何事も起こらないだろうと思われた学業生活は、思わぬところに落とし穴があった。
人の噂とは、また尾ひれを付けて広がっていくものである。
ずっと「忙しくなった」と連絡が取れなかった本郷だったが、キャンパス内で会えば話もできるだろうと思っていた。
しかし現実は…。
日生を遠巻きに見る人間に何となく気付いた。
近付いてこようともせず、それでいて気にとめられている。視線が合えば慌てて反らし、誰かとひそひそと話を始める。わざとらしい行動は嫌でも目に付く。
各自が学習した結果を見せる場でもあり、親しくなる理由がないとはいえ…。
避けられ方は明らかで、ただでさえ人との交流に慣れない日生にはきつく吹く風となった。
かつて話しかけてくれた本郷でさえ、数秒すら惜しむように次から次へと同じ講義を受ける学生の間を抜けていった。
本郷から話しかけられない…なんて初めてのことで…。日生は今のこの時間をどうしようかと悩んだくらいだった。
講義中はいい。それぞれに話を聞いているから。
昼食を取ろうかと向かったカフェテリアで、女性特有の甲高い声を耳にした時、全ての世界が止まった。
数人の女性が集まれば賑やかな場にもなる。
「大人しい顔しててさぁ、ヤクザの親戚だったんだってぇ」
「え?親子なんじゃないの?」
「どっちでもいいけど身近にいられるって怖いよね」
「本郷くんだって懐かれたら迷惑だっていうの」
嫌でも耳に飛び込んできた会話の内容は、深く掘り下げなくても日生のことだと気付く。
今日ずっと付きまとっていた違和感がなんだったのかはっきりとした。
本郷を目の前にして顔を合わせてしまった奈義の存在は、日生の意思とは無関係に深い結びつきを皆に植えていた。
嫌われる存在になったのだと気付いた瞬間、日生はここにいられないと逃げ出した。
トラブルの回避策や対応策など、日生では思い浮かぶものがない。
滅多に顔を合わせる人たちではなかったが、見知らぬところで噂されているのだと思うと通う気になれない。
マンションに帰ると、予定外の時間のことに清音がどうしたのかと訝しがった。
すぐに部屋に籠ってしまうと、コンコンとドアの外から清音の声がする。
「日生さん?どうされたんですか?体調がすぐれないとか?」
「なんでもない…。大丈夫だから…」
ベッドにぼすんっとうつ伏せに寝転がって、どうしたらいいのかと、ぐるぐる頭を巡らせた。
せっかく入れてくれた大学もこんな形で投げ出したら周防たちに呆れられるだろうか。
常に通学する必要がないのはせめてもの救いだが、それだけでは卒業はできない。
何の気なしに奈義と接触をはかってしまったことが、こんな風に影響を及ぼしてくるなどとは思ってもいなかった。
周防が口を酸っぱくして関わり合いを持たせないようにした理由を今更ながらに知った。
世間から見る風当たりは想像以上に強いものだったのだ。
今更奈義と親しくすることはないだろうが、そんなことはどうでもいいのがみんなであり、どちらにせよ、日生との交流は持とうとしないだろう。
…人が怖い…。
冷たくあしらわれた時の心の傷をどう埋めていいのか、日生は分からずにいる。
ベッドの中でグズグズとまとまらない考えを何度も浮かべては消していく。
以前周防が言っていた、『働く』という世界に逃げてしまいたい衝動にもかられる。
大学卒業を希望されているが、必ずしも必要なものなのだろうか…。
玄関から廊下にかけて俄かに騒々しくなった気がした。直後にはドアをノックする音と和紀の「ひな?」と様子を伺う声がする。
清音が連絡を取ったのだろう。日生が部屋に籠るなど、三隅家にしてみたら”異常事態”と言える出来事だった。
隠れていられるものでもない。
和紀は日生の返事を待たずに中に入ってきた。ベッドに蹲る日生を見て、眉間の皺が濃くなる。
「ひな?今日、公開講義の日だったんでしょ。こんな時間に帰ってくるなんてどうしたの?」
ベッドの端に腰かけた和紀は背中を向けた日生の髪を梳いた。
嫌な予感というのは大概当たるものである。
先日、日生の友人の前でありながら平然と姿を現した奈義との一件から初めての通学だった。友人と直接顔を合わせた結果が何を招いたのか…。
日生がこんなふうに落ち込む理由を、それ以外に見つけられない。
「ひな。何があったのか話してごらん。ひなが何を考えているのかも」
和紀の声は優しい。
将来のことなど周防と話をすることは多かったが、和紀とこんな話をするのはもしかしたら初めてかもしれなかった。
そういえば今日、周防はどうしたのだろう。
仕事を持っている以上、日生につきっきりになれるはずもなく、和紀だけが飛んで帰ってきたのか…。
自分の行動で周りを巻き込んで迷惑をかけている不甲斐なさをまた感じる。
一人でどうにかできる人間になりたい。そう思うのに気ばかりが先走って実力が伴わず空回り状態だ。
何より常に日生を包んでくれる『甘やかしオーラ』が気弱なものにさせていく。
「大学…、…いきたくない…」
「ひな?」
本音がぽろりと零れると、すでに悟ったような和紀の小さな溜め息が聞こえた。
いずれ、日生が言い出すと予期していたことのように…。
「和紀く…ん…」
くるりと向きを変えた日生は和紀と視線を合わせる。
素っ気なく過ごされる日が多い中、日生が弱った時だけは昔と同じようにそばにいてくれる、”日生の和紀”でいてくれるような気がして、余計に甘えが強くなるのを感じた。
「好き」とは言えない反面で、せめて繋ぎとめたい気持ちが溢れるかのように…。
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人の噂とは、また尾ひれを付けて広がっていくものである。
ずっと「忙しくなった」と連絡が取れなかった本郷だったが、キャンパス内で会えば話もできるだろうと思っていた。
しかし現実は…。
日生を遠巻きに見る人間に何となく気付いた。
近付いてこようともせず、それでいて気にとめられている。視線が合えば慌てて反らし、誰かとひそひそと話を始める。わざとらしい行動は嫌でも目に付く。
各自が学習した結果を見せる場でもあり、親しくなる理由がないとはいえ…。
避けられ方は明らかで、ただでさえ人との交流に慣れない日生にはきつく吹く風となった。
かつて話しかけてくれた本郷でさえ、数秒すら惜しむように次から次へと同じ講義を受ける学生の間を抜けていった。
本郷から話しかけられない…なんて初めてのことで…。日生は今のこの時間をどうしようかと悩んだくらいだった。
講義中はいい。それぞれに話を聞いているから。
昼食を取ろうかと向かったカフェテリアで、女性特有の甲高い声を耳にした時、全ての世界が止まった。
数人の女性が集まれば賑やかな場にもなる。
「大人しい顔しててさぁ、ヤクザの親戚だったんだってぇ」
「え?親子なんじゃないの?」
「どっちでもいいけど身近にいられるって怖いよね」
「本郷くんだって懐かれたら迷惑だっていうの」
嫌でも耳に飛び込んできた会話の内容は、深く掘り下げなくても日生のことだと気付く。
今日ずっと付きまとっていた違和感がなんだったのかはっきりとした。
本郷を目の前にして顔を合わせてしまった奈義の存在は、日生の意思とは無関係に深い結びつきを皆に植えていた。
嫌われる存在になったのだと気付いた瞬間、日生はここにいられないと逃げ出した。
トラブルの回避策や対応策など、日生では思い浮かぶものがない。
滅多に顔を合わせる人たちではなかったが、見知らぬところで噂されているのだと思うと通う気になれない。
マンションに帰ると、予定外の時間のことに清音がどうしたのかと訝しがった。
すぐに部屋に籠ってしまうと、コンコンとドアの外から清音の声がする。
「日生さん?どうされたんですか?体調がすぐれないとか?」
「なんでもない…。大丈夫だから…」
ベッドにぼすんっとうつ伏せに寝転がって、どうしたらいいのかと、ぐるぐる頭を巡らせた。
せっかく入れてくれた大学もこんな形で投げ出したら周防たちに呆れられるだろうか。
常に通学する必要がないのはせめてもの救いだが、それだけでは卒業はできない。
何の気なしに奈義と接触をはかってしまったことが、こんな風に影響を及ぼしてくるなどとは思ってもいなかった。
周防が口を酸っぱくして関わり合いを持たせないようにした理由を今更ながらに知った。
世間から見る風当たりは想像以上に強いものだったのだ。
今更奈義と親しくすることはないだろうが、そんなことはどうでもいいのがみんなであり、どちらにせよ、日生との交流は持とうとしないだろう。
…人が怖い…。
冷たくあしらわれた時の心の傷をどう埋めていいのか、日生は分からずにいる。
ベッドの中でグズグズとまとまらない考えを何度も浮かべては消していく。
以前周防が言っていた、『働く』という世界に逃げてしまいたい衝動にもかられる。
大学卒業を希望されているが、必ずしも必要なものなのだろうか…。
玄関から廊下にかけて俄かに騒々しくなった気がした。直後にはドアをノックする音と和紀の「ひな?」と様子を伺う声がする。
清音が連絡を取ったのだろう。日生が部屋に籠るなど、三隅家にしてみたら”異常事態”と言える出来事だった。
隠れていられるものでもない。
和紀は日生の返事を待たずに中に入ってきた。ベッドに蹲る日生を見て、眉間の皺が濃くなる。
「ひな?今日、公開講義の日だったんでしょ。こんな時間に帰ってくるなんてどうしたの?」
ベッドの端に腰かけた和紀は背中を向けた日生の髪を梳いた。
嫌な予感というのは大概当たるものである。
先日、日生の友人の前でありながら平然と姿を現した奈義との一件から初めての通学だった。友人と直接顔を合わせた結果が何を招いたのか…。
日生がこんなふうに落ち込む理由を、それ以外に見つけられない。
「ひな。何があったのか話してごらん。ひなが何を考えているのかも」
和紀の声は優しい。
将来のことなど周防と話をすることは多かったが、和紀とこんな話をするのはもしかしたら初めてかもしれなかった。
そういえば今日、周防はどうしたのだろう。
仕事を持っている以上、日生につきっきりになれるはずもなく、和紀だけが飛んで帰ってきたのか…。
自分の行動で周りを巻き込んで迷惑をかけている不甲斐なさをまた感じる。
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何より常に日生を包んでくれる『甘やかしオーラ』が気弱なものにさせていく。
「大学…、…いきたくない…」
「ひな?」
本音がぽろりと零れると、すでに悟ったような和紀の小さな溜め息が聞こえた。
いずれ、日生が言い出すと予期していたことのように…。
「和紀く…ん…」
くるりと向きを変えた日生は和紀と視線を合わせる。
素っ気なく過ごされる日が多い中、日生が弱った時だけは昔と同じようにそばにいてくれる、”日生の和紀”でいてくれるような気がして、余計に甘えが強くなるのを感じた。
「好き」とは言えない反面で、せめて繋ぎとめたい気持ちが溢れるかのように…。
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おぉ~大学で 早速の悪意の洗礼が!
知ってる? ...ヒソ(* ^o)ヒソ(´д`;)ヒソ(o^ *)ヒソ...知らなかった!...
無菌培養の日生には・・・
反論も出来ないし~耐えられないし~逃げちゃったし~泣いちゃったし~閉じ篭ったし~登校拒否したし~∑(; ̄□ ̄Å アセアセ
ひなの本音を聞けるのも 慰めるのも
和紀兄ぃ、あなたしかいないんですから この後は任せたからねぇ~♪
∑d(`・д・´。)ок...byebye☆
知ってる? ...ヒソ(* ^o)ヒソ(´д`;)ヒソ(o^ *)ヒソ...知らなかった!...
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反論も出来ないし~耐えられないし~逃げちゃったし~泣いちゃったし~閉じ篭ったし~登校拒否したし~∑(; ̄□ ̄Å アセアセ
ひなの本音を聞けるのも 慰めるのも
和紀兄ぃ、あなたしかいないんですから この後は任せたからねぇ~♪
∑d(`・д・´。)ок...byebye☆
お坊っちゃま、打たれ弱いから。
でも、頑張らないと。
社会はもっと厳しく辛いからね。
お兄ちゃん、今回はヘルプお願いしますよー。あんた方のせいでもあるしね。
私も、けいったん様の意見に賛成!
保育園ですよね?
まあ、なるくんとかなっちゃんとかかずはくんにリハビリして貰いましょう。
日野くんが大変かなあ。
ひーくんは・・・
あ、違ったらごめんなさい。
でも、頑張らないと。
社会はもっと厳しく辛いからね。
お兄ちゃん、今回はヘルプお願いしますよー。あんた方のせいでもあるしね。
私も、けいったん様の意見に賛成!
保育園ですよね?
まあ、なるくんとかなっちゃんとかかずはくんにリハビリして貰いましょう。
日野くんが大変かなあ。
ひーくんは・・・
あ、違ったらごめんなさい。
けいったん様
こんにちは。
> おぉ~大学で 早速の悪意の洗礼が!
> 知ってる? ...ヒソ(* ^o)ヒソ(´д`;)ヒソ(o^ *)ヒソ...知らなかった!...
噂ってね~。
いいことはともかく、悪いことほど広まっていくものです。
> 無菌培養の日生には・・・
> 反論も出来ないし~耐えられないし~逃げちゃったし~泣いちゃったし~閉じ篭ったし~登校拒否したし~∑(; ̄□ ̄Å アセアセ
>
> ひなの本音を聞けるのも 慰めるのも
> 和紀兄ぃ、あなたしかいないんですから この後は任せたからねぇ~♪
> ∑d(`・д・´。)ок...byebye☆
そう。何一つ返せるものがない日生でした。
そして無菌室へε=┏(; ̄▽ ̄)┛GO!
日生にとって何より安全安心な空間に逃げ込むわけですよ。
あとはお兄ちゃんに救ってもらって…。
いいのか?!日生、こんな生活で…(←)
コメントありがとうございました。
こんにちは。
> おぉ~大学で 早速の悪意の洗礼が!
> 知ってる? ...ヒソ(* ^o)ヒソ(´д`;)ヒソ(o^ *)ヒソ...知らなかった!...
噂ってね~。
いいことはともかく、悪いことほど広まっていくものです。
> 無菌培養の日生には・・・
> 反論も出来ないし~耐えられないし~逃げちゃったし~泣いちゃったし~閉じ篭ったし~登校拒否したし~∑(; ̄□ ̄Å アセアセ
>
> ひなの本音を聞けるのも 慰めるのも
> 和紀兄ぃ、あなたしかいないんですから この後は任せたからねぇ~♪
> ∑d(`・д・´。)ок...byebye☆
そう。何一つ返せるものがない日生でした。
そして無菌室へε=┏(; ̄▽ ̄)┛GO!
日生にとって何より安全安心な空間に逃げ込むわけですよ。
あとはお兄ちゃんに救ってもらって…。
いいのか?!日生、こんな生活で…(←)
コメントありがとうございました。
ちー様
こんにちは。
> お坊っちゃま、打たれ弱いから。
> でも、頑張らないと。
> 社会はもっと厳しく辛いからね。
はい、弱っちい子でした。
こんなんで世間、渡っていけるんですかね~(←)
守ってくれる人はそれなりにいるでしょうが…。
> お兄ちゃん、今回はヘルプお願いしますよー。あんた方のせいでもあるしね。
>
> 私も、けいったん様の意見に賛成!
> 保育園ですよね?
> まあ、なるくんとかなっちゃんとかかずはくんにリハビリして貰いましょう。
> 日野くんが大変かなあ。
> ひーくんは・・・
>
> あ、違ったらごめんなさい。
日生、一応まだ未成年なんですよね。
あの連中の中に放りこむことが私には怖いことのような気がしますが…。
リハビリ…になるのかなぁ。
あぁ、でもみんな優しくかまってはくれるでしょうね。
文句なしに(小さい頃から書いているからかもしれませんが)一番の甘えん坊は日生です。
和紀が中途半端に日生を甘やかして放置していますからね。反動があるのでしょう。
ひーくんは…。また何かとんでもないことを言いだしそうです。
コメントありがとうございました。
こんにちは。
> お坊っちゃま、打たれ弱いから。
> でも、頑張らないと。
> 社会はもっと厳しく辛いからね。
はい、弱っちい子でした。
こんなんで世間、渡っていけるんですかね~(←)
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>
> 私も、けいったん様の意見に賛成!
> 保育園ですよね?
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> ひーくんは・・・
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> あ、違ったらごめんなさい。
日生、一応まだ未成年なんですよね。
あの連中の中に放りこむことが私には怖いことのような気がしますが…。
リハビリ…になるのかなぁ。
あぁ、でもみんな優しくかまってはくれるでしょうね。
文句なしに(小さい頃から書いているからかもしれませんが)一番の甘えん坊は日生です。
和紀が中途半端に日生を甘やかして放置していますからね。反動があるのでしょう。
ひーくんは…。また何かとんでもないことを言いだしそうです。
コメントありがとうございました。
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