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BLの丘
緑の中の吐息 8
2013-06-09-Sun  CATEGORY: 吐息
肩や背中や足など、打ちつけたところがズキズキとする。
なんとか上体を起こして見上げた先には、美琴が滑り落ちてきた跡を示すように、草がなぎ倒されていた。
「あ…」
「美琴さんっ?!大丈夫?!」
上に道があることが分かるとは、それほどの距離を落ちたわけではなさそうだ。
一瞬呆けてしまったが、瑛佑が髪についた枯れ草などを払いながら無事を確認してきた。
「え、えぇ…。すみません、こんなことになって…」
不注意から人に迷惑をかけるとは、一番自分の自信を失わせる。
美琴は咄嗟に謝って、立ち上がろうと両手を地面についた。足を動かして、違和感を覚える。
ズキッとした痛みが滑らせたほうの足首に走って、眉間が寄った。
「…っ」
「美琴さん?怪我した?」
立ち上がれずに動揺と困惑を表した美琴の表情を読んだ瑛佑の顔もまた硬かった。
「足首が…」
「折れてる?」
「そんなにひどくは…。たぶん、ひねったくらいかと…」
一刻も早く戻りたいと思っている矢先に、この出来事はより気分を落ち込ませた。
葉を伝わってポツッと落ちてくる滴があり、天候が悪化の一途をたどっているのも気を揉ませてくれるものになる。

「何か、杖の代わりになるようなものでもあれば…」
「レスキューを呼ぼうか。ここからはおぶっていってやるから。少しでも出会える距離が短い方がいいだろ」
緊急事態に飛び出した言葉に慌てたのは美琴だった。
瑛佑のみならず、他人の手まで焼かせるようなことはしたくない。
しかも『事前調査』と銘打ってここまで来て、大した資料もなく意気揚々と進んだ人間の職業が耳に入ったら、恥の上塗りもいいところだ。
間違いなく社長である千城にも届く話で、普段の私生活まで熟知しているような上司にどんな嫌味を言われるのかと、想像しただけで拒絶反応が出た。
「そんな大げさなことではないですからっ。まだ雨脚も強くないですし、…、あっ、合羽、雨合羽が入っていたはずで…」
美琴は瑛佑の体を支えに、渾身の力をこめて立ち上がった。
プライドが高いのは今に始まったことではなく、どうしても自力で下山したい根性が見え隠れする。
立場上のものなども理解できる瑛佑は、とりあえず助っ人を呼ぶことは諦めた。
リュックの中からタオルと雨合羽を取り出し、軽く泥を払って着せる。
美琴は、言ってみたものの、万が一のことを考えて、携帯電話の電池の残量を確認しようとポケットに手を突っ込んで空っぽであることに気付かされた。
一緒に入れておいたはずのデジカメもない。

雨が降り始めたことでジャンパーのポケットに戻し入れた記憶はあったが、ポケット口のファスナーまで閉めたかと問われたら、その記憶もあいまいだ。
慌てていたことを理由に『収納』の最終確認を怠ったようだ。
滑落の最中、転がり落ちてしまったのだろうか…。
「あの…携帯が…」
どこかに落ちていないかときょろきょろとしだした美琴と一緒に周囲をぐるりと見まわしたが、それらしい物体は簡単に見つかりそうにもない。
瑛佑が呼びだしてくれたが、音すら聞こえない。
もしかして、落としたショックで故障してしまっているかもしれない、と過る。
それでも…と探したい気持ちが湧いて、一歩を踏み出そうとして、また美琴は崩れ落ちそうになり、瑛佑の腕に支えられた。
「美琴さんっ!!」
一際厳しくなった声音が耳をつんざく。
叱りを受ける子供のような気分で見上げると、悔しそうな表情を浮かべていた。
瑛佑も葛藤の中にいるようだった。
落ちつきを取り戻すように声が低く響く。
「美琴さん、落し物は諦めて。今は探している時間がない。自分の命が大事だっていうこと、忘れないで」
年下でありながら、人生を達観したような部分を持ち合わせているのは、瑛佑自身が過去に『死』というものに向き合った経験があるからだろう。
失ってから気付かされた『愛した人』の存在。
一瞬の判断の誤りが命取りになることを、きっと美琴より知る人。
この展開にイラついているのかもしれない。怒られて当然のことだとも理解できる。
殺気立っている雰囲気すらうかがえた。
瑛佑は一度美琴を座らせると、手早く準備を始めてしまった。
その空気に美琴が何かを言うことなどできるはずがなかった。
こんなふうに感情を噴出するところすら、最近では見たことがなかった。
途端に美琴を襲うのは、このまま愛想を尽かされる未来図ばかり。
いつの間に、こんなに心が弱くなっていたのか…。

リュックに40リットルサイズのビニール袋をかぶせ、落ちていた木の棒でうまく破り背負えるようにする。
それを美琴の背中に背負わせて、瑛佑が背中を向けてしゃがみこんできた。
瑛佑の表情には、美琴が心配していた、いらただしさがどこにも見受けられなかった。
「おぶってやるから、ちゃんとつかまって」
「で、でも…」
「いいから早くっ」
躊躇う美琴をけしかけて、瑛佑は時間のなさを訴えてくる。
責めたててくるものではなく、心底美琴を気にかける優しさが包んでくれるからこその厳しい言葉だと伝わってきた。
ここで押し問答しているわけにはいかない。
「すみません…」
やりきれなさを抱えながら、美琴は広い背中に縋るしかなかった。
「しっかりつかまっててよ」
ただでさえ勾配のあるところを登るのはキツイというのに…。ここで瑛佑にまでなにかあったら顔向けができなくなる、どころの話ではなくなる。
美琴のプライドを優先させてくれた人は、一歩一歩を確認しながら踏みしめて、上の道に連れ出してくれた。
けもの道も上へとむかうほど、雨脚が強くなっていく気がした。
湿った体が冷えていくのを感じながら、だけど密着した背中から伝わる体温が、ひどく温かいもので、美琴は泣きたくなっていた。
瑛佑の力強さを改めて教えられていた。

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コメント

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コメントnichika | URL | 2013-06-09-Sun 10:06 [編集]
だから瑛佑さん&美琴さん このCPテレながら好きなんです
理佑*:.。☆..。.(´∀`人)
コメントけいったん | URL | 2013-06-09-Sun 10:32 [編集]
人は、困難や窮地の時こそ その本質が分かるものです。
いざという時に 頼れる男って いいわぁ~(*・ω・*)ポッ

天邪鬼の美琴に いつも合わせてる理佑が、テキパキと行動を起こしている今 彼の本質が 表れてます!

この作品で 美琴の魅力を知れば知るほど 理佑の度量の深さと優しをさを 知ることが出来ますね。
理佑って 素敵な恋人さんだね、美琴♪(o´・ω-)b ネッ♪


わかる!
コメントnichika | URL | 2013-06-09-Sun 13:13 [編集]
40リットルサイズのビニール袋 リアルに重宝します バックを覆ったり
自分のカッパだったりです チョンチョン端っこきって腕とおして必殺技です
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