一気に親密になった気がした。
午後の時間、何をしようかと話しながら、映画館に入った。
平日ということもあって混んでいるわけでもなく、他の客との距離も空いている。
サスペンス映画はハラハラドキドキの展開で、途中ビクッとなる春日の手をやんわりと握ってくれもした。
無意識に寄り添ってしまうその先には、逞しい腕がある。
頼りになる安堵と、他の場所に引っ越して放置されるような不安を同時に抱えてきたこれまでの生活から、不安の文字が消えたようだった。
昼は外食で済ませてしまったから、夜は家でゆっくりしようという話になり、春日も同意した。
羽生も急に訪れた二人の展開が嬉しいらしく、帰り道、リカーショップに寄ってワインを数本購入していた。
昼近くまで眠ってしまった休日だ。多少飲んだところで早々眠くなりもしないことを二人ともすでに心得ている。
越谷や本庄ほどではなくても、羽生もそれなりに調理はできた。
家事など親に任せきりだった春日は自分の部屋の掃除と、目玉焼きが作れるかどうかという情けない状態である。
家に着くと、休日にしかできないような雑用をそれぞれにこなして、夕方の時を迎える。
二人並んでキッチンに立つことはこれまでにもあったことだったが、改めて立場を思うとどうにもこっ恥ずかしいものが湧いてくる。
だけどこんな時間が持てることが心底嬉しくて、ついつい纏わりついてしまう。
「羽生さんの料理って、料理長に教わるの?」
調理を続ける羽生の隣で、春日は使い終わった調理道具の洗いものに徹していた。
自然と振舞えるのは、これまでの生活があるからかもしれない。
全てはこの空間を持つための下準備だったのかと、漠然と感じる。
『兄』が立場を変えて『恋人』になったことに、いきなり変わる不自然さを持たせないのが羽生の技量とでも言うべきか。
「伸治さんに教えてもらったこともあるのかな…。あの人が口にしてくれるのは基本だけだね。…ナイショだけど、あの人、離婚してて今独身なんだよ」
「えぇぇぇぇ?!」
社員数が少ない中で、当然のようにプライベートの話も持ち上がる。
確かに隠されていることもあるが、そこまで突っ込んで聞いてくる人たちでもなく、ましてや長となる人間のことを深く詮索する人もいないだろう。
羽生が『内緒』と言うだけに、他のスタッフは知らないことなのだと気付かされる。
…いやいや、『娘がいる』と誰かに聞いてそのまま鵜呑みにしていたのは春日だ。
「店を立ち上げてすぐくらいかな。あの頃は売り上げがそれほどあるわけじゃなかったし。ま、原因はそのへんかな。俺も就職して数年しか経っていなくてさ。貯金があるわけでもないし、引き抜かれたはいいけど住むところもない状態で、伸治さんのところに転がり込んで一時期一緒に住んでたんだよね。料理なんて何も教えてくれなかったよ」
伯父と甥でも甘やかされてきたわけではないことは知れる。
それが越谷流の教育方針だったかどうかは分からないが、発破をかけられて向上心を見せたから今の羽生があるのだろう。
「それ、俺が聞いちゃっていいの?」
「だって春日、別に口外しないでしょ」
「う…、ん…」
「あ、何、その疑問形な返事。ま、今更だから別にいいけどね。たぶん伸治さんも俺から聞いたんだって分かってるよ」
一緒に住んでいる以上、他の誰よりも知り得る情報が多いのは暗黙の了解らしい。
そんなことを重箱の隅をつつくように越谷は言ってはこないと断言される。
束の間羽生が春日を見つめていたから、なんだろうと小首を傾げた。
わずか一歩、羽生が隣に踏み出しただけで春日の目の前に立つ。かがみこんだ羽生の顔が春日の視界をいっぱいにした。
「心配しなくても、俺から『離婚』は言い出さないよ」
囁かれた後に重なった唇が軽く触れて離れていく。
別に、男女のようにそのような儀式が持てるわけでもなく、たとえ話であるのは分かるが、突然のことに驚愕し目を見開いてしまう。
ふっと笑った表情に我に返り、平気でこういったことを仕掛けてくる人なのだと悟った。
「羽生さんっ!!(////)」
皆野にも平然と公表したような人だ。なんとなく、この先に待ちうけるものが感じ取れる春日だった。
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初めて会話らしい会話が出た!!!←今頃…(何話目だよ…)
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午後の時間、何をしようかと話しながら、映画館に入った。
平日ということもあって混んでいるわけでもなく、他の客との距離も空いている。
サスペンス映画はハラハラドキドキの展開で、途中ビクッとなる春日の手をやんわりと握ってくれもした。
無意識に寄り添ってしまうその先には、逞しい腕がある。
頼りになる安堵と、他の場所に引っ越して放置されるような不安を同時に抱えてきたこれまでの生活から、不安の文字が消えたようだった。
昼は外食で済ませてしまったから、夜は家でゆっくりしようという話になり、春日も同意した。
羽生も急に訪れた二人の展開が嬉しいらしく、帰り道、リカーショップに寄ってワインを数本購入していた。
昼近くまで眠ってしまった休日だ。多少飲んだところで早々眠くなりもしないことを二人ともすでに心得ている。
越谷や本庄ほどではなくても、羽生もそれなりに調理はできた。
家事など親に任せきりだった春日は自分の部屋の掃除と、目玉焼きが作れるかどうかという情けない状態である。
家に着くと、休日にしかできないような雑用をそれぞれにこなして、夕方の時を迎える。
二人並んでキッチンに立つことはこれまでにもあったことだったが、改めて立場を思うとどうにもこっ恥ずかしいものが湧いてくる。
だけどこんな時間が持てることが心底嬉しくて、ついつい纏わりついてしまう。
「羽生さんの料理って、料理長に教わるの?」
調理を続ける羽生の隣で、春日は使い終わった調理道具の洗いものに徹していた。
自然と振舞えるのは、これまでの生活があるからかもしれない。
全てはこの空間を持つための下準備だったのかと、漠然と感じる。
『兄』が立場を変えて『恋人』になったことに、いきなり変わる不自然さを持たせないのが羽生の技量とでも言うべきか。
「伸治さんに教えてもらったこともあるのかな…。あの人が口にしてくれるのは基本だけだね。…ナイショだけど、あの人、離婚してて今独身なんだよ」
「えぇぇぇぇ?!」
社員数が少ない中で、当然のようにプライベートの話も持ち上がる。
確かに隠されていることもあるが、そこまで突っ込んで聞いてくる人たちでもなく、ましてや長となる人間のことを深く詮索する人もいないだろう。
羽生が『内緒』と言うだけに、他のスタッフは知らないことなのだと気付かされる。
…いやいや、『娘がいる』と誰かに聞いてそのまま鵜呑みにしていたのは春日だ。
「店を立ち上げてすぐくらいかな。あの頃は売り上げがそれほどあるわけじゃなかったし。ま、原因はそのへんかな。俺も就職して数年しか経っていなくてさ。貯金があるわけでもないし、引き抜かれたはいいけど住むところもない状態で、伸治さんのところに転がり込んで一時期一緒に住んでたんだよね。料理なんて何も教えてくれなかったよ」
伯父と甥でも甘やかされてきたわけではないことは知れる。
それが越谷流の教育方針だったかどうかは分からないが、発破をかけられて向上心を見せたから今の羽生があるのだろう。
「それ、俺が聞いちゃっていいの?」
「だって春日、別に口外しないでしょ」
「う…、ん…」
「あ、何、その疑問形な返事。ま、今更だから別にいいけどね。たぶん伸治さんも俺から聞いたんだって分かってるよ」
一緒に住んでいる以上、他の誰よりも知り得る情報が多いのは暗黙の了解らしい。
そんなことを重箱の隅をつつくように越谷は言ってはこないと断言される。
束の間羽生が春日を見つめていたから、なんだろうと小首を傾げた。
わずか一歩、羽生が隣に踏み出しただけで春日の目の前に立つ。かがみこんだ羽生の顔が春日の視界をいっぱいにした。
「心配しなくても、俺から『離婚』は言い出さないよ」
囁かれた後に重なった唇が軽く触れて離れていく。
別に、男女のようにそのような儀式が持てるわけでもなく、たとえ話であるのは分かるが、突然のことに驚愕し目を見開いてしまう。
ふっと笑った表情に我に返り、平気でこういったことを仕掛けてくる人なのだと悟った。
「羽生さんっ!!(////)」
皆野にも平然と公表したような人だ。なんとなく、この先に待ちうけるものが感じ取れる春日だった。
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- 関連記事
「離婚は言い出さないよ」って、いつ結婚?
羽生さん的にはもう既に新婚生活始まってたのかぁー
でも、初夜はまだじゃーん
”この先に待ちうけるもの”なんだろうねぇ
…なんてね
羽生さん的にはもう既に新婚生活始まってたのかぁー
でも、初夜はまだじゃーん
”この先に待ちうけるもの”なんだろうねぇ
…なんてね
甲斐様
おはようございます。
> 「離婚は言い出さないよ」って、いつ結婚?
> 羽生さん的にはもう既に新婚生活始まってたのかぁー
> でも、初夜はまだじゃーん
> ”この先に待ちうけるもの”なんだろうねぇ
> …なんてね
いつ結婚したんですかね~(笑)
春日が引っ越ししてきた時点で婚約でもしたつもりだったんでしょうか。
気持ちを確かめあったら婚約期間が終わったの?!
この先、何が起こるんでしょうか。
でも春日は結構しっかりしている子ですから。
コメントありがとうございました。
おはようございます。
> 「離婚は言い出さないよ」って、いつ結婚?
> 羽生さん的にはもう既に新婚生活始まってたのかぁー
> でも、初夜はまだじゃーん
> ”この先に待ちうけるもの”なんだろうねぇ
> …なんてね
いつ結婚したんですかね~(笑)
春日が引っ越ししてきた時点で婚約でもしたつもりだったんでしょうか。
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この先、何が起こるんでしょうか。
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コメントありがとうございました。
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