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ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
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2011-03-30-Wed  CATEGORY: Door of fate
「ドライブ?」
『うん。凛、あまり出掛けたことないって言うし。どう?』

『週末、休みを合わせた』というメールを貰った花園凛(はなぞの りん)は、今が竹島虎太郎(たけしま こたろう)の休憩時間なのだと分かると、仕事中だというのに即座に電話をかけた。
携帯メールでピコピコやりとりをするなどまどろっこしい。
もともと商談の多い仕事だ。世間話としてプライベートの会話が含まれることも多く、誰も細かいことなど気にしない。
ワンコールで出た虎太郎に嬉しさを隠さず声を上げれば、『出掛けない?』というデートのお誘いだった。

虎太郎と恋仲になった日からさほど時間はたっていない。
一つ年上ではあるが、物事に夢中になって取り組むところには少年ぽさが残っていて初々しいと感じるくらいだった。
無垢な心に惹かれて逸る気持ちを抑えきれずに暴走した感はあったが、受け入れてくれた虎太郎を大事にしたい思いは募るばかりだ。
車好きで一人でどこにでも行ってしまうような虎太郎とは対照的に、凛はあまり旅行らしいことをしたことがなかった。
気遣ってもらっていることを感じると心が温かくなる。
一人で出掛けるより二人で出掛けることの楽しさを覚えてくれるのは凛にとっても嬉しい。
そんな彼からの誘いを断る理由などありはしない。
「いいよ。行き先とか、こーたに任せる」
『ホントに?実はさ、所長がこの前行ってきたっていうドライブコースの話をしてたんだ。晴れてたからすっごい景色良かったって』
「こーた、それ、見たいんだ~」
虎太郎の性格は単純というか、実に素直で分かりやすい。
うずうずする気持ちが電話越しにも伝わってきた。
『べつに、そんな…』
感情を読み取られてたぶん今頃顔を赤くしている頃だろう。
これ以上突っ込んでからかうのもなんだか可哀想な気がして、とにかく「晴れることを祈ってる」と通話を終わりにした。
どこに行くのか…ということはあえて聞かなかった。
動きまわるのが好きな虎太郎のことだ。
横から何かの口出しをして虎太郎の計画に水を差したくない。
旅行(ただのお出かけですが…)に行くとはこんなに楽しい気持ちになれるものなのか…。
凛は浮かれながら週末の休みを心待ちにした。

「兄貴、何、鼻歌なんか歌ってんの?」
キッチンで酒類の用意をしていると、珍しく早い時間に帰宅した弟の恵亮が顔を出して来て不思議な顔をされる。
早いとは言ってもすでに夜の10時すぎだ。
午前様になっていないだけえらい。
気付かずに幸せ感ただ漏れだったらしいことを指摘されて、即座に表情が引き締まった。
「遊び歩いていないできちんと勉強しないか」
「春休みなのに嫌だよ~。それより、何?そのご機嫌良さそうなの。兄貴にしちゃ、珍しいじゃん」
「機嫌いいことの何が悪い」
「開き直るなんて益々アヤシイ」
「うるさいよ、おまえは」
8年離れてようやく授かった第二子は、甘やかされて育ったこともあって、かなり奔放な性格をしていた。
対人面を考えずにズケズケと入り込んでくる部分も持ち合わせていて、兄としては咎めたいことが多々ある。
恵亮がまだ何かと聞いてくるのを適当にあやしながら、凛は自室に向かった。
最近の日課は帰宅後に交わされる虎太郎との会話だった。
今も電話でのやりとりを終えたばかりだった。
だから余計に気分が良いのだろうし、それをあまり顔を見せない恵亮に見つけられてしまったのだろう。
テーブルの上に酒器を置くと、その前に座ってふぅぅと吐息を漏らした。
一日の終わりを感じる。
虎太郎と付き合うようになってから日々の流れがとても速くなった気がしていた。
会話のほとんどは虎太郎が話している。
思っていたことを吐き出せる環境がこれまでなかったのか、語り口は明瞭とは言えなかったが、そんなところも初々しくて楽しかった。
「あれで一つ上だもんなぁ」
凛は知らずにまた頬を弛めながら過ぎた会話を反芻して、次々と知れていく虎太郎を愛おしく思った。
何かを手中に入れて可愛がりたいと思うのは『兄』という性格だからなのだろうか…。

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2011-03-31-Thu  CATEGORY: Door of fate
土曜日の朝、天気は快晴だった。
8時に迎えに来る…と言った虎太郎だったが、10分以上前に到着してくれた。
すでに準備万端で待ちかまえていた凛は(恵亮談:1時間以上も前からそわそわしていたらしい)、虎太郎のステーションワゴンに乗り込んだ。
「販売店の人と一緒?!そういうことだったの~???」
ここ数日間の機嫌の良さであった原因を知った恵亮はあからさまに驚いていたが、お互いの状況をとやかく言うほど馬鹿な子でもない。
それにしても本人を前にこの発言は何なのだろう…。
一葉繋がりで名前も聞いているだろうに、全く覚えようともせず、いや、それはいいが、もう少し言いようというものがあるだろうが…。
我が弟ながら情けなくなってくる。
わざとらしく玄関先に顔を出した恵亮をにらみつつ、バツの悪そうな、困ったような表情を浮かべた虎太郎に、「ごめん。アイツの発言は気にしなくていいから」と凛は謝った。
だけど虎太郎が気にしたのは二人の関係を見破られたことのようだった。
こんなところも実に初々しいと、内心でほくそ笑んでいるのは内緒だが…。

『車中泊』と言っていた理由が分かるくらいに、虎太郎の車は広かった。
そして見たことのない装備が幾つも見受けられる。
窓にはカーテンもあったし、後部座席には丸められたマット類の他に意味の分からない機械が積まれている。
さすがに機械好きは備えるものが違う…と変な感心をしてしまう。
自分の車にはないものが、ここにはゴロゴロとしていた。
逆にそれは安心だった。
なにかトラブルに巻き込まれても、回避できるのではないかというような備え。
「この車で最長どれくらいの旅行をしたの?」
「んー、1週間かな。北海道、周ってきた」
「北海道っ?!」
「そ。フェリーに乗って。なんか、気ままにぷらぷらと走っちゃったけど。あ、夏休みにね。いくらなんでも雪道は怖いし」
「いや…、そういうことじゃなくてさ…」
凛だって北海道くらい行ったことがある。
ただ、利用する交通機関は必ず飛行機だった。
虎太郎の話には驚かされることが多く、だが、思考の違いは新鮮で良い。

虎太郎の運転は静かだった。
自分がいるからなのかは分からないが、他の車に対しての配慮も良く、安心して乗っていることができた。
まだまだ知らない事だらけの二人の会話は尽きることなく、凛はどこに向かうとかいうことよりも、二人で居られる空間を楽しんだ。
外から見られる窓ガラスがありはするが、会話を邪魔されることもない。
ある種の密室と言って良かった。
車は町の喧騒を離れて山奥へと向かっていく。
木々は芽が膨らみ始めていて、寒い冬が終わろうとしているのを感じさせた。
暦上ではすでに春なのだが、触れる空気はまだ冷たさを孕んでいる。
しかし車内は適度な温度の空調で保たれていた。
そのうえ、暖かな日差しが注ぎこんでくるし、静かな振動がゆりかごのようで、凛はいつの間にか睡魔に襲われた。
昨夜、眠りが浅かったこともある。
遠足を待つ児童じゃあるまいし…と何度も思ったが、凛の興奮は治まらなかった。
凛がうつらうつらとし始めると、虎太郎の口数も減った。
静けさに自然と目は閉じられ、運転をしてくれている虎太郎に申し訳ないと思いながら、眠気には勝てず、とうとう目も口も閉じてしまった。

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短くてごめんなさい。でもきりが良かった、ここで…。そして遅くなってスミマセンm(__)m

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2011-04-01-Fri  CATEGORY: Door of fate
目が覚めたのはバタンとドアの開閉がされる音で、だった。
「あ…」
ここはどこだ?と思うような山の谷間に田畑がひろがるのどかな光景が視界に飛び込んできた。
そこにポツンと一際にぎやかに見える売店がある。
農産物の直売もしているようで、買い求めに走る観光客の姿があちこちに見えた。
「こーた…」
一度車を去ったはずの虎太郎が、歩きながらも心配に思ったのか、振り返ると目覚めた凛と視線が絡まって戻ってくる。
「起きた?」
「うん、ゴメン、俺寝てた…」
「いいって。凛の寝顔見られたし。トイレ休憩に寄ったんだけど、凛も行く?」
「…、ん、行く」
自分では見られないものをさらりと口に出され、凛は恥ずかしさに手を口元に当てた。
口でも開けて馬鹿面を晒していたのではないだろうか。涎をたらしていなかっただろうか、という確認も含めて。
虎太郎はクスリと笑っただけでそれ以上言うことはない。

慣れたように目的地を探す姿は今までとは違った印象を与えた。
仕事場のつなぎを着ていても感じたが、私服だと尚更背後から見る姿は細さを表している気がする。
まぁ、一度脱がせてしまえば、意外にも締まった筋肉があって驚かされはしたが…。
だが突き進んでいく迷いの無さは潔くて格好良かった。
「いろんな物が売られているんだね」
凛が売店に視線を投げると虎太郎が頷いた。
「道の駅が今じゃあちこちにあるから便利だよ。こういうところで寝泊まりできるし」
「こんなところで?!」
「凛には想像つかないかな。中には温泉が併設されているところもあるし。だからビンボー旅行してるって言ったじゃん」
凛が目を見開けば苦笑されるだけだった。
虎太郎の給料がいかほどのものかまでは知らないが、趣味に使う部分が多いことだけは知れる。
こうして移動するための燃料費などを考えたら、宿泊代も浮かせたいのだろう。
凛としてもそれがどんなものなのか体験してみたい興味は確かに湧いていたが、人がごったがえしている光景を見てしまうと安眠できるとはとても思えなかった。
ましてや『運転する』という体力勝負がついてまわっている。
居眠り運転などされたら…と心配がむくむくと浮かんできた。
「こーた、そんなことしてたら…」
「ちゃんと鍵かけて寝てるって。それに周りに人がいるから犯罪も起きにくいんだよ」
「そーいう、意味じゃなくてさ…」
どうも心配する視点が違っている。
周りに人がいる…とは、似たような旅行をする人間がいる、ということなのだろうか。
凛が思うことを話してみると、カラカラと笑われた。
「夜は店なんてやってないから人の出入りなんて少ない。こういうことしてるとマナー守ってる人間も多いからさ。夜はすごい静か」
「そうなの?」
「そう。キャンピングカーとか自炊できる車もあるし」
「まさか買おうとか思ってる?」
「さすがにそこまでは…。停められる駐車場が見つけられないし。今はアイツで充分」
維持費などがかかる、と説明されると、「自分の給料じゃまだまだ無理」と返ってきた。
そんなものなのか…と凛はなんとなく納得してしまう。
自身の常識では考えられないことを、次々と虎太郎から教えられている気分だった。

道の駅を出発して走っていくと、遠くの山はまだ雪で覆われている。
観光名所ともなっているらしい渓谷も現れ、沢の脇の整備された道を歩む人の姿も見えた。
川に沿って車道ができているために下方に見える長々と続く遊歩道が何となく気になった。
「ハイキングコースなのかなぁ」
「歩きたい?」
「ちょっと降りてみたいけど…。時間とか平気なの?」
「計画なんか特にないし。行き当たりばったりも面白いでしょ」
虎太郎は手近な駐車場を探しあてると、車を停めて遊歩道へと降りられる道に案内してくれた。
すれ違う人とも気軽に挨拶や話を始めてしまう。
自分たちが何の情報も持たずにここに来てしまったから…ということらしいが、人懐っこさにはこれまた驚かされた。
「凛、この先に滝があるって。全長で10キロのコースだっていうから、それだけ見て車に戻るのでもいい?」
突然のことにも難なく対応してしまう行動力には、つくづく感心させられる。
もちろん、ハイキングの準備なんてしていない自分たちなのだから、虎太郎の提案に文句などない。
どっちを見たって、それなりの装備を身につけた人ばかりだ。
遊歩道から反れて川場に下りられる道も幾つか見受けられた。ただ、こちらは整備されているものではなく、人通りの中から自然と道になってしまったものなのだろう。
「下りてみたい」と凛が言えば、虎太郎は快く受けてくれた。
直接水に触れるような場所だった。
脇から出る小さな流れを飛び越えるように、調子良く対岸に飛んでいく虎太郎に凛も続いた。
が、運動神経の差は顕著に現れた。
バシャッという水音の後に「凛!!!」と慌てる虎太郎の声が耳に届く。
そして足元をひんやりとした水に覆われて、自分が水中に着地してしまったことを知った。

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粗大ゴミが3連休とかいう、あり得ない状況に陥ってます。・゚・(ノД`)・゚・。
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2011-04-02-Sat  CATEGORY: Door of fate
滝など見る間もなく、凛は駐車場にある車に戻された。
春とはいえ、沢を流れる水は雪解け水だ。刺さるような冷たさがある。
幸いなのは転んだわけでもなく、濡らしたのが靴とジーパンの裾あたりだったことだろうか。
「正直、凛がこんなにどんくさいとは思わなかった」
「どんくさいは余計!」
笑いながら話してはいるが、決して小馬鹿にしているものではないのは伝わってくる雰囲気で分かる。
反論をしてみても、今ある現実に凛の言い分は無意味だった。
虎太郎は車に戻ると後部の跳ね上げ式のドアを開けた。
後部座席とドアまでの間にカバーのようなものが取り付けられていたからそこに荷物が入っているなどとは知らなかった。
クーラーボックスや毛布、ボストンバッグなどが積まれていた。
そのバッグの中からタオルを取り出してくると、凛に手渡す。
「靴と靴下は脱ぐしかないよな。ジーパンは水気取っておけばそのうち自然乾燥されるだろうし」
「ごめん。車の中にいるしかなくなっちゃったね」
「サンダルならあるからそれ履く?こういうハイキングはもう無理だけど、ちょっとした所歩くなら可能でしょ」
「こーた、どこまで準備いいの?」
「準備いいっていうか、なんとなく。あって便利だなって思うものが次々と積まれてきただけだよ」
凛ではまず準備しそうにないものが当然のようにこの車には積み込まれていて不便を感じさせない。
さすがにここまでくると感心というより呆れてしまうのだが、虎太郎にしてみれば当然のことで驚かれるものではないといった態度だった。
凛が助手席に戻り濡れた足を拭っていれば後部座席に放置してあったらしいサンダルを持ってきてくれた。
サンダルであれば大してサイズを気にしなくて済むところが良かった。
変わりに凛の靴が追いやられ、タオルで叩いた靴下が後ろのシートに並べられた。
きっと本当はもっと動きたかったのであろう虎太郎を思うと、申し訳ない気分になる。
凛の失敗で虎太郎もかなり行動を制限されたことだろう。
だがそんなことは全く気にした様子も見せず、それどころかトラブルの全てを楽しみに置き換えてしまうポジティブな考えには素直に甘えられた。

走りだした車は、店の看板などを見つけては「なんだろう、あれ」などと言いながらしょっちゅう駐停車を繰り返した。
その場で製造販売している銘菓だったり、民芸品が売られる店だったり。
街並みが見渡せる場所で停まって新鮮な空気を吸い込んだりもした。
虎太郎がいう『予定のない行き当たりばったりな旅』というのが、初めての凛は心底楽しくて仕方ない。
次に何が出てくるのかという展開が余計にワクワクさせた。
昼頃に温泉街に入り込んだ二人は、残りの時間をここで潰すことにした。
土産物屋なども並び、週末ということもあってか人で賑わっている。
観光案内所で地図を手に入れた虎太郎が「凛、少し歩ける?」と気遣ってくる。
街の駐車場に停めて散策できるものがいくつかあるらしい。
「街歩きなら全然平気。あ、帰り温泉入っていこうよ。せっかく来たんだし」
凛の提案をまたしても快く受け入れてくる虎太郎だった。
「こんなこともあるから」と車の中にはバスタオルまで用意されているようだ。
昼食も完全な食べ歩きだった。
街角にある地鶏の焼鳥や温泉卵、温泉まんじゅうなどなど。
お弁当屋で売られているおこわを半分こずつ食べるのもおもしろい。
「こういうのって色々な種類のものが食べられるからいいね。一食しっかり食べちゃうと他のものが入らなくなるもんなぁ」
「俺、いつもこんなんばっかだよ」
「こーたといると何もかもが新鮮でいいや」
「凛が喜んでくれて良かった。もっとキッカリしっかりしてそうだし」
「そうだな、非日常を味わう…って感じ?」
きっと虎太郎がいなかったらこんなに躍動する気持ちを持つことはなかったと思う。
自分だけであれば川に落ちたことだけでその日一日が憂鬱になってしまったはずだ。
見かけ以上に頼りになる存在を改めて知れて、やっぱりどこか年上なんだなぁと今更ながらに感心していた。

山あいにあるだけに、日が傾いてくるとひんやりとした空気が肌を撫でてきた。
動きまわっていたからさほど感じなかったが、宿泊客が施設内に帰っていくと、観光客の数も目に見えて少なくなり閑散としてくる。
「凛、そろそろ戻ろうか。足痛くなってない?」
「へーき、へーき。温泉どうするの?」
「町営の源泉掛け流しっていうのがあるから、そっちに行こう」
旅館などの設備を利用しようという考えがないあたり、実に虎太郎らしいな、と内心で微笑みながら、凛は大人しく虎太郎についていくことにした。
そして辿りついてびっくりした。
温泉街からは離れていたから人通りも少ない場所にあり、まず建物が山小屋のようだった。
脱衣所と呼べるのか、浴槽のすぐ脇にすのこを敷いただけの場所がある。
カラーボックスを並べただけのようなロッカーが幾つかあり、たぶん、これは、そこに物を入れられる人数しか入浴できる広さではないと語っているのだろう。浴槽から丸見えだからなのか、当然鍵などありはしない。
虎太郎が一番驚愕していたのは、ここが『無料』ということだった。
「すげー、温泉無料開放」
もちろん、凛も初めて聞く話だった。
浴槽には先客の老人二人が世間話をしながら入浴していた。
虎太郎は慣れた様子でポイポイと衣類を脱ぎ、ロッカーに丸めて押し込むとさっさと洗い場の方へと向かっていく。
まぁ、ここにいるのが老人だからいいとしてもさ…と、凛はすこしばかり虎太郎を咎めたい気分になった。
この衣類の扱いもどうよ…と内心で溜め息をつきつつ…。
だが、またもや先客と軽快な会話を始めてしまった虎太郎には文句の一つも出てこない。
虎太郎の生き生きとする姿を見せられて、止めようなんて思えなかった。

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2011-04-03-Sun  CATEGORY: Door of fate
無料の温泉が幾つかあることを老人から聞きだしたのはもちろん虎太郎だった。
もともとは町民の共同風呂だったらしい。
お互いが持つ信頼関係があるからこそ、貴重品管理なんていうのも曖昧なのだろう。
剥き出しのロッカーの意味が知れた。
それぞれ泉質が違う、などと聞いてしまえば、次に出た行動は湯巡りだった。
車に戻った頃にはすっかり日が落ちていたが、ひんやりとした空気も、温泉で骨の髄から温まった後では心地よく感じる。
熱い湯船は一日の疲れを癒してもくれる。
湯冷めしないように、と車に乗り込むなり虎太郎が用意してくれた毛布のおかげで風邪をひくこともない。

入浴で使ってしまった時間分だと言って帰路は高速道路を利用した。
だが週末のこんな時、運が悪いことは重なった。
交通事故で渋滞しているという。
途中まで行って一般道に切り替えるのも良いだろうと、安易に高速道に乗り込むとすでに渋滞は始まっていた。
「うわ~。案内板の嘘つき~」
車の流れはあるものの、都心に向かう車の数は増していくばかりで、ノロノロと進んでいるような状態だった。
「まずいな~。完全に止まっちゃったら動きようもなくなるだろうな」
その前に高速を降りられるインターチェンジに辿りつけたらいいのに…という呟きらしいが、それもかなり先の話だ。
一日中運転させてその上渋滞では虎太郎の疲労が増すばかりだと凛は心配した。
ましてや温泉で寛いだ後のことだ。
「無理して運転することないじゃん。次PAあるし休んでいこう。遅くなって俺こまんないよ」
「あー、うん、まぁ、そうなんだけどさ…」
いつ解消されるか分からない渋滞の車列にいるより、安全な場所に停車して寛いでいた方がいいと凛は考えてしまう。
虎太郎が週末の連休を取っていることは、凛もすでに承知済みだった。
何も急いで帰る必要はない。
「停まったら寝ちゃいそうだよ、俺…」
「寝て結構!居眠り運転されるなんて冗談じゃない。俺の命、こーたに預けてんだから」
「ま、確かにそうだな」
たぶん、虎太郎には早目に凛を送り届けたい思いがあるのだと思う。
虎太郎一人であれば凛が考えたことを実行しているのだろう。
家族と共に住まない虎太郎は、ある意味で自由人だった。
凛だってとやかく言われる生活ではないが、恵亮に散々なほど生活に対してのアレコレを言ってきた手前、後ろめたさがあるのを虎太郎は気付いている。
しかも出掛けに会ってしまったから余計に迂闊な行動はとれないと思っているのだろう。
だが今は『緊急事態』だ。背に腹は代えられない。
「そこで夕ご飯も食べようよ。せっかく閉店前のおじさんが増量してくれたんだしさ」
温泉地を出発する前に、別の温泉で出会った老人から地の物を使った豚丼があることを教えてもらった。
観光客にはあまり知られていないが、農場を経営する一家が営んでいるらしく、質も味も保証すると太鼓判を押してくれたものだった。
弁当となって現在保温庫に入っている。(こんな物まで積んでいてバッテリーは大丈夫なのかと聞いたら「ソーラーバッテリーを使ってるから」とあっさり返された代物だ)
「つーか、凛が腹減ったんだろ」
「こーたが疲れていないか心配してんのっ」
「それはどうも…」
正直、腹の虫がいつ鳴るかという状態ではある。
それを汲んでいるらしい虎太郎は苦笑いを浮かべながら、車線変更をして、凛が促したPAへと車を滑り込ませた。

駐車場でも一番端に車を停めた虎太郎は、「ちょっと待ってて」と、靴を脱いで中央からいきなり後部座席に飛び込んでいった。
何事かと凛は振り返りながら、座席をあれこれと弄っている後姿を眺めた。
折り畳んだ座席が床下(?)に収められ、あっという間に一番後ろまで繋がったまっ平らな空間に生まれ変わった。
その上に丸めてあったシートが敷かれると居住空間と言えるほどの広さができる。
窓ごとに取り付けられたカーテンを閉めてしまえば外からの視線も遮られた。
「すごっ!!ナニコレ?!」
「俺の第二の我が家」
出来上がった空間に凛もサンダルを脱いで跨いでいった。
膝を曲げなければ進めない高さだったが、座席に座って何かをしなければいけない体勢よりもずっと寛げる。
何より足を伸ばせるのがいい。
「車の中に家があるみたい~」
「だろう?」
クーラーボックスを引き寄せた虎太郎はそれをテーブル代わりに、保温庫から弁当を取り出して乗せた。
「車中泊できる意味が分かった気がする。どうやって寝られるのかずっと不思議だったんだ」
「足のばして寝ないとやっぱなぁ…」
「ちょっと待ってて。ビールとおつまみ買ってくるから」
「はぁぁぁ???」
「こーたを運転させないためだよ。今日はここで寝ていこう。こんなに早く”車中泊”できる日がくるとは思わなかった~」
凛は喜々として車を降りて行った。
「ちょっ、っ…、凛!!!」
呼び止める虎太郎の声など耳に入っていない。
すぐに履けるサンダル、サイコー!などと思っていた凛だ。

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現在高速でアルコールなど売ってないはずですが、そこはご愛敬で…
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