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ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
新しい家族 6
2012-01-12-Thu  CATEGORY: 新しい家族
近くのベンチに並んで座ってからポップコーンのカップを渡した。座った太腿の間にカップを挟んでおけば落とすこともない。
不安げだった態度も和紀が変わらずにいることで軟化してくる。
待ち焦がれていたはずなのに、本当にいいのか?と伺うような見上げる瞳に笑顔で答えてやる。
急いたように小さな指がカップの中に潜り込んでいった。改めて口に含めば、味が広がったのかふわっと笑みが見えた。
日生はこんなに甘くておいしいお菓子は食べたことがないと心が躍った。いや、お菓子自体、口にしたことがないと言っていい。夢中で次を掴み上げる。
一度は落としてしまったのに、殴られもしなかったのが不思議だった。それどころかまた新しく買ってくれた。
胸の奥がじんわりと温かくなる。三隅と和紀は、今まで日生が出会ってきた『大人』とは違うのだと感じることができた。

慌てて口に入れてはむせている。そんな光景が嬉しいのに心が締めつけられた。
「ひな。誰もとって食べないから。ゆっくりでいいんだよ」
和紀は少し離れた場所にあった自動販売機から、自分の缶コーヒーとキャラクターのイラストが描かれたオレンジジュースのペットボトルを買った。
日生はポップコーンに夢中になり過ぎていて、和紀が立ったことにも気付かない様子だった。
キャップを外し、目の前に見せてやると、水分が欲しかったのか手に取ろうとするのを止めて、飲ませてやった。
さすがにこれを落とされるのは困る。
ペットボトルの口が離れると、日生の小さな手はまたカップと口を往復し始めた。
幾度も日生の柔らかくて絡まった茶色の髪を撫でた。まだ先程出会ったばかりなのに、とても愛しい存在へと変化を遂げている。
今のこの一瞬、ただの同情だから、と思いたくない。この先も自分で守るのだと、不思議と心で感じた。
施設で『みんなと一緒』ではなくて、『一人』として見守りたかった。
父が『施設は無理』と言ったのも、なんとなく理解できてくる。集団の中に入れたら自己主張できない日生は確実に埋もれてしまうだろう。
こんなに可愛い子がどうしてあんな傷を負わなければならなかったのだろうかと怒りは鎮まることがない。
これまでの苦労を思うと言葉を失う。何をしてあげられるのか、どうしたらいいのか…。

そういえば、家に帰ったところで日生が口にできるような食べ物があっただろうか…と和紀は頭を巡らせた。
必要になる日用品ももちろん分からなかったが、まずは食べ物を手に入れないと…と思った。
自分たちの食事は清音にまかせっきりだ。それらが食べられないこともないだろうが、味付けはどうしたって大人好みに仕上がっている。
それに今日は三隅が夕食を必要としない予定だったから、あり合わせで一人前、和紀の分だけを用意してもらっていた。
手にしたペットボトルを見下ろしても、だ。自分たちが飲むアルコールはあっても子供用のジュースなどあるわけがない。
かといって何を揃えたらいいのやら…。また壁にぶつかる。

日生はカップの底が見えた時、もう終わりなんだ…という物悲しさに覆われた。
だけど一人で一つ、丸ごと食べられたのは満足できることでもあった。生まれて初めてのこと。しかもこんなに美味しいお菓子を…。
カップについたカスも指になすりつけて舐める。カップを逆さまにしたらパラパラとくずが落ちてきた。
まだ残っていないかと何度か振ってみた。

気付くと日生は買ったばかりの服の上にボロボロと零し、手は舐めたのかドロドロになっていた。
そして、もうないのかとカップを逆さまに振っていた。
打ち出の小槌じゃあるまいし、それ以上出てくるわけがない。思わず苦笑いを浮かべてカップを取り上げた。
「もう終わりだね。またここに来たら買ってあげるから」
日生は一瞬悲しそうな表情を見せたが、分かっているのか、また頷くにとどまった。でも『また買ってあげる』の言葉に笑顔をのぞかせる。
立たせてパンパンと軽く汚れを落とす。カップをゴミ箱に捨て、近くに備えられた手洗い台へと連れて行って手を洗わせた。だけど日生は指の間など上手に洗いきれなくて、結局和紀も一緒になって洗っていた。
この歳になっても日生はできないことが多いと漠然と感じる。

スーパーで、子連れの親が選んでいるものを盗み見ながら、日生が食せそうなものを探した。レトルトのカレーとキャラクターのパッケージのパン、ジュース、お菓子を数品カゴに入れた。
明日になれば清音が来てくれるから、それまでのつなぎでいい。
「ひな。何か食べたいもの、ある?」
ここでも日生は興味を惹かれてキョロキョロし、時折すれ違う人にぶつかっていた。
珍しいものが多いのか見たいのだろうが、むやみに手を出してはいけないと思っているのか躾けられたのか、眺めるだけにとどまっている。
和紀がお菓子を選んでいる最中も、大人しく隣に立って首を動かしているだけだった。
普通の子供ならあれこれと掴んで、最悪カゴに忍ばせているものだ。
問いかけたことに対して、モジモジとするのは答えてもいいのかと思案しているからなのか…。
なかなか言葉が零れてこない。
和紀はまた日生の前にしゃがんだ。
「ひな。欲しいものがあるの?」
欲求の一つも口にできないなんて不憫過ぎる…。常日頃我が儘を言って、その辺で叱られている子供とは違う。
寧ろ、それくらいまで自己主張してほしいとすら願った。ずっと耐えるだけの生活は忘れてほしい。
「…ぷりん…」
蚊の鳴くような小さな声だった。雑踏に消えてしまうのではないかと思うくらいに…。
「プリン?」
尋ね返すと、またこくりと頷く。
たったそれだけの一言を口にするために、どれだけの勇気を必要としたのかと思わせるくらい上目遣いの伺う態度で、また言い終わればすぐに床へと視線を落とした。
和紀はくしゃくしゃと頭を撫でて笑顔で答えた。
「よし。じゃあプリンを買って帰ろう。でもプリンは家に帰ってからだよ」
元気な声で告げると、パァッと華が開いたように笑顔を浮かべた日生がいた。
その無邪気な笑顔に、驚かされたのは和紀の方だった。ずっと俯いていたその表情が、ようやく自分に気を許してくれた証拠のような気がして…。
瞼の奥が熱くなりかけてどうにか踏みとどまる。
…プリン一個でこの笑顔が見られるのか…。
何故か和紀はそんなことを思っていた。

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まだ当分育児日誌が続きます…(汗)
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新しい家族 7
2012-01-13-Fri  CATEGORY: 新しい家族
家に帰ってから、まず風呂に入れた。日生が着ていた服を振り返ってもそうだが、衛生的な生活を送っていたとは思えなかった。
「ひな。先にお風呂に入っちゃおう」
風呂を沸かす準備をしてから、購入してきた新品の下着とパジャマを取り出してくる。
『風呂』と言っただけで、また日生の動きが固まった。和紀はここでも虐待があったのかと即座に悟ってしまった。
日生の前に膝をついて「お兄ちゃんと一緒に入ろう。綺麗になったらご飯にするからね」と促す。
とにかく一度、どんなものなのかを体験させて脅えることはないのだと意識をすり替えなければならない。
脱衣所まで連れて行き、先にさっさと裸になると、日生が脅えつつ、また不思議そうに和紀を見上げた。
「おにぃちゃんも一緒?」
「そうだよ」
日生にも脱ぐよう促すが、着慣れない服のせいか、自分でやった方が早いと、「ばんざーい」と声をかけた。手早く脱がし湯気の沸くバスルームに抱き入れた。
シャワーヘッドを手にすると、それに脅えを表してくる。
…水が原因か…。まぁそれ以外のものはここにはないのだけれど…。話にだけ聞いたことのある世界をそっと思い浮かべた。
湯が日生に当たらない位置で手に湯をかけて温度を確かめる。
「ひな。その椅子に座って」
「え?」
「何か怖い?ひなの体を洗うだけだよ」
和紀はここでも床に膝をつく。子供と視線を合わせることは誰に聞いた話だったか…。

ビクビクしながらそれでも日生は大人しく椅子に腰かけた。
日生の今までの『お風呂』とは、裸にされて立たされて、頭からぬるま湯のシャワーをかけられる程度のものだった。
たまにタオルでゴシゴシと擦られて、白い肌が赤くなったりした。
寒くて痛くて、喚くと近所迷惑だと殴られる。週に一度か二度、あるかないかの『お風呂』は避けて通りたいことだった。
目の前に立つ男は、父親よりもずっと体格が良い。服を脱いだら余計にはっきりと分かる。
ひょろひょろとしていた父親と違って、身長もあり、しっかりとした筋肉が胸にも腕にもついていて屈強なのが一目瞭然だ。
こんな人に押さえつけられたらひとたまりもない。もともと逆らう気はなかったけど…。
ただ唯一、出会ってからの一連の動作が日生の恐怖心を薄れさせる。

足元から湯を当ててやると少しは落ち着いてきたのかホッと息がもれた。
「頭…、頭ってどうやって洗ってやりゃあいいんだ?」
頭上からいきなりお湯をかけるのも可哀想だし…と思案するが名案は浮かばない。
とりあえず顔にかからないように髪を濡らしはするが、日生が俯いてしまうのでお湯が垂れてしまう。
これで泡立てたら目に入ってしまう…。
と、ふと、仰向けに寝転がせればいいと思いついた。
椅子に自分が座って膝の上に横向きに日生を座らせる。胸の上から包むように背中を抱いて寝そべらせ、もう片方の手で後ろから洗った。片手で洗うのが辛かったが頭部自体が小さいのでできなくはない。
不安そうに日生が見上げてくるのを笑顔でやり過ごす。顔が見えるから寧ろ安心かもしれない。
「俺って天才じゃーん」
機嫌良く和紀が呟くのを日生も感じ取ったのか、意味が分かっているのか、ふふふと口元をほころばせた。
泡立ちが悪くシャンプーは三度になってしまったが、洗い流す時にうっとりと瞼を閉じる日生を見て、安堵の息をついた。
同時に子育ての素質があるのではないかと変に感心していたりしたが…。

体の方もなかなか泡立たなかった。力を入れずに洗ったつもりだったのだが、二度三度と繰り返すうちに白い肌が赤くなり始めて、擦り過ぎかと焦った。
血行が良くなっての赤みが増すのであればいいのだが、日生に「痛い?」と聞いても首を横に振られるだけだ。
我慢をさせているのであれば悪いことこの上ない。
全てを洗いあげ、先に浴槽に入っているよう抱き上げて入れると突っ立ったままでいる。
「ひな?沈まないの?温まらないとだめだよ」
この時になって子供用のおもちゃを買ってきてあげれば良かったかと思ったのはさておき。
確かにそのままぺたんと腰をつけば溺れてしまうが、膝を曲げるくらいはできるだろう。
動かない日生を半身浴用の段差に座らせて、和紀は手早く体だけを洗った。自分はまた後で入ればいい。
バスタブに落ち着いて日生を膝の上に引き寄せる。
一瞬抵抗があったようだが、「肩まで温まらないと」と自分の膝の上で背を預けさせれば、特に危険はないと判断してくれたのか大人しくちょこんと座った。膝の上で、ちょうど日生の肩が浸かることを知った。

自分は一体幾つまで親と一緒に風呂に入っていただろう…と振り返る。
父親と一緒に入浴した記憶はほとんどない。
母親は先が短いことを知っていたからなのか、なんでも和紀に一人で出来るようにとやらせた。入浴もその一つだと思う。
先程日生が『お兄ちゃんも一緒?』と聞いたのは、日生一人で入れた…ということになるのだろうか。
とてもそうは思えないが…。
「ひな。自分で体洗えるの?」
濡れた髪を指先で梳いてやりながら尋ねると、首を横に振られた。
やっぱりな…と内心で呟いて、ならば何故疑問を持たれたのかと考える。誰かと一緒に入るのが普通だろう。
虐待の件があったとしても不思議がることはないと思うのだが…。

まぁいいや、と和紀は考えることを放棄した。日生が飽きないかなと気遣う。
「ひな、湯加減どう?熱くない?いつもこれくらいのお湯だった?」
温度を聞くと日生は首を傾げてから少し俯いた。
「……ない…」
「ん?」
小さく発される声が聞きとれず、覗きこむように顔を寄せると、「はいったことない…」と驚愕の答えが返ってきた。
「え?ないって…?お風呂どうしてたの…?」
「シャワー…」
「ずっと?」
「…うん…」
和紀から盛大な溜め息が零れる。
シャワーのみであれば一緒に入った人間に(一緒に入ったかも怪しいが)ところ構わず浴びせられてもおかしくない。その様子が目に浮かんでくるようだった。日生がシャワーヘッドに脅えを表したのも理解できる。
心が休まる場所なんて、この子にはなかったんだろう…。
「お風呂はこうやってちゃんと温まるんだよ。明日またおもちゃを買いに行こう。今日は…そうだな。水鉄砲~」
落ち込みたくなる気分を払拭する。安らげる場所に変わってくれたらいい。
和紀は日生が飽きずに沈んでいられる方法を模索した。日生の目の前で両手を組み合わせて指の間から水を飛ばして見せた。
ぴゅっと飛んでいく様子に驚いたのか、大きな目をぱちくりさせている。
振り返って仰ぎ見る仕草が実に可愛いと思った。どうなっているのかと瞳だけで疑問を運んでくる。
「ほら、もう一回」
それから右だ左だと狙いをつける和紀に、初めて日生のはしゃぐ声が響いた。

日生の髪の毛は茶色くてとても柔らかかった。今が伸ばしっぱなしの状態で、癖がかかっているのが跳ね具合で分かる。
ドライヤーの熱を当てながら、指の間をするりと抜けていく細さに、自分の真っ黒な剛毛な髪質と比較してしまう。
ふと、TVCMを思い出した。
『お子様にも使えるナントカ…』…。
それがボディソープのCMだったのかなんだったのか今は定かでない。
だが、これまで付き合った彼女たちが、『髪質がドウノコウノ…』と言っていたのを思い出すと、自分たちの備品を日生に宛がってはいけなかったのではないかと疑問が湧く。
和紀と三隅はそういったものに全く頓着しないので、家政婦の清音が用意してくれるものを使っているだけだった。
もちろん、父親が使う『育毛剤』とやらには手出ししないが…。

子供には子供用というものがあったのだろうか…。
今となってはどうすることもできず、とにかくさっぱりして日生もご満悦の様子なのだから良しとしよう、と、和紀は内心で締めくくった。


あひる
我が家にある計量カップですが…。ひなが遊べそうな玩具になりそうです。
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新しい家族 8
2012-01-14-Sat  CATEGORY: 新しい家族
冷凍ご飯を解凍し、日生用のレトルトカレーをかけた。残っていたポテトサラダと煮物も出してくる。
和紀は清音が作り置いてくれた牛丼と味噌汁を用意した。
六名が座れるダイニングテーブルの真ん中に並べたのはいいが、椅子に座ったところで日生は顔しか飛び出さない。
なんとなくそれが可愛くて、だけど困ったな…と、和紀は自分の膝の上に座らせることにした。
膝立ちにさせて食べさせることにも抵抗が生まれた。
日生に見合ったスプーンもないのでコーヒースプーンを出す。
「いただきます」と声を上げたあとで、スプーンを手にした日生に和紀は絶句した。
日生のスプーンの握り方は幼児と変わらない、柄をグーで握るものだったからだ。
「ひなっ」
思わずかけてしまった言葉に、ビクッと日生の手からスプーンが落ちた。
和紀は強い言葉をかけてしまったことを後悔した。責めたかったんじゃない。注意したかった、直したかった…それだけなのに…。
それすらも教えてくれる人はいなかったのか…。もう悔しさでしかない。また脅えてしまった日生の背中を抱く。
「ひな、ごめんね。怒っているんじゃないよ。スプーンはね、そうやって持つものじゃないの。こうして…」
小さな掌を包むようにして持ち方を教えた。それからカレーをひとすくいして日生の口元まで運んだ。
再び脅えてしまったからなのか…。味が分かっているのか日生はこれといって反応も示さなかった。
ものすごく悪いことをした気分になる。こんなことなら楽しい気分のまま好きに食べさせてやれば良かった…。

テーブルの上に美味しそうな匂いが漂う。
あったかいお風呂に入った後は眠くなりもしたが、それ以上にご飯の匂いは強烈な勢いで日生を呼び覚ます。
「ひなの分だよ」と用意されたカレーライスを見た時は、嬉しさで口の中に涎が広がった。
テーブルにご飯が並ぶなんていつぶりだろう。日生が食べていたものなど、菓子パンやコンビニのおにぎり、温かいものでカップラーメンだった。
嬉しくて心が躍っていたのに、スプーンを手にした途端、ずっと優しい声ばかりをかけてくれていた和紀から突然きつい声が上がった。自分を呼ぶ声に、何事かと手が震えた。
日生は食べてはいけなかったのかとスッと手を引っ込める。
父親との生活の中でも怒られることが多かったのは食事の席でのことだった。
「こぼすな」とか「食うのがのろい」とか。食べていれば横から取り上げられたこともしばしばあった。
ブルッとひと震えしたら和紀が背中を包んで「ごめんね」と悲しい声を上げる。
日生はできない自分が悪いのだと思った。いつも自分がちゃんとできないから怒られる。和紀は殴ったりしない、でも今度こそ手を上げられるかと脅えた。
大きい手で日生の手にスプーンの持ち方を教えてくれた。そんなことは知らなかったが、これ以上和紀を怒らせないように、握った形を崩さないようにと黙々と手を動かした。
カレーライスは美味しかったけど、騒々しくしてはいけないと何となしに思って黙り続ける。
美味しい山盛りのご飯なのだ。ぶたれたり取り上げられないためにも…。

「ひな。ごはん食べたらプリン食べようね」
少しでも気を反らせようと和紀は黙ってしまった日生に囁いた。
プリンに惹かれたのか心持、日生の表情が緩んだ気がした。ホッとしたのは和紀も一緒だ…。
慣れるまでは…、日生に強い口調を使ってはいけないと肝に銘じた瞬間だった。

夕食を終えてテーブルの上を片付け、プリンを出したのはいいが、日生一人ではツルンと滑る物体をうまく口に運べず、またグー握りになる日生に、結局和紀が食べさせてやることにした。
持ち方に気を使っているのは分かるのだが、どうしても欲求には勝てない焦りが見える。
ダイニングテーブルの中央の席。日生の背中を預かった和紀が覗きこみながら少しずつ食べさせてやる。
口に含むたびにほっぺたが落ちそうな万遍の笑みを見せてくれるのが和紀の心も和ませる。和紀にしてみたらたかがプリンなのだが、日生にとっては最高級のデザートのようだ。
すぐに飲み込まず、口の中で転がしているのも可愛い仕草だった。

その最中に三隅が帰宅した。
見慣れない光景に一瞬黙りはするものの、肩を落としながら「孫ができた気分だ…」とポツリと呟いた。
「孫…ねぇ。まぁ、親父の歳ならそうも言えるか」
「息子のつもりだったのに…」
「はぁ?!何、ひなが?」
「だってそうだろ。八つの子じゃ」
和紀は三隅が吐いた台詞の一部を理解できなかった。『みっつ』の聞き間違いだろうか…と考え込んだくらいだ。
その三隅は冷蔵庫の中から缶ビールを取り出してきている。
プリンを運んで来てくれる手が止まったことで日生は後ろを振り返るように和紀を見上げた。
…ここでおあずけにされてしまうのだろうか…。物悲しさが心を過る。そうであっても文句も言えない…。
その視線に気付いて、「あぁごめんね」と和紀は複雑な脳内を一旦押しやった。

上着を隣の椅子に引っ掛け、ネクタイを人差し指で弛めた三隅が目の前に座った。微笑ましげに二人を見つめてきた。
「日生、お兄ちゃんと仲良くやれそうか?」
覗きこむような仕草に日生も素直に頷く。
これまでの生活がまるで嘘のように、ここは陽だまりだった。こんなふうにホッとしたことなどない。
いつもビクビクとしていた。そんなふうに思わなくていいと、何度も和紀は言ってくれた。
日生が上手にできなくても怒ることもない。叱られてもぶたれたり蹴られたり、痛いことはされないで済んでいる。
日生はできることならずっとここにいたいと心の底から思っていた。

三隅と和紀。お互い何かを言いたそうでありながら、避けられたのは間に日生がいたからだった。
出会ってからの短い間、和紀と日生の間に何があったのか、和紀が報告するように話すと、その度に「おいしかったか?」「楽しかったか?」と三隅は日生に聞いた。
コクコク頷く程度の反応であるのに、三隅も和紀もニコニコと相好を崩したままだ。
こんなふうに出来事を会話することもしたことがなかった。初めてのことばかりは日生を興奮させるのに充分だった。
三隅と和紀の会話が楽しそうで、日生もそこに混ざりたいと思ってしまう。でも迂闊に何か言ってはいけないような気がして…、それになんと答えていいのかも思いつかない。
そんな日生に気付くのか発言を求められて、おぼつかない言葉でも真剣に聞いてくれて、足りない部分は和紀が補ってくれた。
自分を中心に物事を進められたのも初めてで、余計にふわふわとしたものが全身を覆っていく。喜び…。

プリンを食べ終えれば、日生は睡魔に襲われた。あまりにも色々なことがあり過ぎた一日で、さらに包まれる温もりに気持ちがとろけていく。
今日の朝まで、何を食べていいのか、何をされるのかと脅えていたのに、今目の前にいる人たちは優しさをくれる。
温かな人の腕に囲まれて、安心してカクンと首が落ちれば和紀が抱え上げて自室へと運んだ。
ゲストルームもありはしたが、今夜は自分のそばに置いておきたい…。何より目覚めた時に不安がらないように…。
スースーと安らかな寝息を立てる日生をベッドの中に入れて、肝心な話をするべくまたリビングに戻った。

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新しい家族 9
2012-01-15-Sun  CATEGORY: 新しい家族
「戸籍がないってどういうこと?」
唐突に告げられた日生の出生に、和紀は疑問だらけで真向かいの父親に尋ねた。
二人はダイニングテーブルでビールを流しこみながらピーナッツとさきいかという乾きものを口に含んでいた。
父子二人のためか、三隅家の親子関係はとても仲がいいものだった。気軽に何でも話し合う。それこそ兄弟のいなかった和紀にしてみたら、父でありながら兄だった。
そう思わせる雰囲気作りを三隅もしていたことになるが…。世間の『父親』より気が若い人だとは和紀が感じることで、隠した自慢でもあった。
和紀が虐待の件を知っていたのかと持ち出そうとする前に告げられたのがソレで、どこから反応していいのか分からなくなる。
「たぶん母親ってやつが産み落としてそのままにしたんだろうな。届け出を出さなければ戸籍に上らないし」
「どっかの国じゃあるまいし、日本でそんなことがあるの?!」
「現実にあったわけだ…」
「そういや、さっき親父、ひなの歳を…」
「今となっちゃ、疑問だな…」
八歳と聞いた。見た目はとてもそんなふうに見えないが、子供の成長には個人差があるので何とも言えない。
日生はただでさえ、まともな栄養を摂らずに育っているのだろう。
言動が幼稚なままでいるので余計に幼く見せる。教える人間もいなかった。何もかもが見よう見真似なのだ。
戸籍がなければ学校に通うこともない。保険証もない。世間から隠してきた存在…。
たぶん、住んでいたというアパートからも、ほとんど出たことがないのだと思われる。父親は存在がバレて通報されるようなことを避けていたのではないか。
弁護士と話した内容を振り返りながら、三隅は溜め息と焦燥にかられる。戸籍は父親のもとで作ってもらうことで話がついた。親の確認など取ってはいないが、その辺は弁護士がうまくことを運んでくれるだろう。籍さえあればあとはどうにでもいじることができる。

和紀は考え込みながら理解できたことを口にした。
「父親にとっては邪魔な存在でしかなかったんだ…。殺さないだけマシってやつか…。だからあんなに辛く当ったんだ…。ひな、さぁ…。手を伸ばすとぶたれるんじゃないかってビクつくし、背中にいくつも煙草を押し付けられた火傷、持ってたんだよ…」
「なんだとっ?!」
さすがにその事実は知らなかったのか、三隅の激昂ぶりに和紀も後ろに引いてしまった。
殴る蹴るの暴行だけでも許せないのに、肉体に残る傷…。確かに酷過ぎる。
三隅の拳がテーブルの上に落ちた。
「くそがぁぁっっ!!」
日生などまだ氷山の一角なのだろう。こうして全てが手元にやってくるわけでもないし、育ててやれるわけでもない。
でもせめて…。今、ここにいるか弱き者だけは、自分の手でどうにかしてやりたかった。
握った小さな手を二度と震わせないように。
その思いは二人とも変わらない…。


日生は安心しているのか、朝になって和紀が目覚めても安らかな寝息を立てていた。
そのことは和紀にとってもホッとできるものだった。こうして自分たちに信頼をおき、甘えてほしいと願う。
縋るのは自分たちだけにして欲しいと思う、独占欲的なものが湧いてもいた。それは和紀にしてみたら不思議な感情だった。手に入れられた守るべき存在のような気がして、手放したくないと強く感じる。ずっと、何かを守りたいと思っていたのかもしれない。弱かった母に何もしてあげられなかった悔しさだろうか…。
日生を抱え直しながら、まだ時間が早いと和紀は二度寝に入る。
今日は昼前に一つの講義があるだけだった。日生とお昼を一緒に食べて、午後はゆっくりとショッピングセンターに行けばいい。
ワクワクする気持ちを持つのは、久し振りの気がする。

昨夜の話で三隅は、日生を養子として迎えようかと考えていることを打ち明けた。
ただ、親族等の相続問題など、突かれることは増える。もちろん和紀にも降りかかることであり、今の段階で簡単に決められることではなかった。
「戸籍の件は弁護士にどうにか頼んだ。まだ『阿武』を名乗らせるが、判断がつく頃になったら…。そうだな、二十歳ごろか。日生に選ばせようかと思う」
「二十歳?ひなの性格だったら自分から『三隅』になるなんて言い出さないだろう」
控え目な性格であるのは今でも充分知ることができる。
さらに育てた恩…などというものを感じたら、日生が財産分与まで絡んでくる『三隅』に自分から飛び込んでくることはあり得ない。
三隅も判り切ったように溜め息をつく。
「あぁ。だからこそ、日生の意思に任せたいんだよ」
自分たちでただ与えるだけではない生活をさせたいと…、日生が判断を下せる時を待ちたいと語る。
迂闊に日生を巻きこまないように…。自分の意思なくして籍を入れ、後から周りに責められる状況を先に用意したくはない。

清音は肩ほどまで伸びた髪をきちっと後頭部で一つに束ねている。薄化粧を施し、派手な格好はしない控え目な人だ。もう五十歳になるというのに、きびきびと動く姿は若々しさを見せた。動きやすいように、しかし、突然の来客があっても失礼がないようにと服装に乱れもない。
「エプロンをかけて誤魔化しているんですよ~」といつか、屈託なく笑ってくれたが。
和紀と日生が起きる前、朝やってきた清音は、さすがに施設育ちだけあって、三隅が話し出したいきなりの状況に少々の驚きは見せたものの、すんなりと受け入れてくれた。
三隅の性格も充分把握できており、いつかこんな展開も想像できていたのだろうか。
普段は三隅の朝食だけを用意し、新聞片手に食べている姿に清音は話しかけることもない。それが忙しい中で語りかければ重要な件なのだと、全ての動きを止めて聞きいってくれる。
子供を預かった、こちらで育てようと考えていることを伝える。簡単に生い立ちを告げると悲しそうに目を細められた。
「子供は親を選べませんからね…」
かく言う清音も似たような立場だ。暴力こそなかったものの、親は育児を放棄してしまった。
専門の人間を呼んで見させようかと思っていたが、清音は自分で見ることで構わないと言ってくれた。
家事と育児は異なる。負担が増えることを懸念したのだが清音は気にしていない。
「和紀さんのお世話をさせていただき始めたのも、同じようなお年頃でしたからね。思い出せるかしら」
清音はふわっと微笑んでくれた。あれからもう十数年…。
彼女は結婚もせず、ずっと我が家に尽くしてくれていた。そうさせてしまったのは、住み込みという形で働かせてしまった自分の責任だろうか。
幾度かお見合い話を振ったことはあったが、綺麗さっぱりと断ってくれるので安心していた部分もあったのだが。
逆に三隅の再婚を心配されたっけ…。
その上日生の世話まで見させたら…と彼女の行く末を心配してしまう。しかし、全く苦労を見せない彼女の笑みに三隅も支えられた。
「日生のことは和紀のほうが詳しいくらいだと思うんだ。すっかり『お兄ちゃん』気取りだよ」
「人に対して愛情を持てるとは良いことですよ」
昨日の出来事を振り返る。和紀は日生を離そうとしなかった。自分で教えるということに喜びも感じているようだった。
食後に淹れてもらった番茶をすすりながら、息子か孫か、などというくだらない話題で盛り上がった。
「お互い、そんな歳になったんですね~」と笑い声が漏れる。
自然と会話ができる、この空間に既婚も未婚も関係ないのだろうか。
たぶん、和紀にしても、悪い傾向にはならないだろう。
何かを大事にする気持ちを持ってもらえることは、親として嬉しい限りだった。

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新しい家族 10
2012-01-15-Sun  CATEGORY: 新しい家族
父親の三隅はとっくに出勤してしまっている。
遅れて起きてきた和紀と日生は廊下を挟んである洗面室で顔を洗ったりしていた。
この家はバスルーム、ランドリースペース、洗面室がそれぞれ独立している。おまけにトイレは二か所あり、洗面室が塞がっていればトイレで代用できる広さを兼ね備えていた。
日生が一人で立てる踏み台が必要だな…などと、抱っこして顔を洗わせながら思った和紀である。
こうやって一緒にいればいるほど、どんどんと必要なものが浮かんできた。

リビングに入り、日生は昨日は見受けられなかった年配の女性を目にして驚きのあまり固まった。
てっきりこの家には三隅と和紀しかいないと思っていたのに、突然現れた存在はまた恐怖の対象になってしまう。
ビクッと怯んだ日生を感じて、和紀が微笑む。
「ひな。我が家のことをやってくれる清音さんだよ」
「日生さん。初めまして。お話は三隅さんから聞いていますよ。私のことはお母さんだとでも思ってくださればいいですから」
ニコニコと微笑んだ女性は腰を曲げて、やはり日生と視線を合わせてくれる。
人の良さそうな笑みについ引き込まれた。
『お母さん』がいなかった日生には、どんなものなのか分かりはしなかったが、ここでも頷くしかできなかった。

「今日、午前で講義終わるし。帰ってきてお昼ご飯食べたら、また買い物に行こうと思うんだ。清音さん、付き合ってくれるとありがたいんだけど」
ダイニングテーブルに座りながら和紀が早速話しかける。
昨日買い物に出たのはいいが、何を購入したらいいのか全く分からなかった。その辺りの話は三隅からも聞いているのか、快く引き受けてくれる。
「車、俺出すからさ~」
「なんだか随分と張り切っていますね」
ふふふと笑われてなんとなく照れるものの、抑えることのできない気持ちは次々と湧いてくる。
自分にこんなふうに興奮する感情があったことが、和紀自身不思議だった。
清音が即席で作ってくれた、不要な段ボール箱の上にクッションを置いただけの『お子様いす』に腰かけた日生が、胸元をぴったりとテーブルにつけ、小さく切られたハムサンドを両手に握っていた。
こういった機転のきき方も年の功というのか、女性ならではというのか、さすがだな、と思わされる。
隣で和紀はホットミルクの注がれたカップを差し出したり、玉子焼きをカットしてやったりと甲斐甲斐しく動く。

…親父から話を聞いたってことは、年齢のことも知っているんだよな…。
八歳と言いながら日生の言動は未就学児と変わらない。
清音にとってありえないとは思うものの、苛立った矛先が向かわないことを祈った。
和紀はサッと朝食を済ませると、キッチン奥の扉をくぐって清音を廊下に出す。キッチンからはリビング側にも廊下にも抜けることができた。
「あの…ひなのことだけど…」
「どうかされました?」
言い淀んだ和紀を、心配ないと宥めるように見つめながら、一応確認の返事をくれる。
全てを知って、でも思っていることを改めて聞こうとする姿勢は本当の意味での『確認』だ。
「ずっと暴力を振るわれてきたみたい。注意しようとして呼ぶことでも、いつ手をあげられるのかって不安になる子だから…。あまり声は荒げないでほしいんだ…。その…勝手にさせろって言うんじゃなくてね…」
どう説明して良いのかと、今更ながらに言葉を選んでしまう。だが清音はそれすらも分かったように、「えぇ。三隅さんにも家事はいいから日生さんのそばにいてやってくれって頼まれていましたの。何ができるのか、どんなふうに居るのかを見ていてほしいと…」と笑った。
日生に対して知らないことは多すぎる。
清音にも頼んだ父はさすがに一人の子供を育てただけあると、妙に感心した。そして父なりに日生を気遣っていること…。

食事を終えてリビングに移動した日生に、身支度を整えた和紀が近寄る。
「ひな~。お兄ちゃん、学校に行ってくるからね。今日はすぐに戻るから。いい子で待っているんだよ」
ぐりぐりと頭を撫でられて、離れていく存在を知った。
女性と二人きりにされることに脅え、思わず引き止めたくなるが、『いい子で』と言われたことに、うんうんと何度も頷く。
和紀に嫌われるような存在になってはいけない。日生がいい子でいれば、また和紀はそばに居てくれるし、ポップコーンもプリンも食べさせてくれると思った。
騒々しいくらいに日生を構った和紀が出ていってしまうと、とても静かな空間に出迎えられる。
どこかでカタカタと物音がするのは、清音という女性が家の中を移動しているからなのだろう。
ここで、何をしていいのかも分からず、日生はソファに座って足をプランプランと動かした。
あまり時間をおかずに、清音が戻ってきた。手には丸めた紙がある。
「大きな紙が見つかりましたよ。一昨年の企業カレンダーが物置にはあったのね」
なんだか嬉しそうに清音はリビングテーブルの上に、白い紙を広げた。リビングテーブルからはみ出す大きさだ。
「文字書きかお絵描きか、何かできるかしら。この上に好きなものを描いてちょうだい」
何色もある色鉛筆のセットは、日生が見たこともないものだった。色々な色がグラデーションのように並んでいる。
過去、何か紙の裏に落書きをして怒られた記憶のある日生にとって、『描いていい』というのは驚きだった。
汚した…と怒られないだろうか…。
見上げた先では清音が楽しそうに色鉛筆を紙の上に取りだしている。
「何色がいいかしらね。青?赤?」
言いながら清音はくるくると鉛筆で円を描いて見せた。
同じように日生にもやって見せろと言われているようだ。
日生は興味を惹かれたように、ソファから下りてラグの上に膝をついた。膝立ちになって、渡された色鉛筆で円を描いてみる。
こんなふうに、色がついた線を描きだしてくれる鉛筆があることを、日生はこれまで知らなかった。
清音に対しての緊張感はすっかり消え去った。清音が言う言葉を繰り返し、日生は『色』を覚えた。

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まだ続くのか…子育て日記…。いや、そろそろ動き出さないと…。
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