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BLの丘
緑の中の吐息 10
2013-06-11-Tue  CATEGORY: 吐息
這っていった先では、壁伝いには立ち上がることもできるだろう。
冷え切った体は、着替えたことで体温もなんとか持ち直しているが、それでも寒いのは確かだ。
ぎくしゃくと固まった手足は梅雨の季節でもかじかんでしまって、動きが鈍る。
手の爪先にまた改めてコンクリートの冷たさを感じた。
冷えるから余計なのか、ジクジクとくじいた足首が痛む気がするが、それよりも心を襲う不安感のほうが勝っていた。
見知らぬ土地に一人…。
仕事にしろ、プライベートにしろ、怖気づいている暇さえなかった美琴は、何事もスムーズにこなしてきた。
一人で切り抜ける術など充分なくらいに備えていたはずなのに…。

地面に叩きつける雨が外の緑を霞ませている。
こんな低い位置から山々を見るのも滅多にないことで、地に着いた雨粒の跳ね返りをより強く感じた。
「瑛佑っ!!」
割れたベニヤ板が散らばる手前で一度動きを止めた美琴の前に、飛び込んでくる瑛佑の姿が入った。
先程とは比べ物にならないくらいのびしょ濡れの状態で、目の前にぽたぽたと落ちてくる滴が外への視界を遮った。
驚いたように美琴を見下ろしてくる。
「ちょっ、とぉ。美琴さん、こんなとこで何してんのっ?!」
「え、…すけ…」
手には持ち出した弁当箱やタオルなどを抱えていて、手早く雨合羽を脱ぎ棄てると、美琴を抱き上げてシートの上に戻した。
「せっかく着替えたのに、もう埃だらけじゃん。まさかこんなところの床掃除始める気じゃないよね」
『床拭き』の姿勢だったのを指摘されて、じっとしていなかったことを嫌味まじりに咎められた。
ズボンの膝を汚してしまったことまで言われたら、また迷惑をかけたのかとシュンとしてしまう。
一人にされたことが怖かった…とは、とてもではないが言えたものではない。
「すみません…」
合わせる顔がない、と俯き加減になる美琴の服を洗ってきた先程のタオルでまた拭われた。
瑛佑がフッと笑みを浮かべたことで、気まずさが美琴を襲う。
たぶん、きっと、…本音など見透かされているのだろう。
あえて口に出して問わないでいてくれることは、優しさでもあったのだが。

瑛佑は、美琴の汚れをもう一度拭き取りながら、あまりの可愛さに、濡れネズミになったことも忘れた。
今回の旅行は、滅多に見られないことづくしだ。
怪我をして、身動きが取れなくなった美琴が、何故あんな態勢で待っていたのか、心境を悟ることができる。
一人にされて、どれだけ心細かったのかと…。
時々見せてくれる弱気な部分が、自分を頼っている証拠のような気がして、もっとそんな姿が見たいといたずら心に近いものが湧きあがってしまうが…。
反面でもっと甘やかしてあげたい思いもはびこり、両方をうまく操りながら、いつだってこうして美琴のそばにいると伝える。
真っ青になった唇に熱を送るように、身をかがめて軽く啄ばむくちづけをした。
抵抗もなくキョトンとしていたが、少しだけ頬を染めて俯いてしまう。
そんなところも瑛佑を煽るものだと美琴は気付けていないけれど。

美琴の世話を焼いたことで、ほとんど泥だらけだったタオルは綺麗になっている。
いくら雨脚が強いとはいってもどう洗ったのかと驚いていると、そのタオルで瑛佑は自分の体に付いた滴をざっと拭き取ってから、バスタオルを使った。

「あー、濡れた、濡れた。そういえば雷、鳴り始めたね。危機一髪ってやつ?」
瑛佑も自分の着替えを取り出し、人目も気にせずにパパッと身支度を整えていた。
濡れた服をとりあえず、裂いたビニール袋の上に適当に丸めたり広げたりして置いてから、美琴の隣に腰を下ろした。
「美琴さんの声は聞こえていたんだけどさ。無視してたわけじゃないよ、こっちもやることやって早く落ちつきたかったから焦ってたのもあって。ごめんね」
美琴を足の間に挟み、背中から抱きしめて、湿ったままの髪に唇を寄せてくる。
背中がほんわりとぬくもりに包まれて、知らずに安堵の息が吐かれてしまう。
身近に寄られることは慣れずにいるのに、今は自ら瑛佑に寄りそいたい気持ちが湧き出てくるようだった。

瑛佑が謝ることなど何一つないのに、いつだって自分の不手際のように発言して美琴を責めてくることはしない。
優しすぎるから、美琴も続ける言葉を見つけられなくなってしまうのだ。
美琴が『口実』を作るなら、瑛佑は『言い訳と謝罪』を先に述べる。
先回りをされたら、それ以上自分の我が儘は貫けない。
今はただでさえ、起因源が美琴にあると分かるから余計に…。
「そんなこと…。すみません、私こそ、騒ぎ立ててしまって…」
「心配してくれていたんでしょ。ありがとう。こんな大雨になっちゃったし。でもおかげで水が溜まるのが早くてあまり時間がかからなかったんだよ」
これでも…と付け加えられては、本当に僅かな時間も待てなかった子供のようだと美琴はますます身を小さくさせる。
美琴の不安を棚に上げて、美琴が瑛佑の心配をしていたと強調されては、やはりこちらも返す言葉が見つからなくなる。
分かっているからこそ、もっともらしい理由を瑛佑の方から言ってきてくれて、その発言に美琴も甘えてしまうのだ。
水を溜めていた、ということにも驚かされた。
そんな備品までは用意などしていなかったはずだ。

脳裏を巡らせながら瑛佑が外から持ち帰って来た品々に視線を走らせる。
雨の勢いですっかり洗われたような弁当箱に、スーパーでもらうようなビニール袋。
何に使ったんだと、僅かに首をひねれば、間近に瑛佑の顔があって、美琴の疑問に黙っていても答えてくれる。
「バケツとかまでの代わりにはならないけれどさ。ビニール袋を広げておけばその中に水が溜まっていくでしょ。溜め水の方が洗いやすいし」
口を閉じてシェイクすれば"簡易洗濯機"になる、などと笑い話を含めながら場を和ませた。
弁当箱はふたつあったから、交互に使えば時間の短縮にもなったということか。

よくそんな知恵が働くな…と感心したのも事実だが、この件にはどことなく瑛佑自身に、それ以上口にしたくない、振り返りたくないものがあるような雰囲気が含まれているのも漂った。
洞察力の優れた美琴に、隠したい内容であると通じてしまったのだと瑛佑も分かるのだろう。
それを美琴が問い詰めてこないことも知られているし、そんな些細なことがわだかまりとなって逆にぎくしゃくしてしまう雲行きの悪さも想像がついてくる。
どちらも腹をくくって、すべてを受け入れる覚悟もできていると信頼するから、一瞬の躊躇いがあっても真実を告げようとする。

「美琴さんが聞いて、あまり気分のいい話じゃないんだけれどさ…」
細かいやりとりを省いて核心の話に持って行ける無駄のなさも、お互いが気に入っている相手の『良いところ』だった。
「教えてくれるんですか?」
また首をひねって瑛佑を見返した美琴の髪に、また唇が落ちてくる。
美琴の腹の前で重ねられた4つの手のひらが、それぞれ絡み合うように蠢いた。
「うしろめたさを覚えるようなことは、俺も胸の中に抱えていたくないから…」
ぎゅっと握りしめられる指や手のひらの強さは、ふたりの絆の強さの象徴でもあるかのようだ。

雨の音が不思議と悲しさを誘うが、瑛佑はぽつりぽつりと話をし始めた。

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コメント

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////雨////
コメントけいったん | URL | 2013-06-11-Tue 08:15 [編集]
の中 不慣れな場所で 瑛佑の無駄のない機転が利いた行動に 驚かされるばかり!
彼は、以前にも 同じ経験をしたのかな?

今まで 美琴の尻に敷かれてたとは違い 今回は 何事も率先して行動を起こしてますよね。
まぁ 美琴の尻に敷かれていると、言ってもねー
それは 頑張っている[太字天邪鬼美琴
が可愛いくて 全て受け止めてくれる瑛佑の心の広さを 表しているのでしょうけど。。。

今作品で 素敵さ発揮の瑛佑♪
美琴が聞いて 気分が良くならない話しって 何?
何を 話そうとしているの、瑛佑?ホェ?(o・ω・o)?ホェ?

多分
コメントちー | URL | 2013-06-11-Tue 20:53 [編集]
瑛佑さんが恋して焦がれて、愛し合いされた双子さんのことかな?
桜の精のように 儚くて美しい双子さん。
瑛佑さんを、同じように愛して散っていったっけ。

野崎さんが一人で淋しいって。
ひーくんに、あんなことしたのに。
私の中では、まだまだあのコワァァァイ野崎さんがおります。
なんで、みなさんみたくみこっちゃんて言えない(笑)

瑛佑さん、本領発揮!
本当の瑛佑さんは、こっちだよね。
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