英人は濡れたパジャマを着替えさせられた後、だまった榛名にベッドに横にされた。
まだ熱があるから寝ていろと榛名に促された。
見上げる榛名の表情は硬く、何かを言いたそうだったが、意思の強そうな唇は英人に答えを聞かせなかった。
第一恥ずかしすぎてまともに榛名の顔も見られない。
…なんであんなことを言っちゃったんだろう…。
後悔したって、飛び出した言葉は取り返しがつかなく、どう誤魔化したらいいのかと言い訳をたくさん考えたが、英人の心情など簡単に見破る榛名には何も通用しないと諦めの境地に陥る。
まだ「おまえは買っただけだ」くらいの言葉でももらったほうが良かったくらいだった。
「流動食なら食べられるか?」
先程まで空腹に鳴っていた腹の虫が静かになっていた。
欲しいのは食べ物ではないと、心の虫が騒いだが、今更声に出す勇気もなかった。
話をするりと変えられ、追求することも出来ず、そんな気持ちも沸かず、声に出さずに、「うん」と頷けば、榛名は離れた場所で幾種類かの料理を注文しているようだった。
榛名がこの場で食を取るのは嫌でも分かった。
あれほど逢いたいと思っていた榛名なのに、今は一人にしてほしかった。
料理が届くと英人は榛名に抱えられてダイニングテーブルに移動した。
てっきり一人でテーブルにつかせてもらえると思っていたら、降ろされたのは榛名の膝の上だった。
幼い子供が母の膝に乗り、あーんと食べ物を待つようであまりにも恥ずかしく、せめて隣の椅子に…と願っても榛名は譲らない。
榛名は小さな碗に入った梅干し入りの粥を掬い、フーと息を吹きかけ、一度温度を確かめるように榛名の舌に触れた後、英人の口元に届けられた。
野菜で作られたスープも同様に英人の口の中に入った。
こんな食事風景は幼いころから一度も体験したことがなく(あっても記憶がないくらい昔)、英人は味わうよりもとにかく早く食べて榛名の膝から下りたかった。
それなのに、英人に食べさせながら器用に榛名自身も食を摂っていた。
こうなっては榛名の食事を邪魔させるようでもあって、英人は大人しくするしかなかった。
ただでさえ身のほど知らずの告白をしてしまったあとで、こうして榛名と顔を突き合わせているのは辛すぎる。
しかも榛名は英人が口にしてしまった言葉に、一切答えなかったし、これまでと態度を変えることもなかった。
榛名の気持ちは分からなかったが、自分の想いが榛名の負担になることだけは確かだと思った。
テーブルの上に並べられた数種類の料理が片付き、英人は食後の薬を微温湯で飲まされたあと、ようやくベッドに戻された。
だが、榛名もついてきた。
一緒に横になり、寝物語でも聞かせるように英人の髪や頬に触れ、榛名は口を開いた。
「おまえの絵を初めて見た時に、引き込まれるような思いがした。神戸があの会社のプロデュースに関わっていたから偶然に見られたんだ。
人には『夢』という希望がある。どんなに些細なことでも何かを目標にしているから生きていこうと思えるんだ。
おまえの絵には願望が直実に表れていた。別に家を持ちたいとかそういうことではないだろ?
誰もが願う、愛されて育つ環境が『絵』として表れていたんだ。
おまえが望む環境は万人が憧れ理想とし、当たり前だと思っているものだ。親は子供を愛する。子供は親や周りを見て育つ。そして夢や希望を持つ。
そう思わせる絵を見た時に描いた人物に興味を持った。
調べていた時に愕然とした。あれほどの絵が描けるのに、こんなに荒んだ生活をしている人間がいるのかと…。それと同時に納得もした。おまえが憧れるからあの絵が描けたのだと…
そんな絵を使いたかった。万人が憧れる理想郷として、夢を与えるためにおまえの絵を起用したかった」
こんなはずではなかった…と小さく呟きながら、榛名は英人を抱き寄せ、「もう寝ろ」と囁いた。
榛名の『こんなはずではなかった』が気になって、英人は逆に目が冴えてしまったくらいだったが、胸に抱きこまれて動かなくなった榛名を感じると、このまま眠ったほうが榛名のためだと思った。
榛名は英人が目を覚ますまでずっと付きっきりで傍にいてくれた。
英人はもう、榛名の背に手を回す勇気がなかった…。
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まだ熱があるから寝ていろと榛名に促された。
見上げる榛名の表情は硬く、何かを言いたそうだったが、意思の強そうな唇は英人に答えを聞かせなかった。
第一恥ずかしすぎてまともに榛名の顔も見られない。
…なんであんなことを言っちゃったんだろう…。
後悔したって、飛び出した言葉は取り返しがつかなく、どう誤魔化したらいいのかと言い訳をたくさん考えたが、英人の心情など簡単に見破る榛名には何も通用しないと諦めの境地に陥る。
まだ「おまえは買っただけだ」くらいの言葉でももらったほうが良かったくらいだった。
「流動食なら食べられるか?」
先程まで空腹に鳴っていた腹の虫が静かになっていた。
欲しいのは食べ物ではないと、心の虫が騒いだが、今更声に出す勇気もなかった。
話をするりと変えられ、追求することも出来ず、そんな気持ちも沸かず、声に出さずに、「うん」と頷けば、榛名は離れた場所で幾種類かの料理を注文しているようだった。
榛名がこの場で食を取るのは嫌でも分かった。
あれほど逢いたいと思っていた榛名なのに、今は一人にしてほしかった。
料理が届くと英人は榛名に抱えられてダイニングテーブルに移動した。
てっきり一人でテーブルにつかせてもらえると思っていたら、降ろされたのは榛名の膝の上だった。
幼い子供が母の膝に乗り、あーんと食べ物を待つようであまりにも恥ずかしく、せめて隣の椅子に…と願っても榛名は譲らない。
榛名は小さな碗に入った梅干し入りの粥を掬い、フーと息を吹きかけ、一度温度を確かめるように榛名の舌に触れた後、英人の口元に届けられた。
野菜で作られたスープも同様に英人の口の中に入った。
こんな食事風景は幼いころから一度も体験したことがなく(あっても記憶がないくらい昔)、英人は味わうよりもとにかく早く食べて榛名の膝から下りたかった。
それなのに、英人に食べさせながら器用に榛名自身も食を摂っていた。
こうなっては榛名の食事を邪魔させるようでもあって、英人は大人しくするしかなかった。
ただでさえ身のほど知らずの告白をしてしまったあとで、こうして榛名と顔を突き合わせているのは辛すぎる。
しかも榛名は英人が口にしてしまった言葉に、一切答えなかったし、これまでと態度を変えることもなかった。
榛名の気持ちは分からなかったが、自分の想いが榛名の負担になることだけは確かだと思った。
テーブルの上に並べられた数種類の料理が片付き、英人は食後の薬を微温湯で飲まされたあと、ようやくベッドに戻された。
だが、榛名もついてきた。
一緒に横になり、寝物語でも聞かせるように英人の髪や頬に触れ、榛名は口を開いた。
「おまえの絵を初めて見た時に、引き込まれるような思いがした。神戸があの会社のプロデュースに関わっていたから偶然に見られたんだ。
人には『夢』という希望がある。どんなに些細なことでも何かを目標にしているから生きていこうと思えるんだ。
おまえの絵には願望が直実に表れていた。別に家を持ちたいとかそういうことではないだろ?
誰もが願う、愛されて育つ環境が『絵』として表れていたんだ。
おまえが望む環境は万人が憧れ理想とし、当たり前だと思っているものだ。親は子供を愛する。子供は親や周りを見て育つ。そして夢や希望を持つ。
そう思わせる絵を見た時に描いた人物に興味を持った。
調べていた時に愕然とした。あれほどの絵が描けるのに、こんなに荒んだ生活をしている人間がいるのかと…。それと同時に納得もした。おまえが憧れるからあの絵が描けたのだと…
そんな絵を使いたかった。万人が憧れる理想郷として、夢を与えるためにおまえの絵を起用したかった」
こんなはずではなかった…と小さく呟きながら、榛名は英人を抱き寄せ、「もう寝ろ」と囁いた。
榛名の『こんなはずではなかった』が気になって、英人は逆に目が冴えてしまったくらいだったが、胸に抱きこまれて動かなくなった榛名を感じると、このまま眠ったほうが榛名のためだと思った。
榛名は英人が目を覚ますまでずっと付きっきりで傍にいてくれた。
英人はもう、榛名の背に手を回す勇気がなかった…。
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