学費など単純に母がこれまでに貯めていてくれたのだと思っていた。
英人のためを思って、連絡も取りたがらなかった父にわざわざ話を付けたということにも驚愕した。
費用のことを告げなかったのは、英人が父の援助を受けてまで進学したくないと言うと思ったのだろうか。
だから母は何も告げず希望のまま英人を美術大学に行かせてくれたのか…。
母が黙っていたのは英人に父親の存在を知らせたくなかったからなのだという。母は一度だって英人に父のことを話して聞かせたことはなかった。英人も幼心にそれを感じていたから母に問うこともしなかった。それほど母が父を恨んでいたかどうかは今となっては謎だ。
だが生活してきた中で父に対しての憎しみがあるようには思えなかった。
高校で美術部にのめり込んだ時も、美大に行ってみたいと話した時も、どこか諦めたように、そして懐かしそうに自分を見ていたのを思い出す。
母が父親の存在を隠したのは何故だったのだろう。生きていると伝えたら、何故自分に会いに来ないのかと恨みが募ると危惧したのか…。
「仕送りを…?…全く捨てたわけではなかったということか?」
「君は何を言うんだっ」
榛名の詰問には不本意だと言いたげな父の声が返った。
英人は榛名が言い出したことにも父の反応にも何も声が出せなかった。涙はとめどなく溢れてくるばかりで、身体の震えは一向に収まらない。だがこれまで見ることのなかった父の姿を瞳で追いかけることだけはやめられなかった。
…捨てたわけではない…?それならば何故…?
後悔の色を漂わせながら父は重苦しく過去を振り返っていた。
「何でこんなことをした?人の家庭事情に首を突っ込む気はないが英人はずっと捨てられたと思ってきた。母親からの愛情も貰っていない。いまだに甘え方の一つも知らない」
榛名が厳しい口調で父を責めれば父はそんな状況は知らなかったようだ。母の愛を受けて育ったと信じていたらしく、驚きで目を見開き英人を凝視した。
「そんな…」
「英人の母親は気丈な人だったようだし、夫婦の間には様々なことがあると思うがもっと違う形が取れたんじゃないのか?…学費の件にしてもだ。今更こんな中途半端な事実を聞かされて消えられたら英人の心はもっと傷つく。その場しのぎの愛情しかもらえなかったと今まで以上に卑屈になる。そんな人間にしたくないんだ。貴方に英人を思う気持ちがあるのならせめて真実を聞かせてくれ」
榛名が何の意図を持って父にそんなことを言うのか英人には理解できなかった。
学資金を支払われていたことだけでも充分なくらい重荷になっていた。
結局自分は、捨てたと思っていた父に今の生きる道を切り開いてもらったようなものだった。
榛名が言いたいのは大学の進学に対してだけのことだけではないのは分かったが、英人には心の準備が全く整っていなかった。
ただ怖かった。聞きたくないというよりも再確認したくなかった。
苦労していると勝手に思いこんでいた自分…。人肌が恋しいと誰かに甘え縋りたい口実を自分なりに作り上げただけで…。
知りたくない事実があるような気がして英人は榛名の胸に顔を埋めた。
脅えてびくつく英人の背中を榛名は静かにさすった。
「何も不安に思わなくていい。これからのおまえの人生は全部支えてやる。ちゃんと付いていてやるから。おまえの今後のためにも一度は話をしたほうがいい」
耳元で囁かれる声に、英人はただ首をプルプルと揺らして早く帰りたいと榛名にしがみついた。
…今後のため?…何が今後の為?…最終的に親に力を借りて過ごした日々に榛名が呆れるのだって目に見えそうだ。
今ここで、榛名から捨てられたら…呆れられたら、もう二度と立ち直ることなんてできない。
父の表情は硬く、それを英人に聞かせるべきかはまだ迷いがあったようだ。
それでも榛名に再度促されれば重い口を開いた。
英人は耳を塞ぎたかった。
「こんな風にするはずじゃなかった。英人にはたくさんのことを教えて、見て知って、もっと会ってやるはずだったんだ…」
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英人のためを思って、連絡も取りたがらなかった父にわざわざ話を付けたということにも驚愕した。
費用のことを告げなかったのは、英人が父の援助を受けてまで進学したくないと言うと思ったのだろうか。
だから母は何も告げず希望のまま英人を美術大学に行かせてくれたのか…。
母が黙っていたのは英人に父親の存在を知らせたくなかったからなのだという。母は一度だって英人に父のことを話して聞かせたことはなかった。英人も幼心にそれを感じていたから母に問うこともしなかった。それほど母が父を恨んでいたかどうかは今となっては謎だ。
だが生活してきた中で父に対しての憎しみがあるようには思えなかった。
高校で美術部にのめり込んだ時も、美大に行ってみたいと話した時も、どこか諦めたように、そして懐かしそうに自分を見ていたのを思い出す。
母が父親の存在を隠したのは何故だったのだろう。生きていると伝えたら、何故自分に会いに来ないのかと恨みが募ると危惧したのか…。
「仕送りを…?…全く捨てたわけではなかったということか?」
「君は何を言うんだっ」
榛名の詰問には不本意だと言いたげな父の声が返った。
英人は榛名が言い出したことにも父の反応にも何も声が出せなかった。涙はとめどなく溢れてくるばかりで、身体の震えは一向に収まらない。だがこれまで見ることのなかった父の姿を瞳で追いかけることだけはやめられなかった。
…捨てたわけではない…?それならば何故…?
後悔の色を漂わせながら父は重苦しく過去を振り返っていた。
「何でこんなことをした?人の家庭事情に首を突っ込む気はないが英人はずっと捨てられたと思ってきた。母親からの愛情も貰っていない。いまだに甘え方の一つも知らない」
榛名が厳しい口調で父を責めれば父はそんな状況は知らなかったようだ。母の愛を受けて育ったと信じていたらしく、驚きで目を見開き英人を凝視した。
「そんな…」
「英人の母親は気丈な人だったようだし、夫婦の間には様々なことがあると思うがもっと違う形が取れたんじゃないのか?…学費の件にしてもだ。今更こんな中途半端な事実を聞かされて消えられたら英人の心はもっと傷つく。その場しのぎの愛情しかもらえなかったと今まで以上に卑屈になる。そんな人間にしたくないんだ。貴方に英人を思う気持ちがあるのならせめて真実を聞かせてくれ」
榛名が何の意図を持って父にそんなことを言うのか英人には理解できなかった。
学資金を支払われていたことだけでも充分なくらい重荷になっていた。
結局自分は、捨てたと思っていた父に今の生きる道を切り開いてもらったようなものだった。
榛名が言いたいのは大学の進学に対してだけのことだけではないのは分かったが、英人には心の準備が全く整っていなかった。
ただ怖かった。聞きたくないというよりも再確認したくなかった。
苦労していると勝手に思いこんでいた自分…。人肌が恋しいと誰かに甘え縋りたい口実を自分なりに作り上げただけで…。
知りたくない事実があるような気がして英人は榛名の胸に顔を埋めた。
脅えてびくつく英人の背中を榛名は静かにさすった。
「何も不安に思わなくていい。これからのおまえの人生は全部支えてやる。ちゃんと付いていてやるから。おまえの今後のためにも一度は話をしたほうがいい」
耳元で囁かれる声に、英人はただ首をプルプルと揺らして早く帰りたいと榛名にしがみついた。
…今後のため?…何が今後の為?…最終的に親に力を借りて過ごした日々に榛名が呆れるのだって目に見えそうだ。
今ここで、榛名から捨てられたら…呆れられたら、もう二度と立ち直ることなんてできない。
父の表情は硬く、それを英人に聞かせるべきかはまだ迷いがあったようだ。
それでも榛名に再度促されれば重い口を開いた。
英人は耳を塞ぎたかった。
「こんな風にするはずじゃなかった。英人にはたくさんのことを教えて、見て知って、もっと会ってやるはずだったんだ…」
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千城さんの言うことももっともですが、ワタシもなんだか聞きたくないって思っちゃいました。
大人の事情や夫婦間の問題など、そうなっても仕方なかったんだと分ってしまったら、これまでの自分の辿って来た苦労や満たされない想いが必然であり受け止めるべきものなのだと断定されてしまうような気がして、それを辛く感じたり耐えられないと逃げ出した自分が否定されそうで怖いです。
そして、それを千城さんに知られてしまうのもいやだし。
でもちゃんと知って整理して乗り越えていこうと、どんと来いな千城さんがいるから心強いですよね。
最後のパパの一言が意味深ですね。
大人の事情や夫婦間の問題など、そうなっても仕方なかったんだと分ってしまったら、これまでの自分の辿って来た苦労や満たされない想いが必然であり受け止めるべきものなのだと断定されてしまうような気がして、それを辛く感じたり耐えられないと逃げ出した自分が否定されそうで怖いです。
そして、それを千城さんに知られてしまうのもいやだし。
でもちゃんと知って整理して乗り越えていこうと、どんと来いな千城さんがいるから心強いですよね。
最後のパパの一言が意味深ですね。
甲斐様
こんばんは。
> 大人の事情や夫婦間の問題など、そうなっても仕方なかったんだと分ってしまったら、これまでの自分の辿って来た苦労や満たされない想いが必然であり受け止めるべきものなのだと断定されてしまうような気がして、それを辛く感じたり耐えられないと逃げ出した自分が否定されそうで怖いです。
もともと英人がマイナス思考の人間なのでこんな書き方になっちゃったんですけど…。
あとは私の力のなさすぎで表現不足…???かな。
> でもちゃんと知って整理して乗り越えていこうと、どんと来いな千城さんがいるから心強いですよね。
> 最後のパパの一言が意味深ですね。
千城は英人のことを調査していたという過去もありますし、カンの良い人ですから英人パパの態度や言葉の端々に何か気付いちゃったようです。
(それにしては短いやりとりでしたが…(-_-|||)冷汗)
今日の分でもう少し明かす予定が書けずくじけてしまいました。
次はもうちょっと進むかなぁ?!
コメントありがとうございました。
こんばんは。
> 大人の事情や夫婦間の問題など、そうなっても仕方なかったんだと分ってしまったら、これまでの自分の辿って来た苦労や満たされない想いが必然であり受け止めるべきものなのだと断定されてしまうような気がして、それを辛く感じたり耐えられないと逃げ出した自分が否定されそうで怖いです。
もともと英人がマイナス思考の人間なのでこんな書き方になっちゃったんですけど…。
あとは私の力のなさすぎで表現不足…???かな。
> でもちゃんと知って整理して乗り越えていこうと、どんと来いな千城さんがいるから心強いですよね。
> 最後のパパの一言が意味深ですね。
千城は英人のことを調査していたという過去もありますし、カンの良い人ですから英人パパの態度や言葉の端々に何か気付いちゃったようです。
(それにしては短いやりとりでしたが…(-_-|||)冷汗)
今日の分でもう少し明かす予定が書けずくじけてしまいました。
次はもうちょっと進むかなぁ?!
コメントありがとうございました。
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