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BLの丘
待っていたから 6
2013-10-26-Sat  CATEGORY: 待っていたから
「帰る…って…?」
 不安は如実に言葉になって嘉穂に問われる。香春の背を押すように眉間を寄せたのは母親だった。
「家に誰もいないんでしょ? ちくちゃん(長兄筑穂)も今日は遅くなるって言っていたし、ほらくん(二男穂波)もお泊りだって話よ。『よろしく』って言われたうちにだって責任があるんだから、どこで何をしているのか分からない状況は作れないわよ」
「家にいるだけだって…」
 疾しい行為はないと言いたいのか。筑穂だって『遅くなる』だけで、帰ってこないわけではない。言い訳は嘉穂にもあるようだが、すんなりと受け入れられないと母親は口をすっぱくした。これで何か問題が起きたら顔向けができない。ただでさえ、両親が若くして亡くなり、家族の存続に気をヤキモキとさせている筑穂がいる。
 香春は先程の電話が気になって仕方がなかった。
『明日』と嘉穂は言った。明日、嘉穂は八女と会うのだろう。まさかとは思うが、今日のこの後、津屋崎家に押しかけてくるとは思えないが、疑惑とはあらぬことまで想像させてくれる。
 嘉穂と八女が…。そう一度思ってしまったら思考は止まらない。
「八女くんと会うの? さっきそう話してたじゃないっ」
「なんでジョウが…。まぁ、明日うちに来るとは言ってたけど…」
「じゃあ明日帰ればいいじゃんっ。別に朝早くから来るわけじゃないんでしょ?」
「そうだけど…」
 どうして言葉を濁してしまうのだろう。まるで避けられているような態度にますます疑惑が深まってしまう。
 幼馴染としての存在が、そろそろウザくなってしまったのか。何でも気軽に言いあえた空気が少しずつ濁り始めている。透明性がないことがこんなに不安を呼び込むことだとは…。
 香春の苛立ちを嘉穂も感じるのか口をつぐみ始めた。そして、「分かった」と話をまとめてしまった。誰の反論も買わない、物事を丸く収めようとする態度。兄弟の中で自然と培われてきた、"安全策"。たぶん筑穂の人の良さが染みている。
 そのことが余計に香春を苛(さいな)んでくる。
 もしかして、我が儘を言って、嘉穂を困らせたのではないか。このことから嫌われてしまうのではないか…。心は嘉穂の負担になりたくないと訴え、離れていかれることに脅える。

「嘉穂くん…」
「俺、まだ"子供"なのかな…」
 何かを悟ったような悲しそうな呟きに、香春は何も言えなくなった。困る存在だけは嫌だ。ずっと嫌われ続けるような立場は避けたい。
 母はため息をつきたい気持ちを飲みこんだ。いろいろある思春期をそれなりに気遣っているようだ。
「どうしてもって言うなら、パパが帰ってきたら送ってもらうから」
「ママっ?!」
「嘉穂くんだって勉強とかたくさん忙しいのよね。いつまでも香春の子守り、していられなくなるわよ」
 それはさりげなく、離れていく覚悟をしろと言われたのかもしれない。そんな気は全く起きなかったが。
 あくまでも夜道を一人では歩かせないというもの。母親の嘉穂の行動を肯定するような発言も追い打ちをかけてくる。 
 子守りってなんだ?! 不満の声は直に香春を襲った。いつまでたっても成長しない自分…。どんどんと置いていかれるような恐怖心。
 一緒の高校に通えるようになったら、また環境は変わるだろうか。嘉穂の成績の良さまで考えたら、一筋縄ではいかないのも徐々に気付き始めている。
 もう今後は続くことがなくなる現状を目の当たりにしては唇を噛む。悔しそうな香春を見たからなのか、嘉穂は安心させるように微笑んだ。
「子守りなんて思っていないよ。香春は俺の友達じゃん」
 同等に見てくれる気持ちは嬉しいが、それだけでは納まれない不安定な感情が溢れてくる。母親の言葉に対してささやかでも反論してくれても、すぐに喜べる状況にはならなかった。
『トモダチ』…。その程度なのかと…。
 もっと踏み込んだ、特別な存在にはなれていないのかと落ち込んでしまう。"特別"だと思っていたのは自分の独りよがりと言われてもおかしくない。
 何と言葉を返したらいいのか分からず、また俯き加減になる。
 嘉穂はきっと、香春の父の手を煩わせたくないから、大人に大人しく従うのだろう。

 ジュッと焦げる匂いを漂わせたホットプレートに、視線が向けられた。
「もう、ひっくり返すの?」
 まるで全ての悩み事を払拭するかのように、目の前のことに話題が変わる。うまくはぐらかされた気分は煙と共に消えてはくれないが、ただここに嘉穂がいてくれていることが、少しだけ香春を優位に立たせてくれた。
 ハッとしながらフライ返しを香春は握って、底の焼け具合を見る。
『男はまず胃袋から』…。そう教えてくれたのは母親だっただろうか。香春の父親はひとつとして母親に料理に対して文句を言ったことはない。それだけ"美味しい"ということなのか。毎日を彩り飾るものだからこそ、大事な部分なのだと母親は香春に教えてくれた。
 スポーツを好む嘉穂にとっては尚更、栄養面なども気をつけていかなければいけないこと。もちろん成長期にあるからなのだが。
 香春は促されてホットプレートに手を伸ばす。
「そろそろいいかも…」
 香春が答えると万遍の笑みが返ってくる。待ちわびた笑顔が燻る心をはじく。
 母親は逃げ道を塞ぐかのようにスッと姿を消して、香春の部屋に宿泊の準備を整えにいった。嘉穂の性格まで考えたら、人の手を煩わせた以上、今更『帰る』とは言わないだろう。それを確信して、動き出す母親もまた嘉穂を囲い込む。
「もういっこ。次は明太子だって」
「ちょっと辛いの、俺、好きだよ」
 香春が"まだゆっくり食べていって"と言う気持ちは少なからず、伝わるのだろうか。すぐにスルスルッと胃袋に消えてくれない食事が、今はありがたかった。遅くなればなるほど、嘉穂は帰りづらくなる。
 端っこに寄せてしまえば、もう一枚焼けるスペースがあることは知っていたが、今だけはそんな裏技は使いたくない。
 どんな手を使っても、嘉穂を留まらせたいとは卑怯な手になるのだろうか。
 美味しそうに嘉穂は食べてくれる。大事なものを囲むように…。
 その大事なものが香春だったら、いくらだって食べられていいのに…とは、もちろん口にされない。

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待っていたから 7
2013-10-27-Sun  CATEGORY: 待っていたから
 食事が終わってしばらくしてから、香春たちは自室へと引き上げた。嘉穂はいつもと変わらない態度で香春に接してくれるが、香春の胸には魚の骨が刺さったようにチクチクと痛みを届け続けた。
 我が儘を言ってしまったのではないだろうか…。香春の感情だけを押し付けてしまって、本心は嫌がられているのではないかと考えこんでしまう。
 嘉穂は感情表現が豊かなほうだが、肝心な部分を押し込めてしまうところがある。それは親を亡くしてから顕著に表れてきた。我慢するということを自然に学んできている。人に対して気遣いができるのも、そんな家庭事情が大きく関係している。
「香春、このマンガ、もうすぐ続きが発売だっけ?」
 部屋に入った嘉穂は、隅に追いやられた小さいテーブルの前に寄り、上に乗っていたマンガ本を手にした。6畳しかない部屋には、ベッドと勉強机、カラーボックスが二つ横に並んでいる。今は嘉穂が泊まるための布団がベッドの横に敷いてあるため、文字通り足の踏み場もない。
 嘉穂は布団の上に胡坐をかいて座る。
「うん。来週だったかな」
「また買うの?」
 嘉穂が見上げてくるので香春も隣に腰を下ろした。
「うん。これ、好きだもん」
 答えると途端にパァっと顔をほころばせた嘉穂がいた。
「ほんとっ?! じゃあ読み終わったら貸してよ」
「いいよ」
 マンガ本を買い続けるのは、嘉穂も好きだと知っているからで、ここでも一つの繋がりを持っていたい思いが溢れていた。
 嘉穂は必ず自分に借りに来てくれる…。だからやめるわけにはいかなかったのだ。

 香春は嘉穂がこのままマンガ本の読み返しに耽ってしまうのかと思った。そうなったら話しかけるのも憚られる。ほんの僅かの間だけ行動を追ったが、嘉穂はパラパラと本をめくっただけで閉じては布団の上に置いた。
「読まないの?」
「え? 別に後で借りるのでもいいし…。あ、持っていっちゃだめ?」
 伺うように見られては香春は首を横に振る。そんなこと、一度だって言ったことなどないのに。
「そんなことないよっ。いつでも嘉穂くんの好きな時に…っ」
「サンキュっ」
 香春に手を伸ばしてきては、香春の頭を撫でてくれる。大きな手が触れてくる感触が気持ちいい。燻る香春の気持ちを浄化してくれるようだ。
 少し顔を赤らめながら、尚もずっとこうしていたいという欲求に見舞われた。嘉穂が本当に求めるものとは何なのだろう。
 香春が去っていく手を名残惜しそうに見つめてしまうと、嘉穂が困ったように笑った。それから明らかに分かる故意的な動きで視線をどこかに彷徨わせる。その動きに抑えこんでいた不安が喉からこぼれた。
「嘉穂くん? どうしたの? 僕、へんなこと、言っちゃったりした?」
 すぐに嘉穂の視線は戻ってきたが、やはり戸惑いは見てとれる。
「そんなこと、べつに…。香春は何も言っていないじゃん」
「だって…」
 ぎこちない雰囲気に居たたまれなくなる。もっと何でも口にできた間柄だったはずなのに、少しずつ溝が広がっていくような錯覚が漂った。香春が一番恐怖とするものだ。
 香春が俯いてしまうと、また嘉穂の手が差し伸べられた。
「『だって』って何が? 俺のほうが何か言っちゃったから香春が気にするの?」
「そんなことないよっ」
 伸びてきた手は香春の手を包んでくれる。直に触れてくる肌の温もりに、ドクンと心臓が跳ねた。
 こんなふうに触るには期待したい思いが膨れ上がってくる。
「香春…」
 嘉穂は何か言いたげに一度言葉を飲みこんでから優しい眼差しを向けてくる。
 手はまた髪を梳いて、頬に触れた。
 小さい頃から何度も繰り返された、香春を宥める手段だった。香春が何かに脅える表情を見せた時、何かに気づいたように嘉穂は体に触れて守ってきてくれた。
 ぎこちなさを感じるのは嘉穂もなのだろうか。
 手の動きがいつも以上に滑らかではない動きをたどる。

「……、あ、あのさ。今日のプリント、明日貸してよ」
 嘉穂は開きかけた口を閉じ、話題を反らしてしまった。それもあまりにもわざとらしいくらいに。
 温もりも遠ざかっていく。
 嘉穂が求めるものが、八女のために使われるのだと知れると、素直に頷けるものにならなかった。回答プリントを嘉穂に見せるのは一向に構わなかったが、何のために必要とするのかが分かるだけに貸したくない。
 だからといってそう答えれば嘉穂は余計に香春を嫌ってしまいそうな気がする。
「プリント…。うん…。…明日、八女くんと勉強するの?」
 はぐらかされた話にも一応答えるしかない。誤魔化されて曖昧にされたくない先程の話題をもう一度振り返りたかったが、故意的にそらしたと分かるから更に抉るのは得策とは思えなかった。
 嘉穂はまた困った表情を浮かべた。
「そう…。一緒に勉強するっていうほどじゃないだろうけど。また福智さんに聞くのもなんだし…」
 答えプリントを見せて納得させようとするのか、煩わしい問題に時間をかけたくない態度が掠めた気がした。
 福智と筑穂が絡んでくれば、嫌でも長居させることになるから、それを避けたいように感じられて落ち込んだ気分はちょっとだけ浮上した。
 どんなことであれ、いてもたってもいられなくなるのは香春だ。すぐに嘉穂の腕に飛びつく。
「じゃあ、僕も行く。僕も復習する」
 自分のプリントなのだから、行方を追うのは当然の資格があっていいはずだ。
 後をついてまわることに嘉穂にうっとおしがられるかと思ったが、嘉穂はすぐに「いいよ」と応じてくれた。
 僅かだがホッと胸を撫で下ろす。
 だけど終始、嘉穂はよそよそしい態度を持ち続けていた。これだけは近日でも感じることはなかった…。
 突然、一体何が…?
 当たり障りのない話をして、そろそろ寝ようかと部屋の明かりを落とした。
 本当は昔のように一緒の布団で寝たかったが、シングルベッドに二人はきついだろうし、それは床に敷かれた布団でも同じことだった。
 もちろん、言いだせることではなかったけれど…。
 そばにいるのに、なんだか遠い…。
 もう泊まりに来てくれないのではないか…。不安は一晩中、香春を苛んでくれた。

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待っていたから 8
2013-10-28-Mon  CATEGORY: 待っていたから
 目覚まし時計をセットしていなかったのに、朝の9時に嘉穂の携帯電話が鳴り響いて目が覚めた。
「ん…。なに…?」
 香春が目を覚ますと、「にぃちゃんだ…」と呟いてから嘉穂は電話に出る。
 香春は寝ぼけ眼の状態で嘉穂の声を聞いていた。
「…はぁ? ……、っざけんなよ…っ。……、あーっ、もう、いいよっ。……、…分かったよ、帰る…」
 嘉穂は上体を起こすと、頭をポリポリとかきながら、ヤケになったように通話を終わらせると無造作に機械を投げた。
 帰る、という言葉に酷く反応してしまう。一気に脳が覚醒した。
「嘉穂、くん…?」
 香春が掠れた声を上げれば、「ごめん。起こしちゃったな…。ジョウ、もう来たんだって」と香春を気遣ってくれた。
 休みの日、のんびりと睡眠を貪るのはいつものことだから、嘉穂には"起こされた"印象が強いのだろう。
 端々に不機嫌さが表れてくる。
 別に香春が責められているわけではないが、嘉穂のそんな態度を見たら、落ちついてなんていられなくなった。
「もうっ? まだ朝ご飯も食べてないのにっ?」
「ん…。にぃちゃんが『約束していたなら待たせるな』って…」
 不本意ながら帰らなければならなくなった状況に、嘉穂の愚痴がこぼれる。
 こんな時間に押しかけてくる方が非常識だ、と香春は息巻いたが、嘉穂の動きは止まらない。
 急いで帰ろうとするのは、筑穂に言われたから、だけではなさそうな雰囲気が香春の不安にしていた気持ちに追いうちをかけてくる。
 八女のことを思うから、香春のことは二の次に回されてしまうのだろうか。
「ぼ、僕もっ。一緒に行くっ」
「香春はまだいいよ。お母さん、ご飯作っているだろ」
「じゃあ、嘉穂くんも…っ」
 蔑ろにされているわけではない。分かっていても邪険に扱われているように捉えてしまうのは悲しく、渦巻くものは嫉妬でしかなかった。
 何故にそんなに急いで帰ろうとするのだろうか。
 香春が『ご飯を食べてから…』と促しても、着替え始めた嘉穂は辞退してきた。
「にぃちゃんが早く帰ってこいって言ってるし。ジョウも居辛いだけだろうからさ」
 そんなの勝手に来るほうが悪いのに…っ。

 ムスゥっと顔を歪める香春のそばで、素早く着替えを済ませた嘉穂は、「じゃ、後で香春も来る?」と香春の予定を再確認した。
 嘉穂の家で一緒に勉強をする、と言いだしたのは香春だ。勉強をするしないはともかく、八女と嘉穂がふたりきりになるのだけはどうしたって阻止したい。
 香春は力強く頷いた。
「もちろんっ。…ちょっと待ってよ。僕もすぐ着替えるから…っ」
 慌ててベッドを降りたが、また「いいから」と制されてしまった。
 嘉穂は部屋を出ていこうとする。特に忘れ物を気にしないのは、家が近くすぎて困らないからという、普段通りの行動だった。
 香春は慌てて嘉穂の後を追った。
 階段を下りていくと、リビングには新聞を読んでいた、のんびりとした父親の姿がある。キッチンでは母親が「あら、早いわね」と何かの鍋をかきまわしていた。
 嘉穂がちょこんと頭を下げてから、「友達、来ちゃったから帰るね」と伝えると、母親は「え?」と疑問を表情に貼りつけながら、まだパジャマのままの香春と見比べた。
 どういう状況だ? と目が問うたが、それに答えられる余裕が今の香春にはない。
 ただ、昨夜の嘉穂の電話から、それなりに想像できることはあるのだろう。強く引き留めることはしなかった。
「そうなの? 今豚汁作っていたから、あとでちくちゃんにも持っていってあげるわね」
「僕、持っていくっ。この後、僕も嘉穂くんちに行くのっ」
 切羽詰まった様子の香春を見ては、母親も納得するところがあるのか、何も言ってはこなかった。
 ただ父親は、「邪魔しに行くんじゃないよ」とたしなめてくる。
 それには嘉穂が、「宿題のプリント、借りているんで…」と言いくるめてくれた。
 急いた様子で嘉穂は玄関に向かっていった。香春はどこまでも嘉穂の背中を追った。
「僕、すぐ行くよっ。行くからねっ」
「あまり慌てるなよ」
 拒絶はされていない…。
 事故に気を付けて…。そう言うように、靴を履き終わった嘉穂は香春の頭上に手を乗せてきた。
 すぐに離れていった手に淋しさを感じている暇はない。香春は玄関のドアが閉まるとともにまた階段を駆け上がった。
 とにかく、着替えて追いかけなきゃ…。 
 母親も何故か急いで、小鍋を出し始めている。

 香春が母親と一緒に津屋崎家に辿りつけたのは、それから30分も経ってからだった。
 話を聞いていた筑穂が快く出迎えてくれる。
 母親が豚汁が入った鍋と、香春が手にしていたたまごサンド入りのバスケットを見ては驚いてくれる。
「わざわざすみませんでした…」
「いいのよ。嘉穂くんの分もと思って作りすぎちゃったんだから」
「嘉穂くん、朝ご飯食べてないから、たまごサンドも作って来たんだよ」
「香春くんまで悪いね」
「嘉穂くんは?」
 すかさず香春が声をかけたところに、居間から「おまえら、分かれよ~」と嘆かわしい福智の声が響いてきた。
 嘉穂が自分の部屋に上げていない様子にはホッとしてしまう。あそこは香春だけが入って良い、神聖な場所だと常々思ってきた。香春だけが優先されたと強く感じられる行動。
 筑穂が「どうぞ、上がって」と促してくれて、香春は靴も整えずに小走りなっていった。その後を母親のため息が聞こえてきたが、今は礼儀正しく靴なんか揃えていられない。
 居間に飛び込むと、「おぉ、来た来た」と福智が声をかけてくれて、次に嘉穂が「よぉ」と軽く手を上げてくれて、…嘉穂の隣に座っていた八女は、傍から見ても分かるくらいムッとしていた。丸顔のあどけなさが歪んで見える。
 それを香春は無視して、嘉穂の反対隣りに座りこむ。
「嘉穂くん、たまごサンド作ったんだよ」
「ほんとっ?サンキュ!」
 八女の言葉を挟ませる隙を作らず、いつも以上に寄りそってはバスケットの中を開けてみせた。
「うまそうっ」と喜んでくれる顔を見ては、ふふんっと香春もニンマリ笑う。それから、嘉穂の好みは知っているのだと視線だけで八女を睨みつけた。
 福智まで「お、いいねぇ」と目を輝かせてくれた。しかし福智も甘くない。
 物欲しそうな眼差しの嘉穂の視線を遮ると、「おまえ、さっきお茶漬け流し込んだばっかりだろ」と呆れた。
「ハイ、その前に。この問題、解いてからな」
 指先でプリント問題を叩く。結局福智に教えてもらっている状況らしい。答えプリントはどこにいったのだろうか…。
 香春も目を向けると、何度解説されても理解できない問題にぶち当たっていた。

『A中学校では、一年生と二年生の人数の比が4:5で、三年生の人数は生徒全体の人数300人の五分の二である。一年生と二年生の人数を求めよ。』

「「「う…っ」」」
 この時ばかりは、三人そろって呻き声を上げてしまったものだ。

【数学の答えは続きに…↓↓↓】

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待っていたから 9
2013-10-29-Tue  CATEGORY: 待っていたから
 福智と筑穂を前に宿題を仕上げ、ようやくおやつタイムとなる。筑穂が野菜ジュースをグラスに入れてくれて、二人は自分たちの部屋に引っ込んでしまった。
 自分たちの部屋、とはいっても、一階の奥の部屋だから、多少の話し声などは聞こえてしまう。
 嘉穂のために作ったのに、こうなっては八女に分けてやらないわけにもいかない。しかも更に長居をさせることになってしまった。
 香春は内心で舌打ちしながらも、豪快に食べてくれる嘉穂に笑顔を向ける。
「今日はいつもより、たまご、多めにしてみたんだよ」
「茹で卵がほんのりあったかい。それに大きい。これ、香春が作ったんだろ?」
「そうっ! 分かる?」
 嘉穂に言い当てられて、嬉しくて声が弾んだ。だけど急いで作ったので味が良くなかったのかと不安にもなった。
 たが嘉穂は香春を安心させるようにクスッと笑った。
「分かるよ。香春のお母さんが作るのって、もっと混ぜ混ぜ状態になってるじゃん」
 母親との違いをすんなりと口にされて、やはり出来具合が良くなかったのかと落ち込むと嘉穂は言葉を続けた。
「俺、こっちの方が好きだな。ゴロゴロ感があって食べごたえがあるっていうか。なんか、たくさん食べられている気がしてくる」
『好き』と言われては、それだけで舞いあがれる。嘉穂が褒めてくれることは何でも嬉しい。
「えへへ」と笑っては、きちんと頭の中に嘉穂の好みがインプットされた。
 ゴロゴロ感は急いでいたからと、単純に上手く潰せなかったからなのだが、その感じが良いと言われたなら、不器用なことも棚に上げられた。

香春は八女に視線をやり、またふふんっと笑う。母親の料理と違いが分かるほど、嘉穂は鞍手家に精通しているのだ。おまえの入り込む隙間はない。堂々とした自慢だった。
「八女くん、もう宿題、終わったんだから帰れば? あ、嘉穂くん、マンガ本忘れてきちゃった。またうちに来る?」
 別にマンガ本を読みたいと頼まれていたわけではないが、八女がここに居座るつもりなら、嘉穂を連れ去るのが得策だと思いついた。
 暗に八女に対して、勝手な行動をとってくれたおかげで、嘉穂のペースが乱れたのだと責める。いや、早く来てくれたおかげで、ヤキモキする時間がさっさと終わったと感謝するべきだろうか。起こされた恨みは確かにあるが。
 香春が八女に声をかけると、こちらも露骨に可愛く拗ねた態度をとり、「僕、追い出されちゃうの?」と嘉穂を伺い見た。そんな言い方をしたら、心優しい嘉穂が何かと声をかけるのはすぐに知れてくる。これ以上の長居はお断りしたい香春だ。
『追い出す』とは随分酷い言い方じゃないか? これでは香春が悪者になってしまうと頭を巡らせた。
 とりあえず、そんなことはないと嘉穂に伝えるべきだろう。
「誰も『追い出す』なんて言っていないじゃない。嘉穂くんはどうしたいの?」
 嘉穂の気持ちを確かめる意味もあって、香春は嘉穂の腕を掴んで尋ねた。もちろん、この手を離す気がないことが伝われば一番良いのだけれど。
 嘉穂は八女に向けた視線を香春に戻してくる。困ったように一度上を見上げた。何かを考えているのが分かって、即答されないことに香春は悲しくもなっていた。
「うー、んと…。どうするかな。家に居ると兄貴が勉強しろってうるさいし…」
 その返事にすかさず香春は飛びついた。
「じゃあ僕んちに来ていればいいじゃない。ちくちゃんだってきっとやることがあるよ。今日お休みだもん。いつも仕事で疲れているんだしさ」
 家にいたらやることが増えるだけだと嘉穂を促した。こちらは八女に対して津屋崎家は大変なのだと訴えるものでもある。
 それなのに八女は自分に都合が良いように解釈した。
「僕のうちでもいいよ。行き慣れた鞍手くんちじゃつまらないでしょ。たまには遊びに来てよ」
 八女も嘉穂の腕を掴むものだから、払いのけてやりたくなった。
 何が『つまらない』だ、と香春は眉間に皺が寄ってしまう。小さい時から嘉穂の好きなものばかりが集まった家なのだ。居心地が良いに決まっているから、毎日のように寄ってくれるはずだった。

 両腕を引っ張り合っているところに、筑穂と福智が出てきた。服を着替えていたところからこれから出かけるのだと知れる。
 それは困る、と咄嗟に香春は目を大きく開いた。
「おぉ。何してんの。嘉穂の取り合いか? モテる男はいいねぇ」
 一瞬驚いた表情をした福智も、すぐニマッと笑ってからかってきた。
 そのセリフに香春と八女はどちらからともなく、一度手を離す。一応保護者の前では気を使う。
「福智ってば何言ってんの。うちの家系だよ」
 筑穂が福智をたしなめ、ありえない、と口にする。それに対して福智は反論した。
「だからだろ。ここんちの良さは俺が良く知っている」
「僕もっ。僕も良く知っているよっ」
 香春も福智の言葉に続いて津屋崎家の良さを豪語すると、福智が「あぁ、香春もだな」と同意してくれた。
 福智の意見には百人力になれる。すかさず香春は立ち上がって福智の元に寄った。
 キョトンとしたのは全員だったが、そのまま福智に「ねぇねぇ、ふくちゃん…」と小声で話しかけて居間の外に出す。ドアを開けっ放しにしたのは、聞き耳を立てているであろう人たちのためと、いない間に余計な会話をされてもすぐに聞けるようにだった。
「香春?」
 嘉穂の声が背を追ってきたが、ちょっと待っててと視線で訴えた。
 大人しくついてきてくれた福智に、内緒話がしたいと言うように両手を自分の口の前で筒状にすると、分かってくれた福智が身を屈めてくる。
「あのね。嘉穂くん、うちに連れて行きたいの。だからちくちゃんと出かけないで」
 香春の申し出に福智は「なんで?」とやっぱり小声で問うてきた。
「八女くん、帰らないんだもん…」
 それを言うと、へぇぇと感心した表情を浮かべてから、ニッと笑ってくれた。どうやらそれだけで理解してくれたようだ。
 福智の手がポンと香春の頭上に乗る。
「おまえも苦労性だな。筑穂には内緒だぞ」
 筑穂は何かと鞍手家に気を使うところがあるのを承知しているから、また嘉穂を押し付けるようなことはしたがらないだろう。
 福智はすぐ居間に戻った。
「嘉穂、のんびり寛いでいないで、予習するぞ。今日は一日、三人でお勉強会。嬉しいだろ?」
「えーっ?! 冗談っ」
「は? 福智?」
 疑問に思ったのはもちろん筑穂もだ。
 香春もそうじゃないっと声を上げたくなった。三人で、なんてそれこそ冗談じゃない。
 解放されたと思っていた矢先にそれはない、と嘉穂が奇声をあげ、八女は居座れる理由ができたと喜んだ。
「福智さん、ありがとうございます」
 ご丁寧にも頭まで下げて、福智のご機嫌まで取ろうというのだろうか。
「ジョウ?」
「八女君は真面目だねぇ。やる気のある生徒はいいなぁ」
「いつから先生になったんだよ…」
 筑穂がボソッと呟いたが、影にはやる気がない嘉穂に対して嘆きも含まれていた。嘉穂の刺激になってくれるなら歓迎といったところだろうか。
「やだよ。せっかくの休みなのにぃ」
「ぼ、僕も…」
 嘉穂の言葉に香春も無意識に同意してしまえば、福智は「やる気無い奴は出ていってもいいぞ。俺も嫌だし。八女君だけ特別授業ってことで」と香春に返してくる。
 そこまで言われてハッとした。しっかり逃げ道を用意してくれている。
「嘉穂くん、うちに行っていよう。八女くん、勉強したいんだって。ほら、宿題もわざわざ聞きに来たくらいだし」
 香春は嘉穂に近づいて腕を引っ張った。
 驚いたのは八女だったが、今更後には引けない状況になってしまっている。
 嘉穂は一瞬の躊躇いがあったようだが、香春に急かされて腰を上げた。
「そっか。じゃあ、福智さん、宜しく」
「ちょっと嘉穂ぉ?!」
 筑穂の制止の声もトンネルしていく。チャンスを逃したらどんな小言が待っているのか、良く知る嘉穂だからこそだった。
 ぱぁっと笑った香春の腕を逆に嘉穂が引っ張った。
「さっさと逃げようぜ」
 香春は胸の中で大きな万歳をして、空っぽになったバスケットもその場に置いたまま、気が変わらないうちにと玄関に走り出した。
「嘉穂くんっ」
 八女の切羽詰まった声は、無視することにする。

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待っていたから 余談
2013-10-29-Tue  CATEGORY: 待っていたから
すみませんm(__)m

もうすでに詰まりました…。
学生物が、予想以上に自分の書けるものではないと思い始めてます。
というのも、学生事情を知らないんですよね…。
部活とか授業とか絡んでくると、そっちの調べ事が増えてしまって…。
ホント、大ウソを書きそうで怖いです。

読者様も 「あれ~?」 と思い始めている方、いるのではないでしょうか。
(ヘルプミー 中学生  の状態です。思春期、思い出せないな~ ←byきえちん)

でもでもでもっ。
筑穂にぃちゃんの手前、最終話まで持っていきます。(←誓っとこう。でないと崩れるから 笑)

私の思うところでは、20話まで引き延ばしたくないのですが…。
…え? すでに10話、越えた…?!?!?!?


ねこ
ちー様よりお借りしました。お持ち帰りは厳禁です。

もう、この二匹ブラザーズは、良い意味で刺激してくれます。

嘉穂と香春…。
こんな調子で育っていたんだよね。

少しずつすれ違い始めた二人ですが、いつかどこかで、こんな混じり合いを…(え(゚∇゚ ;)エッ!?)
(あ、添い寝ですよ、添い寝)



この"画"を鳥海と藤里で思われていた方、本当にごめんなさい。

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どわーっっっっっ。もう間違えた…汗汗汗汗 ぁぁぁぁぁ(←嘆く)
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