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BLの丘
あやつるものよ 4
2011-11-15-Tue  CATEGORY: あやつるものよ
コーヒーで冷えた体を温め、駅弁を買い込んで指定席に乗りこんだ。
自由席はそれなりに混雑が見られたが、指定席の車両は空席の方が目立つ。
寒い季節ではあまり飲みたいと思わないビールも、温かな車内では喉を潤すものとなってくれた。
千種の涙が治まると同時に、「もう過去の話はナシだ」と岡崎が仕事の話を切り上げた。
慣れ親しんだ性格を知るので話題に困ることもなかった。
職場を離れてアルコールを含めば、堅苦しい口調も崩れる。自然と受け入れてくれる岡崎の存在が、千種の心を更に解していった。
かつての上司と部下という存在を岡崎は好まない。
時折『部長』と呼び名が零れてしまうたびに、コツンと軽く額を叩かれる。
そんなやりとりすら、旅路の中では楽しいものに変わった。

住み慣れた地から離れた場所に着いたのは夜も遅くなってからだった。
駅までは歩いて1時間近くかかると、最寄駅からは少し離れた場所に岡崎が住むマンションがあるという。
駅前でタクシーに乗り込み住所を告げると、車はスムーズに動き出した。
都会とは違って車の流れが緩やかだ。車窓から見える賑やかだった光景もすぐに閑散とした薄暗い世界に変貌していった。
「こちらは公共機関もそれほど多くはないからな…。千種も何か『足』を持った方が移動が楽になるかもな」
今までの生活圏とは変わることをほのめかされる。
岡崎は先日こちらに車で訪れており、その時に車を置いて戻ったそうだ。
最後の片付けと、千種を迎えに出るため…、だったらしい。
かといって仕事を持たない今の千種には、車一台を買う出費も惜しいものがあった。
「とりあえず…、自転車…かな」
仕事も探さなければならない。
就職がそんなすぐに簡単にできるとは思っていないが、岡崎に全てを甘える気はなく(たとえ岡崎がどう言おうとだ)、この地で自分にできることを探したかった。
頑張っている岡崎の背中を追いかけたい意思は今でもある。
千種の答えに、「近所を散策するには手ごろだな」と笑って答えられた。

辿り着いたところは周りに戸建て、アパートなどの住居が点々と存在する静かな場所だった。
隣近所が近いところで暮らしていた千種にとっては怖いくらいの静けさが包む。
テレビで見たことのある風景が、生活する場所になったことをぼんやりと思う。
だが今は、この静けさが疲れた千種に心地良いものだった。
全てががらりと変わったことで、過去の自分を切り離せそうな気がした。
七階建てのマンションは築三年だという。しかし三年もの間、入居者はいなかったらしく、内装は新しいままだ。
オートロックの扉の開け方から逐一千種に教えながら岡崎は先に進む。エレベーターに乗り、五階の奥の方にある部屋へと千種はスーツケースを転がしながら大人しく付いていった。
ファミリー向けでもあるのか、意外と広い感覚で扉が続いている。
廊下から一歩奥まった左側に備えられた玄関を入り、岡崎の後から上がろうとして思わず「おじゃまします…」と声が漏れてしまうと、クククと岡崎が笑った。
「千種の家でもあるだろう。勝手に家具を置かせてもらったけれど、気に入らなきゃ勝手にいじっていいから」
そう言いながら岡崎は部屋の間取りを説明し始めた。
3LDKの広々としたものだ。
玄関からすぐにリビングダイニングに繋がる。そこを通った先に廊下があり、全室が南向きに並んだ個室があった。
反対側にトイレ、奥にバスルームが控えている。
「ひろっ!!」
1DKの狭いアパートに住んでいた千種からしてみたら、天国のような造りだった。
「こ、ここ、ここって家賃いくらするんですかっ?!」
思わず漏れたのはそんな台詞だった。
岡崎は明確な金額を言いはしなかったが、「向こうに比べれば格段に安いよ。なんだったら買っちまおうかって思ったな…」と苦笑いを浮かべた。
家賃を払うのとローンを払うのは違った考えなのだろう。
どちらにせよ、半額は入れたい千種だ。岡崎が答えないなら不動産屋に聞くしかない。それが支払えないような高額でないことを祈るだけだが、同時に岡崎の収入の高さを見せられた気分だった。

段ボール箱があちらこちらに点在しているが、大きな家具はすでに配置されており、以前来たと言った岡崎がある程度片しておいたものなのだろう。
廊下は途中に物置があったために折れ曲がっていて、一番奥の部屋の出入り口は直接見ることができない。
そこに千種を案内した。
中には岡崎が運んだものと思われるベッドや机などが大雑把に置かれていた。空っぽだった手前の部屋よりいくらか広い。
「千種がこっちが良いって言うなら変わるから。とりあえず置き場がなくてここに入れただけでさ。向こうのふたつ、千種が好きに使っていいよ」
千種はぶんぶんと首を横に振るだけだ。20畳に近いリビングダイニングがあれば一部屋だけだって持て余しそうなくらいだ。二部屋も必要になるわけがない。
「俺、一番狭いところでいいですからっ」
「何言ってんの。…ところで千種の荷物、いつ届く?」
あくまでも同居人だという姿勢で岡崎は臨んでくる。問われて、その時になって、千種は「あ…」と小さな声を上げ、いたたまれず俯いた。
「?」
「あ、…俺、…全部処分してきちゃって…。だから…、あれだけ、なんです…」
リビングに置きっぱなしにして、今では見えないスーツケースの存在を追いかけるように、そっと視線が向く。
千種の返事に、穏やかだった岡崎の全身が固まった気がした。
「処分…って…。でも千種、俺が来ないかもって思っていたんだろう?」
そう…。岡崎の言うとおりだ。最悪の場合、自分は身一つでどこに向かおうとしていたのだろう。
スッと伸びてきた腕がある。
サラサラの髪がかきあげられ、視界が明るくなった。
「会えて良かったよ…」
紛れもない岡崎の本音が響き、「明日、まだ休みをとってあるから、必要なものを買いに行こう」と誘われた。
荷物を送ってもいいのか、信用してもいいのか、迷惑がられないかと散々に葛藤した。
最終的に辿り着いた答えは、身一つであればどこででもどうにかなるだろうという開き直り。
こうして温かな空気に触れられたことを、一つの奇跡のように噛みしめる。
寒い心を抱えて眠らなくて済んだこと。また涙が溢れそうになって、千種はぐっと堪えた。

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No title
コメント甲斐 | URL | 2011-11-15-Tue 14:44 [編集]
千種、身体一つでお嫁入りですね
それにしても、来てくれないかもとか仕返しがしたいのかとかいろいろ考えていた割には、大胆です
これでほんとに、仕事も家も失って行き場がないなんて破目になったら…
よかったよかった
こうして嫁入り先に無事ついて
あとは、旦那が仕事に出ている時間にご近所でパートタイマーですか
自転車買いましょう
坂道も重い荷物も大丈夫なように電動アシスト付きがいいなぁ(これは今私が欲しいんだけどね)
Re: No title
コメントたつみきえ | URL | 2011-11-16-Wed 10:10 [編集]
甲斐様
こんにちは。

> 千種、身体一つでお嫁入りですね
> それにしても、来てくれないかもとか仕返しがしたいのかとかいろいろ考えていた割には、大胆です
> これでほんとに、仕事も家も失って行き場がないなんて破目になったら…
> よかったよかった
> こうして嫁入り先に無事ついて
> あとは、旦那が仕事に出ている時間にご近所でパートタイマーですか
> 自転車買いましょう
> 坂道も重い荷物も大丈夫なように電動アシスト付きがいいなぁ(これは今私が欲しいんだけどね)

お嫁入りです(笑)
これで来なかったらどこを彷徨っていたんですかね~。
岡崎もいなきゃいないで諦めようとしていたようですが、本当のところを知ったら探しまわったんじゃないかと思いますけど。
で、無事(?)専業主夫の座に収まったので、次は職探しですかね。
移動も楽なように電動アシスト付きを手に入れて無駄な体力は使わないようにね♪
甲斐様も是非手に入れられますように祈っています。
コメントありがとうございました。
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