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ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
ふたり 6
2012-04-14-Sat  CATEGORY: ふたり
コーヒーカップを持つ仕草や、ふわりと微笑む表情に見惚れていく。
静かに旭の話に耳を傾けてくれる。優しい雰囲気を醸し出す全てが旭をどんどんと惹きこませていった。
「取材?そんなのもあるんですか?」
「そりゃあね。見るものを見なきゃ、書くものも書けないでしょ」
「確かに…」
信楽のプライベートに突っ込んで聞いてしまうところがあっても、苦笑されながら答えてくれる。
多少誤魔化されているところはあるのだろうが、全く拒絶されていないのは嬉しいことでしかない。
外食などほとんどせず、意識して作られた料理は伊吹の健康を気遣うものだったのだとか、外でクタクタになった伊吹を少しでも休ませてやりたかったから、といらぬ話まで聞いてしまったが。
図々しくも「浅井さんの作ったご飯、食べてみたいです」と口にすれば、「伊吹と一緒にでもおいで」と返事をもらった。
そこには今でも伊吹の健康状態を心配する気持ちが見え隠れしている。
伊吹が一緒に行くとはとても思えないが、口実には使えそうだと算段を立てる。
伊吹がいたその位置に、ついてみたかった。

「出張みたいなもの?旅行とは違いますよね?」
「うーん。どうだろう。でも自分も楽しまないと率直な意見が言えないところもあるしね」
「なんか美味しい仕事、してませんか?」
「人によったらそう捉えられちゃうのかな。あくまでも仕事なんだけど」
「あ、そうですよね。俺なんかじゃ分からない苦労とかいっぱいありそう」
「仕事を楽しみに変えられたら、気分の持ち方も違うんじゃない?」
「浅井さんにとって仕事って楽しみなんですか?」
旭の問いかけに信楽は「どうだろうね」と曖昧にして微笑んだだけだった。
自分の思考能力などを試される誌面は、営業として活動する自分たちよりももっと過酷な状況にあるのかもしれないと旭は考える。
その中で渡っている信楽は素晴らしい文才があるのだろう。
そしてやりがいを持てること…。
落ち込みそうになる時、こんな大人に引っ張っていってもらえたらどれだけ感激だろう。
今の旭の脳内は、間違いなく信楽の隣にいる自分しか想像できていなかった。
夢見る世界が、激しい勢いで旭の脳内を占領していく。まさに『理想像』。

小一時間ほど話しただろうか。
すっかり夢中になって話し続けた旭だったが、タイミング悪く鳴った携帯電話に話が中断された。
別に出なくても良かったのだが、信楽に「どうぞ」と勧められて断れなかった。
会社からの電話は「あとどれくらいで戻れそうだ?」という確認事項だった。
「あー、今、多賀さんちにお邪魔させてもらっていて~ぇ…」
短いやりとりで通話を終わりにすれば、おかしそうに肩を震わせている信楽がいた。
なんだろうと旭が首を傾げると、「いや、君たちの話術には感心させられるよね」と、すぐさま言い訳が出る頭の回転を褒められる。
『君たち』には当然伊吹も含まれているのだろう。
伊吹が信楽の前で、どんな手で相手を巻いていたのかは知らないが…。
信楽にとって、それが『伊吹の嘘を見抜けなかった』ことに繋がるのだろうか…。
というより、今この場で、自分も『嘘をつく人間』という印象を与えてしまったのか…。
「話術…って…」
「口のうまさだよ。俺なんかじっくり考えてから言葉を書くことに慣れているけれど、その即座に発せる思考力は素晴らしいと思うよ」
「そんなふうに言われるとなんか…」
旭がぷぅと頬を膨らませると、機嫌が悪くなったことを感じ取った信楽が慌てて、でもニコニコとしたまま「ごめんごめん」と声をかけてくる。
「褒め言葉にしておいてよ」
「そんなこと言われたって…」
旭がますますむくれると、信楽の肩の揺れが大きくなった。
信楽が笑ってくれるのは嬉しいことだが、それが自分のこととなれば話は別だ。
「高島君、本当に素直で可愛いね。…って、あぁ、こう表現されるのは嫌なんだっけ」
過去の会話を振り返った信楽がまた訂正を入れる。
信楽に認められる『可愛い』は。今となっては嫌なものではない。こちらこそ褒め言葉だ。
旭は『素直』ついでに自分の気持ちを打ち明けた。
「それって、浅井さんの射程距離に入っているってことですか?」
伊吹の存在を忘れさせてくれる人物が現れた時、信楽はそちらに目を向ける気があるのだろうか。
その眼鏡に、自分は適うのだろうか。
旭の発言に、信楽の笑みが止まった。

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週末おやすみしま~す。
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ふたり 7
2012-04-16-Mon  CATEGORY: ふたり
穏やかだった時の流れに緊張が走る。
旭はまたしても、不要な発言をしてしまったのだと気付いた。
黙ってしまった信楽に「あ…」と後悔の表情を浮かべた。あからさまに表される旭の感情は、信楽にとって子供っぽ過ぎるものだろうか…。
伊吹が綺麗に感情を隠していく術を持つ人だとは旭も知っていた。
比べられたら…、伊吹には敵わないと真正面から言われてしまうのだろうか…。

信楽から目の前のコーヒーカップに視線を移す片隅で、ひとつの溜め息をついた姿が見えた。
「高島君は俺と伊吹がどんな関係だったのか知っているんだろう?その上で、ということかな。確かに”過去の関係”であるけれどね。でも申し訳ないけれど、しばらくは誰とも付き合う気にはなれない…」
信楽は旭の告げたい意味を汲み取っていた。
旭だけにとどまらず、かけられる声の多さも理解していて、だからこそ自惚れとまではいかなくても、恋愛ごとに簡単に結び付けられる。
失恋の痛手を負っているからなのか…。すぐに切り替えられない気持ちのことは理解できるけれど…。
全てを拒否してしまう態度に明るい未来を見出せないのかと問いたくなる。
「今はまだ…ってことですか?付き合うとか付き合わないとかじゃなくても、俺、もっと浅井さんのこと、知りたいです。そうやって少しずつ知って、最終的に決断してもらえるのでもいい。俺、今のこの時点で答えを出されたくないです」
旭の必死に縋る態度に信楽は何を思うのか…。
少しでも可能性があるのなら、そこに付け入りたい。
これは”営業根性”に似たものなのだろうか…。

「たまに会ってこういうふうに話をするだけでもいいです。だってまだ出会ったばかりでお互いに何も知らないし、俺のことも知ってほしいし、それで『合わない』って判断されるのだったらそれでも構わないです。でもこんな、知らないままで即断されるのは納得できないです。それとも、今の時点ですでにダメですか?」
食い下がる旭の態度に、信楽には困惑の色が映し出された。
…やはり、迷惑なのだろうか…。
「君の言うことは尤もだけれど、どの誰も恋愛対象にはならない」
「それって、多賀さんのことが忘れられないから?でも多賀さんはもう新しい人生を歩きだしちゃったんだし、浅井さんだって…」
「高島君」
静かに制されて、勢いで話しかけてしまった旭の口が閉じられる。
信楽は感情を露わにはしなかったが、困惑と共に怒りが含まれているのを感じるのは容易かった。
今度こそ、旭は一番突いてはいけない点を口走ったのだ。
「ありがとう。分かっているんだ。また別の問題が俺の中にあるんだよ」
信楽は冷静に、旭を責めることなく話を終わりにしようとする。
『別の問題』…。
さすがにそれを問う気力は、もう旭の中にはなかった。
見つめた信楽は苦々しそうに過去を振り返っているようだった。
癒しかけていたかもしれない傷を抉ったのは確かだった。
「あ…。すみません、俺、出しゃばり過ぎちゃって…」
「自分の気持ちを正直に言えるとはいいことだとは思うけれどね」
これまで数々の暴言を繰り返したはずなのに、相手を”褒める”ことを忘れない信楽を、やっぱり大人だなと感動する。
旭にはどこまでも沈着冷静な信楽の性格に、より一層惹かれている自分を認めざるをえなかった。
それなのに、この結果…。

沈黙が流れたことを、いい頃合いだというように、信楽が会計伝票を手にした。
「あ…っ、俺がっ」
「何言っているの。高島君に支払わせるなんて、俺の立場がないじゃない」
「でもっ」
「こういう時は大人しく『ごちそうさまです』って言える素直さも身につけたほうがいいよ。そう言ってもらえれば気分が良いから」
信楽の手に伸ばした旭をスッとかわされ、さらに諭される。
周りからの視線を考えても、そこは信楽のプライドでもあるのだろう。
『気分が良い』との発言には、これ以上信楽の機嫌を損ねないためにも、旭は言われた通り「ごちそうさまです」と小さく呟いた。
「ほら、笑顔で。その方がずっと可愛いから。…っと、あ…」
信楽も口走った言葉に、一瞬気まずさを浮かべたが、旭はもう今更だと開き直った。
何より、信楽にそう思ってもらえることは嫌ではない。
「いいです。浅井さんに言ってもらえるなら嬉しいですから」
旭の心境の変化を読みとったのか、最初と同じようにふわりと微笑んでくれた。
「君は本当に正直だね」
思ったままに言葉を重ねてしまうこと。
注意すべき点でもあるはずなのに、旭にはなかなか直せそうにないところでもある。

店の外で別れようとして、やっぱり旭は次の約束を欲しがっていた。
「もう会ってもらえませんか?メールとか、電話とか…、あの、そんなに深く考えないで…」
「その根性はさすが”営業さん”と褒めてあげるべきかな」
「う…っ」
フッと笑われて言葉に詰まる。しつこい相手…という意味に聞こえなくもない。
信楽が本当に旭を対象外と見ているのならともかく、少しでも可能性があるのなら、それまで潰してほしくはなかった。
一縷の望みでも残してもらいたい。
俯き、動揺と悔しさを滲ませると、頭上で小さな吐息が聞こえた。
「高島君には悪いけれど、伊吹の友達で…っていうことでいいかな?」
信楽の返事に、旭は内容を幾度も脳内で確認した。
それはつまり…、全く拒絶されているというわけではない…ということ?
「浅井さん…?」
「ただし、仕事中、言い訳を見つけてまで…というのは絶対にダメだから」
「今日みたいな…ってこと?」
「そう。勤務時間中はきちんと仕事をして。公私混同されるのは好きじゃない」
今日の場合、何時間過ごそうが、あくまでも伊吹は『勤務中』にあたるが、会社に言い訳までした信楽との時間は私事に当てはまる。
咎められるのは当然だった。
嫌な所を見せちゃったな…と思いながら、許可がもらえた旭は天にも昇る勢いで心を躍らせた。
「はいっ。約束しますっ」
元気な返事と、全身で表現される『ヨッシャーっ!!』には、クスクスと笑われてしまったけれど…。

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2012年上半期アンケートを貼りました。一日一回です。お待ちしておりまーす。
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ふたり 8
2012-04-17-Tue  CATEGORY: ふたり
現金なほどニコニコ顔で会社に戻り、今まで以上に張り切って仕事をする姿勢に、他の社員からは訝しそうな視線を向けられたが、そこは『可愛い』態度でかわしてしまう。
他の社員も伊吹のことは良く知っていたから、何かの悪知恵でも吹きこまれてきたのではないかと心配される部分もあった。
口が上手いのはどうしたって伊吹であって、この不動産会社の人間もうまく丸めこまれているところがないわけでもない。
伊吹に対しても『可愛さ』で曖昧にされている…とは口に出せないが…。

旭は仕事をこなしながら、次に信楽と出会える日のことを考えた。
サボるわけではないが、勤務時間中に会うのがダメとなれば、当然仕事が終わった後の夜か、休日になる。
信楽の仕事上、いつが一段落つく時間なのか、また休日になるのかはまだ知らない。
その詳細を信楽に聞くのが一番だろうが、先に情報を仕入れるべきだろうかと、伊吹の顔が浮かんだ。
…とはいえ、今更伊吹に信楽のことを尋ねるのは酷なような気がするし、何より伊吹に信楽を振り返らせたくない焦りのようなものも生まれる。
信楽が伊吹に想いを残していると分かったからこそ…。
そこで、ハタっと旭の脳裏を横切るものがあった。
信楽は『伊吹の友達として…』と言った。それはつまり、旭を通じて伊吹と接触を図ろうという魂胆があるのだろうか。
現に旭の目の前で伊吹は信楽から逃げ出したような態度でいた。
直接話をするのが無理だと感じたのなら…。
そう思いかけて旭は頭を横に振る。
いくらなんでも、信楽がそこまで汚い手を使うとは思えない。
単純に知りあえた一環として、旭を受け入れてくれたのだと信じたい。

とはいえ、一度巣食った感情はなかなか消えていかない。
信楽が口にした『別の問題』も気になった。そのことまで、伊吹は知るのだろうか…。
彼を縛るものはなんなのだろう。
過去の失恋があったとしても、『誰も恋愛対象にならない』と言い切った台詞…。
一応、あくまでも今のこの場では、旭を受け入れてくれたような仕草を見せてくれたけれど…。
ただの社交辞令として、この先も断られ続けることはありえる。
そう…。”勤務時間はダメ”と言ったその台詞からも…。

だけど食い下がらない根性は、仕事が終わると同時に、信楽にメールを入れていた。
それこそ、社会人としてのプライドをかけて(?)、精一杯社交辞令的な文面で送った。
変に親しんだ様子を見せるから、引かれてしまうのではないかという不安を宿しながら…。

『高島です。今日は楽しい時間をありがとうございました。次回は是非、コーヒーの一杯かビールの一杯だけでも奢らせてください。お時間が取れる日ってありますか?』

他人に言わせればどこが”社交辞令”だとツッコミを入れられそうだが、旭にしてみたら、”全面的にお任せしますが、そのうちの一杯だけでも”というささやかな願いが込められている。
信楽のことだから、今日のように、”全額”などとは絶対に受け取らないだろう。
あとはそれ以上の時間が持てることを祈って…。

信楽からの返事はしばらくこなかった。
旭の友人の周りでは、比較的すぐに返ってくる連中が多かったから、信楽から待たされる間はヤキモキとするしかなかった。
帰りの道中、訳も分からなく携帯電話を眺め、コンビニで夕食を買い、一人暮らしのワンルームに戻って、今後をどうしようかと悩んでしまう。
いつ鳴るか…という思いが、バスルームすら遠ざからせていた。
「はぁぁぁ…」
盛大な溜め息が零れるが、これ以上しつこいように、重ねたメールも電話もできない。
諦めて飛び込んだバスルームで、浴びるだけのようなシャワーを済ませて出てくる。
まだ夕食に手をつけていない空腹感も煽ってくれた。
床に散らばっていた雑誌と衣類を適当に部屋の隅に寄せて、ローソファーの前にあるテーブルの前に空間を作る。
リモコンでテレビに電源を入れ、「あーっ、もーっ」と、誰に八つ当たりしていいのか分からないモヤモヤを抱えて冷蔵庫に向かった。
缶ビールを取り出してはヤケ酒気分でその場でプルタブを開けた。
今は外せない用事が入っているのかもしれない…。必死でそう思おうとする。
営業で出た自分だって、無視(後に必ず連絡は入れているが)した人間は何人…と思うと、たかが一、二時間で騒ぎ立てる方が失礼だと重々承知していた。
今になって、待つ人間の心理を知ったような気分だ…。

テーブルに座って、味気ない食事をしている真っ最中に、ようやく携帯電話の着信音が響いた。
旭は取るものとりあえず、全てを投げ打って、必死に画面に食いつく。
待ち焦がれた信楽からの返信だったが、表示された文字は無情なほど冷たかった。

『お仕事終わったんだね。お疲れさまでした。今日の打ち合わせで入った仕事で当分忙しくなりそうです。またこちらから連絡します』

労いの言葉はあっても、続く羅列…。
信楽から連絡が入るまで、旭からは何もしてくるなと…。
それが仕事の邪魔になるのだと、暗に伝えられているようだった。

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あっという間に低気圧だね…。
伊吹がすぐにチューとかホテルとか行ってたのに…。こっちは停滞前線ですか…。

そうそう、アンケですが、コメントいただくとすごく想像しやすいです。
今頂いているコメントだけで、『あ~、こんなシチュは?』と一人腐世界に入ってます。
でも書くのは結局一組(←たぶん…きっと…。そう言いながら去年散々書きまくった←アンケ意味なしでしたが)なんですけれどね…。
(ここでネタをもらっている私ってなんなんだろうな…ぁ…。)
省いているんですけれど、選択欄に全CP上げたほうがいいですかね…。
『かずはシロップ漬け』ってだれかにいただいていたなぁ…(←書きたいのはいっぱいあるの。リクもらって)
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ふたり 9
2012-04-18-Wed  CATEGORY: ふたり
仕事で会えないなら、せめて一日一回のメールで会話でもしよう、と旭の気分の切り替えは早かった。
『会う』こと以外の話で信楽のことを聞いていけばいいし、自分のことを知ってもらえばいい。
顔が見えないから真相ははかれないけれど、少しずつでも読み解いて核心に迫っていくことは可能だろう。
あとは返信があるかどうかなのだが…。
また会えることを楽しみにしていることと、仕事頑張ってください、と、またメールします、と簡潔な文を送った。
きっとこれに返ってくるものはないだろう。そう思いながらため息とともに携帯の画面を閉じる。
だけど、”またメールする”の一文に、今後の着信を嫌わないで、と願いが込められた。
時間が開いても返信をくれた信楽に、感謝すべきなのだと思う。
それを待つ時間を、イライラより、ドキドキワクワクに変えられるだろうか…。
案の定、その日、信楽から続くメールは返ってこなかった。

夜、仕事が終わった後に信楽とメールをする日々が続いた。
思いの外、信楽は嫌がっていないようで、二、三度往復があったりする。
時間があいても返ってくることに大喜びし、…だけど、最終的に返信がないことで今日一日の”会話”が終わることを感じた。
内容は他愛のないものばかり。
だが、信楽の私生活を探れるものに違いはなかった。

ある日は、『今日も夕食はコンビニ弁当です』と送ると『栄養は大丈夫?』と心配され、『浅井さんは?』と尋ねたことにダイニングテーブルに並べられた数々の料理の写メが届いて感激したものだ。
そしてその料理を何より食べてみたかった。
速攻で『うまそうっ』と送る。そこに返信はなかったけれど、不思議と、ふわりと微笑んでいる信楽の姿が浮かんだ。
それから何故か、『今日の夕ご飯はなんですか?』という質問が続くようになった。
本当に驚くことに、ほとんど信楽は手作りしていた。
旭では考えられない日常が携帯電話の画像の向こうに広がっている。
そんなある日、控え目に過ごしていたのだがとうとう、旭は『食べたい』と我を押した。
随分と長いこと、返信がなくて、今日の”会話”は終わりかと思った頃、鳴り響いた携帯電話には意外なことに『今度食べにおいで』という文字が浮かんでいた。
「まじでぇぇぇ?!」
そこには『伊吹と一緒に』とも入っていない。
思わず絶叫する旭は幾度も画面を見て、何度も読み直す。
これは完璧、個人的な誘いと受けていいのだろう。しかも自宅…。
長いこと待ち続けていた暗闇に一気に太陽の明りが差したような気分だ。
旭は待ち切れずに『いつお邪魔してもいいですか?』とすぐさま約束を取り付けようとした。
イライラ(ワクワクともいう)する時間を30分ほど過ごし、ようやく返ってきたメール。
信楽がすぐに返信をしてこない人間だとは、今までのやりとりで知った事でもある。
言葉を慎重に選ぶ…と言ったこともなんとなく納得がいった。すぐにやりとりをする旭の周りの人間とは違う。
その端々で”落ち着き”を感じることでもあったし、旭を傷つけない言いまわしを選ばれていることは、気遣われていると思わせてくれた。
蔑ろにしない態度は嬉しいだけで、旭をふわふわとさせる。
『いつでもいいよ。高島君の都合がつくときに』
まさかの返事に、旭は寛ぎまくっていたベッドの上で飛び上がる。
「ほんとにぃぃぃ?!」
ここまでくれば旭が返せる言葉などただ一つだ。
『では明日は?』
あまりにも急な話であることは承知しているが、待ち切れないのが旭の性格でもある。
後回しにして後々都合を聞かれるくらいなら、今この場で決めてしまいたい。
信楽は電話ができる時間なのだろうか…。
…声を聞いて、嫌われていない雰囲気を少しでも感じ取りたい…。
そう思うものの、信楽の生活を邪魔するようで、メールから電話へのシフトはできず、ひたすら相手の出方を待つことしかできなかった。
今回の返信は早かった。
『大丈夫。会社から出る前に連絡をください。住所は…』
詳しい道順など説明しなくても、住所さえ知らせてしまえば辿り着ける旭だ。
そのことを信楽も承知しての連絡事項なのだろう。
初めて聞けたプライベートルームとも言える。そこを教えてくれた、気を許してくれたこと…。
「よっしゃぁーっぁっ!!!」
気合の入りまくった声は、近所迷惑となっていてもおかしくないくらいの大声だった。

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少々短いですが…。

(アンケリクくださいって書いたら早速のコメに"安住先生、一葉の教育に乗り出すの巻"をもらって爆笑しました。
『お座り』ねぇ…。やっぱり読者様の脳内は新鮮ですよね~♪
そして思いがけないことにヒサシ&那智が票を伸ばしていてびっくりです。)
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ふたり 10
2012-04-19-Thu  CATEGORY: ふたり
翌日、信楽から誘いを受けた旭がまともな仕事などできるはずがなかった。
2DKのマンションに案内した新婚らしいカップルに対しても、「一緒に住めるっていいじゃないですか~。広すぎて離れるより、そばにいてお互いを感じられる方がいいですよ~」と個人的な意見が混じる。
いや、個人的な意見が入るのは今までもあったことだったが…。
信楽の言葉があるせいか、イチャイチャベタベタする奴らが羨ましくて、嫌味すら零れてくる。
そんなトゲトゲしい発言は控えられるべきなのだが、旭の言葉に納得してくれるところもあるようだった。
憧れは人を刺激していたりする。
『一緒にいられる』…。
いまの旭にとっては夢のような空間で、そうなれる人たちが羨ましくて仕方がなかった。
そここそ、公私混同された職場だったのかもしれない。

「いぃ、間取りよね~」
「日当たりもいいよな」
そんな会話を後押しして、「人気物件なんですよ」とさっさと契約を促す。
いつか自分もこんなふうに誰か(誰かは今の頭の中に信楽しかいないが)とかわしてみたいものだと、憧れが渦巻いた。
彼らとは仮契約を結んで別れた。
一仕事を終えた気分は、いつもよりも清々しい。

「お先にしつれいしま~すっ」
何より早く帰りたい気持ちが勝った。
契約をもぎ取ってきた今、無駄な残業に付き合わせるほど無粋な社員たちではなかった。
仕事とプライベートを分けさせた信楽の発言は、旭の行動をテキパキと動かす元ともなっていた。
今までとは違う、効率の良い展開が日々繰り広げられている。
その良さは、旭より周りを囲む人たちが判断できるくらいだった。
旭の退社の挨拶にも快く見送ってくれる。
特に今日は、この後に待つ”なにやら”を感じるから、止めもしなかった…というべきか。
若い人の出会いを咎めない、そんな優しさがうかがえる職場は、働くにしても何にしても気持ちが良いものである。

旭はまっしぐらに信楽の家へと向かった。
会社を出る時におおよその到着時間は伝えてある。
早かったのか、驚かれたような返信はあったけれど、拒絶はされていなかった。
そのことはますます旭の気分を盛り上げてくれた。
信楽に何か手土産を用意するものだろう…。そう思いながらも、好みが何であるのかまだ知らない。
差し障りのない、日持ちのする焼き菓子を購入して、一路目的地へと足を速めた。
出迎えてくれた、久し振りに会う信楽は、前ボタンのシャツのいくつかをはずし、エプロンをかけたスタイルだった。
初めて訪れる…ということを忘れたように、自然と招き入れてくれる。
「思ったより早かったからびっくりしちゃったよ」
話しかけてくれる態度も違和感のない、友人を相手にしたようなもの。
そこには”恋愛感情”など存在しないのだろうか…。
それでもいいと望んだのは旭自身だったし、ヘタに突っ込んで今の関係が崩れるのも恐れた。
「あ…っと、キリついちゃったし…」
「もうすぐできるよ。その辺りに座っていてくれるかな」
案内されたリビングダイニングは、ほこりの一つも落ちていないほど綺麗に清掃され、無駄なものが何もない整理整頓された空間だった。
旭が暮らしている空間とは違いすぎる。
さらにそこに漂う香ばしい匂い。

居た堪れない思いがふつふつとわき起こってくる。
人の家を勝手に歩くのはいかがと思うが、じっとしてもいられなかった。
上着だけをソファの上に置いて、旭はキッチンにいる信楽のそばに寄った。
「え…、と、…あの…、俺、何か手伝えますか?」
タダメシを食べに来たわけではないし、できるだけそばにいたい…。全てをお任せする、情けない男になりたくはなかった。
旭の心情を読みとったのか、信楽は特に嫌がる素振りも見せなかった。
「本当に簡単な料理ばかりなんだ。…うーん、グラスとお皿を運んでもらおうかな」
旭の気持ちを蔑ろにすることはない。落ち着きのなさは感じられていることなのだろう。動くことで緊張を少しでも取りはらってしまうこと…。
すでに用意された食器をそれぞれダイニングテーブルに運ぶ。
取り分けられたスープカップや用意されたサラダボウルなどを順に運んでいるうちに、メインディッシュとなる魚のムニエルとフランスパンが整えられた。
どこのレストランのメニューだと旭は目を丸くする。

「い、いつもこんなの食べているんですか~っ?!」
「まさか。俺なりのおもてなし料理ってところかな。雑な所があるけど。高島君がくるっていうからね。でも満足いただけるかな」
「しますっ、しますっ、させていただきますっ」
どこの友人宅に訪れたところで、手料理でもてなされたことなど稀だし、しかもこんな高級に見える盛り付けは出てきたことがない。
不満など微塵も生まれないといったところだ。
半ば呆然としながら、促されるままに椅子に座った。

過去と比べたくはないが…。
伊吹は常にこのような料理を食べて過ごしていたのだろうか。
そして挙句には、何が気に入らなかったのか、別れたのだろうか…。
かつての、伊吹の席を、信楽は旭に譲り渡してくれる気があるのだろうか…。

複雑な思いが脳裏を横切るが、改めて顔を合わせて共に味わった食事に、変な思考が消えた。
『今の時間を楽しみたい』…。

過去、何があったかなどすでに知れたこと。
全てを受け止めて、それでもこの人が良いと思える感情。
今がフリーで、付き合っている人間がいなくて、こうして自分を呼んでくれる空間があること…。
ずっとメールだけで過ごした時間が、直接相手の顔を見て会話ができる。
出しゃばった言葉を発しているのかもしれないけれど、信楽はフッと笑って全てをやり過ごしてくれた。
話すことはほとんど旭のことだったのかもしれない。
質問には答えてくれるけれど、誤魔化される所も多い。
さり気なく話題を変えられて、それはいずれも旭の日常を聞いてくるものだった。
自分に興味をもってもらえたのかと、喜々として旭は口を開く。
ニコニコと笑顔を向けてくれる仕草に旭の想いは惹きこまれていく。

食べ終わった食器を揃って片付ける。
シンクの前にふたり並んだ時、間近に寄った信楽に旭から溜めこんでいた想いが突拍子もなく零れた。
何にも動じなさそうな風情。優しそうに見守ってくれる仕草。包んでくれる温かさが全身から溢れている。
これ以上離されるのが怖い…。

「キス…、してもいい?」
旭が告げ傾げた首の先に見えた、困惑の眼差し。

強引でもいい。…奪ってしまいたかった…。

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旭~っ!!(何も言わない…)
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