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BLの丘
あやつるものよ 3
2011-11-14-Mon  CATEGORY: あやつるものよ
並んで立つと身長差がはっきりとあらわれた。
岡崎が以前から背の高い男だとは認識していたが、まっすぐに向けると肩が視線の先になる。
こんなに近くに並ぶことはあまりなかった。
意識していなかったと言えばそれまでだが…。話をするときは会議などで席についていたり、個人的に話をするにしてもどちらかが座っていることが多かったと振り返る。
開襟したシャツの上にVネックのセーターとジーンズ、ステンカラーコートを羽織った姿は、見慣れたスーツ姿よりもずっと若い。
いつもきちっと撫でつけられていた髪も軽く横に流している程度だ。
だが颯爽と歩く姿は堂々としていて、過ぎる女性の視線を惹きつけていた。
付いて歩くことがなんだか申し訳ない気分にさせてくれる。

駅構内にあるコーヒーのチェーン店に入る。
夕方の時間だからなのか混雑していて、岡崎は千種に席を取っておくようにと言い置いて離れた。
千種は構内を見渡すことのできるカウンター席についた。忙しなく人が流れていく姿が見られる。
ついこの前まで、自分もこの流れに加わっていたのかと思うと、かつての自分を思い浮かべて虚しさが心に湧いた。
もう、こんな風に闊歩することもないのだろうか…。
しばらくすると、カップを両手に持って岡崎が寄ってくる。
千種にはキャラメル風味を、岡崎はドリップコーヒーを自分の前に置く。
千種の好みであることを覚えてくれていたらしい。甘い香りは疲れた心身を癒してくれる気がして好きだった。

右隣に座った岡崎が千種を覗きこむように見つめてくる。
「どれくらい待っていたんだ?こんなに冷えて…」
スッとさりげなく伸びてきた片手が不意に頬を包みこんだ。
ぬくもりが肌を通して伝わってきて、余計に岡崎の温かさを感じてしまった。
千種が俯いてしまうと、手が離れ岡崎から小さな吐息が漏れた。
「正直…、来てくれると思っていなかったんだ…」
千種は「え?」と下げた顔を上げた。
視界に入る表情は、珍しく自信がなさそうな、淋しげ、愁い、そして嬉しさを宿している。はにかんだ笑みも滅多に見ることのできないものだった。
「千種にとっては迷惑な話じゃないかと心配したんだ。できることならもう関わりたくないんじゃないかなって。俺の顔を見るのも本当はいやなんじゃないか…って」
岡崎は辞めた会社の上司である。しかも自分が原因となって異動にまでなった。
そばに置くことで過去をいつまでも引きずらせ、責任を押し付ける気分にさせないかと気を揉めていたらしい。
「強引に着いてこいって言うことはできた。俺がそれを言えば、千種は自分の意思とは関係なく従ってきただろう。だけどそんな風に追い込みたくもなかったんだ。卑怯だが千種に選択させることで、自分の中にあった気持ちを解決したかったのかもしれない」
フッと自嘲的な笑みを浮かべる。
手渡されたチケットには、千種だけでなく岡崎も賭けていたのだと改めて教えられた。
岡崎が嘘をつくとは思えない。
似たようなことは千種も考えていた。疑ってかかった点では千種のほうが酷いかもしれない。
卑怯なことをする人ではないと信じる反面で、失意のどん底まで落としたいのではないかと疑心暗鬼にかられた。
荷物を全て整理し、知らされた連絡先が無のものとなった時、千種は完全に路頭に迷うことになる。
たとえそうなっても、岡崎を責める気持ちは微塵も持たなかっただろうが…。

岡崎がカップに口をつける横顔を眺めながら、千種も両手でカップを包んだ。
この温かさは岡崎自身のような気がして、安堵から言葉が零れ落ちた。
包容力がある人物だとは入社してからの六年の付き合いで充分なほど承知していた。
心の声が音になったところで、岡崎は全てを受け止めてくれる度量の大きさを持っている。それを知るからこそ、千種はこの賭けに乗れたのかもしれない。
「俺も…、もしかしたら部長とはもう会えないのかも…と思っていました…」
「何故?」と尋ねるように首を傾げられる。
「こ…、こんなことになって、恨まれていると思っていたからです…。俺のせいで責任を負わされて、異動になって、俺がいなきゃ面倒事をふっかけられることもなかったのに…。だから期待だけさせて、いざとなったら…」
岡崎を一瞬でも疑ったのだと正直に言うには躊躇いが生じた。その続きを岡崎自身が繋ぐ。
「千種を叩きのめす為に最初から仕組んでいたんじゃないかと?」
尋ねられることに、うんとも何とも返事ができなかったが、岡崎は見透かしてしまったようだ。
大きな溜め息がこぼされて、機嫌を損ねてしまったのではないかという焦りに変わる。
岡崎はカップに唇を寄せて、もう一口、口に含んだ。

「そんなふうに思われても仕方がないよな…。こちらの方が恨まれているんじゃないかとも過った。俺は千種に対して、酷いことをしたと思っている」
酷い、の意味が分からずに今度は千種が首を傾げる番だった。
「千種を辞めさせたことだよ。そもそもこんな結果、俺は一つも納得していないんだ。ドタバタしていた中で気付いたら千種は退社していた。辞表が受理されて千種本人が出社しないんだ、話のつけようもない。大体、何故千種一人がこんな仕打ちに合わなきゃならない?全ての責任を千種に押し付けていることがおかしな話だろう」
「で、でも、元は俺が…」
「仕事でミスを犯さない人間が世の中に何人いるんだ?みんなどこかで何やら失敗をして、それを糧に成長するものだろう。今回、俺だって同じだ。皆を信用するあまり、きちんとしたチェックもしなかった。順を踏んで進んでいるんだからどこかで気付いていいはずなのに全員が最初の段階にある千種を信用していたんだよ。最悪は営業だな。自分で持って行く契約書の中身すら確認しなかった。最終確認は本人がするもののはずだ。それを…っ。挙句には無事、事を治めたと英雄気取りかっ」
あの後、社の人間がどう立ち振舞わっていたのかまでは千種の知るところではない。
ただ、唯一でも岡崎が千種のことを考えてくれていたと知って、胸の奥につかえていたものがドロドロと溶けだしていくようだった。
熱いものが込み上がってくる。
ぶわっと溢れるものによって視界が歪み、あっという間に頬を濡らした。
自分一人のせいだと思っていたものを覆してくれる優しさに、言いようのない嬉しさが混じった。
そう判断してくれたのが岡崎であったことが余計に胸を熱くする。
差し出されたハンカチを握りしめて瞼に押し当て、両肘をカウンターについて俯く。周りの人間に気付かれないように声を殺すのに必死になった。
肩を抱かれて、少しばかり傾けられる。
「千種が責任を感じることはない。もし俺に恨みを持って、それを晴らす為にここにいるのでもいい。付いてくる決断をしてくれたことに感謝するよ」
耳元で囁かれた言葉に、恨みなどあるわけもなく、首を横に振るしかなかった。
信じて良かった…と改めて思った。

「ぶちょ…」
「俺はもう千種の上司じゃないと言っただろう。上下関係抜きに、新しい道を進む者同士だ」
微かに漏れた呼びかけに、少し冗談を含めた口調が、甘く鼓膜に響く。

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No title
コメント甲斐 | URL | 2011-11-14-Mon 14:27 [編集]
小さなミスがおおごとになり
誰もかれもが保身に走り生贄を求めた時に
信じていた人に信じてもらえたこと
わかってほしいと思った人にわかってもらえたことが
何よりうれしいのだと思います
Re: No title
コメントたつみきえ | URL | 2011-11-14-Mon 16:19 [編集]
甲斐様
こんにちは~。

> 小さなミスがおおごとになり
> 誰もかれもが保身に走り生贄を求めた時に
> 信じていた人に信じてもらえたこと
> わかってほしいと思った人にわかってもらえたことが
> 何よりうれしいのだと思います

重箱の隅をつつくようなことを岡崎も受け入れられなかったんだと思います。
でもやっぱり仕事のことって重く深く関わってきていて…。
まぁ、それぞれにいい年ですからね…。
信じてもらえたことで新しい道を開いてもらいたい千種です。
年の頃とか色々と感じることはあるかもしれないけれど、心を許せる存在が見つかったことはまた違う印象を持たせるでしょう。
過去を現代のものへと変えていく力を岡崎は持っていると思います。
時代の流れ…とかに屈することなく、千種は新しい未来を切り開いてもらいたいです。
もちろん、二人三脚でね♪

コメントありがとうございました。
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