一週間の休暇をとった。
久し振りに戻った寮は自分で掃除した覚えがないほど綺麗に片付けられていた。
伊佐の家に運び込まれた後、津和野が足を踏み入れたことはすでに聞いた話。
視界に入ってくる状況が余計にこの部屋のものの少なさと、伊佐の家で贅沢に過ごした差を突き付けてきた。
魔法の時間は終わってしまったのだ。そしてその現実は、やはり吉賀と並ぶことはできないという思いを植え付けてくる。
俊輔が気力をうしないかけて部屋を見渡していたところに津和野が姿を現した。
今現在、工場は稼働している時間で、寮ですれ違う人間もいない。
「俊くん、おかえり。体調の方はもう良さそうだって?」
「はい…。ご迷惑をおかけしました…」
「そう。あと、多少の尾ひれはついているかもだけれど、一応俊くんの休んでいる間の理由は、『肺炎で入院』ってことにしてあるから」
『入院』ということであれば寮にいない理由も説明がつくといったところか…。
直前にも体調を崩して休んだ日があったのだから、ぶり返したと捉えてくれる。
津和野の配慮にも感謝した。
多少の尾ひれ、とは倉岳に関してなのだろうか。だけど、それらは津和野の力で封じ込められているのだろう。実際津和野は俊輔に構うことなく、社内にいたはずだ。
他となれば…。吉賀とのことしかない。事実であるのだから言い訳もしようがないが、二人が今までと同じように、同じ場所に収まる為には、何を言われても黙ってやり過ごすしかない。
結局職場は変わっていないらしい。
伊佐の思いはあったとしても本意ではなく、また急激な変化は周りから訝しさを買うだけだった。
いつも通りの生活が戻ったと思った。
その日は伊佐が持たせてくれた弁当を部屋の中で味わった。
出勤してもいないのに食堂に行くことを躊躇う俊輔の意向を充分に読み透かしてくれてのことだ。
部屋に備え付けられている電子レンジを、今ほどありがたいと思ったこともないくらいだ。
虚しさが湧く。
一人でいる空間がこれほど淋しくて怖いと思わなかった。
部屋の鍵は閉じてあるのだから、誰から踏み込まれることはない。
それなのに、眠りについてしばらくした後、深夜になり暗闇の中に放置された体に襲ってくるもの。
俊輔は、闇夜やこの狭いと思われる空間が、自分に対してこんなに恐怖をもたらしてくるものだとは思っていなかった。
一人でも平気だと思ったから寮に戻ると伝えた。
そのことは伊佐も認めた。
だけど夢うつつの状態。
「…や…だ…っ」
無意識にも声が零れる。
まるで肌を撫でられるような恐ろしさが全身を這いまわっていく。逃げを打っても包んでくれた人肌が感じられない…。
俊輔に纏わりついているのは自分の体温を含んだ布団だけなのに、迫りくる恐怖で目が覚めた。中途半端に温められた寝具が余計に怖かった。守ってくれるものがここにはない。
こんなことはこの数日の間でも過ごしたことがなかった。
全身がびっしょりと汗をかいていた。
何に脅えたのかも分からない。だけど一人で眠れないのは、自分を包んでくれていた存在がないからなのだと何となく知れた。
ずっと自分は『守られてきた』。
『精神的なことはどこであらわれるか分からない』…そう言われた言葉も脳裏をよぎる。
「伊佐…さん…」
咄嗟に零れた声に俊輔自身が驚いていた。
そこまで縋って頼った存在なのだろうか…。
廊下を出て少しでも進めば、求めた存在がある。
本当に抱きつきたい相手はすぐそこにいるはずなのに、抵抗する心が許さない。
やっぱり同じ環境で働く吉賀に、これ以上の負担も迷惑もかけたくはなかった。
潰れそうな心を抱える。過去の自分だったら間違いなく、自分一人で一夜をやり過ごしたはずだ。
だけどどこで歯車が狂ってしまったのか…。
俊輔は耐えられない状況に陥っていた。
布団の中で抱えた携帯電話が機械音を奏でた。その音はすぐに切れた。
『もしもし?』
だれから掛けられているのかは分かっているのだろう。ぶっきらぼうでもなく人を温めてくれる声が染み込んでくる。
浮かぶ表情はきついはずなのに響いてくる声はいつも聞いていたものと同じ穏やかさだった。
「伊佐、さん…」
まるで待っていたかのようだった。
落ち着きはらった声がする。
『今、そこに行くから』
何もかもを知った人は、深く追求することもなく俊輔の思うものを感じ取っていた。
怖くて不安な夜…。誰に何をされるわけではないのに、一人になることに激しい恐怖が浮かぶ。
吉賀に対してだって、もう何も責めるものなどないというのに…。これはなんなのだろう。
カタカタと震えるベッドの中、どれくらい耐えたのか、呼び鈴が鳴って即座に出迎えた。
目の前に現れたのは津和野だった。そのすぐあとから、本来部外者立入禁止の区域に伊佐の姿が見えた。
「俊輔。しばらく、うちから通おう」
真っ先に告げられたこと。
『働くな』と止めはしなかったけれど、まるでこの一夜を待っていたかのように、伊佐の言葉に迷いはなかった。
俊輔の反応はそれとなく想像されていた範疇だったのだろう。だから対応も早かった。伊佐の家を出てきてその日のことでもある。
頬を撫でられ背を触れられる腕に迷わず甘えて縋る。
抱きとめてくれる体を目一杯吸い込んだ。温かな香りはこの数日嗅いだものだった。
着の身着のままで連れ去られようとしたその時、廊下の先に映りこんだのは、愕然とこちらを見据えていた吉賀の姿だった。
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久し振りに戻った寮は自分で掃除した覚えがないほど綺麗に片付けられていた。
伊佐の家に運び込まれた後、津和野が足を踏み入れたことはすでに聞いた話。
視界に入ってくる状況が余計にこの部屋のものの少なさと、伊佐の家で贅沢に過ごした差を突き付けてきた。
魔法の時間は終わってしまったのだ。そしてその現実は、やはり吉賀と並ぶことはできないという思いを植え付けてくる。
俊輔が気力をうしないかけて部屋を見渡していたところに津和野が姿を現した。
今現在、工場は稼働している時間で、寮ですれ違う人間もいない。
「俊くん、おかえり。体調の方はもう良さそうだって?」
「はい…。ご迷惑をおかけしました…」
「そう。あと、多少の尾ひれはついているかもだけれど、一応俊くんの休んでいる間の理由は、『肺炎で入院』ってことにしてあるから」
『入院』ということであれば寮にいない理由も説明がつくといったところか…。
直前にも体調を崩して休んだ日があったのだから、ぶり返したと捉えてくれる。
津和野の配慮にも感謝した。
多少の尾ひれ、とは倉岳に関してなのだろうか。だけど、それらは津和野の力で封じ込められているのだろう。実際津和野は俊輔に構うことなく、社内にいたはずだ。
他となれば…。吉賀とのことしかない。事実であるのだから言い訳もしようがないが、二人が今までと同じように、同じ場所に収まる為には、何を言われても黙ってやり過ごすしかない。
結局職場は変わっていないらしい。
伊佐の思いはあったとしても本意ではなく、また急激な変化は周りから訝しさを買うだけだった。
いつも通りの生活が戻ったと思った。
その日は伊佐が持たせてくれた弁当を部屋の中で味わった。
出勤してもいないのに食堂に行くことを躊躇う俊輔の意向を充分に読み透かしてくれてのことだ。
部屋に備え付けられている電子レンジを、今ほどありがたいと思ったこともないくらいだ。
虚しさが湧く。
一人でいる空間がこれほど淋しくて怖いと思わなかった。
部屋の鍵は閉じてあるのだから、誰から踏み込まれることはない。
それなのに、眠りについてしばらくした後、深夜になり暗闇の中に放置された体に襲ってくるもの。
俊輔は、闇夜やこの狭いと思われる空間が、自分に対してこんなに恐怖をもたらしてくるものだとは思っていなかった。
一人でも平気だと思ったから寮に戻ると伝えた。
そのことは伊佐も認めた。
だけど夢うつつの状態。
「…や…だ…っ」
無意識にも声が零れる。
まるで肌を撫でられるような恐ろしさが全身を這いまわっていく。逃げを打っても包んでくれた人肌が感じられない…。
俊輔に纏わりついているのは自分の体温を含んだ布団だけなのに、迫りくる恐怖で目が覚めた。中途半端に温められた寝具が余計に怖かった。守ってくれるものがここにはない。
こんなことはこの数日の間でも過ごしたことがなかった。
全身がびっしょりと汗をかいていた。
何に脅えたのかも分からない。だけど一人で眠れないのは、自分を包んでくれていた存在がないからなのだと何となく知れた。
ずっと自分は『守られてきた』。
『精神的なことはどこであらわれるか分からない』…そう言われた言葉も脳裏をよぎる。
「伊佐…さん…」
咄嗟に零れた声に俊輔自身が驚いていた。
そこまで縋って頼った存在なのだろうか…。
廊下を出て少しでも進めば、求めた存在がある。
本当に抱きつきたい相手はすぐそこにいるはずなのに、抵抗する心が許さない。
やっぱり同じ環境で働く吉賀に、これ以上の負担も迷惑もかけたくはなかった。
潰れそうな心を抱える。過去の自分だったら間違いなく、自分一人で一夜をやり過ごしたはずだ。
だけどどこで歯車が狂ってしまったのか…。
俊輔は耐えられない状況に陥っていた。
布団の中で抱えた携帯電話が機械音を奏でた。その音はすぐに切れた。
『もしもし?』
だれから掛けられているのかは分かっているのだろう。ぶっきらぼうでもなく人を温めてくれる声が染み込んでくる。
浮かぶ表情はきついはずなのに響いてくる声はいつも聞いていたものと同じ穏やかさだった。
「伊佐、さん…」
まるで待っていたかのようだった。
落ち着きはらった声がする。
『今、そこに行くから』
何もかもを知った人は、深く追求することもなく俊輔の思うものを感じ取っていた。
怖くて不安な夜…。誰に何をされるわけではないのに、一人になることに激しい恐怖が浮かぶ。
吉賀に対してだって、もう何も責めるものなどないというのに…。これはなんなのだろう。
カタカタと震えるベッドの中、どれくらい耐えたのか、呼び鈴が鳴って即座に出迎えた。
目の前に現れたのは津和野だった。そのすぐあとから、本来部外者立入禁止の区域に伊佐の姿が見えた。
「俊輔。しばらく、うちから通おう」
真っ先に告げられたこと。
『働くな』と止めはしなかったけれど、まるでこの一夜を待っていたかのように、伊佐の言葉に迷いはなかった。
俊輔の反応はそれとなく想像されていた範疇だったのだろう。だから対応も早かった。伊佐の家を出てきてその日のことでもある。
頬を撫でられ背を触れられる腕に迷わず甘えて縋る。
抱きとめてくれる体を目一杯吸い込んだ。温かな香りはこの数日嗅いだものだった。
着の身着のままで連れ去られようとしたその時、廊下の先に映りこんだのは、愕然とこちらを見据えていた吉賀の姿だった。
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さすがです、伊佐先生
一人になって不安な俊輔の状態をちゃんと把握していたんですね
けど、そんな場面を目撃してしまった吉賀としては
心配&自責に嫉妬が加わって暴走しないといんですけど…
一人になって不安な俊輔の状態をちゃんと把握していたんですね
けど、そんな場面を目撃してしまった吉賀としては
心配&自責に嫉妬が加わって暴走しないといんですけど…
とても暫ーくぶりにコメさせてもらいます(^^)
伊佐先生の行動は俊輔の為にはイイんだろうけど、何故よりによってそこを吉賀が見てしまうのか…
そんな場面を見て吉賀は何を思うのでしょうか。これで俊輔を諦める、なんて考えないで欲しいです(>_<)
では、急に寒くなりましたがお体お気をつけ下さい。短いですが今回はこれで失礼します<m(__)m>
伊佐先生の行動は俊輔の為にはイイんだろうけど、何故よりによってそこを吉賀が見てしまうのか…
そんな場面を見て吉賀は何を思うのでしょうか。これで俊輔を諦める、なんて考えないで欲しいです(>_<)
では、急に寒くなりましたがお体お気をつけ下さい。短いですが今回はこれで失礼します<m(__)m>
甲斐様
おはようございます。
> さすがです、伊佐先生
> 一人になって不安な俊輔の状態をちゃんと把握していたんですね
> けど、そんな場面を目撃してしまった吉賀としては
> 心配&自責に嫉妬が加わって暴走しないといんですけど…
俊輔がどんなふうになるのか、それとなく予想はできていたんでしょう。
ずっと一緒にねんねしていた仲ですからね~。
さぁ!そんな光景を見てしまった吉賀。
また暴走?!…いや、それはない…ない…と思うんですけど…。
でも嫉妬はしてますね。
なんでここに部外者が?!…な状態でしょうし、何より一番に頼ってもらえなかったわけですから。
とはいえ、まだ現状を把握できていない吉賀なんですけど。
コメントありがとうございました。
おはようございます。
> さすがです、伊佐先生
> 一人になって不安な俊輔の状態をちゃんと把握していたんですね
> けど、そんな場面を目撃してしまった吉賀としては
> 心配&自責に嫉妬が加わって暴走しないといんですけど…
俊輔がどんなふうになるのか、それとなく予想はできていたんでしょう。
ずっと一緒にねんねしていた仲ですからね~。
さぁ!そんな光景を見てしまった吉賀。
また暴走?!…いや、それはない…ない…と思うんですけど…。
でも嫉妬はしてますね。
なんでここに部外者が?!…な状態でしょうし、何より一番に頼ってもらえなかったわけですから。
とはいえ、まだ現状を把握できていない吉賀なんですけど。
コメントありがとうございました。
miki様
おはようございます。
おひさしぶりでーす。
> とても暫ーくぶりにコメさせてもらいます(^^)
> 伊佐先生の行動は俊輔の為にはイイんだろうけど、何故よりによってそこを吉賀が見てしまうのか…
> そんな場面を見て吉賀は何を思うのでしょうか。これで俊輔を諦める、なんて考えないで欲しいです(>_<)
>
> では、急に寒くなりましたがお体お気をつけ下さい。短いですが今回はこれで失礼します<m(__)m>
こんな夜中に、なんで吉賀は起きていたの?!…なんですけどね。
大人しく寝ててくれればそんな場面を見ることもなかったのに。
伊佐と俊輔のことはまだ詳しく知らない吉賀だし。
諦める…なんてことをせずに、若者らしく突っ走ってほしいですね(笑)
miki様も体調にお気をつけくださいね。
コメントありがとうございました。
おはようございます。
おひさしぶりでーす。
> とても暫ーくぶりにコメさせてもらいます(^^)
> 伊佐先生の行動は俊輔の為にはイイんだろうけど、何故よりによってそこを吉賀が見てしまうのか…
> そんな場面を見て吉賀は何を思うのでしょうか。これで俊輔を諦める、なんて考えないで欲しいです(>_<)
>
> では、急に寒くなりましたがお体お気をつけ下さい。短いですが今回はこれで失礼します<m(__)m>
こんな夜中に、なんで吉賀は起きていたの?!…なんですけどね。
大人しく寝ててくれればそんな場面を見ることもなかったのに。
伊佐と俊輔のことはまだ詳しく知らない吉賀だし。
諦める…なんてことをせずに、若者らしく突っ走ってほしいですね(笑)
miki様も体調にお気をつけくださいね。
コメントありがとうございました。
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