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BLの丘
誘われたその先に 11
2013-03-24-Sun  CATEGORY: 誘われたその先に
連絡先を交換したこともあったのだが、何故か高槻からメールが届くようになった。
もちろん、それは嫌なことではなく、大人になったような、周りの友人たちより、一歩先をいけているような優越感でしかなかったのだけれど。
家庭事情を知ってしまっては、店に高槻が羽衣を連れてくることも納得ができたし、羽衣に対して、不用意な言葉をかけないようにと気も使った。
少なくとも『お父さん』という単語は絶対に発しなかったし、自分の育った過程もできるだけ控えた。
その反面で、高槻は周りの子と同じようにさせようとしているようだった。
高槻は頼れる兄のようで慕っていたし、歩み寄ってきてくれる態度に安心感が芽生えていく。

夕方、羽衣を連れて現れた高槻は、和泉を見つけては、新しく出たぬりえがあるか?と問い掛けてきた。
つい先日、女の子に人気のアニメ漫画のキャラクターが載ったぬりえが発売されたばかりで、それのことだと即座に理解できた。
売り場に行けばすぐに分かるものだと思うのだけれど、馴染みがなければ判別しにくいのかと、案内してあげる。
何人ものキャラクターが、色々なポーズをとったものが20ページほどある。
吹き出しにはひらがなの練習ができるように、薄文字も書かれていた。

「女の人って流行に敏感っていうか、本当に感心させられるよな」
高槻がぬりえをペラペラとめくる羽衣の背後に立って、ぽつりとつぶやく。
感心、というより、半ば呆れてもいるような態度だった。
最近、高槻の口調は、最初のころとだいぶ変わっている。
堅苦しさがまったくもって剥げ落ちていた。
年下の、ましてや店員に対してかしこまる必要はもちろんないわけで、当然といえば当然なのだが。
全体的な雰囲気の中に親近感を含ませてくれている。
店員と客、それを越えたものは、付き合いやすさを滲ませる。
それが和泉にはとても居心地の良いものとなっていた。

話しかけられ、ささやかでも会話が生まれることが嬉しいのだ。
「誰かに聞いたんですか?」
「幼稚園の友達が自慢していたらしい。それを姉貴が聞きつけて、御用達に使われてるわけ」
「へぇ。これ出てからまだ一週間もたっていないのに」
「だからあの情報アンテナが恐ろしいんだよ。どこからでも仕入れてくる」
「お姉さんは特にすごそうですよね・・・」
思わず口からこぼれてしまった言葉に苦笑が浮かべられる。
口を滑らせた・・・と後悔しても、こんなところをつついてくる高槻ではなかった。
逆に対等に付き合ってくれていると思われるようで、喜ばれるくらいだ。
「ホントホント。どんな情報網があるのかと不思議になるくらいだよ」

現在32歳の高槻の姉は、独身時代に今の会社を起業したそうだ。
その後結婚して姓は変わっているものの、ビジネス上旧姓のままで仕事を続けているらしい。
輸入小物を扱っているとのことで、海外出張はしょっちゅうだとか。
だからこそ、羽衣を甘やかす心理状態も納得できるものはあったが・・・。
自分の目で確かめる"根性"には羨望の眼差しが向けられていることを、和泉は感じとっていた。
二年の時を経て、彼女と同じ年になった時、自分は、姉と同じように采配をふれるだろうか、という弱音を一度だけ聞いたことがあった。
目標とする姿であり、またライバルであることをほのめかされた。
社会とは、そうやって切磋琢磨して生き延びていく場所なのだろう。

「いーちゃん、これ、ふたつ、かっていい?」
「ふたつはダメだよ。それにひとつだって、どうせ途中で飽きるだろ」
「小路(このみ)ちゃんといっしょにぬるの」
背後を振り仰いだ羽衣がいつものごとく、『おねだりモード』に入ると、事によっては強く出られない高槻だった。
友達付き合いのことまで言われたら尚更なのか。
"新商品"であるのは確かで、相手も手にしていない品だとは、その発言が物語っている。
小さなため息のあと、高槻は二冊を手にして、それを和泉に渡してきた。
「悪いけれど、別々の袋に入れてもらえるかな」
こちらとしては売り上げになるので万々歳だ。
「はい。かしこまりました」
わざとらしく畏まった口調をすると双方に笑みが浮かんだ。
先に進む和泉の後を、羽衣の手を引いた高槻がついてくる。
高槻が仕事で使うのだと思われる備品を購入する時も、羽衣を連れて来た時も、会計に至るまでの処理は必ず和泉に託されるのが常となりつつあった。
だからレジでもずっと会話が続いている。

「和泉くん、今日は何時まで?取引先の人から、一度店を見てもらえないか、と言われたレストランがあるんだけれど、良かったら一緒にどう?」
時にはこんな突然の誘いもあったりする。
大概は事前に連絡があるのだが、今日、ここまで来たのは、急なことに、その確認を取るためもあったのかと頭をよぎってしまうのは自惚れだろうか。
たぶん、高槻自身、急に空いた今夜の時間なのだろう。
姉同様多忙なのは、これまでを見ても承知していることだった。
そうやって声をかけてくれることが、また和泉を高揚させる。
しがない学生なのに、高槻の中で存在感を増しているような錯覚に陥らせてくれた。

ぬりえを紙袋に収めながら和泉は返事をする。
「大丈夫ですけれど・・・。羽衣ちゃんは?」
「あぁ、姉貴、帰ってくるし。さっさと仕事を片付けたいから俺がこんなこと、やっているんだよ」
こんなこと・・・とはこの買い出しのことか・・・。
家族を思う、姉と弟と子供の関係が垣間見えるようだった。
高槻が動くのは、羽衣のためでもあり、また姉のためでもあるのだろう。
口ではどう言おうが、溢れる愛情はそこかしこに見受けられる。

和泉は二つの紙袋を、ビニールの手提げ袋に入れてやった。
「でも閉店まで待っていると、遅くなっちゃいません?」
「今日はラストまでだったか・・・」
少し考えたげに口をつぐむ態度を見ては、聞き耳を立てていた(嫌でも聞こえていた会話)店長が、すかさず、ふたりに向き直ってきた。
「茨木くん、今日分の陳列、もうほとんど終わっているし、早上がりでいいよ」
「じゃあ、7時に迎えに来ようか」
間髪いれずに高槻が返事をしている。つまり和泉の退勤時間は7時に設定されたわけだ。
今になって、何故この話題をこの場所で高槻が持ち出したのか、理解できるものになった。
故意的に店長の耳に入れたかったのだ。
唖然とする和泉を置いて、「それじゃ」と羽衣の手を引いて店を出ていこうとした。
振り返った羽衣が「じゃあね」とオマセ感満載で和泉に手を振ってくる。
ひきつった笑みを浮かべて羽衣に手を振り返してやる。
こんなふうに押し進められても全然嫌ではないのだから、また困ったものだった。

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誘われたその先に 12
2013-03-25-Mon  CATEGORY: 誘われたその先に
「和泉、また早上がりだって?」
倉庫に向かおうとした和泉を、東成が呼び止めた。
最近、何かと質問されることが多いように感じるのは気のせいだろうか。
これまでは何を聞かれても正直に答えられていたし、後ろめたさもなかった。
それが高槻を間に挟んだことで、心にわだかまりが生まれてしまう。
「あ、ちょっと・・・」
「おまえ、最近、多くねぇ?真面目に働いていた頃が嘘みたいだぞ」
東成の言葉は直接胸に刺さってきた。

予定時間を急遽変更するとは、事情によっては納得できるものであったとしても、今の和泉に対しての信用はガタ落ちといっていい。
店長と高槻の間で、何やらあることは、他のパートアルバイトには知らされていないのだから当然なのだが、だからこそ、皆のなかに不満がたまっていておかしくなかった。
甘えていたのだ・・・と改めて教えられる。
店長の采配で全てが決まってしまうこの場所で・・・。
高槻が滞りなく手配してしまうから、全てが丸く収まっていると思っていたが、東成がこうして発してくれなければ知らないままだっただろう。
それは店舗内での居心地の悪さも発生させる。

だからといって、今日の予定は今更覆せるものではなかった。
きっと高槻のことだ。『行く』といったレストランにも連絡は入れられているのだろう。
高槻の迷惑になることはしたくない。
「ごめ・・・。今度っからこんなこと、ないようにする・・・」
正当な意見に何も返せず、俯いてしまえば、頭上からため息が降り下りてきた。
「別に俺がどうこう言えるようなことじゃないけどさ・・・。なんだか和泉が傷つきそうで不安なんだ」
ポツっとつぶやかれた言葉の意味を、今の和泉に理解はできなかった。
この店の中で、うまくやっていけなくなることの懸念だろうか。
友人にまで心配かけて、情けないな、と自分を罵る。
高槻には事情を話して、今後のことを考えてもらおうと頭をよぎるのだけれど、誘いは嬉しかったし、拒むことで付き合いが途切れるのではないかという、こちらも不安を抱えた。
高槻が見せてくれる世界は、和泉には新鮮で、心が湧き立ち、また友人とは違った頼れる気安さにホッと安らげる場所に変わっていた。
どんな失敗をしても、笑いに変えてくれて、『失敗は成功のもと』と和ませてくれる。
あの空間が、本当に居心地が良かったから・・・。

その日、連れられたレストランは、インド料理の店だった。
香辛料の香りが店内中に広がっている。
民族衣装を着た店員、飾られている備品も風情があって、異国に潜り込んだ感じだった。
「姉貴が輸入している店とも繋がりがあってさ。こちらから『入れ替え』で中古として卸してもらうこともあるんだよ」
ビジネスの世界は何かと輪が広いらしい。
とはいえ、軽く繋がりを教えてくれる程度で、高槻はこういった場所で仕事の話をすることはなかった。
五種類のカレーが味わえるというセットメニューを注文して、高槻と合わせて結局10種類のカレーをたしなんだ。
ナンをちぎっては、ステンレス製の器に盛られたものをからめて口に運ぶ。
こういったとき、どちらの料理、どちらの器、という閉塞感はなく、それぞれに勝手に手を伸ばせるくらいの親しみができあがっていた。
他にタンドリーチキンなどのサイドメニューも取られていたから、さすがに食べざかり(←は、過ぎた)の和泉もお腹を晒してのけぞりそうになる。
食事も会話も美味しかった。
しかし、東成の言葉がひっかかっていたせいか、今までのように心底楽しむ、というふうにはなれないでいたようだ。
そのことを敏感にも高槻は感じとってしまっている。
食事の席でこそ、いつもと変わらない雰囲気でいてくれたけれど。

ヨーグルトドリンクを飲み干す頃になって、憂いげな表情で高槻が和泉をみつめた。
「何か、悩み事でもあるのかな」
尋ね方はいつもと変わらない優しい口調だ。
そこに安堵してしまったのは和泉のほうなのかもしれなかった。
きっと正直に思いを、経過を吐露してしまっても、良い作戦・・・というか、解決策を見出してくれる思っていた。

急な誘いは嫌ではないし、でも、他の人に迷惑をかけるのは心苦しいし。
店長だって、さしさわりがないと分かる範囲で受け答えをしてくれていること。
本当に無理な時は、たとえ高槻の要望があったと分かっても、応じてはいない。それは高槻も知るところだ。
きちんと社会的なルールを守った上での外出なら、いくらだって受けられると。

テーブルに肘をつき、額を抱えてしばし黙り込んでいた高槻は、和泉にとって予想もしなかったセリフを口にした。

「もう、会うのをやめようか・・・」

"和泉が傷つく・・・"
東成が発した言葉が、何故か脳裏を横切っていった。

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誘われたその先に 13
2013-03-25-Mon  CATEGORY: 誘われたその先に
高槻に委ねた信頼は、今まで付き合って来た人間たちとは違っていた。
見知らぬ世界を教えてくれる、それだけではなかったと思う。
同じ学生同士のように、張り合うこともなかったし、全てを包み込んでくれる潤いがあった。
会えば落ち着いたし、醸し出される雰囲気が心地よくて、いつしか、和泉は友人たちの誘いを断ってまで高槻を優先させていた過去を知る。

・・・現実・・・

あたりまえのことだ。
高槻ほどの人間が、いちいち気にかける人物ではないとは、出会った頃に知ったことではなかったか。

どこまで付き合ってもらえるか、曖昧な線引きの存在。
分かってはいたけれど、改めて教えられた『立場』のような気がした。
自分から縋ることはできない。
高槻から拒絶されれば、"それまで"と思うしかなかった。

・・・『もう会うのをやめようか』・・・

そのセリフは、夢見心地だった和泉を現実に戻してくれるには充分だったのかもしれない。

「そう・・・ですね・・・」

個人的に出会うようになってしまったことが間違いだったのだろうか。
会えば会うほど、魅力に惹きこまれた。
近くにいて、決して嫌ではない存在。それはじんわりと和泉の中を浸食していた。
友達よりも心を、感情を許した存在なのだと思う。
和泉が何を言っても、温かくうけとめてくれたこと。
"大人"の余裕なのだろうか。
その落ち着きが、安らげて嬉しかった。

高槻に拒絶されたら、和泉には何も言えない。

高槻の顔を見られずに返した言葉に、やはり考え込む高槻の姿が視界の隅に映った。
「出ようか・・・」
これ以上この場での会話はしたくないと言いたげに、伝票を掴んだ高槻が立ち上がる。
和泉は後悔しまくっていた。
自分が、あんな我が儘にも似た相談をしなければ、高槻の気持ちは動かなかったのだろうかと。
これまでも無理強いされることはなかったし、いつも和泉の都合を尋ねてくれた。
迷惑だと思ったことはなかったけれど、伝え方は、違った意味で高槻に届いてしまったのか・・・。

重苦しい雰囲気を纏ったまま、車に乗り込む。
どこかへ走り出した車は、いつも送ってくれる、和泉の家に近づいていなかった。
その方向に不思議な思いを宿すものの、思いを詰めたような表情の高槻に何も言えなくなる。

しばらく走った。
無言のままで、どちらともなく言葉を発することを躊躇いながら時間だけが過ぎる。
辿りついた場所は、暗闇に飲みこまれそうな波が打ち寄せる、海水浴場だった。
あたりまえだが、こんな時間に誰も居はしない。

エンジンを止めた高槻は、どこに置いていたのか、ミネラルウォーターのペットボトルを和泉に渡してきた。
同じものを自分は一口飲んで、渡された和泉ものど奥を潤した。

ハンドルに片腕を乗せて、和泉に視線を合わせて、・・・戸惑いがちに伏せながら「ごめん」と一言が漏れた。
意味が分からなくて、和泉は高槻を見つめ返す。
何故に謝られるのだろう。

「たか・・・つきさん・・・?」
和泉は自分の声が震えていることに気付けなかった。

高槻の声は淡々としているようで、だけど苦しそうに吐き出される。
「君のことが・・・、和泉くんのことが好きなんだ。会うたびに想いが溢れていく感情をずっと抱えていた。自分でも無茶を言ったところがあるのは分かっている。それでも、そうしても寄りそってきてくれる姿を見て、満足したかったんだ。だけど、結果的にそれは、和泉くんの負担にしかならなかったね」

じっくり聞いたつもりだった。
だけど、高槻が言う意味はこの場では理解できなかった。
兄のように信頼していたこと。人生の先輩として憧れがあったこと。
『好き』は和泉のなかにだってある。

しかし、高槻から語られる内容は・・・。
「たかつき・・・さん・・・?」
掠れた声。呆然と見開かれる瞳。
注ぎ込まれる眼差しに脅えと期待・・・、期待とはなんだと一瞬よぎった。

一番欲しい言葉を間違いなく高槻は繋いでくれる。

「和泉くんのことをずっと可愛いと思っていた。俺は、そういう人間なんだ。嫌われることが怖くて黙っていたけれど、こんなふうに無邪気に寄られるたびに悩まされた。どんな時だって一人占めしたいと思う感情が湧く。無理を言ったことも多々あったと、自分でも分かっているよ。それでも、受けてくれる和泉くんに、味をしめていたのかも知れない」
考え抜いて、覚悟を決めた眼差しはあまりにも熱いと思った。
なにげなく、淡々と過ごしてきた日々とは違うものが、ここに、この先にある。
だけども何も、高槻自身を否定や拒絶するようなことは浮かばなかった。
嫌う要因にはならなかったのだ。

高槻はためらいを捨てるように言葉を続けた。
「そばにいたい、という思いは、きっと和泉君が持っているものとは違っている。俺は君を抱きしめたいし、性的なこともしたい。そういう対象なんだ。君はノーマルだろう?早めに別れるのがいいと思う。この先、何をするか分からないからな・・・」
自嘲的に笑った表情はあまりにも辛く悲しげだった。
そんな顔をさせたくてここにいるわけではないのに・・・。

「嫌ってくれた方が、どれだけマシか・・・」
苦しみを吐き出すような声。
中途半端にそばに居られることの辛さを物語られる。
真実を知って、『自分とは関係ない世界』と割り切れたら、高槻にとっても区切りが付けるものになったのだろうか。
それでもやはり、和泉は、高槻を異端児と見ることもできなく、今までと変わらぬ信頼を寄せることができる。
性的な云々は良くは分からない。
高槻を高槻として、一人の人間として見るのではダメなのだろうか。

「嫌いになんか、なれないです・・・」
消えそうな声で、だけど狭い空間でははっきりと届いていた。
驚いたように見開いた瞳は、まだ何かを告げたそうに、しばし揺れていた。
真正面から捕えられたとき、苦しそうに表情がゆがむのを見た。

・・・簡単なことではない。
そう、語るかのように・・・。

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不定期更新を申し訳なく思います
少しでも多く 早く 届けたいと。
なるべく 続けていきたいです
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誘われたその先に 14
2013-03-26-Tue  CATEGORY: 誘われたその先に
「分かっているのかな」

和泉が返したセリフに、これ以上続けることの危険さを匂わせる。
和泉では想像しえない世界が待ち受けているのだと。
だけど"嫌いにはなれない"、それは確かなことだった。

静かな空間に、打ち寄せる波音だけが響いてくる。
高槻の言い分は分かっているようで、だけどまだ理解に苦しむところがあるのかもしれない。
和泉の心はどこかを彷徨っていた。

不安げに見つめ返した先。
高槻の脅えを含んだ眼差しはみたことがなかった。
いつも自信にあふれて、人を引き付ける毅然とした態度でいたのに、今は違っている。
これが、高槻が持つ、本音なのだと思う。
正直に吐露してくれるのも、高槻の人柄なのか・・・。
真正面から向き合ってくれる姿勢はこれまでと変わらない。
隠し事は好きではないという彼が、ここまで打ち明けた心境は、いかがなものなのだろうか。

嫌いにはなれない、そうつぶやいたセリフでさえ高槻には違った意味でとらえられている。
期待をもってしまう、だからこそ、それ以前に避けたかったのだと。

しかし、和泉にとって失うことだけは考えられなかったのだ。
何故か和泉は必死だった。

「俺、俺っ、まだ子供かもしれないけれどっ、高槻さんと会うのは嫌じゃないしっ、嬉しいこともあるしっ」
連れていってもらったレストランはもちろん、輸入雑貨を扱う店は異国情緒あふれていて新しい世界を見た気がしていた。
見せてもらった世界は、今までの学生生活では目にするものではなかった。
取引や、駆け引きなどではなく、高槻という一人の人間として向き合いたい。

だけど意味合いは違うのだと語られるように、高槻に首を振られた。
和泉は"兄のように慕って"いたが、高槻は"恋人として"見ていたことだったのだと。
それが、別れるか、別れないかの話になっている。

男同士のナニカはまだわからない。
『もう会うのをやめよう』と言われては大きな動揺が走る。
心を寄せた人が離れていくのは、なんだって辛い。
即座に過ったことは、自分は高槻のために何ができるかということだった。

スッと手が伸びてくる。
手のひらで頬を包まれた。
身じろぎひとつせず、和泉は次の動きを大人しく待っていた。
「わかっているのかな」
もう一度確かめるように高槻が言葉を繋いだ。
ゆっくりと近づいてくる精悍な顔がある。
全ての行動は、"こういうことをしたいんだよ"という思いの溢れだった。

抵抗する気にもなれなかった。
全く嫌だとは思わない。
そっと瞼を閉じると同時に、唇に温かいものが触れる。
口づけられることが、まるであたりまえのことのように、受け入れることができていた。
それは、高槻の気持ちまで包み込むものとなっていた。

唇を重ねられて、和泉は返事をするかのように口を開いた。口腔に差し込まれるもの。
高槻という男に酔わされていく。
女性を相手にしては、リードすることに気遣っていたものが、高槻を相手にしては無にされて、逆に安らぎすら与えられているようだった。
強く抱きしめられる腕の強さも、心地よく感じられるくらいに・・・。

一人の人として欲しい。
もう、訳がわからなかった。
わき上がってくるもの。
『好きだ』と思った感情はあとからついてくる。

相手を思い、"付き合う"という形に変わった瞬間だった。


***

どこでなにをしていようが、どうでもよかったはずなのに・・・。
気付けばメールのひとつに気をとられている。
彼に寄る一人が気になる。

自分とはこんな人間だっただろうか。
和泉は、過去の彼女たちに抱かなかった感情に焦ってもいた。
過ごしている空間が違うのだから、気にかけても仕方がないのだけれど。
どんな働きをしているのか、どんな人付き合いがあるのか、追いかけたらきりがない。
それが分かったように、会う回数を増やしてくれた高槻だった。
スケジュールも出来る限りの範囲で教えてくれたし、自宅のマンションにも招かれた。
高層階にある住居は、階違いに姉の住まいもある。
家の中に羽衣の姿を見かけた時もたびたびあった。
羽衣もすっかり和泉になついてくれて、それも嬉しさが増す。

打ち解けていく・・・。

それでもまだ、一歩を踏み出せない和泉だったのかもしれない。
高槻は、黙って待っていてくれたけれど。
キスや、簡単なスキンシップはあったが、最終的な"繋がる"ことまでは辿りつけていなかった。
他の男にされて、気持ち悪いと思うものでも、やはり高槻は特別だったのに、恐怖心ははびこっている。

「今のままでいいよ」と高槻は待ってくれていた。
それにも甘えていたのだろうか。

まだ仕事が終わらない時間だと分かっている。
高槻のマンションに先に足を踏み入れた時、入れないエントランスの前に立つ人物を目にした。
高槻と年齢が変わらないだろうと思われる人には、どこか見覚えがあった。
たぶん、店に来たことがあるだろう。
「あの・・・」
警戒した声に薄笑で迎えられる。
「最近、生野のまわりをうろつく子ネズミがいるって聞いていたけれど。おまえか」
辛辣な口調は動揺を運んできた。
「抱かせてもやらないって?欲求不満かかえていつも俺のところにくるけれど。受けられないなら、さっさと消えろよ」

更に聞こえたセリフには耳を疑った。
「俺と生野、身体の相性、いいから」
すでに繋がっている関係なのだと、また、今でも関係性があること。
見開いた瞳の先、冷静に告げてくる動揺のなさに、深いものを知る。
「うそ・・・」

高槻が男を相手にする人間だとはすでに教えられていた。
過去に何があっても受け入れられる心はあったつもりだが・・・。
この男が発するところは、和泉と付き合いがあったなかでも、"関係"があったということだろう。
そのことを隠しもしない。それどころか敵対心で向かってくる。

『抱かせてもやらない』・・・
和泉の中に深く突き刺さった。

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誘われたその先に 15
2013-03-27-Wed  CATEGORY: 誘われたその先に
目の前に現れた人間を凝視してしまう。
大人の貫録があるところは、高槻が好む性なのだろうか。

すでに『抱かれた』と豪語する発言には、和泉とは違う次元があった。
いつまでも和泉は、身体を開けていない。
「な・・・っ」
「生野はおまえじゃ、不満なんだよ。経験もないくせに、うろついているな」

男同士の関係はわからなくはないけれど、知った部分はある。
踏みきれない自分がいるのも承知していた。
和泉は、告げられた言葉に動揺と、落胆もしていた。
そばにいるだけでいいと言われて、そのとおり思い込んでいたけれど、傍らで燻っていた高槻の思いを知らされる。
だからといって、他の人間に逃げられていたと分かれば、大人しくうなずいて身を引けるものではなかった。

「俺だって・・・っ」
悔し紛れの声が掠れて出た。
高槻をつなぎとめたい思いは誰よりもあると思っていた。
自分では満足させられないとは、悔しくもある。
今でこそ、まだ、この目の前の男に奪われているのかと思えば尚更・・・。

あざけわらうような笑みが、彼の頬に浮かんだ。
「満足させられるのか?忘れるな。生野を満足させられるのは俺だ。足も開けないやつに何が言える?」
男女のセックスですら、おざなりだったかもしれない。
男同士のナニカに何を求められても、今の和泉には応えようがない。
相手を満足させること。それすら分からない。
ただ、高槻が、そばにいてくれている現実が、和泉をなりたたせている。

次のステップに踏めないことをののしられ、別れることを強要され・・・。

高槻はどう思っているのだろう。
不安にかられるのは、"付き合っている"と確証を得ている今でも、この男を抱いたという現実か。
高槻の行く末に、和泉の中に迷う答え。

男はスッときえてくれたけれど、和泉の中に残ったしこりは大きかった。
部屋の中、ソファでうずくまっているうちに、高槻が帰宅した。
こうして和泉が自由に出入りしてくれることが、高槻には嬉しいようだった。
微笑んだ眼差しは、そのまま和泉に降り注いでくる。
「ごはん、たべた?」
「うん・・・」
家政婦が用意してくれた料理をすでに口にしたと言えば、安心したかのように微笑まれた。
今日は肉じゃがとブリの照り焼きだ。
高槻のために何かしてあげたいと、温め直してあげようと、和泉はキッチンに走る。
上着を脱ぎ、ネクタイを外した高槻が背後に寄った。
背を抱かれて、・・・こんなときの高槻の勘のスルどさはどういえばいいのか・・・。
「また、何か悩んでる・・・」

男同士の関係に抱え込むことが多いとは、高槻の方が知るであろう。
それ以外の相談ごとも逃さずのってくれていた。
だからこそ、気のゆるせた『兄』。

言ってもいいのだろうか。
葛藤する胸の奥。出会った男の影が過っていく。
自分ではない男を抱いていること。自分以外の人間に向けられる眼差しがあること。
こちらから"浮気"を突きつけたら、高槻は何を思い、どんな態度に出てくるのだろう。

抱きしめられた腕のなかで、ひとつの吐息をもらした。

嘘だと思いたかった気持ちもあった。
高槻が想う人は自分だけなのだと。

「高槻さん、俺以外で、欲求不満はらしているって・・・?」
一瞬でも見開かれた態度に現実を知った。
あの男が言ったことは事実なのだと・・・。

突っぱねた腕が引き戻される。
「和泉っ、和泉っ」
何か宥めて言い聞かせようとするのは大人の、そのものなのか・・・。
分からなくて和泉は唇をかんだ。

「俺、高槻さんに応えられない存在なの・・・?」
最後までたどり着けなかったのは、自分の我が儘だとは分かっている。
高槻はいつだって待ってくれていた。
その隙間を埋めるように、他の人物に目を向けられても仕方がなかったのかもしれないが。

改めて訪れた第三者が、和泉の枷を壊す。

「抱いてよ・・・。最後まで・・・」

あの男よりも優位に立ちたい。そんな対抗心だったとしても、高槻を相手には、何もかも許せた。
自分の体に傷をつけられることでも。
彼の唯一の存在でいたいと思った。

目を見開いた高槻の衝撃がいかなるものだったのか。

「和泉・・・」
降り注がれる吐息に唇で答えてやる。

声をかけられて、応えて・・・。
誘われて自分の人生はどこか狂ってしまったのかもしれない。
でも、決して嫌ではない。

覚悟なんて、とっくの昔にできている、と内心でつぶやいた。
そう・・・、誘われたあの時に。

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