ゴミ箱の中にあったのはまぎれもなく元樹の名刺だった。ルームキーパーの彼女が不思議そうに眺める中で拾い集めた。
千切られた名刺は簡単に合わせることができた。裏に書かれたという携帯の番号も確認できた。
だけど不安に苛まれた。本当に元樹に逢えるのだろうか。逢って何の話をしようというのだろうか。
榛名から逃れられないことを伝えて、更に元樹まで求めようというのは虫の好過ぎる話だと分かっているだけに、元樹の言葉にどう答えたら良いのかが思い浮かばない。
それでも、昨夜再会した元樹の姿が脳裏に浮かべば、自然と携帯電話に手が伸びていた。
逢うことが叶わなくても懐かしい声を聞きたかった。待っていてくれるという言葉を信じてみたかった。
一度は留守番電話に繋がったが、自分の名前を残すとすぐに電話が鳴った。
「英人?電話もらえてすごく嬉しい」
最初に耳にした言葉が喜びを交えた声で、思わず英人も心が緩む。
耳元で囁かれるような優しい言葉に身体がじんわりと温かくなり笑みがこぼれた。
「逢いたい。英人に逢いたい」
自分を求めてくれる最高の言葉だった。
今の元樹は自動車会社で販売の仕事に着いているのだという。営業という仕事柄、比較的時間に都合がつくから、英人の出会える時間を教えてほしいと言われた。
今の自分に時間なんて腐るほどある。どうにでもなる。
榛名にさえばれなければ、昼間のうちに出かけて元樹と逢うことなど何の問題もないと思った。
急ごうとする元樹の誘いに負けて、次の日に約束を取った。
自分が今住んでいるホテルのこととか、榛名が作り上げているプロジェクトのこととか、絶対に漏らすなとは言われていたけど、元樹だったら現状を分かってくれるのではないかという期待もあった。
いずれ榛名の手から解放される時が来るはずだ…。元樹がそれまで待ってくれるかは分からないけど…。
その日の夜、榛名は現れなかった。所詮、金で買われた仲なのだ。そんなやさぐれた思いが駆け巡った。
熱く与えられた一夜に、ざわめく胸中を感じていたが、迎えた結果は言葉どおりなのだと思わされた。
元樹の名刺を拾い集めたことだって彼は知らない。
一度携帯電話に登録してしまえば、名刺は榛名が扱ったようにゴミ箱に捨てられた。痕跡は残さなくて済んだ。
まるで遠足に出かける前日の子供のように、夜の時間をわくわくと過ごした。
ほとんど寝不足で午前中をダラダラと過ごし、待ち合わせた昼食のレストランに1時間は早く着いた。
近くのブティックやギャラリーを見て回っているうちに、元樹に再会した。
この前会った時と同じように、仕立ての良いスーツに身を包んでいた。仕事がうまくいっている証拠なのだろう。
英人もクローゼットの中にあった高級ブランドを合わせてきた。少なくとも元樹に向かい合える姿でいたかったのだ。
自分を想って微笑んでくれる瞳に惹かれた。
人通りがある真昼間なのに、元樹はそっと指先を絡めてきた。
「もしかして、待っててくれたの?」
素直に喜びを見せる元樹の笑顔が英人の心の中に染み込んだ。
コースのランチを食しながら、たくさんのことを話した。連絡を取らなくなってからの大学時代。就職した先の会社が倒産したこと。今は目を留めてもらえた人に、芸術の道を開いてもらっていること。
もちろん身体の繋がりがあることなど伏せられていたが、元樹は先日見た榛名が英人に多大なる影響を及ぼしていることを悟ったようだった。
話をし終わると同時に元樹の瞳が曇った。
「別れる気あるの?別れられんの?」
質問は核心を突いていた…。
切ない瞳を見せ、戸惑ったように言葉を続けた。
「一昨日英人を見かけて思わず、もう一度…って言っちゃったけどさ…。こんなことを言うのは悪いと思うけど、今英人が暮らしている生活は俺なんかとは違うんだよ。俺には英人を支えてやれるほどの実力も財産もない」
ちらりと英人の身なりを確認するように視線が注がれた。英人に与えられている全てに榛名の手が加えられていることを教えたようなものだった。
話すべきではなかったのだとこの時思った。知らずのうちに元樹と榛名を比べていたのと同じだ。
元樹が傷つくのは当然であり、同時に自分の身を売るような生活を暴いてもいた。
「英人が成功することを祈ってるよ」
元樹は何かを吹っ切ったようにさわやかな笑顔を向けた。
英人は自分が振られたのだと悟った。
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千切られた名刺は簡単に合わせることができた。裏に書かれたという携帯の番号も確認できた。
だけど不安に苛まれた。本当に元樹に逢えるのだろうか。逢って何の話をしようというのだろうか。
榛名から逃れられないことを伝えて、更に元樹まで求めようというのは虫の好過ぎる話だと分かっているだけに、元樹の言葉にどう答えたら良いのかが思い浮かばない。
それでも、昨夜再会した元樹の姿が脳裏に浮かべば、自然と携帯電話に手が伸びていた。
逢うことが叶わなくても懐かしい声を聞きたかった。待っていてくれるという言葉を信じてみたかった。
一度は留守番電話に繋がったが、自分の名前を残すとすぐに電話が鳴った。
「英人?電話もらえてすごく嬉しい」
最初に耳にした言葉が喜びを交えた声で、思わず英人も心が緩む。
耳元で囁かれるような優しい言葉に身体がじんわりと温かくなり笑みがこぼれた。
「逢いたい。英人に逢いたい」
自分を求めてくれる最高の言葉だった。
今の元樹は自動車会社で販売の仕事に着いているのだという。営業という仕事柄、比較的時間に都合がつくから、英人の出会える時間を教えてほしいと言われた。
今の自分に時間なんて腐るほどある。どうにでもなる。
榛名にさえばれなければ、昼間のうちに出かけて元樹と逢うことなど何の問題もないと思った。
急ごうとする元樹の誘いに負けて、次の日に約束を取った。
自分が今住んでいるホテルのこととか、榛名が作り上げているプロジェクトのこととか、絶対に漏らすなとは言われていたけど、元樹だったら現状を分かってくれるのではないかという期待もあった。
いずれ榛名の手から解放される時が来るはずだ…。元樹がそれまで待ってくれるかは分からないけど…。
その日の夜、榛名は現れなかった。所詮、金で買われた仲なのだ。そんなやさぐれた思いが駆け巡った。
熱く与えられた一夜に、ざわめく胸中を感じていたが、迎えた結果は言葉どおりなのだと思わされた。
元樹の名刺を拾い集めたことだって彼は知らない。
一度携帯電話に登録してしまえば、名刺は榛名が扱ったようにゴミ箱に捨てられた。痕跡は残さなくて済んだ。
まるで遠足に出かける前日の子供のように、夜の時間をわくわくと過ごした。
ほとんど寝不足で午前中をダラダラと過ごし、待ち合わせた昼食のレストランに1時間は早く着いた。
近くのブティックやギャラリーを見て回っているうちに、元樹に再会した。
この前会った時と同じように、仕立ての良いスーツに身を包んでいた。仕事がうまくいっている証拠なのだろう。
英人もクローゼットの中にあった高級ブランドを合わせてきた。少なくとも元樹に向かい合える姿でいたかったのだ。
自分を想って微笑んでくれる瞳に惹かれた。
人通りがある真昼間なのに、元樹はそっと指先を絡めてきた。
「もしかして、待っててくれたの?」
素直に喜びを見せる元樹の笑顔が英人の心の中に染み込んだ。
コースのランチを食しながら、たくさんのことを話した。連絡を取らなくなってからの大学時代。就職した先の会社が倒産したこと。今は目を留めてもらえた人に、芸術の道を開いてもらっていること。
もちろん身体の繋がりがあることなど伏せられていたが、元樹は先日見た榛名が英人に多大なる影響を及ぼしていることを悟ったようだった。
話をし終わると同時に元樹の瞳が曇った。
「別れる気あるの?別れられんの?」
質問は核心を突いていた…。
切ない瞳を見せ、戸惑ったように言葉を続けた。
「一昨日英人を見かけて思わず、もう一度…って言っちゃったけどさ…。こんなことを言うのは悪いと思うけど、今英人が暮らしている生活は俺なんかとは違うんだよ。俺には英人を支えてやれるほどの実力も財産もない」
ちらりと英人の身なりを確認するように視線が注がれた。英人に与えられている全てに榛名の手が加えられていることを教えたようなものだった。
話すべきではなかったのだとこの時思った。知らずのうちに元樹と榛名を比べていたのと同じだ。
元樹が傷つくのは当然であり、同時に自分の身を売るような生活を暴いてもいた。
「英人が成功することを祈ってるよ」
元樹は何かを吹っ切ったようにさわやかな笑顔を向けた。
英人は自分が振られたのだと悟った。
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