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BLの丘
ただそこにいて 38
2011-10-01-Sat  CATEGORY: ただそこにいて
俊輔は伊佐が用意してくれたホットミルクのカップに口をつけた。
目の前と横では、カランと涼しげな氷の音を立てたグラスを煽るふたりがいる。
「トラウマ、抱いたって?」
津和野の質問に伊佐は静かに頷いた。
「そうかな…とも思ったけど、とりあえず今のところ経過は順調?かな」
「実体験ですか?」
「まぁ、『俺』に関しては…」
「自惚れにしか聞こえないけど」
「だから良いところに収まったってことで、いいんじゃないの?」
伊佐の声はわざとらしいほど明るい。
最初こそ、何の話やら…と聞き耳を立てたが、内容はどうしたって俊輔自身のことだった。
ついでに髪を撫でてくる掌にも少しだけ力がこもった。その加減がつつまれているようで嬉しかった。
もっとも今ここにきて、二人がそれ以外の話をする要素も見当たらない。話の流れからしても…。
伊佐が津和野に俊輔の状態を伝えるのはあたりまえのことで…。時間がとれれば津和野が姿を現すのも当然のことで…。
こうまでもいろいろと話されてしまってはシラフで話す気力もなくなる。
ふたりがアルコールを含み、普段よりも饒舌になっている気がするから余計だった。それこそ、俊輔もアルコールにでも溺れたい気分だ。
「伊佐さん…、俺も…」
向けた眼差しは『自分も飲んでみたい』と無言で語っていて、当たり前のごとく理解してくれたが。
「ダメに決まってるでしょ」と即答された。
「後ろの傷がある時にアルコール摂取は厳禁。また悪くなりたいの?」
“傷”の部分を改めて口にされて羞恥心しか浮かばない。伊佐も津和野も承知しているがこうもあからさまに言われるのはどうなんだろう…。
トイレで痛みに悶え蹲った時を思い出しては、ますます小さくなる俊輔だ。

「ってことは、挿入はなしだったってことか~」
不意に飛び出した津和野の台詞に、伊佐の口角が上がった。
ピリピリとしていたはずの空気が少しだけ和んだ気がした。
大人が考えていることはやっぱり俊輔には分からないけれど、津和野からはほんの少しだけ安堵が見えた。
「知名が運んで来てから何日目だと思ってるんだ。それに、まぁ、一応、約束はしたからな」
伊佐の返事の意味はどこか意味深で、しかし俊輔は理解することはできなかった。
それらのことに関して深く聞くのも怖かったのだ。
夢の中をふわふわと歩いているような、魔法が解けてしまうようで…。

俊輔は先に寝室に入ることにした。
二人の恥ずかしげもない露骨な話を聞いているのも心臓に悪かったし、なんとなく『医者同士』で話したい雰囲気が見てとれた。
自分がいては突っ込んだ解決策、果ては今後の対策まで語れないのではないかと気が揉めた。
できることならば、働けるという環境に戻って充実感を味わいたい。
そのためには『一人でいても大丈夫なのだ』という安心感を与えたかったのかもしれない。

寝室でもテレビは見られるし本も読める。そこはリビングと何も変わらない。これまで俊輔が暮らしてきた狭い部屋よりも、生活する上で何も困らない空間。
寝室に入り、ふっ、と俊輔の脳裏に今まで暮らしてきた寮内が浮かび上がった。
ほとんど物もない。自分のために何が残るのかも分からないような狭い場所。
そこに津和野が発した先程の『見栄えがよくなったね~』という言葉が重なってくる。
今、身に纏っている服に視線が落ちた。聞いたこともないブランド服。肌触りの良さは、昔のものを拒否したくなるほど良くて…。なにより動きを妨げない、体にピッタリとあっているもの。
ここは伊佐のものでありながら自分がいてもいいと受け入れてくれる優しい空間が広がっていた。
少しでも快適なものを求めていた過去。
自分の力ではないけれど、手に入れられた幻が俊輔を包んで捕らえた。

一度手に入れたものを失うのがどれだけ怖いことなのか…。
家族と共にではなく、自分だけが手にしたと思う後ろめたさを感じながら、だけどこれまで重なってきた苦労が報われたような感覚の方が大きい。
体を売り払ってもいいと思った人を蔑んでいたが、彼らに渦巻き悟った根底がそれとなく浮かぶ。
ましてや自分は、ただ与えるだけでなく、もらうものが多すぎた。話に聞いていた体を差し出すだけの世界とは全く違う。
嫌な客を前に無理矢理足を開かされるようなこともない。
自分の意思を汲んでくれて…先を見通し、守ってくれる人が……。呆然としながら俊輔は伊佐のことを考えた。
例え、毒リンゴだと分かるものを目の前に出されても、伊佐が出すのなら…、今のこの空間の中なら黙って食べることができると思う。
願わくば、幸せの絶頂を感じる中で息絶えたい…とでもいうのか…。
それほど伊佐が俊輔に宿したものは大きかった。
好きとか嫌いとかではない。
求め憧れていたものがある。
なにより、苦しめられることがない場所だと分かるから…。
毒リンゴをかじっても、苦しむことはないのだろう。
伊佐ならきっと静かに眠らせてくれる。

伊佐の寝室に入って、俊輔を襲ったのは”味わったことのない贅沢の極み”だった。
伊佐にとっては普通でも、俊輔にとっては最高の…『魔法の国』だったのだ…。

…ガラスの靴の片方は、伊佐が持っている…。
俊輔の心はそう傾いた。


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一時記事が上がってしまいましたがすみません。
上げたかったけど余裕なしでした(TT)
明日の記事をまたかかねば…。
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コメント

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No title
コメント甲斐 | URL | 2011-10-01-Sat 16:47 [編集]

おおー俊輔くんも結構はまってませんか伊佐せんせーに

癒しの場と未来への明るい展望を与えられてこのままずっとここに居たいような、でもこのままでいいわけないし、家族のこともあるし…とあれこれ思い悩んでいる様子

今まで苦労した子には幸せになってほしいのよね

大人二人で、よき道を標してあげくれないでしょうか
Re: No title
コメントたつみきえ | URL | 2011-10-02-Sun 10:56 [編集]
甲斐様
こんにちは。

> おおー俊輔くんも結構はまってませんか伊佐せんせーに

俊輔、ぐーるぐーるしてます。
悪い大人です、伊佐センセーも。

> 癒しの場と未来への明るい展望を与えられてこのままずっとここに居たいような、でもこのままでいいわけないし、家族のこともあるし…とあれこれ思い悩んでいる様子
>
> 今まで苦労した子には幸せになってほしいのよね
>
> 大人二人で、よき道を標してあげくれないでしょうか

大人、頑張って何か道を開いていただきたいですね。
そう、そのための大人!(?)
うまく問題が解決されてくれるといいです。
俊輔も頼るだけではなく、自分で決断していかないとね。
どうやって導いてくれるでしょうか。
コメントありがとうございました。
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