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BLの丘
あやつるものよ 11
2011-11-22-Tue  CATEGORY: あやつるものよ
R18 性描写があります。閲覧にはご注意ください。


ここに住んでから…、ここに越す前から岡崎に欲求があったのだと知れた。
言い出せなかった…。暮らしていた環境が岡崎の動きや表現を押さえていたのだろう。
こんなことになって、抱えていたものが弾けたとも言えるのだろうか。
狭いベッドの中で重なる肌の温かさに、千種の気持ちも解れて寄り添っていく。
「あ…、吉良…」
下肢に埋められた頭部に千種の指が入り込んだ。
ピチャと響く水音に羞恥心が湧きあがり、だけどその気持ち良さに埋もれていく。
すっぽりと飲みこまれた性器から滴が溢れていく。それらを飲みこまれて羞恥に体が固まる。
「やぁ…、やめ…」
ピクピクと跳ねる性器は今にも弾けてしまいそうで、口の中に吐き出すのはどうであれ抵抗がある。
必死で堪える千種を分かるのか、口を離した岡崎は、性器に手を這わせながら唇に口付けを落とす。
その滑りを指に纏わせて後ろの孔に当てた。
「吉良…」
拒まぬ態度に気を良くした岡崎の進みは止まらない。
つぷりと潜り込んできた指先。かき回される優しい指使いに心の底から翻弄されていく。
「あぁ…、あっ…」
しがみつく手に力が籠った。
なにもかもを明け渡して、一番弱い部分を見せる時…。だけど嫌じゃない。
後孔に宛がわれる熱棒がつるんとすべった。
岡崎も限界に近いのが、同じ男として知れてくる。
焦らされて、一つになりたいと一層強く願う瞬間。
「吉良ぁ…」
「ほんと…、誘うのが上手いって言うか…。心配になるよ…」
自分が浮かべている表情など見えない。それが岡崎を動かすことになるものだとも知らない。
だけど愛してくれる存在にすがる仕草は理性を奪っていく。
岡崎だけではない、千種も寄り添っていくのだ。
入り込んだ熱は千種の体内を変えていく。誰かに愛される、そばにいられることに愛おしさが増した。
高められていく欲望はあっという間に弾け飛んだ。
体の奥でも熱いものを感じる。自分の体に満足を感じられたことに更なる喜びが湧きあがる。

岡崎から迫られる態度に応えて、朝ご飯の支度を心配することなく…、いや、もう許可を貰った。
「起きなくていい」と…。
その分、充分なほど岡崎を満足させたのだ。

「腰…痛い…」
寝起きの体がギシギシと悲鳴を上げた。
とうの昔に岡崎は出勤してしまっている。
「…っか、…ヤりすぎっ…っ」
岡崎に誘われるがまま流れに乗って、満足いくまで愛撫を受けたのはいいが…。
自分も同意しているのだから文句も言えない現実がある。
ようやく起き上がれた体だった。
燻っていた感情があったとしても、初めて繋がれた日は度が過ぎてしまうものなのだろうか。
まぁ…分からなくもないな…と、その喜びを感じる千種であったりする。

冷蔵庫の中を覗きこみながら、今夜の食になりそうなものがないことに気付いた。
昨夜の鍋で、色々なものを詰め込んだこともある。
「あー…」
どう考えても買い出しに行かなければならない状況だった。
できることなら動きたくない…。それでもがんばろうとするのは岡崎の生きる世界が間近に見られるからなのだろう。
「求人雑誌も買わなきゃな…」
改めて就職する気をもらった。なんとなくアルバイト…でもと思っていたものがはっきりとした道筋を表された。
この地に根を下ろしていいこと…。
生きていくのだと、また思わされる。

自転車にまたがり、いつものスーパーに向かうと、裏口で煙草をふかす人物が視界に入った。小さなベンチに腰掛ける姿が目にとまった。
この前、千種に『カゴ』を進めてくれた店員だった。
そのまま過ぎても良かったのだが、何故か近寄りたい気分になる。
自転車を降りてとぼとぼと寄っていくと笑みをたたえた姿が迎えてくれた。
「休憩?」
さり気なく話しかける言葉に、「うん」と明るく答えてくれる。
人懐っこさはこちらの人の特徴なのだろうか。
「今日は早番で、もうすぐ勤務時間、終わるからね」
この店がどういったシステムであるのかは知らない。ただ、その反応から交代制の勤務体制なのだろうとは知れた。
「そか…」
相槌を打つように千種は頷きを返す。
どう間をとろうかとするのか、店員の男はしばし無言の時を過ごしながらも、聞きづらいことを口に乗せた。
あくまでも答えたくないのであれば言わなくていいという雰囲気がかしこに表れている。
「仕事?こっち来たの…?」
千種のプライベートをさり気なく聞いてくる。
こちらに来て、親しい間柄もなかったからどこかで惹かれていたのかもしれない。
親切な店員に気を許した部分ももちろんある。
千種の態度に何かしらの状況を悟っていたらしい。考えても考えなくても、昼日中にスーパーに通う男性など目に付いていいものなのだろう。
さらに引っ越したて…というのも知れていたようだ。
「あ…、…ん…」
どう答えようか、悩んでも隠すことなどできなかった。
「今はある人のお世話になっていて…。でも、就職しなきゃって思ってるとこ…」
正直に答えると、相手の男も「へぇぇ」と納得してくれた。
この歳で車も持たず、食材を漁る姿は状況を理解してくれているらしい。
「友達…とかないよな…?」
生活をそれとなく伺われる。
引っ越しして、仕事も持たなくて、触れあいは岡崎のみ。
だからこそ、今のこの瞬間、この男に寄ってしまったのかもしれない。
人との繋がりを、それとなく求めていたのだ…。
「ん…」
素直に頷いてしまうと、ニコリと笑ってくれた笑顔が見えた。
「そか…。引っ越しして、色々と大変だよな。…なんかあったら相談乗るし。…あ、近所案内とか?」
「いやいやいや、いいですから…」
本気なのか冗談なのか、判断のつかない誘いをそっとごまかす。
確かに地元に詳しい人は頼れる存在だった。
できることなら四方八方連れまわされて詳しくなりたいくらいである。
だからといって、全くの他人に頼るのはいかがなものなのだろうか…。
悩める千種をよそに、隣に座った男は笑みを絶やさなかった。
「まぁ、気が向いた時にでも…ってことでね。携番、教えとくよ。なんかの時に頼って」
さりげなく出された携帯電話の番号が、あたふたする間に登録されてしまう。
それを消すのも残すのも千種に委ねられることになるのだが…。
初めてふれたくせに存在は千種から拭いされなかった。
「飲みに…とか誘ってもいい?」
男に尋ねられ、無言で、無意識に…、頷いていた。
千種にしてみたら、岡崎以外で親密になれる、近寄れるひとであったのだ。

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浮気?!いや、そんなマズイ状況は…/(゚×゚)\
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あやつるものよ 12
2011-11-23-Wed  CATEGORY: あやつるものよ
ひょんなことから知り合った関係。この地で初めて友達になれた…。そんな喜びだ。
メールを送っては、時間を開けて返信されたり、時にすぐに返されたり…。
仕事を持っているのだから、当然のこと。相手の都合もあるのだろう。
弥富葉栗(やとみ はぐり)と名乗った男はくだらない会話にも付き合ってくれていた。
近所のことも詳しく教えてくれる。
『今度一緒に出掛けてあげるよ』という誘い文句に、車を持たない千種は甘えたい気分もあった。
岡崎に負担をかけたくないからだ。
千種より二つ年上というのだが、気安く近寄ってくる態度は客に対してともまた違っている。
年上の岡崎とも平然と会話するようになった昨今、弥富にも親近感が持てる触れ合いがあった。
そんなふうに素で対応されるのは、千種にとっても堅苦しさを持たせない、温かなものとなっていた。

「飲みに行こう」と誘われて、家に籠るばかりだった千種は心を躍らせた。
岡崎に夕食は用意しておくから、と伝えると、突然湧いた『友達』の存在に不機嫌な声が発される。
『いつの間に?千種、昼間、何しているの?』
電話の向こうで明らかに変わった声音に、ただの店員がこんなにも千種の中に入り込んでいることが信じられない様子である。
「あ…、と…。ちゃんと就職活動してるし…」
『仕事していないことを責めているんじゃないよ。相手の人は信用があるわけ?むやみにホイホイついていくのが危ないって言ってるの』
「そうだけど…」
咎められるかと思いきや、結局は千種の言い分を尊重してくれる。
『まぁ、千種が地域に馴染んでくれるのはいいことだけどね。あとでまた連絡ちょうだい』
心配はあるのだろうが、好きに放り出してくれるのも岡崎ならではというべきか…。
こうやって地元に親しんでいくことは悪いとは言われない。
自分は仕事で繋がりが持てるが、全く見知らぬ世界でひとりぼっちでいることを、岡崎なりに気にしていたようだ。
行く先々の連絡を入れることで納得してくれる。
千種が今の環境を受け入れようとしていることは岡崎にとっても嬉しい出来事であるようだった。

弥富はマンションの前まで迎えに来てくれた。
家を教えるのもどうかと思ったが、仕事先が割れている人物なので危険なことはないだろうと思う。あとは触れあった人柄の良さに信頼を置いているのもある。
自分を晒すことでこちらのことも信用してほしかったのかもしれない。
車で現れた弥富に、「飲みに行くのに車なの?」と疑問が湧いた。
「帰り、代行使えばいいし。ちょっと離れているからね」
これが地元ならではの普通のことらしい。
本当にどこまでも車社会なんだ…と改めて感心してしまう。自分が車を持っても、その手間がかかってくるのだと教えられた気分だった。
とはいえ、酔った体を家まで運んでくれるのはありがたいことであるのだろうか…。

駅近くにある繁華街の中、こじんまりとした居酒屋に入り込んだ。どこにでも駐車場があるのが、また感心できることだ。
中はこあがりの席が通路を挟んで両側に並んでいる程度の狭さである。
奥にカウンター席が幾つかあって正面に従業員の姿が見える。
こあがりの一角、六名の男が寄ったテーブルから、「はぐ~」と声がかかってくる。弥富を呼んだらしい。
てっきり二人で飲むのかと思っていたが、状況は違うようだ。
四名が座れるテーブル席はつなげられて、一つの宴会席に変えられていた。
「おぉ。お待たせ。あ、この人、千種くん。最近、こっち来たんだって」
弥富がみんなに話しかけながら千種を紹介した。
いきなりの初対面に抵抗する気持ちが湧きはするが、聞かされた連中は『転校生来ました』状態だった。そんな出入りは日常茶飯事だったことを伺わせてくる。
「あ、そうなの?俺、赤羽根(あかばね)。はぐとは小中高って腐れ縁なの」
すでに生ビールのジョッキを傾けていた短髪の男が気兼ねなく千種に話しかける。
すっかり手足を伸ばしている姿は、まるで我が家で寛いでいる気安さがあった。
隣にいた体格の良い男も「俺、葉栗さんの後輩っス」と、その場にいる人たちが、近所の幼馴染だと伝えてくる。
こうして時に集まりの場を持つとのこと。
この場、千種を口実に組まれた席なのだと知るのはほんの数分後のことだった。
一番端に弥富と正面に向かい合って座り、突然の宴会に動揺するものの、一同は全く気にした様子を見せず、すんなりと千種を受け入れてくれる。
千種の人付き合いのなさを、こんなところでカバーしてくれようとした弥富の思いやりが見えた。
後輩だと言った犬山(いぬやま)は千種と同じ年だと判明すると驚声をあげた。
「うわー。いや、安城(あんじょうちぐさ)さん、若すぎっしょ」
「田舎もんと都会もんの違いだろ」
「やべっ。俺、お洒落の仕方でも習うかな…」
「農作業の合間で、どこで色気撒くんだよ~」
軽口はさりげなくその渦の中に千種を誘いこんでくれる。現に犬山はつなぎ姿で仕事上がりであることを漂わせていた。
千種が身につけていた服のセンスは、こちらとは少々異なった感覚だったようだ。
まぁ、久し振りのお出かけに”張り切った感”はあったのだが…。

こんなふうにみんなでワイワイとする時間を失っていた。
初めて出会うのに嫌な雰囲気一つ見せず、受け入れてくれることに心の中がほんわりとしてくる。
飲んでいるアルコールも硬かった気持ちを解してくれた。
上下関係のない『友達』という輪にどんどんと馴染んでいく。
後輩と言いながら犬山の態度は周りに対して怖じけることなく、そのことも千種の心を砕いた。
「『安城さん』…って、千種でいいし…」
「あ、じゃあ俺も。天白(あまは)って呼んで」
千種の申し出に犬山も答えてくる。
畏まった呼び名をお互いに言い変えてくれと望む。その近さが実にいい。
「携番!!メアド!!ちょーだいっ。俺のこれ~」
犬山は颯爽と取り出した携帯電話を千種に押し付けた。続いて他の人間も「何かのときに」と理由をつけて教えてくれる。
人がこんなに身近になることを初めて知った気分だった。
人と人との繋がりを、改めて感じさせられた。突然のことであったのに、弥富の配慮にまた胸が熱くなるのと、この地の人の温かさがじんわりと染み渡ってくる。

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あやつるものよ 13
2011-11-24-Thu  CATEGORY: あやつるものよ
「こっちさ、都会に出ていく人間も多いし。そんな奴らから戻ってきた時に希薄な暮らし具合を聞いちゃうとね…。せめてここに来た人には住みやすいって思ってもらいたいな~と…」
地域一帯の人たちが、似たような考えらしい。
だから気安く話しかけてきてくれたり、こうして自分たちの輪の中にもすんなりと入れてくれるのだろう。
人を疑ってかからない人柄がじんと心に染みた。
そのきっかけを作ってくれた弥富には頭が下がる。
千種自身、かつての暮らしでは会社と自宅の往復で終わっていたようなものだ。
近所の人の顔を知っている程度は、地域に根付いているとか馴染んでいるとは言えない。

数時間、散々に騒いでタクシーに乗せられて帰宅の途についた。
話を聞けば、この店は天白の伯父が経営しているとのことで、何かある時には利用するらしい。
「ま、俺も結構な頻度で来ているからさ。千種も暇だったら顔を出せよ。連絡くれりゃぁ、迎え行ってやるし」
ありがたい天白の誘いは、すっかり親しくなった関係となっていた。
それも申し訳ないので、次の時があるなら自力で足を運ぼうと思う。
駅前の店なのでバスもそれ相応にある。
というより、手間暇をかけさせて面倒な存在になりたくなかったのだ。
うざったいと思われたらせっかくの出会いが無になるような気がしていた。
交通機関のことを告げると、「変な気ぃ、使わなくていいから」と笑われる。

久し振りに人と会話ができてはしゃげた空間は、千種の気を良くしているものに変わりはなかった。
マンションに帰宅すると、すでに岡崎の車が停められていて、帰宅していることを知る。
一時は「迎えに行く」と言っていた岡崎だが、いつお開きになるのかも分からない席、仕事上がりの岡崎に好きなアルコールを待たせるのはあまりにも不憫で、日常の当たり前である行動を促していた。
リビングに入ると、いつもの姿、いつもの姿勢で千種を迎えた。
「おかえり」
「ただいまぁ~ぁ」
千種の悦びは前面に溢れ出ていたのだろう。
機嫌の良さにソファから身を起こした岡崎が、よろけながら寄ってくる千種の体を支え、抱えて隣に座らせた。
その様子だけで、千種が楽しんできたのだと理解できたようだ。
「随分飲んでいそうだな」
「…んー…。ここにきて一気に酔いがまわったかも…」
岡崎の顔を見て、どことなく張っていた気分が一気に緩んでいった。
「気を許されているのは嬉しいことに変わらないが…」
少々困惑気味の表情を浮かべつつも、岡崎は柔らかな笑みで千種を抱きこんでくれた。
へら~と笑う千種の髪を撫でながら、「楽しかったのか?」と聞いてくる。
千種は気付かなかったが、こちらに引っ越ししてきてから初めての本当に楽しげに笑みを浮かべる千種に、岡崎はささやかな嫉妬を隠したのだった。
それだけ、溜めこんできた何かがあるのだろうと悟ってくれていた。
岡崎を気遣う余裕は今の千種にはない。
「ん。みんないい人だった~」
「みんな?」
スーパーの店員の存在は知るが、その他大勢と言うような発言には岡崎の眉間が寄る。
「あ、葉栗さんの友達とか、その他とか~ぁ」
帰ってきて安心したからなのか、眠気を纏った千種の言い分はイマイチ的を射ていない。
だがその流れからして、二人きりでなかったのは伺えたし、別段危険もなかったのだろうと岡崎は判断することができた。
根本的にゆったりとした心構えでいてくれるこの地の人情は、勤めるだけに知れるところもある。
なにより一番岡崎の頬を緩めているのは、躊躇いもなく岡崎の胸元に体を寄せてくる姿だった。
時折気の強さを見せる千種が、こんなふうに無防備に縋りついてくるのは珍しい。
ただでさえ、こちらに来てから、千種は岡崎の負担にならないようにと構えているところがあった。
ここに着いた最初の夜、一緒に寝るのだと気にかけた千種がアルコールの飲み過ぎで奔放になったことを思い出す。
それはまさに、岡崎にしてみたら拷問にも近い無防備さだった。
さすがに酔った人間を襲うほど大人げない態度は取れないでいる。ちょっとした、見栄…だろうか…。
アルコールで内面を晒すのは胸の内を知れて良いことなのだが、とはいえ、飲ませすぎは問題だ…と岡崎の内心で思われていることなど、千種は露知らず。
心地良い眠りの世界に落ちていった。

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あやつるものよ 14
2011-11-25-Fri  CATEGORY: あやつるものよ
恐ろしいくらいの順調ぶりだった。
何通も送っていた履歴書。その中から返事をもらったのは数社に上ったが、かつて勤めた企業名は充分なほど有名で、そこを退社してここまで来たことは疑問にしかなっていない。
言い訳を口にしたところで、それとなく情報を掴む社もあるのだろう。
上手くいかない就職活動かと思われていた。
そのなかで目を付けてくれた食品会社がある。
海外まで取引を行っていた以前の社から比べたら、格段に小さなものだったが、だからこそ千種の評価を下してくれたのかもしれない。
千種には、大手企業に勤めていたという経歴と、幾つかの資格、そして必要に迫られて資格をとるまでには至らなかったが身につけた法律の勉学まであった。
募集されていたのはそれらを活かせる職種ではなかったが、就職することに対しての焦りもあったのかもしれない。
似たような会社ならやりこなせるのではないかと言う甘えを含んで会社を選んでいた。
小さな会議室の中、面接に携わった社員は、しばらく頭を悩ませている様子だった。
大概の場合は、「後日返答」という措置を取られていただけに、この沈黙が重く感じた。
かといって、こちらから話しかけることもできないでいる。

数分の緊張感漂う空気を、先に口を開いた面接官……雑用を一手に引き受ける総務の人間らしい……は、躊躇いがちに千種を見据えてきた。
白髪がかなり混じった、50代も後半だろうという、人の酸いも甘いもかみわけるような、それでいて穏やかな視線を向けてくる人である。
「えーと…ねぇ…」
沈黙を破った言葉に、この場で面接に対しての断りが入れられるのかと身構えた。
ある意味、数日悩まされるよりは潔い判決である。
神妙に俯く千種に、面接官である稲沢(いなざわ)は、一度疑いを晴らすような手を振る仕草を見せた。
その動きが全く分からず、逆にキョトンと睫毛を瞬かせる。
「安城さんはすぐに就職したいんだろう?それはよく分かるんだけどね…」
どうにも歯切れの悪い口調に、訝しさは浮かぶが、何やら溜めていることを感じ取れない千種でもない。
さらに、誤魔化すのは構わないが、暗に今回の求人から反らされているのも感じた。
だったらさっさと言ってくれたほうが自分のためでもある。
しかし、漏れたのは全く異なった見解だった。

「これだけの資格と経歴があって…。…いや、実は、半年後に定年になる社員がいるんですよ。その後をね、君くらいの経験のある人に任せられたら…っていうのが、…まぁ、私個人の見解なんだけど…。とはいえ、ちょっとこれは、惜しいですわ…」
履歴書と職務経歴書を何度も何度も読み直しながら逡巡している。
それは募集した仕事につかせることに抵抗があったようだ。
「だからってその人をすぐに辞めさせるわけにはいかないしね。こっちの勝手な都合を言っちゃえば、半年後…、引き継ぎ期間入れたとして五カ月後かな。そこまで待ってもらえるっていうならね…。うちもまた求人情報出して、面接時間を割かれることを思うとねぇ…。でもすぐに雇える費用もないんだ…。今回の募集より、つくのは重要なポストになるけど。君ほどの実力があれば充分だろう。これだけの人材を早々見つけられないって言うのも本当のところ。給料ももちろん変わってくるし…」
最初は何のことかと意味が掴めずにいた。
要するに今回の求人とは別に必要としたい人間は、まだいたということだ。
今の就職難に臨んできた人は数知れず。それは他の人間でも任せられることであり、千種さえ許すなら一つ上、もっと上の配置につかせたいという思惑が伺えた。
だからといって無駄な時間を社で過ごさせる余裕もない、細々さがある。
いずれ上の位置に引き抜くにしても、採用できる人間など高がしれているし、入社間もない人間が上に上がるのは明らかにおかしな話だ。
それを、この面接官は、実務経験のある過去の職場からの『引き抜き』という、特別処置を取らせたいのだとは、すぐに知れたことだった。
定年間近な人間と比べられたら格段に落ちるだろうが、それに引けを取らない経験が千種にはあったのだろう。
ヘタな情報を入れるより、突然のほうが受け入れやすい。
「え…と、それは…」
どう答えていいのか、千種自身分からずにいた。
少し済まなさそうに語るところが人の良さを感じてしまう。
「もし…、もしもだよ。安城くんが、半年先まで待ってくれると言うのであれば、うちは万々歳なんだ。こちら側の、本当に勝手な都合なんだけれどね。給料もない。その間待てって言うのは、本当に我が社の勝手な話だ。だから、ここで君に決めてもらった方が良い」

こんなことってあるのだろうかと思った。
採用不採用は、会社側が決めるものだろう。
それを、この人のいい面接官は、千種に求めていたのだ。
この後、就職先が見つかる可能性は明らかに低い。今ここで蹴飛ばして、では半年後に就職できているのだろうか。
それも、今より良い条件で…。
半年という期間は長いようで短い。あっという間に過ぎ去る日々の中、新しく募集をかけられて、自分より優秀な人材が入り込むことを思えば、もう求人情報はない状態にするのが千種にとって賢明のはなしだろう。
次の募集の時に採用される可能性は今の百パーセントから格段に落ちる。
だったら今の時点で潰すべきだ。
迷うことなど千種になかった。
「喜んでお受けいたします」
千種の答えに正面の稲沢は破顔する。
「そうかぁ。本当にうちにとってはありがたいよ。勝手なことばっかり言ってすまないね。忘れないように、連絡だけは時々入れるから」
半年という間にもてなされる何かもがあること、それとなく悟っていた。
いつ反故にされてもおかしくないのであろうが、守ろうとしてくれる必死さが伝わってくる。
この面接官は即席だと言いながらも、約束事を守るように、五カ月後の入社日を記した契約書を千種に持たせた。
人の人情を感じた昨今である。
この話が嘘でないことは、短い時間でも感じられた千種だった。
やはり、この地の人は温かい…。

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あやつるものよ 15
2011-11-26-Sat  CATEGORY: あやつるものよ
岡崎にこの会社とのやり取りをメールで伝えると、しばらく返事がなかった。
仕事中で忙しいのだと思っている。
だけど反対されることでもないだろう。
問題は待つ半年間の身の持たせ方であった…。

そのままスーツ姿で自転車に跨りいつものスーパーに向かうと、夕方の値下げのシール貼りをしていた弥富に出会った。
今日面接を受けた会社は自転車でも通勤できない距離ではなかったが、いずれは車を持つのかと問われる。
自由に動ける交通手段はどうしても求められるものであり、いずれ購入する予定だった千種は頷きを見せた。
自家用車で動く分は交通費に加算されるというのだからありがたいものだ。
ある意味、納車までのゆっくり選べる時間をもらえたのかもしれない。

「…、誰かと思った…」
「あー、面接の帰りだったし…」
滅多に…どころか初めて見る畏まった格好は弥富に目を見開かせるものとなった。
「面接?…あー、就職活動か…。うまくいきそうなの?」
「それがさぁ。俺もびっくりな話で…」
今日の成り行きを心配しつつも話してしまうと、会社名を聞いた弥富は知ったふうに、「昔からあるところだから大丈夫だと思うよ」と安心させてくれた。
この地で名を馳せた会社が、嘘をついたり、無謀な行動には出ないだろうと、さりげなく教えられる。
改めて聞かされれば千種もホッと息をついてしまうものだった。
やはり地元の人の情報は何にも勝らぬ強いものとなる。
ただ、半年を開けてまでの採用という成り行きには興味を持たれたようで、売り場でありながらざっと過去の経歴を伝えると、口をぽっかりと開けられてしまった。
「…う…っそぉ。…あの、大手に居たの?」
過去勤めていた企業がどれほどの知名度をもつのか、それなりに認識しているつもりであったが、ここまでの驚かれ方はされたことがなかった。
「あのさ…、千種くん…って、めっちゃ優秀…とかいう?」
「ふつう」
どっからが『優秀』でどっからが『普通』なのかは曖昧すぎる疑問点だったが…。
弥富の”ポカン”は止まらずにいる。
「いやいやいやいや…。こっちであの会社の、それも支社に入れる人なんて、選抜部隊みたいなもんだって。その本家本元にいたわけでしょ…。…そりゃ、欲しがるわ…」
なにやら、面接を受けた会社に同情してくれたらしい。半年という期間が非常に微妙な期間であることも納得された。
これが二、三か月先のことであるなら、無理をしてでも採用していただろう。一年であるなら、再募集をかけたかもしれないと。
手に入れたいが、自由に振りまわせない、千種の生活もあり、会社側の状況もある。

過去の会社名で褒められるのはどうにも腑に落ちなかった。それがこの地に運ぶ原因にもなっていたのだから…。
「入社できるのと、働き具合はまた変わるんだよ…」
暗い過去を思い出しそうで、千種はその話から切り上げたかった。
就職が決まった嬉しい顔から一転して、睫毛を伏せた千種に弥富も何かを感じたのか、それ以上のことは口にしなかった。
ここまで引っ越してきた理由も聞かれていない。その辺りから、漠然と察するものがあったのだろうか。
充分なほどの環境で労働できる場所を、好き好んで辞めて田舎に引っ込んでは来ないだろう。
待つのは就職に苦しむ状況だけだ。
弥富に口に出されないことがありがたい優しさだった。

「あ、今さ、タラを半額にするとこだったんだけど…」
かき集めていたパックたちに次々と値下げシールが貼られていく。その一つを弥富が持ち上げた。
夕方の買い物客は、今夜の食事用にと真っ先に赤札が張られたものを手にしていくような状況だった。
「タラっ!タラ、もらう。鍋に必要~」
「千種くんが作る鍋ってどんなものなの?やみ鍋?」
「それ、ひどすぎっ」
冗談を言い合いながら、買い物の時間が過ぎた。
その途中で岡崎からメールが入ってきた。
驚いたことに、岡崎なりに千種が面接を受けた会社の情報を探っていたらしい。
弥富と同じように『地元で長年操業している会社だから安心していいだろう』という答え。
さらに『あと半年は俺も贅沢ができるな』という内容。
贅沢…っていうより、家計費を圧迫しているんじゃないかと首を傾げた。
ブツブツと言いながら弥富の前で返信をしていると、内容を耳にしていた弥富が徐に笑い転げた。
「そりゃ…っ、世話係が多忙になるんだから自分の負担も増えるだろうよ。せいぜい”自由時間”に奉仕しとくんだな」
弥富の笑みは止まらない。
理由が分からずに首を傾げれば、「賢いくせに鈍感」と罵られる。
「千種くんが働くようになったら、相手の人の好き勝手にできないってことでしょ。自由に弄れる、それが相手の人にとって『贅沢』だったんでしょ」
『自由に』という台詞に、しばらく体が固まった。
岡崎は特に千種を縛り付けるようなことはしなかった。しかし、朝も起き上がれない無茶をするときもある。
それらは全て、千種に次の日の予定がないからであって…。
そんなふうに振舞えるのも今ではだからこそ。
我慢してきた岡崎にとっては、確かに、『贅沢』なのかもしれない。
激しい行為を思い出してはかぁぁぁっと頬を染めた千種に、どうしたのかと不思議そうな弥富の顔が覗きこむ。
「え?掃除とか洗濯とか料理とか…じゃないの?」
改めて問われた立ち位置は、千種を現実に戻すのに充分だった。
世話になっている…と伝えた時から、弥富の中では千種は、義理で行うただの家政婦に近い存在だったらしい。

「はいっ!はいっ!そうですっ!」
勘違いはどこまでも広がるが、今の千種にはこれ以上の誤魔化し方など思い浮かびはしなかった。

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