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BLの丘
雛鳥の巣立ち 19
2010-01-07-Thu  CATEGORY: 淋しい夜
今年の年末年始の休暇は長いとは言えなかった。
千城はどうにでもスケジュールの変更が付けられそうだが、英人は神戸の許しを得なければ勝手な行動は取れない。それにも関わらず、3日までしかない正月休みなのに2日の昼には成田空港に居た。
年末に神戸から『体調不良は無しにして』と釘を刺されたのも今ではどこ吹く風だ…。堂々と言い訳を作る千城に返す言葉も思い浮かばない。飛行機を使ってニューヨークまで飛んでしまえば神戸だって連れ戻すことはできなかった。現地から「しばらく休ませる」と言った千城の台詞に憤慨する言葉も途中で切られていた。

英人は神戸の存在がひどく気になっていたが、千城に『神戸も楽しんで来いと言っていた』と丸めこまれて、初めて訪れる異国の地を堪能した。
戻れない状況に追い込まれては神戸も英人も今更どうしようもない。そこにきて悪天候のために空港が閉鎖されてしまったのだから戻りようがない。
英人の中では完全なる言い訳だったが…。

以前、千城が買ってきてくれた絵画集の売られるニューヨークにある有名な美術館に連れていってもらった。
一日では足りなかった。
千城に淋しい思いをさせては…と心の隅で思うのに、次々と表れる絵画に英人はのめり込み、隣に立つ千城の姿すら忘れた。閉館間際まで粘って、でも見られたのは半分以下という結果だった。千城は「また明日来ればいい」と言ってくれたが、自分の趣味に付き合わせるようでどこか申し訳なさが募る。

その夜はタワービルにあるレストランでディナーの予約が済まされていた。
新鮮なシーフードを扱い、世界各国の著名人が訪れるような高級レストランだった。
正装した姿はすでに慣れてはいるものの、どうしてもマナーや身の振り方に抵抗が生まれる。
千城もその当たりは理解してくれているらしく、連れて行かれる場所は格式を重んじないところを選んでくれているようだが、英人の思うものは千城の感覚とは違っていた。
通された席は奥の窓側で、眼下にはハドソン川と宝石を散りばめたような夜景が見えた。
テーブルにはすでに3名分の食器がセットされていて、英人は2人だけでとる食事ではないのだと初めて知らされた。
時を同じくして、カチっとスーツを着こなした年配の男性が現れた。
英人は近づいてくる男に目を見張った。

「お、と、さん…?」
はっきりとした記憶がある中で、一度しか会ったことがない。
それも会ったのはフランスという異国の地で、大した会話などできなかった。明かされた事実に心が追いつけなくて突っぱねてしまったのを思い出す。
「お呼び立てしてすみません」
スッと立ちあがった千城が英人の父湯沢雄吾(ゆざわゆうご)に頭を下げた。
父、湯沢は「こちらこそお招きいただいて…」と千城に丁寧に挨拶をしていた。

千城が父の現状を追うのは簡単な事だと以前から思っていた。
それが現実になるまで確証などなかったが、こうして目の前に出されれば、千城の力の強さを目の当たりにさせられる。千城にとって探せないものなどない。
英人の中では二度と会えないかもしれないという思いがあったから、この現実は驚きでしかなかった。
ボーイに促され、千城と英人の前に腰を下ろした。
オーダーの全ては千城に任され、食前酒や前菜を順に堪能しながら、久し振りに会った父の姿に英人は心が詰まる思いだった。
この街で新聞記者という仕事についているという湯沢は千城とも難なく会話を続けていた。英人にはまだどこか壁があった。出会えて嬉しいという気持ちが大半を占めているのに、どう接して良いのかが分からない。
母が亡くなって、二人を隔てていたものが一つ消えたようでもあった。出来ることなら心を割って話したい…。そう思うのに何一つ言葉は出て来なかった。
醜い過去といつも自身を貶めていたが、苦しかったのは父も一緒なのだと思える。父の湯沢がどんなときでも英人や母の朝子の幸せを望んでいたと知るからこそ、責める言葉など出てはこなかった。
片時も久し振りに会った英人を見逃すまいと視線が注がれるのを英人も感じていた。視線を合わせるのが怖いくらい、英人は父の手元を見て時を過ごした。
「御報告が遅くなりましたが…」
デザートが届く頃、唐突に千城が口を開いた。これまでも会話を繋げようと様々な話題を繰り広げていたが、今口にされたことは、湯沢の返事を求めるものではなかった。
事後報告、という言葉が正しいのだろうか。父である湯沢の意見を聞くためではないと千城の言葉は物語っていた。
「英人は私の戸籍に入れました。今では榛名の人間として成り立っています」
湯沢の手から持っていたフォークがカシャッと皿の上に落ちた。
「なん…だと…?」
養子縁組をしたことを湯沢は知らない。
ただ付き合う関係だけでは収まらなかったのだと感じて湯沢は英人の今後を案じた。
「分かっているのか…?事の重大さを…?!君が抱える組織は一つや二つの企業などではない。それに誰からも注目をされる。スキャンダルを狙う連中は星の数ほどいるんだ。そんな場所に英人を巻きこんでこの子が幸せになれると思うのか?」
「彼を必ず幸せにすると以前にも申し上げました。その為にはどのような努力もする覚悟でいます。決して英人には危害のないよう努めます。それに私の両親はすでに承知しております。榛名の人間として迎え入れ、英人も望んでくれました。ただ貴方に何も告げられなかったことが心残りでした。どうか御理解を頂きたい…」

反対などありはしなかった。
榛名の総本家までが認めてしまった今、何よりも英人の幸せを望んだ父が千城に頭を下げられて、そして英人からもこうべを垂れられれば逆らいようなどなく、小さな溜め息だけがこぼれる。
ちいさく感じる姿は英人が幼い頃に感じた物とは違っていた。
「君が思うものは半端なものではなかったんだな…。頼む…。幸せにしてやってくれ。俺は何もしてやれなかった。英人が望む幸せならどれほどの苦も受ける。この身を滅ぼしたっていい。俺は今日英人に会えた。それだけで充分だよ。生涯会うことなどないと思っていたからな…」
生きている中で二度と会うなと英人の母は父に告げていた。英人を守るためだったのか今ではその真意を計ることはできないが、母の言葉を裏切っても父に逢えた喜びは言葉では述べられなかった。
英人だって心のどこかで二度と会えない父のすがたを探していた。父が流した涙を生涯忘れないだろうと英人は思った。

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コメント

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やっと英人君はお父さんに再会できたんですね
コメント甲斐 | URL | 2010-01-07-Thu 08:43 [編集]
いつか会って心を開いて話して欲しいと思っていました。
そうしたら、自分は誰にも愛されていなかったし必要とされていかった、これからだって・・・とことあるごとに弱気になってしまう消極的かつ自虐的な性格の一端が昇華できるのではないかと思っていたのです。
お父さんは、彼なりに精一杯に愛していたし幸せを願って分かれたことにうそはないでしょうが、夫として父親としては失格でしたね。たとえ良かれと思っての別離ではあっても、もともとは自分の夢や希望の実現が優先されてしまったのでだから。
けれど親としての責任と自覚を放棄してしまった罪はあっても息子を心から想っていたという事実は英人君の心に届くのではないかと思いました。
Re: やっと英人君はお父さんに再会できたんですね
コメントたつみきえ | URL | 2010-01-07-Thu 09:13 [編集]
甲斐様

こんにちは。

> いつか会って心を開いて話して欲しいと思っていました。

やっと会えました。今年の課題だったようにも思います。
愛されていたという事実をまた植えつけてもらうことで英人も少しずつ精神的に成長してくれると願います。
どこまでも卑屈になってしまう英人の性格の一端は過ごしてきた過去にあります。
父に出会えて過去を少しでも払拭できることで新たな一歩を踏み出せるのではないでしょうか。
それを望んで千城もパパを探したのだと思います。

> お父さんは、彼なりに精一杯に愛していたし幸せを願って分かれたことにうそはないでしょうが、夫として父親としては失格でしたね。たとえ良かれと思っての別離ではあっても、もともとは自分の夢や希望の実現が優先されてしまったのでだから。

ずーっと後悔し続けたことが英人にも伝わっているのではないでしょうか。
夢を追いかけても、失ったものの大きさを考えれば、もっと他の道がなかったのかと常に自分に問いかけていたと思います。
英人の現実をフランスで聞いてしまってから尚のこと、自分を責めたんじゃないですかね。
千城がどう言ったかは知りませんが、この席に呼ばれたことを「息子がもう一度会ってくれる」と喜んでいたと思います。

コメントありがとうございました。
Re:
コメントたつみきえ | URL | 2010-01-07-Thu 23:24 [編集]
MO様
こんばんは。

>皆 それぞれの立場で、英人を愛情で包んでくれる人達ばかりですね。きっと自信を持って、飛び立つ日も近いことでしょう。 日野と神戸の愚痴を聞いたら、野崎の事が気になってしまい、昨晩から1話から読み返していたら、止まらなくなってしまい、ずっと入り浸り状態です(>_<) 何度読んでも、飽きることがありません。いつも 更新を楽しみにしています。

どわーーーーっっ!!
読み直しをされるとボロがっ!!
1話からって時間の無駄ですっ、きっとっ!!
(こんなに応援してくださる方がいるなんて…。ちょー感激して涙が止まりませんっ)
英人のことを思ってくれる人間はここにきて急増しております。
飛び立てる日も近いと思います。
英人だけでなく千城も『巣』を出られるんじゃないでしょうか。
いつもいらしてくれて本当に感謝いたしますm(__)m
コメントありがとうございました。
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