枕を涙で濡らしていた時に、部屋の呼び出し音が鳴った。
吉賀はもう鍵を持っていなかったから勝手に入ってくることもできない。
心配させているのは充分なほど知れていたけれど…。自分と深く関わることでこれ以上の誤解を周りに撒きたくなかった。
今、ここにやってくるとしたら吉賀しか思い浮かばない。
会って優しくされたらグズグズと甘えてしまいそうで、呼び出し音を無視することにした。
人を放っておかない。そこもまた吉賀の人の良さだ。
無視を決め込んでいると、コンコンとドアを叩かれる音に変わる。
それから「俊くん?いるでしょ?」と静かな部屋にくぐもった津和野の声が届いた。
吉賀だとばかり思っていたから、津和野の声は意外だった。
「俊くん。今日仕事はどうだった?体調も確認したいからここを開けて」
津和野の口調はいつもと変わらない。
倉岳には俊輔が津和野をかどわかしたように言われたが、今の俊輔にとってメンタル面も見てくれる津和野の存在はあまりにも大きい。
真実を知っても受け止めてくれる懐の大きさを持つ人だと認め過ぎている。
ドアを開けると津和野が俊輔の姿を見て、少し眉根を寄せた。
何かを感じ取ったかのように、背中に手を当てられて中に入るよう促される。
部屋のベッドの前にぺたりと座ると、隣に津和野が腰を下ろした。
「大丈夫…っていう顔じゃないね。何かあったの?」
先程まで泣いていたことがバレバレの顔だった。手を伸ばしてきた指先が涙の跡をこする。
一度は首を横に振った俊輔だったが納得する津和野ではない。
「食堂にいるかと思って見に行ったらいなかったから。この様子じゃご飯も食べていないんでしょ。具合でも悪くなったのかと思ったけど違うみたいだね」
優しい口調だが尋ねてくることは容赦ない。
疲弊感たっぷりの俊輔に労わってくる態度が嬉しいような悲しいような…。
ぽっかりと空いた隙間に静かに染み込んでくる声音と宥めてくれる指先に縋りたくなる。
「…疲れちゃった…」
ぽつりと呟いた言葉と共にまた涙が浮かんで流れ落ちた。
自分がどこで何をしたらいいのか、何が自分のためになるのか、見失っていた。
「俊くん?」
伺うように覗きこんできた津和野が肩を抱いて、そっと胸を貸してくれる。
嗚咽まであげはじめた俊輔に、津和野も口を閉じる。
「何があったんだか…」
津和野はそれ以上聞くこともせず、ただ黙って泣き崩れる俊輔の背を撫でてくれた。
18歳という歳は決して親に甘えたい年でもない。だけど高校を卒業して一人暮らしになった時、正直不安はあった。
借金を返しながら家族を支えなければならない、そんな重責も背負っていた。
例え会話がなくても、そばにいてくれた家族の存在がどれほどありがたかったのか。一人になってしみじみと感じた。
そんな中でも親しくしてくれた人たち。仕事の評価だけでもされれば嬉しかった。
誰かに甘えられるということを覚えてしまったのかもしれない。
どんどんと崩れていく自分自身が分かる。耐えなきゃ…、頑張らなきゃ…、と思うのに、反面で気持ちが全くついていかなかった。
誰かにそばにいてほしい。責められるのではなく励ましてほしい…。
職場の中でも諍いなんてなかったから、今日の倉岳の掌を返したような態度はとても堪えた。
親しくしていた吉賀との間を失わなければいけないのも辛いことだった。
病気までして、弱くなった心が悲鳴を上げていた。
気付くと俊輔はベッドで丸まるようにして眠っていた。
泣き疲れて眠ってしまったのだろうか。まるで子供みたいだな…と苦笑いが浮かぶ。
津和野は帰っていったのだろうか。置いていかれたような淋しさはあったが、またこうして俊輔に構うことで、津和野も周りから何か言われたら困る。
…一人には慣れている…。
…そうか…、とふと気付いた。
倉岳だって厳しい現実の中で生き抜いているのだ。噂が真実でなかったとしても、何から何まで手をかけられている俊輔を『甘えている』と見るのは当然かもしれない。
たぶんきっと、倉岳もこうして誰かに寄りかかりたい心境でいるのだろう。
嫉妬みたいなものかな…と倉岳の行動を振り返る。
それでも吉賀と津和野の名前を出し、『体を売ってこい』的な発言は精神的なショックが大きかった。
カチャリと外から鍵が開けられる音に心臓が飛び上がった。
時刻は夜中とは言えないが、それでも遅い時間である。
こんな時間に誰が…?!
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吉賀はもう鍵を持っていなかったから勝手に入ってくることもできない。
心配させているのは充分なほど知れていたけれど…。自分と深く関わることでこれ以上の誤解を周りに撒きたくなかった。
今、ここにやってくるとしたら吉賀しか思い浮かばない。
会って優しくされたらグズグズと甘えてしまいそうで、呼び出し音を無視することにした。
人を放っておかない。そこもまた吉賀の人の良さだ。
無視を決め込んでいると、コンコンとドアを叩かれる音に変わる。
それから「俊くん?いるでしょ?」と静かな部屋にくぐもった津和野の声が届いた。
吉賀だとばかり思っていたから、津和野の声は意外だった。
「俊くん。今日仕事はどうだった?体調も確認したいからここを開けて」
津和野の口調はいつもと変わらない。
倉岳には俊輔が津和野をかどわかしたように言われたが、今の俊輔にとってメンタル面も見てくれる津和野の存在はあまりにも大きい。
真実を知っても受け止めてくれる懐の大きさを持つ人だと認め過ぎている。
ドアを開けると津和野が俊輔の姿を見て、少し眉根を寄せた。
何かを感じ取ったかのように、背中に手を当てられて中に入るよう促される。
部屋のベッドの前にぺたりと座ると、隣に津和野が腰を下ろした。
「大丈夫…っていう顔じゃないね。何かあったの?」
先程まで泣いていたことがバレバレの顔だった。手を伸ばしてきた指先が涙の跡をこする。
一度は首を横に振った俊輔だったが納得する津和野ではない。
「食堂にいるかと思って見に行ったらいなかったから。この様子じゃご飯も食べていないんでしょ。具合でも悪くなったのかと思ったけど違うみたいだね」
優しい口調だが尋ねてくることは容赦ない。
疲弊感たっぷりの俊輔に労わってくる態度が嬉しいような悲しいような…。
ぽっかりと空いた隙間に静かに染み込んでくる声音と宥めてくれる指先に縋りたくなる。
「…疲れちゃった…」
ぽつりと呟いた言葉と共にまた涙が浮かんで流れ落ちた。
自分がどこで何をしたらいいのか、何が自分のためになるのか、見失っていた。
「俊くん?」
伺うように覗きこんできた津和野が肩を抱いて、そっと胸を貸してくれる。
嗚咽まであげはじめた俊輔に、津和野も口を閉じる。
「何があったんだか…」
津和野はそれ以上聞くこともせず、ただ黙って泣き崩れる俊輔の背を撫でてくれた。
18歳という歳は決して親に甘えたい年でもない。だけど高校を卒業して一人暮らしになった時、正直不安はあった。
借金を返しながら家族を支えなければならない、そんな重責も背負っていた。
例え会話がなくても、そばにいてくれた家族の存在がどれほどありがたかったのか。一人になってしみじみと感じた。
そんな中でも親しくしてくれた人たち。仕事の評価だけでもされれば嬉しかった。
誰かに甘えられるということを覚えてしまったのかもしれない。
どんどんと崩れていく自分自身が分かる。耐えなきゃ…、頑張らなきゃ…、と思うのに、反面で気持ちが全くついていかなかった。
誰かにそばにいてほしい。責められるのではなく励ましてほしい…。
職場の中でも諍いなんてなかったから、今日の倉岳の掌を返したような態度はとても堪えた。
親しくしていた吉賀との間を失わなければいけないのも辛いことだった。
病気までして、弱くなった心が悲鳴を上げていた。
気付くと俊輔はベッドで丸まるようにして眠っていた。
泣き疲れて眠ってしまったのだろうか。まるで子供みたいだな…と苦笑いが浮かぶ。
津和野は帰っていったのだろうか。置いていかれたような淋しさはあったが、またこうして俊輔に構うことで、津和野も周りから何か言われたら困る。
…一人には慣れている…。
…そうか…、とふと気付いた。
倉岳だって厳しい現実の中で生き抜いているのだ。噂が真実でなかったとしても、何から何まで手をかけられている俊輔を『甘えている』と見るのは当然かもしれない。
たぶんきっと、倉岳もこうして誰かに寄りかかりたい心境でいるのだろう。
嫉妬みたいなものかな…と倉岳の行動を振り返る。
それでも吉賀と津和野の名前を出し、『体を売ってこい』的な発言は精神的なショックが大きかった。
カチャリと外から鍵が開けられる音に心臓が飛び上がった。
時刻は夜中とは言えないが、それでも遅い時間である。
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久しぶりです
このところ忙しくしていて、ゆっくり訪問できなかったので久々のコメです。
俊輔くん自分もいろいろ大変なのに、意地の悪いことを言う倉岳の心中まで斟酌するなんて、なんていい子なんでしょう。
自分から求めたわけでもないのに、周りからはそう見られてしまうなんて、みんなも相当余裕のない生活なのでしょうね。
そんな中での一条の光をどうか遠ざけてしまわないようにしてほしいものです。
このところ忙しくしていて、ゆっくり訪問できなかったので久々のコメです。
俊輔くん自分もいろいろ大変なのに、意地の悪いことを言う倉岳の心中まで斟酌するなんて、なんていい子なんでしょう。
自分から求めたわけでもないのに、周りからはそう見られてしまうなんて、みんなも相当余裕のない生活なのでしょうね。
そんな中での一条の光をどうか遠ざけてしまわないようにしてほしいものです。
甲斐様
こんばんは。ご無沙汰でした。
> 俊輔くん自分もいろいろ大変なのに、意地の悪いことを言う倉岳の心中まで斟酌するなんて、なんていい子なんでしょう。
> 自分から求めたわけでもないのに、周りからはそう見られてしまうなんて、みんなも相当余裕のない生活なのでしょうね。
> そんな中での一条の光をどうか遠ざけてしまわないようにしてほしいものです。
お忙しいのにコメントを残していただけて感謝です。
色々な状況に陥りながら人のことも考えられるようになるのでしょう。
ただのひがみ…なんですけど、倉岳も結構いっぱいいっぱいだったりして…。
周りの人が上手に支えてくれると思います。こんないい子なんですから。
一番分かっているのが吉賀であってほしいですが。
コメントありがとうございました。
こんばんは。ご無沙汰でした。
> 俊輔くん自分もいろいろ大変なのに、意地の悪いことを言う倉岳の心中まで斟酌するなんて、なんていい子なんでしょう。
> 自分から求めたわけでもないのに、周りからはそう見られてしまうなんて、みんなも相当余裕のない生活なのでしょうね。
> そんな中での一条の光をどうか遠ざけてしまわないようにしてほしいものです。
お忙しいのにコメントを残していただけて感謝です。
色々な状況に陥りながら人のことも考えられるようになるのでしょう。
ただのひがみ…なんですけど、倉岳も結構いっぱいいっぱいだったりして…。
周りの人が上手に支えてくれると思います。こんないい子なんですから。
一番分かっているのが吉賀であってほしいですが。
コメントありがとうございました。
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