千種がチョコンと頭を下げて挨拶をすると、にっこりと微笑まれた。
名前が思い出せないのもあってそのまま通り過ぎようとしたのだが、話しかけられれば足を止めないわけにもいかない。
「お疲れ様。一日どうだった?」
「はい。覚えることがいっぱいで…」
「いきなり全部なんて、誰だって無理だから。…安城君って、あそこのスーパーで働いていた?」
仕事の話はニコニコとかわされ、続いて出たのは予想もしなかった内容で、千種はキョトンと見返してしまう。
「え?」
「仕事帰りに寄っては何度か見かけたことがあったからさ。今日会ってびっくりしちゃったけど」
千種の驚きは肯定と捉えられているようで話が進んでいく。
もっとも間違ってはいないのだが。
「仕事帰り…って、ご自宅、あちらなんですか?」
「うん、そう。すぐ近所。可愛い子がいるなぁって思ってたんだ。あ、もしかして安城君もあの辺なの?」
こんなところでご近所様に出会うとは思わなかった。これもまた世間は狭いと思わせてくれるものだ。
「はぁ…。まぁ…」
近所となれば住所の一つでも言えば当たりをつけてくるだろう。
千種もスーパー周辺であれば散策を繰り返していたので、おおよその説明をされれば思い浮かべられるものがある。
曖昧な返事なのだが、彼も驚いて、それから嬉しそうに笑った。
「へぇ、どこら辺?俺んち、スーパーの西にあるコンビニを右に曲がった先にあるアパート」
彼の説明を頭に浮かべた千種はすぐにそこがどこになるのか理解できた。
閑静な住宅街はゴミゴミとしているわけではなく、間隔があいているために非常に分かり易い。
千種が咄嗟に「あぁ…」と浮かべた表情で、彼は自分の言う場所を知っているのだと判断できたのだろう。
続く台詞を待っている。
別に知りたくはなかったが、今後の付き合いを思えば自分も告げるべきなのだろうか。
「あ、…と、え…と、…南の方に建っているマンションです」
起点がスーパーなのが面白い話だが、それで通じてしまうのも怖い。
「マンション?もしかして…」
徐にマンションの名前を言われて目を見開いてしまった。
考えても考えなくても、あの近所で『マンション』と呼べるものはそう多くない。
千種の反応には彼のほうも大きな驚きを示す。
「はぁ…ん。いいとこ、住んでるんだね。…ってことは、一人暮らしじゃないの?」
次々と問われるプライベートは困った質問でしかなかった。しかしいずれは誰にでもバレていく話になるのだろう。
どのみち会社側には住所だって名義だって知られている話で、ここで嘘をついても自分が不利になっていくだけだ。
「は、い…。ちょっと…、こちらでお世話になっている人がいて…」
「そうなんだ。じゃあ気軽に『おじゃまします』っていうわけにはいかないか。近くに住んでいるって聞いて、嬉しかったんだけど。あ、俺んちにはいつでも来てよ。堅苦しい話はなしで」
初対面の人間に対して、そんなに軽く誘いの言葉をかけてしまうものだろうか。
会社関係という信用があるにしても、まだ本性が掴めてもいないであろうに…。
これもこの土地ならではの親しみなのかと、疑問と納得がないまぜになる。
とりあえずこの場では彼との話を切り上げ、千種は自分の車へと向かった。
そして向かいながら、ここまでの詳しい生活状況を語っておきながら、名前を思い出せない自分に気付いた。
今更面と向かって尋ねるのも失礼と思い、明日、誰かにこっそり聞こうと頭を巡らせる。
それからスーパー…と浮かべて、今夜の献立を考えるのであった。
帰宅後、早々に部屋着に着替えて、簡単な夕食の準備を整える。
主婦の手抜きお手軽メニューとは随分使えるもので、スーパーに勤めていた時に伝授されたコツは、忙しくなった現在、存分に発揮されていた。
メインディッシュさえどうにかしてしまえば、あとは残り物のおかずを使い回せばいい。
大量に作り置くというのも一つの手段で、続いて出てくるメニューにも吉良は文句の一つも言わなかった。……言わせなかった。
それら全てはスーパーに勤めていた時に覚えたことと言っていい。
相手を気遣う素振りを見せるのが大事だと教えてくれたのは、どのパートさんだったか…。
「吉良のためにと思って、でも、作り過ぎちゃったんだ…」
項垂れる仕草を見せると、そのたびに吉良は「ありがとう」と微笑んでくれた。
「今日も遅いのかなぁ。お風呂、先に入っちゃおうかな~」
夕食の準備を一通り済ませて、あとは待つだけとなった身。
『帰るコール』はまだ入ってこない。
のんびりと過ごしてきたこれまでとは違って、明日からも待つ労働があると思えば、体を休めたい気分にもなった。
今度からおおよその時間を教えてもらった方が良いかもしれない。
そんなことを思いながらバスルームへと向かう。
時間を有効的に使いたいという気分に初めてなった。
千種も制限されることを身につけたという喜びも混じっていた。
にほんブログ村
ポチってしていただけると嬉しいです。
名前が思い出せないのもあってそのまま通り過ぎようとしたのだが、話しかけられれば足を止めないわけにもいかない。
「お疲れ様。一日どうだった?」
「はい。覚えることがいっぱいで…」
「いきなり全部なんて、誰だって無理だから。…安城君って、あそこのスーパーで働いていた?」
仕事の話はニコニコとかわされ、続いて出たのは予想もしなかった内容で、千種はキョトンと見返してしまう。
「え?」
「仕事帰りに寄っては何度か見かけたことがあったからさ。今日会ってびっくりしちゃったけど」
千種の驚きは肯定と捉えられているようで話が進んでいく。
もっとも間違ってはいないのだが。
「仕事帰り…って、ご自宅、あちらなんですか?」
「うん、そう。すぐ近所。可愛い子がいるなぁって思ってたんだ。あ、もしかして安城君もあの辺なの?」
こんなところでご近所様に出会うとは思わなかった。これもまた世間は狭いと思わせてくれるものだ。
「はぁ…。まぁ…」
近所となれば住所の一つでも言えば当たりをつけてくるだろう。
千種もスーパー周辺であれば散策を繰り返していたので、おおよその説明をされれば思い浮かべられるものがある。
曖昧な返事なのだが、彼も驚いて、それから嬉しそうに笑った。
「へぇ、どこら辺?俺んち、スーパーの西にあるコンビニを右に曲がった先にあるアパート」
彼の説明を頭に浮かべた千種はすぐにそこがどこになるのか理解できた。
閑静な住宅街はゴミゴミとしているわけではなく、間隔があいているために非常に分かり易い。
千種が咄嗟に「あぁ…」と浮かべた表情で、彼は自分の言う場所を知っているのだと判断できたのだろう。
続く台詞を待っている。
別に知りたくはなかったが、今後の付き合いを思えば自分も告げるべきなのだろうか。
「あ、…と、え…と、…南の方に建っているマンションです」
起点がスーパーなのが面白い話だが、それで通じてしまうのも怖い。
「マンション?もしかして…」
徐にマンションの名前を言われて目を見開いてしまった。
考えても考えなくても、あの近所で『マンション』と呼べるものはそう多くない。
千種の反応には彼のほうも大きな驚きを示す。
「はぁ…ん。いいとこ、住んでるんだね。…ってことは、一人暮らしじゃないの?」
次々と問われるプライベートは困った質問でしかなかった。しかしいずれは誰にでもバレていく話になるのだろう。
どのみち会社側には住所だって名義だって知られている話で、ここで嘘をついても自分が不利になっていくだけだ。
「は、い…。ちょっと…、こちらでお世話になっている人がいて…」
「そうなんだ。じゃあ気軽に『おじゃまします』っていうわけにはいかないか。近くに住んでいるって聞いて、嬉しかったんだけど。あ、俺んちにはいつでも来てよ。堅苦しい話はなしで」
初対面の人間に対して、そんなに軽く誘いの言葉をかけてしまうものだろうか。
会社関係という信用があるにしても、まだ本性が掴めてもいないであろうに…。
これもこの土地ならではの親しみなのかと、疑問と納得がないまぜになる。
とりあえずこの場では彼との話を切り上げ、千種は自分の車へと向かった。
そして向かいながら、ここまでの詳しい生活状況を語っておきながら、名前を思い出せない自分に気付いた。
今更面と向かって尋ねるのも失礼と思い、明日、誰かにこっそり聞こうと頭を巡らせる。
それからスーパー…と浮かべて、今夜の献立を考えるのであった。
帰宅後、早々に部屋着に着替えて、簡単な夕食の準備を整える。
主婦の手抜きお手軽メニューとは随分使えるもので、スーパーに勤めていた時に伝授されたコツは、忙しくなった現在、存分に発揮されていた。
メインディッシュさえどうにかしてしまえば、あとは残り物のおかずを使い回せばいい。
大量に作り置くというのも一つの手段で、続いて出てくるメニューにも吉良は文句の一つも言わなかった。……言わせなかった。
それら全てはスーパーに勤めていた時に覚えたことと言っていい。
相手を気遣う素振りを見せるのが大事だと教えてくれたのは、どのパートさんだったか…。
「吉良のためにと思って、でも、作り過ぎちゃったんだ…」
項垂れる仕草を見せると、そのたびに吉良は「ありがとう」と微笑んでくれた。
「今日も遅いのかなぁ。お風呂、先に入っちゃおうかな~」
夕食の準備を一通り済ませて、あとは待つだけとなった身。
『帰るコール』はまだ入ってこない。
のんびりと過ごしてきたこれまでとは違って、明日からも待つ労働があると思えば、体を休めたい気分にもなった。
今度からおおよその時間を教えてもらった方が良いかもしれない。
そんなことを思いながらバスルームへと向かう。
時間を有効的に使いたいという気分に初めてなった。
千種も制限されることを身につけたという喜びも混じっていた。
にほんブログ村
ポチってしていただけると嬉しいです。
千種ちゃんいい子だね
パート主婦生活もしっかり役に立ってますし
いくら忙しくても疲れてたって
愛しいダーリンのためなら栄養と愛情たっぷりの夕飯つくって待ってるんですね
見習いたいです
「え?やだもう帰ってくるの?」と急いで惣菜買って帰宅するとか
「ウソ、ご飯食べるの」と慌てて作るとか
わー出張だ~と小躍りするなんてことないんですね
それって自分??
いえいえ、あくまでも一般的な働く主婦の本音!
じゃなくて千種ちゃんがエライなーって話で…
また千種ちゃんモテてるし
ご近所に“お友達の輪”かな
でも遊びに行くときにはパパに許可もらってからねー
パート主婦生活もしっかり役に立ってますし
いくら忙しくても疲れてたって
愛しいダーリンのためなら栄養と愛情たっぷりの夕飯つくって待ってるんですね
見習いたいです
「え?やだもう帰ってくるの?」と急いで惣菜買って帰宅するとか
「ウソ、ご飯食べるの」と慌てて作るとか
わー出張だ~と小躍りするなんてことないんですね
それって自分??
いえいえ、あくまでも一般的な働く主婦の本音!
じゃなくて千種ちゃんがエライなーって話で…
また千種ちゃんモテてるし
ご近所に“お友達の輪”かな
でも遊びに行くときにはパパに許可もらってからねー
甲斐様
こんばんは。
> 千種ちゃんいい子だね
> パート主婦生活もしっかり役に立ってますし
> いくら忙しくても疲れてたって
> 愛しいダーリンのためなら栄養と愛情たっぷりの夕飯つくって待ってるんですね
> 見習いたいです
> 「え?やだもう帰ってくるの?」と急いで惣菜買って帰宅するとか
> 「ウソ、ご飯食べるの」と慌てて作るとか
> わー出張だ~と小躍りするなんてことないんですね
> それって自分??
> いえいえ、あくまでも一般的な働く主婦の本音!
> じゃなくて千種ちゃんがエライなーって話で…
わ、わたしも…っ。
理想を傾けてしまいます。
帰ってくると分かった時、「もぉぉぉ?!」
いや、そんなことは思っておりません。
出張?!ヽ(▽ ̄ )乂(  ̄▽)ノワイワイ… いや、そんなことは…。
主婦の本音っ!!
千種、エライです。
> また千種ちゃんモテてるし
> ご近所に“お友達の輪”かな
> でも遊びに行くときにはパパに許可もらってからねー
またなんか、近所のお誘いにあいそうですね。
地元になじんで嬉しいんだか悲しいんだかのパパですね。
そこはちゃんとご報告して許可もらってね。
コメントありがとうございました。
こんばんは。
> 千種ちゃんいい子だね
> パート主婦生活もしっかり役に立ってますし
> いくら忙しくても疲れてたって
> 愛しいダーリンのためなら栄養と愛情たっぷりの夕飯つくって待ってるんですね
> 見習いたいです
> 「え?やだもう帰ってくるの?」と急いで惣菜買って帰宅するとか
> 「ウソ、ご飯食べるの」と慌てて作るとか
> わー出張だ~と小躍りするなんてことないんですね
> それって自分??
> いえいえ、あくまでも一般的な働く主婦の本音!
> じゃなくて千種ちゃんがエライなーって話で…
わ、わたしも…っ。
理想を傾けてしまいます。
帰ってくると分かった時、「もぉぉぉ?!」
いや、そんなことは思っておりません。
出張?!ヽ(▽ ̄ )乂(  ̄▽)ノワイワイ… いや、そんなことは…。
主婦の本音っ!!
千種、エライです。
> また千種ちゃんモテてるし
> ご近所に“お友達の輪”かな
> でも遊びに行くときにはパパに許可もらってからねー
またなんか、近所のお誘いにあいそうですね。
地元になじんで嬉しいんだか悲しいんだかのパパですね。
そこはちゃんとご報告して許可もらってね。
コメントありがとうございました。
| ホーム |