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BLの丘
雛鳥の巣立ち 22
2010-01-10-Sun  CATEGORY: 淋しい夜
春には英人の個展を開催しようと神戸に言われた。
昨夏から描きためた作品が幾つもあったし、年が明けてからまた何かにとりつかれたように英人は絵を描いていた。
月日を追うごとに描くものが変わると神戸が評価した。悪い方向には転がっていない。
無償の愛を知ったことで作品の中に柔らかみが出てきたと神戸を初め塚越や他のスタッフも英人の力を褒めてくれた。
立春を迎える頃には会場が用意された。

初めて千城に見てもらった絵には『淋しさ』と『理想』が顕著に表れていた。あのころとは明らかに違っている。
仕上げた作品の中でもニューヨークの夜景は他のものよりも大きさもあって一番の目を引いた。夜景の中に佇む、輪郭もはっきりとしない、男女の区別もつかないような二人の人間が小さく存在する絵で、そこに居るのは親子なのか恋人なのか…、見る人によって当てはめるものは違うだろうが、寄り添い互いを守りたいと慈しむ思いは誰にでも伝わるようだった。

神戸は個展を開いている間は、値を付けてくれた顧客に了解を得て作品を外すことはしなかった。
一人でも多くの客に一つでも多くの作品を見てもらおうと神戸が気を使ってくれて英人の名前を売り込んだからだ。
開催期間は1週間という短い間だったが、一つのギャラリーは英人の作品だけでいっぱいにされた。
榛名の名を聞いて訪れた客も多くいたし、通りすがりから寄ってくれた人もいる。
最終日まで全ての作品を見られたことで次への期待を持ってくれる人も少なくなかった。
そんな中で、一番の大きさを誇る絵だけは英人は売ろうとしなかった。ニューヨークの夜景を描いた絵だった。
これを渡す人間は一人だけだと描いた時から心に決めていた。売る気もないのにここに飾ったのは、手渡される絵がこうして会場を用意され展示されていたものだと知ってほしかったからだった。

個展が開催された日に湯沢が日本の地を踏んだ。
以前から連絡を取り合っていた千城が「どうにか都合を付けてくれ」と頼み込んで個展の初日に着けるよう全ての手配を整えたのだと聞いたのは父の口からだった。
仕事柄、世界各国を回っていたようだが、日本に訪れるのは数年振りだという。どうしてもこの地に着いてしまえば、逢いたくてたまらない人間がいるだけに、故意的に避けられていたようだった。
「近くの花屋で作ってもらったんだ」と言いながら照れて渡されたシンプルな花束はどんな華やかさをもつ社交辞令の花輪よりも美しいものだと思った。

この日は千城の両親も駆け付けてくれた。初めて榛名家の人間に会う湯沢はその存在に萎縮していたようだが、一世や百合子が英人を大事に扱ってくれる姿には目頭を押さえていた。
世界を代表する企業のトップというよりも、一人の親として千城と英人を身守ってくれることにありきたりな言葉しかこぼれない。湯沢はそれが悔しそうだったが、思いだけは千城の両親に充分なほど伝わっていた。
言葉にできない感情があることを、千城の両親も理解している。
湯沢の流した涙がいかに英人を思ってくれていたのか、英人の心の中でも込み上げる嬉しさばかりで言葉など浮かびはしなかった。

榛名の名を掲げてしまえばニューヨークにある新聞社もどこか一線を置いてしまったようだった。湯沢は一カ月という時を日本で過ごした。
初めて訪れた愛した女の眠る墓を見た時、無縁墓地という環境にひどく胸を痛めていた。駆け落ち同然で共に暮らし始めた自分たちが、帰る場所がなかったことを湯沢も承知していたようだが、自分と別れても実家に引き取ってもらえなかった現実を改めて突き付けられ後悔を募らせていた。
それでも墓を用意してくれた妻の実家に感謝する心を聞けば、娘を愛した暮田家の父母たちがいたのだと英人は思いたかった。人を怨むことは辛いことにしかならない。湯沢にそれを教えてもらったようだった。

英人は出来ないと知りながら月日が過ぎても湯沢の傍にいたくてたまらなかった。
長年触れあうことがなかった親子なのに、血の繋がりが持つ温かさを知ってしまえば、20年の時を遡って抱きしめてくれた腕を求めた。
何よりも安心できた頃の、絶対に危害など加えないと守ってくれる逞しかった父の両腕を思い出す。
忘れていたはずなのに、鮮明に思い出すことができるのが不思議なくらいだった。
だが湯沢は英人を一番近くで守る存在は自分ではなく次の人に受け継がれたのだと諭した。
「共に生きようとしたのはこの人だろう?これまでの償いができるわけではないが、いつまででも英人を身守ってやる。英人が苦しくて辛くて逃げ出したくなった時は、我慢せずに俺のところにくればいい。でも信じてやれ。千城君は英人を守ってくれるはずだ。英人が傷つくことがないと認めたから俺も全てを許したんだ。おまえが不幸になる道だけは何があったって阻止するよ」

振り返った千城が湯沢の言葉を耳にしていたかは分からない。
けど父親が安心して託した英人の未来を千城も千城の両親も共に生きてくれるのだと感じることができた。
英人はまた「ありがとう」と言葉を呟いた。

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次回、最終回です。
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コメント

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苦あれば楽ありですね
コメント甲斐 | URL | 2010-01-10-Sun 14:04 [編集]
ワタシも個展の初日には駆けつけて、英人君の作品の一つ二つ購入したい気分なんですけど・・・
きっとすぐに値が上がってますます手が出ない画家さんになっていくと思います。
お父さんとのわだかまりも消え、新しい家族との絆も芽生えた今、憂いは何もないですね。
あとは、共に歩くひとと時を重ねて心も身体も強く強く結ばれていってくださいな。

PS
2万ヒットもすぐですね。
応援している好きな作品が沢山の人に読まれていると、「これいいよね~ワタシなんかもうずーっと読んでるんだよねぇ」と自慢したくもなります。
きり番は憧れです。踏めたらいいなぁ。。。。
Re: 苦あれば楽ありですね
コメントたつみきえ | URL | 2010-01-10-Sun 15:11 [編集]
甲斐様

こんにちは。

> ワタシも個展の初日には駆けつけて、英人君の作品の一つ二つ購入したい気分なんですけど・・・
> きっとすぐに値が上がってますます手が出ない画家さんになっていくと思います。
> お父さんとのわだかまりも消え、新しい家族との絆も芽生えた今、憂いは何もないですね。
> あとは、共に歩くひとと時を重ねて心も身体も強く強く結ばれていってくださいな。

英人の作品を買いたいと言ってくださる方がここにもいたのですねっ!!
きっと英人はこの先どんな存在になったとしても、これまでたくさん心配してくださった甲斐様にはお好きなものを譲ってくれると思います。
揺るぎない愛情に支えられてますます活躍してくれることを願っております。

> PS
> 2万ヒットもすぐですね。
> 応援している好きな作品が沢山の人に読まれていると、「これいいよね~ワタシなんかもうずーっと読んでるんだよねぇ」と自慢したくもなります。
> きり番は憧れです。踏めたらいいなぁ。。。。

こんなに応援してくださる方がいたことに本当に驚かされております。
人様に晒せるようなものではない拙い文章なのに…。
感謝の気持ちばかりです。いつも何のお礼もできずに申し訳ないくらいです。
いつもコメントいただけて嬉しいです。
ありがとうございます。
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