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ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
ふたり 11
2012-04-20-Fri  CATEGORY: ふたり
燻っていた想いはお互いにあったのだろうか…。
戸惑いを宿した信楽の瞳は揺れ、それを追いかけるように旭の目は縋りついていった。
濡れた信楽の手が迷うように手拭きへと移る。
小さな溜め息をこぼされ、今いる存在自体が邪魔なのかと焦りもした。
「浅井さん…」
そっと囁きかけた言葉。…彼の元へ踏み込めない現実を知りはしても…。どこかで追い求めている。
彼の返事を待つ時間などなかった。待ちたくなかったというほうだろう。
ぎゅっと抱きついた先。硬い筋肉が戸惑いながらも旭を包んでくれた。
旭は顔を上げる。戸惑う表情を無視して、想いのたけをぶつけるキスを贈った。
触れあわせるだけのものかもしれない。子供っぽいものなのか…。
でも嫌われるような抵抗がなかったことで安堵も生みだした。
信楽は、一切の抵抗をみせずに、おとなしく旭の出方をみまもってくれたようだった。

反応がない…。それはありがたいことになるのだろうか…。
旭は甘えたように、強く唇を押し付けた。
揺れる体を支えてほしくて両手が信楽の腕にしがみつく。嫌がってはいない信楽の腕が、旭の体を支えた。
それに気を良くしてそっと差し込んだ舌先。
絡め取ってくれる舌上がある。
撫でられる上顎は旭の感覚を刺激し、絡ませられる水音が耳に響いて更なる興奮を生みだした。
息が苦しくなる…。
「あ、…っはぁ…」
けしかけたのは自分で、束の間離れただけでもったいなさを感じ、もっと…と強請る。
その意味を理解するのか、信楽は止めることなく旭を貪ってくれた。
彼にとって、対象外ではない、その事実を突き付けられているようで喜びが湧きあがる。
嫌われているのなら、家に呼ばれることもないし、たとえけしかけたとしてもこうして受け入れてくれることなどないだろう。
唇を触れ合わせることに疲れた…といった感じで、ふたりに隙間ができた。
離れた時に旭は大きな吐息をつく。
信楽の胸元にもたれながら、全てが遊びで一時的なものでないことを祈った。
なにもかも旭が望んだことだけれど…。今現在信楽に特別な相手がいないと知ってはいるけれど…。
信楽が軽率に相手を求めたりなどしない人。旭だからこそ許してくれた相手。
そう思いたい…。

「浅井さん…」
ポツリと呟いた声に、やはり困惑した信楽の声が舞い降りた。
「困ったね…。俺も一人の男なんだって忘れてる?」
「いいです。浅井さんにだったらなにされても…」
「簡単にそういうこと、言うもんじゃないよ」
戸惑いはある。感じる。旭だけではなくて、信楽が持つもの。
だけど、伊吹と別れてから溜めこんでいたナニカはあるのだろう。
その一時しのぎになってしまうのかもしれないけれど。
“対象”として見られることが旭には嬉しいことだった。
始まりは”体”から。
それでもいい…。

旭は拒まないというように、もう一度唇を合わせた。
掴んだ手のひらを自分の首筋にあて、スッとシャツの合わせ目から下へと促す。
ヒクッと反応してしまった下半身に言い訳もしない。
ひとつの飢えをしのぐかのように、信楽の手が自ら旭の肌を舐めることに、ホッと溜め息が漏れる。
全ては嫌われていないとつながる。

「寝室に行こう…」
耳元で囁かれた言葉に、無言で頷いた。
夢の空間なのかもしれない。
…でも今、信楽は自分のものになる…。

体を明け渡しても、何を晒しても、欲しいものを繋ぎとめたい執着心。
自分がこんなに貪欲な性格だと初めて知った気分だ。
連れられる腕が、支えられる手のひらが熱くて、より興奮させてくれるものとなった。
ずっと控え目に過ごした日々。『好き』の言葉を今なら言っても嫌われないような気がする。
今だからこそ言えるような気がする。
誰とも付き合わないと言った信楽の本音は、旭を抱いた時にどう変わるのだろうか。
優しさの影に付け入りたい卑しさがふつふつと湧いた。
体を繋げられる…。それは弱みになるのか、武器になるのか…。

足元を照らすだけのようなオレンジ色の照明が宿る部屋で、ベッドを前にして真っ先に丸裸になったのは旭だった。

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ごめんなさい。全然書けませんでした。休もうかと思ったくらい…。短いですけれどお許しください。
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ふたり 12
2012-04-21-Sat  CATEGORY: ふたり
R15 ちょっとした性描写があります。閲覧にはご注意ください。


ガンガンとした発言と同じなのだろうか。進んでいく旭の行動に信楽は苦笑を浮かべる。
率先して裸になり、勝手にベッドの中に潜り込む姿は身勝手な行動になるのかもしれないが止まらない。
鼻腔を撫でる信楽の香りが身近に感じられた。
寄ってくる信楽も素肌を晒した。体から先に…と願ったのは旭なのかもしれない。

過去は知らない。伊吹がいかにして信楽を虜にしたのかも…。
今は、空いた時を埋める”代用品”なのだろうか。
信楽のことだから、そんな、ぞんざいな扱いはないだろうが…。
不安と緊張と、期待が溢れまくる。
抱いてもらえる…。不安は喜びにも変えられた。

信楽は旭の横に並ぶと、そっとその体を撫でた。
もう長いこと触れあわせることのなかった肌。信楽にしては怖かった部分がある。
かつて伊吹が…『満足できなかった』と言った性行為。トラウマ…。そういってしまってもいいのだろうか。
伊吹が置いていったものはあまりにも大きかった。
身の中に籠る熱と、脅え。抱きたいと思う気持ち。

動き回るからなのか、硬い筋肉を持ちはしても、身長のない旭は華奢なことにかわりはない。温かな肉体は可愛がりたいそのものだ。
『可愛い』…。その言葉を旭が嫌うからあえて口にはしないが…。
胸の内に湧き上がるものは同じ。

旭は胸に這わされた手のひらに、ピクリと震えて声をこらえる。
「…っ」
じっくりと味わうような動きに翻弄された。
急速に求めていくものではなく、確実に追い詰めていくもの。
「あ…」
感じたと分かる態度にふわりと信楽の笑みが浮かんだ。
「気持ちいい?」
そんなことはきかないでほしいと思う。
恥ずかしくて、だけど何かを言えば行動を止められそうで、恐れては無言のまま頷きかえした。
信楽のするがまま、やりたいようにさせて、満足を与えたい。
「俺でも感じてもらえるのかな…」
信楽の台詞に、ただコクコクと首を縦に振る。
『感じない』…そんなわけがないだろうと。

指で嬲られた乳首に唇が舞い降りた。
暖かくて湿ったものが柔らかな物体を包みこむ。
時折噛まれて、刺激をあたえられて、今まで以上に体が跳ねた。
「は、ふぁっんっ」
「可愛い…」
控えていたはずの言葉もするりと信楽からこぼれおちた。
信楽に言われては嫌な言葉でもなく、それどころか『嬉しい』ものである。
『可愛い』…。あれほど嫌だった言葉が、与える人によってこれほどまで変わるのだろうか。

燻っていたものが信楽にもあったのだろうか。
癒しになれるのかどうかは分からない。
それでも受け入れてくれた体や空間、なにもかもを自分のものとしたい欲望が旭を占めていく。
体からでもいい…。旭を一人の人間として、恋愛の対象として見てくれる存在になりたい。

『欲しい』…。
欲望の先に生まれた熱は、じっとりと相手を包みこむ。
自分を満足させ、かつ、相手を飲み込むもの。
「あっ、…あっ…っあぁぁ」
狭い道の中に押し込まれる肉棒が苦しいのに嬉しい。

心が欲しいが、無理ならこの体で繋ぎとめたかった。
一度つながれば、それだけでもこの人のものになったと思うのは、勝手な思い込みだろうか…。

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相変わらず短いです(汗)
また週末おやすみします。飛び飛びですみません。
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ふたり 13
2012-04-22-Sun  CATEGORY: ふたり
迎えた朝、寄り添う旭を信楽は包んでくれた。
嫌がられていない雰囲気は漂ってくるし、一時的な癒しで終わらないこともそれとなく察することができる。
伊吹とは違う…。
喜びでありながら、比べられているような悲しさももちろんあった。
信楽は表立って伝えるようなことなどしないが…。
肌を通して伝わってくるものは、信楽を苦しめたナニカに辿り着くのだろうか…。
知りたい…。でも知ってしまうことが怖い。
抱いてもらえた、それだけを満足しなくてはいけないのだろうか。
自分に欲望を抱いてもらえること…。

信楽の胸元に寄り添いながら、初めて「信楽さん…」とその名を口にした。
ずっと呼びたくても言えなくて、口にすることが怖くて…。体を繋げられたから放たれる呼び名なのだろうか。
抱かれる腕の中で、「旭…」と聞いた。
驚きでもあった。
名前を覚えてもらえていたこと。
「え…?」
見上げた先に、ふわりと微笑んだ姿があった。
「高島君…でもいいけど…」
「やだ。『旭』がいい」
希望は素直に漏れる。
他人行儀のように口にされるよりは、一番身近な名を呼んでほしい。
自分が呼べること。呼んでもらえること。
嬉しさは体の奥を熱くして、『特別』を与えてくる。
「好き…。好き…っ」
旭が告げることに戸惑いがあるのだろうか。誰かと付き合うことに抵抗が生まれるような…。
比べられたくはないけれど、過去の伊吹と何があったのだろう。
知りたくない…。過去は過去で、埋めてもらいたい。

「旭…」
もう一度耳元で囁かれて、旭は舞い上がった。
名を呼ばれる。それだけで自分のものになったのだと勘違いする。
体を預けて、繋がっていられるのであれば…。
「信楽さん…」
付き合うことの不安を持たないでほしい。
全身全霊で信楽を包むから…。
旭は、恋愛に脅える信楽を感じ取ってしまったのか、抱きついて、縋って、その身を我のものとしたいと訴えた。
大きな体。包み込んでくれる魂。
見た目はもちろん、優しい仕草は旭をますます虜にしていく。

伊吹を失ってからの無情な日々。溜め込んだものは多くある。
自ら開いてくれた体を前に、興奮した全身は、抑えることなどできなかった。
『抱けた』…。
その安堵が信楽にはあったのだけれど…。
自分に寄り添ってきてくれる存在は、信楽にとって、やはり『可愛い』…。
『可愛い』ものほど信楽は求めていた。
去っていった者。寄り添ってきてくれる者…。
感情はどこか…。だが、素直に全てを晒してくれる人物は、新鮮で、自分の心も浄化させてくれるようなところがある。
相手が真っ向から向き合ってくれるから、隠し立てする必要などないと思わせてくれるもの。
『正直』という環境が気持ち良いと改めて感じた。

『隠したら疑われるだけじゃないですか』
そう言ったのは目の前の旭だ。
この子は何もかもを受け止め、そして晒し、明かすのだろう。

『好き』と言ってくれた感情に、まだ返せる言葉はない。
だけど、体から先に繋がってしまった行く末は、認めることができた。
一度抱いてしまった体は、やはり『可愛い』かった。
「旭…」
その名を呼べばうっとりと表情を和らげた。
愛せるだろうか、愛してやれるだろうか…。
脅えた視線が旭を眺めて包んだ。
この正直な感情に、自分の身も任せてしまいたいと…。

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1000文字だけ書けた(゚∀゚)
ババババーっと咄嗟に書くヽ(゚∀゚)ノ
今まで2000文字だったから半分だね…。
すみません、こんなもので…。
しかもなんか、視点が変わってる…(汗)
来週からまともに書きます(←きっと…たぶん…)

アンケ 久志那智、完璧、抜きますね…。トップに出ますね…。
すげぇよ…。だれがこんなにポチしてんだろう…。
(キャラを忘れている私は焦りでいっぱいですが…)
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ふたり 14
2012-04-23-Mon  CATEGORY: ふたり
一度の情交は旭にも信楽にも安堵を宿すものとなった。
旭にとって、抱いてもらえたことは、恋愛の対象外ではないと思えたし、信楽は『感じさせてやれる』と自信をつけられた。
たった一度抱いてもらっただけで、相手を自分のものだと思ってしまうのは自惚れになるのだろうか。
旭は、明るくなった日差しのある中で、布団から抜け出して恥ずかしさを纏った。
昨夜は真っ先に丸裸になり、ベッドに飛び込んだというのに…。
そんな姿に呆れるのか、信楽から苦笑が漏れる。
感情のまま、勢いのまま突き進んでしまう旭の行動は、信楽にとってどう捉えられるのだろう。
ただ、嫌がられていない雰囲気だけは伝わってくるから、ホッと息もつくし、安らぎも感じられる。
伊吹と比べられているのか…、それでも彼とは違う感触を信楽には残せているのだろう。
朝まで抱きしめてくれた力強い腕に、嫌悪感は見られない。

この家を去るのが惜しい…と思いながら、「簡単だ」と言った信楽の手作りの朝食を消化して、旭はマンションを後にすることになった。
初めて教えてもらえた住居は、旭にとって忘れられない場所になっていた。
「また来てもいい?」
そう問いかけた旭に、信楽は苦笑だけを浮かべた。
抱かれたことは、一時的な”癒し”でしかなかったのだろうか。
体を求められるのなら、それだけでもいい、と、虚しい思いが旭の中に生まれる。
そんな些細なつながりだけでも、持っていたかった…。

過去の苦しみなのか、信楽が抱えているものは大きいのだと、ふと旭も感じた。
全ては伊吹が残していったものなのだろう。
ふたりの過去をとやかく言う気はなかったが、まだ燻った関係にあることは一目瞭然で、抜け出せていない信楽がいるのも悟ることができる。
自分ではダメなのだろうか…。
一度抱いてもらった体をまた再び、求めてもらうことは不可能なのだろうか…。

曖昧にされた返事に、旭は縋りついた。
身長の大きな信楽にしてみたら、旭の小さな体はすっぽりと収まってしまう。
嫌なら…、突っぱねられたなら、次のステップに進む方向は違ってくるのだろう。
だけど信楽の腕は、縋りつく旭を拒絶しなかった。
だからこそ甘えて、もっと…と強請ってしまう。
苦しかった過去があるのなら、忘れてほしい…。

思いのまま進む旭は、その日のうちに伊吹に連絡を入れていた。
旭が信楽に想いを寄せているのはすでに知られた話だ。
信楽が語ってくれない以上、伊吹に聞くしかない。
聞いてどうなる問題だとも思えなかったが、信楽が苦しむならなんとかしてやりたかった。
その原因を知りたかった。
どうしたって信楽は言いはしないし、口を割ってくれそうなのは伊吹のほうだ。
慣れた性格が物事の進みを推し量る。

ランチタイム、多国籍料理を提供してくれる、半個室のレストランで、旭は信楽に抱かれたことを隠さなかった。
もちろん驚いていたのは伊吹の方だったが…。
そこには”安堵”もあったような気がする…。
「抱けたんだ…」
ポツリと呟かれた伊吹の言葉に旭は絶句していた。
“伊吹以外”男は抱けない人だったのだろうか…。
自分に想いを表してくれた人。まだ過去を忘れていない人…。
だけど信楽は抱いてくれたと…。旭は精一杯、彼を感じたと訴えた。
「それ、どういう意味…?」
悲しい笑みを浮かべた伊吹に、過去の苦しさが垣間見えてくるようだった。
同じことを、信楽も感じていたのだろうか…。

「信楽さんには悪いことをした…。本当に謝っても謝り切れないくらい…」
「裏切った…とかそんなことじゃなくて?」
伊吹が新しい男と新しい人生を切り開いたことなどすでに知る。
その影に、会えないほど辛い別れがあったことも…。
伊吹の台詞は、もっと深い事情を滲ませてくれていた。今の旭にしてみたら曖昧にできる内容ではなかった。
どこまでも知りたい、隠されたくないという思いが強く湧いてくる。

「裏切った…。そんな生易しいものじゃないかな…」
ポツリと呟かれた言葉は、伊吹自身、救ってほしいものがあるような気すらしてくる。
苦しんでいるのはどちらもなのか…。
「なに、を…?」
目の前の料理に全く手がつけられない。
乾いた喉を潤そうと手にしたお茶の注がれたグラス…。

「抱かれていても気持ち良くないって傷つけた…」
伊吹の台詞に目を見開いた旭は、何を取ることもなく、手にしたグラスを相手に投げつけていた。
信楽が抱く相手に対して躊躇いをもつ感情を、激しく知る。
信楽が恋に臆病になること。旭が攻撃的に進まなければやってこない、我慢した感情。
その苦しみの中に落とした憎悪…。

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ワッハハッヽ(▽ ̄ )乂(  ̄▽)ノ(どっち向いて良いんだか…←何も言わない…)
出たよ旭、ばらしたよ伊吹。
伊吹も溜めこんでいたんだと思います。
誰かにしかってほしかったのかなぁ…。
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ふたり 15
2012-04-24-Tue  CATEGORY: ふたり
旭が投げたグラスが割れなかったのは運が良かったことになるのか…。
濡れた伊吹は自分に非があることを晒したせいもあるのか、文句もなく、何も言葉を発さなかった。
「多賀…さん、貴方、最低…」
ポツリと呟いただけで旭は即座に席から立ち上がっていた。
旭が抱かれて心地良かった空間があったのに、頭から否定してくれたのだ。
悔しさと憎しみ、悲しさでいっぱいになる。
伊吹自身、呼ばれた理由が信楽のことであったのなら、誘いに乗ってくることはなかったのかもしれない。
だけど旭の言葉には、一つの肩の荷が下りたような雰囲気すらあった。もちろん、信楽が新しい恋に向かえるかもしれない安堵を見つけたからなのだろう。
『抱いた』という言葉が大きな意味を持っている。
そうなれることを感じたから、正直に過去の出来事を口にしたのだろうか。
苦しんだふたりのことは分かっても、今の旭に伊吹を気遣ってやれるような精神状態はなかった。

旭は食事代だという意味をこめてテーブルの上に札を置いた。
そのことに伊吹は声をあげそうになっていたが、それよりも早く旭の体は店内から飛び出していく。
すぐにでも信楽に会いたかった。
しかし仕事中に会いにいけば、信楽は快く思わないだろう。
伊吹との過去を思い返させたくもなかった。もう二度と、信楽の口から『伊吹』という名を聞きたくもない。
彼らの事実を改めて知ったことも、信楽にわざわざ教えたくない。
そんな過去があっても、まだ信楽が伊吹を思っている事実が信じられなくもあった。

「なんで…?」
旭の気持ちは独り言となって零れ落ちた。
何がそんなに良かったのだろう。自分では伊吹を越えられないのだろうか…。
道行く人に時々ぶつかり、だけど急いで会社へと戻った。
どよんとした雨雲を背負い込んだ旭の姿には、他の社員からも疑問の声が発される。
昨日といい、今朝といい、旭の機嫌は高気圧に覆われていたはずなのに、「昼食に出る」と言い残してから戻った午後は最悪の雰囲気を隠しもしない。
40代になる営業所長が、感情の起伏が激しい旭に向かって、あからさまに注意を促したほどだった。
「そんな辛気臭い顔でいたら客も逃げるだろうよ。仕事中くらいしゃきっとしろ。シャキッとぉ」
「しょちょぉ~」
だけど返ってくる返事は甘えたい気持ちをまとった、ヤル気のないものだった。
それでも残業などしたくない旭は、どうにかこうにか仕事をやり終える。
こんな日に旭に残業させたくない思いは、他の社員も認めるところがあるのか、頭を抱え、ため息まじりに見送ってくれた。

旭は一度家に戻ると、着替えをバッグに詰め込んで部屋を出た。
行き先はもちろん信楽のマンションである。
事前に連絡を入れるべきなのだろうが、今朝尋ねた「また来てもいい?」の質問に信楽は明確な答えをくれなかった。
電話口で断られてしまっては、向かう口実がなくなる。
信楽の性格を思えば、突然訪れても無碍にされることはないだろう。
もう一度旭を包みこんでもらって、自分という存在が身近にいることを教えたい。
信楽が満足させてくれる体は、旭が持っている…。
それだけではなく、旭も信楽の過去を拭い去ってやりたかった。
“あんな”伊吹に傷つけられたままではなく…。

まさかの訪問にやはり信楽は驚いていたが、「会いたかった…」の台詞に、困ったように笑みを浮かべて出迎えてくれた。
旭は顔を見るなり、すぐ信楽の体に縋りついていた。まだ玄関を入ったばかりの場所である。
自分から抱きつく旭に、またもや苦笑に似たものが浮かぶ。
たった一度の交わりで、恋人気分になってしまうのは早すぎると分かっているけれど…。
思いの丈をぶつけて旭に心を開いてもらう手段しか脳裏にない。
「高島君?」
「『旭』って呼んでくれるって言ったのに…っ」
正直に不満を漏らせば、ふわりと笑った信楽が、「そうか…」と駄々をこねる子供を見る視線に変わる。
昨夜の、そして今朝の出来事は、信楽にとって一時の、気まぐれな情事になってしまうのだろうか…。

「もう仕事は終わったの?随分と早いね」
「今日は”ノー残業デー”」
「そう…」
本当に信じてくれているかは疑問だ。昨日だって同じような時間にウキウキ気分でやってきた。
そう毎日定時で上がれるはずがないとは、年上の信楽のほうが理解しているのではないか。
「とりあえず、上がって。お茶でも淹れてあげるよ」
せっかちになる旭を宥めようとするのか、落ち着かせようとする台詞が吐かれる。
体を離される行動に、旭はまた強くその体を引き寄せた。

「信楽さん…、今日も抱いて…」
甘え強請る旭の態度に、信楽の瞳が見開かれた。
心がまだ無理なら、まずは体から…と考えるのが、今の旭だ。

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