「帰る…って…?」
不安は如実に言葉になって嘉穂に問われる。香春の背を押すように眉間を寄せたのは母親だった。
「家に誰もいないんでしょ? ちくちゃん(長兄筑穂)も今日は遅くなるって言っていたし、ほらくん(二男穂波)もお泊りだって話よ。『よろしく』って言われたうちにだって責任があるんだから、どこで何をしているのか分からない状況は作れないわよ」
「家にいるだけだって…」
疾しい行為はないと言いたいのか。筑穂だって『遅くなる』だけで、帰ってこないわけではない。言い訳は嘉穂にもあるようだが、すんなりと受け入れられないと母親は口をすっぱくした。これで何か問題が起きたら顔向けができない。ただでさえ、両親が若くして亡くなり、家族の存続に気をヤキモキとさせている筑穂がいる。
香春は先程の電話が気になって仕方がなかった。
『明日』と嘉穂は言った。明日、嘉穂は八女と会うのだろう。まさかとは思うが、今日のこの後、津屋崎家に押しかけてくるとは思えないが、疑惑とはあらぬことまで想像させてくれる。
嘉穂と八女が…。そう一度思ってしまったら思考は止まらない。
「八女くんと会うの? さっきそう話してたじゃないっ」
「なんでジョウが…。まぁ、明日うちに来るとは言ってたけど…」
「じゃあ明日帰ればいいじゃんっ。別に朝早くから来るわけじゃないんでしょ?」
「そうだけど…」
どうして言葉を濁してしまうのだろう。まるで避けられているような態度にますます疑惑が深まってしまう。
幼馴染としての存在が、そろそろウザくなってしまったのか。何でも気軽に言いあえた空気が少しずつ濁り始めている。透明性がないことがこんなに不安を呼び込むことだとは…。
香春の苛立ちを嘉穂も感じるのか口をつぐみ始めた。そして、「分かった」と話をまとめてしまった。誰の反論も買わない、物事を丸く収めようとする態度。兄弟の中で自然と培われてきた、"安全策"。たぶん筑穂の人の良さが染みている。
そのことが余計に香春を苛(さいな)んでくる。
もしかして、我が儘を言って、嘉穂を困らせたのではないか。このことから嫌われてしまうのではないか…。心は嘉穂の負担になりたくないと訴え、離れていかれることに脅える。
「嘉穂くん…」
「俺、まだ"子供"なのかな…」
何かを悟ったような悲しそうな呟きに、香春は何も言えなくなった。困る存在だけは嫌だ。ずっと嫌われ続けるような立場は避けたい。
母はため息をつきたい気持ちを飲みこんだ。いろいろある思春期をそれなりに気遣っているようだ。
「どうしてもって言うなら、パパが帰ってきたら送ってもらうから」
「ママっ?!」
「嘉穂くんだって勉強とかたくさん忙しいのよね。いつまでも香春の子守り、していられなくなるわよ」
それはさりげなく、離れていく覚悟をしろと言われたのかもしれない。そんな気は全く起きなかったが。
あくまでも夜道を一人では歩かせないというもの。母親の嘉穂の行動を肯定するような発言も追い打ちをかけてくる。
子守りってなんだ?! 不満の声は直に香春を襲った。いつまでたっても成長しない自分…。どんどんと置いていかれるような恐怖心。
一緒の高校に通えるようになったら、また環境は変わるだろうか。嘉穂の成績の良さまで考えたら、一筋縄ではいかないのも徐々に気付き始めている。
もう今後は続くことがなくなる現状を目の当たりにしては唇を噛む。悔しそうな香春を見たからなのか、嘉穂は安心させるように微笑んだ。
「子守りなんて思っていないよ。香春は俺の友達じゃん」
同等に見てくれる気持ちは嬉しいが、それだけでは納まれない不安定な感情が溢れてくる。母親の言葉に対してささやかでも反論してくれても、すぐに喜べる状況にはならなかった。
『トモダチ』…。その程度なのかと…。
もっと踏み込んだ、特別な存在にはなれていないのかと落ち込んでしまう。"特別"だと思っていたのは自分の独りよがりと言われてもおかしくない。
何と言葉を返したらいいのか分からず、また俯き加減になる。
嘉穂はきっと、香春の父の手を煩わせたくないから、大人に大人しく従うのだろう。
ジュッと焦げる匂いを漂わせたホットプレートに、視線が向けられた。
「もう、ひっくり返すの?」
まるで全ての悩み事を払拭するかのように、目の前のことに話題が変わる。うまくはぐらかされた気分は煙と共に消えてはくれないが、ただここに嘉穂がいてくれていることが、少しだけ香春を優位に立たせてくれた。
ハッとしながらフライ返しを香春は握って、底の焼け具合を見る。
『男はまず胃袋から』…。そう教えてくれたのは母親だっただろうか。香春の父親はひとつとして母親に料理に対して文句を言ったことはない。それだけ"美味しい"ということなのか。毎日を彩り飾るものだからこそ、大事な部分なのだと母親は香春に教えてくれた。
スポーツを好む嘉穂にとっては尚更、栄養面なども気をつけていかなければいけないこと。もちろん成長期にあるからなのだが。
香春は促されてホットプレートに手を伸ばす。
「そろそろいいかも…」
香春が答えると万遍の笑みが返ってくる。待ちわびた笑顔が燻る心をはじく。
母親は逃げ道を塞ぐかのようにスッと姿を消して、香春の部屋に宿泊の準備を整えにいった。嘉穂の性格まで考えたら、人の手を煩わせた以上、今更『帰る』とは言わないだろう。それを確信して、動き出す母親もまた嘉穂を囲い込む。
「もういっこ。次は明太子だって」
「ちょっと辛いの、俺、好きだよ」
香春が"まだゆっくり食べていって"と言う気持ちは少なからず、伝わるのだろうか。すぐにスルスルッと胃袋に消えてくれない食事が、今はありがたかった。遅くなればなるほど、嘉穂は帰りづらくなる。
端っこに寄せてしまえば、もう一枚焼けるスペースがあることは知っていたが、今だけはそんな裏技は使いたくない。
どんな手を使っても、嘉穂を留まらせたいとは卑怯な手になるのだろうか。
美味しそうに嘉穂は食べてくれる。大事なものを囲むように…。
その大事なものが香春だったら、いくらだって食べられていいのに…とは、もちろん口にされない。
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不安は如実に言葉になって嘉穂に問われる。香春の背を押すように眉間を寄せたのは母親だった。
「家に誰もいないんでしょ? ちくちゃん(長兄筑穂)も今日は遅くなるって言っていたし、ほらくん(二男穂波)もお泊りだって話よ。『よろしく』って言われたうちにだって責任があるんだから、どこで何をしているのか分からない状況は作れないわよ」
「家にいるだけだって…」
疾しい行為はないと言いたいのか。筑穂だって『遅くなる』だけで、帰ってこないわけではない。言い訳は嘉穂にもあるようだが、すんなりと受け入れられないと母親は口をすっぱくした。これで何か問題が起きたら顔向けができない。ただでさえ、両親が若くして亡くなり、家族の存続に気をヤキモキとさせている筑穂がいる。
香春は先程の電話が気になって仕方がなかった。
『明日』と嘉穂は言った。明日、嘉穂は八女と会うのだろう。まさかとは思うが、今日のこの後、津屋崎家に押しかけてくるとは思えないが、疑惑とはあらぬことまで想像させてくれる。
嘉穂と八女が…。そう一度思ってしまったら思考は止まらない。
「八女くんと会うの? さっきそう話してたじゃないっ」
「なんでジョウが…。まぁ、明日うちに来るとは言ってたけど…」
「じゃあ明日帰ればいいじゃんっ。別に朝早くから来るわけじゃないんでしょ?」
「そうだけど…」
どうして言葉を濁してしまうのだろう。まるで避けられているような態度にますます疑惑が深まってしまう。
幼馴染としての存在が、そろそろウザくなってしまったのか。何でも気軽に言いあえた空気が少しずつ濁り始めている。透明性がないことがこんなに不安を呼び込むことだとは…。
香春の苛立ちを嘉穂も感じるのか口をつぐみ始めた。そして、「分かった」と話をまとめてしまった。誰の反論も買わない、物事を丸く収めようとする態度。兄弟の中で自然と培われてきた、"安全策"。たぶん筑穂の人の良さが染みている。
そのことが余計に香春を苛(さいな)んでくる。
もしかして、我が儘を言って、嘉穂を困らせたのではないか。このことから嫌われてしまうのではないか…。心は嘉穂の負担になりたくないと訴え、離れていかれることに脅える。
「嘉穂くん…」
「俺、まだ"子供"なのかな…」
何かを悟ったような悲しそうな呟きに、香春は何も言えなくなった。困る存在だけは嫌だ。ずっと嫌われ続けるような立場は避けたい。
母はため息をつきたい気持ちを飲みこんだ。いろいろある思春期をそれなりに気遣っているようだ。
「どうしてもって言うなら、パパが帰ってきたら送ってもらうから」
「ママっ?!」
「嘉穂くんだって勉強とかたくさん忙しいのよね。いつまでも香春の子守り、していられなくなるわよ」
それはさりげなく、離れていく覚悟をしろと言われたのかもしれない。そんな気は全く起きなかったが。
あくまでも夜道を一人では歩かせないというもの。母親の嘉穂の行動を肯定するような発言も追い打ちをかけてくる。
子守りってなんだ?! 不満の声は直に香春を襲った。いつまでたっても成長しない自分…。どんどんと置いていかれるような恐怖心。
一緒の高校に通えるようになったら、また環境は変わるだろうか。嘉穂の成績の良さまで考えたら、一筋縄ではいかないのも徐々に気付き始めている。
もう今後は続くことがなくなる現状を目の当たりにしては唇を噛む。悔しそうな香春を見たからなのか、嘉穂は安心させるように微笑んだ。
「子守りなんて思っていないよ。香春は俺の友達じゃん」
同等に見てくれる気持ちは嬉しいが、それだけでは納まれない不安定な感情が溢れてくる。母親の言葉に対してささやかでも反論してくれても、すぐに喜べる状況にはならなかった。
『トモダチ』…。その程度なのかと…。
もっと踏み込んだ、特別な存在にはなれていないのかと落ち込んでしまう。"特別"だと思っていたのは自分の独りよがりと言われてもおかしくない。
何と言葉を返したらいいのか分からず、また俯き加減になる。
嘉穂はきっと、香春の父の手を煩わせたくないから、大人に大人しく従うのだろう。
ジュッと焦げる匂いを漂わせたホットプレートに、視線が向けられた。
「もう、ひっくり返すの?」
まるで全ての悩み事を払拭するかのように、目の前のことに話題が変わる。うまくはぐらかされた気分は煙と共に消えてはくれないが、ただここに嘉穂がいてくれていることが、少しだけ香春を優位に立たせてくれた。
ハッとしながらフライ返しを香春は握って、底の焼け具合を見る。
『男はまず胃袋から』…。そう教えてくれたのは母親だっただろうか。香春の父親はひとつとして母親に料理に対して文句を言ったことはない。それだけ"美味しい"ということなのか。毎日を彩り飾るものだからこそ、大事な部分なのだと母親は香春に教えてくれた。
スポーツを好む嘉穂にとっては尚更、栄養面なども気をつけていかなければいけないこと。もちろん成長期にあるからなのだが。
香春は促されてホットプレートに手を伸ばす。
「そろそろいいかも…」
香春が答えると万遍の笑みが返ってくる。待ちわびた笑顔が燻る心をはじく。
母親は逃げ道を塞ぐかのようにスッと姿を消して、香春の部屋に宿泊の準備を整えにいった。嘉穂の性格まで考えたら、人の手を煩わせた以上、今更『帰る』とは言わないだろう。それを確信して、動き出す母親もまた嘉穂を囲い込む。
「もういっこ。次は明太子だって」
「ちょっと辛いの、俺、好きだよ」
香春が"まだゆっくり食べていって"と言う気持ちは少なからず、伝わるのだろうか。すぐにスルスルッと胃袋に消えてくれない食事が、今はありがたかった。遅くなればなるほど、嘉穂は帰りづらくなる。
端っこに寄せてしまえば、もう一枚焼けるスペースがあることは知っていたが、今だけはそんな裏技は使いたくない。
どんな手を使っても、嘉穂を留まらせたいとは卑怯な手になるのだろうか。
美味しそうに嘉穂は食べてくれる。大事なものを囲むように…。
その大事なものが香春だったら、いくらだって食べられていいのに…とは、もちろん口にされない。
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もうちょっと、大きくなるまで待とうか?
香春ちゃん。
うー、ついに耐えきれなくてコメント。
勉強しなきゃー。
香春ちゃん。
うー、ついに耐えきれなくてコメント。
勉強しなきゃー。
ちーさま おはようございます。
> もうちょっと、大きくなるまで待とうか?
> 香春ちゃん。
まだ中学二年生。
微妙なお年頃です。
でも確証がほしいんだよね~。
…いやいや、そんな簡単にお体を食べさせてはいけません。
ただの 可愛い から、色艶が混じったら大変なことになりますよ~。
読者様の心配事が増しそうです(笑)
> うー、ついに耐えきれなくてコメント。
> 勉強しなきゃー。
ちーさま、無理のないようにしてくださいね。
コメントは1秒ほど考えて、お勉強には10時間ほど使ってください(←鬼?)
お忙しいなか、コメントありがとうございました。
> もうちょっと、大きくなるまで待とうか?
> 香春ちゃん。
まだ中学二年生。
微妙なお年頃です。
でも確証がほしいんだよね~。
…いやいや、そんな簡単にお体を食べさせてはいけません。
ただの 可愛い から、色艶が混じったら大変なことになりますよ~。
読者様の心配事が増しそうです(笑)
> うー、ついに耐えきれなくてコメント。
> 勉強しなきゃー。
ちーさま、無理のないようにしてくださいね。
コメントは1秒ほど考えて、お勉強には10時間ほど使ってください(←鬼?)
お忙しいなか、コメントありがとうございました。
おはようございます。
> ママ 「ナイスアシスト」 (*^_ ’) さぁ 香春 頑張れ(^^)v
ママは大事な息子の味方です。
さりげなく協力してくれちゃうんですね~。
香春、この先、どんながんばりどころを見せてくれますでしょうか。
コメントありがとうございました。
> ママ 「ナイスアシスト」 (*^_ ’) さぁ 香春 頑張れ(^^)v
ママは大事な息子の味方です。
さりげなく協力してくれちゃうんですね~。
香春、この先、どんながんばりどころを見せてくれますでしょうか。
コメントありがとうございました。
香春くん 意外と策士になりそうな気配
まだまだこれからですからね 今はお勉強に精をだして(笑)
ちーさま いくつになっても勉強はできますよね
niも9月に試験なるものを久々にしました スクーリングもあって
短い時間でしたが 同じ仲間っていう一体感を味わい
試験後 悲喜こもごも みんなが受かってますように!!!とバイバイし
無事 合格しました
ちーさまの頑張りが届きますように☆彡 ファイト!(^^)!
急に寒くなってますから 体調を壊されませんように
まだまだこれからですからね 今はお勉強に精をだして(笑)
ちーさま いくつになっても勉強はできますよね
niも9月に試験なるものを久々にしました スクーリングもあって
短い時間でしたが 同じ仲間っていう一体感を味わい
試験後 悲喜こもごも みんなが受かってますように!!!とバイバイし
無事 合格しました
ちーさまの頑張りが届きますように☆彡 ファイト!(^^)!
急に寒くなってますから 体調を壊されませんように
nichika さま こんばんわ~
どうやらご一緒した模様。
> 香春くん 意外と策士になりそうな気配
> まだまだこれからですからね 今はお勉強に精をだして(笑)
精をだして(爆)
色々と考える香春です。
将来、どんな大物になるんだか…。策は色々と練ります。
アッチをだすのはまだ先だよね~。
(…といいつつ、もう、タイトルに表れている今後の行方… 汗)
> ちーさま いくつになっても勉強はできますよね
> niも9月に試験なるものを久々にしました スクーリングもあって
> 短い時間でしたが 同じ仲間っていう一体感を味わい
> 試験後 悲喜こもごも みんなが受かってますように!!!とバイバイし
> 無事 合格しました
> ちーさまの頑張りが届きますように☆彡 ファイト!(^^)!
> 急に寒くなってますから 体調を壊されませんように
お勉強、ホント大変ですよ~。
私の周りでも試験受かって給料ナンボUPという人がおりますがね…。
本当に頭が下がります。
香春も必死で宿題、頑張っておりますが。
大人になってからって、なかなか飲み込めない…(え?私だけ? 別に試験もないのほほーんな私ですが)
そして合格おめでとうございます~。
年齢と共に知っていく知識量…、完全に置いていかれている私…。(そのために嘘書きまくり…)
こんな人が、作文、書いてて良いのかしら。(←かなりいい加減なことしか書いていない。鵜呑みにしないでくださいね~読者様)
コメントありがとうございました。
どうやらご一緒した模様。
> 香春くん 意外と策士になりそうな気配
> まだまだこれからですからね 今はお勉強に精をだして(笑)
精をだして(爆)
色々と考える香春です。
将来、どんな大物になるんだか…。策は色々と練ります。
アッチをだすのはまだ先だよね~。
(…といいつつ、もう、タイトルに表れている今後の行方… 汗)
> ちーさま いくつになっても勉強はできますよね
> niも9月に試験なるものを久々にしました スクーリングもあって
> 短い時間でしたが 同じ仲間っていう一体感を味わい
> 試験後 悲喜こもごも みんなが受かってますように!!!とバイバイし
> 無事 合格しました
> ちーさまの頑張りが届きますように☆彡 ファイト!(^^)!
> 急に寒くなってますから 体調を壊されませんように
お勉強、ホント大変ですよ~。
私の周りでも試験受かって給料ナンボUPという人がおりますがね…。
本当に頭が下がります。
香春も必死で宿題、頑張っておりますが。
大人になってからって、なかなか飲み込めない…(え?私だけ? 別に試験もないのほほーんな私ですが)
そして合格おめでとうございます~。
年齢と共に知っていく知識量…、完全に置いていかれている私…。(そのために嘘書きまくり…)
こんな人が、作文、書いてて良いのかしら。(←かなりいい加減なことしか書いていない。鵜呑みにしないでくださいね~読者様)
コメントありがとうございました。
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