていってください」
佳史が腰を上げて振り返ると、三隅は安堵の表情を見せたが、兄の方はまだ納得がいっていない様子だ。処置を施す為に離れようとする白衣の腕を掴まれた。
「どうして、突然?本当に悪い所、ないの?」
「この時期、よくあることなんです。水分をこまめに摂っていただかないと。それにアスファルトの上は、想像以上に気温が高くなっていますしね。歩いているだけでも子供のほうが身長が低い分、その熱を浴びやすいんですよ。大人は『風通しがいい』と感じても、膝丈の位置に立てば、ただの熱風だったりしますから」
佳史の説明は三隅にも思い当たるところがあったのだろうか。
「仕事が片付くまでの少しの間…と外に出したのが悪かったのか。あのまま会社内に置いておけばよかったな」
苦々しい表情は後悔を滲ませている。
兄も理解したようで、ベッドに横たわる子供の頭の隣に座って、汗に濡れた髪を梳いた。
「ひな…、ごめんね。今度から抱っこしてあげるから。早く元気になろう」

…それよりも不必要な外出を控えてもらいたいものだ…という心の声は閉ざされた。
どんな理由があったかは知らないが、時間を持て余して遊びに出たのだろう。
佳史は点滴と保冷剤の準備に入った。
家庭でも様子を見てもらって、まだ心配であるようなら、小児科を紹介してあげようと思った。

点滴が終わるまでの間、兄はずっと付きっきりでそばにいてくれたので、佳史と三隅は別室で世間話に興じる。
この事態に恐縮する三隅に、今日二件目の時間外診療だった、と口を滑らせてしまったら、「せめてこの後の時間は自分のために使ってほしい」と、近場にある高級ホテルの宿泊サービスをプレゼントしてくれた。
家にいたら、つい電話にも出てしまう佳史の性格まで知っているからだろうが。
辞退したのだが、この場でコンシェルジュと話を進められては、彼の顔を立てないわけにもいかなく、ありがたく利用させてもらうことにする。

きっと今日の仕事上がりに、こちらに寄るであろう恋人に事情を話し、先に部屋に行って待っている旨を告げると、驚かれたが、「たまにはいいかもね」と喜ばれた。
さて、今度は自分が、どんなサプライズを用意してあげようか。
今日は振りまわされてばかりだったが、嫌な気分は一つもない。
見送った『家族』の笑顔を見て、”かかりつけの医師”でいられることを誇りに思いたいと、胸の内が温かくなっていた。

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【カテゴリ】をどこにしようか悩んで、繋げてしまいました。
……( ゚ ▽ ゚ ;)エッ!? ツヅキ……??? 無いよぉぉぉ。

毎日暑いです。皆さんもどうかお体にお気をつけくださいね。
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珍客の訪れ 番外の番外(しかも その1)
2013-07-13-Sat  CATEGORY: 珍客
日生(ひなせ)が和紀に連れられて家を出たのはお昼ご飯を食べる前のことだった。
今日は和紀も講義が午前中だけで終わるので、家で一緒にごはんを食べようとは、出ていく時から聞いていた。
それが、途中で周防からかかってきた電話で、予定が変わった。
清音の話では、周防が取引先の人物とお昼を共にするはずだったのだが、相手側の体調がすぐれないという緊急事態に、キャンセルになったそうだ。
そこで周防は、予約自体を取り消してしまうのも憚られて、また清音の手をあかせる気遣いもあって、和紀と日生を呼び出したのだ。
外食の席に清音がついて回ることはまずないと言っていい。
“子守り”がなくなれば自由時間にしてあげられる。

「ひな~ぁ。親父とご飯になっちゃったけどいいよな?」
和紀は帰宅するなり、日生を抱き上げて確認を求めてきた。
すでに聞いた話で、外食は嫌いではなかったし、素直に頷く。
清音が昼ごはんの用意をしていないのも知っていたから、残されたらごはんを食べられないという危機感もあった。
少し早いけれど、会社内で探検ごっこをしようと促されて、その端で清音がタクシーの迎えを電話で頼んでいた。

玄関まで見送りに来た清音は、いつもの外出用のトートバッグを手にしていた。
「和紀さん、日生さんの着替えと麦茶を用意しておきましたから」
和紀はそれを見て、しばし考えてから「今日はいいよ」と断った。
「ごはん食べに行くだけだし。麦茶ならどこでも買えるじゃん」
せっかく用意してくれたことに対して申し訳なさは募ったが、極力荷物は少なくして出掛けたい和紀の心理が言葉となって表れた。
確かに大きな荷物である。
若い和紀が持って歩きたい品でないのも理解できる。
それでも…と清音が悩む仕草を見せるのを視界に入れては、強い態度で拒絶するのも悪く思えて、会社に置かせてもらえばいいや、と手に取った。
日生はその中におやつが入っていることも知っていたが、和紀が嫌がるのなら、「持っていって」とも言えない。
だから渋々でも和紀がバッグを持ち上げてくれて心が躍ったのだ。

玄関を出ると室内とは違ったじっとりとした空気が肌を撫でた。
「相っ変わらず、あちーなーぁ」
和紀はぼやき、さすがにこの暑さの中で日生を抱っこしようとする気は起きなかったのか、手を繋がれるにとどまられた。
マンションのエントランス前にタクシーが横付けされて待っていてくれて、自家用車でない車に乗るのも久し振りだと、日生は楽しんでいた。
家の中にいることが多い日生にとって、出掛けられること自体が嬉しかったのだ。

車窓から見える風景にも目を奪われる。
今日は良いお天気なのに、傘をさしている人が多いな、と漠然と思っていた。
そして外を行き交う人々は一様にどこか不機嫌そうにも見える。
周防の会社はビルの中にあり、大人があちこちにひしめいていて気後れしてしまう。
心に湧く不安が自然と和紀を握る手に表れてしまって、ニコリと笑われた。
「ひな、誰も怖くないよ。お兄ちゃんがずっとそばにいてあげるからね」
和紀がそばにいてくれれば、何も恐れることはない。コクンと頷き返し、やがて周防がいるのだという部屋に入った。
周防は日生を笑顔で出迎えてくれたが、和紀が『鬼ごっこ』を提案すると、あからさまに嫌な顔を見せた。
「おまえは会社をなんだと思っているんだ…」
呆れたため息付きで、静かに日生に「こういう大人になるなよ」と訴えてくる。
もちろん冗談であるのだけれど。
「この部屋にいていいから」と周防は言ってくれたが、「飽きる」と答えたのは和紀だ。
「ひな、前の広場に噴水があったよね。あっち行って遊んでこようか」
周防の仕事が一段落するまで、もうしばらくの時間がかかってしまうのだとは日生でも分かることだった。
邪魔をするようなことをして、うっとおしがられるのも、迷惑に思われるのも嫌だ。
和紀が「外に遊びに行こう」と言うのなら、それに従う。外で遊ぶのも嫌いではない。
「親父、荷物置いていくからな」
「あぁ」
きちんと管理しておいて、と言いおいて、日生は和紀に手をひかれて、ビルを後にした。

タクシーを降りた時はすぐに建物に入ってしまったせいか、あまり気付かなかったが、昼間のアスファルトの上に出てみると、肌を刺すような強烈な紫外線が降り注いでくる。
上からだけでなく、足元からも炎に包まれているような錯覚に襲われた。
少し歩いただけなのに、体中が汗でびっしょりと濡れた。
だから噴水に辿り着いた時には、水の冷たさに「わぁっ」とはしゃいだ声が上がってしまったのだ。
大人の人は縁に腰かけて、足湯…ならぬ、足水状態で涼んでいる人もいる。
噴水として現れた水は少しの距離ではあるが、石の道を流れて地下へと消えていった。
日生は他の子供にも混じって、噴水の水の中に入っていった。
陽にあたる全ての場所が熱い。もう噴水の水が漂うところ以外には出たくない思いも混じって長いこと噴水の中にいた。
ただ服をびしょびしょに濡らしてはいけないのだと頭が働き、他の子に比べたら控え目な濡れ方だったのだが。
濡れても、熱風のおかげですぐに乾いてしまう。

やがて和紀の携帯電話が鳴り、周防の仕事のケリがついたことを教えてくれる。
「ひな。親父、終わったって。美味しいもの、食べにいこー」
和紀に声をかけられて、周防を待たせてもいけないと慌てて水場から上がった。
その途端にむうぅぅとした熱気に囲まれた気がした。
はしゃいで疲れてもいたし、動いて喉も乾いていたが、荷物は周防の部屋だと思いなおして、少しなら我慢しようと思った。
近くの移動販売車でかき氷が売られているのも見えたが、これからご飯を食べにいくのに、欲しいとも言えなかった。

かき氷
写真はさえちゃんが撮ってきてくれました。お持ち帰り・転載などはお断りいたします。

何より早くこの暑さから逃れたかったのだが、日生の歩調に合わせて歩いてくれる和紀をけしかけるわけにもいかない。
なんだか頭がクラクラする…と感じた直後には、目の前が真っ暗になった。
突然日生の歩みが止まったことに、和紀も怪訝な表情を浮かべる。
「ひな?」
「あ…」
会社までもうすぐのはずだった。
…あと少し…。
分かってはいても、体が自由に動かない。
天と地の位置さえはっきりとしない。
「ひなっ?!」
全身から力が抜ける。その体がふわっと浮いて、和紀に抱きあげられたのだと、そこまでは分かったけれど…。

ちょうど周防もこちらに向かっていた時だったのか。
「ひなっ?!どうし…っ?!…お、親父っ、ひながっ!!」
悲鳴に近い和紀の声と、バタバタと走り寄ってくる足音を最後に、日生の意識は途切れた。

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リク頂きました~♪
日生視点…とのことだったのですが、状況説明で終わっている…(>_<;)

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珍客の訪れ 番外の番外(しかも その2)
2013-07-14-Sun  CATEGORY: 珍客
日生は眠りから覚めるように目を開けた。
実際眠っていたのだからその通りなのだが。
フッと脳が覚醒して、大きな目がパッと見開き、目の前のものを捉える。
そこに見えたのは心配そうにのぞきこんでいた和紀の顔だった。
「ひな?気がついた?」
お昼寝をしていた時に、気配なのか、近寄っていた和紀に気付いて目が覚めることは良くあったが、今日はいつ昼寝に入っただろう…と、咄嗟に思い出せなかった。
何かを考える前に、和紀の口と手が動いて日生の思考を止めてしまう。
「ひな、どこか痛いとか、気持ち悪いとか、変な感じがするところ、ない?…あぁ、先生、呼ばなくちゃ」
起き上がった方がいいのかと和紀の姿を追ったが、半ば肩を押さえつけられるような行動に出られては、日生の力では寝転がっていることしかできない。
それ以前に、なんとなくいつもと違う感覚が体にあった。
全体的に重いのだ。

ドアを開けた和紀の背中を見やり、ここはどこなのだろう…とようやく頭が回りだした。
そういえば…、周防の会社に行って、水遊びをしたはずだった、と思い出す。ごはんを食べに行くはずで…。
そこまでを振り返っているうちに「せんせーっ」と首だけを出した和紀が大きな声を上げていた。
すぐにどこかでドタバタと音がして、人が歩いてくる足音が響いてくる。
周防と…、白い服を着た大人の男の人が入ってきた。
周防はベッドのそばまで近づいてくることなく、代わりにもう一人の人が日生に触れてきた。
この人は誰だろう?と少し脅えたが、周防も和紀も黙って見守っているのだから危害はないのだろう。
「点滴が終わったら呼んで、って言ったはずなんだけれどなぁ」
男は優しい笑みで和紀をたしなめ、日生の細い腕に刺さっていた針を抜く。
決して『注意』している口調ではなく、からかいを含んでいた。
和紀は悪戯を咎められた子供のようにぷぅっとふくれっ面を見せた。
話は聞いていたけれど…といった態度だ。
「だってひなが良く眠っていたから…」
「誰も起こしに来る、なんて言っていないよ」
怒られているはずなのに、なんだか二人は楽しそうだな…と日生は黙って見つめていた。

見慣れない場所は『病院』なのだと教えられた。
太陽の熱に攻撃されて避難してきたのだという。
日生はベッドの上に起き上がると、パックの野菜ジュースを渡されてチューチューとストローを吸った。
喉が渇いていたことを思い出させてくれる。
一気にゴクゴクと吸い上げるとパックがへこんでいき、途中で顔をあげて「ぷはぁぁぁ」と息を吐き出すと、何故かみんなが笑った。
隣に座った和紀が、「ひな、慌てなくていいんだよ。ゆっくり飲んで」と、背中を支えるように腕を回してきて寄りかからせてくれる。
黙って見ていた周防もホッとしたようだ。
「元気になったな。…さて、昼飯は食べられそうかな」
そう言えば、お昼ごはんを食べるために出てきたはずなのに…と、『昼寝』をしてしまった自分のために待っていてくれたのだろうか、と日生はぐるりと一回り見上げた。
途端に、迷惑をかけたのだと不安が襲ってきた。
誰も怒りはしないけれど、なんと答えたらいいのかと、続きを飲む手も止まってしまった。
「親父ってば…、まだひな、起きたばっかりなんだよ」
「そうだが。食べ物を前にすれば食欲も湧くだろう」
これ以上待たせるのも嫌で、日生はウンウンと頷いた。
「冷たいものばかり食べるのは避けてくださいね。夏バテの原因にもなりますから」
「清音さんの料理にはつくづく甘えさせてもらっているなぁと思えるよ。『食べたくない』と思うことがほとんどないんだから」
「健康である証拠ですよ」
立ったままの大人はクスクスと笑い合っていた。

先生は「飲み切れなければ持っていけばいいよ」と、それ以上口にしない日生を煽ることもない。
手持無沙汰にしていると勘違いしているようだった。
温まらないようにと、保冷剤を入れた小さなバッグを用意してくれて、でも「あまり時間が経ったら捨てちゃってくださいね」とクギも刺していた。
もちろん、長時間常温で持ち歩いて良い商品でないからだ。
「少しずつでいいですから、こまめに飲ませてあげてください。水筒とかあるといいんですけれどね」
さりげなく言われては、ハッとしたように和紀と周防は顔を見合わせた。
日生は清音がお出かけ用の大きなバッグに用意しているものを良く知っている。
日生の着替えとおやつと適温で保たれる水筒…。

周防は掌を額に当てて少々項垂れ気味になった。和紀は一瞬仏頂面を見せたものの、溜め息で蹴散らしてしまう。
「「ほんと、清音さんには頭があがらないな…」」
親子同時に呟かれた言葉には、日生も思わず笑ってしまった。
笑うと、より元気になれたような気分になった。
周防は「お土産にたい焼きでも買っていってあげるか…」と呟き、和紀は日生の髪を撫でながら「重くてもちゃんと持っていくからね」と過去を謝ってくる。
日生も、できることはしようと頭を巡らせた。
少なくとも、水筒を肩からかけて歩くくらいはできるはずだ。

先生に見送られて病院を後にし、途中で寄られたそば屋で風鈴の音を聞きながらそばをすすった。
今日の本当のごはんはここではなかったらしいが、素朴な感じがして日生は好きだった。
壁に張られた「かき氷 あります」というメニューの下にある写真に気を取られると、すかさず和紀が気付いて「かき氷も食べよう」と注文してくれる。
噴水での出来事をふと思い出した。
「あそんでたとこにも、くるまがあったよ」
「車?」
「かきごおり、うってた」
たどたどしい日生の言葉も周防は意味を拾ってくれる。
「あぁ、移動販売のことか。あの周辺は色々な店が出てくるな」
「ひな、それ見て、食べたいって思ったの?そういう時は食べたいって言うんだよ」
遊びに夢中になる以上に気をとられる存在として焼きついていたということになる。
和紀は察してあげられなかったことをひどく悔んでいるようだった。
どうしても遠慮がちになってしまう日生を知るだけに、暑さに頭の回路がショートしていたのは自分もか…と反省した。

かき氷
写真の版権はさえちゃんにあります。お持ち帰り・共食いはご遠慮ください。

目の前に届けられたかき氷は日生の顔よりも大きく、イチゴのシロップと練乳がたっぷりかけられていた。
一掬い口に入れると、冷たいのだけれど滑らかに溶けていく甘さに出会う。
「おいしぃ」
万遍の笑みで見上げて隣の和紀、前の周防と順番に視線を回せば、こちらも満足げに見つめ返してくれた。
暑い日に食べるから、より美味しく感じるのかも…と気付かされた夏の日だった。

(また外で遊んでもいいかも…と思っていたかどうかは知らない。)

―完―

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お付き合いありがとうございました。
リクもらって、ご期待に添えられているのかなぁと不安にもなっています。
なんだか勢いだけで書いてしまったので、読みづらいところも多々あると思いますが、雰囲気だけでも感じてくれたら嬉しいです。
さえちゃん、ごちそうさまでした。
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珍客の土産 1
2013-07-15-Mon  CATEGORY: 珍客


青く広がる空も、度を越せば凶器だと、家庭裁判所を後にした譲原望(ゆずはら のぞむ)は、ほんの一瞬空を見上げた。
一つの件が片付いて、一仕事を終えた…と喜びたいところだが、一歩外に出ては、照りつける灼熱にうんざりとさせられる。
午後の一番暑いと言われる時間帯に外を歩いている人も少ないだろう。
すぐに停車していたタクシーに乗り込んで涼をとった。

本日は恋人の栗本佳史(くりもと よしふみ)が経営する医院は、午後が休診日となっている。
顧客に左右されることが多い望も、可能な限り仕事の予定を入れてはいなかった。
それぞれの生活スタイルを大事にし、お互い、束縛しあうようなことはない。
ドタキャンになったとしても、責めるのではなく、送りだせるゆとりがあった。
もしかしたら、取り繕ったものでしかないのかもしれないけれど、どこからともなく湧いてくる『確信』が自信に変わる。
だから望が日によって仕事量を操っているのも、望自身がやりたいからそうしているだけであって、佳史の意見など一度だって聞いたことがなかった。
何も言わなくても、こういった日は望が佳史の家に行くことを予想しているだろうし、いつものように望を待っているのだろう。
佳史が家から離れたがらないのは、職業のせいもある。
家の敷地内にある病院のため、時間外でも頼られることが多く、彼の性格なのだろうが、来院されたら受診を断ることはない。
命の重さを深く知る人だった。
学生時代からの長年の付き合いがあり、親しんだ仲は空気のような存在で、美点も欠点も知りすぎるくらい知っている。
望だけがわざわざ出向く…といった考えも、望の中には存在していなかった。

そんな環境の中、勤務先のビル内にある個人事務所に入った途端に鳴った電話には驚かされた。相手が佳史となれば尚更だ。
その内容にもまた声を失う。
『今日はホテルにいるから』
家を離れる、ということが、何よりの驚きだった。
自分の行動を伝えるだけの簡潔なものには、『来い』という命令は含まれない。
望の予定も聞こうとはしない。
どうしたのかと尋ねれば隠すことなく経緯を教えてくれるし、望が「分かった」と返事をすれば、望の行動も伝わっている。
何故突然佳史が家をあけてもいいと思ったのか…。
声にはしないが、働き詰める佳史の体を影ながら心配しているのを悟られているのだろう。
たまには『良い機会だ』とでも思ってくれたのなら、望にとっても嬉しいものだった。

滅多にない出来事は望の心も弾ませていた。
ただでさえ早く帰る算段がされていた仕事は順調を通り越して快速で処理が済まされていく。
間もなく30代も終わるというのに、年甲斐もなくはしゃぐ心が止められないなんて…と一人苦笑していた。

ビル群の中でも多くの緑に囲まれた老舗ホテルは、普段耳にしている喧騒からも外れた。
家からさほど離れているわけでもなく、普段であればわざわざ宿泊しに来る場所でもないだろう。
望が到着したのは帰宅ラッシュになる前の時間帯で、道路の混雑に巻き込まれもしなかった。
先にチェックインした佳史からルームナンバーも聞いていたから、望はフロントを通らずにエレベーター乗り場まで足を進めた。
まだ望が着かない束の間でも、一人でゆったりとした時間を過ごしてくれていたらいいと思う。
この話がなければ、きっと今頃、佳史は望を出迎える準備を整えていたはずだ。
ロビー階にあるコーヒーラウンジは、望も仕事の関係でたまに訪れたことがあった。
観葉植物が程良い間隔で配置され、テーブルが近づいていない分、人目をさほど気にしなくて済むので、顧客と会うには便利だったからだ。
ふと視線を走らせたが、普段よりも混雑している雰囲気がある。
賑わっていておかしいことはないのだが、どこか騒がしく感じてしまう。
これからの自分たちの時間のために、静かに過ごしてほしいと願うのは、また間違った考えなのだろうが、少し残念な気がしてしまったのも確かだ。
ルームナンバーを聞いては、そこがグレードの高い部屋だと判断もついている。
過度な心配は不要だと分かっていても、気になってしまうのは珍しい出来事に対しての期待が大きいせいだろうか…。

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まだ続くの~??? といった感じですm(__)m
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珍客の土産 2
2013-07-16-Tue  CATEGORY: 珍客
上階の部屋は予想した通りスィートルームだった。
角部屋のそこは、L字型にテラスが設けられていて、縦に長い部屋はどの位置からも屋外が一望できるようになっている。
さすがにまだ時間が早いせいか、夜景が望めるものではなかったが、見慣れた街並みも豪華な部屋から眺めると違ったものに見えることだろう。

「おかえり」
出迎えてくれた佳史は家にいる時と同様、胸元のボタンを三つほど開けた七分袖のシャツに麻のズボンという軽装だった。
「ただいま…」
その会話はいつもと変わらないのに、妙な気恥かしさが込み上がってくる。
場所が変われば二人が漂わせる雰囲気もどこかしら変わってくるのだろうか。
振り返れば二人で出かけた…などとは、この歳になりながら数えるほどしかない。
「今日も暑かっただろう?バスルーム使う?テラスに面したジャグジーだよ」
リビングルームに連れられながら、部屋の中を簡単に説明される。
ヨーロピアンモダンな客室には、窓の外が見られるように配置されたソファ、ダイニングテーブルにミニバー、一角にはワークデスクも置かれている。
6畳ほどの畳コーナーまであり、ゆったりとした時間が過ごせそうだ。
奥へと続く扉を指し示されては、バスルームはそちらだと言われているのも同然だった。
まずは汗を流してのんびりしようか…。
望はワークデスクに鞄を乗せると、奥へと身を滑らせた。

円形のジャグジーバスとシャワーブースは一見したら外から丸見えだろうと思われる、ガラスに覆われた世界だった。
端にある小さな説明書きのカードに『マジックミラー』であることが表記されていて、覗かれる心配はないらしい。
木製のデッキチェアまで完備されて、ここからでも景色を楽しむことができた。
汗をかいた一日が流されていく。
夕焼け空もまだ早い、明るい日差しが差し込んでくる。
一瞬時間と場所を忘れてしまいそうになる。
生活空間のすぐそばにありながら、全くの異空間は日常からかけ離れ過ぎていた。

ジャグジーに身を預けていると、カチャリとドアが開いて、服を着たままの佳史が歩み寄ってきた。
どうしたのかと見上げ、佳史は広い縁に手のひらをついて身をかがめてこめかみにキスを一つ落としてきた。
自分の体だけを晒しているような現状は、あまり喜べた環境ではないだろうと脳裏を過った。
普段から望が裸体を佳史に見せたがらないこともある。
年老いた肉体などみっともないだけだと思っていた。
同じベッドに入った時ですら、部屋の明かりを灯すことを嫌がってきた。
それが今、しっかりと太陽光の下に晒されているのだから落ち付かない。
佳史は世間話をする態度を変えなかった。
視線を合わせているから"見られている"意識は、少しだけ緩む。
「夕食だけど、ルームサービスでもいいかな」
改めて尋ねられることかと眉根が寄ってしまう。
夕食の時間まではまだあるが、レストランを利用するのであれば予約が必要となる。
部屋を出入りすることの面倒も加わるのだろうか。
佳史が望を求めてくれることに何ら不満は生まれない。
佳史の過ごしたいように過ごせばいいのにと思わず声が漏れてしまった。
「そんなの、どっちだって…。佳史に任せるよ」
「せっかくだから話題のレストランでも…と思ったんだけど、満席らしいんだ。まぁ、突然のことだから仕方ないんだけれどね」
残念そうな声は、本気で利用したかったのだろうかと思わせた。
別に望をないがしろにしているわけでもなく、単にもてなしたい佳史の精神が言わせているのだろうが、なんとなく二人の時間に水をさされた気分になってしまう。
それもこれも、『特別な空間』に招待された贅沢が望を我が儘にしているようだった。
「そう…。それなら、ねぇ…。じゃあ、またの機会にしようか」
佳史の提案を快く思っていないなどとは微塵も出さずに言葉を選んでかわした。
次、来ることなんてあるのだろうか…という僅かな疑問は頭の端に追いやった。
レストランを利用するだけならいつだって来られる距離なのに、だからこそ、足が遠のいている原因にもなっている。
望の社交辞令のようなセリフに、意味を理解する佳史も苦笑いだった。
「そうだな。何も混雑中に出かけていかなくてもいいか…。今のイベントが終われば一段落するだろうし」
「『イベント』?」
どうにも話の論点がかみ合わないことに、ようやく気付く。
一泊の宿泊をどういったいきさつでプレゼントされたかの話以外、まだ辿りついたばかりの望には聞かされていないのだから、状況の理解もいまひとつだ。
「あぁ。ちょうど新進気鋭画家の個展をバンケットホールで開催しているんだって。今週いっぱいだって言ってたし、集客を目的としているせいもあって、いろいろな人が寄っているんだろう」
ホテルを利用するのは、何も宿泊客だけではない。
コーヒーラウンジが普段とは違うにぎわいを見せていたのもそのせいか…と脳裏をかすめていった。
せっかくだから『デート気分』を味わいたかったのは、佳史もだったのかと、意向を伺えた気分だった。
きっと望の到着時間が早くなったことも関係しているのだろう。
ただ部屋に籠っていても、それはいつもの過ごし方と変わらないのだから。

一般客の入場は午後5時30分で打ち切られるのだという。ただ宿泊客は夜9時まで自由見学できるそうだ。
望は今のんびりとバスタブに浸かっていたが、この後身支度を整えれば、一般客のいなくなる時間帯に入る。
"ついで"と言ってレストランを利用する客がいかに多いかを、『満席』と言われた言葉で実感してしまった。
所詮、一つの建物の中だ…と望は思いなおした。
それに佳史が思考を巡らせるように、ふたりきりで出かけたことなど、数えるくらいしかないのだから、たまに与えられたチャンスと切り替えて有効活用するのは悪くない。

「佳史も入る?」
「俺は先に使わせてもらったよ。それに今コトに及んだら望が動けなくなるだろう。色々なものを少しずつ楽しませてもらうよ」
何気なく尋ねたことに、意味をもって返されたら言葉に詰まってしまう。
すぐさま情事を思い浮かべるその脳回路も、さらりと発される充実感満載のプランも感心してしまえる。
だけど全てが嫌でないのだからまた困ったものだ。
ニヤリと口角を上げては、片手を振って「ごゆっくり」と出ていった。

個展会場では何を語るわけでもなく、だが並んで表を歩くことがいかに少ないかを改めて実感させられてもいた。
だからこそ新鮮な感覚が全身に広がる。
たまにはこうして出かけてみたいと思わせてくれるもの。それは近場でもいいから、息抜きになるのだと教えてくれるものでもあった。
そして一回り見学をして戻り、ルームサービスのオーダーを時間指定で済ませてから、今度は二人でバスルームを利用した。
いつのまにやら太陽は傾き、今日最後の輝きを地上に放っている。
刻一刻と情景を変えていく様を二人並んで見られることが、酷く落ちついて心に響いてきた。
視線が合えば寄る肌がある。
重なる唇から熱い吐息が伝わる。
熱い一日はまだ終わる気配を見せないようだった。

夕焼け

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