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BLの丘
あやつるものよ 1
2011-11-11-Fri  CATEGORY: あやつるものよ
北風が吹き抜けてきた季節。何の遮りもない駅のロータリーで待つ安城千種(あんじょう ちぐさ)の頬と指先は赤くなっていた。
もともと男にしては白い肌の千種は、温度にしても表現にしても顕著に色を表す。
身を切るような寒風が千種の少し伸びたサラサラの黒髪を揺らした。
二重瞼の下にある黒い瞳はどこか苦しそうに、不安を宿している。儚げな印象を、過ぎていく人間に与えていた。
彼のいでたちからして、声をかけようかと迷う人間が遠巻きに様子を伺っていたが、緊張していた千種は気付く気配を見せない。
フリースのタートルの上にレインコートとしても使えるウィンドウブレーカーを着た姿は、今から登山にでも向かうのか…といった雰囲気だ。
街にはクリスマスの飾りが増え始めていた。今まさに、夕暮れの駅前にイルミネーションが点ったところだ。
周りからざわめきも聞こえてくる。
間もなく年末を迎えることを意識させてくる。
そんな中で、千種が持っていたのは登山とは無関係そうな荷物、中型のスーツケースだった。

約束の時間まではまだ三十分以上あった。
何もこんな寒空の下でなくても、構内でも近くの飲食店でも、暖を取れそうなところはあると思う。
だけど千種は恐怖で、そこから動けなかった。
聞いていた連絡先だってある。待ち合わせた人間も当然知っているのだから、その時間になれば何かしらの連絡をくれるだろう。
そう信じているのに、心の奥底で通りすがれてしまうような恐怖心があって動けなかった。
駅の入り口は一つではない。別の入り口を使われたら姿を見ることもできないのも承知している。
ここで待つのは、最後まで彼を信じたかったからに他ならない。
もし捨てられても、騙されても、千種は恨み事一つ言えるような立場になかった。
ここで会えなくても、千種は相手の男、元上司である岡崎吉良(おかざき きら)に何を言う気はなかった。
今ここに立っているのは、一種の賭けなのかもしれない。

岡崎は以前千種が勤めていた会社の上司である。
36歳でありながら部長クラスまで昇った男だった。野心的な瞳を向けつつ、人を懐柔していくような温かみがあった。
しっかりと撫でつけられた髪とキリッとした眼差しを持つ男は色々な事を見透かし、厳しい意見も優しい労いもかけてくる。
その年に見えない筋肉のついた体が魅力的でもありなんとなく不思議に思って、いつかの飲みの席で聞いてしまえば、嫌がらずに答えてくれた。単純に『ジムに通っているんだ』と恥ずかしそうにいう。
鍛えることの何が悪いというのだろう。内面を晒す照れくささまで見せてくれたことに千種は胸が高鳴ったものだ。

海外とも商取引のある大手企業で千種は働いていた。大学を卒業し就職して六年。着実に仕事を進めていた千種だったが、慣れた仕事の余裕さが気の緩みを生みだしていた。
営業部の中にある経理を預かる、つまり内勤事務だった千種は、それらを社の会計に回す際に大きなミスを犯した。
営業が出した見積もりを制作し、それらに判を押して上層に回す。了解を得た営業は契約書を作成し相手企業と契約を作っては結んで…。
その一端で一つの綻びが生じた。
金額が一ケタ違っていたのだ。しかも『0』を一つ落とした契約書。
気付いたのは契約を交わした後だった。

社内の全部が揺れ動いた一大事に発展した。
事は営業同士の話し合いだけには治まらず、幹部役員を総動員する事態となった。
表舞台に立てばマスコミなどにも叩かれる、信用問題も絡み社運を揺るがしてしまうほどのもの。
総動員で相手企業に土下座をして、どうにか免れた負債だったが、千種に社員から向けられる視線は厳しいものだった。
書類を元に初めに作成してまわしてしまった千種は、次ぐ日には抱えていた全ての案件を取り上げられた。
真っ更になったデスクの上でやる仕事もない。
受付が受けた電話すら、『係が変わりました』と慌ただしく社内の変革を告げていた。

…もう、ここに自分の居場所はない…。

否応なく、千種は『自主退社』の形をとらされていた。
会社に与えた損害の大きさも分かるから、ほのめかされたまま、退職金は受け取らなかった。

それほど大きな企業を抱えながら、適当に過ごしてきてしまった現実を改めて千種は知る…。

そして千種が撒いた種は、自分一人のことでは済まなかった。
書類をきちんと確認しなかった連帯責任とでもいうのだろうか。スルーしてしまった課長と部長は、役職はそのままでも地方支所の配属に変えられた。
それも1カ月にも満たない間での緊急な措置。
万が一失敗があったとしても本社より損失が少ない取引相手ばかりだからだ。
さらに企業を取り入れる実力を試される場でもあるのかもしれない。
いわゆる…左遷である。

課長である30代の男は、配属先が決まった時に、社を去る千種に対して平手で叩いてきた。
「おまえが…っ!おまえさえいなければっ!!」
家族を抱えた彼は、仕事を辞めて路頭に迷うこともできなかった。
家族を置いて単身で地方に向かうのだという。
千種は何も言えずに、彼の悲しみと悔しさを受け入れるしかなかった。
憎悪はもう…、充分なほど身に受けている。

会社を辞めて、今後をどうしようかと呆然とアパートの一隅にいた時、不意に玄関の呼び出し音が鳴った。
いままでの規則正しい生活から離れて1週間が経つ。
仕事を探そうと体を動かす気力すらなかった夕時だった。
インターホンの外から聞こえた声は、…ずっと自分を可愛がって来てくれた部長、岡崎の声だった。
形式的な挨拶だけは済ませていたが、自分の失態を思えば自分から何かを言えるわけもなく、逃げるようにして社屋を飛び出してきた。その日以来だ…。
岡崎もまた、課長より遠くの違った方面に飛ばされることになった上司であった。

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また不定期になりますけれど書いていきたいと思います。
(…つか、バナー…こわいなぁ…。ぐるぐるしてそう…。)
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コメント

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No title
コメントけいったん | URL | 2011-11-11-Fri 09:18 [編集]
「あやつるものよ」
タイトルに すっごく興味惹かれます。

何を意味してるのか?誰を指しているのか?

それに 私の好きな「淋しい夜」のように 設定も切なそうだし・・・

きえ様の世界をじっくり堪能させてね~♪
┃電柱┃_・)ジー...byebye☆
Re: No title
コメントたつみきえ | URL | 2011-11-14-Mon 10:24 [編集]
けいったん様
こんにちは~。
レス遅くなりましたm(__)m

> 「あやつるものよ」
> タイトルに すっごく興味惹かれます。
>
> 何を意味してるのか?誰を指しているのか?

あやつるもの…。何でしょうかね~。
今回珍しく(←)話しの流れがなんとな――くできています。
だから付けたタイトルなんですけどね~。
ただ、文にならないだけで…(^_^;)
でも終着点は見えていなのでどうなることでしょう。

> それに 私の好きな「淋しい夜」のように 設定も切なそうだし・・・
>
> きえ様の世界をじっくり堪能させてね~♪
> ┃電柱┃_・)ジー...byebye☆

切ない設定…。そんな話ばかりのような気がしますけど、我が家は…。
きえワールド(←大げさ)、期待通りに進むといいです。
コメントありがとうございました。
No title
コメントたつみきえ | URL | 2011-11-14-Mon 10:41 [編集]
s様
こんにちは~。お久し振りです。レス遅くなりました~。

>新連載楽しみで~す(*^o^*)

長い連載が終わってようやく新しい話にかかれました。
今度はあまり長くならないようにしたいです(苦笑)
コメントありがとうございました。
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