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BLの丘
チョキチョキ 11
2011-06-11-Sat  CATEGORY: チョキチョキ
休みの日はマンションにいることもあるし、近所になにがあるのかと車を走らせることもある。
羽生は特に干渉してこないが、外に出るときは、都合がつけば道案内も兼ねて一緒に出掛けてくれた。
丁寧なナビゲーターのおかげで、早いうちに近隣の地図は春日の頭の中に収まった。
目的の店を探して迷子になることもない。

交互に風呂に入ったあとリビングで、羽生がもらったという白ワインを嗜んだ。
L字型に置かれたアイボリー色の、ファブリック製のソファは肌触りがとてもいい。
羽生は職業柄もあるのか、美味しいと思える物ばかりを揃える。つまみとなるチーズやナッツをとっても、好みの銘柄はすでに存在し、春日ではまず手を出さない高価なものだ。
店でも食へのこだわりがある料理人が調理する食事はバランスがとれており、春日の胃を満たしてくれるものが出てくる。
それらを食べているので、春日も自然と味の良さが分かるようになった。

気分良く飲んでいればあっという間に1本があいてしまう。
春日も羽生も酒に弱いわけではなかったから、あからさまな酔いの態度にもならない。
「もう一本あるから持ってくるね」
「うん…」
「こういうのは一人で飲んでも美味しくないからね」
斜向かいに座っていた羽生が立ち上がってキッチンへと歩いていく。
この部屋に来てしばらくしてから羽生は、部屋の中での敬語禁止令を出してきた。
堅苦しくて好きではない、と表向きの理由だが、春日の神経を少しでも解したかったのだろう。
「店では『上司』だけど、家では『兄』だとでも思えばいい」と…。
春日のありのままの姿でいることを望まれ、また、今まで幾度も外で会っていたこともあり、羽生に対して打ち解けた面はあったから素直に受け入れられた。
部屋の中で緊張していたのは、一緒に住むことで迷惑がかからないか、と思ったからであり、羽生自身に向けられたものとは少し違っていた。
それは羽生に近付けたような優越感すら生んでいた。
だから、早く物件を探して出て行かなければ…と考えると、憂鬱になってしまった。
この空間がとても心地いいものに変わっているのだ。
いつまでもここにいるわけにはいかない…。
あくまでも、店に呼ぶために急いだ措置であることは春日が一番良く理解している。

2本目のワインもあらかたあいた、という頃、不意に羽生の携帯が鳴った。
「こんな夜中に…」
羽生はブツブツ言いながらも電話を手にしてリビングを出て行く。
時計を見れば0時を少し過ぎたところだ。
帰ってきたのが10時過ぎだった。自分たちの生活リズムの中では、まだ充分起きていると知る者なのだろう。
さらに明日が休みともなれば夜更かしもする。
親しい人からだったのか、羽生はすぐには戻ってこなかった。
静けさが漂う部屋の中、座り心地の良さと肌触りの良さに、春日はふとソファの上に転がった。
体を横にすると、ふぅっと力が抜けて行く。1週間の労働の疲れとアルコールの回りが感じられた。
このまま自室に入ってしまうのは悪いような…などと考えているうちに、睡魔が襲ってくる。
目を閉じたら、あっという間に意識が途切れた。

眠っていて寝返りを打つと何かの温かさを感じた。それと一緒に普段とは違う香りが鼻腔をくすぐる。
ふわりと目を覚ますと薄明りが差し込んでいるものの、全体はまだ暗い。
びっちりとカーテンで閉じられた部屋は自室ではなかった。
横向きになった春日の目の前に、寝息を立てている羽生の姿があった。
どうやら春日は羽生の腕枕で寝ていたらしい。
驚きよりも安堵が心を占めて行く。クンともう一度鼻をならす。
単に並んで寝ているだけなのに、包まれているような安心感が全身を巡った。
丸まるようにして、春日は再び眠りの世界におちて行った。

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春日、寝ちゃってる時ですか…ヾ(- -;)オイオイ


そういえば、キリ番がそろそろですか。早いな…。
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チョキチョキ 12
2011-06-12-Sun  CATEGORY: チョキチョキ
再び目覚めた時はすでに日も高い時間のようだった。
明け方に一度起きてからまた眠ってしまった時と少々体勢が異なっていることに気付く。
明け方、羽生と並んで眠っている、と知ったのは二人して天井を向いていたからだ。
安堵を覚え、春日だけが羽生に寄り添うように、胸の前で両手を重ねた隙間を作り横向きに転がった。
それが今は、羽生と向きあう体勢で密着するように寄せられ、春日の背には羽生の腕がまわっていた。
何の間違いか、抱きしめられていると理解できるまでにさほど時間はかからない。
これ以上ここにいたら、間違った感情が湧いてしまいそうで、春日はそっと抜け出ようとした。
羽生との生活がぎこちなくなるのも、仕事に影響が出るのも怖い。
いや、それ以前に、この安らかな空間を嬉しいと思い、肌に記憶させることが怖かった。
それとも、もう手遅れなのだろうか…。

ふとした気の緩みでリビングで眠ってしまった。完全に信頼を置き、心の拠り所として羽生は存在している。
この人物は春日の中で存在位置をどんどんと大きくしている。
一時的な同居として結んでしまった約束が、なんとも辛いものになっていた。

春日が僅かでも身じろぐと、羽生の腕に力がこもった。
「え?」
どうやら羽生も起きていたらしい。
「もう起きるの?」
囁くような言葉が春日の耳元を掠める。
少し視線を上げると、温和な羽生の顔があった。
「昨日、戻ったら春日君、もう寝ちゃっていたし。勝手に君の部屋に入るのも失礼だからこちらに運んでしまったけど。迷惑だったかな」
「そんなこと…。ごめんなさい。こちらこそ手間をかけちゃった…。…起こしてくれれば良かったのに…」
「いやいや、とても可哀想でできないよ」
あたりまえのように振舞う羽生の優しさでもある。こんな態度に春日は余計に気を惹かれて行く。
そして、自惚れた期待を抱いてしまう。

「それにせっかく春日君の寝顔を見られたのに」
「え?」
春日は意味をどう解釈していいのか思考が止まった。
その直後、羽生の唇が春日の額に触れた。
呆然としながら羽生を見返すと、分からないかな?と言った感じで小さく首を傾げられた。
「なんとも思っていなかったら、ここまで連れ込まない」
…つまり、いままであれこれと目を掛けてくれていたのは、相手が春日だったから、ということだろうか…。

…それって…、それって…。

「羽生さん…、もしかして…」
「うん。ずっと気になってたんだと思う。たぶん春日君が初めてうちの店に来てからだろうな。だから新しい人を入れる時に真っ先に春日君を思い出したし。まぁ、あの時は仕事のことしか頭になかったのかもしれないけれど。会ううちに人の良さを感じて、まずは入店させる契約を取りたかったんだ。その後はどう変わっていくかも分からなかったからね。あぁ、ここに住んでくれるかどうかは、一か八かの賭けだった」
まっすぐに人の目を見て話す姿勢はこんな時も変わらない。隠すことなく真実を伝えてくれる。
同居を引き受けたことは、春日に対して望みがあると判断したようだ。
生活の全てを見るうちに、自分の目が間違っていなかったことを確証したらしい。

こんな夢のような話があっていいのか…と、春日は一瞬脅えた。
ついさっきまで悩んでいたことの答えを、あっさりともらってしまったようなものだ。
もしかして騙されているんじゃないかという疑心も少し湧いてしまう。
羽生にしてみれば、春日の思うことや取りたい行動など、観察眼の良さから見越しているのではないか…と。

春日が何も言えずに黙ってしまうと、羽生の腕の力が弱まる。
「俺じゃダメ?」
問われる言葉はとても真摯で、春日が好きな羽生の姿でもある。
春日は咄嗟に首を横に動かした。
「いいってこと?」
「うん。ここを出て行きたくなくて、困ってた…」
素直に言葉が出てくるのはまだ夢見心地の気分なのか。
正直に胸の内を明かしてしまえば、羽生がふわりと笑みを浮かべる。
「もう、探させない」
春日の口元に唇を寄せて、そっと合わせてくる。上唇と下唇を交互に舐められ、僅かに開いた間から舌が潜り込んでくる。
絡め取られて舌の感触を味わいながら口端から吐息を洩らす。
「…っふ…、ぅ…」
一旦唇を離した羽生が、もう一度春日を胸に抱きしめて、ぽんぽんと宥めるようにさすり、その後強く抱きしめてきた。

その時、まったくもっていいタイミングで、玄関のチャイムが鳴ったのだった。

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って、羽生が?客が?

キリ番踏まれた方いらっしゃいますかね~。昨夜日付の変わる前の頃のようです~。

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チョキチョキ 13
2011-06-13-Mon  CATEGORY: チョキチョキ
部屋の中に無機質な機械音が響き、抱き合った二人の体が同時にピクリとする。
春日がふと時計を目にすればすでに10時を過ぎていて、誰が訪ねてきてもおかしくない時間だった。
そしてまた、羽生は例え休日でもこのような時間まで寝ていることはない。
ともすれば、春日が目覚めるのを待っていてくれた、ということになるのだろう。
思いを交わせたのは嬉しかったが、せっかくの時間を邪魔された悔しさは春日の中にも湧いてくる。

羽生から小さな溜め息が零れる。
「早過ぎだっていうの…」
ぽつりと呟かれた台詞は、今日、羽生が誰かと約束があったことを表していた。
チャイムは間をおいてもう一度鳴った。
「羽生さん…?」
残念ではあるが、先約があるのでは急展開のこの状況に春日が何を言えるわけでもなく、羽生から離れようとする。
「ごめんね」
春日の唇に触れるだけのくちづけを残して、羽生はスッとベッドを降り、リビングへと通じる方のドアから、寝室を出ていってしまった。
インターフォンのモニターがそちらにあるのだから、当然と言えば当然だが…。
唇の温かさを思い出し、余韻にしばらく浸っていたから気付かなかった。
羽生ともう一人、男の人の言い争う…というか、憎まれ口を叩き合うような声が聞こえてきて我に帰る。
羽生と客人がリビングに入ってくる物音がした。

春日はさっさと自分の部屋に戻ってしまえば良かったと後悔したが後の祭りだ。
羽生の寝室はリビングの隣に位置していた。
春日が自室に戻る為にはリビングに一度出てから廊下を通っていくか、仕切られてはいるが、ドア一枚を挟んで繋がっている書斎を抜けて廊下に出るしかない。
客がリビングにいることが分かれば、当然そちらのルートは使いたくないし、だからといって羽生の仕事に関することがびっちりと詰まった部屋を勝手に通過するのも躊躇われる。
だいいち、物音がすれば、嫌でも客に春日の存在を知らしめるものになる。
漏れ聞こえる口調は親しい者のようだったが、羽生が春日のことをどこまで伝えているのかは想像もできない。
きっとこのマンションの間取りは知っているのだろうから、羽生の寝室から姿を現したら何を言われてしまうのか…。

春日が思い悩みベッドのふちに腰かけて、どうしたもんかと悩んでいると、寝間着となっているシャツとゆったりとしたパンツを履いただけの羽生が戻ってきた。
考えてみれば、寝起きのこの姿を見せられるくらい近しい人間、ということになる。

「春日君も着替えておいで。もう少ししたら一緒に食事に行こう」
「へ?」
「もう手ぇ出したのかよ…」
リビングから呆れ返った男の声がこちらに向けて発される。
春日がここに住んでいることは知っていたらしいが、さすがに寝室にいるとは思っていなかったようだ。
明らかに誤解を与えているようで、春日はますます顔を合わせづらくなった自分を感じた。
「皆野に思いっきり邪魔されたけどね」
「それはそれはすみませんでしたね~」
全く悪びれていない態度だとわかる口調で、見えない姿同士が会話を進めている。
羽生に手を取られ、立ち上がった春日はそのままリビングへと引っ張っていかれる形になり、否応なく客の前に寝起きの格好を晒すことになってしまった。
「あ…、お、おはようございます…」
ソファに座り、興味津々で寝室の入り口を眺めていた男と視線が絡み、蚊の鳴くような小さな声で挨拶を済ませると、厭味ったらしい台詞を放った人物とは思えないくらい爽やかな笑顔で、「久し振り」と声をかけられた。
すぐに廊下へと飛び出そうとしていた春日は、少しだけ拍子抜けするのと、疑問符を浮かべる。

『久し振り』…???
「あの…、えと…」
春日に向かって話しかけられているのに無視して逃げ出すわけにもいかなく、咄嗟に羽生を見返した。
クスクスと笑った羽生が、「覚えていないよね~」と同意を求めてくるが、ここで頷いたら相手に失礼だろう。
どう答えたらいいのか戸惑う春日に、羽生が説明してくれる。
「春日君がファミレスで働いていた時に一緒に行ったヤツ」
その時のことが脳裏に浮かび、パッと瞳と口が理解したことを示すと、『皆野』と呼ばれた男が苦笑しながら、「うっわっ、存在、うすっ!!」とわざとおどけてみせた。
『ナンパ』と含みながら気軽に接してきた態度を思い出す。
二人の関係を聞いたことなどなかった。ファミレスに来てもらった時は二人とも立ち振舞いがあまりにもスマートで同僚かと勝手に思っていたが、羽生と一緒に働く現在、その可能性はなく、友人だと見てとれる。
「草加皆野(そうか みなの)です。よろしくね、春日君」
にっこりと笑われて、かつ、当たり前のように名前で呼ばれて、「はぁ…」と、何とも情けない返事が春日から漏れた。
羽生が春日の背中に掌を当てて、リビングから出そうとする。
「ほらほら。皆野の相手なんてしていなくていいから」
「大人げなく嫉妬ですか~、羽生さんよぉ」
「予定時間より30分も早く来た皆野とは話さなくていいからね」
皆野の言葉を全く無視して、羽生は春日にしか話しかけない。羽生にも先程の、蜜なる時間を奪われた恨みが存在しているらしい。
せめてあと10分は一緒にいられたはずだし、準備万端で皆野を迎える気だったのだろう。もしくは春日がもっと早く起きるか…。
朝から計画を狂わされた羽生の苛立ち…、というほどのものはあまり感じられず、どちらかといえば楽しんでいる印象が強い。
春日の気持ちを聞けたから…なのか…。
春日は、皆野が発した『嫉妬』という台詞に幾分心臓をどきどきとさせながら自室へと向かった。

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チョキチョキ 14
2011-06-14-Tue  CATEGORY: チョキチョキ
恥ずかしい思いがありつつも、春日が身支度を整えてリビングに戻ると羽生と皆野が談笑していた。羽生も着替え終わっている。
春日は自分用のコーヒーを淹れてから、羽生に促されて隣に腰をおろした。
いつも斜向かいに座っているだけに、隣に座るのがなんとも照れくさい。
言うなれば、ほんの僅か30分ほど前にお互いの思いを確認しあったばかりで、どんな風に振舞っていいのか分からずにいる。
だけど羽生の態度は実に堂々としたもので、「ようやく手に入ったところを邪魔された」と明かしてしまった。
これには皆野に対して充分なほどの嫌味が含まれていたけれど…。
どちらにしても、今朝の場合時間が迫っていたのは確かで、あれ以上どうなることもなかったわけだ。

ふたりの話を聞くところによると、羽生と皆野は以前同じホテルでフロントマンとして働いていたそうだ。
ホテルの顔ともいえる職種であるだけに、二人の所作が迷いなくはっきりとしているのも頷ける。
以前ファミレスで見かけた立ち振舞いの美しさと気配りの良さに感心したが、それらも納得できることだった。
同期ということもあって、羽生がホテルを退社してからも連絡を取り、休みが合えばこうして一緒に過ごしたりもする。
もともと二人だけで出掛ける予定であったのだから、その時点では羽生にとっての春日は、ただの同居人に過ぎなかったのに、いざ訪れてみれば予想外な光景に出迎えられたということになる。

一緒に食事に行こうという誘いを、せっかくの二人の時間を邪魔するようで一度は遠慮したのだが、二人の関係をばらした以上、春日一人を置いていくわけにはいかないと羽生に言い含められてしまった。
「それにさ、羽生と俺の付き合いがあるんだから、当然春日君も混じってくるわけじゃない。今後の為に親睦を深めるって点でも同席してほしいよ」
皆野にまで言われては返す言葉もない。
さりげなく促させる態度は羽生によく似ている、とも思った。
だから気が合うのだろうか。
こうして羽生のプライベートの中に自分も入れてもらえることは、それはそれで嬉しいことだったけれど…。

店内に小川が流れる和造りの食事処に連れて行かれた。
他の客の視線を向けられることのない完全な個室で、ゆったりと過ごすことができる。
春日のことはあらかた皆野に伝わっていたようで、今更…という受け止められ方をされていた。
羽生もいつもと変わらない態度であるし、春日も自然と普段通りに受け答えをする。
皆野の話術や人柄もあるのだろうが、打ち解けるのもすぐで、出会った時の緊張感や照れはいつのまにか消えていた。
羽生の昔話を聞かせてもらったり、そうかと思えばお互いで嫌味の言い合いをしていたり、と話題は尽きることなく、春日の笑いを誘ってくれる。
「何かあったらいつでも相談にのるよ」
皆野は春日に笑いかけてくれた。羽生のことを詳しく知るからこそ、アドバイスもできる、といった感じなのだろう。
できたてホヤホヤの二人に気を使ったのか、皆野とはその場で別れた。
さすがにこれ以上、貴重な休日の邪魔をする気はないらしい。
本来であればもっと長い時間、羽生と話をする予定だったのだろう。自分の登場で狂わせてしまったことがなんとも申し訳ない気分にさせる。
気付いた羽生がぽんと春日の頭上に手を置いた。
「もっと俺のことを知ってほしいと思うし、春日のことも知りたいよ」
どこか他人行儀であったような『君』付けがなくなって、名前を呼ばれたことに近さを感じた。
一瞬ドキリとしつつも、ほわりとした温かい気持ちが胸の中に広がっていく。
羽生にしてみれば、皆野に会ってくれただけでもありがたいらしかった。
春日が後ろめたさを感じることはないと暗に含まれる。
「うん…」
春日は言い分が分かるから少し俯き加減になりながら、静かに頷き返す。
…もっと近しい存在になりたい…と。

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チョキチョキ 15
2011-06-15-Wed  CATEGORY: チョキチョキ
一気に親密になった気がした。
午後の時間、何をしようかと話しながら、映画館に入った。
平日ということもあって混んでいるわけでもなく、他の客との距離も空いている。
サスペンス映画はハラハラドキドキの展開で、途中ビクッとなる春日の手をやんわりと握ってくれもした。
無意識に寄り添ってしまうその先には、逞しい腕がある。
頼りになる安堵と、他の場所に引っ越して放置されるような不安を同時に抱えてきたこれまでの生活から、不安の文字が消えたようだった。

昼は外食で済ませてしまったから、夜は家でゆっくりしようという話になり、春日も同意した。
羽生も急に訪れた二人の展開が嬉しいらしく、帰り道、リカーショップに寄ってワインを数本購入していた。
昼近くまで眠ってしまった休日だ。多少飲んだところで早々眠くなりもしないことを二人ともすでに心得ている。
越谷や本庄ほどではなくても、羽生もそれなりに調理はできた。
家事など親に任せきりだった春日は自分の部屋の掃除と、目玉焼きが作れるかどうかという情けない状態である。
家に着くと、休日にしかできないような雑用をそれぞれにこなして、夕方の時を迎える。

二人並んでキッチンに立つことはこれまでにもあったことだったが、改めて立場を思うとどうにもこっ恥ずかしいものが湧いてくる。
だけどこんな時間が持てることが心底嬉しくて、ついつい纏わりついてしまう。
「羽生さんの料理って、料理長に教わるの?」
調理を続ける羽生の隣で、春日は使い終わった調理道具の洗いものに徹していた。
自然と振舞えるのは、これまでの生活があるからかもしれない。
全てはこの空間を持つための下準備だったのかと、漠然と感じる。
『兄』が立場を変えて『恋人』になったことに、いきなり変わる不自然さを持たせないのが羽生の技量とでも言うべきか。
「伸治さんに教えてもらったこともあるのかな…。あの人が口にしてくれるのは基本だけだね。…ナイショだけど、あの人、離婚してて今独身なんだよ」
「えぇぇぇぇ?!」
社員数が少ない中で、当然のようにプライベートの話も持ち上がる。
確かに隠されていることもあるが、そこまで突っ込んで聞いてくる人たちでもなく、ましてや長となる人間のことを深く詮索する人もいないだろう。
羽生が『内緒』と言うだけに、他のスタッフは知らないことなのだと気付かされる。
…いやいや、『娘がいる』と誰かに聞いてそのまま鵜呑みにしていたのは春日だ。

「店を立ち上げてすぐくらいかな。あの頃は売り上げがそれほどあるわけじゃなかったし。ま、原因はそのへんかな。俺も就職して数年しか経っていなくてさ。貯金があるわけでもないし、引き抜かれたはいいけど住むところもない状態で、伸治さんのところに転がり込んで一時期一緒に住んでたんだよね。料理なんて何も教えてくれなかったよ」
伯父と甥でも甘やかされてきたわけではないことは知れる。
それが越谷流の教育方針だったかどうかは分からないが、発破をかけられて向上心を見せたから今の羽生があるのだろう。
「それ、俺が聞いちゃっていいの?」
「だって春日、別に口外しないでしょ」
「う…、ん…」
「あ、何、その疑問形な返事。ま、今更だから別にいいけどね。たぶん伸治さんも俺から聞いたんだって分かってるよ」
一緒に住んでいる以上、他の誰よりも知り得る情報が多いのは暗黙の了解らしい。
そんなことを重箱の隅をつつくように越谷は言ってはこないと断言される。
束の間羽生が春日を見つめていたから、なんだろうと小首を傾げた。
わずか一歩、羽生が隣に踏み出しただけで春日の目の前に立つ。かがみこんだ羽生の顔が春日の視界をいっぱいにした。
「心配しなくても、俺から『離婚』は言い出さないよ」
囁かれた後に重なった唇が軽く触れて離れていく。
別に、男女のようにそのような儀式が持てるわけでもなく、たとえ話であるのは分かるが、突然のことに驚愕し目を見開いてしまう。
ふっと笑った表情に我に返り、平気でこういったことを仕掛けてくる人なのだと悟った。
「羽生さんっ!!(////)」
皆野にも平然と公表したような人だ。なんとなく、この先に待ちうけるものが感じ取れる春日だった。

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