10年前とはいえ、一度は経験した"出産"ということに、母親にも父親にも少しの余裕はあったのかもしれない。
しかし、初めて見せられた光景に筑穂の動揺は止まらない。
待合室まで連れていかれて、隣に並ぶ自動販売機から、祖母がパックのジュースを買ってくれた。
祖父と並んで座って、・・・祖母は落ちつきなくウロウロとしてはいたけれど、病室まで入っていくことはなかった。
やがて、バタバタと、父方の祖父母が飛び込んでくる。
「ちっくんっ」
大人しく座っている筑穂に、どこか安心したように、新しく現れた祖母は頬を緩ませていた。
筑穂の頭上で、親戚関係の挨拶がかわされている。
筑穂にとっては、どちらも「おじいちゃん、おばあちゃん」なのだけれど、一斉に集まられると、どうしたらいいのか・・・。
お互い、すでに顔を合わせた存在。
それぞれが慌ただしく久し振りの挨拶を済ませていた。
筑穂に向けた表情とは全く違った、硬くなった顔で、4人が心配げに病室を眺めていた。
すんなり、とはいかないことを、誰もが知るのだろうか。
入院させたことも含めて・・・。
やがて病室がバタバタと動き出した。
"分娩室"という中に、父親も一緒に入っていく。
「ぼくもっ」
追いかけようとした筑穂は、母方の祖母に引きとめられた。
「筑穂くんは、ここで待っていようね」
その声も、どこか落ちつきはなかったけれど。
置いてきぼりをくらったような悲しさが筑穂の中に湧いていた。
「おかぁさんっ」
我慢していた思いも溢れそうになる。
母は身重になってから、体当たり的な遊びはしてくれなくなった。
この年になって、親に『構って』攻撃をかけるほうがおかしいとも思うが、時には強く、抱擁してほしかった時間があったのだとも思う。
お腹の子を気遣うように、母親は、筑穂からの距離を取り始めていた。
こんなふうに、両親から視線を反らされたことなどなかったのだ。
お母さんには『待っててね』と言われたけれど。
心配させたくないから、それには頷いたけれど・・・
その言葉すら、もう脳裏には残っていないくらい。
壁一枚の向こうを見守る4人がいる。
空気だけで伝わってくる不安感が、余計に筑穂を圧迫していた。
あんなに苦しそうにしていた母は、本当にまた筑穂に向かって微笑んでくれるのだろうか・・・
その苦しみを共有した者だからこそ、"愛情"というものが注がれるのではないだろうか・・・
筑穂はそこには加えられていない・・・
あんな苦しい顔をさせるくらいなら・・・
『守るもの』なんていらない とすら思っていたのだ。
泣いてはいけないとは分かっていても、涙がこぼれてきてしまうのは何故だろう。
気持ちが分かるのだろうか。母方の祖父が抱き上げてくれた。
「筑穂は優しい子だな」
母親に寄せる思いは、誰しも持つものだと、筑穂を責めてはこない。
重くなった子供を長くも抱っこしていられないといった感じなのか、そばの椅子に、腰を下ろした。
待合室に無言の時間が流れてどれくらいか、突然、ガタガタっと廊下まで響いてくる音が耳に届いて、緊張が走った。
直後、「・・・、っ、ぅ、んっ、ぎゃぁぁっ」と耳をつんざくような甲高い悲鳴が聞こえて、筑穂は身体をこわばらせたけれど、他の人たちからは安堵の息が吐かれていた。
祖母どうしについては、両手を叩きあっていたくらいだ。
まなじりには涙が浮かんでいる。
筑穂にはとても喜ばしい出来事には思えなかった。
何が起こったのだろう・・・。
こわばっていた祖父の体から力が抜けたことだけは、たぶん一番筑穂が感じていたことでもある。
しばらくして、スライドドアが開けられた。
看護師に抱かれた、ぬいぐるみよりも小さい、サルみたいな物体が白いタオルにくるまれて"お披露目"にやってくる。
一斉に視線がそこに向けられていた。
そこにいるものが何なのかも分からない筑穂だ。
後から父親が汗だくになりながら出てくる。
真っ先に筑穂を見つけてくれたことが、筑穂のわだかまりをほぐしてくれた。
祖父の腕から、久し振りに抱き上げてくれる。
その腕の強さが心地よかった。・・・のに・・・。
待っていた筑穂を褒めてくれる言葉は一つも聞かれなかった。
「筑穂っ。弟だよっ。元気な男の子だっ」
滅多に泣くことなどない、父の瞳が潤んでいて、続いた言葉に何も言えなくなった。
「お母さん、すごくがんばったよ。大きい子なんだ」
興奮した父親に、・・・また、祖父母たちに、何が言えたというのだろう。
筑穂は、"感情をおさえる"ということを、この時になって教えられたのかもしれない。
―つづく―
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ぼちってしてくれるとうれしいです。
あれ、まだ終わらない。
また暗い話になっていく・・・
楽しい子育て~♪ はいつの話?!
病院内のことは、衛生面とか、ものすごくきちんとしているはずです。
あくまでも想像のことなので、温かい目で見守ってください。
コメント様、こちらからレス失礼します。
続き楽しみにしてくださって嬉しいです。
甘々な子育て・・・のはずなんですけれどね(苦笑)
まだ序章(←)みたいな書き出しになってしまいました。
こんな予定ではなかった・・・とはいつものことですが。
10歳の時の、筑穂の複雑な心の流れ、みたいなものを書けたらいいです。(そんな深いものは書けないなぁ)
自分の心の中に思い描いているものって、なかなか文章にはならないから、伝わっているか心配です。
皆様いつもこんな駄文読んでくださってありがとうございます。
しかし、初めて見せられた光景に筑穂の動揺は止まらない。
待合室まで連れていかれて、隣に並ぶ自動販売機から、祖母がパックのジュースを買ってくれた。
祖父と並んで座って、・・・祖母は落ちつきなくウロウロとしてはいたけれど、病室まで入っていくことはなかった。
やがて、バタバタと、父方の祖父母が飛び込んでくる。
「ちっくんっ」
大人しく座っている筑穂に、どこか安心したように、新しく現れた祖母は頬を緩ませていた。
筑穂の頭上で、親戚関係の挨拶がかわされている。
筑穂にとっては、どちらも「おじいちゃん、おばあちゃん」なのだけれど、一斉に集まられると、どうしたらいいのか・・・。
お互い、すでに顔を合わせた存在。
それぞれが慌ただしく久し振りの挨拶を済ませていた。
筑穂に向けた表情とは全く違った、硬くなった顔で、4人が心配げに病室を眺めていた。
すんなり、とはいかないことを、誰もが知るのだろうか。
入院させたことも含めて・・・。
やがて病室がバタバタと動き出した。
"分娩室"という中に、父親も一緒に入っていく。
「ぼくもっ」
追いかけようとした筑穂は、母方の祖母に引きとめられた。
「筑穂くんは、ここで待っていようね」
その声も、どこか落ちつきはなかったけれど。
置いてきぼりをくらったような悲しさが筑穂の中に湧いていた。
「おかぁさんっ」
我慢していた思いも溢れそうになる。
母は身重になってから、体当たり的な遊びはしてくれなくなった。
この年になって、親に『構って』攻撃をかけるほうがおかしいとも思うが、時には強く、抱擁してほしかった時間があったのだとも思う。
お腹の子を気遣うように、母親は、筑穂からの距離を取り始めていた。
こんなふうに、両親から視線を反らされたことなどなかったのだ。
お母さんには『待っててね』と言われたけれど。
心配させたくないから、それには頷いたけれど・・・
その言葉すら、もう脳裏には残っていないくらい。
壁一枚の向こうを見守る4人がいる。
空気だけで伝わってくる不安感が、余計に筑穂を圧迫していた。
あんなに苦しそうにしていた母は、本当にまた筑穂に向かって微笑んでくれるのだろうか・・・
その苦しみを共有した者だからこそ、"愛情"というものが注がれるのではないだろうか・・・
筑穂はそこには加えられていない・・・
あんな苦しい顔をさせるくらいなら・・・
『守るもの』なんていらない とすら思っていたのだ。
泣いてはいけないとは分かっていても、涙がこぼれてきてしまうのは何故だろう。
気持ちが分かるのだろうか。母方の祖父が抱き上げてくれた。
「筑穂は優しい子だな」
母親に寄せる思いは、誰しも持つものだと、筑穂を責めてはこない。
重くなった子供を長くも抱っこしていられないといった感じなのか、そばの椅子に、腰を下ろした。
待合室に無言の時間が流れてどれくらいか、突然、ガタガタっと廊下まで響いてくる音が耳に届いて、緊張が走った。
直後、「・・・、っ、ぅ、んっ、ぎゃぁぁっ」と耳をつんざくような甲高い悲鳴が聞こえて、筑穂は身体をこわばらせたけれど、他の人たちからは安堵の息が吐かれていた。
祖母どうしについては、両手を叩きあっていたくらいだ。
まなじりには涙が浮かんでいる。
筑穂にはとても喜ばしい出来事には思えなかった。
何が起こったのだろう・・・。
こわばっていた祖父の体から力が抜けたことだけは、たぶん一番筑穂が感じていたことでもある。
しばらくして、スライドドアが開けられた。
看護師に抱かれた、ぬいぐるみよりも小さい、サルみたいな物体が白いタオルにくるまれて"お披露目"にやってくる。
一斉に視線がそこに向けられていた。
そこにいるものが何なのかも分からない筑穂だ。
後から父親が汗だくになりながら出てくる。
真っ先に筑穂を見つけてくれたことが、筑穂のわだかまりをほぐしてくれた。
祖父の腕から、久し振りに抱き上げてくれる。
その腕の強さが心地よかった。・・・のに・・・。
待っていた筑穂を褒めてくれる言葉は一つも聞かれなかった。
「筑穂っ。弟だよっ。元気な男の子だっ」
滅多に泣くことなどない、父の瞳が潤んでいて、続いた言葉に何も言えなくなった。
「お母さん、すごくがんばったよ。大きい子なんだ」
興奮した父親に、・・・また、祖父母たちに、何が言えたというのだろう。
筑穂は、"感情をおさえる"ということを、この時になって教えられたのかもしれない。
―つづく―
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ぼちってしてくれるとうれしいです。
あれ、まだ終わらない。
また暗い話になっていく・・・
楽しい子育て~♪ はいつの話?!
病院内のことは、衛生面とか、ものすごくきちんとしているはずです。
あくまでも想像のことなので、温かい目で見守ってください。
コメント様、こちらからレス失礼します。
続き楽しみにしてくださって嬉しいです。
甘々な子育て・・・のはずなんですけれどね(苦笑)
まだ序章(←)みたいな書き出しになってしまいました。
こんな予定ではなかった・・・とはいつものことですが。
10歳の時の、筑穂の複雑な心の流れ、みたいなものを書けたらいいです。(そんな深いものは書けないなぁ)
自分の心の中に思い描いているものって、なかなか文章にはならないから、伝わっているか心配です。
皆様いつもこんな駄文読んでくださってありがとうございます。
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今日は久しぶりに生後三か月の子に会いました。 とっても大きい子で・・・
きっと母親には重いけどかけがえのない笑顔を出させてくれるバーベルです
お子ちゃまシリーズ 是非続けてください 小さい子でも 心の動きは
繊細ですよね
きっと母親には重いけどかけがえのない笑顔を出させてくれるバーベルです
お子ちゃまシリーズ 是非続けてください 小さい子でも 心の動きは
繊細ですよね
「笑顔のバーベル」と言われれば 納得ですね。
寝たら もっと重くなるよ~!
そして 二の腕も 太くなる…(T▽T)
ちっくんには 何が何だか分からない状況だよね。
お母さんは苦しそうだし、おじいちゃんも おばあちゃんも ソワソワしているし!
お父さんだって…
皆が 弟の誕生を喜んで ずっと 良い子で我慢してたのにねー
(* T-)ヾ( ̄▽ ̄;) ヨシヨシ、ナデナデ♪
寝たら もっと重くなるよ~!
そして 二の腕も 太くなる…(T▽T)
ちっくんには 何が何だか分からない状況だよね。
お母さんは苦しそうだし、おじいちゃんも おばあちゃんも ソワソワしているし!
お父さんだって…
皆が 弟の誕生を喜んで ずっと 良い子で我慢してたのにねー
(* T-)ヾ( ̄▽ ̄;) ヨシヨシ、ナデナデ♪
なんでしょうねぇ、 このPCの誤変換は(-_-;)
周防に怒られるよ~ とコメントを頂いて、あわてて訂正しました。
誤字脱字、多くてすみません。
他の方、またあとで時間みつけて、レス書きますね。
この週末はまたドタバタとしそうなので、来週かな。
周防に怒られるよ~ とコメントを頂いて、あわてて訂正しました。
誤字脱字、多くてすみません。
他の方、またあとで時間みつけて、レス書きますね。
この週末はまたドタバタとしそうなので、来週かな。
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