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BLの丘
ただそこにいて 11
2011-09-04-Sun  CATEGORY: ただそこにいて
翌朝の朝には微熱にまで下がっていた。今日一日、安静に過ごせば問題ないだろうと言われて安堵したものだ。
やはり洗濯物は津和野が持って行っていた。下着までしっかり見られたことは恥ずかしさ以外の何物でもない。
出勤前の吉賀と津和野が俊輔の部屋で顔を合わせている。これもまた奇妙な光景だった。
「俊くん、何もかもがSサイズだったね」
「そんなもん、外見からだって分かるだろうが」
「大事なトコも、ね。柔らかくって可愛かった」
「なんだとーっ?!」
余計なことをわざと口に乗せる津和野に吉賀が目を見開く。
一瞬何のことだが分からなかった俊輔も、津和野の台詞を反芻して意味を理解した。
顔から火が出る思いだ。少なくとも褒め言葉ではないだろう…。
吉賀がギロリと見下ろしてきて恥ずかしがりながらも縮こまってしまった俊輔だ。
「俊輔っ!!このエロジジイに何されたんだよっ?!」
「な…なに…って…」
「また口の悪い台詞が~。俊くんの体を拭いてあげただけだよ。お風呂にも入れなかったしね」
津和野は飄々と言ってのける。”された”というより”してあげた”に置き換えるところも津和野らしかった。
「だからってチンコまで触ることないだろっ!俊輔っ、今度っから俺に言えっ!!エロジジイは何をしだすか分からないからなっ」
ニコニコと笑う津和野とは対照的に、吉賀は不機嫌極まりなく声を荒げる。
文句も言えないでいる俊輔を庇ってくれているのだろうか…。
しかし『Sサイズ』と言われたもやしのような体を吉賀に見せるのも抵抗がある。余計に生活も身体もみっともなさを晒すようで、変に同情されることは避けたかった。そんな風に気遣われたくない。
もうその話題は勘弁だ…と言いたげに、俊輔は二人に出勤を促す。
津和野はかなり自由がきく方だろうが、吉賀はそういうわけにはいかない。
二人一緒に仲良く出勤してくれればいい。
吉賀にひどい言われようをされても津和野はさりげなくかわしてしまう。そのあたりはさすがに受け止める大人というか…。度量の大きさに感心するというか…。
やっぱり人間としてはいい人なんだけどな…と内心で呟いた俊輔だった。

休み明け、俊輔は順調に仕事を終えた。やっぱり働けるっていい、と安心してしまう。
昨日、さほど体調が悪くもないのに、ゴロゴロと部屋にいたことは、無駄な時間を過ごしたような気がしていた。
食堂に向かう途中で、五つ年上の倉岳早良(くらたけ さわら)に呼び止められた。
同じ班にいる人間で、28歳のはずだが前髪を長く伸ばした黒髪のせいか、若干若く見える。
逞しいといえるほどではないが、俊輔のように明らかな細さもない。
彼もまた裕福な環境で育ったわけではないとは、いつかの飲みの席で聞いたことがあった。
借金話を自慢するわけではないが、似ている境遇は自然と打ち解けていく。
いつもであれば挨拶から始まって他愛のない会話に流れ、それとなく現状を伝えあうのだが、今日の倉岳には親しみを込めた雰囲気が微塵も見られなかった。
俊輔は自分が倒れて休んだこともあったし、何か迷惑をかけるようなことをしてしまったかと緊張感を走らせる。

「体調は?もういいの?」
「は、はい…。すみません、ご心配おかけしました」
棘々しさを含んだ口調はやはりいつもと違う。
おどおどと返事をしながら頭をぺこりと下げた。
「津和野先生が優しいのをいいことに、随分とこき使ったみたいだもんな。良くなるだろうよ、そりゃ」
「え?」
「往診させたうえに食事運ばせたり洗濯まで頼んだらしいじゃん。不幸少年気取って甘ったれてんなよっ」
倉岳の掌が突然俊輔の肩を押した。その強さに後ろへと数歩下がる。バランスを崩して転ばなかったのが良かったくらいだ。
「な、なに…?」
話がどこかで食い違っている…。みんなは俊輔が休んでいる間、どのような話を聞いたのだろうか。
でも今の倉岳に何を言っても聞き入れられなさそうだ。
何が倉岳を苛立たせているのかも良く分からず、呆然とする俊輔の、下がった分倉岳が前へ歩み出た。
「ウゼェ、おまえ」
吐き捨てた後、伸びてきた手に髪を鷲掴みにされる。怒りが込められているのを感じて恐怖心が芽生えた。
「痛っ!!」
掴んだものを振りまわすような力の込められかたに、俊輔から悲鳴のような声が上がると、まだ残っていた人間が争いに気付いた。
「何してんだっ?!おまえらっ!!」
班長の怒声が辺り一面に響き渡る。
倉岳の手は外れたが、今度ばかりは俊輔も地面に尻をつけた。
「俊輔っ?!」
慌てて近づいてくる吉賀の姿が振り返った先に見えた。
体調が良くなって、浮かれて戻ってきた気分が、この一瞬で粉々に砕け散った。

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ただそこにいて 12
2011-09-05-Mon  CATEGORY: ただそこにいて
「仁多まで手玉にとってさぞかし良い気分だろうよ。こんなところで働くより、どっかの班にいる、仕事掛け持ちしている奴に、『別の仕事』紹介してもらったほうがいいんじゃねーの?ちょっと媚び売ればチップの一束もくれるだろっ」
「倉岳!!」
班長に制されて倉岳は俊輔を睨みつけた後、その場を離れていった。
心配そうに俊輔を抱えた吉賀を見て発された倉岳の台詞は、完全な蔑みだった。

借金に追われて自由も奪われた人の中には、ここで働かされた上に別の場所で仕事をさせられているものがいる。
表立ってそれが何なのかは口に出されないけれど、体を売る仕事であることは察しがついていた。
相手を選ぶこともできずに、言われるがまま向かってくる人間の相手をしなければならないらしい。
彼らが月々に支払う金額も知らなければ、体を張って得られる金額も知らない。ただ、うまくいけば、工場で一カ月働く金額と同じ額が4日で手に入るとは耳にしたことがある。つまり借金返済の近道だ。
掛け持ちならどれくらいの収入なのだろう。しかし本人に自由などないのだが…。
工場の、それも寮に入れているのは、全てを監視するためだと聞いた。
初めてその話を聞いた時、逃げた父を恨んでいたのに、裏稼業を営む会社に借金をされなかったことを感謝したくらいだった。
母と妹を盾に取られたら、俊輔は自分を投げ打っていただろう。

もちろん、家族ではなく本人自ら作った借金地獄、というパターンもありはしたけど…。
強制的に働かされている連中とは違って、自分から望めば半分はとられる仲介料なしでほぼ全額の金が手元に入るわけだ。
『足、開いてこい』というような倉岳の言葉に涙が零れ落ちた。
津和野のことといい、吉賀の態度といい、双方に色気を撒いてかき乱していると言われているようだ。
こんなところでなく、別の場所にしろ…と…。
自分の意思とは関係なく、周りの受け止め方が違っているとはこれまでに幾度も体験してきたが、今ほど誤解を与えて辛辣な言葉を浴びたことはなかった。
親切にされることは、媚びをうったことになるのだろうか…。

「俊輔、部屋に食事届けるから。今日はもう部屋に戻れ」
力が抜けた体を吉賀に抱き起こされて小さく頷く。
食事なんて、とてもではないが喉を通らない。それらを無駄にすると分かるから「いらない…」と掠れた声が漏れた。
「食えよ。おまえ、ただでさえ体力ないんだからさ」
先程の倉岳とのやりとりなどなかったように、吉賀の声はいつものように優しい。
濡れた眦を指先で拭われる。優しくされればされるほど誤解したくなる気持ちが湧く。
何が悪かったのか、その一つも見つけ出せない。
俊輔はさりげなく吉賀の手を払った。これ以上の誤解を与えたくない。
少なくとも吉賀がこの班の中で居心地が悪くなるような状況は作りたくなかった。
自分と吉賀は関係ない…。

「俊…」
「ごめん…。も、い…。構わないで…」
「俊輔っ?!おまえ何言ってんの?!」
他の人と距離を置いたような関係。それが借金を抱える者にとってこの工場内で普通のこと。
吉賀はその合間を埋める役どころをずっと担ってきてくれた。無邪気な発言、人懐っこい性格、誰も怒らせることのない不思議なオーラ。
俊輔が一瞬でも独り占めしたような、特別扱いしている感覚は、親しくする他の人間にもあるのだろうか。
吉賀は誰とだって仲良くなれた。
倉岳に言われたように、吉賀まで蔑まれたくはない。

どこで誤解が生まれてしまったんだろうか。何が悪かったんだろうか。
きっと倉岳は俊輔と話す時間なんてとってくれないだろうから、言い訳もできないし、事の流れは第三者から聞くしかない。
同じ班で働くのに、こんなに気まずいことは就職してから初めてのことだった。
陰口ならまだともかく、あれほどはっきりと嫌悪を表されては、どうしていいのかすら分からない。
だけど今、仕事を辞めるわけにもいかなかった。
相手がベテランな人間だけに、俊輔の言い分より倉岳の意思の方が尊重されるだろう。

追ってくる吉賀の手を払うと、傍にいた班長が吉賀に向かって小さく首を横に振っていた。
借金の問題などは他の人間からはどうにもできない…。具体的な話を詳しく知る者もいない。そんな意味もあるのかもしれない。
長いこと経験してきた班長だ…。

「俺…、なにしてるんだろう…」
突然、虚しさが湧いた。
家族のためにって頑張って、風邪の一つも引かないようにって気をつかって働き続けて、働けることの充実感を見出した先…。
それが嫌だったわけではないけれど…。
こんなに頑張って、自分のために何が得られるんだろうか…。
ふと己のことを考えた時、倒れる前以上に全身から力が抜けた。

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ただそこにいて 13
2011-09-06-Tue  CATEGORY: ただそこにいて
枕を涙で濡らしていた時に、部屋の呼び出し音が鳴った。
吉賀はもう鍵を持っていなかったから勝手に入ってくることもできない。
心配させているのは充分なほど知れていたけれど…。自分と深く関わることでこれ以上の誤解を周りに撒きたくなかった。
今、ここにやってくるとしたら吉賀しか思い浮かばない。
会って優しくされたらグズグズと甘えてしまいそうで、呼び出し音を無視することにした。
人を放っておかない。そこもまた吉賀の人の良さだ。
無視を決め込んでいると、コンコンとドアを叩かれる音に変わる。
それから「俊くん?いるでしょ?」と静かな部屋にくぐもった津和野の声が届いた。
吉賀だとばかり思っていたから、津和野の声は意外だった。
「俊くん。今日仕事はどうだった?体調も確認したいからここを開けて」
津和野の口調はいつもと変わらない。
倉岳には俊輔が津和野をかどわかしたように言われたが、今の俊輔にとってメンタル面も見てくれる津和野の存在はあまりにも大きい。
真実を知っても受け止めてくれる懐の大きさを持つ人だと認め過ぎている。

ドアを開けると津和野が俊輔の姿を見て、少し眉根を寄せた。
何かを感じ取ったかのように、背中に手を当てられて中に入るよう促される。
部屋のベッドの前にぺたりと座ると、隣に津和野が腰を下ろした。
「大丈夫…っていう顔じゃないね。何かあったの?」
先程まで泣いていたことがバレバレの顔だった。手を伸ばしてきた指先が涙の跡をこする。
一度は首を横に振った俊輔だったが納得する津和野ではない。
「食堂にいるかと思って見に行ったらいなかったから。この様子じゃご飯も食べていないんでしょ。具合でも悪くなったのかと思ったけど違うみたいだね」
優しい口調だが尋ねてくることは容赦ない。
疲弊感たっぷりの俊輔に労わってくる態度が嬉しいような悲しいような…。
ぽっかりと空いた隙間に静かに染み込んでくる声音と宥めてくれる指先に縋りたくなる。
「…疲れちゃった…」
ぽつりと呟いた言葉と共にまた涙が浮かんで流れ落ちた。
自分がどこで何をしたらいいのか、何が自分のためになるのか、見失っていた。
「俊くん?」
伺うように覗きこんできた津和野が肩を抱いて、そっと胸を貸してくれる。
嗚咽まであげはじめた俊輔に、津和野も口を閉じる。
「何があったんだか…」
津和野はそれ以上聞くこともせず、ただ黙って泣き崩れる俊輔の背を撫でてくれた。

18歳という歳は決して親に甘えたい年でもない。だけど高校を卒業して一人暮らしになった時、正直不安はあった。
借金を返しながら家族を支えなければならない、そんな重責も背負っていた。
例え会話がなくても、そばにいてくれた家族の存在がどれほどありがたかったのか。一人になってしみじみと感じた。
そんな中でも親しくしてくれた人たち。仕事の評価だけでもされれば嬉しかった。
誰かに甘えられるということを覚えてしまったのかもしれない。
どんどんと崩れていく自分自身が分かる。耐えなきゃ…、頑張らなきゃ…、と思うのに、反面で気持ちが全くついていかなかった。
誰かにそばにいてほしい。責められるのではなく励ましてほしい…。
職場の中でも諍いなんてなかったから、今日の倉岳の掌を返したような態度はとても堪えた。
親しくしていた吉賀との間を失わなければいけないのも辛いことだった。
病気までして、弱くなった心が悲鳴を上げていた。

気付くと俊輔はベッドで丸まるようにして眠っていた。
泣き疲れて眠ってしまったのだろうか。まるで子供みたいだな…と苦笑いが浮かぶ。
津和野は帰っていったのだろうか。置いていかれたような淋しさはあったが、またこうして俊輔に構うことで、津和野も周りから何か言われたら困る。

…一人には慣れている…。

…そうか…、とふと気付いた。
倉岳だって厳しい現実の中で生き抜いているのだ。噂が真実でなかったとしても、何から何まで手をかけられている俊輔を『甘えている』と見るのは当然かもしれない。
たぶんきっと、倉岳もこうして誰かに寄りかかりたい心境でいるのだろう。
嫉妬みたいなものかな…と倉岳の行動を振り返る。
それでも吉賀と津和野の名前を出し、『体を売ってこい』的な発言は精神的なショックが大きかった。

カチャリと外から鍵が開けられる音に心臓が飛び上がった。
時刻は夜中とは言えないが、それでも遅い時間である。
こんな時間に誰が…?!

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ただそこにいて 14
2011-09-07-Wed  CATEGORY: ただそこにいて
思わずベッドの上で身構えてしまった俊輔の視界に飛び込んできたのは津和野だった。
「せ、んせ…?」
「あぁ、ごめん。起きていたんだ。ちょっと待ってて」
いつもの明るい笑顔で答えながら、津和野は一旦ドアを出る。
外で誰かと話をしているようだった。声の様子からして管理人だろう。
部屋を開けるのに、わざわざ管理人を呼んで解錠施錠をさせていたらしい。
そんなことしていては、管理人にも迷惑をかけたのだと思った。
津和野が相手では、断れなかったのだろうか…。

肘をついて起き上がった俊輔のそばに寄ってきた津和野はベッドの端に腰かける。
「気分はどう?少しは落ち着いたかな」
泣いた顔が腫れぼったいのがなんとなく分かる。片頬を津和野の手に包まれて、気が抜けるかのように肘の力が抜け、ぼすんっとシーツの上に頭が落ちた。
「ごめんなさい…」
いきなり泣き出して心配をかけているのは知れる。だからこうして夜であるのにまた来てくれているのだろう。
「俊くんが謝ることなんて何もないよ。君は頑張り屋さんだからね。疲れた時は素直にそう言えばいいんだ」
髪を撫でてくれる手が温かい。いつでも力になると言われているようだった。
こうやってスーと入ってくる大人はちょっとズルイと思ってしまう。
津和野だからこそなんだろうか…。
「仁多くんから少し話を聞いたけれど…。あとで俺も早良に会ってみるよ。あんなことを言い出すような子じゃないんだけどな」
津和野は倉岳のことも良く知るようだった。勤務歴が長いのだから当然といえば当然だが…。
倉岳も燻っているものがあると判れば津和野も気になってくるのは頷ける。
俊輔だっていきなり態度の変わった倉岳に動揺し、いまだに何があったのか理解できないでいるくらいだ。
こういった問題解決は津和野に任せてしまうのがいいのかもしれない。
間違った噂も津和野が説明してくれた方が説得力がある。
「俊くんも気にしないでいつもどおりに過ごせばいいから。仁多くんが心配していたよ。それこそ今度は俊くんに冷たくされて落ち込む仁多くんの慰め役をやらなきゃいけなくなるんだけど」
俺は俊くんみたいな可愛い子がいいな、と茶化されて少し心が和む。
吉賀が落ち込んでいるところは想像ができなかったけれど、今自分がされているように津和野に頭を撫でられている吉賀を思い浮かべたらクスリと笑みがこぼれた。
それをすかさず、「今鳴いた烏がもう笑ってる」とからかわれた。

不思議だ…。これが津和野の持つ『魔力』みたいなものなんだろうか。
一緒に労働していて生まれる連帯感のようなものは何もないのに、人を惹き付けていく。
いつも一緒にいないのに人をしっかり見て、物事を分析してしまう。
みんなから慕われる理由をまた一つ、見た気がした。

明日吉賀に会ったら素直に謝ろうと思った。
誰にだって親切な吉賀をみんなが知っている。俊輔が独り占めしているわけじゃない…と。

「じゃあ俺は今日、俊くんの隣で寝て行こうかな」
なんの躊躇いもなく布団の上から俊輔の体を抱きしめられたことに、俊輔は驚いて「うわっ」と声を上げた。
「せんせーっ!」
照れて真っ赤になる俊輔をクスクスと笑って放してくれない。
布団でくるまれているために手足の自由は一つもきかなかった。
津和野にすればじゃれている程度なのだろうが、いかせん俊輔はこういったことに慣れていない。
「やーっ、先生ってばぁっ」
「俊くん、もしかしてバージンですか。あぁ、美味しそう」
「何言って…っ!!」
余計に心臓が跳ねあがる。こんなにはっきりと言われたこともない。
どんな反応をしろというのだろう。
津和野はしばらく俊輔を解放せず、からかって遊ばれた。
一頻り弄ばれた後、「俊くんて本当に可愛いね」などとほざきながら腕の力を抜いていく。
「これだけ元気になれば大丈夫かな。体の方も問題ないみたいだし」
本来の目的はこちらだった、というように、津和野の掌が額に当てられる。
ジタバタしていた俊輔の動きがピタリと止まる。津和野の笑みはからかいを含まないいつもの優しい笑みだった。
ふと、気分がすっきりしていることに気付いた。
さっきまでの落ち込みを完璧なくらいまで一掃されたような感じ…。
津和野は「ちゃんとご飯食べて良く眠ってね」と言い置いて部屋を出ていった。
この先生がここにいてくれて良かったと、今ほど思った時はないかもしれない…。

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【私信】K様 メール送っておきました。
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ただそこにいて 15
2011-09-08-Thu  CATEGORY: ただそこにいて
翌日倉岳は出勤してこなかった。
朝吉賀と顔を合わせると心配そうに俊輔を見てくる。
昨日の騒動を知る周りのみんなは、俊輔の方が休むんじゃないかと思っていたらしい。
それくらい気落ちして帰っていく後姿を見送っていた。

自分で避けてしまった吉賀に俊輔から近付くと、硬かった吉賀の表情が俄かに緩んだ。
「俊輔…」
「あ、吉賀…、昨日はごめんね…。俺、ちょっと色々考えちゃって…」
「ん…。良かった…。夜にさ、津和野先生が来て…。あの後、会った?」
俯き加減で話しかけた俊輔に、吉賀は周りに気遣って小声だ。
俊輔が出勤できるまでに回復したのは津和野が関わったからだろうとは、吉賀も気付いている。
津和野と吉賀のやりとりは、詳細まではなくてもどんな内容だったのか、想像がついている。知っていると、頷く程度に留めておくと吉賀も理解したらしい。
今回のことには吉賀も振り返りたくない内容が含まれていたから、さりげなく「判った…」と返すだけで、それ以上口にはしないでくれた。
今は俊輔が出勤してきてくれたことで満足を得たいようだった。

しばらくしてから班長の元に、倉岳を津和野が預かっていると連絡が入った。
もともと無断欠勤する気だったらしいのを津和野が捕まえたとのことだった。
酷い言われようはしたが、やはり言葉に出した倉岳自身も本心では傷ついていたのではないかと俊輔は思う。
だから顔を合わせづらいと感じたのは倉岳のほうで…。それが『欠勤』しようという考えに向かったのではないだろうか。
今まで積み上げてきた職場での仲間という存在位置があるだけに、こんなことでお互いがギクシャクするのは残念であるように感じた。
何が原因だったのかは、津和野が明らかにしてくれるだろう。
俊輔の気持ちを元に戻してくれたように、津和野であれば何かの魔法を使ってくれるのではないかと期待してしまう。
あとは倉岳の気持ち次第なのかもしれないが…。

昼飯の時間、食堂の席は大概同じ班の人間同士で固まってしまう。
もちろん交流のある人間もいるわけで、この時間に班以外の人と約束している…なんて光景も見受けられた。
昨日の事があるからなのか、吉賀はできるだけ、というように、俊輔からあまり離れようとしなかった。
誰かに掴みかかられるような事態は未然に防いでやる、くらいの意気込みらしい。
そのことは俊輔にとってとても嬉しい出来事ではあるのだけれど…。

今も8人掛けのテーブルの端を陣取り、向かい合って座っている。
「俊輔、今夜、二人で飲まない?」
まるでかき込むように食べる他のみんなを尻目に、席につくと目の前の吉賀が俊輔に語りかけた。
ようやく味噌汁に手をつけたばかりの俊輔は突然のことに汁椀を口元に寄せ、その上から吉賀を見返す。
「?」
視線だけで吉賀は俊輔が抱いた疑問を理解した。
「たまには良くない?俺の部屋にくればいいし」
いつもの元気いっぱいの声よりもワントーン落とされた声音は、周りの人間を自分たちの会話に入れたくない心情が表れている。
昨日、あからさまに俊輔と吉賀、という組み合わせを口にされたこともあるからなのだろうか…。
だったら何もこんな人気のあるところで話を出さなければいいものを…と思いつつ、少しの人間でもさりげなく話が伝わっている方が隠し事をしていないと言っているようなものなのか。
堂々としていることで妙な噂が立つこともない。

仲間内で誰かの部屋に集まって雑談をすることもある。
吉賀の部屋に行くことも初めてではない。
別に会社と寮が生活の全てではないから、当然外の店に飲みに出る人もいるし、外泊をして帰ってこない人もいる。
ただ、俊輔の状況を知るからなのか、誘われる時はほとんど寮の部屋内で軽く飲んで気晴らしをする程度だった。
一応、割り勘を前提にしているので、相応の金額は受け取ってくれるが、明らかに控え目な金額を告げられることばかりだ。
吉賀が頑なにそれ以上を受け取ることを拒否するので、俊輔も甘えさせてもらってきた。

「ん…。どうしようかな…」
「俺、俊輔と飲みたい気分なんだけど…」
考える仕草を見せる俊輔に、ご指名で呼ばれては悪い気はしないし、それどころか嬉しすぎるくらいで、俊輔の心臓がドクンっと跳ねる。
こんなふうに誘われたことなど過去にあっただろうか。
「…う、ん…」
ここまで言われて断ることなんて俊輔にはできるわけがない。静かに頷くことで返事をすると、吉賀がニコリと笑みを見せる。それだけで俊輔は顔が赤くなりそうになって困ってしまう。
やっぱり吉賀の俊輔に対して近寄ってきてくれる態度はほんわりと俊輔の心を温かくしてくれるものだ。津和野とはちょっと違う。
たぶん今日も、昨日遠ざけてしまった二人の間を埋めたいからこそ、なんだろうと察しがついた。
噂にされることは吉賀にとって迷惑な話なのだろうが、実は少しだけ嬉しかった気持ちは俊輔の心の奥底に押し込められる。

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