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BLの丘
見下ろせる場所 8
2011-07-05-Tue  CATEGORY: 見下ろせる場所
岩槻の手が張ったのは慎弥の頬だった。
痛みすら忘れたように呆然と立ち尽くす慎弥が、意味も分からなく岩槻を見返している。
「……」
「どれだけ草加さんに迷惑をかける気なんだ?立場を利用して甘んじているつもりか?」
岩槻の口調は厳しいものだったが見つめる瞳には困惑と庇護欲が見え隠れしていた。本当なら手などあげたくなかったはずだ。それでもこうしなければならなかったのは、皆野や話を知っている従業員の手前だからなのだろうか。
慎弥が我が儘を通すことは誰以上に岩槻が良く知り過ぎている。だけどそれを誰にでも向けていいものではない…と。
岩槻には世間体を重んじるニュアンスや態度が含まれていたが、岩槻の言いたいことの違いを慎弥が気付くはずがなかった。
皆野は咄嗟に二人の間に入り込んだ。
「ちょ…っ、ちょっと待ってください。慎弥くんだけを責めるのは…」
「草加さん。今回ご迷惑をおかけいたしました件につきましては、私の方から後日、個人的に謝罪をさせていただきます」
一方的に話を終わりにしようとする岩槻に、部屋に行こうと腕を取られようとした慎弥が勢いよく振り払った。
慎弥の抵抗に岩槻の眉がぴくりとした。

「しん…」
「征司くんなんか嫌いっ!!大っきらいっ!!!」
振り払ったその手が拳となり、激しく岩槻の胸にぶつかった。
「慎弥っ」
「……っっ!!!」
暴れる体を抱え込もうとしても勢いを増した怒りは治まることもなく、クルリと踵を返した慎弥は、入ってきたばかりのエントランスの扉をくぐっていく。
「慎弥っ!?」
「慎弥くんっ!!」
最後に見た顔は濡れていた。

この時、皆野の頭の中から、岩槻が客であるということがすっぽりと抜けていた。
「説明はあとでしますからっ!!」
半ば怒鳴りつける勢いで言い残して慎弥の後を追う。
フロントにいたスタッフにも呼び止められた気がしたがかまってなどいられなかった。
岩槻の言い分も理解はできたが、慎弥の性格を思えば裏切られた行為にしかならないと分からないはずがないだろう。
全ては岩槻の持つ『立場』なのか…。
岩槻の事業には携わらないと言い切った慎弥の心の闇も、なんだか見えてくるような気がした。

とにかく今はあの華奢な体を捕まえることしか頭にない。慎弥のような姿見の者が、こんな夜遅くに一人でうろついていて良い場所でないのは皆野が嫌というほど知っている。
大通りへ出る方向へと走っていった慎弥の後ろ姿を追って、皆野も走った。
少し先には闇雲に逃げようとする慎弥の背中が見える。
「慎弥くんっ!!」
皆野は状況構わず、目一杯の大声を出す。ぴくりと肩が揺れるのも外灯の明りのおかげで知れた。
「慎弥くんっ、待って!!」
それでも歩幅が緩まない慎弥に向けて、皆野の叫び声が街中に響いた。
懸命に追いかけるとすぐにその距離は縮まる。後ろから抱きこむようにして背中を捕らえると足がもつれて二人同時にアスファルトの上に転がり込んだ。
咄嗟に受け身をとったのは皆野だ。強かに肩を打ちつけ、その上に慎弥の体が振ってくる。
「…っつぅ…っ!!」
硬い地面にぶつかり、更に押される重みで苦痛の声が漏れる。だけど一度捕まえたものを手放すことなく力強く抱きしめたままでいた。
慎弥に傷がなければいい…。ただそれだけを願った。

自分の痛みはどうでもよく、すぐに体を起こしては力の抜けた慎弥を心配する。
「ごめ…、怪我は…?」
地面に座り込んだまま胸に収まる体に、勢い余ったことを謝罪すると、泣いていた瞳が大きく見開いた。
「慎弥くん?」
どこか打ったのかと心配になって覗きこむと、視線の先が皆野の肩に向けられる。ふっと見下ろせばシャツが擦れて破れていた。
皮膚が直接擦れなかっただけマシというものだろうか…。
そんなものはどうでもいいといった態度で、慎弥の無事を確かめると、声を失ったかのように呆然としていた慎弥がグズグズと泣き崩れてきた。
「…ぅ…して……、なんで…、…こんなことまで、して、くれなくって、いいのに……っ」
感情の矛先をどこにぶつけていいのか分からずにいる姿が実に儚げだった。
兄に叱られたことが過去にどれくらいあったのかなど知らない。そんな時でも岩槻ならすぐにフォローを入れただろう。
必要としている手が差し伸べられないこと…。追いかけてきたのが皆野だったこと…。
端から見ればただの兄弟喧嘩でも、今の慎弥には重くのしかかってきている。置いてきぼりをくらったことも、叩かれたことも、見放されたような感覚の中に落としていた。
兄という存在が遠くに行ってしまい、心の拠り所を完全に見失ってしまっているのだ。
そして放たれる、自分を卑下する言葉…。
「とにかく無事で良かった…。頬は?痛くない?」
まだ先程叩かれたばかりの慎弥の頬に指先を這わせると、零れ落ちた涙の滴が触れる。
か弱き姿に手を上げさせてしまったのは自分だと、皆野は自分を責めた。
もっと立ちまわりが上手く出来ていたら、こんな苦痛を与えずに済んだはずだ…。

皆野は悔しさに唇を噛みしめた。
震える肩を抱きしめながら、守ってやりたいと思った。
万華鏡のように様々な表情を作りだすこの細い体を…。ありのままを宿す無垢な心を…。
皆野がかき抱く腕の中にすっぽりとうずまる、小さな体。
気の強さは、そんな自分であっても離れていかないと自分自身に言い聞かせたいためであり、本当の心の底は置いていかれることを常に不安に感じている。
かつて、両親を失った経緯も関係しているのだろう。
『こんなことまでしなくていい』…。
皆野まで拒絶しようとする台詞には充分なほど、人を試しては自分が傷ついていたことが物語られている。
わざとらしく告げられる我が儘。そうではなくて、本心から望まれる声を聞いてみたい。

守ってきたはずの岩槻が取った今日の件は、慎弥にとってあまりにも暗い影となった。

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