真室は始業時間を少しだけ過ぎてから戻ってきた。
それは咎められるようなこともない、僅かな時間だった。
誰も気にしていない。
「真室、他社のデータ、揃えておいて」
萩生の指示にもいつもどおり頷いて、午後の仕事として取りかかっている。
どことなく、表情に煌々としているような雰囲気が見えるのは気のせいか…。
訳のわからない苛立ちを抱えながら、あつみは時間の経過とともに、真室を責めていた。
「まだ出ないのかよっ」
慣れない仕事なのだとは充分承知している。
普段では聞かれない、あつみのとげとげしい言葉に委縮した真室は声を失っていた。
キツイ発言をしたことを、すぐさま萩生が咎めてきた。
「あつみ?!これがどれだけ難しいかわかってんだろっ。おまえ、何、苛立ってんのっ?!」
性格は知られていることがある。
手伝う…というならともかく、あつみの言動は叩いているだけだ。
行き場のない感情は、出しぬかれたような悔しさが混じっている。
劣等感…だろうか…。
瀬見は、あつみの欲しいものを簡単に手に入れているような錯覚が襲ってきていた。
すでに知った瀬見の性格は嫌味でもなく馴染んではいたが、親しみを通り越した形だった。
いつも呟かれるあつみの声を聞いていて、だけど簡単に心の隙間を埋める存在を手にしてしまう…。
そして、それだけではないだろう。
見聞きしてしまったものが言いようのない妄想を生み、胸の苦しさを孕んでいた。
ふたりに対して、何を思うのだろう。
瀬見の人当たりの良さはすでに知るところである。
無邪気な真室の性格も…。
だけど逆に感じたのは、瀬見の軽薄さだった。
“頼まれて付き合った人間は、過去の数に入れない”…。
すでに聞いた話は、その場では笑えたことでも、今は違っている。
真室が苦しむ姿だけは見たくなかった。
…もてあそばれる…。
勝手な妄想なのかもしれないけれど。
そのことが脳裏をよぎり、流されているように、判断できない幼い真室に、苛立ちが増しているのだ。
自分だったら…。
そう思った時、初めて、守ってやりたい感情があることを知った。
これまでかまってきたことも、理由がつくような気がした。
萩生にまでたしなめられたことで、ますます胸糞が悪い状態に陥った。
バンっと書類を叩きつけて、立ち上がった。
「あつみっ、どこ行くんだよっ?!」
「トイレっ!!生理現象まで止められるのかっ?!」
ただの八つ当たりだとは分かっている。
止められないのは自分の感情のほう…。
どうしてこんなに…。
たった一日と一瞬で、全てが変わった。
トイレの流し台で顔を洗っては、「クソッ」とやりきれない気持ちが溢れ出た。
そばに居過ぎたせいで見えなかったもの…。
流れる空気は昨日とは違っている。
“お兄ちゃんのお弁当”は家庭の味に飢えていた自分のためにと真室が気遣ってくれていたと思っていたのは…、勝手な思い込み。
こんなことなら、瀬見に同調を求めるものではなかった…と後悔しても後の祭りだ。
自分を通り越して、確実に瀬見と真室は近付いた。
自分がこんな感情を持っていたなんて…。
「クソッ」
もう一度呟いたあつみは、明日からの行方を考え始めていた。
こんな状態で、三人で仲良く弁当など食えないだろう。
だからといって、その弁当を断る気にもなれなかった。
唯一、真室とあつみを繋ぐものだと分かっていたから。
なにより、兄が知っていることだけに…。
見せかけの見栄とも捉えられそうだが、今となっては、繋ぎとめたい心理が働いている。
改めて気付いてしまったから尚更…。
真室は、双子に負けず劣らず、充分に可愛い存在だった。
(年齢のことはともかく…)
瀬見が自分よりも早くにその魅力に気付いてしまったことが、とにかく悔しいのかもしれない。
簡単に横からかっさられる…。
男としての、扱いの違いまで見越されたようだ。
全てにおいて、上を行く人間…。
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それは咎められるようなこともない、僅かな時間だった。
誰も気にしていない。
「真室、他社のデータ、揃えておいて」
萩生の指示にもいつもどおり頷いて、午後の仕事として取りかかっている。
どことなく、表情に煌々としているような雰囲気が見えるのは気のせいか…。
訳のわからない苛立ちを抱えながら、あつみは時間の経過とともに、真室を責めていた。
「まだ出ないのかよっ」
慣れない仕事なのだとは充分承知している。
普段では聞かれない、あつみのとげとげしい言葉に委縮した真室は声を失っていた。
キツイ発言をしたことを、すぐさま萩生が咎めてきた。
「あつみ?!これがどれだけ難しいかわかってんだろっ。おまえ、何、苛立ってんのっ?!」
性格は知られていることがある。
手伝う…というならともかく、あつみの言動は叩いているだけだ。
行き場のない感情は、出しぬかれたような悔しさが混じっている。
劣等感…だろうか…。
瀬見は、あつみの欲しいものを簡単に手に入れているような錯覚が襲ってきていた。
すでに知った瀬見の性格は嫌味でもなく馴染んではいたが、親しみを通り越した形だった。
いつも呟かれるあつみの声を聞いていて、だけど簡単に心の隙間を埋める存在を手にしてしまう…。
そして、それだけではないだろう。
見聞きしてしまったものが言いようのない妄想を生み、胸の苦しさを孕んでいた。
ふたりに対して、何を思うのだろう。
瀬見の人当たりの良さはすでに知るところである。
無邪気な真室の性格も…。
だけど逆に感じたのは、瀬見の軽薄さだった。
“頼まれて付き合った人間は、過去の数に入れない”…。
すでに聞いた話は、その場では笑えたことでも、今は違っている。
真室が苦しむ姿だけは見たくなかった。
…もてあそばれる…。
勝手な妄想なのかもしれないけれど。
そのことが脳裏をよぎり、流されているように、判断できない幼い真室に、苛立ちが増しているのだ。
自分だったら…。
そう思った時、初めて、守ってやりたい感情があることを知った。
これまでかまってきたことも、理由がつくような気がした。
萩生にまでたしなめられたことで、ますます胸糞が悪い状態に陥った。
バンっと書類を叩きつけて、立ち上がった。
「あつみっ、どこ行くんだよっ?!」
「トイレっ!!生理現象まで止められるのかっ?!」
ただの八つ当たりだとは分かっている。
止められないのは自分の感情のほう…。
どうしてこんなに…。
たった一日と一瞬で、全てが変わった。
トイレの流し台で顔を洗っては、「クソッ」とやりきれない気持ちが溢れ出た。
そばに居過ぎたせいで見えなかったもの…。
流れる空気は昨日とは違っている。
“お兄ちゃんのお弁当”は家庭の味に飢えていた自分のためにと真室が気遣ってくれていたと思っていたのは…、勝手な思い込み。
こんなことなら、瀬見に同調を求めるものではなかった…と後悔しても後の祭りだ。
自分を通り越して、確実に瀬見と真室は近付いた。
自分がこんな感情を持っていたなんて…。
「クソッ」
もう一度呟いたあつみは、明日からの行方を考え始めていた。
こんな状態で、三人で仲良く弁当など食えないだろう。
だからといって、その弁当を断る気にもなれなかった。
唯一、真室とあつみを繋ぐものだと分かっていたから。
なにより、兄が知っていることだけに…。
見せかけの見栄とも捉えられそうだが、今となっては、繋ぎとめたい心理が働いている。
改めて気付いてしまったから尚更…。
真室は、双子に負けず劣らず、充分に可愛い存在だった。
(年齢のことはともかく…)
瀬見が自分よりも早くにその魅力に気付いてしまったことが、とにかく悔しいのかもしれない。
簡単に横からかっさられる…。
男としての、扱いの違いまで見越されたようだ。
全てにおいて、上を行く人間…。
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精神を落ち着けることに必死だった。
深呼吸を何度も繰り返して、事務所に戻っていく。
あつみの姿を見ては、脅えた感じの真室が視界に入って、激しい後悔にも襲われていた。
傷付けてしまったことは確かだ。
いつもと変わらないようにあつみは真室に近付いて、ウェーブのかかった髪を撫でた。
「ごめん…。ちょっと…。八つ当たりして悪かった…」
何かあったのだろう…とは真室も理解できるのだろうか。
人の感情は一定ではないけれど、正直に謝罪してきたあつみに対して少しばかり気を緩めてくれたようなのが、唯一の救いでもあった。
あつみはそれ以上、この日真室に関わろうとはしなかった。
避けられていることは真室も感じているのだろう。
空間を埋めてくれたのは、萩生だったのだが…。何かを言う気などおきなくて、大人しくあつみは席についていた。
なにがどうして、突然の溝が生まれたのか、真室はもちろん、萩生も理解できていない。
氷が置かれたような冷えた空気が、午後の空間を覆ってしまった。
まるで、あつみの心情を知ったかのように、次の日、瀬見は食堂に姿を現さなかった。
ただの偶然なのだろうが。
あつみの態度に真室は戸惑いがあったのだろうが、いつもと変わらずに、お弁当を持ってきてくれていた。
兄に伝えることのできなかった社内の空気のこともあったのだろう。
そんな気遣いをさせてしまったことを、改めて申し訳なく思ってしまう。
今日も「ありがとう」と、兄に伝えてほしい意味と、持ってきてくれる存在に感謝した。
食堂で寄ってきた由良が、「新庄さん、今日は出掛けるからって」と、今日の流れを語ってくれる。
そして4人で座った席だった。あつみは由良と萩生が隣どうしに並べるように席を移動する。
勝手な、真室の隣になりたかった下心は隠して…。
萩生が一人で定食を買いにいっている。
瀬見の分の弁当は、由良と萩生が分けて食べるということなのだろう。
突然のことは、当然真室を気遣っていることでもあった。
無駄にしない配慮は瀬見が頼んだことなのだろうか…。
並べた弁当箱に、由良が目を見開いていた。
「すげぇ。どこの高級弁当なの?」
「残り物なんですけれど…」
遠慮した真室が由良に説明するが、誰も信じない見栄えの良さは、あつみも初めて感じた時と同じ衝撃だ。
“残り物”とは、兄の自慢ではないという控え目さなのだろう。
わざとらしさを思い浮かばせない、家族を大事にしたもの…。
真室は兄に対して、過ぎるくらいの評価を持っている。
褒め称えては食した時間の後、いつものように席を立ち、向かう先が見える萩生と由良に続いて、あつみも真室を促していた。
「昨日のお詫びに、おごってやるよ…」
照れ隠しも含まれていたのかもしれない。
真室は「いえ…」と一度は拒否したけれど、強引とも思えるあつみの誘いには断れないものがあった。
先輩面を出したのは、申し訳ないことなのかもしれないけれど…。
結局、なぜ、瀬見と真室が一線を越えるような関係になったのかまでは聞けなかった。
今日の、この場に瀬見が姿を現さなかったことは、真室の中で痛いものになっているのが分かる。
分かっても、萩生たちの前で口にすることはなかったし、真室自身、ふっ切りたいところがあるように思えた。
それこそが、一時的な気の迷い…のようにしか捉えられなかった。
瀬見の素行は、真室も気付いているのか…。
瀬見は、真室に対して、どんなふうに声をかけたのだろう…。
店内にはイートインコーナーももちろんある。
この時間ということもあって混雑していて、だからあつみや萩生たちも、ここでゆっくりすることはなかった。
萩生たちに遅れて、店内に入ったけれど、その奥の席に、こちらに背を向けた体格の良い男がいた。
二人掛けの丸いテーブルの正面には、相手に微笑みかける黒髪の男がいた。
真室と変わらないくらいの年齢か、もっと若くも見える。真室も幼さを残している実年齢に見えないところがあるが、それを考慮しても年下だろう。
それは、見慣れた瀬見の後ろ姿だ。
何を語っているのかは喧騒で耳に届くことはないが、瀬見の伸ばした手が優しげに頬を撫でていた。
その光景に気付いては、ピクリと固まった真室は、それ以上足を踏み出しはしなかった。
「…僕…、いらないです…」
蚊が泣くかのような細い声。
「あれ?新庄さんじゃん」
響いた由良の声よりも早くに、踵を返した真室は駆けだして、社屋に向かっている。
振り返った瀬見は真室の姿に気付いたことだろう。あつみはそれを確認して、真室の背中を追った。
セキュリティの厳しい場所は、部外者は入ってこられないことを知るのか…。
「真室っ」
すぐに手をかけたあつみの脇を、真室はするりと抜けていた。
瀬見には悪びれたふうもなければ、自慢をしているわけでもない。
それこそが、”日常”だとでもいうようかのように…。
瀬見の知らない世界が垣間見えた気がした。
“好きになった人”だけが、瀬見の中で全てなのだと、過去の発言から探れてくる。
…真室は、なんだったのだろう…。
涙を零す小さな体の後を、無我夢中であつみは追っていた。
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目指すは20~25話。つまり今月中に終わりにしたいと…。
そんなにサクサクと進むのかなぁ。
変なウィルスはありません。
でも戸惑う方は踏み込まないでください。
単に『泣かないで』っていう曲を聞いてほしいだけです。
あつみが泣いているらしいから…。
泣かないで
あとは別宅。←ただし時間制限つきです。いずれ消しますので。
深呼吸を何度も繰り返して、事務所に戻っていく。
あつみの姿を見ては、脅えた感じの真室が視界に入って、激しい後悔にも襲われていた。
傷付けてしまったことは確かだ。
いつもと変わらないようにあつみは真室に近付いて、ウェーブのかかった髪を撫でた。
「ごめん…。ちょっと…。八つ当たりして悪かった…」
何かあったのだろう…とは真室も理解できるのだろうか。
人の感情は一定ではないけれど、正直に謝罪してきたあつみに対して少しばかり気を緩めてくれたようなのが、唯一の救いでもあった。
あつみはそれ以上、この日真室に関わろうとはしなかった。
避けられていることは真室も感じているのだろう。
空間を埋めてくれたのは、萩生だったのだが…。何かを言う気などおきなくて、大人しくあつみは席についていた。
なにがどうして、突然の溝が生まれたのか、真室はもちろん、萩生も理解できていない。
氷が置かれたような冷えた空気が、午後の空間を覆ってしまった。
まるで、あつみの心情を知ったかのように、次の日、瀬見は食堂に姿を現さなかった。
ただの偶然なのだろうが。
あつみの態度に真室は戸惑いがあったのだろうが、いつもと変わらずに、お弁当を持ってきてくれていた。
兄に伝えることのできなかった社内の空気のこともあったのだろう。
そんな気遣いをさせてしまったことを、改めて申し訳なく思ってしまう。
今日も「ありがとう」と、兄に伝えてほしい意味と、持ってきてくれる存在に感謝した。
食堂で寄ってきた由良が、「新庄さん、今日は出掛けるからって」と、今日の流れを語ってくれる。
そして4人で座った席だった。あつみは由良と萩生が隣どうしに並べるように席を移動する。
勝手な、真室の隣になりたかった下心は隠して…。
萩生が一人で定食を買いにいっている。
瀬見の分の弁当は、由良と萩生が分けて食べるということなのだろう。
突然のことは、当然真室を気遣っていることでもあった。
無駄にしない配慮は瀬見が頼んだことなのだろうか…。
並べた弁当箱に、由良が目を見開いていた。
「すげぇ。どこの高級弁当なの?」
「残り物なんですけれど…」
遠慮した真室が由良に説明するが、誰も信じない見栄えの良さは、あつみも初めて感じた時と同じ衝撃だ。
“残り物”とは、兄の自慢ではないという控え目さなのだろう。
わざとらしさを思い浮かばせない、家族を大事にしたもの…。
真室は兄に対して、過ぎるくらいの評価を持っている。
褒め称えては食した時間の後、いつものように席を立ち、向かう先が見える萩生と由良に続いて、あつみも真室を促していた。
「昨日のお詫びに、おごってやるよ…」
照れ隠しも含まれていたのかもしれない。
真室は「いえ…」と一度は拒否したけれど、強引とも思えるあつみの誘いには断れないものがあった。
先輩面を出したのは、申し訳ないことなのかもしれないけれど…。
結局、なぜ、瀬見と真室が一線を越えるような関係になったのかまでは聞けなかった。
今日の、この場に瀬見が姿を現さなかったことは、真室の中で痛いものになっているのが分かる。
分かっても、萩生たちの前で口にすることはなかったし、真室自身、ふっ切りたいところがあるように思えた。
それこそが、一時的な気の迷い…のようにしか捉えられなかった。
瀬見の素行は、真室も気付いているのか…。
瀬見は、真室に対して、どんなふうに声をかけたのだろう…。
店内にはイートインコーナーももちろんある。
この時間ということもあって混雑していて、だからあつみや萩生たちも、ここでゆっくりすることはなかった。
萩生たちに遅れて、店内に入ったけれど、その奥の席に、こちらに背を向けた体格の良い男がいた。
二人掛けの丸いテーブルの正面には、相手に微笑みかける黒髪の男がいた。
真室と変わらないくらいの年齢か、もっと若くも見える。真室も幼さを残している実年齢に見えないところがあるが、それを考慮しても年下だろう。
それは、見慣れた瀬見の後ろ姿だ。
何を語っているのかは喧騒で耳に届くことはないが、瀬見の伸ばした手が優しげに頬を撫でていた。
その光景に気付いては、ピクリと固まった真室は、それ以上足を踏み出しはしなかった。
「…僕…、いらないです…」
蚊が泣くかのような細い声。
「あれ?新庄さんじゃん」
響いた由良の声よりも早くに、踵を返した真室は駆けだして、社屋に向かっている。
振り返った瀬見は真室の姿に気付いたことだろう。あつみはそれを確認して、真室の背中を追った。
セキュリティの厳しい場所は、部外者は入ってこられないことを知るのか…。
「真室っ」
すぐに手をかけたあつみの脇を、真室はするりと抜けていた。
瀬見には悪びれたふうもなければ、自慢をしているわけでもない。
それこそが、”日常”だとでもいうようかのように…。
瀬見の知らない世界が垣間見えた気がした。
“好きになった人”だけが、瀬見の中で全てなのだと、過去の発言から探れてくる。
…真室は、なんだったのだろう…。
涙を零す小さな体の後を、無我夢中であつみは追っていた。
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目指すは20~25話。つまり今月中に終わりにしたいと…。
そんなにサクサクと進むのかなぁ。
変なウィルスはありません。
でも戸惑う方は踏み込まないでください。
単に『泣かないで』っていう曲を聞いてほしいだけです。
あつみが泣いているらしいから…。
泣かないで
あとは別宅。←ただし時間制限つきです。いずれ消しますので。
社屋に入り、真室が逃げ込んだエレベーターの中は、運が良かったのか、真室とあつみのふたりきりだった。
追ってきたあつみに違和感もあるのだろうが、心配している姿が晒されれば、崩れてくる小さな体がある。
込み上げた苦痛は、昨日のあつみと変わらないものなのだろう。
不意に抱きしめてしまった体は、枷がはずれたように泣き崩れた。
あつみと瀬見の仲の良さも知られているから、悟ってほしい思いが真室の中に生まれたのか…。
瀬見に重荷になられるような存在にはなりたくない。だけど反する、自分を見つめてほしい思いが真室には蔓延している。
瀬見を責めたくはない…。そう思いながらも恨みがましいものが真室の中にはある。
あつみでは包んでやれないものなのだろうか。
「アイツは、やめておけ…」
どうしてその言葉が漏れたのか、あつみ自身わかりはしなかった。
軽薄な奴ではないと信じたい心もありながら、真室自身から離れてくれることを望んでいた。
だけど真室は、知っていたという雰囲気を滲ませていた。
…瀬見は真室に本気になどなりはしない…。
たぶん、最初に言い伝えられた内容なのだろう。
それを受け入れたうえで、昨日の行為があったのかは、あつみの知れるところではなかった。
…ふたりの間になにがあったのだろう…。
「真室…」
耳朶に寄せて囁いた声に、もっと深い感情を纏って、真室はむせび泣いた。
「…んっ…くぅ…」
堪えるように嗚咽を押し留めて、涙を硬い瞼をつぶることで堪えていた。
聞くのは酷だと思いながら、自分の腕に縋ってきてくれた小さな存在に、続きを問わずにはいられなかった。
「瀬見と…何があってあんなことになったんだ…?」
その問いかけは、二人の意味合いを問うている。
隠したと思っていた真室にとっては、すでにバレているものとは思っていなかったのだろう。
ぴくりと体を震わせて、あつみから離れようしていた。
それを力で押さえつけた。
「悪かった…。瀬見と何かあるって感じたら、すげぇ悔しくて…。初めておまえのこと、感じた…。だから昨日は…」
幸せそうな顔を見ては八つ当たりしたのだと吐露する。
その背景で、起こした行動の全てに嫉妬が含まれていたと告げるあつみに、ひたすら驚いただけの表情が届けられた。
当然だろう。
どちらも意識していなかったのだから…。
「湯田…川…さ…?」
とどめを刺すように、あつみは声を放った。
「瀬見はダメだ…。本気で惚れた奴以外は、『付き合った数』にも入れない。一時的な通り過ぎとしか、捉えないんだよ」
「え…?」
瞠目した真室の瞳と同じ時に、エレベーターが到着を告げる。
思い出にすら、残さない…。
多少理解していた部分があったとしても、そこまでの扱いにされるとは思っていなかったのか。
躊躇いを含んで降りた姿に、昨日の耳にしただけの行為は真室から強請ったものだと、なんとなく感づいてしまった。
瀬見から言い寄られたなら、真室はもっと自信を持っていたはずだ。
ねだって…、だけど証拠を突き付けられるような行為を目の当たりにさせられて…。
どれほど、真室は傷をおったのだろうか…。
確信…というには乏しいが、すべてが瀬見の意識のもとで動いているようにしか感じられなかった。
今日の、弁当を避けたことも…。
瀬見のほうから、真室から離れようとしているのではないか。
瀬見を責めたいわけではなかったが、この場だけは、酷いものとして貶めたかった。
真室に『夢』だけは見させたくない。
こんな手段を使わなくても…。
歩きだそうとした廊下で、もう一度か弱い体を引き寄せたあつみは、「俺にしとけ…」と本音を晒した。
先程よりももっと驚いた真室が瞬きを忘れている。
「瀬見はいいやつだとは思う…。でも真室は譲れない。それを昨日、気付いた。だから、悔しくて当たり散らしたんだ。…悪かった…。本当に申し訳なかったと思っている…」
「…知ってた…?」
呆然とする真室が言うこと、何をさすのかは、分かることであった。
隠すのもどうかと格闘しながら、素直に認めた。
「実際の姿を見たわけじゃないけれど…、なんとなく…。真室…。俺だけのものでいてくれよ…」
弱っているからこそ、つけこめるのかもしれない。
もちろんズルイことでもあったけれど…。
そして瀬見を遠ざける目的も含めて。
深く悩む真室を知りながらその奥に切り込んだ。
「おまえが瀬見に惹かれた理由って、なんだったの…?」
ただのランチタイムの”仲が良い関係”に突然訪れた恋心の原因はなんだったのか。
あつみには気になるところでもある。
あつみは泣き顔の真室をそのまま事務室に連れていくことはせず、離れた非常階段のほうへと導いた。
企画開発室があるこの階で、階段を利用する人間はまずいない。
響いてくる声があったとしても、直接聞かれる可能性は少ない。
真室は何か思うものがあるように、あつみから離れることはなかった。
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追ってきたあつみに違和感もあるのだろうが、心配している姿が晒されれば、崩れてくる小さな体がある。
込み上げた苦痛は、昨日のあつみと変わらないものなのだろう。
不意に抱きしめてしまった体は、枷がはずれたように泣き崩れた。
あつみと瀬見の仲の良さも知られているから、悟ってほしい思いが真室の中に生まれたのか…。
瀬見に重荷になられるような存在にはなりたくない。だけど反する、自分を見つめてほしい思いが真室には蔓延している。
瀬見を責めたくはない…。そう思いながらも恨みがましいものが真室の中にはある。
あつみでは包んでやれないものなのだろうか。
「アイツは、やめておけ…」
どうしてその言葉が漏れたのか、あつみ自身わかりはしなかった。
軽薄な奴ではないと信じたい心もありながら、真室自身から離れてくれることを望んでいた。
だけど真室は、知っていたという雰囲気を滲ませていた。
…瀬見は真室に本気になどなりはしない…。
たぶん、最初に言い伝えられた内容なのだろう。
それを受け入れたうえで、昨日の行為があったのかは、あつみの知れるところではなかった。
…ふたりの間になにがあったのだろう…。
「真室…」
耳朶に寄せて囁いた声に、もっと深い感情を纏って、真室はむせび泣いた。
「…んっ…くぅ…」
堪えるように嗚咽を押し留めて、涙を硬い瞼をつぶることで堪えていた。
聞くのは酷だと思いながら、自分の腕に縋ってきてくれた小さな存在に、続きを問わずにはいられなかった。
「瀬見と…何があってあんなことになったんだ…?」
その問いかけは、二人の意味合いを問うている。
隠したと思っていた真室にとっては、すでにバレているものとは思っていなかったのだろう。
ぴくりと体を震わせて、あつみから離れようしていた。
それを力で押さえつけた。
「悪かった…。瀬見と何かあるって感じたら、すげぇ悔しくて…。初めておまえのこと、感じた…。だから昨日は…」
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その背景で、起こした行動の全てに嫉妬が含まれていたと告げるあつみに、ひたすら驚いただけの表情が届けられた。
当然だろう。
どちらも意識していなかったのだから…。
「湯田…川…さ…?」
とどめを刺すように、あつみは声を放った。
「瀬見はダメだ…。本気で惚れた奴以外は、『付き合った数』にも入れない。一時的な通り過ぎとしか、捉えないんだよ」
「え…?」
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思い出にすら、残さない…。
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躊躇いを含んで降りた姿に、昨日の耳にしただけの行為は真室から強請ったものだと、なんとなく感づいてしまった。
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確信…というには乏しいが、すべてが瀬見の意識のもとで動いているようにしか感じられなかった。
今日の、弁当を避けたことも…。
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瀬見を責めたいわけではなかったが、この場だけは、酷いものとして貶めたかった。
真室に『夢』だけは見させたくない。
こんな手段を使わなくても…。
歩きだそうとした廊下で、もう一度か弱い体を引き寄せたあつみは、「俺にしとけ…」と本音を晒した。
先程よりももっと驚いた真室が瞬きを忘れている。
「瀬見はいいやつだとは思う…。でも真室は譲れない。それを昨日、気付いた。だから、悔しくて当たり散らしたんだ。…悪かった…。本当に申し訳なかったと思っている…」
「…知ってた…?」
呆然とする真室が言うこと、何をさすのかは、分かることであった。
隠すのもどうかと格闘しながら、素直に認めた。
「実際の姿を見たわけじゃないけれど…、なんとなく…。真室…。俺だけのものでいてくれよ…」
弱っているからこそ、つけこめるのかもしれない。
もちろんズルイことでもあったけれど…。
そして瀬見を遠ざける目的も含めて。
深く悩む真室を知りながらその奥に切り込んだ。
「おまえが瀬見に惹かれた理由って、なんだったの…?」
ただのランチタイムの”仲が良い関係”に突然訪れた恋心の原因はなんだったのか。
あつみには気になるところでもある。
あつみは泣き顔の真室をそのまま事務室に連れていくことはせず、離れた非常階段のほうへと導いた。
企画開発室があるこの階で、階段を利用する人間はまずいない。
響いてくる声があったとしても、直接聞かれる可能性は少ない。
真室は何か思うものがあるように、あつみから離れることはなかった。
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非常階段の踊り場で、改めて真室と向かいあう。
どこか悟っていると思われるあつみの態度に、軽率な行動を起こした印象を与えていると思うのか、真室は俯き加減になった。
別に咎めているわけではない…。
払拭するように真室の髪を撫でた。
「何か理由があったんだろう?」
もう一度問えば、躊躇いがちになりながらも口を開いた。
「この前、電車で…」
「電車?」
言葉が途切れれば更なる質問が続く。
瀬見と真室が同じ路線だと知ったのは、ついこの前の話だった。
ふたりはその前からお互いの存在を知っていたのだろう。
コクリと頷いた真室が「僕、痴漢にあっちゃったんです…」と真相を告げてくる。
その発言にはあつみも眉間を寄せた。
「痴漢?」
どのような内容だったのかは想像するしかないが、気分の悪くなる話なのは確かだった。
また頷いた真室は、その時に初めて、瀬見と一緒の方向だと知ったのだと言う。
「帰りの混んでいる時で…。誰かも分からないし、僕、何も言えなくて…。次の駅で降りちゃおうか、って思っていたら、人をかき分けて近付いて来てくれたのが新庄さんだったんです。…『真室』って僕の名前呼んで、身体、引き寄せてくれて…。そしたらすぐ、おしり触られてた手がなくなって…」
親しい人間が隣にいるのに、触れてくるバカもいない。
瀬見が名前で呼んだのも、体を抱き寄せたのも故意的だろう。
その出来事を真室はヒーローの登場と思ってしまったのか…。
あつみの中に悔しさはあったが、真室の不快感が長引かなかったことは救われたことでもあった。
「瀬見、良く分かったな」
「僕は気付かなかったけれど、新庄さん、乗り込んだ時から僕、分かっていたみたいです。ただ、僕、人の波に押されて流されていっちゃったから…。新庄さんも人ごみの中で無理に動こうともしなかったようで…。でも気にかけてくれていたところがあったのか、だから僕の様子がおかしくなったことで、変だな…って…」
「そっか…」
瀬見の性格を思えば、真室の存在に気付いた時点から、様子を伺っていたのだとは想像がつく。
どこまで乗るのかは、一度自宅に行っているだけに分かっているから、距離も知れている。それだけに心配もあったのだろうか。
今となっては真室の性格も知れているところがあったし…。
「それっていつの話?」
「飲みに行った日の、前の日です」
「そんな最近かよ…」
だから余計に次の日、帰りを共にすることを瀬見は自ら言い出したのだ。
酔った真室など、格好の獲物になることだろうと、あつみの脳裏を過る。
翌日、急接近した理由も納得できた。
「で?昨日は真室が誘ったら簡単に引き受けてくれたってこと?」
どうしていきなりキスまでいったのかは、やはり疑問点である。
「あ…」
明らかな動揺は、指摘されたことが事実であることを肯定しているようなものだった。
軽すぎる瀬見の態度も問題だと思うが…。
「し、新庄さんに、聞いたんですか…?」
「聞くも何も、今日、瀬見に会ってねーし。メールとか電話とか、顔が見えないところで話題にしたくなかったから、今日問う気ではいたけれど…」
食堂で顔を合わせる気の重さはあったが、真室に直接聞けない勇気のなさがあった。
同室内で問題にする気になれなかったという気持ちも存在した。
瀬見の心情を確認した上で、今後を考えようとも思っていた。
ただ今までに知った性格からして、また見てきた関係からしても、瀬見が本気ではないだろうと想像できた。
だから話をする気でいたのだ。真室のためを思っても…。
「じゃあ、なんで湯田川さん、知って…」
「単なる妄想だったけど。あとはおまえたちの性格を考えれば…ってとこかな」
「あ…」
色恋のかけひきが少ないのか、自分の行動を指摘された真室は、口元に手を当てて俯いてしまった。
更に肯定される仕草で悔しさは募り、また貶しているわけではないと宥める。
「なんでそんな性急になったのかってことが知りたいだけ。たぶん瀬見は『一回くらいなら』くらいの事を言ったんだろ?それでいいって答えた真室はどんな気持ちだったの?」
「そ、そんなことまで分かるんですか…?」
「まぁ、瀬見とは色々付き合いもあるからな…」
表向き、そんな答え方をしてみるが、実際自分も、相手から望まれたら、『付き合わないことを前提』に一度や二度のキスはできるものだと思う。
お互い承諾済みで、一夜で別れた相手がいたことは、この場では伏せておくが…。
「し…、してみたかった…んです…。…そーゆー…、なんか…大人の…みたいなの…。…それに、優しくされたし…」
真室の返答には、あつみは声を失ってしまった。
そんな理由があっていいものだろうか…。
憧れ、はヒーローに委ねられたことになる。
キスをすることで、もしかしたら…という期待があったことも垣間見えた。
「真室…、そんな簡単に人を信じたり預けたりするな…」
溜め息と共に吐き出せば、知られた後ろめたさと居たたまれなさに襲われたらしい。
シュンと項垂れる真室の頭にまた手を伸ばしては、くしゃくしゃとかきまわした。
「いくらだってしてやるよ。大事にしてやるから、俺にしろ」
真室の言う『優しくされた』には、あつみ同様、”淋しさ”のようなものが存在していたのだろう。
それが錯覚を生んだのか…。
あつみの改めての告白に、悩んだ様子も見られたが、小さく頷く姿が見えて、正直ホッとしてしまった。
はっきりしない状態で毎日顔を合わせるのも辛いものがあるし、真室もやりづらいだろう。
人目がない場所で、抱き寄せたら気分の切り替えができたのか、真室は大人しくしていた。
それにしても瀬見の奴…と、また内心で溜め息が漏れる。
余計なことをしてくれたものだ。
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どこか悟っていると思われるあつみの態度に、軽率な行動を起こした印象を与えていると思うのか、真室は俯き加減になった。
別に咎めているわけではない…。
払拭するように真室の髪を撫でた。
「何か理由があったんだろう?」
もう一度問えば、躊躇いがちになりながらも口を開いた。
「この前、電車で…」
「電車?」
言葉が途切れれば更なる質問が続く。
瀬見と真室が同じ路線だと知ったのは、ついこの前の話だった。
ふたりはその前からお互いの存在を知っていたのだろう。
コクリと頷いた真室が「僕、痴漢にあっちゃったんです…」と真相を告げてくる。
その発言にはあつみも眉間を寄せた。
「痴漢?」
どのような内容だったのかは想像するしかないが、気分の悪くなる話なのは確かだった。
また頷いた真室は、その時に初めて、瀬見と一緒の方向だと知ったのだと言う。
「帰りの混んでいる時で…。誰かも分からないし、僕、何も言えなくて…。次の駅で降りちゃおうか、って思っていたら、人をかき分けて近付いて来てくれたのが新庄さんだったんです。…『真室』って僕の名前呼んで、身体、引き寄せてくれて…。そしたらすぐ、おしり触られてた手がなくなって…」
親しい人間が隣にいるのに、触れてくるバカもいない。
瀬見が名前で呼んだのも、体を抱き寄せたのも故意的だろう。
その出来事を真室はヒーローの登場と思ってしまったのか…。
あつみの中に悔しさはあったが、真室の不快感が長引かなかったことは救われたことでもあった。
「瀬見、良く分かったな」
「僕は気付かなかったけれど、新庄さん、乗り込んだ時から僕、分かっていたみたいです。ただ、僕、人の波に押されて流されていっちゃったから…。新庄さんも人ごみの中で無理に動こうともしなかったようで…。でも気にかけてくれていたところがあったのか、だから僕の様子がおかしくなったことで、変だな…って…」
「そっか…」
瀬見の性格を思えば、真室の存在に気付いた時点から、様子を伺っていたのだとは想像がつく。
どこまで乗るのかは、一度自宅に行っているだけに分かっているから、距離も知れている。それだけに心配もあったのだろうか。
今となっては真室の性格も知れているところがあったし…。
「それっていつの話?」
「飲みに行った日の、前の日です」
「そんな最近かよ…」
だから余計に次の日、帰りを共にすることを瀬見は自ら言い出したのだ。
酔った真室など、格好の獲物になることだろうと、あつみの脳裏を過る。
翌日、急接近した理由も納得できた。
「で?昨日は真室が誘ったら簡単に引き受けてくれたってこと?」
どうしていきなりキスまでいったのかは、やはり疑問点である。
「あ…」
明らかな動揺は、指摘されたことが事実であることを肯定しているようなものだった。
軽すぎる瀬見の態度も問題だと思うが…。
「し、新庄さんに、聞いたんですか…?」
「聞くも何も、今日、瀬見に会ってねーし。メールとか電話とか、顔が見えないところで話題にしたくなかったから、今日問う気ではいたけれど…」
食堂で顔を合わせる気の重さはあったが、真室に直接聞けない勇気のなさがあった。
同室内で問題にする気になれなかったという気持ちも存在した。
瀬見の心情を確認した上で、今後を考えようとも思っていた。
ただ今までに知った性格からして、また見てきた関係からしても、瀬見が本気ではないだろうと想像できた。
だから話をする気でいたのだ。真室のためを思っても…。
「じゃあ、なんで湯田川さん、知って…」
「単なる妄想だったけど。あとはおまえたちの性格を考えれば…ってとこかな」
「あ…」
色恋のかけひきが少ないのか、自分の行動を指摘された真室は、口元に手を当てて俯いてしまった。
更に肯定される仕草で悔しさは募り、また貶しているわけではないと宥める。
「なんでそんな性急になったのかってことが知りたいだけ。たぶん瀬見は『一回くらいなら』くらいの事を言ったんだろ?それでいいって答えた真室はどんな気持ちだったの?」
「そ、そんなことまで分かるんですか…?」
「まぁ、瀬見とは色々付き合いもあるからな…」
表向き、そんな答え方をしてみるが、実際自分も、相手から望まれたら、『付き合わないことを前提』に一度や二度のキスはできるものだと思う。
お互い承諾済みで、一夜で別れた相手がいたことは、この場では伏せておくが…。
「し…、してみたかった…んです…。…そーゆー…、なんか…大人の…みたいなの…。…それに、優しくされたし…」
真室の返答には、あつみは声を失ってしまった。
そんな理由があっていいものだろうか…。
憧れ、はヒーローに委ねられたことになる。
キスをすることで、もしかしたら…という期待があったことも垣間見えた。
「真室…、そんな簡単に人を信じたり預けたりするな…」
溜め息と共に吐き出せば、知られた後ろめたさと居たたまれなさに襲われたらしい。
シュンと項垂れる真室の頭にまた手を伸ばしては、くしゃくしゃとかきまわした。
「いくらだってしてやるよ。大事にしてやるから、俺にしろ」
真室の言う『優しくされた』には、あつみ同様、”淋しさ”のようなものが存在していたのだろう。
それが錯覚を生んだのか…。
あつみの改めての告白に、悩んだ様子も見られたが、小さく頷く姿が見えて、正直ホッとしてしまった。
はっきりしない状態で毎日顔を合わせるのも辛いものがあるし、真室もやりづらいだろう。
人目がない場所で、抱き寄せたら気分の切り替えができたのか、真室は大人しくしていた。
それにしても瀬見の奴…と、また内心で溜め息が漏れる。
余計なことをしてくれたものだ。
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真室が感じていたもの全てが、一時的なものなのだと、すぐにでも感じることができた。
その隙間に入ってしまったことは確かに卑怯かもしれないけれど、早くに是正できたことは悪いことではないだろう。
何よりもこれ以上真室を『夢』の中で泳がせたくはなかったのだから。
瀬見に無駄な憧れを抱かなくていい。
自分がそばにいて、いつだって守ってやるというもの。
抱きすくめた小さな体を、もっと強く引き寄せては、額とこめかみに唇を寄せた。
唇へは…。望むものはあったけれど、真室の意思を待ちたいと思う。
瀬見からどんな刺激を与えられたのか、比べられたくない対抗意識みたいなものもあったからなのか…。
自分はいつまでも待っている、と伝えるような、真室から強請られたいもの…。
カフェでの一連のことは、萩生も気付いていたらしい。
だが、事務室で朗らかに雑談を繰り広げるあつみと真室を視界に入れては、逃げた真室に、特に何もいってくることはなかった。
そのあたりの配慮に長けたことは、感謝すら浮かぶ。
しかし、自分たちの人間関係とは別のところで事態が動きだしていた。
ふたりに寄ってきた萩生が、「さっき新庄と話したんだけど…」と、由良と切り離せない存在との会話を告げてくる。
「しばらく外で会う人がいるから、弁当はいいって」
真室から切り離す、決定打のような気がした。
やはり、今日の行動も意識的だったのではないか…。
ふと真室の横顔を見たら、全てが納得済みのようだった。
いつか、受け入れざるを得ない状況を、すぐさま与えてしまったのは、瀬見だからこその優しさなのだろうか…。
直接言ってこない…、人任せのところは、ズルイ気もする。問い詰められたくなかった結果か…。
あつみはホッとするところもありながら、俺がいる、と視線で訴える。
そのことを兄に対して、どう伝えるのだろうと気にかかった。
喜々として兄に伝えたのは真室で、喜んでいたのは瀬見で…。
突然の打ち切りは兄に対しても、良い印象を与えないのではないだろうか。
色々な言い訳を思い浮かべながら、自分から兄の若美に説明してもいいと思った。
それくらいの物分かりの良さがあるとは、一度会っただけでも感じられる人格がある。
しかし…。
萩生が肩を竦めてくる。
「新庄の分が浮いたってなったら、由良が、『じゃあ、俺』って言い出したんだよね。さすがに何人前も作らせるのは抵抗があったみたいなんだけど、真室んちの弁当、マジで気に入ってて…。今までと変わらないんだったらいいじゃん、とか、図々しいこと、言い出してさぁ」
そこはやっぱり、社食に飽きていた結果か…。
だが、ここで言い出すとは、可愛い恋人の希望を汲んでやりたいが故だろう。
真室の兄のことまで気遣っているとはとても思えなかった。
作ってもらう分量は今までと変わらず。でも食している人間は変わっている。
瀬見の量だ。由良が食べきれなければ萩生もおこぼれ(?)をもらえるということで…。
つまり、自分たちと一緒に食したことが、新たな流れを作っていた。
真室の前で、瀬見の事情を詳しく聞く気にはなれなかった。
どうする?と真室に視線を送れば、「僕は全然、構わないです」と明るい声が響いた。
それは、特に兄に、言い訳をしなくていい安堵感なのだろうか…。
でもあらかたの事情だけは伝えた方がいいと思ったのは、あつみだ。
今までと食していた人間が変われば、好みも変わってくる。
そんな細かいことまで要求するわけではないが、誰が食しているのかくらいは教えておくべきだろう。
実際、若美は、団体よりも『個人』を大事にした性格をしていた。
職人としてのこだわりを、あつみも尊重してやりたいものがある。
何の苦もなく、日々、新しいものを作ってくれる人への感謝もこめて…。
「まぁ、真室が良いっていうなら、いいんだろうけど…。でも一応、個人的に食べさせてもらっている以上、挨拶の一つもしとくもんだと思うよ」
あつみの提案に萩生は納得していたようだが、真室は大きく手を振っていた。
「い、いいですっ、そんなっ。お兄ちゃん、勝手に作っているだけだしっ」
そこはさすがに”弁当工場”の在り方を思うものなのか…。
単純に、瀬見宛の弁当が、他の人間に渡るだけで、捨てられているわけではないと言いたいのか…。
…もしくは、まだ瀬見とのつながりを取っておきたいのか…。
そんなことは思いたくなくて、完全に切り離してやろうと、萩生を誘っているようなものだった。
食事の時間が一緒にならない限り、瀬見と真室の接触はない。
通勤帰宅の心配はあったとしても…。そこは自分がついて回ればいい。
そしてたぶん、瀬見はもう、自分たちと一緒の席で食事は取らないだろう。
他の人間の輪の中に潜り込んでしまうことも、彼の性格からは充分に考えられることだった。
直接何も言っては来ないけれど、人を通じて状況を訴えてくるとは、卑怯な手段のようでもあり、決定打を与えない優しさでもあったのか…。
きっと、瀬見は、萩生と由良に委ねることで、身を引いたのだ。
それはたぶん、真室にこれ以上近付かない手段の一つとして…。
迂闊に手を出しては、その初心さに気付いたのか。
想像以上の恐怖心に見舞われたか。
一度なら過ちで済むが、二度は嫉妬の対象になってくる。
かけひきを充分知った男の対応だろう。
真室の性格を知った…とはいえ、たかが食事時。仕事を共にした由良とは違っている。
軽率な行動をとった瀬見が、後悔をしてくれたのであれば、それは良かった出来事とも言えそうだ。
「真室、お兄さんに嘘をついたまま弁当を作ってもらうのは良くないよ。俺からでも萩生からでもちゃんと言うから。真室は何も心配しなくていい」
あつみの言葉をどこまで信じたのか。
困ったように視線を彷徨わせた真室だったけれど、最終的には『わかりました…』と首を縦に頷いた。
先輩としてなのか…、特別な意味を持ってなのかは、まだ疑問だが。
信頼をしてくれたことだけは確かなのだろう。
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その隙間に入ってしまったことは確かに卑怯かもしれないけれど、早くに是正できたことは悪いことではないだろう。
何よりもこれ以上真室を『夢』の中で泳がせたくはなかったのだから。
瀬見に無駄な憧れを抱かなくていい。
自分がそばにいて、いつだって守ってやるというもの。
抱きすくめた小さな体を、もっと強く引き寄せては、額とこめかみに唇を寄せた。
唇へは…。望むものはあったけれど、真室の意思を待ちたいと思う。
瀬見からどんな刺激を与えられたのか、比べられたくない対抗意識みたいなものもあったからなのか…。
自分はいつまでも待っている、と伝えるような、真室から強請られたいもの…。
カフェでの一連のことは、萩生も気付いていたらしい。
だが、事務室で朗らかに雑談を繰り広げるあつみと真室を視界に入れては、逃げた真室に、特に何もいってくることはなかった。
そのあたりの配慮に長けたことは、感謝すら浮かぶ。
しかし、自分たちの人間関係とは別のところで事態が動きだしていた。
ふたりに寄ってきた萩生が、「さっき新庄と話したんだけど…」と、由良と切り離せない存在との会話を告げてくる。
「しばらく外で会う人がいるから、弁当はいいって」
真室から切り離す、決定打のような気がした。
やはり、今日の行動も意識的だったのではないか…。
ふと真室の横顔を見たら、全てが納得済みのようだった。
いつか、受け入れざるを得ない状況を、すぐさま与えてしまったのは、瀬見だからこその優しさなのだろうか…。
直接言ってこない…、人任せのところは、ズルイ気もする。問い詰められたくなかった結果か…。
あつみはホッとするところもありながら、俺がいる、と視線で訴える。
そのことを兄に対して、どう伝えるのだろうと気にかかった。
喜々として兄に伝えたのは真室で、喜んでいたのは瀬見で…。
突然の打ち切りは兄に対しても、良い印象を与えないのではないだろうか。
色々な言い訳を思い浮かべながら、自分から兄の若美に説明してもいいと思った。
それくらいの物分かりの良さがあるとは、一度会っただけでも感じられる人格がある。
しかし…。
萩生が肩を竦めてくる。
「新庄の分が浮いたってなったら、由良が、『じゃあ、俺』って言い出したんだよね。さすがに何人前も作らせるのは抵抗があったみたいなんだけど、真室んちの弁当、マジで気に入ってて…。今までと変わらないんだったらいいじゃん、とか、図々しいこと、言い出してさぁ」
そこはやっぱり、社食に飽きていた結果か…。
だが、ここで言い出すとは、可愛い恋人の希望を汲んでやりたいが故だろう。
真室の兄のことまで気遣っているとはとても思えなかった。
作ってもらう分量は今までと変わらず。でも食している人間は変わっている。
瀬見の量だ。由良が食べきれなければ萩生もおこぼれ(?)をもらえるということで…。
つまり、自分たちと一緒に食したことが、新たな流れを作っていた。
真室の前で、瀬見の事情を詳しく聞く気にはなれなかった。
どうする?と真室に視線を送れば、「僕は全然、構わないです」と明るい声が響いた。
それは、特に兄に、言い訳をしなくていい安堵感なのだろうか…。
でもあらかたの事情だけは伝えた方がいいと思ったのは、あつみだ。
今までと食していた人間が変われば、好みも変わってくる。
そんな細かいことまで要求するわけではないが、誰が食しているのかくらいは教えておくべきだろう。
実際、若美は、団体よりも『個人』を大事にした性格をしていた。
職人としてのこだわりを、あつみも尊重してやりたいものがある。
何の苦もなく、日々、新しいものを作ってくれる人への感謝もこめて…。
「まぁ、真室が良いっていうなら、いいんだろうけど…。でも一応、個人的に食べさせてもらっている以上、挨拶の一つもしとくもんだと思うよ」
あつみの提案に萩生は納得していたようだが、真室は大きく手を振っていた。
「い、いいですっ、そんなっ。お兄ちゃん、勝手に作っているだけだしっ」
そこはさすがに”弁当工場”の在り方を思うものなのか…。
単純に、瀬見宛の弁当が、他の人間に渡るだけで、捨てられているわけではないと言いたいのか…。
…もしくは、まだ瀬見とのつながりを取っておきたいのか…。
そんなことは思いたくなくて、完全に切り離してやろうと、萩生を誘っているようなものだった。
食事の時間が一緒にならない限り、瀬見と真室の接触はない。
通勤帰宅の心配はあったとしても…。そこは自分がついて回ればいい。
そしてたぶん、瀬見はもう、自分たちと一緒の席で食事は取らないだろう。
他の人間の輪の中に潜り込んでしまうことも、彼の性格からは充分に考えられることだった。
直接何も言っては来ないけれど、人を通じて状況を訴えてくるとは、卑怯な手段のようでもあり、決定打を与えない優しさでもあったのか…。
きっと、瀬見は、萩生と由良に委ねることで、身を引いたのだ。
それはたぶん、真室にこれ以上近付かない手段の一つとして…。
迂闊に手を出しては、その初心さに気付いたのか。
想像以上の恐怖心に見舞われたか。
一度なら過ちで済むが、二度は嫉妬の対象になってくる。
かけひきを充分知った男の対応だろう。
真室の性格を知った…とはいえ、たかが食事時。仕事を共にした由良とは違っている。
軽率な行動をとった瀬見が、後悔をしてくれたのであれば、それは良かった出来事とも言えそうだ。
「真室、お兄さんに嘘をついたまま弁当を作ってもらうのは良くないよ。俺からでも萩生からでもちゃんと言うから。真室は何も心配しなくていい」
あつみの言葉をどこまで信じたのか。
困ったように視線を彷徨わせた真室だったけれど、最終的には『わかりました…』と首を縦に頷いた。
先輩としてなのか…、特別な意味を持ってなのかは、まだ疑問だが。
信頼をしてくれたことだけは確かなのだろう。
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