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BLの丘
淋しい夜に泣く声 57
2009-10-15-Thu  CATEGORY: 淋しい夜
英人が住んでいた場所より格段に良い部屋だった。マンションの入り口にはセキュリティシステムもあったし、そんなものをいじったこともなかった英人は、それだけで立派だと思ったくらいだった。
もちろん榛名に与えられていた豪華なホテルとは雲泥の差が出てしまうが…。
ワンルームの部屋は広かったが、入った中の奥にいきなりベッドが視界に飛び込んできて、思わず慌ててしまった。だがずっと手前にある二人掛けくらいのソファとガラステーブルのところに座ってと促された。
「どうせ何も食ってないんだろう?インスタント食品か菓子くらいしかないけどさ。人間、腹いっぱいになると幸せだと思えるもんだぜ」
そう言って、冷蔵庫の中に入っていた総菜の残りやカップラーメンとかスナック菓子とか、色々なものを出してくる。
「ごめん。俺時間なくって。キッチンとかこの辺だったら適当にいじってていいから」
必要になりそうな物だけを手際よくテーブルの上に並べると、急いたように部屋から出て行こうとした。
どうやら仕事に行く途中で英人を見つけてしまって、放っておけなくてわざわざ戻ってくれたらしい。
今さっき入ってきたばかりの玄関に向かいながら彼は振り返った。
「それでもさ。どうしてもここに居るのがやだって思ったなら、出て行っちゃっていいから。せめてあんたに何が起こったのか話くらい聞いてやりたかったけど、無理に聞けることでもないし。あの界隈、結構噂が回るの早いから。あんたの噂話を耳にしなけりゃ、どこかで元気でやっていると思ってるから」
どうせ何も答えなどしないだろうと英人の返事を待たずに、彼は外へと消えて行った。

彼が英人に何を伝えたかったのか、意味を理解するところまで思考は回っていなかった。ただ申し訳ないな、とだけ影を落とした心が詫びていた。
何故こんな自分にここまで親切にしてくれるのだろう…。
呆然とした気分が抜けきらなく、黙々とこの部屋の主の行動を目で追うだけだったが、彼が去ってしまった後で、しばらくしてからなんとなく目の前に出された小振りのチョコレートを口に入れてみた。
ほろ苦く、それでいて甘い。
ホテルに置いてあった品物とは違って、その辺で売っている市販品だが、口の中に広がる『味』に五感が研ぎ澄まされるような喜びと叫びが湧きあがった。
自分の部屋とは違う、少しでも立派な場所に入ったから余計に味わいのあるものとして感じたらしい。
どんよりとしていた血液が流れて行く。止まったような心臓がまた動き出したようだった。
同時に榛名の顔が浮かんで、脳裏から消えなかった。

自分は何をしようとしていたのだろう…。

榛名が自分に何と言っていたのか、どんな行動を取っていたのか、走馬灯のように駆け巡っていった。
もう零れることなどないと思っていた涙がとめどなく溢れてくる。
榛名はいつだって英人の身体を心配していた。
きちんとした生活を送れと何度も言われた。
その為に必要なことを全てというくらい、榛名は教えてくれたはずなのに、たった『引き離された』というそれだけのことで、全てを忘れ、まるで自分の人生の全てが終わったと受け止めてしまった。
榛名は最後まで英人を気遣って、だからあんな大金を渡してくれたのだろう。
もともと叶わぬ恋で願いで、榛名に並べるはずがないと充分なほど知らしめられた生活だったのに、ほんの少しだけ愛情を向けられたことで現実を忘れていた。
傷ついた心を立て直すことができなく、悲観に暮れているのは自分だけだと感じてしまった。
どんな思いで榛名があれだけのお金を用立てたのかと思えば、死んでしまえばいいと思っていた自分が何よりも一番みっともなかった。
野崎に厳しいことを言われなければ、きっと自分は榛名に甘えすがっただろう。やがてそれは榛名の身の破滅を招き、お互いが幸せになれないことを意味している。野崎は榛名の為に、榛名は英人の為に考えて行動をしてくれたのだと思いたい。

自分がどれほど浅はかで、どれだけ大事なことを見落としていたのか、たった一粒のチョコレートに教えられた気がした。
榛名が英人に伝え教えたかったことは、堕落していく自分になることではなかったはずだ…。

英人は泣き続けながらも、もう一粒、もう一粒とチョコレートを口に入れた。
その度に榛名を思い出して辛かったけれど、教えてもらったことを糧にしなければならないのだと感じた。
名前も知らないこの部屋の主にも、自分などを気遣い掬いあげてくれたことに感謝した。見ず知らずの人間を一人、部屋に残していくには勇気も覚悟も必要なはずだ。
全ての人間に感謝と謝罪の言葉を心の中で呟いた。
彼は幾種類かのアルコールも用意していってくれたから、その中の一つを頂いた。
だが、返って感情の起伏が激しくなってしまい、結果的に、出勤してからたった数時間しか経っていないのに帰宅した家主を涙で迎えるという事態に陥ってしまった。

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コメント

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コメントきえ | URL | 2009-10-15-Thu 14:30 [編集]
MO様

こんにちは。いらっしゃいませ。

>英人、思ったより早く浮上してくれて、良かったです♪ もう一度、1話から読み直しています。「千城編」楽しみに待ってます。

はい。意外と単純に抜けてくれました。
英人にとって『食べ物』って重要なキーワードになったようです。
食生活は榛名に厳しく言われていましたからね。
1話から読み直し…。なんだかボロが出そうです。自分でも読んでいないだけに不安が…。
もし「あれ?!」と思うところが出てもスルッと流してやってください(汗)
次回から「千城編」を書いていきます。
あちこちに飛ぶようで申し訳ありません。

コメントありがとうございました。
泣き虫英人くんへ
コメント甲斐 | URL | 2009-10-15-Thu 16:18 [編集]
今は泣いてもいいと思う。
これまで、知らなかったことを知ってしまったからこその苦しみを、何で癒したらいいのか分らないし、知らなかった頃に戻れるわけもないのだから。
でも、だからといって知らないままでいたほうが幸せだったのかといわれたらどうでしょう。
あのまま、体を売って何も望まず先も見えない生きているだけの生活のまま堕ちていくほうがよかったなんて思わないですよね。
だから、今はいっぱい泣いて泣いてそのあとで考えよう。
きっと、それを手伝ってくる人や心優しい人がいるはずだから。
Re: 泣き虫英人くんへ
コメントきえ | URL | 2009-10-15-Thu 23:44 [編集]
甲斐様

こんばんは。またお越しいただきありがとうございます。

> 今は泣いてもいいと思う。
> これまで、知らなかったことを知ってしまったからこその苦しみを、何で癒したらいいのか分らないし、知らなかった頃に戻れるわけもないのだから。
> でも、だからといって知らないままでいたほうが幸せだったのかといわれたらどうでしょう。
> あのまま、体を売って何も望まず先も見えない生きているだけの生活のまま堕ちていくほうがよかったなんて思わないですよね。
> だから、今はいっぱい泣いて泣いてそのあとで考えよう。
> きっと、それを手伝ってくる人や心優しい人がいるはずだから。

あ~、もう、泣きそうです、私が。
私の方がしみじみと読ませていただきました。
なんだか英人、泣いてばっかりですよね。(今頃気付く…)
甲斐様の温かいメッセージ、きっと英人の心に染み渡っているはずです。
千城にもたくさんの『生きる』意味を教えられて、見知らぬ人に親切にされ、英人はもうただ生きているだけの世界には堕ちていかないはずです。
自分のことを大事にしてくれる人がいる、と思えることで、自分を粗末に扱うことはしないでしょう。

コメントいただきありがとうございました。
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