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BLの丘
眼差し 6
2010-12-16-Thu  CATEGORY: 眼差し
結局店じまいまで日野の店にお世話になった。
日野は酔いの回った成俊を日野の自宅であるマンションまで運んでくれた。
恋人のことはいいのか、と尋ねれば、「そこまで干渉する人じゃないから」とさり気なくかわされてしまう。
その一言で、二人が良い関係を築いているのが嫌というほど知れた。
成俊の存在をどう伝えたのかは知らないが、男に興味がないという日野を心底信じているのだろう。
まぁ、自分に手出しをされても困ること、極まりないが…。

冷めた家庭に帰るくらいならたとえ狭くても日野のワンルームの方が落ち着く。
次の日が仕事の休みだという甘えもあって成俊は、仕事上がりの日野が部屋でアルコールを口にするのに付き合ったが、普段から酒を飲み慣れない成俊はあっという間に夢の中に落ちてしまった。
酒の力もあったが、心を投げ出して深い眠りにつけたのはいつぶりだったのだろうか…。
長座布団と温かな毛布、たったそれだけなのに、安らかな空間が、ここにはあった。
日野の恋人には、本当に申し訳ないな…と、彼らの纏う雰囲気に後ろめたさが募ったが、今日一日だけどうか許してほしいと甘えた感情が成俊の中に漂っていた。
今の成俊には、縋れるものは日野しかいなかったのだ。
それが分かるから、日野の恋人も、『友人』として語ることを許してくれたのだと思う。

目が覚めると、部屋には芳しい香りが漂っていた。
おまけ程度に作られたキッチンだというのに、器用にも朝食の準備をしている日野の背中が見えた。
テーブルと言えば、成俊が転がっているリビングのローテーブルしかない。
当然、食事はここで摂るのだというのが分かった。
もそもそっと起き上がると、気付いた日野が振り返った。
「おっ!起きた?二日酔いとかになってない?着替え、買ってきてやったし。シャワーでも浴びてさっぱりしとけよ」
いつの間に脱いだのか分からないスーツはハンガーにかけられてカーテンレールに吊り下げられている。
毛布の中にはワイシャツと下着しか身につけていない自分の姿があった。
これまでだったら、何も気にしなかったはずの下着姿が、何とも居心地の悪さを感じさせる。
それこそ、裸姿だって晒したことがあった仲じゃなかったか…と過去を振り返ったくらいなのに、生まれる羞恥心はなんなのだろうか…。

コンビニで買ってきてくれたらしい下着と、日野が着替えのためのスエットを貸してくれた。
ふと、時計を見ればもう昼に近い。
普段、こんな時間まで寝たことのない成俊は、自分がいかに気を許して爆睡していたのかと思った。
結構な酒を飲んだのに、スッキリとしているのは充分な睡眠をとったおかげなのだろう。
熱い湯を浴び、タオルで髪をごしごしとしてリビングに戻ると、すっかり朝食(昼食?)の用意が終わった空間に出迎えられる。
湯気の立った玉子雑炊と焼いたサケ、梅干ししかなかったけど、たったそれだけが涙腺を緩ませるくらいに温かい。
こんな光景、ここ最近、見かけただろうか…。

向かい合わせに腰を下ろすと、日野がお茶を淹れてくれた。
「ゆうべの話だけどさ。知り合いの弁護士の人が、『話は早い方がいい』って時間作ってくれたんだ。成、この後、時間平気?」
突然出た『弁護士』という名称には成俊の方が怖気づいた。
日野にどんな繋がりがあったかは知らないが、昨日の今日で進められる話とはこれっぽっちも想像していなかった。
あまりのことに無言で口を開いてしまえば、「やっぱり急過ぎ?」と躊躇われる。
日野が言う『この後』って、このご飯を食べた後、午後のことなのだろう。
「尚治、何、何でそんな急展開…」
「成には悪いと思ったんだけど。話をしてみたら今日たまたま時間が開いているっていうからさ。話を聞いてみたいって。成から聞いてたこと、ザーっと話してみたら、そんな勝手な話はないって言い切ってたよ。だから直接成と顔を合わせたいらしい」

確かに昨夜、縋れるものがあるのならわらをも…と泣きついたのは自分だった。
だけど、酔いが覚めてみれば、弁護士にかかる費用がどこから出るのか、高音がどう出てくるのか、子供のことはどうなるのかと様々なことが脳裏を駆け巡っていった。
安易に頼みこんでしまったことを今更ながらに後悔し始める。
「成、ゆうべも帰ってないしな。また日を改めるっていうのならスケジュール聞いておいてやるし…」
「そうじゃなくて…。有り難いんだけど…。でも、俺…」
不安がる成俊の心境を見透かしたように、日野から放たれる口調はいつもと変わらなかった。
「別に、食い物にするような人じゃないから安心していいよ。何かあったら全部俺に言えばいい。俺が紹介しているようなものなんだし。おまえの負担になることはしないから」
それは成俊の不利になるようにはしない、という意味なのか、高音との和解を最優先にしてくれるという意味なのか…。

“信頼”という言葉の重みを感じる。
日野は常にこのような人間関係を築きあげているのだろう。
その中に自分も入っている嬉しさを感じる取ることができて、また涙腺が緩みそうだった。
成俊が今日の予定を承諾すれば、「メシ食っちまおう」と促された。
昨夜の自分からはなんだか別人だった。
見慣れない世界を見てしまったせいかもしれないが、暗い中にも光が差す光景が瞼に浮かぶ。
日野だって暗い世界に生きていることに変わりはないはずなのに、決して後ろを振り向かない強さを感じるからだろうか。
成俊にとって、日野は新たに見つけた明りのようだ。

その日、日野と、昨夜顔だけ見かけた日野の恋人と一緒に、住宅街に建つ普通の一戸建てのような『法律事務所』に向かった。
いかにも『弁護士』らしいビシッとスーツを着こなした、歳は一回りは違うと思える男性が迎えてくれる。
欧米人の血でも混じっているのか?と思うような身長の高さと整った鼻梁、スマートな身のこなし、そして外観からは想像もつかない事務所的な内装の作りに、成俊は呆然とするだけだった。
進められたソファに腰を下ろすと、すぐにスッと名刺を差し出される。
「安住(あずみ)と申します。あまり緊張しないでね。今、コーヒーを淹れてあげるから」
全てを優しさのベールで覆ってしまいそうな笑みを浮かべながら、安住は立ち上がった。
成俊だけではなく、日野と日野の恋人を見つめる瞳にも温かさが伺える。
日野が何故、この弁護士を紹介してくれたのか、頭ではなく肌で感じる成俊だった。

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結局出てくるんだな―、安住。
(だったらさっさと進めろと言われそうですが。)
あくまでも"成俊くん物語"ですからねっ。

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眼差し 7
2010-12-17-Fri  CATEGORY: 眼差し
最初の雑談をする時間こそ、日野と日野の恋人はいてくれたが、本題に入ると二人は帰ってしまった。
途端に、不安になりはするものの、「こういうのはね、個人情報に関わってくるんだ」と、二人が退いた意味を安住がそっと教えてくれる。
二人を信頼してはいるのだろうが、むやみやたらに聞かせない、またあの二人も聞こうとはしない姿勢に、子供っぽい感情でいる自分に気付かされる。
自分自身で解決しなければならない問題なのだ。
成俊が詳しい話をするのは、また違う部屋へと移動してからのことだった。
応接室といった雰囲気で、ソファとテーブル、いくつかの観葉植物があるだけだ。
ただ、部屋にはしっかりと鍵がかかるようになっていた。
安住が言う”個人情報”の重要性が分かる気がした。
これまでの夫婦生活、資産や負債のアレコレと聞かれて、安住は事細かにメモをとっていた。
成俊も家計は妻に任せっぱなしだったので詳しいことまでは語れない。
おおよそのことしか言えない情けなさに項垂れたが、安住は決して成俊を責めたり貶したりはしなかった。

「もし武田君が嫌でなければ、私の友人を紹介しようかと思っているんだ。同じ弁護士とはいっても得意な分野というのがあってね。今後の人生を決める重要な判断は専門的に扱う人間の方が何かと有利になると思う。私はどちらかというと企業問題ばかりを扱っているからね。私の友人で信頼が置ける人がいるから、そちらに話を通してみてもいいかな?」
どのような流れになるのかなど成俊も未知の世界で、薦められれば首を縦に振るだけだ。
だけど心に引っかかってくることはたくさんある。
「あの、でも…。費用とか、どれくらいかかるんですか?そういうの、全然分からなくて…。何も調べてないし、今日いきなり尚治に言われてここに来ちゃって…」
怖気づく成俊に、安住は宥めてくれるように柔らかな笑みを浮かべた。
「私が彼に依頼をするんだ。君が悩むことじゃないよ」
あっさりと言い放ってくれたが…。
内容を理解するまでにしばしの時間を要した。
弁護士費用の請求は安住にまわり、自分には届かない…ということだろうか。
「え?で、でも俺のことだし…。そんないくらなんでも甘えるわけには…」
「慰謝料、養育費などの問題が片付いてから考えればいいじゃないか。目先のことに囚われて妥協するのは良くないよ。今は自分がいかに安らげて”幸せ”と思える時間を手に入れられるか、そちらを考えたほうがいい。自分に余裕ができれば、自然と他の物事もうまくいくようになる」
たとえ、安住から請求書をもらったとしても、無利子で何年ローンでも組んでくれそうな語りだった。
昨日の日野といい、この安住といい、包んでくれるような温かさに触れて、成俊はまた目頭が熱くなった。
家庭が冷たすぎるだけに、人の温かさを余計に感じる。
成俊は静かに頭を下げた。
情けない顔をこれ以上見られたくなかったのかもしれない…。

応接室を出て、再びリビングのような部屋に戻ると、すでに外は暗くなり始めていた。
あまり早く帰りたくない成俊の心情を気遣ってくれているのか、「新しいコーヒーを淹れてあげるね」と安住が奥にあるキッチン(?)へと身を滑らせる。
いつまでもお邪魔しては申し訳ない気持ちが湧くのに、安住が持つ雰囲気なのか、ここには居心地の良さがあった。
安住は成俊が淋しがらないように、と、色々と話題を振ってくれた。
ほとんどは日野のことに関してで、恋人のことに対しても激しい嫌悪を見せないせいか、安住の口調も柔らかい。
「人には色々な生き様っていうのがある。どれが正しい、なんていうのもないんだよね。武田君にしてみたら日野君のことは青天の霹靂だったのかもしれないけれど、彼が心の底から今の人生を満喫しているのだけは認めてあげてほしいな」
安住の言いたいことは良く分かった。
離婚問題で燻っている自分からしてみれば、たとえ男同士だろうか信頼しあって生きている人間は輝いている。
その充実した空間を否定することなどできるはずがない。
「えぇ。分かっています…」
成俊が静かに応えると、ふわりと人の良い笑みを見せた。

安住はさくさくと成俊がお世話になる弁護士と話をつけてくれたようだ。
やはり相手の弁護士も多忙なようで、すぐに成俊といつ会えるのかを尋ねられた。
仕事が終われば夜は時間が開くし、休みの日であれば、むしろ家に居てくれるな的な態度を取られる。
こういった仕事柄なのか、顧客に合わせての時間に、相手の弁護士も嫌な態度を見せることはなかった。
トントンと話が進むことに些かの不安はあったが、安住の人柄のおかげか、成俊は全てを委ねられる落ち着きを見つけた。

夕暮れの中、すっかり気を許し寛いでいた空間に、客なのか?と思う人が入ってきた。
成俊は咄嗟に、自分の存在が邪魔と思い、帰ろうと腰を上げる。
それをやんわりと安住に制された。
「大丈夫だよ。友人なんだ」
入ってきた男は、スーツを身につけていたが、サラリーマンとは違う体格の良さにどことなく違和感を覚えた。
パッと見た感じだけでも逞しいのが分かるのと、人を値踏みするような視線に、成俊はこれまで出会ったことがない。
「悪いな。来客中だったか」
「話はもう終わったから」
硬直する成俊に構わず、安住は入ってきた男を成俊の隣に座るよう促した。
新しいコーヒーを淹れようと安住がまた奥へと消えていく。
隣に来た男は「すまないね」と口角を上げた。
本人は笑っているつもりなのだろうが、成俊に与えるイメージは硬質なものだ。
「佐貫(さぬき)というものだ。ちょっと享利と話をしたいことがあって寄ってみたんだ」
名刺代わりに、佐貫光也(さぬき みつや)と名乗った男が見せてくれたのは、警察手帳だった。

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お待たせでーす。
週末何もないと思っててください…。

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眼差し 8
2010-12-18-Sat  CATEGORY: 眼差し
弁護士と警察に繋がりがあるのはなんとなく理解できる。
しかも安住は佐貫のことを「友人」と言ったから、付き合いは長いのだろう。
見たこともない『警察手帳』を目の前に突き出されて、佐貫が持つ硬質なイメージにもそれとなく納得がいく。
どこかしら人を見据えるような視線を向けるのは仕事上のことなのかもしれない。
とはいえ、できることなら、あまり関わりたくない職業の人間に違いなかった。

もじもじと成俊が俯き加減に身を小さくすれば、気付いた安住が佐貫を咎めた。
「いきなり身分証明なんて出さないでくれる?」
「なんでだよ。一番安心だろ?」
「怯えちゃっているじゃない」
「健全な公務員、晒して何が悪いって言われるかなぁ」
「"お世話”になりたくない公務員の一つだよね」
「うるせーよ」
大人げなく、ぷぅと膨れる佐貫の姿は、成俊には意外でしかなかった。
安住よりも幾つか上に見られる佐貫が、こんな表情を見せるとは、いかに安住を信頼し気を許しているのかが分かる。
顔を覆うものがないほど短く綺麗に切り揃えられた髪のせいで表情が良く見える。
向かってくるものはねじ伏せてしまいそうな体格から威圧感はあるのに、潜むのは全てを包んでしまいそうな包容力が垣間見えた。
スッと警察手帳をしまい込んだ佐貫が安住と短い会話を続ける。
成俊が聞いても問題がない内容のようで、二人とも隠すようなことはなかった。

又聞きする内容から、佐貫は交番のおまわりさんではなくて、捜査などを行う刑事課の人間らしい。
外のことは若いものに任せて、内勤の仕事が増えるらしいと呟いているのを耳にした。
管理職へと転向するらしい。
順調に出世への道を進む佐貫も、”成功者”の部類なのだろう。
実際問題、刑事、という仕事が何をするのか理解できていない成俊にはどうでもいい話だった。

安住が譲原(ゆずはら)という弁護士とのセッティングを成俊と確認すると、覚えがあるのか、佐貫がチラリと視線を投げてきた。
「望(のぞむ)のとこ?こんなに若いのに離婚か?大変だな」
歯に衣着せぬ物言いには成俊も黙るしかない。
繋がりがあるからこそ、どんな分野に強いか、また依頼する内容が何であるのかが判断が付くのだろう。
見透かされたことに成俊はますます項垂れる。
ズケズケという言葉使いに、渋みを聞かせるのは安住だった。
「佐貫、いい加減にしないか」
「あー、悪い。でもあんたくらいだったら、今からいくらだってやり直しがきくだろ?」
慰めているのか発破をかけられているのか分からない発言だ。
デリカシーのない言葉と取った安住は厳しい視線を向けるが、成俊は誤魔化そうとしない口調に励まされている気分を味わった。
常に周りの皆は気遣ってくれることばかりだ。
それは嬉しくもあるが、後ろめたさも感じる。
店に立つ人間だから、余計に普段から繕った会話で日常が成り立っている。
佐貫の発言は新鮮だった。
日野ともまた違う、ある種の『図々しさ』だ。
決して嫌う態度ではなかった。
安住の場所に集まってくる人間性。
少しずつでも理解できれば、これから出会うはずの譲原という弁護士にも、身構えた緊張感が解れそうだった。
佐貫が言うように、『今からいくらだってやり直しがきく』…。
新しい道に踏み出そう、と、心の底から思えた時だった。

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短いです…短いけど書けたからupしとく…
キリ番88888様いつの間にか越えてた!!次は90000様ですっ。

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眼差し 9
2010-12-19-Sun  CATEGORY: 眼差し
成俊が譲原望(ゆずはら のぞむ)という男と顔を合わせたのは、安住の事務所に立ち寄ってから3日としない夜のことだった。
辿り着いたビルの大きさに、入ることを思わず躊躇うほどだ。
仕事が終わってからの遅い時間で、普段ではいるはずの受付は誰もおらず、代わりにガードマンの男が事務所に繋がるエレベーターへと案内をしてくれた。
すでに内線電話で来客を告げられているようで、ガードマンの動きもスムーズだ。

指定されたフロアには、各個室が設けられており、数人の弁護士のネームプレートが飾られている。
キョロキョロとしながら進んでいくと、奥の方で一つの部屋のドアが開いた。
「こんばんは。君が武田君かな?」
上質な素材のスーツと分かるものを身につけ、少し長めの髪を両サイドから後ろへと流した、きっちり感のある男だった。
安住よりも幾分硬さを感じるが、仕事への意欲やひたむきな情熱を持つのだと見せてくれる。
確認をされて慌てて近寄り頭を下げた。
「はい。すみません、夜分に…」
並ぶと身長差がはっきりとした。
安住や佐貫ほど高くはないが、視線はどうしたって上を向かなければならない。
緊張でカチコチになる成俊にふわりと笑いかけられる。
笑顔を見せられると、途端に全体の雰囲気が和んだ。
「大丈夫だよ。深夜というわけではないんだから。さぁ、入って」
譲原にドアを支えてもらい、横をくぐり抜けた。
全体的に白い色でまとめられた部屋の中は明るさがあった。
綺麗に片付けられたデスクが奥に見えたが、パーティションで仕切られたソファセットの方へと促される。
「紅茶でいいかな?」
「あ、お構いなく…」
壁側には小さな流しと冷蔵庫があって、こちらも目隠しをするようにパーティションで遮られていたが、完全に隠れているものでもなく、その前に立った譲原がティーパックを取り出していた。
「安住のところでコーヒーを飲まれちゃったら、うちでなんか出せないからね」
ラクにして、と、まずは世間話から会話を繋いでいくのは誰も変わらない。
譲原の言う意味が理解できずに黙ってしまえば、不思議そうな声が上げられた。
「あれ?聞いていない?安住ってバリスタの資格も持ってるんだよ。だから結構仲間内では喫茶店代わりに寄るんだ」
コーヒーの味にこだわりがあるわけではなかったからはっきりとしたことなど言えないが、先日頂いたものはどれも香りも味も良かったな…と振り返る。
「この前、佐貫にも会ったんだって?」
喫茶店代わり…と言われれば、ふいに現れた佐貫の存在も、なんとなく想像ができた。

テーブルの上に出してもらったティーカップをすすったところで、譲原が本題に入りだした。
「さて。おおよそのことは安住から聞いたけど。また奥さん、随分と無茶を言い出したみたいだね」
「はぁ…。でも何がどうなんだか、全然分からなくて…」
「うん。だから素人判断って怖いんだよ。慰謝料や財産分与なんて、決められた算出方法があるわけでもないし、ケースによって変わってくる。お子さんがいるということだから親権のことも関わってくるしね」
そういった点では専門家に任せてしまうのが一番心強いことなのだとは安住にも説明されていた。
実際自分では何一つ解決するための糸口を知らない。
「今後は、『代理人』という形で僕が交渉に入っていくことになるけれどいいかな?本人たちだけでは感情が先行してしまってまともな話しあいにならないこともある。仕事などしていれば時間も取れないし話が進まなければ精神的なストレスを味わう期間が長くなるだけだからね。こういうことは君だって、早々に決着を付けたいだろ?」

家に帰るのが苦痛な日々。
同じ家にいるのに、顔を合わせないこともしょっちゅうだった。
新しい人生に目を向けようとようやく思うことができた今、譲原の言うとおりすぐにでも解決策を見つけ出して安息の日を持ちたかった。
さすがにそのあたりの心情まで理解してくれている譲原のようだ。

しばらく話をしているうちに、譲原に向けた緊張感というものがほぐれていった。
やはりこういったことに対しての経験もあるのだろうが、人の心をつかむのが上手いと言うべきか…。
すでに知り合った安住や佐貫の話なども交ぜてくれるので、堅苦しい話だけにはならないのも、気を許す理由になっているのかもしれない。
気付けば深夜にも近い時間で、すっかり長居をしてしまったことに慌てた。
「す、すみません、こんな時間まで…」
「あー、本当だ。いやいや、僕もつい話に夢中になっちゃって悪かったな。まだまだこれからが大変な時だけど、できるだけのことはさせてもらうから、宜しくね。何かあったらいつでも連絡してきていいから」
改めて頼れるものを見つけられたような安堵感に包まれた。
ついこの前まで奈落の底に突き落とされた気分でいたのが嘘のようだった。
事務所を出る時には、まだ何も始まっていないというのに清々しい気持ちが湧いていた。

成俊が弁護士を頼った…ということが、新たな火種を生むとは、この時の成俊には全く予想もできないことだったが…。

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眼差し 10
2010-12-20-Mon  CATEGORY: 眼差し
数日と置かずに、譲原は高音に連絡を入れたようだ。
突然の『専門家』の登場には高音が一番驚いていたようだ。
当然、そんな予算が成俊の手にあるとは思ってもいない。
弁護士を立てたことで、自分の理不尽な要求が通らないことくらい、高音だって承知しているはずだった。
それからは、高音がヒステリックに叫ぶ日々が続いた。
高音が泣きついたのは高音の実家の両親で、対等に物事が進められない娘を不憫に思ってか、高音にも弁護士が付くという状況になった。
そのことを譲原に伝えれば、「そのほうが話がスムーズですよ。お互い、知識があるもの同士がやり取りをしますからね」と、今まで以上に力の滾った声音で応えられる。
それが譲原が持つ『自信』だと分かるまでに、たいした時間を必要としなかった。
譲原にしてみれば、それこそが”やりがいのある仕事”になるのだろう。

だが、成俊は益々家に帰りづらくなった。
たとえ顔を合わせなくても、同じ空間にいるということが耐えられなくなりつつある。
いずれにせよ、このマンションに一人で住む気はなく、高音に譲るなり転売するなりの措置がとられることになると思えば、いますぐにでもアパートでも借りて出ていきたかった。
しかし、家計の全てを預けてしまった今、成俊が自由になる金などなく、費用がかさむばかりの引っ越しを安易に決められるはずもない。

久し振りに日野の店に顔を出せば、日野の目が向くのが嫌でも分かった。
「お…、まえ、ちゃんと食ってんのかよ…」
そんなに驚かれるほど、外見が変わってしまっただろうか…と思わされる発言だった。
先日譲原に会った時も「生活は大丈夫?」と心配されたなぁと振り返る。
心労が伴うのは覚悟の上だったが、正直、ここまで精神的に追い詰められるとは予想していなかった。
弁護士同士の話し合いはそこそこに進展を見せているらしいが、弁護士同士が譲らない”意地”のようなものがあるらしい。
一番、納得できないと喚いているのは高音らしいが。
「うー、ん、…まぁ。適当に…」
「適当に…って…。…今、どうしてんの?」
日野に紹介してもらって詳細を伝えていないのも酷い話だとは思うけど、プライベートな話題を突っ込んで聞きたがる奴じゃない。
普段から要所要所での連絡のやりとりはあったが、逐一報告するようなことはなかった。
日野も安住に任せた時点で、好転すると信じ切っているのだろう。
成俊は日野に、現状の生活状況をそれとなく伝えた。
まだマンションに住んでいること、話が決裂するたびに当たり散らされること、できることならマンションを出て自分の時間を作り冷静に考えたいこと…。
最近の生活は『泥沼』というに等しい。
食欲が落ちている原因もそこにある、と知り得れば、日野から予想外な言葉が飛び出した。
「成さー。うちにくるか?」
一瞬、どう言う意味か理解できずに口をポカンと開けてしまった。
「そんな、辛い思いしてまで一緒にいること、ないだろ?とりあえず避難場所としてうちで生活するか?って聞いてんの」
「で、でもそれじゃ、尚治が…」
成俊が戸惑えば日野はクスッと笑って肩を竦めた。
「正直、あんまり、あそこに帰ってないんだよね。留守番代わりにいてくれると助かるんだけど」
成俊にしてみれば、それはつまり、恋人のところに入り浸っている…としか聞こえない。
だったら何も別々の家など持たずに一緒に住んでしまえばいいことではないかと、安易な考えが生まれるが、それはそこ、二人の何かが押し留めているのだろう。
だからといって、これ以上日野に甘えて、首を縦に触れる内容ではなかった。

「無理…だよ、そんな…。俺、自分で何もしてない…。こんな情けないの…」
「今みたいな成を見続ける方が俺としてはやるせないんだけど。いつか、どこかの路頭でグズグズになっている姿とか見たくねーし。今がおまえの踏ん張りどころじゃん。俺は成が努力する人間だって知ってるから、将来に投資するとでも思ってくれればいいよ」
成俊はカウンターに肘をついて、頭を抱えて項垂れた。
何でみんな、こんなに自分の為に良くしてくれるのだろう。
その優しさが嬉しくて、素直に感謝したいのに、喉に詰まった嗚咽をこらえることで言葉にならなかった。
日野は今日も、それ以上何も言わない。

成俊は日野に言われたように、当面の生活で必要なものだけをボストンバッグに詰め込んでマンションを出た。
高音はいかにも清々したといった様子だった。
最初の数日だけは日野も様子を見に、自宅に帰ってきていたが、やがてパタリと足音が途絶え、店以外の場所で会うこともなくなった。
帰ってこないと分かるたびに、成俊の脳内では、男同士の行為がどのようなものなのか…と未知の世界を想像するようになってしまった。
男女間とは明らかに違う”交流”があるのだろう。
そんなことを考えれば、二人の容姿を知るだけに一人勝手に顔を赤くし、ベッドの中でモゾモゾする日が続いた。
これまででは下半身に熱が集まることなどなかった。
ようやく生まれた安堵であり余裕なのだとも思えた。

そんなある日、譲原から「至急会いたい」という緊急を要した電話が入った。
電話機越しから聞こえる声も、普段とは違う硬さが感じられて、最近落ち着いていた成俊は何事かと心臓をバクバクとさせる。
「できることなら人目のないところで」と伝えてくる譲原に、事の重要性を悟った。
終業時刻を待って、譲原の事務室に辿り着いた時、いつもなら笑顔で迎えてくれる譲原には緊張すら伺える。
早速、とテーブルの上に差し出された、書類を折ることを拒む大きさの封筒を差し出される。
震える手で中身を取り出せば、中には数枚の写真が入っていた。

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