英人が更に描いた絵は、神戸が別の店舗にまで広げていった。
「なかなか人気だよ」
ホテルにあるバーのカウンターで、神戸と二人並んで雑談をしていた。初めて画廊に絵が展示されてから1カ月が過ぎていた。
部屋に籠ったままなかなか外に出ようとしない英人に、何かと話題を届けてくれる。
出歩くのは榛名に連れられてばかりだったから、他人に会うのは新鮮な感じがした。
だからといって部屋に入れる気にはなれなくて、神戸とはこうしてバーやレストランで会うことがほとんどだった。
自分の絵が展示されているというだけで信じられない世界なのに、それを評価されていると聞けばこそばゆくもある。
照れて黙ってしまった英人に、「まだまだ頑張ってよ」と神戸は笑いかけた。
兄弟のいなかった英人には、神戸の存在は兄のようでもあった。
榛名とは違って、面倒見のよさそうな雰囲気を前面に出しているから話しかけやすくもあったし、頼りがいもあった。
同じ美術を専攻していたせいか、話も良く合って、こうして色々な情報を与えてもらえる空間が貴重で好きだった。
最初の頃こそ緊張感があったが、幾度か会ううちにそんな堅苦しさも消えた。
一時間ほど話をして、神戸は帰るねと立ち上がった。
「会っていかないの?」
英人は榛名のことを指し示したのだが、神戸は分かったように苦笑いを浮かべた。
「結構。あいつの顔なんか見たら、せっかく英人君で癒された気分が吹き飛んじゃう」
冗談でもそんなことを言われれば顔が赤くなる。
神戸と話をするときはよく榛名も一緒に居た。今日は仕事があったのか、珍しく同席しなかったが、もう戻ってきている時間だとは分かる。
榛名は自宅としてマンションを持っていたが、英人が倒れてからはこのホテルの別室をキープしていた。どっちに住んでいるのかは英人でも分からないくらいだった。
昔から仲が良かったと聞いていたから、せっかくここまで来たのに会わずに帰るのはどうなのかと思ったのだが、からかわれてはそれ以上の言葉も続けられなかった。
「おやすみ」
神戸は軽く英人を抱き寄せただけで帰っていった。
英人はなんとなくまだ部屋に戻る気になれなくて、氷だけになったウィスキーのグラスをカラカラと回した。
ずっと部屋にいるから、たまに出た気分で外の空気を楽しみたかった。
描く時間がたっぷりあるからなのだろう。ギャラリーに飾る絵の方は順調だった。
プロジェクトも滞りなく進んでいるようで、榛名はまた次の企画に手をかけ始めたようだった。
榛名とはあれから一度も寝ていない。最後に一緒に寝た時だって、身体を交じり合わせたわけではなかった。
これまでの英人からすれば驚くべき出来事だった。
10日と開けずに男を呼び寄せていた身体を1カ月以上放っているのだ。
たまに疼く時があったが、榛名以外を受け入れる気にもならず、かといって榛名を誘う気分にもなれずに沸き上がる感情は自然と消されていった。
おかわりを頼もうかどうしようかと悩んでしまった。
最近の英人は金銭感覚が完全に麻痺していた。昔の自分だったら絶対に注文の出来ないような価格のアルコールでも一杯二杯と簡単にオーダーしてしまう。
それよりも価格を知らない。
部屋にもアルコールは数種類用意されているから、そちらで飲んでも良かった。
一人で飲んでいるのも淋しい気がして、自分も帰ろうと思った。
突然隣の椅子に男が座った。
「俺、アンタのこと、知ってる」
耳元に寄せられた唇から冷えた声がした。
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「なかなか人気だよ」
ホテルにあるバーのカウンターで、神戸と二人並んで雑談をしていた。初めて画廊に絵が展示されてから1カ月が過ぎていた。
部屋に籠ったままなかなか外に出ようとしない英人に、何かと話題を届けてくれる。
出歩くのは榛名に連れられてばかりだったから、他人に会うのは新鮮な感じがした。
だからといって部屋に入れる気にはなれなくて、神戸とはこうしてバーやレストランで会うことがほとんどだった。
自分の絵が展示されているというだけで信じられない世界なのに、それを評価されていると聞けばこそばゆくもある。
照れて黙ってしまった英人に、「まだまだ頑張ってよ」と神戸は笑いかけた。
兄弟のいなかった英人には、神戸の存在は兄のようでもあった。
榛名とは違って、面倒見のよさそうな雰囲気を前面に出しているから話しかけやすくもあったし、頼りがいもあった。
同じ美術を専攻していたせいか、話も良く合って、こうして色々な情報を与えてもらえる空間が貴重で好きだった。
最初の頃こそ緊張感があったが、幾度か会ううちにそんな堅苦しさも消えた。
一時間ほど話をして、神戸は帰るねと立ち上がった。
「会っていかないの?」
英人は榛名のことを指し示したのだが、神戸は分かったように苦笑いを浮かべた。
「結構。あいつの顔なんか見たら、せっかく英人君で癒された気分が吹き飛んじゃう」
冗談でもそんなことを言われれば顔が赤くなる。
神戸と話をするときはよく榛名も一緒に居た。今日は仕事があったのか、珍しく同席しなかったが、もう戻ってきている時間だとは分かる。
榛名は自宅としてマンションを持っていたが、英人が倒れてからはこのホテルの別室をキープしていた。どっちに住んでいるのかは英人でも分からないくらいだった。
昔から仲が良かったと聞いていたから、せっかくここまで来たのに会わずに帰るのはどうなのかと思ったのだが、からかわれてはそれ以上の言葉も続けられなかった。
「おやすみ」
神戸は軽く英人を抱き寄せただけで帰っていった。
英人はなんとなくまだ部屋に戻る気になれなくて、氷だけになったウィスキーのグラスをカラカラと回した。
ずっと部屋にいるから、たまに出た気分で外の空気を楽しみたかった。
描く時間がたっぷりあるからなのだろう。ギャラリーに飾る絵の方は順調だった。
プロジェクトも滞りなく進んでいるようで、榛名はまた次の企画に手をかけ始めたようだった。
榛名とはあれから一度も寝ていない。最後に一緒に寝た時だって、身体を交じり合わせたわけではなかった。
これまでの英人からすれば驚くべき出来事だった。
10日と開けずに男を呼び寄せていた身体を1カ月以上放っているのだ。
たまに疼く時があったが、榛名以外を受け入れる気にもならず、かといって榛名を誘う気分にもなれずに沸き上がる感情は自然と消されていった。
おかわりを頼もうかどうしようかと悩んでしまった。
最近の英人は金銭感覚が完全に麻痺していた。昔の自分だったら絶対に注文の出来ないような価格のアルコールでも一杯二杯と簡単にオーダーしてしまう。
それよりも価格を知らない。
部屋にもアルコールは数種類用意されているから、そちらで飲んでも良かった。
一人で飲んでいるのも淋しい気がして、自分も帰ろうと思った。
突然隣の椅子に男が座った。
「俺、アンタのこと、知ってる」
耳元に寄せられた唇から冷えた声がした。
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