母親の退院はすぐだった。
産後の経過も良いらしい。
家には祖父母もいてくれたから、母も、出産後でも気が休まっていたようだ。
時々、父方の祖父母も顔を出してくれるけれど、そこは、『親子関係』を大事にしてくれたのか、長居はせず、孫の顔を眺めるだけで去っていく。
おもしろくなかったのは筑穂だけだ。
『穂波』と名付けられた弟がいた。
気まぐれに泣いて、母親を一人占めする。
みんなで食卓を囲んでいる最中ですら、ぐずって、「そろそろ、おっぱいかな」と母親と隣の部屋に行ってしまった。
母親は自分の分だって、全然、食べきれていないのに・・・っ。
「おむすびにしてあげようか?」
祖母の問いに母は、「ぅん、後で食べるから、そのままでいいよ」と告げる。
その『後』が、数時間後だということも、いつの間にか筑穂は知ってしまっていた。
・・・『穂波なんか、いなくなればいいのに・・・っ』
いつも一番に気遣われるのは、穂波だった。
学校から帰って「ただいま」って言っても、物音の一つもしない空間に迎えられることもある。
穂波のお昼寝の時間だ。
穂波のところにいたのだと分かる祖母が、何故か慌てたように、遅ればせながら気付いて、「おかえり。筑穂くん、シュークリームがあるよ」とおやつでご機嫌をとろうとする。
ただの意地の張り合いだとは分かるけれど、誰の声よりも母親を求めていたことを、心の奥底で感じた筑穂は突っぱねてしまった。
「いらないっ」
・・・たぶん、こんな反抗的な態度を取ったのは、初めてのことだろう。
筑穂も、なんだか分からない、渦巻くものに全身を震わせる。
苛立ちをどこにぶつけていいのかも分からない。
どこかにぶつけてしまったら歪がうまれると、それとなく知っていた。
だから、"がまん"しなくてはいけないことも。
母親が大事にここまで守って世に送り出してきた子供を思うのは当然なのだけれど。
手のひらを返したように遠ざかられたことが納得ができなかったのだ。
いつも『筑穂、筑穂』と呼んでくれた声を、もうどれほど聞いていないのだろう。
祖母が作ってくれた夕ご飯も「食べたくない」と拒否してベッドに突っ伏していた。
不貞腐れていれば、母親が心配してきてくれると思っていた、単純な反抗。
でも部屋に上がってきたのは帰宅した父親で、ベッドの端に座ると、悲しそうな声で「ごめんな・・・」といいながら筑穂の髪を撫でた。
どうして謝られるのか、その深意も分からないけれど。
ここにいたのが母親なら、筑穂は間違いなく涙腺をこわして泣きわめいていただろう。
・・・どこにもいかないで・・・と。
筑穂は布団ごとくるまれて、むせび泣いた。
気持ちが分かるのか、父親は止めもしなかった。
『男の子は強くなるんだ』と言われたのはいつの時代だろう。
「筑穂、今夜から、お父さんとお母さんと、穂波と、四人で一緒に寝よう」
突拍子もない提案に筑穂は泣くのも忘れて戸惑う。
この『子供部屋』を与えられてからどれくらいの年月が経っていただろう。
一人で寝ることに慣れていた筑穂にとっては、恥ずかしい出来事でもあった。
しかし、父親はあたりまえのように、満足げにうなずいている。
「お母さんも、筑穂と一緒にいたいんだ。穂波は、そりゃ、ちょっと、我が儘かもしれないけれどさ。筑穂も穂波も、お父さんとお母さんにとっては『宝物』なんだから、そばにおきたいんだよ」
茶化すように父親は笑った。
笑顔があふれていた家だったと、ふと思い出す。
一人ではまだ何もできない穂波を放っておくことはできず、母親も筑穂と戯れたいのを我慢しているのだと教えられて、気分は浮上した。
「少しだけ筑穂が先に生まれて、色々と覚えちゃっただけなんだよ。だから今度は、それを、お父さんたちと一緒に穂波に教えてあげようね。そしたらお母さんは、穂波のかかりきりにならなくて済むし、・・・あぁぁ、だけど筑穂にお母さんを取られるのも悔しいなぁ」
お母さんはみんなのものなのに、お父さんはいまだもって一人占めしようとするから、筑穂も布団から顔を出した。
「お母さんはだめっ」
ニコニコと笑った父の白い歯が印象的だった。
「誰が、だれのもの じゃないんだ。みんなで仲良く、分けっこ をしよう。仲間はずれはなしだぞ」
父親はまた、小指をさしだした。
"指きりげんまん うそついたら~♪"
夫婦の寝室のベッドはダブルサイズだ。
『川』の字になって寝るのは何年振りだろう。
それだけで筑穂の心臓は高鳴ってしまった。
ベッドから落ちないように、中央に小さな穂波の姿がある。
その横に筑穂が並んだ。
背後には父親がついてくれた。
すっかり寝静まっている姿に、「しーっ」と筑穂に教えながら、まだ小さな手のひらを筑穂に握らせてくれる。
「おにいちゃんですよ~」
『しーっ』と発したはずの父親が話しかけているのがなんだか滑稽だった。
父親の手に比べたら、筑穂の手なんて小さすぎる。
だけど、もっと小さいもの。
一度は邪魔にしてしまったかもしれないけれど、みんなで一緒に守ろう。守るんだっと意識が変わった瞬間だった。
母親の手も筑穂の額に伸びてくる。
「今度、筑穂にも抱っこ、してもらいましょうかね」
すかさず父親から不安げな声が上がった。
「おいおい、まだ、首もすわっていないっていうのに」
いかにも"できません"という言い方をされては気分も良くない。
「僕、できるもんっ」
筑穂の声が高くなってしまったせいか、「・・・っふっ」と、静かな寝息が崩れることに皆の意識が集中する。
そんな緊迫感を、3人で味わっていることがなんだか筑穂には楽しかった。
ふふふ・・・と頬が緩んでしまう。
こんなふうに幸せな気分で眠れたのはどれくらいぶりだろうか。
淋しくてもずっと待っていた。
『家族の大切さ』を改めて知った10歳の時。
『待っていた』から味わえる 感触。
・・・なにより、感謝。
―完―
にほんブログ村
ぼちってしてくれるとうれしいです。
無理矢理終わらせた感じは、もう相変わらずなのでお許しください。
子育て日記にまで発展しませんでしたね。
ご期待持たれたかた、申し訳ございません。
あ、じゃあ、『筑穂(なぜ『ちくわ』と出たか・・・?!)10歳の頃』とかタイトルでもつけるか?!
そういえば、いつのまに333333様通り過ぎていましたね(いつも皆様本当にありがとうございます)。
キリ番設定していない私も悪いけど(←つか、見ていない)
もし見つけた方、(こんなの出ました~ 的に)ご一報お待ちしております。
産後の経過も良いらしい。
家には祖父母もいてくれたから、母も、出産後でも気が休まっていたようだ。
時々、父方の祖父母も顔を出してくれるけれど、そこは、『親子関係』を大事にしてくれたのか、長居はせず、孫の顔を眺めるだけで去っていく。
おもしろくなかったのは筑穂だけだ。
『穂波』と名付けられた弟がいた。
気まぐれに泣いて、母親を一人占めする。
みんなで食卓を囲んでいる最中ですら、ぐずって、「そろそろ、おっぱいかな」と母親と隣の部屋に行ってしまった。
母親は自分の分だって、全然、食べきれていないのに・・・っ。
「おむすびにしてあげようか?」
祖母の問いに母は、「ぅん、後で食べるから、そのままでいいよ」と告げる。
その『後』が、数時間後だということも、いつの間にか筑穂は知ってしまっていた。
・・・『穂波なんか、いなくなればいいのに・・・っ』
いつも一番に気遣われるのは、穂波だった。
学校から帰って「ただいま」って言っても、物音の一つもしない空間に迎えられることもある。
穂波のお昼寝の時間だ。
穂波のところにいたのだと分かる祖母が、何故か慌てたように、遅ればせながら気付いて、「おかえり。筑穂くん、シュークリームがあるよ」とおやつでご機嫌をとろうとする。
ただの意地の張り合いだとは分かるけれど、誰の声よりも母親を求めていたことを、心の奥底で感じた筑穂は突っぱねてしまった。
「いらないっ」
・・・たぶん、こんな反抗的な態度を取ったのは、初めてのことだろう。
筑穂も、なんだか分からない、渦巻くものに全身を震わせる。
苛立ちをどこにぶつけていいのかも分からない。
どこかにぶつけてしまったら歪がうまれると、それとなく知っていた。
だから、"がまん"しなくてはいけないことも。
母親が大事にここまで守って世に送り出してきた子供を思うのは当然なのだけれど。
手のひらを返したように遠ざかられたことが納得ができなかったのだ。
いつも『筑穂、筑穂』と呼んでくれた声を、もうどれほど聞いていないのだろう。
祖母が作ってくれた夕ご飯も「食べたくない」と拒否してベッドに突っ伏していた。
不貞腐れていれば、母親が心配してきてくれると思っていた、単純な反抗。
でも部屋に上がってきたのは帰宅した父親で、ベッドの端に座ると、悲しそうな声で「ごめんな・・・」といいながら筑穂の髪を撫でた。
どうして謝られるのか、その深意も分からないけれど。
ここにいたのが母親なら、筑穂は間違いなく涙腺をこわして泣きわめいていただろう。
・・・どこにもいかないで・・・と。
筑穂は布団ごとくるまれて、むせび泣いた。
気持ちが分かるのか、父親は止めもしなかった。
『男の子は強くなるんだ』と言われたのはいつの時代だろう。
「筑穂、今夜から、お父さんとお母さんと、穂波と、四人で一緒に寝よう」
突拍子もない提案に筑穂は泣くのも忘れて戸惑う。
この『子供部屋』を与えられてからどれくらいの年月が経っていただろう。
一人で寝ることに慣れていた筑穂にとっては、恥ずかしい出来事でもあった。
しかし、父親はあたりまえのように、満足げにうなずいている。
「お母さんも、筑穂と一緒にいたいんだ。穂波は、そりゃ、ちょっと、我が儘かもしれないけれどさ。筑穂も穂波も、お父さんとお母さんにとっては『宝物』なんだから、そばにおきたいんだよ」
茶化すように父親は笑った。
笑顔があふれていた家だったと、ふと思い出す。
一人ではまだ何もできない穂波を放っておくことはできず、母親も筑穂と戯れたいのを我慢しているのだと教えられて、気分は浮上した。
「少しだけ筑穂が先に生まれて、色々と覚えちゃっただけなんだよ。だから今度は、それを、お父さんたちと一緒に穂波に教えてあげようね。そしたらお母さんは、穂波のかかりきりにならなくて済むし、・・・あぁぁ、だけど筑穂にお母さんを取られるのも悔しいなぁ」
お母さんはみんなのものなのに、お父さんはいまだもって一人占めしようとするから、筑穂も布団から顔を出した。
「お母さんはだめっ」
ニコニコと笑った父の白い歯が印象的だった。
「誰が、だれのもの じゃないんだ。みんなで仲良く、分けっこ をしよう。仲間はずれはなしだぞ」
父親はまた、小指をさしだした。
"指きりげんまん うそついたら~♪"
夫婦の寝室のベッドはダブルサイズだ。
『川』の字になって寝るのは何年振りだろう。
それだけで筑穂の心臓は高鳴ってしまった。
ベッドから落ちないように、中央に小さな穂波の姿がある。
その横に筑穂が並んだ。
背後には父親がついてくれた。
すっかり寝静まっている姿に、「しーっ」と筑穂に教えながら、まだ小さな手のひらを筑穂に握らせてくれる。
「おにいちゃんですよ~」
『しーっ』と発したはずの父親が話しかけているのがなんだか滑稽だった。
父親の手に比べたら、筑穂の手なんて小さすぎる。
だけど、もっと小さいもの。
一度は邪魔にしてしまったかもしれないけれど、みんなで一緒に守ろう。守るんだっと意識が変わった瞬間だった。
母親の手も筑穂の額に伸びてくる。
「今度、筑穂にも抱っこ、してもらいましょうかね」
すかさず父親から不安げな声が上がった。
「おいおい、まだ、首もすわっていないっていうのに」
いかにも"できません"という言い方をされては気分も良くない。
「僕、できるもんっ」
筑穂の声が高くなってしまったせいか、「・・・っふっ」と、静かな寝息が崩れることに皆の意識が集中する。
そんな緊迫感を、3人で味わっていることがなんだか筑穂には楽しかった。
ふふふ・・・と頬が緩んでしまう。
こんなふうに幸せな気分で眠れたのはどれくらいぶりだろうか。
淋しくてもずっと待っていた。
『家族の大切さ』を改めて知った10歳の時。
『待っていた』から味わえる 感触。
・・・なにより、感謝。
―完―
にほんブログ村
ぼちってしてくれるとうれしいです。
無理矢理終わらせた感じは、もう相変わらずなのでお許しください。
子育て日記にまで発展しませんでしたね。
ご期待持たれたかた、申し訳ございません。
あ、じゃあ、『筑穂(なぜ『ちくわ』と出たか・・・?!)10歳の頃』とかタイトルでもつけるか?!
そういえば、いつのまに333333様通り過ぎていましたね(いつも皆様本当にありがとうございます)。
キリ番設定していない私も悪いけど(←つか、見ていない)
もし見つけた方、(こんなの出ました~ 的に)ご一報お待ちしております。
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お母さんてまた別なんだよね。
お祖父ちゃんでもお祖母ちゃんでも、お父さんでもなく。
お母さんて不思議な存在ですね。
両親に甘えてきた記憶があるから、弟達には甘いのかもしれませんね。
素敵なお話、ありがとうございました。
お祖父ちゃんでもお祖母ちゃんでも、お父さんでもなく。
お母さんて不思議な存在ですね。
両親に甘えてきた記憶があるから、弟達には甘いのかもしれませんね。
素敵なお話、ありがとうございました。
皆様 今日は寒くなるそうですね
お体、お気をつけくださいね。
私事ですが なんで去年、あんなに『家族もの』を書いたんだろうって振り返ってしまいました
ちーさまがいうように、特別な存在なんですよね
そのことをあらためて知ったからなのかもしれません
筑穂はいろいろ見てきたのではないでしょうか
だから甘えた自分も知っているし、甘えられなかった弟の気持ちも分かる。
本編で過保護すぎるくらいに甘やかしたのは、やっぱり自分と比べちゃうからなんでしょうね。
はくしゅこめの♡さま
無事終われてよかったですよ。
つまらなかったかもしれないけれど、おつきあい感謝です
ここのところ 過去振り返り編 が続いているので 新作も書きたいところです
みなさま いつもおうえんありがとうございます
お体、お気をつけくださいね。
私事ですが なんで去年、あんなに『家族もの』を書いたんだろうって振り返ってしまいました
ちーさまがいうように、特別な存在なんですよね
そのことをあらためて知ったからなのかもしれません
筑穂はいろいろ見てきたのではないでしょうか
だから甘えた自分も知っているし、甘えられなかった弟の気持ちも分かる。
本編で過保護すぎるくらいに甘やかしたのは、やっぱり自分と比べちゃうからなんでしょうね。
はくしゅこめの♡さま
無事終われてよかったですよ。
つまらなかったかもしれないけれど、おつきあい感謝です
ここのところ 過去振り返り編 が続いているので 新作も書きたいところです
みなさま いつもおうえんありがとうございます
読み返して思いましたけれど
結局 お父さんは お母さんを一人占めして つれていっちゃったね
みんなで仲良くわけっこ するはずだったのに
うちの読者様、深く深く 裏を読んでくれるから 私の方が焦る時があります
今回は(書いておきながらなんだけれど) またこじつけられた感じ 満載です
自分でも感心するくらい よく ここまで つながりをもたせるよなぁ
結局 お父さんは お母さんを一人占めして つれていっちゃったね
みんなで仲良くわけっこ するはずだったのに
うちの読者様、深く深く 裏を読んでくれるから 私の方が焦る時があります
今回は(書いておきながらなんだけれど) またこじつけられた感じ 満載です
自分でも感心するくらい よく ここまで つながりをもたせるよなぁ
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